鏡の中にある孤独

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「あー。美味かったー」
 夕暮れ時の裏通りを大小二つの影が行く。
 ミミックのガジガジを伴った百丸・千助(刃己合研・e05330)だ。
 知る人ぞ知る老舗の甘味処の噂を聞きつけ、期待に胸を膨らませて赴き、今は腹を膨らませて帰路についているという次第。
「そういえば、四年くらい前にこの近くで大物の死神を倒したことが……ん?」
 千助の足が止まった。
 白装束の少年が曲がり角からゆらりと姿を現し、行く手を塞いだのだ。
 その少年は角と翼と尻尾を有していた。千助と同じ種族――人派ドラゴニアンに見える。
 しかし、千助は少年の容貌に違和感を覚えた。ドラゴニアン(に限らず、すべての定命の種族)ならざる不気味で異様な雰囲気を感じ取ったからだ。
 同時に既視感も覚えたが、そちらの理由は本人にも判らなかった。
「……おまえ、何者だ?」
 相手がデウスエクスであることを確信しながら、千助は尋ねた。
「『ロスト』と呼ばれてる」
 と、少年は己の名前らしきものを告げた。
「夕涼みがてら散歩してたら、僕に似た顔の奴を見かけたもんで、ちょっと挨拶でもしておこうかなと思って」
 その言葉を聞いて、千助は既視感の原因にようやく気付いた。
 そう、ロストなるその少年の容貌は千助に似ていたのだ。鏡を見ているかのような……と言うほどには酷似していないが、他人の空似では片づけられないレベルである。
「挨拶とか言ってっけど――」
 動揺を隠しつつ、千助はロストを睨みつけた。
 足下ではカチカチという音が響いてる。ガジガジが蓋(口?)を何度も開閉して牙を覗かせ、ロストを威嚇しているのだ。
「――それだけで済ますつもりはないんだろ?」
「まあね」
 ロストは薄く笑った。
「自分と同じ顔をしている他人ってのは目障りだからさ。死んでくれる?」
「同じ顔だぁ? ふざけんな」
 武器を構えながら、千助は吐き捨てるように言った。
「オレはそんな邪悪な顔で笑ったりしねえよ」

●かく語りき
「東京都某所に『ロスト』とかいう死神が現れやがるんですよー!」
 ヘリポートの一角。緊急招集されたケルベロスたちの前でヘリオライダーの根占・音々子が叫んだ。
「なにか悪さをするために現れたわけじゃないみたいなんですけど、不幸にもその場に百丸・千助くんが居合わせちゃいましてー。ケルベロスの千助くんとしては死神のロストを見逃すわけにはいきませんし、ロストのほうも千助くんを放っておかないでしょうから、血生臭い展開になることは避けられません」
 そして、千助が敗れるという展開に避けられないだろう。
 ここにいる仲間たちが助けに向かわない限り。
「御多分に漏れず、ロストも死者をサルベージして自分の器にしていると思われますが……見た目が千助くんにけっこう似てるんですよ。その死者が千助くんの家族や親戚という可能性もなきにしもあらずですね」
 当のロストはなにも知らないようだし、千助は捨て子だったらしいので、両者の因縁について確認することはできないが。
「まあ、二人の関係がどのようなものであろうと、先程も言ったように戦いは避けられません。ならば、私たちは――」
 離陸準備が整ったヘリオンへと振り返り、音々子は頭上に拳を突き上げた。
「――加勢するのみでーす! れっつごー!」


参加者
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
空波羅・満願(明星と月は墨空と共に・e01769)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
百丸・千助(刃己合研・e05330)
ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)
カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)

■リプレイ

●ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)
 兵員室のハッチが開き切るのももどかしく、私たちはヘリオンから飛び出しました。
 美しい夕焼け空を急降下し、人通りが絶えた路地裏に着地。
『人通りが絶えた』と言っても、無人ではありません。
 そこにはトレーニング仲間の千助さんがいました。
 千助さんのサーヴァントであるミミックのガジガジさんがいました。
 そして、千助さんに瓜二つの少年――『ロスト』なる死神がいました。
「うわー。またヘンなのが集団で降りてきたなぁ」
 眉を潜めて、私たちを見回すロスト。
「よぉ!」
 ロストを無視して、私とともに降下したケルベロスの一人――満願さんが千助さんに声をかけました。ちなみに千助さんと同様に満願さんも竜派ドラゴニアンです。
「助けがいるんだろ、千助?」
「ああ、ありがとよ。正直、一人で相手を……」
 千助さんの言葉が途切れました。足下でガジガジさんが何事かを訴えるかのように口(蓋?)を開け閉めしたからです。
 千助さんはちらりとガジガジさんに視線を落とし、先程の言葉を少しばかり修正しました。
「正直、一人と一体で相手をするのは骨が折れそうだと思ってたんだ。力、貸してもらうぜ!」
「がーう!」
『任せとけ』とばかりに吠えたのはドラゴンさん。翼を広げて身構え、尻尾でぺちぺちと地面を叩いています。あ? 念のために言っておきますけど、ドラゴンさんは本物のドラゴンじゃありませんよ。私の友達のボクスドラゴンです。
「しっかし、似たようなツラが二つも並んでると、どっちがどっちか判りづれえな、おい」
 意味もなく肩を揺すりながら、チーターの獣人型ウェアライダーが千助さんとロストの顔を見比べています。
 彼はチーディさん。一見、柄の悪いチンピラのようですが、その心根は――、
「まあ、いいか。片方をボッコボコにしてやりゃあよぉ、嫌でも見分けがつくってもんだ」
 ――あー、心根のほうもチンピラみたいですね。

●空波羅・満願(明星と月は墨空と共に・e01769)
「似たようなツラ? いえ、ぜっんぜん似てないでしょー」
 チーティの兄ちゃんの意見に意を唱えたのは、俺の義妹のリュコス。狼の耳と尻尾を生やした人型ウェアライダーだ。
「千助くんはこの子みたいに血生臭い匂いなんてしないもんね。それに笑顔も違う。千助くんの笑顔はもっと元気で明るくて気持ちがいい!」
「似ていようと、似ていまいと――」
 姫カットのレプリカントがずいと前に出た。こいつはリコリス。リュコスと名前が似ているから、ちょっと紛らわしいぞ。
「――死神であるなら、滅ぼすのみです」
「滅ぼすのみです!」
 と、大声で復唱してドワーフのおっさんがジャンプした。
 そのおっさん――ルドルフに続いて、千助もジャンプ。二人で続けざまにスターゲイザーを放った。
「……っ!?」
 ルドルフの第一打を肩に受けて呻きながらも、ロストは素早く飛び退り、千助の第二打を空振り(空蹴り?)に終わらせた。
 だけど――、
「千助先輩! 俺がサポートしますんで、存分に戦ってください!」
 ――大音声が響き、ロストの体が燃え上がった。
 声の主はカーラ。俺と同じく人派ドラゴニアン。ファミリアロッド型のガジェットを持ってるんだが、その先端に妙な機械がついている。バスターフレイムの人体自然発火装置ってやつかな?
 次に動いたのはリュコスだ。
「いくよ、ミツキにおにいちゃん! ボクたちのコンビネーションを見せてやろう!」
「おう!」
 と、俺が答えてる間にリュコスはガネーシャパズルからドラゴン型の稲妻をぶっぱなした。
 それがロストに命中した次の瞬間には、別の攻撃も命中していた。もちろん、俺の攻撃だぜ。稲妻の後を追っかけて一気に間合いを詰め、降魔真拳を食らわせてやったのさ。
 ツラがダチに似てようと、遠慮も容赦もしねえぜ、俺ぁよ。

●イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
 カーラさんが発生させた炎は燃え尽きることなく、ロストの着物の一部をまだ焼いています。
「ちっ! 自分に似ている奴がいるだけでも鬱陶しいっていうのに……」
 白(着物)と赤(炎)のコントラストに彩られた状態でロストは舌打ちしました。
 そして、いきなり振り返ったかと思うと――、
「凍りつけ!」
 ――太い尻尾を横薙ぎに振り、冷気を伴った衝撃波を放ちました。
 何人かの方々がそれを浴びましたが、そこに千助さんは含まれていません。
「させるかよぉ!」
 叫びながら、カーラさんが盾となったからです。
 ちなみに私も含まれていません。盾となってくれたのは我が相棒ならぬ相箱(ミミックなのです)のザラキ。
「見かけほどの威力はないようですね」
 ダメージを受けた面々に目をやりつつ、レプリカントのユーベルさんが爆破スイッチを取り出しました。
「千助さんに似ているのは顔だけで、鍛え方のほうは遠く及ばないということでしょうか」
 いえ、威力が低いのはロストの鍛え方が足りないからではなく、標的が多すぎて(ヒトが五人にサーヴァントが三体です)減衰したからだと思いますが……などとツッコミを入れるのは野暮ですね。ユーベルさんはすべて判った上で仰っているのでしょうから。
「私たちのトレーニングの積み重ねを見せつけてさしあげましょう」
 ユーベルさんがスイッチを押すと、後方でブレイブマインが炸裂しました。敵の攻撃がそうであるようにこちらの効果も減衰していますが……なあに、これで充分。体の底から力が湧いてきました。
「……あら?」
 リコリスさんが首をかしげてますね。どうかされたのでしょうか。
「異常耐性を付与するグラビティを使うつもりだったのですが、用意するのを忘れていました。メタリックバーストで代用しましょう」
 ドンマイです。
「おいおい。グラビティの用意を忘れるとか、気ぃ緩みすぎだろうがよぉ?」
 オウガ粒子を散布するリコリスさんの横でチーディさんがせせら笑っていますが――、
「あ? いっけねー! ブレイズクラッシュ、忘れてきちまった。ジグザグスラッシュで代用しとくか」
 ――ドンマイです。

●リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
「及ばずながらー、お手伝いをばー」
 物陰からフラッタリー・フラッタラーさんが現れ、紙片を散布してくれました。
 それによって異常耐性を得た百丸さんがロストに突進し、日本刀を一閃。
「くそっ!」
 絶空斬で傷口を抉られ、ロストが毒づきました。もっとも、苛立ちをもたらしたのは絶空斬の痛みではなく、自分に似ている者が眼前にいるという事実でしょうけれど。
 勝手に動く鏡像を目の当たりにすることがいかに不愉快であるかはよく判ります。私もステラデウス・パンテオンで自分自身(と言っても、まだダモクレスだった頃の自分ですが)の残霊と何度も相対しました。
 とはいえ、それは容赦する理由にはなりません。
 死神なのですから。
「リュコスは『血生臭い匂い』とか言ってたけど、そんなレベルじゃねえや」
 私と同じくらい(あるいはそれ以上に?)死神を嫌悪しているであろう空波羅さんがロストに旋刃脚を見舞いました。
「腐った魚みてえな匂いがすんだよぉ、この糞神は!」
「はぁ? だったら、鼻でも摘んでりゅうおぉぉぉ!」
 怒声を発する『糞神』ことロスト。語尾が不明瞭になっているのは、紫色のブレスを吐き出したからです。
 ブレスの範囲には空波羅さんだけでなく、他の方々もいましたが、そのうちの一人であるルドルフさんが――、
「大地の力を今ここに……顕れ出でよ!」
 ――エクトプラズム製のルーンアックス(ザラキさんが具現化したのです)の石突きを地に突き立て、ヒールのグラビティと思わしきものを発動させました。
「お願いします、ドラゴンさん!」
 クラルハイトさんがメタリックバーストを使用し、ブレスの紫色をオウガ粒子の黄金色で塗り替えていきます。
 そして、彼女の指示を受けたボクスドラゴンさんが百丸さんの頭にとまり、属性をインストールしました。

●リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)
 戦いが始まってから何分くらいが過ぎたのかな? 長丁場とまではいかないまでも、そんなに短い時間でもないような気がする。
 でも、ロストはまだ倒れてない。
「さっき、僕のことを『生臭い』とかなんとか言ってたけどさ。生きてる奴のほうが――」
 黒い爪でひっかき攻撃を仕掛けるロスト。
 狙いは千助くん。
「――よっぽど臭いんだよねぇ!」
 でも、ガジガジくんがちっちゃな足でジャンプして割り込み、自分の体で爪を受けた。
 その隙にカーラくんとオルトロスのイヌマルくんが――、
「おらー!」
「がおー!」
 ――異口異音(そんな言葉はない?)に吠えて、ロストを攻撃。カーラくんは、ガジェットのグリップから伸びる金属製の鞭みたいなものを絡みつかせて。イヌマルくんは神器の瞳を閃かせて。
「思ったとおり、鍛え方が足りませんね」
 ロストに辛辣な評価を下しながら、ユーベルちゃんがメタリックバーストで皆をヒール。
 彼女はトレーニング仲間だけあって、筋肉をしっかり鍛え上げ……あれ? よく見ると、二の腕とかが結構ぷにぷにしてる感じ。
「ユーベルちゃんってば、本当に千助くんと一緒に鍛えてるの?」
「鍛えてますとも。トレーニングの積み重ねによって強くなるのは――」
 ユーベルちゃんは腕を曲げ、力瘤をつくるジェスチャーを見せた。
「――筋力ではなく、絆なんです!」
 ちょっとなに言ってるのが判らない。
 だけど、絆の力なら、ボクやミツキおにいちゃんだって負けてないもんねー!
「千助くん!」
 あっついグラインドファイアをロストに浴びせながら、ボクは千助くんに改めて呼びかけた。
「こんな奴、一緒にやっつけちゃおう!」

●チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
 ロストの野郎が不格好な尻尾(やっぱ、尻尾てのはスラッとしてねえとな。俺のみたいによぉ)を振り振りして、何度目かの衝撃波を放ってきやがった。
「そんなもん、効きやしねえぜ! なはははははは!」
 ヴァオ・ヴァーミスラックスのオッサンがバカ笑いしながら、『紅瞳覚醒』を演奏してらぁ。確かに効いちゃいない(つーか、そもそも衝撃波が届いていない)が、それはイッパイアッテナが盾になったからだろうが。
 オッサンだけじゃなくて、リュコスも無傷。こっちの盾役は――、
「そう易々と俺の仲間たちを傷つけられると思うなよ!」
 ――カッコつけて叫びながら、オウガメタルを翼の形に広げてる満願だ。
 ちなみに俺はしっかりとダメージを受けた。ダメージを受けた。はい、大事なことだから、二度言いましたー。
「なんか、他の奴に比べて俺の被弾率がビミョーに高えぞ。おい、満願よぉ。さっきから千助やリュコスばっか優先的に守ってねえか?」
「あン? チーディの兄ちゃんなんぞ、守る必要ねえだろ。殺しても死ぬようなタマでなし」
「んだとぉ、こらぁ!?」
「まあまあ、落ち着いて」
 と、イッパイアッテナが仲裁に入ってきた。
「チーディさんのことをそんな風に言うもんじゃありませんよ、満願さん」
 いいぞ、イッパイアッテナ! このクソガキに俺の偉大さを教えてやれー!
「なんといっても、ダモクレスの海底基地を発見した立役者なんですから」
 いや、その話はやめろ……やめろ……。
 おっと、ブルーになってる場合じゃねえ。
 気ィ取り直して、ロストに攻撃だ。
 超高速グラビティ『狩猟豹の残火(アフターバーナー)』発動!
 本物のチーターもシャッポを脱ぐような猛スピードでダッシュ!
 敵の横を駆け抜けざまにドタマを日本刀でぶったたーく!
 はい、決まったー! 叩いた時に力を入れすぎて刀身が少しばかりひん曲がっちまったけど、気にしなーい。
 でも、他の連中は気にしてるみたいだな。千助なんか、呆れ顔の見本みたいな表情をしてやがる。
「チーディー……日本刀の使い方、間違ってない?」
「間違ってねえよ。日本刀は鈍器だ」
「いや、『カレーは飲み物』みたいな言い方されても……」

●百丸・千助(刃己合研・e05330)
 チーディとバカなやりとりをしながらも、オレの心は冷え切っていた。いや、逆に燃えてんのかな? この感覚、自分でもよく判らねえ。
 それもこれもロストのせいだ。
 オレに似ているけど、オレじゃない……あいつの顔を見ていると、胸の奥と腕がなんか疼いてくるんだ。そして、腕のほうの疼きが嫌な手応えみたいなものに変わる。とても嫌な手応えだ。なにかを刺し貫いた時の手応え。やわらかくて、あたたかい、なにかを……。
 くそっ! 判らないことばっかりだ。
 だけど、これだけは確信できる。
 あいつはオレが倒さなくちゃいけねえ。
 そう、絶対に――、
「――倒さなくちゃいけねえんだぁーっ!」
 誓いを声に出して、愛刀『綿摘』を繰り出す。切っ先が弧を描き、ロストのアキレス腱を断ち切った。
「違うね! 君が僕に倒されなくちゃいけないんだよ!」
 お返しとばかりに黒い爪を振り下ろすロスト。
 だけど、爪がオレに触れることはなかった。躱したわけでもなければ、庇われたわけでもない。パラライズのせいで(満願かユーベルの旋刃脚、もしくはリュコスのドラゴンサンダーだな)ロストの体が一時的に麻痺したんだ。
「いや、おまえは誰も――」
 カーラがオレの横から飛び出し、ロストを降魔真拳でぶちのめした。
「――倒せやしないよーだ!」
 リュコスが後を引き取り、クリスタライズシュートで追い討ち。
「ぐっ……」
 苦しげに血を吐き、忌々しげに呻きながら、ロストは睨みつけてきた。
 カーラでもリュコスでもなく、このオレを。
「よっぽど、オレのことが憎いらしいな……」
「曰く『自分に似ている奴がいるだけでも鬱陶しい』とのことですから」
 オレの独り言に反応したのはリコリス。メタリックバーストで仲間を癒しながら、ロストをじっと見つめている。
「しかし、死神が容姿に拘りを持っているとは意外ですね」
 確かに意外だけど……ロストがオレを鬱陶しがっているのは、顔が似ているからだけじゃない。そんな気がする。
 たぶん、他にも理由があるんだ。
 ロスト自身も知らない理由が……。

●カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)
「ふん!」
 気合い一発、イッパイアッテナさんがスカルブレイカーをロストにぶち込んだ。
 ロストはもうボロボロ。敗北必至。どうあがいたって、逆転の目はない。
 だけど、その顔付きを見る限り、千助先輩に対する戦意つうか敵意つうか殺意はちっとも衰えてないようだ。なんで、初対面の相手をそんなに激しく憎むことができるのかねえ?
「……」
 ロストは無言で(憎まれ口を叩くだけ余裕はもうないらしい)半身を退いて身構えた。
 爪の一撃を繰り出すつもりなんだろうけど――、
「そうはいくかってんだ!」
 ――グリップから伸ばした鋼鞭(その名も『封縛鞭』だ)を絡みつかせて、出足を封じてやったぜ。
 鋼鞭とグリップを切り離して離脱すると、入れ替わるようにして星形のオーラがロストの懐に突っ込だ。ユーベルさんのフォーチュンスターだ。
「残骸、残影、残響。疵より膿まれし者達よ」
 オーラが炸裂する軽やかな音に重なるのはリコリスさんの詠唱。
「彼の者と共に滄海へ還れ」
 地から湧き出るようにして、半透明の人影が出現した。誰かの残霊なのか? 女だ。たぶん、妊婦だと思うけど……腹んところを無惨に抉られている。
「……え?」
「……あ?」
 千助先輩とロストが同時に声をあげた。残霊を目の当たりにして、二人とも驚いているんだろけど、その驚きの種類はちょっと違うような気がする。
「そういうことか」
 ロストが呟いた。吐き捨てるような調子で。言葉を発する余裕はもう残っていないと思ってたけど、そうでもなかったらしい。
「判ったぞ……なぜ、おまえが憎いのか……」
 と、わけの判らないことをほざくロストに妊婦の残霊が攻撃を加えた。
 でも、ロストが言ってる『おまえ』ってのは残霊じゃなくて、千助先輩のことなんだろう。『君』じゃなくなったのは、憎しみが倍増しているからか。
「ひゃっはー! あと一撃でお陀仏って感じだなぁ!」
 残霊のせいでなんとも知れない重苦しい空気に包まれてしまったことも気にせず(それとも、気付いてないのか?)、チーディさんが声を張り上げた。
「そんじゃあ、このチーディ様が『狩猟豹の残火』でカッコよくとどめを刺してや……って、なんで止めんだぁ、オォォォイ!?」
 チーディさんが走り出すよりも早く、リコリスさんが襟首を引っ掴んで止めた。ナイスだ。
「許さない……絶対、許さない」
 千助先輩を睨みつけて、ロストがまた身構えた。
 今度は出足を封じる必要はなかった。
 千助先輩が目にも止まらぬ速さで間合いを詰めたかと思うと――、
「……」
 ――言葉を発することなく、ロストを斬り捨てたから。
 ロストが倒れ伏すと同時にユーベルさんが目を閉じ、頭を垂れた。
 冥福を祈ってるのかもしれない。
「やったね!」
「ああ」
 リュコスさんと満願さんが勝利のハイタッチ。
 それに加わることなく、千助先輩はロストの骸を見つめていた。
 奴の指から剥がれ落ちた一枚の爪を握りしめて。
 ずっと見つめていた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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