「いいか! ラフ女やウリ女、それに金毘羅の連中に、今度こそ勝つぞ!」
「「「「押忍!」」」」
「テメエらの実力、あいつらに見せつけろ! 卑怯な戦い、ハンパな戦い見せたら、……あたしがぶちのめすぞ?」
「「「「押忍!」」」」
「喧嘩上等! 死ぬ気で正々堂々をツッパリ通せ! あたしら、バサラ女子大『実践空手部』の実力と根性見せたれや! そこんとこ、夜露死苦!」
「「「「押忍! そこんとこ夜露死苦!」」」」
武道場。そこに集まっているのは、女子大生。しかし彼女たちは、全員が荒々しさを漂わせていた。
その部長、剣野下香美は。目前の部員たちに檄を飛ばす。
「……よし! 二人一組で組手! 始めろ!」
そこまで言った、その時。
扉が開かれた。
「? 誰だ!……なんだ、この臭いは?」
扉を開いた何者かは、それに応えない。
その代わりに聞こえてくるのは、『ケケケーッ!』といった、小馬鹿にするような、耳障りな笑い声。
「……バサラ女子大空手部の、神聖な道場を荒らすつもりか! 道場破りなら、喧嘩上等……」
が、香美はその『何者か』に向かっていったその時。
「……ひっ! な、なんて……ヤバい! ヤバいヤバいヤバい! マジにヤバい! ……スイマセンっした!」
『それ』を睨み付けた途端、一瞬で表情を変え、恐れ、土下座した。
「部長! 何してんスか! おいてめー、覚悟できて……」
続き、掴みかかろうとした副部長も、
「……や、やだ……怖い! くんな! ……やだ、来ないで……ください……なんでもするから、来ないでぇぇぇっ!」
怯え切り、引き下がる。
『そいつ』が、道場内に入って来た。が、ボロ布を纏い、どんな姿なのかは確としない。
「てめーナニもんだコラぁ! ……って、クセーんだよ!」
「なにヘラヘラ笑ってやがる! ナメてんのか、ブチのめされてーのか!」
血気盛んな部員たちが、向かっていくも……、
『ケケケーッ!』
前の方をはだけ、その内部を見せた途端。
「ひいっ!」
「な、なんだよてめー!」
尻餅をつき、失禁。
なにかまずいと、部員たちが逃げようとしたら、
『そいつ』は、弓のようなオーラを広げ、矢のようなオーラの弾丸を放った。
矢は、部員たちを貫き、その命を奪っていく。そして、先刻から恐怖に震え、土下座している部長たちは、
そいつが近づくのを見ただけで、自分で自分の首を絞め、自殺した。
「鞭と、斧槍ときたら、次は……『弓』のようです。といっても、正確にはバトルオーラのようですが」
セリカがまたも、以前と似た能力のエインヘリアル出現を予見した。
「以前の案件……燈家・陽葉(光響射て・e02459)さんが解決した、斧槍(バルディッシュ)使いのエインヘリアルが出現した件は覚えていますか?」
そいつは、奇妙な能力を有していた。武器で攻撃し、目の光を見せて、相手に認識阻害を発生させるという能力だ。
「今回のエインヘリアル。同じ能力を持つのですが……間違いなく、今回の方が強力で厄介です」
今回もまた、女子大の武道館に出現し、認識阻害により蹂躙された……という案件。
だが、今回の敵……『見るな=Don’t Look』から、『ドンルッカー』と命名された敵の能力は、
『被害者がその姿を見ただけで、即座に認識阻害を被る』
というものだった。
今回の舞台は、私立バサラ女子大。
そこの『実践空手部』に集まった女子は、皆どこか猛々しい。
「それもそのはずで、バサラ女子大のこの部活は、素行不良な、いわゆる元不良少女が集まる事で有名だそうです。中学や高校にも出向して、武道の指導を行ってるとかで」
とはいえ、顧問とOGとが、部員たちを厳しく締めているのと……なによりその顧問およびOGたちが、不良少女らが憧れる『伝説の存在』ゆえに、かえってまとまっているそうだ(さらに、『タイマン張るなら、正々堂々コブシで語れ!卑怯な真似は許さねえ!』という訓示を徹底させてもいる)。
場所は、武道館内の板張りの床の空手道場。広さは十分にあり、出入口は正門と、奥にある勝手口が二つほど。部員の数は50人以上。そのほとんどが、色付きの帯を締めている。黒帯の者も少なくない。
実際、この空手部に入った者たちは、空手のトーナメントでも上位入賞するほどの実力を有するようになる(なぜかラフ女やウリ女、それに金毘羅大には、後れを取っているのだが)。
そんな彼女たちですら、この相手には恐怖を感じ、蹂躙されているというのだ。
「『ドンルッカー』の具体的な姿は、予見でも見えませんでした。私でも見ていたら、どうなったかは……。わかる範囲で言えるのは、身長は2m半程度で、全身をすっぽりボロ布で覆っている事くらいです」
そのボロ布の前をはだけ、自分の身体を見せる事で、認識阻害を起こさせる。
それは強力で、強烈な『恐怖』を強制的に生じさせ、その恐怖から逃れたいと思うあまりに、相手に平伏し服従を誓わせてしまうらしい。手足の先など、ほんのわずかに肌を見せただけでも、認識阻害は発動するという。
そして、恐怖に震える相手に対し、『ドンルッカー』は『矢』を打ち込み、その命を奪い去る。
「正確には、弓矢ではなく、バトルオーラで弓のような影を作り、矢のような形をした気咬弾を打ち込むのですが。どちらにしろ……普通の人間が敵う相手ではありません」
鏡で反射させたり、カメラなどで撮影しその映像で見れば……というやり方も、推奨はできないとセリカは付け加えた。
「……というか、その程度の手段で無力化できるとは思えません。おそらく、姿を『見た』時点で、皆さんの敗北だと考えるべきでしょう。今までの『顔を背ける』『足元だけを見る』程度の対処では確実に負ける……いや、『死ぬ』と思ってください」
見てしまった後、回復系のグラビティで元に戻るかは分からないが……それを試すには、あまりに危険すぎる。仮に回復できたとしても、戦闘続行できる保証もない。
つまりは、視覚に頼らずに相手の存在を感知し、攻撃するしかない。
「……『根性でなんとかする』という考えも、通用しないでしょう。このバサラ女子大の皆さんも、そういった事には自信があったようですが……結果は言ったとおりです」
なので、すべきことは二つ。
一つは、バサラ女子実践空手部の皆を、避難させる事。といっても、彼女らは恐れず向かおうとするので、こちらも実力行使が必要だろうが。
一つは、避難させたのちに『ドンルッカー』に対処する事。
だが、幸いと言うべきか。この敵には特徴がみられた。
「……『笑い声』と『臭い』です。『ドンルッカー』は常に『ケケケー』という甲高い笑い声を発しています。その笑い声で、聴覚の鋭い方なら、位置を確認する事が出来るでしょう」
次に、『臭い』。
「予見で、部員が『クセー』と言っていました。どうやらかなり強い体臭があるようです。臭いを頼りに位置を掴む。簡単ではないですが、これも不可能ではありません」
そして、もう一つ。どうやら、『矢』すなわち気咬弾を受けた相手が即座に死なない場合、接近戦を試みるようなのだ。
「敵の攻撃をあえて受け、それを耐えれば、手が届く範囲に向こうから接近して来ます。そうなったらこちらから組み付く事で、相手を見ずに攻撃が可能です」
これら三つの特徴、利用する事で『ドンルッカー』を攻略できるかもしれない。
「……おそらくこれは、かなりの強敵ゆえ、皆さんは苦戦すると思われます。簡単に勝てはしないでしょうが、簡単な戦いなど存在はしません。……皆さん、どうかこの敵を、見ないままで戦い、そして勝ってください」
セリカの言う通り。この敵は簡単に戦い倒せはしないだろう。
だが、だからこそ戦う価値がある。放置などできないし、対処できるのも自分たちだけ。
相手にとって不足なし。君たちは、見てはならない敵の攻略を、見出し始めた。
参加者 | |
---|---|
日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793) |
燈家・陽葉(光響射て・e02459) |
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238) |
シーリン・デミュールギア(メモリアルブレイカー・e84504) |
●Daredevil(向こう見ず)な戦士たち
「押忍!……今日は、ヨロシクッス!」
「「「「ヨロシクッス!」」」」
まるで、ヤンキーの集会に来たようだ……と、獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)は……部長・剣野下香美と、部員たちの挨拶を受けて思った。
確かにこのバサラ女子大の空手部。雰囲気がまさしくヤンキーや不良といった連中のそれ。だが……彼女たちなりに自己を鍛えたいという気概は伝わってくる。
銀子は、ラファエル女子大の総合柔道部のOGを装い、この実践空手部の練習を見学したいと申し出ていた。
「……押忍。組手、よっしくっス……」
見るからに『威嚇』しつつ、部員の一人が近寄ってくる。
一礼し、拳を交わしはじめた。が、
なんというか、『足りない』。技術はあるが、猛々しさがそれより先に来てしまっている。
「……はっ!」
そんな相手の拳と蹴りを捌き、カウンターで一撃を与える銀子。
「それまで!」
相手は敗北した事を、認めたくない表情で一礼し下がった。
さて、次はと、そう思った時。
「!」
奴が、来た。
扉が開かれ、
「? 誰だ!……なんだ、この臭いは?」
扉を開いた何者かは、それに応えない。その代りに、『ケケケーッ!』という、耳障りな笑い声が。
「……みんな、逃げて!」
銀子が叫び、扉を開いた何者か……『ドンルッカー』は、全身をボロ布でくるんだ状態で、道場内に入って来た。
「……バサラ女子大空手部の、神聖な道場を荒らすつもりか!……」
と、香美が向かおうとしたその時、
「……っ!」
裏口の方から入って来た、彼……日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793)の放った剣気解放が、香美を無力化した。
「え? あ…………」
途端に、香美は気力が削がれたかのように、立ち尽くす。
香美だけでなく、アンナや副部長たち、他の部員らも同様。
「……後ろを向いて、振り返らずに逃げろ」
蒼眞のその声に、彼女たちはのろのろと従う。
「避難誘導、任せた!」
そして自身は、目隠しをして……『ドンルッカー』の前に立った。
「任せて! さあ、こっちへ!」
蒼眞に頷き、銀子は香美を導く。
「……出たか、手伝うぞ!」
そして、蒼眞に続き、空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)と、
「出たのね……。何でもいいから、かかってきなさい」
シーリン・デミュールギア(メモリアルブレイカー・e84504)。そして、
「ええ! 銀子さん、熾彩さん、避難誘導お願いします!」
燈家・陽葉(光響射て・e02459)が、目を閉じ、あるいは目隠しをして、『ドンルッカー』の前に立った。
熾彩が部員の二人を肩に担ぎ、道場の外に運び出し、銀子が出口へと皆を導き始めたその時。
『ドンルッカー』が、ボロ布を脱ぎ捨て、
『ケケケーッ!』と、甲高い、耳障りな笑い声を響かせた。
●Invisible(見えない)悪意の存在
(「ガラスを割って撒くのはできなかったが……この『におい』と『声』……かなり特徴的だな」)
蒼眞はそれを実感していた。
『ケケケーッ!』という声も甲高く響くが、それ以上に『臭い』が強烈。息を吸いこむと……そいつの不快な臭いが届く。
甘ったるく、何かが腐るような、そんな吐き気を催す臭い。悪意そのものを臭いに変化させたら、こうなるのではと、蒼眞は思った。
むしろこの『体臭』の方が、かえって相手の位置を掴みやすかった。鼻で息を吸いこんだら、臭いの元の位置が動いているのを感じられる。
『ケケケーッ!』と、『ドンルッカー』の声とともに……気咬弾の『矢』が放たれたのを感じた。
「……!?」
が、『矢』は足下に当たった様子。どうやら……混乱させるために、わざと外しているようだ。
(「……くそっ、閃光弾を出すタイミングが……」)
焦るなと、蒼眞は己に言い聞かせる。
「なんでもいいから、かかってきなさいよ」と、シーリンは挑発するように言い放つ。
「あんた一人くらい、見なくたって余裕……ぐはっ!」
その言葉が終わらぬうち、『ドンルッカー』の『矢』が彼女当たったようで、苦し気なうめき声が。
「……臭いの方向と、声から……こっちだね!」
陽葉もまた、固く目を閉じ、『ドンルッカー』の声と臭いの方向へ、自身の妖精弓『阿具仁弓』を向ける。……矢をつがえる事無く。
「……『響け、大地の音色』」
矢の代わりに弦が鳴らされる。鳴弦により起こった振動は……、
『……ケケケーッ!』
道場の床の一部を砕き、崩し、『ドンルッカー』の足下を取り転ばせた。
『大地の弓』、陽葉は敵の不様な声と転倒音から、不様に転んだことを悟った。
しかし、すぐに立ち上がり、再び『矢』の攻撃。再び、足元に打ち込まれ、耳元をかすめる。
まだ敵は、距離を取っている様子。ならば……近づくまで耐えて、必ず一撃を!
ヤンキーめいた根性を振り絞り、目を閉じたまま……三人は『ドンルッカー』を睨み付けた。
その頃、部員らを誘導し終えた……と思った、銀子と熾彩だったが。
「ひっ! ……や、やめろぉ……くるなぁ……」
「いや……いやぁ……」
5~6人が、道場から避難する際。ちらりと『見て』しまったのだ。
道場に通じる、閉まった扉のその前で。彼女らは震えながら頭を抱えたり、幼児のように丸まったりと、そんな状態になっている。
(「体の一部を、ほんの少し『見た』だけなのに……これほど?」)
銀子は、相手の恐ろしさを改めて実感し、呆然となり、
「……銀子さん、ここは危険です。手伝ってください!」
熾彩に促され、自身も三人を担ぎ、運び始めた。
そして、扉の向こうから、
いきなり戸の隙間から、弾けるように光が放たれ、『ドンルッカー』らしきものの苦し気な声が。
そしてその後に、大量の煙が漏れ始めた。
●Lost(見失った)勝利への道と逆襲
『ドンルッカー』は、がむしゃらに攻撃はしてこなかった。まるで蒼眞らを焦らせるように、周囲をぐるぐると回り、時折脅かすように『矢』を放ってくる。
(「まだだ……もう少し……!」)
それでも蒼眞は……耐えて、反撃のチャンスを待ち続けていた。
『ケケ……? ケケケーッ!』
そして、そのチャンスがとうとう到来した。
『ドンルッカー』の足音と体臭、そして『気配』が、蒼眞の……自分の方へ向かってくるのを感じ取り……放った『矢』の攻撃が、
『命中』した。
『ケケーッ? ケケケーッ!』
次の瞬間、道場内に強烈な光が。『矢』の直撃を受けた瞬間、蒼眞は閃光弾を放ったのだ。
『ドンルッカー』の笑い声が苦し気なそれとなり、倒れて悶絶するかのような音が聞こえてきたのだ。
音と臭い、そして気配から、その場所は蒼眞の近く、正面方向。
「もらったっ!」
斬霊刀の鞘を払い、斬りつける。
『ケケーッ!』
『手ごたえ』が剣の柄から、そして『痛みに苦しむ声』と『のたうち回る音』が耳から、蒼眞に伝わってきた。
が、遠ざかる足音と臭いから、どうやら『ドンルッカー』は離れて距離を取ったようだ。
「大丈夫!? 斬りつけた?」
「倒したのか?」
陽葉とシーリンが訊ねるが、
「手ごたえはあった! けどまだ浅い!」
そうこうしているうち、『ドンルッカー』の接近音が。
今のダメージから、どうやら接近戦を仕掛けるようだ。続けて『発煙弾』を取り出した蒼眞は、
充分引き付けたのち、それを放った。
『ケケーッ!』
再び『視界』を阻害され、先刻と同じく動揺している声が響く。
音と『臭い』を頼りにして、『ドンルッカー』に再び斬りつけんとした蒼眞は、
(「!……しまった!」)
己の『ミス』に気付くとともに……煙を吸い込み、激しくむせた。
「! これは……? げほっ!」
シーリンもすぐに、その『ミス』に気付くとともに、煙を吸い込み、むせた。
「……これは、ちょっとまずい、かも……!」
陽葉もそれに続き、『ミス』を悟る。
蒼眞はこの場で、唯一目を見開いている『ドンルッカー』の視覚を封じるためにと、『閃光弾』と『発煙弾』を携え、戦いの場に赴いた。
味方は全員眼を閉じている。そのため、閃光弾の『光』と発煙弾の『煙』は、相手の視覚を封じるのみで、自分たちには影響はない。そう判断していた。
が、閃光弾はともかく、発煙弾の『煙』は、毒性は無いが吸い込むとむせてしまう。
加えて、息が苦しくなるのみならず……『臭い』を嗅ぎ取る余裕と判断力も、半減してしまう。
煙幕自体も無臭ではない。敵の位置索敵に『臭い』を嗅ぎ取る事が必要なのに、別の『臭い』がその場に振りまかれたらどうなるか。
蒼眞は、それらを失念していた。その失念は……『ドンルッカー』の気配と足音が消える事で、更なる不利な状況となり……彼の前に立ちはだかった。
「……シーリンさん、あいつの位置、わかる?」
「……いや、わからない……」
その不利な状況は、陽葉とシーリンも同様。敵がどこか、確信が持てない。
三人の耳には、足音も、あの『ケケケーッ!』の笑い声も、聞こえてこない。
(「くそっ、どこだ! ……足音もしないなんて、空中にでも消えたのか……待てよ、『空中』?」)
蒼眞がそこまで考えた時。
彼の後頭部頭上から、バトルオーラによる気咬弾の『矢』の直撃が襲い掛かり、
叫び声が、聞こえて来た。
『ケケケーッ!』
「て……天井からっ!」
後でわかった事だが、そいつは道場の天井、梁の部分に爪を立ててしがみつき、隙を見てバトルオーラで攻撃をしてきたのだ。
不意を突かれた蒼眞は、そのまま意識を失い、倒れ、
続いて、道場の床に降りたつ音が。
『ケケケーッ!』
「このっ! どこ!?」
「……くっ、位置が……つかめないっ!」
陽葉とシーリンは、必死に位置を掴もうとするが……、『ドンルッカー』は先刻以上にジグザグに走り回り、位置を掴ませない。『煙』が息をさせず、酸欠状態にもさせていく。
これが屋外なら、煙が晴れるまで待ちもするが、ここは屋内で、しかも換気も良くはない。自然に晴れるのを待っていたら、その前に攻撃を受け致命傷を負う方が早い。
気配と足音とが徐々に近づきつつあった、その時。
「待たせたな!」
「お待たせ、みんな!」
熾彩と銀子の声が、煙でいっぱいの道場に戻って来た。
「銀子さん? 蒼眞さんがやられた! あいつは蒼眞さんの攻撃受けたけど、煙に臭いが紛れて、どこにいるかわからない!」
陽葉の言葉に、固く目を閉じた銀子は、
ケルベロスチェインを手にして、耳を澄ませつつ……叫んだ。
「さあ、どこにいるのかしら!? 私はここよ!」
道場内に響くその声に惹かれたのか、
『ケケケーッ!』
『ドンルッカー』の声が、またも響いた。悪臭は『煙』のせいで分かりにくいものの、気配と足音とが、徐々に接近してくるのが肌でわかる。
『ケケケーッ!』
そいつのいやらしい声が、先刻よりも大きく聞こえた、その時。
「……凍て付き、眠れ」
その言葉通り、冷たさを感じさせる冷たい声が、銀子のすぐ近くに響いた。
それは熾彩の放った『凍結竜言(コオリノコトダマ)』。
力ある言葉そのものが、接近する『ドンルッカー』に向けて放たれ、そいつを瞬時に凍らせたのだ。
「……そこっ!」
動きを止めた、『ドンルッカー』へ。銀子はケルベロスチェインを放つ。
確かな手ごたえが、鎖を通じて伝わる。捕まえた!
『ケケケーッ!?』
戸惑うような『ドンルッカー』の声に、
「……はーっ!」
逃がすものかと、反撃する銀子。鎖で敵の首を絞め、そのまま道場床に何度も叩き付ける。
『ケケーッ! ケケーッ!』
『デスバイハンギング』。その荒業が、『ドンルッカー』に更なる苦痛の悲鳴を上げさせた。
「……いいわ! 誰か近くにいる? とどめ、お願い!」
そして銀子が、仲間に問いかけると、
「まかせて、アタシが行く」
シーリンの声が、それに答えた。
『ケケッ!? ケケケーッ!』
煙の臭いの中、悪臭めいた『ドンルッカー』の体臭を嗅ぎ当てたシーリンは、
「『啓示』は下った、存在を捨てる覚悟は……いい?」
己が手にした惨殺ナイフ、その刃を……『ドンルッカー』の身体に、突き刺した。
『ケケケケケケーッ!』
そいつから、苦痛の響きが聞こえてくる。
そのまま、上へと刃を引き裂くと同時に……『ドンルッカー』の身体は、一撃を与えたのみならず、八つ裂きが如き斬痕が刻まれた。
これぞ、『喪失のDISO BEY(ソウシツノディスオベイ)』。
「……言ったでしょ、見なくたって勝てるって。まあ……」
シーリンのその言葉が、
「……もうどうでもいい、か。……サヨウナラ」
別れの言葉と化し、怪物に引導を渡していた。
『ケケーッ! ……け、ケケ……』
『ドンルッカー』は倒れ、悔し気に声を弱らせると、その気配を静かに……弱らせ、消えていった。
●Open Eyes(目を開き)また明日へ
事後。
回復して復活した蒼眞らは、周囲にヒール。
『ドンルッカー』の遺体は、死した直後に臭いを発し溶けたため、全員が見る事無く終わったが……、
「……どんな姿なのか、ちょっと……気にはなった、かな」
陽葉はひそかに、そんな事を考えていた。
後始末を終え、練習が再開された。
「実践空手、普通の空手と何が違うの……?」
というシーリンの問いに、
「……簡単に言えば、ケンカ向き、って感じッス」
と、部長の香美が教えてくれた。要は、喧嘩空手に近いのだと。
そんなシーリン、「空手はやったことないけど、瓦なら割れるわ」と、百枚を一気に割った事で、部員たちから尊敬のまなざしで見られたとか。
そして、練習後にシャワーを一緒に浴びた銀子は、
「……ヤンキーっぽくても、一生懸命なのはいいわね。……こっちのほうは、どうなのかしら?」
などと言いつつ、お尻をちょっと触ったら。
「ひっ! ……あ、あの、自分ら、そーいうんはちょっと……」
本気で恥ずかしがられてしまった。
「……ほんと、ラフ女のあの子らとは全然違うわね」
そんな事を思ってしまった銀子なのだった。
「……見通しが、甘かったか」
一足先に帰宅していた蒼眞は、その途中。今回の戦い方を振り返り、呟いていた。
そんな彼に、
「まあ、アイデアは悪く無かろうよ。実際、閃光弾の方はうまくいったのだしな」
「煙が、視覚を遮るだけじゃなく、吸い込む事でこちらにも影響がある……この点をなんとかすれば、もっとうまくいったかも、だね」
熾彩と陽菜は、責めるまでもなくそんな事を。
だが、
「……ああ、いや。それもあるけど。……嫌われると思い退散したけど、そうでもない部員も居たかもしれないし、そのまま夜の空手稽古で揉んだりできたかもと思うと、すぐ退散したのは見通し甘かったかなーって」
という蒼眞の言葉を聞き、
「……前言撤回。煙の如く消えるがいい」
「……やっぱり、安易な思い付きの作戦はだめだよね」
意見を変える二人であった。
作者:塩田多弾砲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年7月6日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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