泡立つゴールデン

作者:星野ユキヒロ


●ビールサーバーの夕暮れ
 ビールサーバーという機械がある。ビールをおいしく飲むためには泡のきめ細やかさや割合がとても重要なのだが、ビールサーバーがあれば誰でもちょうどいい具合に調整してグラスに注ぐことが可能なのだ。
 神奈川県のビルの屋上にとあるビアホールがある。そこは毎年夏にはビールを楽しむ紳士淑女で賑わう場所になる。
 今年もたくさんのビールサーバーが並べられ準備が行われていたが、昔から続いている場所であるためもちろん具合の悪くなる機械も出てくる。
 そのビルの最上階にはテナントが入っておらず、ビル内の様々な店の倉庫として使われていた。その中に、長く使われてお役御免になった古いビールサーバーが眠っていた。
 その眠りを妨げるのは小型ダモクレス。蜘蛛めいた動きでビールサーバーに潜り込むと、中枢機械に取りついた!
『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールデン!!!』
 乗っ取られ、ダモクレスと化したビールサーバーは景気のいい大声を上げると、のしのしと歩き出した。

●ビールサーバーダモクレス討伐作戦
 神奈川県のビルでビールサーバーのダモクレスの事件が起こることをディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)は懸念していたという。
「ディミックサン、見事に的中ネ。皆サンにはビールサーバーのダモクレスを倒しに行ってもらうヨ」
 クロード・ウォン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0291)が今回の事件の概要を話す。
「今回のビルの最上階は丸ごと倉庫として使っている階で、作戦時はビルのオーナーに協力してもらってビル全体が無人になるようにしてもらうヨ。周りを警察にも見ていてもらえるから人払いを気にする必要はないネ。とはいえそのままにしておけばビルから出てきてしまう恐れがあるので、早めに止めて来てもらいたいアル」

●ビールサーバーダモクレスのはなし
「このダモクレスはビールサーバーに足が生えたダモクレスネ。ビールが注がれる部分がバスターライフルの役目を果たしているヨ。高速で打ち出される液体は金属すら切り裂くカラ、間違っても飲んでみようとか考えたらダメアル。見た目はキラキラしゅわしゅわと景気が良くても油断は大敵ネ」
 クロードは手持ちのモバイルでビル周辺の航空写真を見せて戦闘区域を説明した。
「ここからここまで、警察に封鎖と避難をお願いしたアル。だから人払いは気にせず、純粋に戦闘頑張っチャイナ」

●クロードの所見
「作戦終了して安全が確認され次第ビアホールは開店予定らしいから、終わったら打ち上げするのもアリじゃないかと思うヨ。あ、もちろんアルコールは大人の人だけでよろしくヨ。頑張るみんなが明日も頑張れるように、しっかり解決してくるヨロシ」


参加者
木村・敬重(徴税人・e00944)
七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)
魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)
白樺・学(永久不完全・e85715)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ

●階段ノボル
 ヘリオンから降り立ったケルベロス一行は、現場のビルの階段を登っていた。エレベーターが動いてはいるが、壊されてはたまらないため問題の階の少し前で降りて残りは足で登ることにしたのだ。
「ククク、とっとと始末すりゃ酒飲めんだってなぁ。んじゃ遠慮も手加減もぬきだぜ?元からする気はねーけどよ」
 柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)は戦闘後の酒宴が楽しみで仕方ない様子で、掌に拳をパンと打ち付けた。
「ちゃんと倒せたら、みんなで「乾杯」、ってしたいなぁ。めびる、ビールってとっても好きだから…その」
 敬重くんとはもちろんだけど、みんなとも……と聞こえないくらい小さな声で魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)はつぶやく。
「酒は嗜むもんで、飲まれるものでも浴びるものでも無いだろうに。こういうのもアルハラって言うのかね。折角だ、マナーの一つ覚えて帰ってもらおう」
 めびるの希望をあえて拾うことはせず、しかし戦闘への緊張や仲間と交流を深める機会への希望に瞳の表情を変えている彼女を支えるように木村・敬重(徴税人・e00944)は階段を登っていた。
「毎週末と言わず日々我々を癒してくれていたであろうビールサーバーがなんという悲劇でしょう。此処はひとつ、我々の手で送り出してやらなくては。それに、ハラスメントは許せませんしね」
 かかとの高いフェアリーブーツをかつかつと鳴らしシデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)は意気込みをあらわにする。社畜であった彼女を癒した命の水を悪いことには使わせられないのだ。
「呑兵衛達がお世話になったビールサーバーさんを、静かに休ませてあげなくちゃね」
 ゆるゆるほんわりとした雰囲気で相槌をうつのは七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)。呑兵衛女性のシンパシーをシデルに感じたのかもしれない。
「聞くからに一家に一台欲しそうなダモさんだけど、ちょっと暴れるのはよろしくないですよね……」
 物静かで穏やかなエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)だが、ビールを射出する機械には楽し気なムーブを感じているようだ。
「アルコールの攻撃を受けたらどうなるかも興味深いな。助手、このメモを保管して……コラ、手を出しておいて受け取りもせずに落とすなァ!」
 白樺・学(永久不完全・e85715)とシャーマンズゴーストの助手は今日も掛け合い漫才のようなやりとりをしていた。
「最近ケルベロスウォーに勝利したばかりなので、このまま縁起良く勝ちたいところだねぇ。悲惨な結果にならないように、油断せず行こう」
 先頭を歩いていたディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)が、一番最初に問題の階に足を踏み入れる。敵はこの階にいるはずなのだ。

●動くサーバーゴールデン
 ビルの最上階。ビアガーデンの道具が屋上に設置されているため、動き回るスペースがかなり確保されていた。
『ゴールデン! ゴールデン!』
 ビールサーバーダモクレス、仮称ゴールデンはのそのそと歩きながら奇声を上げている。
「いちおう抽出口狙って凍らせてみっか。お楽しみのためだ、くたばりな」
 血の気の多い清春がいの一番に飛び出した。パイルバンカー『突きたつ白銀の杭』に雪さえも退く凍気を纏わせ、射出口を凍らせにかかる。
「ビルから出てしまわないように、戦場となる範囲内に収まるように戦おう。もし可能なら、被害も少なくしておきたいね」
 エレメンタルボルト『星屑のピンバッジ』を掲げ、属性のエネルギーで盾を形成するとディミックは前衛のディフェンダー、シデルに耐性を付与した。
『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールデン!』
 攻撃を受けたゴールデンは大声を上げると、お返しとばかりに清春に向けてキンキンに冷えたビールを高速射出する。アルコールは凍りにくいとは言え、かなりのつめたさが予想できた。
「おい待てそれで防げるわけないだろうが貴様ァァ!!」
 学の叫びに一同がはっとして見ると、そこには小さなメモ帳を掲げて清春の前に立ちはだかる助手の姿が! もちろん紙で防げるわけではないので冷凍攻撃を正面から食らう助手だが、ディフェンダーの役目はきっちり果たしている!
「なんとまあ。負けてはいられませんね!」
 先ほど耐性を付けてもらったばかりのシデルは眼鏡のフレームをツイと押し上げると、電光石火の蹴りをゴールデンの中心部に打ち込んだ。
「ところで、あのビールは飲んじゃダメ? ちょっとくらいは、いけるんじゃ……ぁ、ハイ、やめておきまーす」
 弾ける泡から放出される麦とホップの香りにうずうずとした表情を見せるさくらだが、ぐっとこらえて前衛をメタリックバーストで援護する。
 学のライトニングウォールを浴びると、助手は原始の炎を召喚し知らん顔で攻撃に向かった。が、床にこぼれたビールにつるりと滑って転ぶ。炎はゴールデンに向かっていったが避けられてしまった。
「助手、貴様わざと、わざとやっているのだろう!」
 学の顔をちらりと見て、全然わざとじゃないですが? とでもいうようなしぐさを見せる助手。
「少しだけ力を貸しましょう。さあ、頑張って」
 前衛の騒がしさに静かにくすくす笑うと、エルムはすぐにでも消えてしまいそうな淡い雪で耐性を重ねてやる。
「凍らすのは悪くないかもしれないな」
「はわわ、本当にビールサーバーに足が生えてるの……! でも出してくれるのが良いビールじゃないなら、倒さなきゃ……! どうか、護らせて……!」
 敬重が達人の一撃を放ち、めびるが地面に描いた守護星座で敬重と自らを護る。
 戦いはまだ始まったばかりだ。

●ビールを浴びるように
「ゴールデンとはよく言ったものだが、麦酒の美味しさよりも王水のようなおっかなさの色を感じるねぇ」
 吹き出されたビールビームの鋭さを見ていたディミックは、手薄になっていた中衛に耐性を付与しながらも分析に余念がない。
「ならもういっちょ冷え冷えのやつ行くぜ!」
 清春の達人の一撃が再び射出口を叩く!
『ぶしゅーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』
 叩かれた射出口から噴き出す殺傷能力を持ったしぶき!!
「失礼します!!」
 横合いから現れたシデルの降魔の一撃がそれの威力を相殺する!!
「そう簡単に濡れも透けもさせませんが?」
 シデルは誰に言うでもなく、ソールをカッと鳴らし眼鏡をくいっと上げた。
『ゴールデン!』
 攻撃を無効化されたゴールデンは一歩下がろうとするが、いつのまにか後ろにいたさくらにそれを阻まれた。
「……どこにもいっちゃ、だめよ。ずーっと、ここにいて? ね?」
 さくらの小指から伸びた細い細い血の糸が、ゴールデンをがんじがらめにして足止めする。
「興味深い技だ。メモをしたから今度こそとっておくんだぞ、助手」
 血の糸の技を見た学はメモを取り助手に渡すと、ロッドからほとばしる雷をゴールデンに放つ。助手は受け取ったメモをすぐさま捨て、爪で攻撃をしている。
「見てるとやっぱり盾役は攻撃を受けやすいの……めびるしっかりお手伝いをするの!」
 めびるの、真に自由なもののオーラが前衛で一番狙われている清春を包み込み、耐性の底上げをした。
(積極的にがんばっているな……)
 自分の頭で考えて積極的に行動しているめびるを一度見やり、意識を敵に切り替えた敬重は集中ののちゴールデンのすぐそばを爆破させた。
「それでは、重ねましょう」
 エルムがファミリアのシュネーを射出し、負荷の重ねがけをする。
 香ばしいビールの香りの中、まだみんな立っていた。

●ゴールデンシャワー!
 それから、一進一退の攻防戦が続いた。負傷と疲労がケルベロス達に溜まっていく。
「飲むのはこっちだ。飲まれるわけにゃいかねえよ。全てを委ねたまえ、ときたもんだ!」
 鉄砲玉的に攻撃を続けていた清春ですら、忘れられた神々へ言葉を送り、ヒールに回っている状態だ。
「さようなら」
 シデルが一切の容赦なく、相手を切り裂く。肩を叩く時の罪悪感など、一片もなし!
『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールデン!!!!』
 連続で攻撃を受けたゴールデンが、いきなりガチャリと変形する! なんと、この機種は一回で二杯注げるタイプだった!!
 二つの射出口からほとばしる黄金色の奔流が、前衛を嘗め尽くそうとしていた!!
 清春とディミックを護ろうと躍り出るシデルと学。助手は一瞬考えるしぐさをしたあと、シデルを護ることを選択したようだ。
 学が黄金の巨大な魔力に包まれる!!!
「恨め、呪え。それも持っていく!」
 とっさに手を伸ばした敬重が、学の痛みを掴み取った!!
「た、たいへんっ!!」
 めびるも、ジョブレスオーラでさらに癒し、学が回復していく様子を見て、ほっとした顔を見せる。
「こんなことで、へこたれてなどいられないさ。憶えているか。これはお前の経験であり、お前の智識より刻まれたものだ。今世のものであるとは限らんが、な」
 立ち上がった学は関節部から射出したケーブルをゴールデンの身に接続し、智の魔力を注ぎ込んで内側に作用させた。ダメージの蓄積されたゴールデンは冷え過ぎで霜を纏い、苦しんでいるように見える。そんな学に祈りを捧げ、手伝う助手。捨てたメモがぐじゃぐじゃになって周りに散らばっているが。
「みんな、やっぱり冷気押しが効いてるかんじ! もう少しだよ!」
 さくらが薬液の雨を降らせ、仲間を元気づけた。
「ならダメ押しで、とどめはお願いします!」
 エルムの冷凍光線がさらにゴールデンを凍結させ、振り返る先にいたのはディミック。
「悔悟も遺恨も奥底に沈めて、空いた心の層に新しい想いを。地球ではこう言うのだったか――1、2の、……ポカン!」
 ディミックはいくつもの層をなす瑪瑙を触媒に、深層心理の底に凝る心の濁りを圧縮する――!
 爆発四散するような派手さはない。驚くほど静かだが、それはビールサーバーダモクレス、ゴールデンの活動を停止させ、戦いを終わらす一撃だった。

●お疲れさまでした!
 戦いが終わって。任務完了の報を入れると、ほどなくエレベーターが動き出し、頭上が騒がしくなってきた。ビアホールを開ける準備が行われているのだ。ダモクレスたちは、その騒音を嬉しく思いながらも後片付けをする。
「濡れていたらクリーニングを使おう、必用な人は教えてくれ」
「一番濡れているのはあなたですよ。私がクリーニングをかけますので」
 学とシデルがクリーニングをかって出る。助手は泡まみれの床を蹴って滑っていた。
「濡れ透けてんのは野郎ばっかりかよ。味気ねえなあ」
 ため息まじりで掃除していた清春は、そういうのは思ってるのはいいけど口に出していったらセクハラなんですよ! とシデルに怒られ肩をすくめる。
「片付け済んだよね? 異変はない? ない? なければ皆とビアホールに飲みに行くわよいぇーーーい!」
「ええ、打ち上げと参りましょうか! これからビールが美味しい季節ですね」
 さくらが待ちきれないというように歓声をあげると、シデルも眼鏡を光らせてもう歩き出している。男性陣もわいのわいのと上に上がっていった。
「折角だし、お疲れ様会してこうか」
 敬重がめびるの様子を伺って声をかけると、めびるは嬉しそうにうなずいた。

●それではみなさん
『かんぱーい!!』
「ビールのお供は何にしようかしら。あ、唐揚げ食べたーい! ポテトとソーセージの盛り合わせも! デザートもあるのかしら?」
「小エビのから揚げがおいしいですよ」
 腕を組んでドイツ人並みの豪快な乾杯を見せた呑兵衛女性ペアを皮切りに、それぞれの宴が始まった。
「ビールっていや枝豆っしょ! さっと湯がいた出来立てアツアツの枝豆に塩ふって……カァーっ、たまんねぇなぁ、オイ! 仕事で酒飲めるなんてどんな役得だっての。死ぬほど飲まねーともったいねーじゃねえか! ビールは泡との比率が大事っつーし、得意な奴がいりゃついでもらうとすっか。梅雨でじめじめしてるが暑気払いといこーぜ。酒もつまみもばんばん持ってこーい!」
 清春も負けず劣らず豪快に、わっははわっはっはとジョッキを開けている。そんな清春を見ながら香りとのど越しを楽しんでいるディミックに気が付くと、枝豆の皿をぐいっと差し出した。
「野郎のことなんざどーでもいいが……これから一緒に戦う以上、少しはてめーのことも知っておかねえとな」
 ディミックは枝豆をひと房つまむと……ポンと飛び出した豆を口に放り込む。
「ふむ。語りあかすのもよい肴かもしれないねぇ」
 飲まないメンバーもそれぞれこの場を満喫していた。
「戦争も終わり、この場の無事も確保できた。良い祝勝会となりそうだな……ひとまず烏龍茶をもらおう、料理は野菜中心に。皆で乾杯とできれば、幸いだ。さて……当然助手も、アルコールは無しだぞ。貴様の年齢は知らんが、不詳ならば避けるに越したこと……一心不乱にコーラを飲んでるんじゃない! せめて話を聞いてから頼まんか貴様ァァ!!」
「お楽しみの祝勝会ですね。沢山食べて、沢山飲んで、楽しく騒ぎましょうね。戦争も依頼もお疲れさまでした。乾杯です。僕もシュネーと一緒にひたすらお肉お肉時々野菜でいただきます」
 助手に翻弄され続ける学をニコニコと眺めながら、エルムはファミリアのシュネーと共に料理を楽しんだ。
「色々な種類が飲めるのはありがたい事だな。明日に残さない程度に、ゆっくり話しながら飲もう、めびる」
「うん……めびるはあんまり「わーっ」って騒ぐ方ではないんだけど、その……出来る範囲で、もし、今回みんなと「仲良し」になれたら嬉しいなって。お酒にはそういうのを助けてくれる効果があるって教わったから……」
 すでに赤くなって、滔々と自分の想いを話し出しているめびるを気に掛ける敬重。
「歩けなくなったらおぶっていくよ」
「えっ……? うん……」
 こつんと頭を敬重の肩に預けるめびるの瞳に、ビールの泡はとてもキラキラ輝くものとして映っていた。

作者:星野ユキヒロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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