アケルナルの祈り

作者:秋月諒

●夜空に星と花が咲く 
 星を辿って宝箱を探すの。
 月明かりの無いよりに。星の川だけを辿るようにして。
「そうしたらきっと、本当に大切なものに出会えるの……ってやったまでは良かったんだけどなぁ……」
 それは、この地の古くから伝わる物語であったか、何処かの作家が紡いだものであったか。
 星空の下、少年は白猫と共に宝箱を探すという。
 絵物語のようなそれに一度乗っかって行われた町おこしは、当然の如く砂浜で転んだ客たちによって、終了した。
「まぁ、ここが昔ながらの静けさを取り戻したってならそれもいいしなぁ。じーさまもここは大切な場所だって言われてたしなぁ。何がか分からねぇけど」
 にゃんにゃんが宝探しってのもなぁ、とぼやいた青年の足を、てしん、と黒猫がひっぱたく。爪をひっかけなかっただけ良かったと思えと、つん、として見せた黒猫に青年は眉を下げた。
「分かった。分かったって。まぁ、じーさまの言う通り何年経っても変わらないだろう砂浜のために掃除すっからほら」
 がさがさと袋を引っ張り出した青年の横、ふいに黒猫が足を止める。ぴん、とたった耳と尾が警戒した先——砂浜へと向かう道すがら、古びた倉庫の中で一つの変革が起きていた。
「……」
 コギトエルゴスムに機械で出来た蜘蛛の足を器用に使い、小型ダモクレスは積み上げられた箱の中に飛び込む。機械的なヒールの光が零れ、やがてそれは倉庫から勢いよく飛び出した。
「どっかーん!」
 やたら上機嫌な声とバックミュージックと共に、時間を告げたのだ。

●アケルナルの祈り
「あっさですよー、ってそれはもう力一杯やったら倉庫が吹き飛んでしまったんですが」
「……よく起きる目覚まし、だったのでしょうか?」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)の言葉に、紫の瞳が二度、三度と瞬いた。柔らかな黒髪を揺らし、蓮水・志苑(六出花・e14436)は言の葉に思案を乗せる。
「花火大会が見れるあの海辺で、何かが起きるかもしれない……とは思っていたのですが」
「はい。志苑様の危惧されていたように、この白き浜辺でダモクレスの発生が確認されました」
 浜辺のほど近く、使われていた倉庫に放置されていた目覚ましがダモクレスとなってしまったのだ。
「幸い、まだ被害者は出ていませんが……浜辺から街中まではそう遠くはありません。何より、志苑様のお陰で事件を先に掴むことができました」
 被害が起きる前に、ダモクレスを撃破して欲しい、とレイリは告げた。
 ダモクレスは目覚ましの姿をしている。良く起こせるように、と色々と機能が積まれていたらしく大きなベルは4つ。時計盤は光るのだ。
「……え、時間見れないよね?」
「その分とても焦るだろうという話らしいですよ」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉にレイリはそう言うと、集まったケルベロス達を見た。
「目覚まし型ダモクレスは二足歩行しています。大きさは、機械的なヒールの影響で子供ほどの大きさになってしまっています」
 つまり、大きい。うるさい。眩しいだ。
 音波攻撃に光の攻撃、ついでに何故かミサイルも出す。
「周辺の避難は私にお任せください。花火大会も行われますが、過去に少しばかりお客さんがはしゃぎすぎてしまったことがあって、今は周辺の人々にしか開かれていないようですので」
 周辺住民からすれば態々浜辺まで来なくとも家から丁度よく見えるらしく、滅多なことが無い限り近づきはしないのだという。
「白の浜辺には灯りも無く、月の無い夜、花火大会となれば足元の安全も大変だそうで。ですので、全てが無事に終わったら皆様で花火見学は如何ですか?」
 一般人には暗すぎても——ケルベロスであれば、その暗闇を歩く術もあるだろう。街中の人々には、歩きづらいばかりの暗闇かもしれないが楽しめるかもしれない。
「志苑様から頂いた情報のお陰で、花火大会そのものを中止せずに動くことができました」
 目礼と共に告げ、レイリは集まったケルベロス達を見た。
「街の人々が無事に花火を見る為にも、ダモクレスの撃破をお願い致します」
 皆様に、幸運を。
 微笑んで告げたヘリオライダーは出発を告げた。


参加者
ティアン・バ(さびしろ・e00040)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
巽・清士朗(町長・e22683)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)

■リプレイ

●闇を切り裂く
 人は闇を恐れる。警戒に相応しい理由を持ち、その深き闇へ、夜へと身構えるのだ。だが——……。
「どっかーん!」
 勢いで切り開かれた場合、どうするべきか。
 夜戦に備え用意した灯りの中、勢いよく存在を主張する目覚まし時計型ダモクレスを前に、ケルベロス達は足を止めた。
「あー……」
 察した顔ひとつ、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は息をついた。
「モノには限度ってモンが、なあ」
「他に灯りがないこの場にあの音と光は目立つな……」
 御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は息をつく。とりあえず眩しい。その上に五月蠅い。しかもまだ『これ』が攻撃では無いのだ。
「まだ敵との距離はある筈なのに音も光も主張が激しい……」
「何とも賑やかですね」
 蓮の横、蓮水・志苑(六出花・e14436)は、ほう、息をついた。賑やかで終わりか、と言いたげな蓮の瞳に、探す必要も無いでしょう、と告げておく。
「まぁ折角の浜辺で大騒ぎという感じはあるな」
 倉庫に近いこの場は、白い砂は遠くとも。飛び火しないよう、敵の位置を確認しながらティユ・キューブ(虹星・e21021)は瞳を細めた。
 振興を願うか、景観を守るか。
 情緒を取るか、安全を取るか。
「あちらを立てればこちらが立たずって感じで悩ましいものだね」
 ティユ息をつく。難しそうな話? とひょいと姿を見せたボクスドラゴンのペルルにゆるり、と首を振り、ティアンは影の向こうにいる目覚まし時計を見た。
「まぁどれを選んでも残念だけれど目覚まし時計の出番はなさそうか」
 ダモクレスなら尚更ね。
 ガチ、と不意に周囲を警戒していたダモクレスがこちらを向く。
「そうか、来るか」
 呟きを落としたティアン・バ(さびしろ・e00040)に志苑は頷いた。
「今まで何度も寝坊される方を起こして来られたのでしょう」
「ギギ、じかん……」
 目覚ましの周辺の空気が変じていく。攻撃の準備か。
「けれど、そのお役目は終わりです」
 腰の刀に手をかける。志苑の瞳が歪む空間を見据え、ダモクレスを捉える。
「此処でお眠りください」
 その一言が戦いの始まりを告げた。

●目覚まし
「あっさだぜどっかーん!」
 迎撃より挨拶のつもりか。仕事のつもりか。キュイン、と高い音と共に目覚ましの背後の空間が熱を帯びる。
「——」
 一撃が放たれるより早く、志苑は踏み込む。瞬発の加速。突き出した一撃に氷のように青白く刃が雷光を帯びた。
 ——ガウン、と一撃、鋭い突きが抜ける。破片が飛び散り、だが、ぐん、と跳ねるように身を起こした目覚ましが大きな四つのベルを鳴らした。
「じかんだじかんだ!」
 攻撃というよりは叫びに近いのだろう。つまり、ただただ五月蠅い。
「——」
 だが、来る、というのは良く分かる。踏み込まれる気配に、だた、志苑は一拍を待って横に身を飛ばした。ひとつ、足音を聞いたからだ。
「せっかくの趣向に場違いな騒音とはまた無粋」
 抜き払う刃が先にあった。入れ替わるように、軸線へと踏み込んだ巽・清士朗(町長・e22683)の刀の鞘が目覚ましの突撃を受け止める。
(「町の方々にも心穏やかに、一夜の夢を見て貰いたいというもの」)
 掛けられた体重に、鞘を下げる。転がるように前に落ちてきた目覚ましが、勢いよく振り返るより先に清士朗は空の霊力を帯びた刃を抜いた。
「悪戯に命を与えられし身の上は不憫なれど――……許せ。事ここに及んではもはや、疾く葬ることしか出来ぬ」
 抜刀と放つ一撃が、目覚ましに届いた。ギ、と鋼に触れ——だが次の瞬間、両断する。傾ぐ機械の体から火花が散った。
「じか、じかんだぜ!」
 蹈鞴を踏み、だが、ぐんと顔を上げた目覚ましの背後で空間が歪んだ。
「——来るぜ」
 キソラの声が響く。ミサイルか、と三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が告げた瞬間、爆撃が前衛を襲った。
「成る程、そうか」
 ひりついた指先にティユが僅かばかり眉を寄せる。だが、それだけだ。盾役の身。痛みはあれど、と前を見た娘の視界、高く飛び上がった竜を見る。
「——!」
 視線ひとつでボクスは応じた。心は通じているのだから。翼を広げたボクスが白橙の炎を纏う。その光を視界に、空にてビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は流星の煌めきを宿した。
(「町興しの結果は残念ではあったが……昔ながらの雰囲気もまた、貴重なものだ」)
 見上げた目覚ましへとビーツーは身を——落とした。
「風情を解さぬ者には、丁重にお帰り願わねばなるまいな」
 ビーツーの一撃が、ガウン、と重く落ちた。撃ち落とす蹴りに火花と共に金属片が飛び、だが、地に落ちる前に焼け消える。
「どっかん、どっかーん!」
「全く、元気だな」
 息を一つ落とし、ティユは指先を空へと掲げる。
「導こう」
 招くは星の輝き、描くは星図。
 極星は後衛に立つ仲間達の感覚を上げる。煌めきの向こう敵を逃さぬように。行くべき道が分かるように。
「ペルル」
「!」
 短く告げた先、ティユのボクスドラゴンは前衛へと飛んでいた。回復を重ねて受ければ、前に立つ仲間達の動きも早くなる。
「どっかーん!」
「花火の音にも負けなそうな目覚まし時計、だね……」
 少しばかり困りながらクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)は戦場を見据えた。大きな声と勢いで忘れそうではあったが、あの目覚ましの攻撃力そのものは高い。
(「たぶん、クラッシャー……だね」)
 動きもある程度素早くはあるがスナイパーであるクローネから見て、目覚まし型ダモクレスは素早いだけ、だ。逃げるのが得意で、でも攻撃の方がもっと得意。
「寝坊助さんには丁度良いかもしれないけれども、ご近所迷惑になりそうだし、少し、静かにしてもらおうか」
 そう告げてクローネは杖を掲げた。それは星の欠片を用いて作られたもの。数多の願いを叶えた流れ星と共にある。
「行こう、お師匠」
「!」
 た、と駆けるオルトロスと共に、クローネは竜の一撃を振り下ろした。

●夜の訪れ
「どっかんあさだぜー!」
 加速する戦場に賑やかな声が響いていた。重ねた制約のお陰で随分と麻痺を防げている。
「……にぎやか、だな」
 ティアンが呟きと共に回復を紡ぐ。麻痺を払う為、重ねた千鷲が小さく息をついた。
「時計見えないんだけどねぇ、あれ」
「……起こすことに特化しているんじゃないか」
 ため息交じりにひとつ、蓮は告げた。回復の補助として、今まで指先に構えた符が一列を描く。
「……来い」
 空へと待っていた符が今、溶けるように落ちる。何かを解き放つように。捧ぐ用に。
「くれてやる。代わりに刃となれ」
 古書に宿る思念を自身の霊力を媒体に己の身に降ろす。次の瞬間、雷音が戦場に落ちた。轟音と共に具現化されしは赤黒い影の鬼。
「   」
 風か咆吼か。
 人の身には余る声を上げ、鬼は機械へと突進した。振り下ろす一撃が、時計盤に罅を紡ぐ。傾ぐ身が起き上がるより早く雷鳴が来た。
「――墜ちろ」
 天地揺るがす雷鳴。一点に落としたのはキソラの術。指先を空へと向けた男の一撃は、暗雲に奔る雷竜の顎に捉るが如く、正中線を射貫く。
「目覚ましにゃ酷だが、ちぃと眠ってもらおうか」
「ギギギ、ギ、リリリリ!」
 リン、と響き渡る音が、今度こそ轟音に変わった。
「目覚ましパワー!」
 空を震わせ、切り裂く程に中衛を狙った音は——だが、その力を失う。これこそケルベロス達が紡いだ術。制約の全て。
「リリ!?」
「ごめんネ?」
「——あぁ、生憎」
 キソラが笑い、蓮が告げる。
「止まる気は無い」
「——あぁ」
 重ねて告げたのはビーツーだ。瞬間、空間が熱を帯びる。それこそ、ビーツーとボクスの炎。
「ーーあまり俺達に、近づかないほうが良い」
 臙脂と白橙の炎を武器に纏わせ、放つ。振り抜きに機械が砕ける。飛び散った破片さえ炎の中に消えた。
「冬を運ぶ、冷たき風。強く兇暴な北風の王よ」
 続くように冷気が舞った。冬の如き冷たい風。呼びかけの主は月の瞳にて真っ直ぐに目覚ましを捉えた。
「我が敵を貪り、その魂を喰い散らせ」
 風は獰猛な獣のように目覚ましを打ち据えた。四肢が凍り付き、踏み込みが消える。代わりに軋む音と共に時計盤が光った。狙いはクローネか。
「ぴっかー……!」
「悪いが、塞がせてもらうよ」
 光は届かない。
 盾として立ったティユが強烈な光を星の輝きで受け止め空へと返す。指先、僅かに血に染めながら仲間へと回復と加護を紡ぐ。
「行こう。皆で花火を見る為に」
「——あぁ」
 頷いたティアンが、ティユへと回復を紡いだ。
「楽しげなのは好きだが、大きな音、そんなに得意じゃない。おまえは、おやすみ」
 盾を刻んだのは、踏み込む志苑の姿を見たから。ティユの回復が星の輝きと共に届く。
「集うは氷雪」
 抜き払う真白い刀が冷気を紡ぐ。黒髪は揺れど、周囲の気温は下がり行く。その異常に目覚ましが気がつく。氷結から逃げ出し、虚空から炎を呼ぶ。——だが、空は氷結した。冷気の刃だ。
「煌くは氷結の刃」
 踏み込みは一瞬。深く沈み込んだ志苑の一刀が三日月の軌跡を残す。
「ギ、ガ、ガガガ……」
 ぐらり、と崩れ、ダモクレスは光となり——消えた。

●アケルナルの祈り
 無事に全てが終わり、砂浜へと辿りつけば心地よい潮風が一行を出迎えた。見上げれば満天の星空だ。月は見えず、少しばかり風があるのか雲が薄く、帯のように流れていた。
「町興しも良いですが、此処は静かな雰囲気が良いやもしれませんね」
 静けさを取り戻した砂浜に、ほう、と志苑は息をついた。柔らかに吹く風がこの静寂が心地よい。白い砂浜。——ふいに「あ」とクローネが顔を上げた。ドォオオン、と大きな音と共に巨大な花火が夜の空へと打ち上げられたのだ。
「わぁあ……、すごい」
「えぇ。本当に」
 ほう、と志苑が息をついた。紅く美しい大輪の花。花弁を散らすように冠菊は緩やかに垂れ下がり、尾を引くような光が空に残っていた。
「そういえば昔キソラにカメラを教わった時も花火も撮ったな。ティアン、花火撮るのもうまくなったんだぞ」
 勿論、持ち歩いていたのはあの時より小さな小型のデジカメだ。
(「今日より短い合間に消える、星空の花を切り取って長く残せたらいい」)
 ゆっくりと息を吸ってカメラを構える。シャッター音は花火の音に紛れ、だが、その一瞬を美しく咲く花と音と共にティアンは見つけていた。
「おー、撮るのに慣れた?」
 どれどれ、とキソラがティアンのカメラを覗く。見れば綺麗に映された花火と出会った。夜の空に咲く大輪の花。フレームに収まった景色は彼女によく似合う。
「ん、イイ上達っぷり。コレなら見たまま残せそうだネ」
 笑みを零すキソラとティアンの姿を見ながら、サイガは思う。なんでか周りに写真好きが多い、と。
「あーなんか似てる似てる、映し方がなんか似てるわ」
 したり顔でデジカメを覗けば、キラリ、と目の端で何かが光った。
「——ん?」
 それは、花火の光を返したシーグラスだ。パチ、とサイガは瞬く。キラ、キラと見上げる空が色彩を変えた。掲げたティアンと一緒になって見れば、月も無いのに夜の闇は煌めいて。夜を見上げていた娘の瞳が、ふいにこちらを向いた。
「サイガにあげる」
 ふいに、届いた声に視線を戻す。
「誕生日、おめでとう」
 長く一緒にいれて、嬉しい。
 柔く響いた声と一緒に手渡されたシーグラスが打ち上げ花火にキラリ、と光る。
「それ越しに空を見るとまた綺麗なんだぞ。昔教わった」
「おー、そうだったオメデトオメデト」
 ぱ、と顔を上げたキソラが、贈り物を寝転ぶ胸に乗っけて空を眺めに戻った男を見る。しっかり寝転がったサイガは、視線ひとつ寄越さぬまま告げた。
「へいへいドーモ。満点の花火をプレゼントなんざけるべろで良かったわ、俺」
 ……誕生日つってもなぁ、と空を見上げた23歳の心は知らずか。触れるが故か。
「ちょい身ぃ起こしてその硝子掲げて見せてヨ」
 ひょい、と身を乗り出してキソラは告げた。こんな感じに、と手を上げて、試しにカメラを構えて置く。
「花火が花開くその合間、背面から二人を捉えれば星の川の先、見付けた宝みたいじゃね?」
「……、どーぞ」
 どや顔で言ったキソラを半眼で仕留めて、促されるまま、仕方なさげにサイガは高くシーグラスをかざした。二人にも同じ空が見えるように。
 ——夜の花が咲く。大輪の花火が上がり、パシャリ、とシャッターが切ったキソラが、笑った。

「——昔話だから、絵本としてもあるのか」
「あ、はい。なんかこう、世界中を旅する少年と白猫の話で……」
 少年は、とある作家が子供時代を懐かしむ形で綴られている、という。月の無い夜の世界を白猫と旅するのだ。一番の宝物を探して。
「少年は、此処で誰かと約束した宝箱を探すらしいんですけど……」
 家に帰れば本があった気もするんですけど、と青年は熱心に話を聞く蓮に視線を上げた。なぁん、とご機嫌に黒猫が鳴いてみせるのは——白猫自慢なのか。
「……にゃ」
「ペルルも怖くないよ、大人しい子だから」
 ぴぴん、と耳と尻尾を立てた黒猫に、ペルルはお利口にちょこん、と砂浜に座って見せる。むむむむ、と悩む黒猫さんも最後は、鼻先をつん、と合わせることにしたらしい。
「それにしても、大変なことになってたんですね……。でも、この浜辺が守られて良かった」
「見回りをしてたのかな?」
 ティユの言葉に、そんな大層なものじゃないですけど、と青年は苦笑した。
「守れって言われたんですよね。じいさんが、じいさんの友人とした約束を守るの手伝えって言われて」
 此処は、と青年は辿るように告げた。
「この景色は、きっと姿が変わらないだろうから、って」
「……そうか」
 青年の祖父にとって、この場所は友人との大切な思い出の場所なのだろう。
「良い場所、これからも守っていっておくれ」
 ティユはそう言って、微笑んだ。
 ドォォン、とまた、花火が上がる。また、大きいのが来ますよ、と青年が笑った。
「日本で初めて、友達と花火を観た時のお祭りは、とても華やかで賑やかだったけれども」
 白い浜辺からゆったりと眺める静かな時間。買ってきた甘いものをみんなで食べながら大輪の花を眺めるのも、楽しい、とクローネは思うのだ。
「こんな花火大会も、ぼくは好きだよ」
 星の川の終わりに、祈りの花が光って、咲いて。
「あぁ。本当に綺麗だ」
 頷くようにティユが夜の空を見上げる。ほう、と息をついた志苑が、また、と大輪に咲く花を見上げた。
「大きな花火があがりますよ」
「……うん」
 楽しげに花火を見上げる皆の横顔を見ながら、クローネは、そっと笑みを零した。誰かの大切な宝物を見せてもらったような、優しく幸せな時間に。
 ——ヒュー、と笛が鳴り、夜空に大輪の花が咲く。尾を引かぬ牡丹は夜の暗闇を染め上げ、わぁあと賑わう声が清士朗の耳に届いていた。
「……」
 その声を耳に清士朗は独り浜辺に座して、懐紙に包まれた手紙を対面に立てていた。
 それは彼女の亡き兄が死してなお持ち続けたもの。
 そして彼女から兄の代わりにと、託されたもの。
「天に大輪、地に六花。夏と冬の花を望めるこの場は世を越え界を越え現世に非ず」
 二礼二拍一礼。
「なればきっと貴方様を呼ぶこと叶いましょう――……あの様子をご覧あれ、もはや心配は無用かと」
 花火を見上げる彼女の姿を眺め、吐息を一つ零すように清士朗は笑った。己と文、互いの前へ置いた盃に御酒を満たして。
「アケルナル。――川の果てにて、いつか」
 乾杯、と盃を掲げた。懐かしい名を唇に残して。
 ——花火が上がる。
 大輪の花が咲いた後、一拍の後に無数の小さな花が夜を彩った。
「これが人々に希望を与える火の在り方か」
 翼を広げ、ビーツーはボクスと共に空から眺めていた。ボクスの炎もローブで隠してしまえば、夜の空に映えることは無い。星を辿る妨げになるつもりはなく、夜の空は星と花火が近い。次々と上がる花火が、鱗や鉱石の部分に反射してキラキラと光った。
 ——これが、自分達が護りぬいた景色。
「星や宝箱のようだな……」
 きらきらと光る。この地で見つかるという大切なもの。
 ほう、とビーツーは息をつく。
 共に宝を手に入れたボクスも、花火に手を伸ばし目を輝かせていた。

 終わりに向けて、大きな花火は沢山上がっていく。上空で開花する花火は星が尾を引きながら開く。
「此の場を護れて良かったです」
 きらきらと輝く志苑の瞳が見えた。浜辺に抜ける風が黒髪を揺らしていく。彼女と共に、灯りの無い白い砂浜で花火を見上げていれば、ふと蓮は聞いた物語を思い出す。
 本当に大切なものに出会える、という話。
「……」
 大輪の花を見上げる志苑の横顔を蓮は見た。
(「俺にとって隣に立つ志苑がそうだ」)
 彼女の隣に寄り添い、夜空の大輪に、絵物語のような景色に想い馳せた。
「——」
 傍らの志苑もまた、同じように蓮を見上げていた。
「本当に大切なものとは……私にとって此れまで出会ったものはどれも大切で」
 清士朗へと内緒話のように告げたのだ。「特に彼は……」と。
 最後の花火が上がる。ふ、と清士朗は小さく笑う。彼女の今と、彼女の兄を思い出しながら。
 ——その幸いの日々に。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。