騙り部の夜

作者:寅杜柳

●月の下の偽劇
 猛暑の夏も過ぎ去り、風も冷たく色濃く秋の色を帯びる頃。
 安らいだ街並みは眠りに落ち、行く小路も静かな夜。風に誘われるまま朧・遊鬼(火車・e36891)が足を運んだ先にあったのは崩壊した野外劇場。
 打ち捨てられたのか単に手が回り切っていないのか、所々破損している様子が痛ましい。
 その舞台の脇から一つの人影が舞台上へと歩み出る。和装の男――白髪から角を生やし、鬼のように赤い腕で青の斧をゆるく握る彼は、雲に陰った月を見上げている。
 雲が流れ、満ち始めた月の光が男の顔をはっきりと照らし出す。その姿を見、遊鬼は戦慄した。
『いい月だ。こんな日は何をやっても上手くいきそうだ』
「お前は……!」
 月影の照らした男の顔に見覚えがあった。だが蒼褪めたような顔色とその表情は知っている人のものでは有り得ない、嗜虐に満ちた邪悪なるもの。
 そもそもある訳がないのだ。何故ならとうの昔にこの世を去った――、
『ケルベロス、だなお前は。役者はいない、お前が舞台の演者となれ』
 その言葉と共に、舞台上に鬼火が灯る。ぱっぱっと灯っていく紫火は幻想的、けれどそれは人の心を幻へと引きずり込むあやかしの灯。
 幽鬼のような所作でゆらりゆらりと手斧を揺らすその死神は、確かな殺意を遊鬼に向け周囲に灯した鬼火を揺らめかせた。

「みんな大変だ! ケルベロスが襲撃を受ける未来が予知された!」
 ヘリポート、慌てて雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)が予知したデウスエクスの襲撃をケルベロス達に告げる。
「今回狙われたケルベロスは朧・遊鬼。以前デウスエクスに襲撃され、まだ修復の手が回っていない野外劇場に誘い出されて死神に襲撃を受けるようで、予知した直後に連絡を飛ばしたんだが応答がない。いくらケルベロスと言えどデウスエクスとの一対一の勝負ではとてもじゃないが勝ち目がない……つまり大ピンチだ」
 そして知香はケルベロス達の目を見、要請する。
「今からヘリオンを飛ばすから一刻も早く現地に救援に向かって大ピンチの彼を救出し、死神を撃破して欲しい」
 そして知香は手早く資料を広げ、彼女の得た戦場と敵とについての情報を説明する。
「戦場となる野外劇場、その舞台はそれなりに広さもあり月明かりも射している。住民がいる訳でもないから心置きなく暴れて問題ない。そして、襲撃をかけてきたデウスエクスは……語り部を名乗る死神だ。その姿は遊鬼のかつて亡くした兄そっくりだけど中身は別人だね」
 普段はサルベージした者を役者として従えているようだが、今回は単身仕掛けてきていて横槍などは気にしなくて問題ないだろう、と白熊は言う。
「そして攻撃についてだけど、鬼火に照らされる捉えどころのない所作に魅入られてしまうと夢と現が分からなくなってしまい、同士討ちを誘われてしまう。そしてたっぷりとこちらを幻に落とし込んで弱らせつつ、その呪力を込めた手斧で更に深く幻へと落とし込んで最終的に首を狙うのが定石のようだ。あとは鬼の面を被ることで魔力を高め傷を癒し呪縛への耐性をつけてくみたいだね」
 ヘリオンデバイスの助けがあるとはいえ油断は禁物――下手を打てばそれが逆効果にもなりうるから慎重に戦ってきて欲しい、と知香は説明を終える。
「今から急いで飛ばすけど到着はかなりギリギリになると思う。ヘリオンデバイスは遊鬼も装着できるからそこは心配しなくていいだろう。とにかく、油断せずに確実に救出頼んだよ!」
 そう締め括ると知香はヘリオンへと乗り込み、ケルベロス達と共に夜空へと飛翔したのであった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
浜本・英世(ドクター風・e34862)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
差深月・紫音(変わり行く者・e36172)
真田・結城(銀色の幻想・e36342)
朧・遊鬼(火車・e36891)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)

■リプレイ

●憑夜芝居
 その顔を見た瞬間、朧・遊鬼(火車・e36891)を酷い頭痛が苛んだ。そんな彼を庇うようにナノナノ『ルーナ』がふよふよと前に出る。
 どこか遊鬼に似た印象の死神の相貌は遊鬼にとっては酷く見慣れたもので、同時に在り得ぬもの。
 遊鬼の記憶からそのまま呼び出したかのような姿の死神は、周囲に展開した鬼火を観客席の彼に放たんとし。
 ――その瞬間、闇夜を切り裂きスポットライトの如き光が遊鬼を照らす。
 一瞬戸惑い動きを止めた死神に一輪の薔薇が投擲される。その赤き仇花を血色の左の手の甲で防いだ死神は飛来した方角、崩壊した劇場奥を見上げる。
「今宵の月には紅い花が良く似合う――そうは思わないかね、諸君?」
 上部が半壊した柱、かつては屋根があっただろうその場所に月を背に立つ浜本・英世(ドクター風・e34862)が死神と遊鬼に問う。
『ああ、そこにいてはいけないよ。舞台に降りてきなさい』
 返答を乗せ英世に鬼火が放たれるけれども彼はひらりと跳躍し回避、遊鬼の傍へと着地すればそれに合わせ上空より八人のケルベロス達が舞台上、観客席に降下する。
「他人事とは思えませんから助太刀しますわよ」
 舞台上、遊鬼と死神との間に割り込むよう降下してきた黒馬のウェアライダーはエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)。デバイスのスコープの下、普段銀の鬣に覆われている黒瞳は死神を標的に定めていて。
 その隣の少女と猫の青年――黄色のパーカーに茜色のマフラー、赤茶の癖っ毛は遊鬼も見慣れた朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)のもので、反対側の赤の着物は差深月・紫音(変わり行く者・e36172)のもの。少し離れた場所には空色の鱗の竜人、中条・竜矢(e32186)と金色のソニア・コーンフィールド(西へ東へ・en0301)が着地している。
 そして観客席、遊鬼の傍に降り立ったのは三人。
 淡紫の花を開かせたような印象のレプリカントの青年はエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)、普段穏やかな彼だが遊鬼への襲撃という事で身構えている。
「……だいじょうぶです」
 遊鬼の隣に寄り添って青の獣の少女、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)は安心させるように言う。
 彼女にもぴったりなゴーグルのデバイスにちょっとばかり高揚して想像も膨らんでいるけれどもそれは内緒。
 かりんの傍にはランドセル風のミミック『いっぽ』。ルーナと並ぶ小柄な姿は主を支えるよう臨戦態勢。
 そして遊鬼の正面。黒を纏う白銀狼、真田・結城(銀色の幻想・e36342)は遊鬼に背を向けたままに呟く。
「……遊鬼の過去に何があったか、自分はなにも知らない」
 少々内向的な彼だから、遊鬼にどう思われているのか――それが不安として燻ぶっている。純粋な戦で彼の役に立てるかも不安だ。
「……だけど、何か……君が死に急いでるように見えて……心配なんです」
 しかしそれでも、親友と想う者が心配だから助けになりたい。
「自分じゃ頼りないけど……君と一緒に戦います」
「皆……ありがとう」
 降り立った仲間達に遊鬼は礼を言い、仲間達を、そして死神を見る。
 彼を苛む頭痛は変わらず。けれども彼は実体化したデバイスを吹かせ舞台へと上がる。
「さぁ、ここからが本番だ」
 地獄の炎は灯された。遊鬼が焦がれ待ち望んだ戦が、ここに始まる。

●月下芝居
『これは……随分と大掛かりな芝居になりそうだ』
 舞台に揃ったケルベロス達を見渡し、死神の男は嘆息。
『それにしても遊鬼……成程、成程。そういう事か』
 思案する様子の死神は、側頭部に被った鬼面に手をやり正面に被り直し。
『――久しぶりに遊ぼうか。遊鬼』
 声色が変わる。弟を構う兄のようなその言葉に、
「その鬼面は貴様の物ではない!」
 自分に言い聞かせ奮い立たせるよう叫ぶとデバイスの噴射で加速、チェーンソーの鮫牙のような刃が閃くが死神は手斧をその軌道に合わせガード。金属同士が激しくぶつかり合う音が響いた直後、死神は反動を利用し後方へと飛び退く。
 言葉には怒気、表情に滲む色は悲哀。そんな遊鬼に鬼面の下の顔を嗜虐に歪めた死神だけれども、着地の瞬間に計ったかのような二発の竜の砲弾を受ける。
 かりんとエニーケの放ったそれらに重ね、両刃の剣と熱された鉄粒、更には神聖なる光線が夜空より降り注ぎ舞台を穿つ。
「猛烈な雨にご注意ください――なんてね」
 環と結城。魂を変換した剣と高熱により昇華した鉄粒が死神を刻み痛めつけ、金属蒸気の領域から逃れんとした所を追尾する光線が死神の体を灼く。
「少しだけ力を貸しましょう。さあ、頑張って」
 一方、エルムの呟きと共に儚き風花のような雪の結晶がきらきらと前衛のケルベロス達に幻に抗う加護を与えれば、紫音とルーナが紙の形代とバリアを展開し中後衛の仲間達の守りを固める。
 何とか金属蒸気から逃れた死神は反撃に鬼火を周囲に灯し離れた位置のケルベロス達へと向ける。
 ――鬼火の中に懐かしい姿。かつて戦い終わりを見届けたその幻に一瞬かりんの瞳が潤みそうになる。
 けれどすぐ鬼火を消すかのような薬液の雨、英世のそれに重ねてルーナに庇われたソニアの降らせる花弁のオーラが鬼火を散らした。
 幻の消失と同時、結城が飛び込み月弧の如き魔刀の斬撃、さらにエニーケが蹄に変えた腕の一撃を連続で叩き込み体勢を崩し、更にデバイスで加速した環が鎖刃にて守りを斬り破る。
 かぶりを振ったかりんも高熱の蹴撃を叩き込めば、更にいっぽがエクトプラズムの武器を叩きつける。その連撃はやや浅く死神を傷つけるに留まるが、
「俺とも遊んでくれや」
 背後注意だぜ、と死神の後方から飛び込んだ紫音が旋風の如き蹴りを見舞う。
 その衝撃に逆らわぬよう死神は後方に跳躍、勢いのまま遊鬼の真上から手斧を振り下ろすが、それは青き竜の青年が割込みその頑丈な盾で防いだ。
 ――絶対に守る。
 何故なら、大切な友達なのだから。
 竜矢の決して攻撃を通さぬという気迫、そしてケルベロス達の追撃に一旦死神は後退する。

 舞台の上を、死神は捉えどころのない動きで駆け回り、紫音の挑発にも乗ってこない。
「ここでやらねば男が廃るってな」
 ならこちらが追うまで。赤の着物の戦狂いは砕けた舞台で無事な足場を選び距離を詰めていく。
 死神が赤の鬼面を被り直し体勢を立て直さんとする。だが動きが僅かに止まったその瞬間、青の小さな影が飛び込み音速の拳で顎を鬼面の顎を打ち抜く。そこにエニーケが改造電動鋸のモーターを唸らせ斬撃と共に死神の加護を完全に砕き切る事に成功。
 それを確認し紫音が持ち前の猫の瞬発力で一瞬で死神との距離を零にすると縛霊手の連撃を叩き込む。赤の着物が荒々しく躍る独学の喧嘩殺法――実践では紫音自身の経験による距離の詰め方もあり反応しきれない。
 狂気じみた笑みすら浮かべる彼が連撃の最後に蹴り飛ばすと、息を合わせ遊鬼の気弾が命中。
『そうやってまた、兄を殺すのかい、遊鬼?』
 頭を抑え悲し気な声色で死神は言う。
「……クソッ、止めろ……向鬼兄さんの様に……俺を呼ぶな……」
 死神の声はまるで舞台上の役者のよう、囁くような言の葉すらケルベロス達の耳によく響く。
「貴様さえいなければ……俺は向鬼兄さんと殺し合う事など無かった!」
『何を言っているんだい? あくまで私は選択肢を示したまで、選び実行したのはお前達だろう』
 血を吐くような憎しみの言葉に死神は涼しい顔で切り返し、沈黙が包む。
「なんて事を……」
 エルムの沈痛な声。だが、静寂をぶち壊すように、エニーケが明るく言ったのは、
「……思いっきり殺っちゃいましょ♪」
 普段の慎ましい振舞いに似合わぬ物騒な言葉、同時彼女の竜鱗に覆われた戦槌の頭が砲の形に変形。地を裂くような強烈な砲弾を放つ。
 彼女は遊鬼の事情に深く踏み込む気はなかった。誰にでも触れられたくない事はあるのだから。
 ――ただこの死神が遊鬼の家族の形をした敵だという事、それだけで十分この世から滅さねばならぬ程許し難い。
 更に彼女が見せられたのは改造された家族の幻、黒馬の騎婦人には火に油を注ぐようなものだ。
 そして砲撃に合わせ飛び込んだ環のパイルが死神の肩を貫き凍結させる。
「悲しいことはここで全部終わらせましょう」
 環、そして竜矢も遊鬼の事情へのスタンスは同様、ただ眼前の死神が友に害為す存在なら全力で止めるだけだ。
 一方、死神の所業について自分はとやかく言える存在ではない。レプリカントの英世はそう自覚していた。
 けれど、その上で。
「遊鬼くんの命を狙うという事であれば……力の限り嫌がらせさせて頂こう」
 パズルより竜雷を死神に放てば、重ねて宵闇より尚暗い夜の天鵞絨が舞台を覆うように広がり死神を包み込む。
「もう、がんばらなくていいですよ。……ぐっすり、おやすみなさい」
『まだまだ。もう少し頑張るのが兄の務め、だろう?』
 かりんによる治癒の働きを減ずる呪縛に覆われながら、けれど死神は戯れるように騙り夜闇に鬼火を灯し再び舞台を巡り始める。
 そんな死神に抱いた感情を胸の内に押し止めつつエルムは冷静に、一つ一つ見落とさないよう思考を巡らせていく。
 全力で食い止める――死神も、そして遊鬼も。その為に今エルムは動揺してはならないのだから。

●双鬼炎戯
 幾度目かの鬼火が舞台に灯される。
 だが、
「おおっと、こちらを見てもらわねば困るよ」
 数度受けた紅薔薇のの呪縛により鬼火は英世一人へと向けられてしまう。
「はっはっは、どうしたのかね」
 そして彼自身は高笑いするかのように自身に活を入れ幻を振り払う。
「大丈夫か?」
「なあに、遊鬼くん達、兄弟の痛みを思えばこの程度の損傷、どうという事はない」
 心配する遊鬼に軽口で英世は返す。実際癒し手は十分かつ数度守りの加護を重ねている事もあり余裕はある。
 それでも危険が集中する戦法だ。英世がそれを選んだのは、
「私が遊鬼くんを友人と思っている。危険に身をさらす理由など、それで充分だろう?」
 そう、いつもの調子で言いのけてみせる。
 それから数合の交錯。
(「このままいけば……」)
 ジェット噴射で加速し獣化させた猫の手を死神に突きこみながら環は思案する。
 青と黒のウェアライダー二人の加護砕き含め、死神の逆転の目を悉く潰す戦法に、徐々に焦りが死神に滲んできているのを環は感じとっていた。
 だがここで、死神は強引に環をはじめ前衛のケルベロス達へと鬼火をけしかける。
 環の眼前の鬼火の中に垣間見えたのは、過去彼女の手の届かなかった人の姿。
 ――囚われまい、環は気合を入れ幻を映す灯を振り払う。
 残念がるような死神の姿に彼女はかつて交戦した死神を思い出してしまい、嫌悪感が表情に滲む。
 けれど彼女にとって、それ以上に気掛かりなのは遊鬼。
「お前は……!」
 いっぽに庇われた故に片鱗しか見えなかったが、遊鬼が鬼火に見たのは残酷な幻。兄の姿で行っていたそれを体感した遊鬼が激情に駆られてもおかしくはない。
「いいえ、大丈夫です」
 だが彼を落ち着けるようエルムの言葉が差し込まれると同時に白きオーラの花弁、そして英世の薬液の雨が降り注ぐ。
「おいおい、目を覚ましてくれよ」
 ダメ押しとばかりに紫音が幻を蹴散らすかのようなオーラの花弁が降る。
 軽薄な印象の紫音だが戦法は至って堅実。厄介な相手でも彼がやる事は変わらない――いつもより一つは多くとも。
 既にボロボロの死神はいっぽの齧り付きから血を吐きながら逃れ、遊鬼を向き言葉を発した。
『――何故だ。その炎から解放する為に来たのに』
 昔、あの結末の果てに得た地獄の炎。それは抗う力であると共に抱えねばならない罪悪の根源。
 更に死神は優しい猛毒を継ぐ。
『その炎を抱え続けるのも辛いだろう、代わろうか。……だからもう、楽になっていいんだ』
 本人ではない、そうわかっている。だが動かねばならないと分かっていても動けない。その隙を狙い赤の鬼面が遊鬼の首に手斧を振り下ろし――割り込んだ紫音が縛霊手で受け止める。
「遊鬼をどうこうしてぇなら、俺らを倒してからにしてもらおうか」
「――それは芝居でしょう」
 さらに死神の言葉がエルムに切り捨てられる。言葉の虚実を見極めんと注意していた彼は、その言葉のほぼ全てが遊鬼に合わせ罪悪感を煽り苦しめる為のものだと看破していた。
 実の無いものを有るように見せる芝居、騙り。
「何が真実なのかはあなたが一番よく知っているのではないでしょうか」
 そう、エルムは鬼ではない友人へと言葉を向ける。
 遊鬼の隣、彼を庇うようにかりんが前に出る。
 かつてはかみさまのごはん――言うなれば『にえ』。そんな彼女が一歩踏み出す手助けをしてくれた一人である遊鬼。
 事情は別、けれど恩人もまた過去に囚われているなら。
 暗い夜はいつか明けるもの。だからかりんも遊鬼が過去から明るい朝へと一歩を踏み出していけるように、『せいぎのみかた』を目指す獣の少女は手助けするのだ。
「お前がその姿を騙り、その声で何を語ろうとも……」
 きっと、二人の思い出や大切なことは遊鬼の心の中にあり続けているのだとかりんは想う。
「遊鬼が、遊鬼とお兄さんとの絆が、負けるはずがないのです!」
 はっきりと死神の醜悪な芝居を切り捨てた。
「いつまでお兄さんの振りをしているつもりかしら? 上手くもないのにいい加減見飽きましたわよ」
 さらに黒馬の騎婦人が嫌悪感交じりに冷徹に切り捨て、手に光の剣を実体化。彼女の秘めたる正義感に宿る力たるその刃はつむじ風の如く死神の全身を切り刻んだ。
 竜矢も遊鬼の本当の気持ちは分からない。
 けれど、彼の望みは。
「一緒にまた笑って話せるようにいて欲しいんです。だから私も引きません!」
 そう告げると空へと舞い、流星の飛び蹴りを見舞う。
 そして遊鬼を支えるという事については紫音も同様。今回は彼が支える番、それは恩返しとはまた違うもので。
「大事なダチを手放さねぇよ」
「いいかね遊鬼くん」
 そして英世が言葉を継ぐ。
「怒るのは悪くはない。原動力になる。だが――」
 彼の遊鬼への印象、それは復讐鬼であるだけではない。過去はともかく、少なくとも今は。
「今の君がそれだけで動く人だとは、私は思ってはいない。結果が同じとしてもね」
「……君がやらなくちゃいけないんだ」
 更に結城が遊鬼を赤い瞳が遊鬼を見据え言った。
「お兄さんのためにも……他のだれでもない、遊鬼……君じゃないとダメなんだ」
 少々自信不足な彼だが、その言葉は確かな確信と共に紡がれていた。
 心のままに暴れればいい、いつもの狂気だけではなく、大切な友への信愛も籠った笑みを浮かべ紫音が云う。
「全部終わったら笑ってくれよ?」
「朧さん、私たちは朧さんを助けに来たんです」
 辛そうな姿を見せる恩人の姿は見ていられない、だから環は彼女の想いを告げる。
「……復讐の鬼にするためじゃないんです。本当のことまで見失わないでください」
 遊鬼は仲間達の姿を見る。それはケルベロスになってから、彼が繋いだ縁。
「さて遊鬼くん。君はどうしたいかね?」
 試すような英世の言葉を受け、遊鬼は死神を見据える。
「俺はもうあの時の操り人形ではない……俺にはこんなにも大切な仲間が……友がおる。故に尚更お前には負けられぬのだ」
 それはエルムの知っている、遊鬼の強い心より出づる意志。
「――確かに俺は兄を殺した。それは紛れもない事実であり、許されることはない」
 けれど、遊鬼にとってそれ以上に許されるべきではないのは状況をそう仕向け平穏を破壊した諸悪の根源だ。
「貴様を……俺は絶対に許さん!」
 遊鬼のその言葉と同時に銀狼の魔力を帯びた咆哮がホールに響く。それは死神の足を縛るには少々拡散し過ぎるが連携の起点には十分。
 熱鉄の雨を伴う両刃剣と青き獣の少女が放った砲弾が死神の逃げ道を潰し、舞台から降りることを許しはしない。
 更にハートの光線が鬼火を散らす。ルーナにとっても主の頭痛――罪悪感によるそれの元凶を、その優しい心に懸けて許しはしない。
 一つ、と遊鬼の声。赤の鬼火が彼の周囲に浮かび。
 二つ、と呟けば遊鬼へ向いた死神の視界から鬼火がふっと姿を消す。
「……三つ……!」
 その数えと同時に死神の眼前に鬼火が浮かび標的を決して逃さぬ地獄の鎖の如き火炎が爆発的に燃え広がる。
 赤き鬼面がステージに落ち、乾いた音が響いた。

●偽劇終演
 炎が消え、残った赤い鬼面を遊鬼は拾い上げる。
 大事そうに抱える彼に仲間達は駆け寄る。振り返った游鬼の表情はどこか憑き物が落ちたようで戦いの中での辛そうなそれは薄れていて。
「皆がいなければきっと俺は駄目だったな。故に、その……ありがとう」
 少しだけバツの悪そうな表情だけどもそれはまあ、仕方ないだろう。
 また茶飲み話でもしよう、そんなことを言いつつ英世は一足先に廃墟を後にした。
「ケリはついたか」
 手早く周囲を片付け、そんな彼らの様子を見ていた紫音が歩み寄る。そして思い悩むんなら話してみたらいい、そう付け加えた紫音に遊鬼は苦笑した。

 偽劇は終わり、日々は続いていく。
 その先に何があるかはわからないけれど、きっと悪いものではないのだろう。
 そうしてケルベロス達は誰一人欠けることなく、廃墟を後にしたのであった。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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