放恣溺惑

作者:黒塚婁

●渇望するのは
 蒸してきたな、とナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)は茫洋と視線を投げた。
 遠景に臨む街は灰色に霞んで、現実味が薄い。然れど、平凡で代わり映えのない街並みが整っていることの、如何に幸せなことか。
 デウスエクスの進攻で燻り、破壊され――帰るところも失う。
 数多の戦いを経て、今ナザクのあるべきは、ケルベロスとして――この平凡を守ることにある。
 なんてな、小さな吐息と共に、ゆっくりと紫の瞳を閉ざす。
 奇妙な物思いに囚われたのは梅雨時の陰鬱な空の所為だろうか。すぐ傍では鮮やかな紫陽花が艶を競っているというのに――まん丸の小花が集まって寄り添う、濃淡様々な蒼紫を見やり、彼は視線を上げた。
「廃屋か……」
 旧い家屋の庭先だ。空き家となって久しいのだろう、草木は好き好きに覆い繁っている。とっくの昔に打ち捨てられながらも、健気に咲いている美しき路傍の花。
 皮肉に、薄い頬が僅かに上がった時だった。
「ねぇ、植物って、生きてるのかな。死んでるのかな」
 投げつけられた声音は、媚びるような色を含んでいた。
 くしゃりと花を踏みしめて、じりりと詰る爪先――気配を察した瞬間に、ナザクは退いて距離を取る――。
「避けちゃうんだ」
 紫色の何かがゆらりと視界を過ぎり、消えた向こう。寂しそうにそれは零す。
 異質な青年であった――青年……少年と、青年の間くらいだろうか。顕わな半身と手脚の、膚は真っ白で薄く――痩せて骨を浮かせているに近い。病的な身体つきを彩るのはコルセットピアス。肉を貫通する痛々しい彩りも、彼は気にしない。
 コルセットとドレスめいたバッスルだけの姿は、ひどく倒錯的だ。
 ――有り体に言えば、まともじゃない。
 まあ、人の事は言えないが、とひそり嘯く喉の奥がひりついた。届かぬ独白を零すのも、寂しいものだ。
 長い黒髪の向こう、濡れたような紫色の瞳を細めて――それは艶然とナザクへ微笑みかけた。
「痛みをくれない? 僕もあげるから」
「――悪いが、そういうのは余所に頼んでくれないか」
 ナザクの声を無視し、死神は掌に揺らめく炎を翳す。頂戴、と彼は再度告げる。性別も曖昧な整った顔立ちに、残酷な色を載せて。
「骨の髄まで蕩けるような……死の悦楽を」

●救援要請
「――死を恐れながら、死に興味を持つ、か」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は小さく呟くと、集うケルベロス達を一瞥した。
「ナザクが襲撃されるという予知があった。現状、どうにも当人と連絡はとれぬが、敵と場所は把握している」
 敵は一体。名を佐東・蜜流なる死神。
 紫炎を操り、相手を蝕む。炎は単純な炎熱としての武器でもあり、形状を自在に変え、敵を切り裂く爪にもなる。
 ナザクとはどんな縁があるのかまでは見えなかったが――予知から察するに、随分と倒錯した感覚の持ち主であるらしい。襲撃してくるデウスエクスにまともか否かの判断が必要なのかは解らぬが――一刻でも長く、一撃でも多く。痛みと痛みを分かちたい、そういう手合いらしい。
 ゆえに傷を怖れず、ただ深く傷つけあうことを望む性質をしている。扱う技もそれに準じたものであるようだ。
「戦場は、既に人のいない民家の庭先であれば、戦闘に支障はあるまい」
 多少の破壊も文句は言われぬであろう。
 ただ、何かを守ろうと思えばその分、死神の興味を引く事ができるかもしれぬ。無論、攻撃の一手を空回りさせるようなことまでは出来ないだろうが。
「気儘に散策するだけで、デウスエクスに絡まれるというのは如何なる厄災かと思わんでもないが――急ぎ、救援に向かって欲しい」
 最後にかく告げて、辰砂は説明を終えるのだった。


参加者
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)

■リプレイ

●加勢
「折角さ、」
 死神――佐東蜜流は微笑んだ儘、ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)に語りかける。
「あの人に美しい死を齎した番犬の貌を見に来たんだ」
 つれない事を言わないでよ、と拗ねた子供に炎を繰る。彼の瞳に宿る執着の意味を、ナザクは考える積もりもなかった。
「そうねえ、今の気持ちを言葉にするなら」
 彼は一歩退きながら、その炎の形を見極めようと構える。
「『気に食わない』という言葉になるだろうか」
 放つや、地を蹴った。
 嬉々と目を輝かせた死神が左右に炎を散らす。紫炎が延焼する地を、ナザクの蹴撃が裂いて、黒ブーツの先より迸る烈炎で割った。
 互いの膚を、炎が舐める――互いに、苦痛を漏らしはしない。一方は涼しい顔の儘。一方は陶然と微笑んでいた。
 刹那の交錯、ナザクは地を滑走するように距離を取り直す。
「温いよ。もっともっと、灼き尽くすような熱じゃなきゃ」
「リクエストに応える義理はないな」
 本当つれないなあと天真爛漫に笑って、死神は新たに炎を拡大させた。
 それが迸った瞬間――何かがナザクの前を遮った。
「させねえ」
 揺れる、緑の屈強な尾。ガントレット構えて炎を受け止めたラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)が、にかりと振り返って、笑う。
 次に飛び込んできたのは、青白い炎。地獄の炎を纏う両の拳が、死神を怯ませる。畳み掛けるは下段より垂直にねじ込まれたレイピア。雷の霊気を帯びて輝く其れが、顕わな脇腹を捉えた。
「ナザクーっ、迎えにきたぜーっ」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が腕を振ってアピールすれば、その背を守るように、鋭く構えた儘、ジェミ・ニア(星喰・e23256)が声を発す。
「僕らが来たからにはナザクさんには手出しさせない!」
 この狭間を抜けてはゆけまいとジェミが睨みを利かる彼らは淡く光を纏っていた。
「ナザク殿、助太刀致しマス」
 静かなる声音は、曇天にも明るき穹色の髪を持つエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)――次々と横やりが入る事を面白そうな表情で瞥する死神の頭上、流星を纏ってイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が飛来する。
 回避は許さぬと言わんばかり、足元から『相箱のザラキ』が喰らいついていく。上下からの襲撃を、死神は両者を炎を顕現した爪で受け止めながら、滑るように下がる。
 驚きはないだろうが、瞬く間の乱入者達を見守るナザクの膚を緑雷のエネルギーが覆って、癒やす。
「治療は間に合っタかな」
 白と黄金で彩られた、聖者めいた衣装の君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が微笑を浮かべる。万が一にも、やられるとは思わないが――試すような視線の向こう、彼の相棒たる『キリノ』が周囲の礫で死神の逃げ場を奪っていた。
「何が相手であっても、ナザクさんはやらせませんよ!」
 翡翠色の翼を翻し、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が朗らかに笑った――その腕が構えたハンマーは砲撃形態へと変じており、竜の咆哮に似た轟きが、戦場を一閃する。
「……ありがとう」
 初めての経験ではないが、こうして駆けつけて、庇ってくれる仲間にナザクを素直に喜ばしく受け止め乍ら、厳しい視線を敵に向けた。
 流れるような多段攻撃。然れど、これしきで参るような相手ではないだろう。
 そして――カルナの放った砲撃による土埃が収まり行く中で、彼は両腕を広げて恍惚と微笑んでいた。苛烈なる攻撃へ、惜しみなき賞賛と共に。
「こんなにも多くの苦痛を分かち合えるなんて。来て良かったなぁ」

●奇異
 歓喜に震える死神がうっとりとこちらを見てくる。
「ナザクさん……また変なヒトに絡まれてますね」
 レイピア握る手は緩めず、ジェミが怪訝な視線を向ける。格好にしてもと、カルナが頷く。
「……なんだか痛々しい姿ですね。初夏とはいえ、あの格好は寒くないのでしょうか」
 半裸というか、服のある部分が少ない。
「言葉で理解しあおうとは思わないよ。素晴らしき死と、痛み。力で通じ合えればそれでいいよ」
 死神はかく告げると、五指より紫炎を長く伸ばし、虚空を掻き斬るように放つ。
 そこへ割り込んだのはザラキ。ピコピコハンマーを大振りに薙いで、直撃を避ける。それでもゆらゆらと絡みつく炎が、その身を蝕む。
「自らは強く命を輝かない代りに定命を弄び最期の輝きを見ようと?」
 すかさず溜めた気力を送り乍ら、イッパイアッテナが問うと、はは、と死神は明るい笑声をあげた。
「だから、彼や君たちに逢いに来たんだよ」
 細めた眼差しは妖艶に、好意と殺意を同居させていた。そんな彼の横から、へぇ、と平坦ないらえがあった。
「変な個体だな。壊れるときしか綺麗に見えねえのか? 命って、ずっとキラキラしてるもんだと思うけどな」
 心底不思議そうに、広喜はいう。
「そのキラキラが見れなくなっちまうから、俺は皆に壊れてもらいたくねえな。だから――てめえをぶち壊す」
 彼が地を蹴るより先んじて、
「聖なる力、みんなに宿れ!」
 ラルバが過去に喰らったデウスエクスの『再生の力』を集結し、聖なる龍の形として放出する。
「どっかの誰かが言ってたんだ――『お前が助けた者たちは、お前が助からなければ救われない』ってな。みんなは護るし、オレも簡単には倒れねえぞ」
 彼はちらりとナザクを見やり、不敵に笑う。ええ、静かにエトヴァがオウガ粒子を絡めた指先を広げる。
「身を傷つけたとテ、仲間を守りたいという気持ちハ、あなたには傷つけられませんよ」
 何より、彼は微笑む。
「痛みは生の感覚ではありますガ、押し付けるものでもないでショウ」
 気合いの雄叫びを上げて、竜のオーラと銀の輝きを受けた広喜が指を振り下ろす。彼が踏み込むにあわせ、同じく輝きを纏ったジェミが、鋭く斬り込む。
「主義主張は様々ですが、貴方の勝手な行動に大切な仲間を撒き込むのは止めて下さい」
 死神は貫くような指先の一撃を、掌で受けた。それは骨の合間を巧く突き貫通し、石化の呪いを刻み込む。すかさず重ねられた刺突に宿る空の霊気が、内側から死神の膚を切り裂いて、手根の辺りを灰色に染めた。
「ふ、ふ。こんな石塊にも、命があるとでも?」
「ある」
 竜を象った稲妻を放ち、ナザクが断言する。灼き焦がす雷、眩しさの外から、不可視の剣をカルナは精製して放つ。
「穿て、幻魔の剣よ」
 死神はそれらを回避しなかった。前へと差し出した指先が焦げ、見えぬ剣が白い膚を裂き鮮血が弾けても、キリノの起こす心霊現象も、死神は嬉々とした表情を隠さぬ。
 眸の手元で駆動音がする。白金のワイヤーが地に描いた防陣の上に立ちて、その様を真摯に観察しながら、成ル程と零す。痛みを厭わぬ気質は、真らしい。
「奇遇ダな。ワタシも戦いの中でつけられる痛みは嫌いではなイのだ――役に立てていルと、実感できる。それこそ、痛いほどな」
 尤も、今回はそんな暇もなイだろう、と眸は薄く微笑んだ。それほどに皆へ信を置いているし、逆も然り。
 ――へぇ、と死神の双眸が試すように細められた。

●不知心
 果たして、ケルベロス達の刃は次々と死神を痛めつけていく。疵を見せつけるように瑞々しい黒髪を軽く掻き上げて、それは笑う。真っ赤で生々しい疵、灼けて爛れた疵、砕け散った指先。死神の炎は強く昂ぶるが、当人が弱った様子は全く無かった。
「なんか、さも自分達の戦いは崇高そうに言ってるけど……全身全霊で守るって楽しいの?」
 花なんて喋りもしないじゃないと、紫陽花を取り囲むように炎を大きく広げた。いよいよ庇い守ろうとする姿勢が、其れの嗜虐を焚きつけたと悟ったエトヴァは、更なる守りを固めるべく光の盾を紡ぐ。
 花を背に庇うべく、大きく翼を広げてカルナが掌を前へと突き出す。
 ドラゴンの幻影が牙を剥いて死神の炎へ食らいつく。緋と紫の色が混ざり、膚を灼熱が舐めようとカルナは場所を譲らない。
「生と死は表裏一体……生を実感するために死を求める気持ち、分からなくも無いです」
 零し、カルナは小さく苦笑いを浮かべた――そんな時期がありましたから、と。
「でも、色んな人と出会って、死を感じる以外の方法でも生を実感する方法はいくらでもあるんだって知りました。方法は一つでは無い。貴方には興味無いかもしれませんが……」
 浅く呼吸し、より掌に集中する。彼の瞳は明るい光に満ちていた。
「僕に出来る守り方は攻撃あるのみです!」
「眸!」
 任セろと、呼ばれた眸は頷いて、桜の花弁舞う扇を翻した。援護を受けた広喜は即座に地を叩き、死神へと上段の薙ぎ蹴りを放ち、死神を家屋側へ吹き飛ばした。
「植物だって生きてると思うぜ――ほら、お前に踏まれてもビクともしねえ」
 それどころか踏まれて強くなる奴らもいるらしいぜ、彼はカルナの隣に並ぶように、紫陽花を庇うと軽やかに笑う。
「わかんない。痛みは、生きてるからこその快感だよ。おまえ達だって、だから戦っているんだろう。本当は」
 首を捻りつつ、死神は爛々と目を輝かせていた。正直になりなよと、彼は心から言い、悦んでいる――改めて、やりづらい奴だとナザクは小さな嘆息を零す。
「……怒ってはいないさ、呆れているんだ」
 告げる先は、敵にか仲間にか。
「俺の命はとある女性の死の上で成り立っている。ケルベロスであれと彼女は云った――だから命を護る。この戦場の仲間達も同様」
 悪夢を魅せる黒色の魔力弾を放つ。
「痛みを分かち合う趣味なんざねえよ。誰かを傷つけるなら止めるだけだ」
 追うように、尾を振り上げラルバが駆る。
 恩師に護られた過去。その人を護れなかった事。後悔は二度と残さぬために、死なせぬし、死なない。
 距離を詰める間、敵の瞳はラルバを捉えていたが、阻害するようキリノがポルターガイストで死神を襲い、ザラキが偽の財宝をひけらかす。紛れ、最後の一足を横へと跳ねて、ラルバは上半身を捻った。
 正面より襲う黒弾を死神は疵だらけの掌で受け止めたが、一瞬、怪訝な顔をした。その頬を、力強い拳が打って、吹き飛ばす。
「全力を尽くしてナザクさんを護り切る! 思い通りになどさせはしない!」
 叫び、高々と跳び上がったイッパイアッテナの天に弧を描いた斧が、死神に影を落とす。狙い澄ましたように、壁際に追い込まれた死神に回避はできぬ。
 躰を傾ぎ、庇うように差し出した肩を深々抉る――夥しい朱が地を汚す。然し、白い膚に絶望的な死の色が刻まれていこうと、其れは笑んだ儘。
 その姿を美しい、強いなどと間違っても思えぬ。少し消耗しすぎちゃったと子供のように言い、歪んだ炎を纏う相手へ、エトヴァは僅かに目を伏せた。
(「瑞々しく咲く花――隣で笑み、語リ、背を預けあう友。誰かを守りたいと願う心……守れるならバ」)
 美しい戦場などないけれど。何処までも無邪気に悦ぶ相手に、それを否定してやらねばならぬ気がした。
「あなたの攻撃ハ、全く痛くありませんネ……その程度でショウカ?」
 独りで満足しているのかと、穏やかに微笑み挑発を向けた。
 笑い乍ら死神は、挑発に乗った。エトヴァに向けて、その命を喰らう炎を向ける――間に、素早くラルバが立ち塞がる。
「Sehen Sie sich an.」
 ゆえにエトヴァがその背を潜り、急に間合いを詰めた事に、死神は目を瞠る。白銀の瞳は彼の瞳をじっと見つめる。エトヴァが結ぶ敵の像を、相手の視界に刻み込み――敵を自身と誤認させる術。
 錯乱は脚を止めよう、一瞬であっても。
「……しかし、あなたはどうして『それ』を望むのでショウ?」
 至近距離よりの問いかけ。
 はっと、死神は目を瞠る。自分の傍らに顕れた――トラウマの幻影。
 痩せこけた惨めな過去の『彼』――枯れ死んでいく。ずっと病に苦しみ、誰の役にも立たずに死ぬ。それくらいならば、せめて意味のある死が欲しい。
『おまえに食われ、それで新しい耀きが得られるなら』
 そして享楽の傷を。死を。甘受したところで――何もかも変質して、元の願いは何処にも無かった!
「死んだらそこで終わりだ。美しい事なんか何もない……それは本来不死だったお前達も変わらない筈だ――美しく死なせてなんて、やるものか」
 冷ややかなナザクの声が、反響する。過去を嗤うように。
「正義感でも、ましてや贖罪などでもない――まあ理解して貰えるとも思っていないさ。俺こそ、死合いに美を見出せる鋭い感覚は持ち合わせていないんでね」
 誰かを殺した俺に殺して貰いたいとか、思うならばそれも無駄だと、ナザクは歪みのビートを叩き込みながら、囁いた。
「分析、予測完了……貴様の行く先は、見えタ」
 ホログラムより死神の動きを分析した眸が、ワイヤーを紡いでその脚を括った。ぷつりと小気味良い音がして、死神は地へと膝を着く。
 無防備な背に、死が、迫ってくる。
「どっちが先に壊れるか、勝負しようぜ」
 青き地獄の炎を噴出させた広喜と、ジェミが舞う。
「穿て!」
 白熱するエネルギーを圧縮し、細剣から放つ。解き放たれた白鷺のビジョンと共に、広喜が踏み込んできた。紫炎の守りは、儚く吹き飛んだ。
 肉体に押さえ込まれた中身が解き放たれる音と感触――。
「――満足か?」
 ナザクの最後の問い掛けに、佐東蜜流は微笑みを返した。その内心を識ることは永遠に出来ないが――最期まで心をざわつかせるような、不快なほど清々しい笑みであった。

「大丈夫ですかナザクさん!」
 亡骸が消失する様を眺めるナザクへ、駆けつけ、イッパイアッテナが声をかけた。
「大丈夫? ナザクさんはいろいろと遭遇しやすいから、今度神社で厄除け御守もらってきてあげるね!」
「冷静なノは、慣れていルからか? ……無事デ良カった」
 朗らかな声をあげたのはジェミであった。冗談交じりに眸は気遣うと、ナザクは肩を竦めた。
「紫陽花も無事でショウカ」
 エトヴァが花を見やる。少し焦げた花があると、癒やし乍らラルバが笑う。
「いつかは死ぬって言うけどさ。それまでみんなで笑って、頑張って生きる方が楽しいじゃねえか――花だって、根っこ張って生きてる方がキレイだろ?」
 ええとカルナが頷く。何となく、この花々を守りきれた事が――あの死神の意志を撥ね除けた証のようで、誇らしかった。
「植物だって生きているのです。傷つけられた花より、雨を浴びて咲き誇ってる花の方が輝いてると、僕は思いますよ」
 おう、広喜は嬉しそうに花を眺めた。
「死になんか瀕してなくったって、キレイだもんな」
 ――やがて、さあさあと霧のような雨が降り出す。紫陽花にとっては癒やしの雨になるだろう。ひとしきり確認した後、ジェミが皆に声をかけた。
「じゃあ何処かで、冷たいスイーツでも食べて帰ろうか」
 ――ならば、返すべき言葉はひとつだろう。ナザクは深く頷く。
「いいな。ありがとう」

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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