栄養は全てサプリで取れば問題ない

作者:神無月シュン

 商業ビル内の一角、そこに店舗を構えているドラッグストアの前に人だかりが出来ていた。
「まだ食事なんて手間のかかることをしているのか? 栄養なんてものはサプリメントを摂取すれば十分! 時間にしてものの数分。料理をする時間と比べれば大幅に時間が短縮され、他の事にその時間を使うことが出来る。時代はサプリメントである」
 店頭でサプリメントの宣伝をしているのはドラッグストアの店員……ではなく、羽毛の生えた異形の姿のビルシャナだ。それっぽさを演出する為か、わざわざ白衣まで羽織っている。
「この日の為にサプリメントをたくさん用意した。欲しい者はこちらへ集まってくれ」
 ビルシャナの言葉を疑う様子もなく、人々はサプリメントを求めて行列を作るのだった。


「悟りを開いてビルシャナ化した人間とその配下と戦って、ビルシャナ化した人間を撃破する事が、今回の目的です」
 ビルシャナが出現されると予知され、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は内容を伝えると今回の目的を説明した。
「サプリメントですか……栄養不足を考えると合理的ではありますが、サプリメントだけでいいなんて極端ですわね」
 話を聞いていた彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)は、その内容に呆れた様子でため息を吐いた。
「ですが、どんな極端な主張でもビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力がある為、放っておくと一般人は配下になってしまいます」
「それが厄介なところですわ」
 冷静に考えればありえない内容でも、ビルシャナの教義に共感できる部分が少しでもあれば、その教義に飲まれてしまう。
「ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるかもしれません」
 それがどれだけ突拍子のない内容でも、ビルシャナの教義を否定するきっかけになればいいのだ。
「ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間こちらへ敵対してくるので注意が必要です」
 ビルシャナさえ倒せば元に戻るため、救出は可能だが、配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になるだろう。

「周りの人たちは『食事を作るのも食べるのも面倒』『好きなことに時間を使いたい』『サプリメントが売れてくれるなら何でもいい』といった反応をしています」
 辺りにはビルシャナの言葉に反応している10名の信者がいる。それ以外は、ビルシャナの姿を見て自主的に逃げたようだ。
「普段と違い白衣を羽織ってはいますが、ビルシャナ自身の戦闘力はそれほど高くはないようです」
 信者たちを上手く説得して、配下になる人数を減らすことが出来ればビルシャナ撃破はそう難しくないだろう。

「時間を作るためとはいえ、食事は要らないと考えるのは悲しい事です。そのような教義、皆さんの手で打ち破ってください」


参加者
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)
 

■リプレイ


 商業ビルへと足を踏み入れたケルベロスたちは、他の店には目も暮れずにビルシャナが居るであろうドラッグストアへ向かって歩いていた。
「まさか私が危惧していたビルシャナが本当に現れるとは、これは私が直々に説得してあげないといけませんね」
 今回のような事件が起きるのではないかと、前々から考えていた彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)としては、ビルシャナの教義を見過ごすことは出来ない。
「みんな、サプリ、サプリって踊らされすぎでしょう」
 先程まで調べ物で使用していた携帯端末をしまい、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)は早足で皆を追いかける。
「サプリメントだけで栄養を摂ろうなどとは、極端な主張をするビルシャナもいるのですね……」
「サプリメントだけで栄養を摂るのって、論理的には出来ても実践するのは至難の業だとは思うけどね」
「サプリメントで栄養を摂るのは、流石にやりすぎだよね。サプリメントだけだと、味気ない生活になって、退屈しないのかな?」
 そう話しているのは、花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)、カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)、四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)の3人。
 近年様々な会社から様々な用途のサプリメントが発売されている。目の疲れ、貧血、関節痛、二日酔い、肌荒れ、不眠など。それらに効く必要な栄養素が数粒の錠剤や数個のカプセルで摂れてしまう。その手軽さに手を出す人も多い。
 サプリメントの効能はともかく、それだけに依存するのはいかがなものかと3人は首をかしげる。
 話をしつつ歩き続けるケルベロスたちの前に、人だかりが見えてくる。
 その中心には白衣を羽織ったビルシャナの姿。そのビルシャナの前では10人もの人たちが集まってビルシャナの言葉に耳を傾けていた。
「とても食べきれない量を食べなければ摂れない一日分に必要な栄養素も、サプリメントであればたった数粒。とても楽だろう?」
 信者たちへサプリメントの良さを熱弁するビルシャナ。
「お待ちなさい!」
 そこへビルシャナの言葉を遮る様に紫の声が響く。
 突然の声に何事かと信者たちの注意がビルシャナから逸れた一瞬、ケルベロスたちはビルシャナと信者の間に割り込んでいく。
 まずやるべき事は信者たちの説得。ビルシャナをひとまず無視し、ケルベロスたちは信者たちへと話しかけるのだった。


「皆さん、栄養は全てサプリメントで良いと仰いますけど、それだと料理は食べない生活を行うつもりですか?」
 紫は自分たちへと注目が集まっているのを確認すると、信者たちへと問いかけた。
「サプリメントだけで済ませてしまうと、料理の美味しさを楽しむ事が出来なくなりますわ。美味しい料理を食べれば、それだけでも幸せな気分を味わえますわ」
 何も食事は栄養を摂るためだけじゃない。美味しい料理を食べる事で、お腹も心も満たされる。それが本当の食事というものだと語りかける。
「美味しいものを味わう幸せ……それを考えると料理の手間を掛けるだけの価値はあると思いますわ」
「そりゃあ、美味しいものは食べたいけどさ。だからと言って料理するのは面倒だし……」
「作るのが嫌なら出前でいいでしょ。バーガーにカレーに和食、肉も。世間様ではちょっとしたお持ち帰りや出前ブームですよ。選択肢が沢山あって楽しいです」
 紫の言葉も料理なんて面倒という意見に飲まれそうになる中、不意にジュリアスが口を挟んだ。
「確かに……料理しなくても美味しいものは食べられるのか……」
 話の流れで料理をすることに考えがいっていた信者も、それは盲点だったと感心していた。

「サプリメントは、補充・補完の意味を持つ単語です……。つまりは、その名が表す通り、普段の食事で足りない部分の栄養素を補完する形で使うのが、サプリメントの正しい使い方です……。最初から、サプリメントを使おうとは、本末転倒です……」
 綾奈はサプリメントの本来の使い方を説明する。
「残念ながらサプリと呼ばれているものは信用度はトクホ以下です。製品の監査が結構ガバガバで学術的根拠がなかったりします。最悪成分表が間違っててもまかり通る場合があります。食品なので差が出ますって言ってね」
 更にジュリアスはサプリメントの安全性について語る。安全性や有効性の基準を満たしていなくても、サプリメントとして販売することは可能だ。トクホ――特定保健用食品として認可を受けている商品ならまだしも、認可の受けていない商品のうたい文句を鵜呑みにするのは危険と言わざるを得ない。
「一番危険なのは、この鳥のデマでサプリの信用が落ちることです。信用の失ったサプリなど売れるわけないでしょう。こんな鳥とかかわってる時間が無駄なんで、好きな事に時間を使いたいなら今すぐここから離れなさい! 私とかもめんどくさいでしょ!」
 ジュリアスの言葉に、確かにめんどくさいという顔をする信者たち。
「皆、良く考えてごらん。地球上の動物は全て、栄養は天然の食材から摂っているんだよ」
「どんな自然界の動物も、基本的な栄養は、自然界の食事から得ています。それが、正しい栄養の摂り方なのですよ……」
「人間に限定してみても、これまでの歴史の中では栄養は全て食事によって賄われて来たんだ。つまり、『食』こそ人間の文化でもあるわけだよ。サプリメントで栄養を得ることは『食』の文化を失わせてしまう事になるんだ」
 司と綾奈の2人は食事がどれだけ重要かを力説する。
「サプリメントだけだと、確かに栄養は網羅できるかも知れないけど、それだけで空腹感を紛らわせる事ができるのかな?」
 2人の言葉を退屈そうに聞いている信者たちへ、カシスが疑問を投げかけた。
「錠剤だけ飲んでも、お腹いっぱいにはならないし、空腹のつらさは消えないと思うよ」
 精々サプリメントと一緒に飲む水で胃の中が満たされるだけだろう。一時的に空腹は紛らわすことが出来るだろうが、長くはもたない。
「サプリメントだけでは、お腹が空かないかい? カツ丼とか食べてみないか?」
 カシスは手にしていた袋から、ここへ来る前に購入していたカツ丼を取り出すと、容器の蓋を開け信者たちの目の前に突き出した。
「それならば、こちらもどうですか?」
 カシスの行動に、ジュリアスも持っていた『半熟親子丼』を取り出した。
「……じゅる」
「ごくり……」
 辺りに漂う香りに、信者たちもよだれが溢れてきている様子。
「お腹が空いたから何か食べたい、というのも。人間の三大欲求の『食欲』だから食事は大事にしないといけないよ」
「一つくれ!」
「お、俺も!」
 司の言葉に我慢の限界を迎えたのか、信者たちは次々に丼を受け取っていく。
 どれだけの言葉を並べるよりも、『食欲』を刺激する香りの方が遥かに相手の心を掴んだ。
 その事実にケルベロスたちは壁際に集まって丼を食べている信者たちを眺め、苦笑を浮かべるのだった。


「さぁ、行きますよ夢幻。サポートは、任せます……!」
 ビルシャナの方へと向き直り、綾奈はウイングキャットに指示を出し武器を構えた。
「くそっ! 結局『食欲』には勝てないというのかっ!」
 信者の変わり身にビルシャナが嘆いているが、ケルベロスたちは構わずに攻撃を開始する。
「この矢からは、逃れられませんわよ」
 紫の『スナイピング・ラベンダー』から放たれた矢が、ビルシャナを射貫く。
「さぁ、この蹴りを受けてみるがいいよ」
「エンジェリックメタルよ、私に、力を……!」
 カシスは跳び上がると、天井を蹴り一回転。頭上から蹴りを浴びせる。地上からは綾奈が距離を詰め胴体へと拳を叩き込んだ。
 綾奈の指示を受けた夢幻は翼を羽ばたかせ、支援を行っていた。
「貴方がお勧めしてたの半分くらい効果がないって、ネットで噂になってるやつでしたよ」
 ジュリアスが弓を引き絞る。
「飯を食わないなら、他人からグラビティを奪おうなどと思わないことですね!」
 放たれたエネルギーの矢は、一瞬でビルシャナの胸を貫いた。
「華麗なる薔薇の舞を、ご覧あれ」
 司がフェアリーレイピアを振るう度、血飛沫と共に幻の薔薇が華麗に舞う。
「こ、こんなはずではなかったのに……」
 ケルベロスたちの攻撃の激しさに、ビルシャナは自身の回復に専念する。しかし、ゆっくり回復する暇など与えないと、ケルベロスたちの攻撃は更に激しさを増していく。
「自然の中に眠る精霊たちよ、我が声に応じ、敵を貫きなさい!」
 紫が床に手を付けると同時、魔法で出来た樹が床を割いて出現する。ビルシャナを認識すると樹は蔦を飛ばす。逃げるビルシャナを執拗に追いかける蔦。
「が……あ……」
 逃げきれずにその身を貫かれ苦悶の声をあげるビルシャナ。
「さぁ、断罪の時間だよ。無数の刃の嵐を受けよ!」
 エナジー状の光の剣を無数に創り出し、カシスが腕を振るうとその動きに呼応するように光の剣がビルシャナを切り刻んでいく。
「神速の突きを、見切れますか……!?」
「ドゥエェーイ!!」
 綾奈の放つ神速の突きがビルシャナの胴を捉え、続けてジュリアスが頭上からグラビティを込めて加速した強烈な飛び蹴りを浴びせた。
「僕のこの剣技を、避けられるかな?」
 司がレイピアを華麗に振りかざすと、衝撃波が生まれビルシャナへと襲い掛かる。衝撃波に飲まれ、ビルシャナは跡形もなく消え去った。


 戦いを終え、ケルベロスたちは壁際へと目をやる。だがそこには信者だった人々は一人もおらず、丼の容器だけが綺麗に重ねて残されていた。
「やれやれ、ここまでしたのならゴミ箱に捨てればいいのにね」
 食事を終え正気に戻った人々が目の前で戦闘が行われているのに気が付いたら、巻き込まれない様に逃げようとするのは必然だ。ゴミの事まで頭が回らなかったのだろう。仕方がないなとカシスは苦笑しつつゴミを回収する。
 その間に紫、ジュリアス、司の3人が周囲の損傷個所を修理していた。紫は特に床を念入りに。
「ここまで食が見放されるってのは悲しいものですねえ」
 今回の主張の様な食事よりもサプリメント。という考えの者は少なくないだろう。その事実にジュリアスは心を痛めるのだった。
「サプリメントに頼らずに、皆で美味しいご飯でも食べて帰りましょうか」
「折角ですし、お食事をしていきませんか……」
「良かったら、食事して帰ろうよ」
 紫、綾奈、司、3人の声が重なる。戦闘で動き回って、更に美味しそうな香りをさせて目の前で食事されては、見ていた方もお腹が空くというもの。
「いいね。どこで食べようか?」
「それは……」
 食事を提案した3人はこれまた同時に天井を指差した。商業ビルといえば大抵最上階に食事処が並んでいる。このビルにも当然、複数の食事処が入っている。
 何を食べようかと話をしながら、ケルベロスたちはエレベーターの方へと向かうのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月4日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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