涼夏に憩う

作者:崎田航輝

 微風に揺れる花々と、噴水の水音が快く響く。
 柔い陽光の差す涼やかな日。緑豊かな公園では、多くの人々が憩いの時間を過ごし、和やかな賑わいを見せていた。
 円形の広場の並ぶベンチでは、座って語らいを楽しんで。木漏れ日の美しい並木の歩道では、側に咲く花も眺めながら散歩をする。
 クレープやソフトクリームの移動販売車がやって来れば、子供達がはしゃぎながらそこへ集まって。苺にメロンにマンゴー味と、ひんやりとした甘さを味わっていた。
 穏やかな休日の中で、満ちるのは平和な空気──だけれど。
 その麗らかな時間の中に、歩み入る巨躯の男が一人。
「あァ、なんていい日だ」
 これだけの笑顔が絶望に変わるんだからな、と。張り付いた嗤いと共に獰猛な声音を零すそれは、巨大な斧を握る鎧兜の罪人。
「一人残らず、狩らせてもらうぜ」
 言うと地を踏みしめて、人波へと近づく。
 人々は悲鳴と共に逃げ惑う。罪人は愉快げな笑いを零しながら、悠々とその背に歩み寄って斧を振り上げた。

「エインヘリアル、ですか」
 涼風の吹くヘリポート。
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は静やかな声を零していた。
 ええ、と応えるのはイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)。
「情勢の変化も見られる中ですが……エインヘリアルは未だ活発な動きを見せていますね」
 今回現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「この敵は多くの人が憩う公園に現れ、凶行を目論むでしょう」
「人々が危機に晒される……ならば、確実に迎え討たなければなりませんね」
 紺が言えば、イマジネイターも頷いて説明を続ける。
 戦場となるのは噴水のある広場。
 戦うには苦労しないだけの広さがある場所だ。
「一般の人々も警察により事前に避難させられます。なので、その点は心配は要りません」
「私達は戦いに集中できる、ということですね」
 紺の言葉に、イマジネイターははいと応える。
「それによって、周囲を壊さずに終えることも出来るでしょう。ですから……無事勝利出来ましたら、皆さんも公園で寛いでいってはいかがでしょうか」
 爽やかな陽の下、ベンチで休憩するのも良いし、並木や初夏の花が美しい散歩道を歩んでも良い。移動販売も有るので、食で疲れを癒やすのもいいだろう。
 紺は頷く。
「そのためにも、勝利を収めたいですね」
「皆さんならばきっと勝てるはずですから。健闘をお祈りしていますね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
ネフティメス・エンタープライズ(手が届く蜃気楼・e46527)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)

■リプレイ

●夏陽
 翠豊かな景色から吹く風が、柔く肌を撫ぜてゆく。
 優しい陽と快い温度。その眺めを、公園へ舞い降りた小柳・玲央(剣扇・e26293)は見回していた。
「涼しいタイミング、というのも貴重な季節になってきたものだよね」
「ええ。最近は本当に、暑くなってきましたからね」
 羽をぱたりと靡かせながら、石畳に立ったネフティメス・エンタープライズ(手が届く蜃気楼・e46527)も肯く。
 そこに在るのは夏の明るさと心地良さ、二つが同居した空気。
 故にこそと、空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)は豊かな髪をさらさらと棚引かせて──振り返っていた。
「その安らぎの時間を邪魔するとは、許せないな」
 言って見据える先、円形の広場の入り口。
 そこに現れた、巨体の姿を捉えている。
 それは獲物を探して闊歩する罪人、エインヘリアル。熾彩は見つめると一歩踏み出して。
「倒してしまわないとな」
 言葉に頷く皆と共に疾駆し始めていた。
 ネフティメスもまた追随すると、先ずは巨躯へ声を向けてみせる。
「公園にはルールがあるので、それを守らない方は立入禁止ですよ」
「……ルール? 知らねえなァ」
 目を向けた罪人は──此方を睥睨して斧を握り締めた。
「俺はただ、狩りに来ただけだからな」
「──公園で狩りか。エインヘリアルって全員趣味が悪いのか?」
 と、巨躯の獰猛な声音にも、表情一つ変えずに返すのはノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。
 冷えた剣先のように言葉を尖らせて、挑発の声で罪人の心を逆撫でて。
「他に上品な愉しみを見出せないなんて、つまらない人生だな」
 いや、こう言うとまともなエインヘリアルに失礼か、と。
 零されたその呟きに──罪人は柄を持つ手に力を込める。
「……馬鹿にしてくれるじゃねェか」
 怒りを発露しながら、踏み込んで攻撃しようとしてきた──が。
「そんなこと、させないぞー!」
 ふわりと風が吹いて、巨躯の視界に光が瞬く。
 仰ぐ宙に見えるのは白と碧。
 澄んだ白雪でもなく、煌めく宝石でなく。氷にプリズムのような光を透かす妖精──グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)。
 舞うようにひらりと廻ると降下して。短靴で鋭い蹴撃を見舞っていた。
 後退しながらも巨躯は斧を振り上げる──けれど。
「あなた自身の畏れに、囚われなさい」
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)が手を伸ばして虚空を明滅させる。
 世界が歪んだと空目するそれは、罪人自身の心より顕れた恐怖。『まつろう怪談』──自身を否定され、捻じ伏せられる悪夢に巨躯は阻まれた。
 呻きながら罪人は間合いを取ろうとする、が。
「──逃げるなんて野暮はないだろう?」
 玲央がこつんとリズミカルに地を踏むと、青の獄炎が弾ける。
 光が舞い散るそれは『炎祭・彩音煙舞』。噴水の飛沫と重ね、濃く淡く色を煌めかせ──罪人の心を囚えて足止めた。
 その頃には包囲も完成して逃げ場はない。
 罪人は漸くそれに気づきながら、それでも斧を握り直していた。
「……いいさ、なら皆殺しにするだけだ。俺がやることは、何も変わっちゃいねェ」
「あくまで殺戮、か。周りの事を何も気にしなくていい下っ端は楽でいいな」
 と、退屈気な声に刺々しさを乗せるのは緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)。
「この御時世にあって種族の戦力に数えられもしないとはな。同族には認められずただ不要と捨てられ、自分の力で何かを為す事も叶わない──」
 放る言葉に、侮蔑と敵意を存分に込めてみせながら。
「俺達にとっては障害とすら成り得ない。そして惨めな最期は誰に知られる事も無く生きた証も残らない」
 最早初めから存在していないのと変わらないな、と。
 言葉に罪人が血走った瞳を向けてきた、そこへ結衣はダブルセイバーで斬撃。掬い上げる一閃で膚を深々と抉る。
「──思考も行動も、何もかもが無意味だ」
「てめェ……!」
 血を零しながらも罪人は忿怒に斧を振るう。
 けれど挑発に乗ってくるのも予想済みだから、結衣は刃を盾に衝撃を軽減。
「今だ」
「はいっ……!」
 そのタイミングでネフティメスが炎雷揺蕩う蛇腹剣を突き出し、巨躯を下がらせた。
 直後にはノチユが掌から星の欠片を舞いている。色彩を抱いて輝くそれが前衛を守り傷を癒やすと──。
 素早く敵へと向き直る影が一人。
「では、此方が攻撃をする番ですね」
 左と右、二刀の刃を煌めかせる伊礼・慧子(花無き臺・e41144)。
 腰は僅かに落とし重心は後ろ。体の向きだけをはすにして構えを取ると──疾風の如き速度で地を蹴り巨躯に迫る。
 罪人ははっとして斧を振り抜く、が、慧子は既に跳躍して縦回転。すたりと後背側へ着地して腕を引き絞っていた。
 刹那、連閃。霊力で奇跡を描きながら、巨躯の膚を裂いて体内までもを蝕んでいく。
 呻く罪人は、慌てて振り向くが。
「そこまでだよ」
 ──凍て付け。
 熾彩がそっと唇から声を紡ぐ。
 昇る言葉は言霊となって、零下の衝撃が現実に顕れる。『凍結竜言』──全身が凍りつく感覚に、罪人は膝をついた。

●決着
 訪れた短い静寂に、罪人は苦渋の声を零す。
「全く、ついてねェ……」
 今頃は数え切れない笑顔を絶望に変えているはずだったのに、と。
 その口惜しげな顔を見て、グラニテはそっと瞳を伏せていた。
「……みんなの笑顔を変えて、消して、自分だけ笑おうとしてるのかー?」
 それは単純にひどいと思うし、止めなければいけないことだとも思うけれど。
「なんだか――とっても寂しい生き方、だなー……」
「……どう思おうが勝手さ」
 罪人は表情を歪めながらも立ち上がる。
「俺は潰したいものを潰す。てめェらと、その後で人間共もな」
「──その全ての笑顔を絶望に、ですか。随分と大口を叩いてくれるものです」
 と、退かず返してみせるのは紺。
 次には藍の瞳で凛然と見据えて。
「その発言、今さら後悔しても遅いということをその身でとくと味わっていただきます」
 真っ直ぐに疾駆。
 親友へ失態も見せられないからと、手心無く全力で。影色の斬線で傷を抉っていった。
「玲央さん」
「了解」
 意を汲んで横合いから奔る玲央は、スライムを流動させて巨体を飲み込み静止させる。
 そのままリズムを崩さずに、零距離に迫り連撃。流麗な剣舞のように、鉄塊剣を靭やかに振り抜き斬打を見舞った。
 重い衝撃に血潮を零す罪人へ、戦線に加勢する相馬・泰地も肉迫。
「さあ、これでも喰らえ!」
 全身に力を込めると『旋風斬鉄脚』。体を撓らせ風刃の如き蹴撃を叩き込んでゆく。
 巨躯がよろめけば、グラニテも白絵具で綿雪と光を描いていた。
 清冽な温度を思わすそれは幻惑術、『月白の時』。現実との境を失ったように、巨躯は極寒の苦痛に苛まれる。
 それでも罪人は足掻くように斧を投擲した、が。
 前衛を襲った衝撃に、ノチユはさらりさらりと。花弁を流して花吹雪を舞わせていた。
 漆黒の髪に宿る星色の艶めきと、空気に漂う星屑の残滓に色を交えるように。耀く花の彩と芳香で皆を癒やしていく。
「これで問題なさそうだ。後は──」
 アレ、確実に仕留めてよ、と。
 敵を向くノチユに──頷き前進するのは慧子。罪人は斧を拾い上げて振り下ろすが、慧子は双刃を交差させて、挟むように抑えてみせた。
「柔よく剛を制す。細剣でも斧の相手は十分です」
 直後には斧を横へ逸らし、接近。妖力揺らめく刃で鮮烈な袈裟斬りを放ち──血煙を散らせてゆく。
 倒れ込む罪人は、悲鳴を篭らせながらも這い上がろうと藻掻いた。が、それよりも疾く、熾彩が風に触れるように静かに手を翳して。
「届かせないよ」
 細指を軽く握り込む。瞬間、巨躯の気を掴み、投げ飛ばすように地へと叩きつける。
 呻きながらも手を伸ばす罪人だった、が。
「戦いの中で余所見をする馬鹿は死ぬだけだ」
 後ろから見下ろす結衣が、既に刃へ焔を束ねていた。
 刹那、燃え盛る斬撃で掬い上げるよう、巨体を宙へ打ち上げると──。
「行けるか」
「はいっ、合わせますっ……!」
 視線を交わしたネフティメスが、海嘯を喚び込むように周囲に濁流を顕現。渦潮の内部へ巡らせた稲妻を成長させている。
 『イクシオン・メイルシュトローム』──巨大な光の柱となったそれが巨躯を貫き爆裂。全身を貫き裂いた。
 同時、跳んでいた結衣が増大した炎で加速しながら一刀。
「散っていけ」
 灼熱の奔流を刃と共に振り下ろす。
 鳳翼<炸裂する太陽>──滾る紅蓮に飲み込まれ引き裂かれるように、罪人は灰も残らず霧散していった。

●翠風
 涼やかな風に、笑顔と明るい声音が交じってゆく。
「元通りになって、良かったです」
 平和な時間の帰ってきた公園を、慧子は改めて見回していた。
 殺界で人払いすることは出来ても、その逆は少々苦手だったけれど。それでも皆と共にしっかりと人々を呼んで賑わいを取り戻している。
 景観は無傷だった為、周囲は変わらず美しい。
 だから番犬達がそれぞれに歩み出して行くと──慧子もまた散策。クレープの匂いにつられて移動販売車に立ち寄った。
 そこでバニラクリームたっぷりの一品を買うと、木陰のベンチへ。早速はむりと食べて、ひんやりとした温度と滑らかな甘味を楽しむ。
「ん、美味しいです──」
 味わいつつ、ふと噴水を眺めた。
 流水がきらきら光るそれは何とも、目を惹き付けて。
「誰が噴水なんて最初に考えついたんでしょうね……」
 完成させるのは難しい道のりだったんじゃないか、と。涼やかな発明と、それを成し遂げる人々の凄さを改めて感じる。
 そうして寛いでいると、また快い風が吹き抜けて。
「これから、暑くなりそうですね」
 夏の到来を予感するように、慧子は美しい木漏れ日を見上げていた。

 広場に停まる移動販売車は、和やかな賑わいに囲まれている。
 結衣はネフティメスを連れて、丁度その輪に入るところだ。
「う~んどれも美味しそうで迷っちゃいますね~」
 張り出されているメニューを見て、ネフティメスは悩ましげ。
 何しろクレープやソフトクリームにはぴったりの季節。わくわくもしながら隣の結衣に笑いかける。
「そうだ、折角ですし、買ったらわけっこしませんか? 美味しいも楽しいも2倍になりますよ♪」
「ああ、構わないよ」
 結衣が応えると、ネフティメスは笑んで再度メニュー選びへ。
 食べたいのはクレープだけれど、分け合うなら結衣の好きなものにしたい心もあって。以前の仕事でバニラが好きだと情報を得ていたから、目はソフトクリームに向く──と。
「クレープにするか」
 結衣はそんな隣を一瞥だけすると、言って視線を移していた。
 結衣がそう言うのならと、ネフティメスも喜んでクレープを選び……マンゴーたっぷりの一品を買うことにする。
「結衣さんは何にしました?」
「俺はこれで」
 と、結衣が買うのはふんだんな苺が綺麗なクレープ。
 二人でベンチへ座ると、早速実食。
 ネフティメスは瑞々しいマンゴーと、ふわふわのクリームをあむりと含んで幸せな笑みを見せた。
「ん~、美味しいです……!」
「それなら、こっちも食べてみるといい」
 結衣は苺クレープを口元に差し出す。するとネフティメスは少し照れながらも、ぱくりと齧って、その甘酸っぱい美味に目を細めていた。
 結局、結衣はクレープの多くをネフティメスにあげた。
 好きなものを選ばせたのも、自分がネフティメスが迷って選ばなかったものを買ったのも……言葉に出さない思いやり。
(「ま、ネフティメスに我慢は似合わないからな」)
 心に呟くと、涼風に寛ぎながら。少し休んで、また何か食べようかと、ネフティメスと共に歩み出す。

 ハイビスカスが咲き初め、並木の足元に彩りを加えている。
 そんな鮮やかさを帯び始めた景色の中を、玲央はゆっくりと巡っていた。
「夏の色に、なり始めてきたかな」
 自然豊かな散歩道は、季節の移し鏡。その彩で瞳を楽しませながら、ぐるりと公園を歩んでゆく。
「……さて」
 と、一回りすると元の広場へたどり着いたから、一休みしようと見回した。
 木陰もいいけれど、日傘もあるから噴水の側とも迷う。
「紺が居れば、そこが涼しい場所だと思うんだけど……」
 読書でもしているかもと、探してみると──程なく求める人影を見つけて。玲央は移動販売に寄ってから、彼女の元へと歩んでゆく。

「ありがとうございました」
 紺は戦いに協力してくれた巫山・幽子へと丁寧に礼を述べていた。
「こちらこそ、皆さんのお力に助けて頂きました……」
 と、幽子も頭を下げて返すと、玲央もまたそれに応えて。それから苺のクレープを買ってひとり、散歩を始めている。
「草木の顔ぶれも、変わりましたね」
 春の花はもう、少なくなって。紫陽花も旺盛を過ぎ始め、白粉花やダリアといった色彩が見えるようになっていた。
 植物一つ一つの名は詳しくないけれど。こうして眺めるのは好きだから──紺はクレープの甘味を楽しみつつ、移りゆく彩をゆったりと眺めていく。
 そうして丁度広場に戻り、ベンチについたところで──。
「やあ」
「玲央さん。お散歩ですか?」
 歩んできた玲央へ微笑みかける。
 頷いた玲央も、隣に座って……ソフトクリームの珈琲フロートをそっと差し出した。
「良ければ」
「良いんですか?」
 ありがとうございます、と。
 受け取った紺も穏やかな表情で。二人で笑みを交わしつつ、冷たいクリームと、甘味の溶けた珈琲を味わってゆく。
「これから気温も上がりそうだね」
「ええ。その時もまた、こうしてご一緒出来たら良いですね」
 紺が言うと、玲央もうんと頷いて。時折触れる噴水の飛沫にも、涼を得ながら。夏への時間を二人で過ごしていった。

 ノチユは幽子を誘って移動販売車へ。
 とりあえずは溶けても安心なクレープにしようかと、二人でメニューを眺めている。
「すきなの、選んで」
「ありがとうございます……では苺のクレープを……」
 幽子の言葉にノチユは快く注文。自分はガトーショコラを買って、共にベンチに座った。
 正面に見える噴水が涼やかで、木立が影を下ろし、近くには花々も見える。そんな景色と、はむはむとクレープを食む幽子を眺めつつ──ノチユは空を仰いだ。
 近頃は湿気でうんざりしてたから。
「これから暑くなるのを考えると、涼しい梅雨の晴れ間は貴重だね」
 雨だと星空も見えないし、と。
 呟けば、幽子も小さく頷き空を見ていた。
「今日の夜は、星が見られそうで嬉しいです……」
 うん、とノチユは応えて──少しの後に視線を下ろして花へ映す。
「此処は桃色の花が多いね。あの花の名前は……」
「あれは、百日紅で……隣は蝦夷菊です……」
 どちらも最盛を迎え始める夏花だと幽子は言って、柔く微笑んでいた。ノチユもそんな姿を見て、仄かに瞳を和らげて。
 クレープを一口、ガトーショコラとホイップが甘さ控えめで割と食が進む。
 悪くない景色と甘味。
 とはいえ正直、彼女の幸福そうな姿だけで十分満足なのだけど。
「ソフトクリームも頼もうか」
 言って立つと、幽子がこくりと頷く。その嬉しげな様子に、ノチユも少しだけ表情で応えて──二人はまたゆっくりと歩み出す。

 風に花が香り、子どもたちが愉しげに駆けてゆく。
 公園に訪れた平穏へ、熾彩は暫し視線を巡らせていた。
「うん、平和そのものだな」
 改めてその実感を得るように呟いて、自身もまた歩み出す。
 走り回る子供たちのように、はしゃぐような年齢では自分はないけれど。移動販売車が見えたならそこに立ち寄って、フルーツいっぱいのクレープを買った。
 それからベンチに座って早速一口。
「ん、美味しい──」
 酸味まで快い苺に、果汁溢れるメロン。彩りも豊かに盛られたそれをかぷりと食べると、幸せな味が広がって……少しばかり少女らしい声音を零しつつ。
 甘いクリームも味わいながら、また景色を眺めた。
 夏本番の前の風は爽やかだ。
 緑の美しい木々がさわさわと鳴ると耳にも心地良く。噴水からも涼しい空気が漂うと、美しい花々も愉しげに揺れているようで。
「もう少し、寛いでいこうか」
 食べ終わると、熾彩は一息ついて。また暫しゆるりと時間を送っていった。

「うー……」
 季節の旺盛はまだ先だけれど、それでも十分体には応えるから。グラニテは陽光を避けるように木陰を歩んでいた。
「最近またちょっとずつ暑くなってきたなー……」
 爽風が吹いていても、暑さの苦手な身には中々厳しくて。氷界も気を付けないと周りの人を気絶させてしまうからと我慢している。
 ただ、移動販売車を見つけると。
「……ソフトクリーム、買おうかなー?」
 冷たさを想像すると、声音も明るく。丁度それほど並んでもいなかったので、すぐにバニラとメロンのミックスを買った。
「おおー……! 色合いがわたしみたいだなー!」
 それを手に木陰のベンチにつくと、早速まじまじと見つめて。純白と淡い緑の色彩に、嬉しそうな声色を零す。
 それから一口食べると──。
「んっ、優しく甘くて美味しいー……!」
 バニラの香り、果汁の風味。そして心まですっきりさせてくれる、心地良い冷たさ。
 あむりと食べては、生き返るように。
「暑い日にはやっぱり、冷たいものが良いよなー!」
 グラニテは満足の声で、上機嫌に足をぶらぶらさせて……涼やかな休憩を楽しんだ。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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