招魂の蛍火

作者:坂本ピエロギ

 夜の帳が下りゆく、とある山の麓。
 水辺のせせらぎが遠く聞こえる茂みの中で、その怪物は産声を上げた。
『リ……ヒ、カリ……』
 歯車の回る音をたて、むくりと身を起こしたのは人型のダモクレスだ。
 子供のような背丈に浴衣を羽織り、手に提げるは蛍袋の花にも似た釣鐘型ランプ。
 それはダモクレスのヒールによって変貌を遂げた、古い硝子ランプであった。
『ヒカリガ……ホシイ……』
 紅い燈火を導に、闇に染まりゆく山中をダモクレスは歩き出す。
 地球人の魂に眠る光――グラビティ・チェインを求めて。

「……以上が、私の得た予知です」
 ヘリポートの夕日を背に、ムッカ・フェローチェは静かに告げた。
 事件が起こるのは、とある山麓の自然公園だ。蛍狩りのスポットとしても知られる園内の水辺が、ダモクレスの襲撃をうける未来が導き出されたという。
「幸いまだ被害は出ていませんが、放置は出来ません。急ぎ撃破をお願いします」
 ムッカの説明によると、ダモクレスとなったのは釣鐘型の硝子ランプで、その姿かたちは浴衣を羽織った子供に似ているらしい。
 得物は小さな手に提げたランプだ。蛍火のように煌く炎球の散布に、催眠をもたらす光。それらふたつを武器に、ダモクレスは水辺へと向かう。
 蛍狩りにやって来る、人間たちのグラビティ・チェインを求めて――。
「すでに周辺の避難誘導は手配してあります。皆さんは水辺へと通じる広場で待ち伏せし、ダモクレスが現れると同時に戦闘を開始してください」
 敵の出現は日没直前。広場は開けた場所のため、戦闘による周辺への被害は心配ない。
 なおムッカによると、このダモクレスは『光』に対して強い執着を示すという。戦闘時にケルベロスが『光』を見せれば――攻撃の誘導などを行えるかまでは不明だが――何らかの反応を示すかもしれない、とも。
「戦いが無事終われば、水辺も平穏を取り戻すでしょう。ほんの少しのお邪魔なら、きっと蛍さんたちも許してくれると思います」
 蛍の鑑賞、いわゆる『蛍狩り』は夏の風物詩として知られる。
 水辺の夜闇を泳ぐように、朧な光を瞬かせて飛ぶ蛍の群れ。彼らは子孫を残すため、半月にも満たない命のすべてを夜の世界で費やすのだ。
「ですから、蛍さんたちを刺激しないように……大声や光には気を付けて下さいね」
 そうして説明を完了すると、ムッカは翼を回転させ始めたヘリオンの搭乗口を開放して、ケルベロスたちへ一礼した。
「人々の命、そして蛍の営みを守れるのは皆さんだけ。健闘を祈ります」


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
ヴァルカン・ソル(緋陽の防人・e22558)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)

■リプレイ

●一
 降下から歩くこと数分、ケルベロスたちは自然公園に到着した。
 園内に人の気配はなく、黄昏時の広場を包むのはシンとした静寂の空気だ。戦いの気配を察知してか、辺りの獣や虫たちも息を潜めている。
「もう日が沈みますね。逢魔が時、という奴でしょうか」
 肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)が、暗視ゴーグルを装着しながら言った。
 すでに太陽は山の向こうに沈みかけ、夜の帳が下りる時刻。くらい影の落ちた広場には、時おり湿った夜風が流れるのみだ。
「これで出るのがお化けなら、気楽でいいんだけどね……」
 カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)はハンズフリーライトの調光を済ませると、腕の時計に目を落とす。
 ランプを掲げた機械の子供――ダモクレスが出現するのは、もうじきのはずだ。
(「光に執着するのは、元がランプだったからなのかしら」)
 七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)は、敵の出自に想像を巡らせる。
 蛍袋に似た硝子のランプ。求めるものは、人の魂に宿るグラビティ・チェイン。
 その輝きを渡すことは、決してできないけれど――。
「せめて少しでも、光を見せてあげられたらいいな」
「うむ。私たちの手で……な」
 さくらの隣で、夫のヴァルカン・ソル(緋陽の防人・e22558)が頷いた。
 その手には、得物である刀が握られている。曇りひとつない、鏡のように研ぎ澄まされた日本刀だ。
「姿かたちは子供でも容赦せぬ。苦しまぬよう送ってやろう」
「地球の人たちを襲う以上、倒すしかないもんね……」
 ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)は、義骸で覆った顔の頬をぴしゃりと叩いて気合を入れた。孤児院長である彼女にとって、子供の姿をした敵と戦うことにはどうしても葛藤を覚えてしまう。
「けど、もう大丈夫。気合いれて行くよ!」
「そろそろ予知の時刻か。この任務、成し遂げてみせる」
 月隠・三日月(暁の番犬・e03347)は、静かな口調で断言する。
 陽気で前向きな若い女性。しかし一度任務に徹するとなれば、心に冷徹さを宿した忍びへと変わるのが三日月だ。
「気をつけろ。――来たぞ」
 レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)の一言に、場の空気が一層張り詰めたものへと変わった。彼が指さした先、暗闇を紅い明かりで照らしながら、ランプを提げた人影が広場へ近づいてくる。
『ヒカリ……ヒカリガ、ホシイ……』
 浴衣を羽織った小さな姿は、一見すれば人間の子供にも見える。
 しかし、ランプに灯されたグラビティの光は、紛れもないデウスエクスのそれだ。
(「あの子にとって、光は生きた証なのかな」)
 ダモクレスの行く手を塞ぐように隊列を組みながら、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は心を奮い立たせる。
 かつては持ち主の傍で輝きを放った道具。今は命を奪うだけの怪物。
 見逃すことは、できない。
「どんな想いで求めているのか解らないけど――君の最期の煌めき、見届けてあげるよ」
『ヒカリ……!』
 身構えるダモクレスに語り掛け、ラウルのマインドリングが輝きを帯びる。
 それが、戦闘開始の合図となった。

●二
 太陽が沈み、闇が辺りを覆い始める。
 ラウルは先陣を切って駆け出すと、ランプを手に攻撃態勢を取ったダモクレスの間合いへ飛び込んだ。その手に握るのは、マインドリングで具現化した光の剣だ。
『ヒカリ……ヒカリ――』
「そこだ!」
 光に誘われるように、ダモクレスの狙いがラウルへと向いた。
 その懐めがけ、一閃。ラウルの一太刀が、鋼のボディに重圧の傷を刻み込む。
 レスターはダモクレスの様子を慎重に見極めながら、番犬鎖を展開。魔法陣の保護で前衛を包み、状態異常の耐性を齎していく。
(「光を伴う攻撃……怒りに近い効果か。見極めには、もうちと情報が欲しいが……」)
「気をつけて、来るよ!」
 ベルベットの警告が飛ぶと同時に、ダモクレスが跳んだ。子供の姿からは想像もつかない機敏な動きでラウルに迫ると、手に提げたランプが血のように紅い幻惑の光を放つ。
『ヒカリ……ホシイ……』
「ビースト!」
 光がラウルを捉えるより一瞬早く、ベルベットのウイングキャットが割り込んだ。
 衝撃で宙に舞ったビーストは、すぐさま翼で態勢を立て直した。守りに専念してもなお、敵のダメージは強烈だ。ベルベットは催眠効果で視線の定まらない相棒を癒すべく、華麗なステップを刻み始める。
「命の穢れを濯ぐ浄刹の舞。誠に流麗で神韻縹渺である! いざ、南無三!」
 ガネーシャパズルを地面に投影。魔法陣ホログラムが投影する光のステージで咲き乱れる蓮華の花弁に包まれて、催眠の解けたビーストが清浄の翼で前衛を覆う。
 そうして態勢が整えば、すぐさまケルベロスは攻撃に転じた。
「さぁ、この飛び蹴りを、見切れるかな?」
 真っ先に疾駆したカシスがスターゲイザーを叩きつける。中衛から浴びせる攻撃は元より高い妨害効果を持つが、流星の光を帯びて放つ蹴りに見惚れるように、ダモクレスの狙いがぶれ始めた。
「ヴァルカンさん、チャンス!」
「任せろ、さくら!」
 妻の射出するドローンに守られながら、日本刀を手に間合いを詰めるヴァルカン。
 最前列から放つ雷刃突の刺突を叩き込まれ、浴衣を破り取られたダモクレスの身動きが鈍くなっていく。
 対するダモクレスも負けてはいない。炎をもたらす蛍火と、催眠を誘う光を、ランプから容赦なく放ってくる。リーチが短い分その威力は強烈だ。鬼灯は星座の守護でカシスと自身を包むと、降り注ぐ蛍火に耐えながら口を開いた。
「ふむ。光るグラビティで付与できるのは怒りや捕縛、足止めに似た効果のようですね」
 数分間の戦闘で得た情報をまとめあげ、鬼灯はさらに続ける。
 効果が付与される順序には規則性があるようだ、と。
「最初の1人には怒り。その後は捕縛や足止め。付与した者が光の攻撃をやめると、効果も切れるようです」
「了解した。そうと分かれば、攻めるのみだ!」
 言い終えるや、三日月は最後尾からエアシューズで走り出す。
 疾走が生み出す速度、跳躍からの落下に込めた重さ、流星の光を込めたスターゲイザーが足を止めたダモクレスに直撃し、その回避を完封した。
「無駄な抵抗はするな。いたぶるのは好きじゃない」
『ヒカリ……ヒカリ……』
 直撃を浴びて鋼の破片をまき散らすダモクレスに、淡々と告げる三日月。
 ランプの灯りは、いまだ煌々と紅い。

●三
 熾烈な戦闘が続いた。
 ダモクレスは紅い燈灯で傷を癒しながら、炎と催眠の光による攻撃を緩めない。
 対するケルベロスは、厚い守りと回復でアタッカーを守りつつ、光を交えたグラビティで攻撃の矛先を逸らして戦いながら、次第にダモクレスを追い詰めていく。
「ベルベットちゃん! 回復は十分よ、攻撃に回って!」
「オッケー、さくらさん!」
 ライトニングウォールで前衛を包み込むさくら。
 ベルベットは七色の蛍火で浴びた炎を消し飛ばすと、バトルオーラで包んだ拳に地獄の炎をまとわせ、ダモクレスとの間合いを詰めた。
(「こんな戦い、少しでも早く終わらせてあげないと」)
 ブレイズクラッシュの拳が、鋼の腕を砕く。
 ねじ曲がった腕で、燃え上がる火から庇うようにランプを包むダモクレス。その周囲が、ふいに眩く照らされる。
「さぁ、断罪の時間だよ。無数の刃の嵐を受けよ!」
 カシスは無数の光剣を夜空に創造した。
 反射的に空を仰ぐダモクレス。刹那、エネルギー塊の剣が残らず降り注ぎ、破れた浴衣をさらに切り裂いていく。
「碧は慈悲。戦場にて転じ”無慈悲”。錆びつけ果てろ、翠の風刃!」
 三日月は刃を手に、まとわせた風の刃を放つ。
 一度、二度、三度、四度。
 四が表すは、すなわち『死』。鎌鼬のごとき刃が残らずダモクレスの胴体へ突き刺さり、切り開いた傷口が癒しを妨げる。
『ヒカリ……ヒ……カリ……』
 全身を傷に覆われ、ダモクレスの体からは火花が散り始めた。
 深手を負っているようだ。もはやこの戦いで、ケルベロスが敗れることはないだろう。
(「だったら、せめて最期に――」)
 なおも攻撃を続けようとするダモクレスを見つめ、さくらはペンライトを手に取った。
「ベルベットちゃん」
「……うん。さくらさん」
 顔の義骸へ手をかけたベルベットが、ダモクレスに語り掛けた。
「ゴメンね。キミを行かせることはできないの。けれど――」
「せめて、わたしたちの手で。ちょっとでも光を見せてあげる」
 魂の輝きを与えることは出来ない。それは人々の命そのものだから。
 だから贈ろう。ケルベロスの手で、逝く者への餞を。
「フリージアちゃん、そっちは大丈夫?」
「はい、さくら様」
 フリージア・フィンブルヴェトルが、きらめく宝石を手に微笑んだ。
「俺も準備OKだ」
「右に同じく。いつでも行けます」
「こちらもだ。……少し、派手になるかもな」
 ハンズフリーライトを手に取るカシス。補助光源のライティングボールを構える鬼灯。
 三日月もワークライトを手に、頷きを返す。
「色々な光があって綺麗よ。いっぱい見せてあげましょう」
「微力ながら助力する。この刀でな」
 色とりどりのペンライトを束ねて掲げるさくら。それを最高の角度で反射できるよう、刀を構えるヴァルカン。
(「ダモクレスよ。せめて最期は、光に包まれて逝くがいい」)
 ヴァルカンは、そしてケルベロスたちは知っている。
 ひとつひとつは小さな光に過ぎない。けれど皆が集まれば、その輝きは闇をも祓うと。
 そして――。
「さあ、準備はいいかな?」
 ラウルがシグナルライトと花のランプに手をかけて、
「ああ。目ぇ灼けないように、気をつけろよ」
 レスターが銀色の地獄炎をあらん限りに燃え立たせ、
「見せてあげる。これが、アタシたちの光!」
 義骸を外したベルベットが、真っ赤に燃やす顔の炎でダモクレスを照らし――。
 攻撃を放とうとしたダモクレスの手が、ケルベロスたちの光を浴びて、止まった。
『ヒカリ……フフ……ヒカリ……』
 レスターに向いたランプが、ゆっくりと下りる。
 そうして赤子のように無垢な笑顔を浮かべ、光に包まれて遊ぶダモクレスに、レスターは口の端を微かに歪めた。
 ――何だ、光ならお前の中にあったんじゃねえか。
 ――そうやって道を照らしてきたんだろう、奪う方じゃない。
 デウスエクスに歪められた哀れな迷い子。
 その戦いに、どうやら終止符を打つ時が来たようだ。
「ヴァルカン。ラウル。……終わらせてやろう」
 二人は無言で頷くと、己が武器にグラビティを注ぎ込む。
 同時、鬼灯の発動した癒しの秘術が、清浄な緑色のオーラとなって前衛を包んだ。
「もう大丈夫ですよ。――さあ、とどめを」
「そろそろ子供は還る時間だ……眩くても背けるな。目に焼き付けて、逝け」
 右腕から溢る銀の蛍火が、レスターの顔を照らした。
 闇夜に網の軌跡を描く『漁』の火の粉が、ダモクレスが散らす七色の蛍火と混じり合い、そのまま魂までも捉える。
 さくらとヴァルカンは、白黒斑と赤の翼を広げて夜空へ舞い上がると、
「これで決める、いくぞさくら!」
「オッケー! 出し惜しみなしで行くわよ!」
 雷が照らす先、ヴァルカンは紅蓮の刃で鋼の腕を捉え、跳ね上げるように斬った。
 切断された腕に握られたまま、赤いランプが闇夜に踊る。
 ラウルは愛銃に一発の弾丸を込めて、ランプの奥ではかなく明滅するコギトエルゴスムに狙いを定めた。
「さよならだ。――……月燈す花の彩に溺れてみるか?」
 色褪せぬ燦めきを残し、『杳窕の月』の一射はランプを粉々に撃ち砕く。
 そして――ミモザの花弁に包まれながら紅の瞬きが弾けると同時、ダモクレスの体は炎に包まれ、跡形もなく砕け散った。

●四
 戦いが終わる頃、辺りはすっかり暗闇に覆われていた。
 後片付けを終えて歩くこと暫し、静かな水辺のせせらぎが聞こえる。
 そっと足を踏み入れた先、水面の上を乱舞するのは今を盛りに光を放つ蛍たちだ。
(「ねえ見て! いるいる!」)
 ベルベットはそっと仲間たちを手招きし、闇に漂う蛍の群れを指さした。
 夜空の瞬く星々が、そのまま地上に降りたような幻想的な光景――。つい出そうになる喜びの叫びを抑え、ベルベットは義骸ごしに蛍を見守る。
「綺麗……」
「素晴らしい。なんと幻想的な景観だ」
 カシスもまた、夜闇に華を添える光に感嘆の吐息を漏らす。
 あの光は蛍が繁殖相手を探すために放つ、いわば命の輝きだ。意中の相手にアプローチしようと懸命に瞬く蛍を思い浮かべ、カシスは微笑みを浮かべた。
「いい眺めだ。思えば、蛍を見るなど何年ぶりだろう」
 月並みだが、本当に綺麗な景色だ――そんな想いを胸に、三日月もまた蛍狩りを楽しむ。
 せせらぐ水面を照らし出すように、闇の中を泳ぐ光の群れ。
 美しさの中に、静かに感じられる生命の終わりの光景を、レスターは静かに眺めている。
(「滅ぶが故の美しさ……か」)
 死。それはデウスエクスならざる命に等しく訪れるもの。限りある生を謳歌し、短く燃え尽きるさまを美しいと呼ぶならば、自分は――。
「ちと、長く燻ぶりすぎたか……」
 手袋で覆い隠した地獄炎をくゆらせ、レスターは独り呟くのだった。

 ラウルと肩を並べた燈・シズネは、水面を舞う蛍を眺めていた。
 闇の中で輝きを放ち、生を全うせんとする蛍の群れ。それを見つめる彼の心には、いつしかラウルと過ごした夏の夜の景色が鮮明に甦ってきた。
「蛍の命は短くって、それも夜の世界だけなんだよな。……なあラウル、そんなジンセイだったら、おめぇどうする?」
「俺なら、か……そうだね」
 ラウルは少しだけ、迷うふりをした。
 答えは決まっていたが、橙色の瞳で見つめる彼の可愛さに、つい即答を避けてしまう。
「……君に逢いに往くよ。一夜限りの命だとしても、君の光を導にしてね」
「ふふん。その時は真っ先に見つけてやるぜ」
 くすぐったそうに笑いながら、ふとシズネは考える。
 もしも彼でなく、自分が蛍だったら? ラウルの美味い料理を食べる時間はないし、何気ない話で笑いあう時間もない。ゆっくり思い出を作ることも出来ない――。
(「けど、そんなに短い生だったら、ラウルと出会ってないかもな……」)
 二人の時間を当たり前に考えていたことを自覚する。そんな悩みを察したように、ラウルはふっと微笑んだ。
「ねえ、知ってる? 俺、君を見つけるのが得意なんだ」
「ん。へへ……」
 やっぱりそうか、と言わんばかりに頷くシズネ。そんな彼の瞳が放つ橙の輝きは、暗闇に慣れたラウルの目にはいっそう眩しい。
 たとえ限られた命でも、この光に出逢えるなら幸せだ、そう思えるほどに。
「だから……シズネも俺を見つけてね? ――最期の瞬間まで、寂しくないように」
「おうともよ」
 水面のように青い、ラウルの瞳。その輝きはシズネにとって唯一無二だ。
 どんなに無数の光があっても、必ず探し出すとの自信を込めて、頷く。
「必ず見つけてやるさ。オレの傍に、なくてはならないその色を」
 願わくばこれからも、こうして共に思い出を作れるように。
 互いの想いを重ねるように目を合わせる二人を、蛍の光が優しく照らしていた。

「ヴァルカンさん、この辺でどう?」
「うむ、良さそうだな」
 水辺の開けた場所に辿りついたさくらは、ヴァルカンと握っていた手をそっと放す。
「足元に気をつけるのだぞ、さくら」
「ふふ、ヴァルカンさんこそ、蛍に見惚れて転ばないようにね?」
 開いた手のひらには、飴玉のように小さな硝子玉。
 粉々になったダモクレスの機体から、辛うじて回収できたランプの破片だった。
「暗いところにたった一人じゃ、寂しいものね」
「ああ。ここならば蛍や星の光がよく見えよう」
 そうして静かに供養を済ませると、二人は水辺を散策する。
 繋いだ手に互いの温もりを感じながら、ふとヴァルカンは口を開いた。
「……いつかもこのようにして、さくらと二人で蛍を見に出かけたな」
「ふふっ。そうね」
 頷きを返しつつ、さくらは笑みを零す。
 自分を「さくら殿」と呼んでいた頃のヴァルカンを思い出したのだ。
「わたしも手を繋ぐのに緊張して、あなたの顔も見られなかったっけ」
「ふふ。初めはお互い緊張していたな」
 二人はしみじみ呟いて、お互いの肩を肩を寄せ合う。
「これからもこんな風に、素敵なものをあなたと楽しみたいな」
「ああ。私もだ」
 静寂の中に舞う蛍を美しいと感じた日。
 これからも共に、美しいものを胸に刻んでいきたいと思わせてくれたひと。
 そんな掛け替えのない女性をそっと抱き寄せて、ヴァルカンは囁く。
「私は幸せ者だ。――愛している、さくら」
「わたしも、愛してるわ」
 優しい口づけが、ヴァルカンの頬に触れる。
 ヴァルカンもそれに力強い抱擁で返し、静かに二人だけの時を過ごすのだった。

「何事もなく終わって、何よりです」
 鬼灯は独り言ち、水辺をのんびり歩いていた。
 たまに出会う仲間に無言で会釈を送りつつ、水辺を漂う蛍が織りなす景色を眺める。
 闇を舞う光。失われ、受け継がれる命。
 今までもこれからも、この水辺で蛍の営みは続いていくのだろう。
(「守れて良かった。そして願わくば……」)
 願わくばあのダモクレスが、二度と悲しい命へ生まれ変わることのないように――。
 幽玄の光に祈りを捧げ、再び鬼灯は散策の一歩を歩み出していった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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