真珠

作者:藍鳶カナン

●真珠
 昨夜はどきどきしてなかなか寝つけなかったのに、誰より早く目が覚めた。
 甘い真珠に逢えるのが楽しみで楽しみすぎて、眠ってなんかいられなかったから、小さな少女はおふとんからも部屋からも、家族でお泊りした親戚のおうちからも抜けだした。
「朝にたべるフルーツがいちばんってママ言ってたもん、だからママの分まで」
 いっぱいとってこなきゃ! と少女は気合満点。
 涼やかな朝風と眩くきらめく朝の光のなかを駆け、目指すところは真珠の果樹園。
 親戚――パパのいとこだというお兄さんの果樹園には、甘い甘い真珠みたいなフルーツがなると聴いた時から、誰より早くその真珠に逢いにいこうと決めていた。果樹園で艶やかな夏緑の葉のあいだに薔薇色の果実をたくさんつけた樹々を目にした途端、少女に輝くような笑みが咲く。
 果実にはライチという可愛い名前があるらしい。
 薔薇色の皮をむくだけでも果汁があふれるくらい瑞々しくて、その中にはほんのり透ける真珠みたいな白い果肉がぷるんっ。ぷるぷるの真珠にかぶりつけば、甘い甘い果汁が口の中いっぱいにひろがると教えてもらったから、
「あのね、甘い甘いライチの真珠を、いっぱいください!」
 大きな果樹を見上げてそうお願いし、薔薇色の果実いっぱいの梢に手を伸ばした。
 そのとき果樹の梢がざわりと鳴ったのは、少女のお願いに応えたからではなく、朝の風に乗ってきた謎めく胞子が果樹にとりついたから。何が起きたのか判らぬまま、小さな少女は攻性植物となった果樹の裡に呑み込まれ、その意識もぷっつり途切れて。
 大きな果樹は、己の力をその場で確かめ、試すように揮ってみる。
 特に何かを狙いはせず、甘い果汁を降らせ、未熟な果実を撃ち出し、熟れた果実を根元に振り撒き大地を侵食する。そうして、更なる獲物を探してか、果樹園の外へと向かった。

●真珠の果実
 楊貴妃が愛したことで知られる茘枝の果実、すなわちライチは、その流通量のほとんどが輸入物――だけれども、
「ぴゃー! ライチの果樹園って国内にもあったの~!?」
「実はあるんですよ、伊豆とか九州とか沖縄とかに!!」
 尻尾ぴっこーんな真白・桃花(めざめ・en0142)に甘味大好き男子ことカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が力説したとおり、この国でも栽培されている。
 今回の予知が叶ったのは彼が件の果樹園を気にかけていたからこそ。
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はケルベロス達にそう語り、
「カルナさんの情報がなかったら危なかったけど、おかげで避難勧告が間に合ったからね、近隣のひと達が襲われたり戦闘に巻き込まれたりする心配はない。で、果樹園の隣には広く開けた場所があって、あなた達がヘリオンから直接そこへ降下すれば、その気配に惹かれた敵がやってくるから、そこで迎え撃ってあげて」
 果樹園拡張のため整地されたばかりのところで、まだ何も植えられておらず、ほぼ更地。ゆえに戦闘の妨げになるものは一切ないと続ける。そして、
「但し、近隣のひとびとの避難は間に合うけど、女の子が取り込まれるのは防げない」
「はい。その子を救出するなら、長期戦を覚悟しなければならないということですね」
 確たる声音で遥夏が告げれば、竜の青年が迷わずそう応えた。
 少女を見殺しにする――なんて選択肢がカルナにあるはずもない。
 果樹の奥深くに取り込まれた少女は攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒せばそのまま一緒に死を迎えてしまう。
 だが相手に攻撃してはヒールで回復し、ヒールが効かないダメージを根気強く積み重ねて攻性植物を撃破することで、少女を死なせることなく救出できる可能性が生まれるのだ。
 決して楽な戦いではない。
 長期戦は必至で、慎重なダメージコントロールも必須。それも戦いが終盤になるほどより慎重さが必要になる。相手を癒しつつ『ヒールで癒えない傷』を積み重ねる戦いなのだ。
 無傷の状態なら耐えられたのと同じ威力の攻撃でも傷だらけの状態ならあっさり致命打になりかねず、ヒールが効かないダメージを充分に蓄積できていないうちに倒せば、攻性植物ごと少女も殺すことになる。
「予知で視えた、大地を侵食する術と、果汁を降らせる術は催眠の範囲魔法。弾丸みたいに撃ち込んでくる未熟な果実は治癒阻害の効果を持ってる。攻撃特化なぶん火力も高いから、絶対に油断しないで」
 忘れてはならない。敵のみならず、此方にもヒールで癒えない傷が嵩んでいくことを。
 果樹園ではなく『その隣に整地されたばかりの広く開けた地』が戦場となるため、戦闘で周囲に被害が及ぶことはないと遥夏は重ねて語り、
「ただ、あなた達の到着前に、敵が果樹園で自分の力を『お試し』した時に大地を侵食した痕がじわじわ崩れて、他の果樹が倒れたりするかも……ってのが気がかりなんだけど」
「合点承知、わたしが『お試し』痕をヒールしにいきますなの、カルナさん達は攻性植物と女の子をよろしくお願いしますなのー!」
「分かりました! 攻性植物化してしまった果樹には気の毒ですが、必ず敵を倒して、その子を救出してきますね。桃花さんも果樹園をお願いします!」
 彼が続けた懸念に手と尻尾で挙手した桃花に、カルナも力強く頷き返し、その肩の白梟も頷くようにこくり。観光客がライチ狩りできる果樹園だから、最良の未来を掴みとることができれば、もぎたてライチを楽しめるはず――と聴けばカルナはぱっと笑顔になって、
「それなら尚更ですよね。是非とも最高の結果を勝ち取って、逢いにいきましょう」
 仲間達を頼もしげに見回した。皆で逢いにいこう。
 薔薇色の果皮に秘められた、甘い甘いライチの真珠に。


参加者
愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
六角・巴(盈虧・e27903)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●茘枝
 咲く花の慎ましさゆえか、未熟な果実の毒性ゆえか。
 茘枝――すなわちライチに与えられた花言葉は、自制心。
「だけど、待ちきれなかった君のほうが、正しいに決まってるのです!」
 涼やかな朝の風と眩くきらめく光を翔けぬけたのは、天使のアリアデバイスを強く握った愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)の歌、不死なる竜をも滅ぼす猟犬達を鼓舞する歌は果樹に呑まれた少女を救い出す長期戦に臨む仲間へ自浄の加護を授けるもの。
 艶やかな夏緑の梢に薔薇色の果実を鈴なりに実らせたまま攻性植物となった茘枝の木は、甘やかな果汁の雨を降らせ、未熟な果実を弾丸のごとく撃ち出し、熟れた果実を振りまいた大地をうねらせ波濤のごとく前衛陣を呑まんとするが、
「そう簡単に、私の仲間を傷つけさせたりしないのだわ!」
 強気な笑みがアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)へと咲いた瞬間、遥か空と海の涯に広がる青の境界が大地の波濤の威を幾重にも抑え込んだ。青に白の煌きを鏤める蒼界の玻片、序盤から仲間を護り続ける障壁越しに揮う妖精剣の花嵐が果樹の火力そのものも深く抑え込めば、
「実に頼もしいことで。――必ず助けるから、痛くても我慢してくれよ!」
「エエ。手一杯の果実を大切な家族へ届けられる未来、俺達が必ず繋ぎますカラ!」
 初手に展開した紙兵の加護で催眠を祓った六角・巴(盈虧・e27903)が、紅き狼の群れを奔らせた。少女が果樹と一体化しているなら感覚も一体化している可能性がある。然れど、
 ――Du hast eine glänzende Zukunft。
 君には輝く未来がありマス――と果樹の裡の少女へと贈ったエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の声音が透きとおった刹那、幾重にも共鳴した癒しが果樹の逃げ場も幹も喰い破った狼牙の痛手を霧散させれば、彼と華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)が果樹へ注ぐ癒しを信じてカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)も力を解き放つ。
「あなたが怖い夢を見たりしないうちに、確り終わらせますからね……!」
 少女を救う決意そのままに、誰より確かな狙いで標的を呑むのは凍てる煌き。氷晶の嵐で更に逃げ場を奪われた果樹の梢に一瞬で丸い緑が膨らむが、
「治癒阻害のライチが来るのだわ! カルナ!!」
「っと、そいつは通しゃしないよ」
 途端に響いたのはアリシスフェイルの声音、反射的に地を蹴った巴が弾丸のごとき果実を受けとめた。だが格上クラッシャーの単体攻撃は火力を封じられてなお護り手たる身も深く抉り、破壊耐性を持たぬ彼に重い痛みを齎して、
「お願いクッキーちゃん、力を貸して……!」
 肥沃な大地の色を湛えて輝くボルトがミライに応えて大地の癒しと加護を巴へと贈るが、未熟な果実の毒がその威を大きく殺す。癒し手の浄化が効くのは治癒阻害がヒールを弱めた後だ。黎明の瞳に一瞬憂いを過ぎらせたのはマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)、
「やっぱりアンチヒールは厄介だね……アロアロもトモエに祈りを!」
「シアもそろそろ羽ばたきに専念してくださいっ!」
 なれど震えながらも祈りを捧ぐシャーマンズゴーストの背中越しに果樹を見据えたなら、マヒナは楽しげな笑みを咲かせてみせ、淡い月色に輝く光の羽衣を舞わせた掌で、指先で、相手を誘う。
 彼女が踊る陽気なフラは標的の戦意を薄れさせるもの、攻性植物の殺意が緩んだ隙に灯のウイングキャットの羽ばたきが前衛を抱擁し、
「大丈夫だからね! 私達ケルベロスが、絶対にあなたを助けだしてあげるから!」
 夏の朝に映える紅、焔のごとき輝きに彩られたジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)が力強い誓いとともに神速の稲妻で敵を貫いた。初手を費やしたアルティメットモード、その勇気を齎す力が果樹の奥深くで意識を失っている少女に届くかは分からないけれど、
「みんなの優しさ、取りこぼしたりしませんよ! 全部めいっぱい、光と花に乗せて――」
 あなたにちゃんと、届けてみせますから!!
 春緑の天使の翼から光を咲かせた瞬間、灯の心に仲間達の心を共鳴させたかのごとく煌き光る羽と木瓜の花々の癒しが果樹ごと少女を抱擁する。彼女とエトヴァ、三重の共鳴を揮う二人の癒しは、ミライは勿論、翼猫と神霊も自陣の回復に専念するならば、単純な比較では自陣から果樹へ齎される痛手と巧く拮抗していると感じられた。
 当然、癒しの効かぬ傷を差し引いて。
「今のところいい感じかな、ここからも気を抜かずにいこうね……って、雨が後衛に!」
 だが足止めを重ねた分、痛打を与える確率が上がっているのと、翼猫と力を分け合う灯の癒しに共鳴が発動しない確率を勘案すれば、ここから先も危うい綱渡り。甘い香りを察したジェミが咄嗟にミライを庇い、神霊がマヒナの盾となった瞬間、魔法の果汁の雨が降る。
 朝靄めいた淡い白をほんのり透かすライチの果汁、さあっと全身を濡らすそれは南国的な香りで胸を満たし、極上の甘さと柔い酸味でカルナの胸をきゅんと疼かせ、
「甘い果汁で魅了してくるとは何という策士……はっ、いけない、催眠の効果が!!」
「はっ、これも催眠の効果ですかっ!? なんて卑怯な!!」
 自然とその瞳が真珠の果実を一緒に味わいたいひとへ向けば、翡翠の眼差しを感じた灯の鼓動が跳ねた。雨は浴びていないはずなのに。だけど、
「うう。何だか野暮でごめんなさいなのです、でも癒しちゃいますねカルナさん!!」
 見守りたい気持ちを振りきったミライが癒し手の浄化を重ねた大地の恵みの盾を彼の許へ展開すれば、だ、大丈夫です、と微妙に声の上擦ったカルナが斉射した砲撃が紛うことなく果樹を直撃。衝撃と痺れが幹も枝も震わせた途端、
「二人をどぎまぎさせるなんていけない催眠なのだわ、きっちり抑えてかなきゃね!」
「微笑ましイ……もとい放置できない催眠ですよネ、ライチの癒しはお任せくだサイ」
 二人の微笑ましさは後で堪能させてもらうことにしたアリシスフェイルが小さな青薔薇に触れ、攻性植物の勢いを三重に圧する爆発を巻き起こす。青薔薇の花弁まじりの爆風を澄み渡らせるよう響いたのはエトヴァの声音、Die erste Liebe――初恋を知る未来を少女に贈る一声が、爆ぜた樹皮や梢の夏緑を瑞々しく甦らせたなら、
「後衛が催眠で狙われ続けるなら、こっちで惹きつけるべきかね」
 思案気に呟いた巴が同じ護り手たる神霊と翼猫へ遮光眼鏡越しの眼差しを向けた。
 サーヴァントは打たれ弱い――というのがケルベロスの共通認識だが、精鋭たるマヒナと灯の相棒達は巴と然して変わらぬ耐久力を備えている。破壊と魔法への耐性を持たない点も同じで、練度の分、回避力に差があることを思えば、
「真っ先に落ちる可能性が高いのは俺だろうがね、けど、皆を信じて、頼らせてもらうよ」
「任せて! 巴さんひとりを狙わせたりしないから!」
「うん、いざとなればアロアロにも神霊撃を使ってもらうよ!」
 危険は承知とばかりに笑った巴の掌中でパズルがかちりと鳴った瞬間、夏の朝に顕現した女神カーリーの幻影が果樹に怒りを齎して、迷いなく跳躍したジェミも鮮やかな虹を連れた蹴撃と怒りを夏緑の梢に叩き込んだ。まっすぐ通ったマヒナの声音に覚悟を決めたように、襲いきた大地の波濤に神霊も翼猫も果敢に立ち向かい、
「大丈夫です! 私達はみんな決して、挫けたりしませんから……!」
 希望の灯を歌うミライの声音が共鳴、前衛陣の痛手を浚って翔けぬけて。
「女の子がmomiを、真珠みたいなフルーツをいっぱい持って帰れるように――」
「ええ、そのためには私達だって、絶対に倒れられないのだわ!」
 透きとおるクリスタルのパズルが踊って煌き、マヒナの手で花を咲かせた刹那、眩い光が爆ぜた。咲いた花は曼珠沙華、雷花たる名を持つ花から翔けた稲妻の竜が確かな狙いで敵を打ち据えたなら、錫色の巨大鋏を思わすアリシスフェイルの妖精剣には空の霊力が咲く。
 鋭い剣先は明日へと道を切り拓くためのもの、奔る剣閃が果樹の縛めを、痺れを幾重にも強めたなら、宙に舞いかけた魔法の果汁が雨となって降ることなく霧散した。
「美しい流レ、御見事デス……!」
「気持ちいいくらい綺麗に決まりましたね!」
 一気に果樹へ向かうのは、Viele Perlen――いっぱいの真珠と少女へ語りかけたエトヴァの声音、そして灯が舞わせた光る羽と花々が贈る、純粋にして強大なる癒し。なれどそれでも癒えぬ傷が随分と目立ってきた。それはつまり、
「終わりが見えてきたってことですよね! どうかもう少し頑張ってください……!」
 果樹の奥深くに囚われ、いまだ姿の見えぬ少女に呼びかけながら、カルナが携行砲台から撃つのは無数のレーザー、敵群を狙うがゆえに威力の浅いそれで攻性植物の命を削り、
「ライチの花言葉は自制心……ここで焦っちゃダメなんだよね」
 逸る心を掌に握り込むようにして、マヒナも広範囲を翔ける聖なる光を解き放つ。
 未熟なうちは毒性を孕むライチを焦って摘みとってしまわないよう。
 時と機という果実が熟すまでは、慎重すぎるくらい慎重に。
 Bitte warten Sie noch etwas――もう少し待ってくだサイ、とエトヴァが願った言の葉が果樹へ癒しを齎せば、あと少し、あと少しだからね、と祈るような心地へ少女に呼びかけたジェミが紅き疾風となった。
 超加速突撃。敵群を乱すがゆえに威力は浅い技で果樹の根を蹴散らして、
「次で最後のヒールになるんじゃないかな、灯さん、お願い!」
「はいっ、お願いされました!」
 機が熟しつつあるのを感じて振り返る。力強く頷き返した灯が光る羽と花を溢れさせる。誰より早くだなんて、本当に楽しみにしていたあなた。あなたのきもちに追いつけなくて、私たち、少し遅れちゃったけれど。
「もう大丈夫です、間に合いましたから! ――ね、カルナさん!?」
「はい! どうかあなたに、怖い思い出が残ったりしませんように……!!」
 春色天使の明るさ優しさ強さ、それらに惹きつけられる心にもはや催眠という名を与えることはできず、けれど今は少女を救い出すことのみに全身全霊を注ぎ込む。見切られてなお果樹を捉えるのは狙撃手たるカルナが放つ無数のレーザー、数多の光に貫かれた攻性植物の全てが光になったなら、考えるより速くアリシスフェイルが駆けた。
 果樹が消えていく。宙に小さな少女が取り残される。
 確かに息づく命を抱きとめた瞬間、耳元で赤い雫の煌きがきらりと跳ねた。
「あなたにはちゃんと、お父様とお母様に無事な姿を見せてあげて欲しいのだわ」
「ですよね! ご両親にただいまって言って、いっぱい甘えてくださいね……!」
 甘い真珠をたっぷり抱えてね、と少女の頬を撫でれば、両親を喪ったアリシスフェイルの瞳にも柔らかな光が燈り、両親の行方が知れないままの灯も苦痛の色がまったくない少女の様子に笑みを咲かす。彼女達の姿に微笑んで、エトヴァは大切な言の葉を口にした。
 Die Familie――家族。
 澄みきった声音が青空を招く癒しに変わって、戦いの痕を潤していく。

●真珠
 夏空の青に夏葉の緑が映えた。
 涼やかな早朝からの長い戦いを終えれば青空に昇った夏陽はすっかり南国らしく輝いて、果樹園を彩る夏緑の葉がきらきらと光を弾く様も、薔薇色の果実達が鈴なりで迎えてくれる様も皆の心を躍らせる。
 果樹の木陰に真珠色の猫を見つければ『遊んで!』とばかりに翼猫が飛んで、
「あっ、シアが……突き抜けたっ!?」
 真珠色の毛並みを突き抜け、柔らかな大地へぽふんっ。
「ああん実はそのにゃんこさん、幻想のにゃんこさんなのー!」
「ここの大地をヒールしたら『にゃあん』って。エトヴァもみんなもお疲れ様!」
 真白・桃花(めざめ・en0142)やジェミ・ニア(星喰・e23256)と合流したなら、
「いざライチ! なのです!!」
「うん、いっぱい楽しもうね!」
 満開の笑みを咲かせたミライとマヒナを先頭にいざライチ!
 古代中国の書物では茘枝が『離枝』と記されているのだとか。茘枝にして離枝が実らせた薔薇色の果実でなく、エトヴァは鈴なりに実をつけた枝そのものに手を伸ばす。『離枝』の名のとおり、枝を離れた瞬間から鮮度が落ちる果実だから、
「ライチの収穫ハ……マズ、枝ごと取ると聞きまシタ」
「意外と豪快ね!?」
「ですよね!!」
 紅玉の瞳のジェミと新緑の瞳のジェミの声が弾む様に喉を鳴らして笑って、巴も薔薇色の果実を鈴なりに実らせた枝へ手を伸ばし、
「剪定も兼ねて、って感じでいいのかね」
「で、枝を離れた瞬間から鮮度が落ちる……それなら枝付きのまま冷やすべきよね!」
「同感です! 豪快に冷やしましょう!」
 夏緑の葉をばさりと鳴らし、鈴なりライチの重みが嬉しい枝を抱いたアリシスフェイルとカルナが輝く瞳を見交わせば、こちらも輝く笑顔の乙女二人、灯とジェミが「せーの!」で氷水を湛えたビニールプールに枝ごとぱしゃん!
 透きとおる水飛沫がきらきら踊って飛びっきりの冷たさで肌に跳ね、女の子同士できゃあきゃあと歓声を咲かせながら高い梢を振り仰ぎ、あそこのライチも美味しそうなのだわ、と呟いたアリシスフェイルは合点承知と竜翼を広げた桃花に抱っこされて夏空の旅。
 後で僕らも採りにいきますかと竜の青年も春色天使と笑い合い、氷水の中そっと薔薇色をもいだなら、冷えた果実がカルナの掌にころりと転がり、灯の掌でくるんと踊った。少女にとっては初めてのライチ。
 ――ああ! 待っていました……!!
 薔薇色の果皮をむけば冷たい果汁が溢れ、滴るたびに甘い香りも溢れだす。固い薔薇色の裡から瑞々しい真珠の果肉がぷるんっと現れたなら迷わずひとかじり。
 冷たくぷるっと弾けた真珠は飛びきり冷えた強い甘味で口中を満たし、ぷるぷるの果肉を噛みしめれば新鮮なしゃっくりとした食感も弾んで。甘い甘い果汁はどこか乳酸菌飲料をも思わす爽やかな酸味の余韻を残し、喉を冷たく滑り落ちていく。
「すごいです! こんなに美味しい真珠ならいくらでも食べられますね……!」
「綺麗な真珠も素敵だけど、食べられる真珠はもっとお得で素敵! ですよね……!」
 新鮮だからこそ味わえる極上の瑞々しい甘さ、それだけで終わらない至福の甘酸っぱさ。互いの翼が感極まってふるり震える様にカルナと灯は弾けるような笑みを咲かせ、
「ねー! ああ、甘い真珠が心まで潤してくれるみたい……!」
 赤のツインテールを震わせたジェミも至福の歓喜に心を浸す。魂の芯まで潤していくのはまたひとつ世界が真の楽園に近づいた、心地好い達成感。
 宝石の真珠が海からの贈り物なら、
「この真珠は大地からの贈り物、かな? あのね、ミライ。改めて……」
 ――おかえりなさい。
 激戦から帰還してみれば同じ敵勢と戦っていたミライが暴走して姿を消したと知った春。己を責めた日もあったけれど、取り戻した彼女は今、マヒナの眼の前にいてくれるから。
 こうして一緒に過ごせる時間がワタシにとっては一番の贈り物なんだ、と迷いない笑顔で差しだす真珠の果実。主に倣うよう、神霊も花環を差しだすから、
「マヒナちゃん、アロアロちゃんも……ありがとうございます、ね」
 その笑顔に逢いたくて帰ってきたのです、なんて。
 瞳の熱を堪えて微笑み返し、ミライは贈り物を大切に受け取った。
 ――ただいま、なのです。
 経緯は知らねども二人を祝う心地でそっと笑み、巴もぷるぷるつやつやの真珠をひとつ。極上の瑞々しさと甘味を堪能すれば後頭部に視線を感じ、後方を振り仰げば高所の鈴なりを採ってきたらしい桃花達と目が合った。
「真白さん、もしかして……」
「ああん大丈夫なの、ぷるぷるはライチだけど、つやつやは巴さんの勝ちですともー!」
 やっぱりか、と氷水で濡れた手で頭を一撫ですれば、自慢のスキンヘッドがきらり。
 素晴らしいつやつやなのだわとアリシスフェイルもくすくす笑って、追加の果実を氷水に浸したなら、飛びきり冷たい真珠をひとつ。サワーやカクテルにしたら旨さも一入だろう、ライチプリンも捨てがたいけどもぎたてそのままが最高なの~と行き交う言葉に頷いて、
「ライチ入りデザートも幸せだけど、今はもぎたてそのままの幸せを頂くのだわ……!」
 瑞々しいぷるぷるの真珠に蜂蜜色の瞳を輝かせ、早速ひとくち。
 はむ、と味わえば、ぷるん、しゃくん、と新鮮そのものの果肉が弾け、途端に甘く冷たく溢れだす――鮮やかな夏のはじまりの、しあわせ。
 冷たい滴に彩られた薔薇色をむけば、ひときわ涼やかに透ける真珠がぷるり。
 これは夏バテしがちな兄に絶対いいはず、と胸を弾ませ、
「ライチは美容効果が高いっていうから、きっと栄養満点のはず!」
 笑顔も満点で差し出してくれる家族にアリガトと微笑んで、エトヴァはそのままぱくりと真珠を食んだ。瑞々しく溢れだす香りと果汁は華やかな甘さもたっぷり、なのに爽やかで。
「……ン、素晴らしい香気。心地良い甘さと潤いガ、身に沁みマス」
 宝物みたイ、と至福の吐息で紡ぎ、大切な家族の口許へも、極上の真珠を贈る。
 瑞々しい真珠が告げるのはきっと、眩い光と輝く歓喜に彩られた――夏本番の、訪れ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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