氷蜜七彩

作者:坂本ピエロギ

 紺碧の海を望む、とある港湾都市。
 正午を過ぎた昼下がり、日陰に隠れるように人々が往来を行き交う。
 容赦ない油照りの日差しは、すでに真夏のそれ。そんな天気のせいもあってか、街の一角にある小さな店は、大勢の客で賑わっていた。
 『氷』。軒先で氷旗が踊るこの店は、かき氷専門の甘味処なのである。
 くちどけの良い純白の削り氷を、キンと冷やした硝子の器に盛りつけ、宝石のような果肉を添える。そこに色鮮やかな氷蜜を一杯かければ出来上がり。
 イチゴの赤。抹茶金時の緑。ベリーの赤紫に、柑橘類の黄色、そして桃のピンク――。
 人々はオアシスで寛ぐ旅人さながらの面持ちで、至福の舌鼓を打っていた。
 だが、そこへ。
『あちぃ、熱いよぉ……地球の奴らが撃ちてぇよぉ……』
 ふらりと現れたのは、真っ赤なバトルオーラをまとうエインヘリアルの大男である。
 彼は入口にいた店員をオーラの弾で跡形もなく消し飛ばすと、荒れ狂う本能に身を任せ、店の人々を血祭りにあげていく。
『熱い熱い熱い熱い熱い! 誰か、俺の熱を鎮めてくれえぇぇぇぇぇ!!』
 照りつける太陽の下、殺戮はいつまでも、いつまでも続くのだった。

「……以上が、私の得た予知です」
 太陽の照り付けるヘリポートで、ムッカ・フェローチェはケルベロスたちに告げた。
 事件が起こるのは、とある港湾都市だ。紺碧の海を望む街中の一角で、エインヘリアルが人々を虐殺するという。
「このエインヘリアルは、かつてアスガルドで罪を犯した重罪人のようです」
 バトルオーラを装備し、破壊と殺戮をばらまく重罪人。これを放置すれば人々の命が危ういことは論を待たない。
 急ぎ現地に向かい、撃破を頼みたいとムッカは言った。
「周辺の避難誘導は警察に任せて構いません。皆さんは現着次第、現れたエインヘリアルとの戦闘に専念してください」
 出現ポイントは、街中の一角にある公園だ。
 園内に障害物の類はなく、戦闘による周辺への被害も心配ない。
「戦いが無事終われば、港町も日常を取り戻すでしょう。暑い昼に体を動かした後ですし、近くの甘味処でかき氷など楽しんできては如何でしょう」
 現場の近くにあるという甘味処は、かき氷を専門に扱う店だという。
 氷はくちどけ良く、優しい冷たさに。甘味は新鮮な果物から抹茶金時、珈琲などなど。
 氷と甘味にたっぷり絡む氷蜜は、氷や甘味とともに三位一体のハーモニーを奏で、最後のひと匙まで食べる者の舌と心を捉えて離さない。
「お店からは綺麗な海が一望できます。これから大きな戦いも待っていますし、存分に英気を養ってきて下さいね」
 そうして説明を終えたムッカはケルベロスたちへ一礼し、ヘリオンの搭乗口を開放した。
「エインヘリアルの魔手から、街の人々を守れるのは皆さんだけ。健闘を祈ります」


参加者
奏真・一十(無風徒行・e03433)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)

■リプレイ

●一
 七月が間近に近づいた青空には、岩のような白雲が浮かんでいた。
 紺碧の海を臨む臨海都市、その一角に位置する公園内。
 予知があった場所の片隅で、アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)は薔薇の日傘を広げた。
「もう夏も本番ですね」
 開けた広場は一面が日向に覆われ、油照りの日差しが降り注いでいる。
 いまだ午前だというのに、太陽はまるで容赦がない。
「暑苦しいエインヘリアルですか。はた迷惑な敵もいたものです」
 ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)は、そう呟いた。
 鱗と被膜の翼を背負う彼にとって、冷たいものが嫌いという気持ちは、なんとなく共感を覚えるものではある。
 だからといって、手心を加える気は毛頭なかったが。
「おーい、避難完了したってPolizei(警察)から連絡だぜー」
 レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)が伝えると、ぐんにょりした様子でグラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)が言葉を返す。
「了解、だー……ほへえぇぇ……」
 夏という季節が、グラニテは好きだ。
 大海の紺碧、滴る山々の翠、木漏れ日の日差し。どれも好きな色ばかり。
(「食べ物もおいしいよなー。キュウリとか西瓜とか、冷たい水に浸けて齧ってなー」)
 ただ、ひとつ。
 ひとつだけ、惜しむらくは――。
「暑いー……! 冷たいものが恋しいなー……!」
 キンキンに冷やしたかき氷を思い浮かべ、心頭を滅却するグラニテ。
 その前方で、ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)が仲間たちにそっと警告を発した。
「どうやら、お出ましのようだ」
「ふむ? おお、間違いないな」
 奏真・一十(無風徒行・e03433)が、ラグエルの指さす先を見た。
 公園の向こうから、鎧を着けた大男が向かってくる。背後にはゆらゆらと陽炎が昇り、見ているだけで暑苦しい。
『何だぁ? ケルベロスどもか!』
「いかにも。グラビティ・チェイン収奪は阻止させてもらう」
 大男を逃さぬよう、陣形を組んで取り囲む一十と仲間たち。
 対する大男も、真っ赤なバトルオーラを燃え立たせて戦闘態勢をとる。
『熱い、熱いんだよぉ!! 焼き尽くしてやる!』
「暑ければ暑いほど、ひゃっこいのも嬉しいです、よね」
 オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)がケルベロスチェインを装着し、大男に向かって言う。
「鎮めて欲しいのなら、おまかせです、よ」
 大男は真っ赤なオーラを迸らせると、雄たけびを上げて襲い掛かる。
 かくして、戦闘は開始された。

●二
『熱い、熱い、熱いんだよおぉぉ!!』
 大男が放つ裂帛の気合とともに、灼熱弾が吐き出された。燃え盛るオーラの塊が飛来し、オリヴンを庇った一十を炎上させる。
「中々の熱さだな。だが」
 一十の手から飛び出したケルベロスチェインが、勢いよく地面に突き刺さった。
 先端の錘が魔法陣を描き、守護の力で前衛を包み込む。
「熱い暑いと口に出すからアツいのだぞ。――サキミ!」
 声が飛ぶと同時、ボクスドラゴンの注入する水属性が一十の炎を吹き消した。
 続くオリヴンも魔法陣で中衛を包むと、テレビウムに指示を飛ばす。
「地デジ。回復頼んだ、よ」
 大男の攻撃は一撃一撃が重い。守りに優れる仲間でも、浴び続けるのは危険だ。地デジは冷たい菓子――アイスやソフトクリームを応援動画で映し出し、一十を癒す。
 すかさず大男が、炎の音速拳を地デジへ浴びせんとする。
 だがその刹那、クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)のフェアリーレイピアがそれを阻んだ。
「無粋な人にはこれをあげる。妖精族の力、侮らないで!」
『うおっ!?』
 剣から噴き出す色鮮やかな花々が、大男の周りを包み込む。
 クラリスは、大男のオーラが花の嵐で弱まったことを確かめると、すかさず竜砲弾を装填したヨハンに合図を送る。
「ヨハン、今!」
「任せて下さい、クラリスさん。――轟竜砲、発射!」
 吹き荒れる花嵐。炸裂する砲弾。妨害に特化した二人の連携攻撃が、大男の火力と回避を瞬く間に奪っていく。
「冷たいモノが嫌いなようだが……私たちアイスエルフは、どうなのかな?」
『はーっはっはぁ! てめぇらの氷なんざ、ぬるま湯と変わらねえな!』
「ほう?」
 やせ我慢で言い放つ大男に、ラグエルは挑発するように氷の吐息を吹きかけた。
「燃やして、斬って。似た者同士、存分にやり合おうじゃないか」
『ぐおぉっ……てめえ、消し炭にしてやる!!』
 氷に侵食された大男がラグエルに狙いを向けた刹那、グラニテは氷柱のように透き通った釘打機で突撃。螺旋力を込めたジェット噴射が繰り出す、きりもみ体当たりだ。
「んっ、命中は十分かなー。いくぞー!」
 激突の衝撃で空気が震え、吹き飛んだ巨体が大地に叩きつけられる。
 鎧の破片を砕け散らせながら、なおもオーラを燃え立たせて暴れまわる大男に、レンカはキヒヒと笑って如意棒を向けた。
「熱血漢は嫌いじゃねーが、暑苦しー男はウザいだけだぜ?」
 狼のような赤い眼光が大男を射抜く。
 次いで魔法のステッキが、威力を込めた直突きを繰り出した。
「これぞHexenschuss(魔女の一撃)ってな。ギックリ腰になっちまいな!」
『小娘が、燃えろおぉぉ!』
 迎撃の灼熱弾を生成する大男。その手から弾が放たれようとした刹那、アクアの轟竜砲が放物線を描いて着弾した。
「させません、止まりなさい!」
『しゃらくせえ!!』
 炸裂の衝撃で生じた砂煙を、大男は咆哮で消し飛ばす。
 晴れた視界の眼前に、レンカは――いない。
「残念、後ろだぜ?」
 分厚い背筋に、破城槌のごとき直突きがめり込んだ。
 宙を舞う大男の巨体。地に叩きつけられる地響きと共に、暑苦しい絶叫が響く。

●三
『ぐぐっ……負けてたまるかよおぉぉ!!』
「折角だ、もう少し涼んでいきたまえ」
 一十の手から、旅行鞄がぶんと音を立てて振り下ろされた。
 大男の肩を痛打した超重の一撃が分厚い氷に変じ、巨体を包み込む。いまや大男は氷と血で全身を汚し、燃えるオーラは見る影もない。
 対するケルベロスは優勢を覆さぬよう、慎重かつ着実に攻撃を続けていく。
「知っているもの。ありふれたもの。でも、見方ひとつで優しくも怖くも変わるんだー」
 グラニテは深紅絵具を手に、戦場へ風を送り込んだ。
 紅色の凪に知覚を狂わされた大男は、全身に裂傷を走らせて、嵐にもまれる木の葉のように翻弄される。
「きみにとってのそれは――どう、見えるー?」
「氷に裂かれ、紅い美しい花を咲かせてくれないかな?」
 足を止めた大男を捉えたのはラグエルの『氷華咲檻』。麻痺の氷が巨大な四肢を末端から侵食し、血の飛沫が赤い風に彩を添える。
 もはや大男には、避ける術も防ぐ術もない。
 残り火をかき集めてラグエルへ放つ灼熱弾も、クラリスの花嵐で戦意が挫けた今となっては僅かな傷を残すのみだ。
「もう一息、です、ね」
「虚無の力よ、敵を飲み込み消滅させよ!」
 ジョブレスオーラでラグエルを癒すオリヴンに続き、アクアが放った虚無球体が、大男の脇腹を削り取った。
 さらにヨハンがマインドリングの光剣で斬りつけ、重圧で狙いを逸らさせる。
「クラリスさん!」
「オッケー。逃がさないから!」
 真っ赤な血で染まる傷口に、クラリスは指先を向ける。右手で構える指鉄砲、発射するは不可視の弾丸だ。
「終わりの、始まりを。――ばんっ!」
 傷口で爆ぜた弾が超新星の輝きと灼熱を放ち、大男の傷口を侵食する。
 氷に、麻痺に、武器封じ。守りを剥がれ、回避までも失って膝をついた大男に、レンカは最後の狙いを定めた。
「Hast du es gesehen?」
 大男を捉えるは『幻影の衣纏いし狡猾なる獣』。
 味方の皮を被って忍び寄るオオカミに、魔法に落ちた大男は気づかない。
『き……救援か? 遅いぞ、なんで早く来ねえんだ!』
「決まってるだろ? ――お前を美味しくいただくためさ!」
 魔女のステッキの一突きは大男の心臓を穿ち、グラビティの楔を打ち込んだ。
 その一撃が、とどめ。
 バトルオーラの炎に包まれ、亡骸は灰となって崩れ落ちると、夏風に吹かれて空の彼方へと消えていく。
「任務完了ですね。お疲れさまでした」
「かき氷……楽しみだね、地デジ……!」
 薔薇の日傘をばっと広げ、公園に薬液の雨を降らせるアクア。
 オリヴンはキラキラと目を輝かせ、黄金の果実の光で修復を完了すると、仲間たちと共に甘味処へ足を向ける。
 暑い夏の涼しいひと時が、始まろうとしていた。

●四
 案内された席に着くや、グラニテの目は忙しそうに動き始めた。
 はためく氷旗。きらめく氷の粒。至福の甘味を約束する、色鮮やかな氷蜜――皆と一緒に注文を終えると、店の迷惑にならぬよう忍び足でうろちょろと歩き回る。
「おお……おおおー……!」
「あっ、見て下さい。今から削るみたいですよ」
 アクアが指さす先、グラニテの目を捉えたのは、小さな金庫ほどもある氷塊である。
 カウンター越しの厨房で、削氷機のハンドルが回り始めた。涼しげな音をしゃりしゃりと立てて、羽毛のような白い氷片が硝子器に雪の山を作っていく。
「キラキラしてて、綺麗だなー……!」
「あれに蜜とか果物とかをかけるんだな。美味そうじゃねーか!」
 レンカもまた、好奇心を抑えきれぬ様子。
 日本で過ごして数年、初挑戦のかき氷である。店内に漂う涼気と甘い香りは、この上なく魔女の好奇心をそそった。
「ふあああ……見て、地デジ!」
 次第に出来上がって行くかき氷に、オリヴンの両目はぱっちり見開かれている。
 目で味わい舌で楽しむ、夏の代名詞たる氷菓子。なんだか食べるのに、些かの罪悪感さえ感じてしまいそうだ。
(「見た目も良いケド食べたらもっと幸せが待ってます、ね!」)
 抱きかかえられた地デジも、こくこくと頷きを返す。
 そうこうするうち、ケルベロスの頼んだ品が運ばれてきた。
「おお……これは美味そうである」
 一十はテーブルを飾る氷蜜に目を奪われつつ、サキミへの意識は逸らさない。冷たいものが大好物の彼女は、かき氷に虎視眈々だからだ。
 そして――ラグエルが静かに手を合わせ、
「さて、溶けてしまっては勿体ない。……いただきます」
「「いただきまーす!」」
 夏の昼下がり、涼やかな宴が幕を開けた。

●五
「ふむ、いい氷だね。身にも心にも沁みるようだ」
 ラグエルが頼んだのは季節の果物、夏蜜柑。
 幾重にも重なった氷片の層には黄色い氷蜜がまぶされ、後味爽やかで口当たりも軽い。
 微かに残るほろ苦い余韻に、ラグエルはほっと満足の吐息を漏らす。
 いっぽうグラニテが注文したのは、みぞれだ。
「すごく『氷』って感じがして、いっぱい涼めそうだー……!」
 硝子の器にそっと手を添えて、器越しに伝わる氷の冷たさ。
 透き通った砂糖水の煌めきと一緒に、氷の美を存分に堪能すると、グラニテは甘い一匙を噛みしめるように味わう。
「おおー……いいなー……!」
 元気を取り戻し、ぱたぱたと手を振るグラニテ。
 その横に座ったレンカが注文したのは、赤紫のベリーを添えたかき氷だ。
「綺麗で、ちょっと妖しい色合いが魔女っぽくね?」
 氷の白とベリーの赤紫、ただ二色の組み合わせ。
 それが何故こんなにも美味いのか。レンカの体に、冷たい甘味がキンと沁み渡る。
「食感もEisとはまったく違うぜ。チョー暑い時には最適って感じ!」
 甘いソースを絡めた氷と大粒のベリーを頬張れば、程よく甘く、程よくさっぱり。
 どいつもこいつも美味そうに食うとは思っていたが、こうして食べれば納得だ。
(「コイツはハマっちゃいそーだぜ……おかわり、いこーかな」)
 いっぽうアクアは、ブルーハワイを口に運んでいた。清涼感あふれる青い色と、胸をくすぐるような甘い香りに、夏の到来をしみじみ感じる。
「ふふっ。冷たくて美味しいですね」
「甘酸っぱい、そしてひゃっこい……!」
 オリヴンが頼んだ最初の一杯――杏シロップは早くも空に近い。甘いものが大好きな彼にとって、旬の杏を使った甘酸っぱい味はまさに至福だ。
「そろそろ次が……わあ、来た来た!」
 杏を平らげ、お代わりは真っ赤なイチゴの一杯を。
 果肉とシロップ、そして甘い牛乳を何層にもかけた一杯は甘酸っぱく円やかで、幾匙食べても飽きが来ない。共に戦った相棒にはミルクの氷を濃いめに掬い、
「……一緒に食べる?」
 オリヴンの申し出に、地デジは万歳で応じるのだった。

 ピンク色の氷蜜が、ヨハンの手元で輝いていた。
 彼が頼んだのはラズベリー。ソースをまとった大粒の果実は、どこかクラリスの瞳の色を連想させる。
(「可愛い色合い……たまにはいいですね、こういうのも」)
 心に生まれた大人の余裕をかみしめつつ、向かいのクラリスに目をやれば、彼女が頼んだのは黒蜜黄粉の一杯だ。
「今日は和風ですね、クラリスさん。美味しそうです」
「ヨハンが思い切ったから、私も……ね」
 体の芯から幸せが溢れるような、優しく素朴な味わい。
 そう、まるで――。
「まるで……ヨハンみたいで」
「えっ」
 恥ずかしそうに顔を隠すクラリスを見て、ヨハンの重低音ヴォイスが裏返る。
 ――あ、あれ? どうしたのでしょう。
 ――顔が、体が、温かい。ほうじ茶を啜ってもいないのに。
 甘酸っぱい沈黙を埋めるように、ヨハンが口を開く。
「し、失礼。頂きましょう。……クラリスさん、一匙いかがですか?」
「ありがと。……ふふっ、美味しい」
 そうして黒蜜黄粉を乗せた一匙は、自然とヨハンの口元へ。
「ヨハン、一口どう?」
「お約束ですね。……美味しいです、とても」
 恋人同士のひと時は、10分を10秒に感じさせるもの。
 気づけば空になった互いの器を、ヨハンは名残惜しそうに見つめると、
「クラリスさん。もう一杯、頼みませんか?」
「賛成。そう来なくちゃ」
「少し冷えましたね。どうですか、ほうじ茶でも」
「いただきます。……うん、温かい」
 二人のひと時は、こうしてゆっくりと過ぎて行く。

「おお、これはでかい」
 一十は、鎮座する珈琲のかき氷に息をのんだ。
 想像したものより遥かに大きく、その氷は綿花のように白く軽やか。
 そっと匙をつき入れて、最初の一杯を味わってみる。
「……うむ」
 ほろ苦い珈琲の味わいは、やや濃いめ。
 氷と混ざることで、練乳の甘みも引き立てて、三位一体で丁度よい塩梅の加減だ。
 ひと口ふた口と匙を進め、気づけば匙が器の底を叩く。
(「かき氷、侮れんな……」)
 サキミの機嫌を取りつつ、甘くほろ苦い余韻を噛みしめる一十。
 ふと窓越しに海を眺めれば、青空を舞うウミネコの群れが見える。
 折角だから、後で海の方へ散歩にでも行ってみようか――。
「夏が来るなあ」
 氷旗を揺らす潮風、海鳥が歌う浜辺。
 暑い季節が、今年もまた始まろうとしていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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