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春の大三角を形作る獅子座、乙女座、うしかい座は西の空へと場所を変えて。
代わりに夜空の中央へと近づくのは白鳥座、琴座、鷲座の夏の大三角。
夜空に浮かぶ星々は、季節と共にその並びを変えてゆく。
少しずつ、止まることなく。
季節は巡り、星は巡る。
しかし、星々が輝くのは夜空だけではなく。
「あれは……オリオン、水瓶、蟹座かしら?」
高台から地上に満ちる星――人々の営みの光を指さして、一人の女性が笑みを漏らす。
「こっちは射手座に双子座で……ああ、そう言えばあの娘も双子座だったわね」
白い肌、白い髪、白い着物。
髪の先からつま先まで、その全てが白く、
「せっかくだし、そこから壊していきましょうか」
――そして、纏うのは隠すつもりも無い血と死の気配。
にい、と口元を喜悦の笑みに歪めた直後、その両目から赤い雫が溢れ出す。
目元へと運んだ指先に零れる血涙を纏わせて、虚空へと振るえば雫は瞬時に朱色の大鎌へと形を変え。
刃先から滴り落ちる雫は、止まることなく流れ落ちては足元に溜まり血の池を作り出す。
「やっと自由になれたのだもの。これまでの分も楽しませてもらわないと」
血色の飛沫が髪と着物を染めることも気にすることなく。
掴もうと、縋ろうとするように、足元の血溜まりから伸びてくる無数の腕を、優し気な笑みを浮かべたまま掴んで潰して女性は――死神『プリシラ・カーライール』は歩き出す。
「苦しい? 寂しい? 大丈夫よ。もっともっと、たくさん壊して殺して増やしてあげるから」
●
「東京焦土地帯から流れ出てきた死神による事件の事はご存じでしょうか」
集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
エインヘリアルの要塞『磨羯宮ブレイザブリク』を巡って、エインヘリアルや死神を交えての勢力争いが続いている激戦地『東京焦土地帯』。
日々勢力図が書き換えられる戦いの中で、何体かの死神が焦土地帯から流出し、周辺の地域で動きを見せていることが確認されている。
今回予知されたのもその一人。
「その死神『プリシラ・カーライール』は、こちらの公園に現れます」
そう言ってセリカは、町を見下ろす高台にある公園を地図で示す。
幸い、と言うべきか、町から離れた公園には人気は無く、一般人を戦闘に巻き込むことは心配しないでもいい。
また、戦闘は夜になるものの、周囲の街灯によって視界は確保されている。
故に、考えるべきことは、彼女と戦い、倒すことのみ。
――しかし、
「押し出されてきたとはいえ、プリシラの実力は、焦土地帯内で戦いを繰り広げている死神に劣るものではありません」
手にする大鎌は近距離のみならず、遠距離にもその刃を届かせ獲物を切り裂き。
足元に広がる血の池から湧き出る犠牲者の怨念は、救いを求めてケルベロス達にしがみつき動きを封じる。
部下こそ連れていない単独の相手ではあるが――それすらも、単独行動をとっても問題が無い実力の裏返しとすら言えるだろう。
だが――否、だからこそ、プリシラはここで止めなければならない。
セリカは一度目を閉じて息をつくと、表情を改めて言葉を続ける。
「プリシラは、種族としては死神になりますが……死神勢力とは完全に独立した個人として動いています」
焦土地帯の死神の中には、実力とは別に失敗作として扱われた個体も存在している。
プリシラもその一人であり、サルベージした人間の意識が強すぎたためにデスバレスに招かれなかった存在である。
そして、東京焦土地帯を破壊不能とする儀式のパーツとして扱われていた彼女は、エインヘリアルの侵攻を好機として焦土地帯から解き放たれ、独自の目的で行動を起こそうとしている。
「その目的は、幸せな家庭の破壊――特に、子供を害する事を好んでいます」
何かを得るためでなく。
何かの作戦としてでもなく。
ただ、個人の楽しみのために壊して殺す、殺人者。
「彼女にその目的を叶えさせるわけにはいきません。皆さん――ご武運を」
参加者 | |
---|---|
アレン・シャドウドレイク(子連れ黒龍・e00590) |
キサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283) |
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749) |
斎藤・斎(修羅・e04127) |
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034) |
リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588) |
黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
――キン、と。
張り詰めた殺気が公園を包み込む。
「あら……もしかして、クリス?」
その殺気を意に介することもなく、軽く首を傾げるプリシラをクライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)は厳しい表情で見据え、
「何年ぶりかしら。大きくなったわね」
(「母、か……」)
呼びかけに応えることなく、静かに得物に手をかける。
思い出にあるのは虚ろな記憶のみ。
それすらもはや過去の事で、今となっては何の感慨もない。
けれど、
「クライスのお母さんって……言われてみると、確かに何処となく……」
しげしげとリディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)は二人を見比べる。
表情も、纏う気配も異なるけれど、それでもどこか……、
「アハハッ、似てるどころか、マジになったクライスそっくりじゃん!」
「妻の母……つまりはお義母様じゃな。うん……やつがれ、今更かもしれんがちと腹が痛くなってきたのじゃが……」
噴き出すように笑うリディアに、アレン・シャドウドレイク(子連れ黒龍・e00590)も戦いとは別の緊張を浮かべてお腹に手を当てる。
「おぬしら……」
そんな二人に苦笑しつつ、クライスはそっと息をつく。
その姿も、流れる血も。
思い出と言えるようなものは無くとも、母であるということもまた確かなのだろう。
「……タチの悪い死神と思えば知人の縁者とはな」
「縁故も思いも、こうも歪むと大変だねぇ」
複雑な表情のクライスと、微笑むプリシラ。
対峙する二人に、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)と黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)は小さく息をつく。
その姿に思うことが無いわけではないけれど……、
「ともあれ、その足は止めてもらおうかな。なにせ、ここが終着点だからねぇ――その首、置いて行ってもらうよ」
「ああ。物騒な家族団欒だが、手助け程度はさせてもらう」
それでも、自分達がやるべきことは変わらない。
相手が誰であっても。
どのような縁があっても。
「倒すべき敵であるならば、それが何であろうとすべきことは変わりません」
周囲を見回し、斎藤・斎(修羅・e04127)はバトルオーラを身に纏う。
「それに、家族の幸福を狙うとなれば……」
「ああ。その動機は気に食わねぇ」
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)にキサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283)も頷き、プリシラを睨む。
――幸せな家庭の破壊。
その先にあるものなど、何もない。
いや、何もないどころか、そこには最悪がある。最悪中の最悪だ。
「好きにさせるわけにはいかんな」
よぎった記憶に、双牙は苦い表情を浮かべる。
ここで止めることができなければ、かつての事件と同等以上の悲劇が起こりかねない。
「やれるな、アレン」
「ウン、よし……いくら義母といえども堕ちたのならば斬るしかあるまい」
「いい人ができたのね、クリス」
クリス、と呼びかける声に首を振って、アレンと肩を並べてクライスは剣を抜き放つ。
それが本名だとしても、今名乗るべきはそれではない。
忌々しい過去を断ち切るために。
大切な人と共に未来を歩むために。
敢えて名乗る。
「クライス、御舟!」
「アレン・シャドウドレイク!」
「「推して参るっ!」」
●
「さて、真面目にやりますか」
「先ずは一歩ずつ――祓え給え」
リディアの掲げるオウガメタルの輝きと、双牙が散布する霊力を帯びた紙兵。
二つの加護の中、ケルベロスとプリシラは刃を交える。
「おおっ!」
アレンの蒼炎を纏う刃をプリシラの血鎌が受け止め、押し返し。
返す刃がアレンへと振るわれるも、その刃が届くよりも早く、踏み込むクライスの掌打が刃をそらし。
さらに一歩踏み込み、閃くクライスの刃がプリシラを捉えるも――浅い。
斬撃に体勢を揺らがせながらも強引に振り抜かれる大鎌の刃を受け止め、後ろへ飛んで威力を殺すクライスにプリシラが追いすがり。
その刃がクライスを間合いにとらえる寸前、プリシラを爆発が包み込む。
「やらせませんよ」
斎の巻き起こすサイコフォースの爆発。
しかし、その爆炎を裂いて走る真空の刃が、クライスの肩を切り裂き血をしぶかせる。
そのまま悠然と、微笑みを浮かべたまま手にした大鎌を振りかざし、
「それで、次はどうするのかしら? これで終わりなら――っ!?」
追撃をかけようとするプリシラの足を、重なる呪言の歌が縫い留める。
「一折り、また一折り 重くなる私の淀み 書き連ね――ひとおり、まだひとおり……いつか、穢れに凝っても 打ち明けるその日まで」
キサナが歌に乗せて紡ぐのは、平凡でありふれた呪い。
心の中にどうしようもなく折り重なっていく暗い感情を全て肯定し。
いつか放出する日の為に、その『純度』を上げながら。
そうすることで、どうにか表面上の平穏を保ち続けてきた、平凡でありふれた日々から生まれた呪いの歌。
折り重ねるたびに純度を高めてきた呪いが、手枷足枷となってプリシラに絡みつき。
重みによろめいたプリシラを、瓔珞の呼び出す黒い影が包み込む。
「先ずは、こっちを向いてもらおうかな――無音の空。深淵の谷。汝に許されしは一つの道。進むも戻るもまた地獄。襲え黒影、いざや参れ――」
霊力によって形作られた影が見せるのは、底の見えない峡谷に掛けられた一本橋の幻影。
その中央へ立たされたプリシラに幻影は告げる。
逃れたくば、抜け出したくば術者を倒せ、と。
「――くっ、こんなもの!」
それによってプリシラの動きを止められたのは僅かな間のみ。
首を振って呪縛をはらい、立て直すには一呼吸の間も不要。
けれど、それだけあれば、こちらも体勢を立て直すにはまた十分。
「穢れは全て祓いましょう、後方支援はお任せを――存分に斬り結んで下さいませ」
「うむ。参る!」
鼓太郎から送り込まれたオーラで傷を癒し、呼吸を整えて。
再度踏み込み、クライスと瓔珞が同時に振るう月光斬が大鎌とぶつかり合って火花を散らし。
続くキサナの地裂撃は受け止められるも、押し返す力に逆らわず飛び退くキサナと入れ替わりに、踏み込むアレンのフレイムグリードがプリシラを捉え、
「二人の事を認めてあげて下さい!お義母さん!!」
炎に焼かれながらも、振るう反撃の大鎌をリディアが受け止めて。
そのまま、軽口と共に至近距離からリディアが放つスターゲイザーと、合わせて双牙が打ち込むファナティックレインボウがプリシラを退かせるも、
「もちろんよ――だから、みんなと一緒にしてあげるわ」
直後、プリシラの足元から大量の血が沸き上がる。
噴き出す血は腕となって、救いを求めるように、仲間を求めるように、ケルベロス達へと津波のように殺到し――、
「気に入りませんね、その腕」
――その腕を、斎が呼び出す腕が押さえ込む。
金色の地獄の炎を肉の代わりに纏った、無数の巨大な黒い骨の腕。
その姿は、一見すればプリシラの操る犠牲者の腕と似通ったものにも見える。
だが、
「あら、同じ趣味? やっぱり家族はみんな一緒がいいものね」
「一緒にしないでください」
笑いかけるプリシラの言葉を、嫌悪をあらわにして斎は切り捨てる。
犠牲になった後も弄び、道具とするプリシラと。
地獄化してなお、共に戦う斎の家族と。
姿形に似ている部分はあっても、本質は正反対。
「似てしまったのはただの偶然でしょうけど、似ているというその事実だけで、些か癇に障りますね」
押し寄せる血の腕を、金色の炎を纏った腕が捕らえねじ伏せて。
そうして開かれた道を駆け抜けたケルベロス達は、再度プリシラと切り結ぶ。
切り、払い、受け止め、かわして、再び切り付けて。
幾度となく刃を交え、ふと双牙は気付く。
振るわれるプリシラの刃は、ケルベロスの中でも特に二人――アレンとクライスへと向けられている。
それは、二人がクラッシャーとして攻撃に専念しているから、という部分もあるだろうが……あるいは、
「身体の持つ記憶に振り回されているか……?」
よぎった可能性に、双牙は表情を曇らせる。
「その記憶は、人の絆を壊すためのものではないだろう。ミフネの御母堂の意識があるならば……」
「いや……違う」
その呟きを、クライスはそっと――しかし、確かな確信と共に首を振って否定する。
母の記憶はほとんど持っていないけれど、わかっていることもある。
何より――プリシラは人間の意識が強すぎたために失敗作とされた死神。
だから、その行動は、
「……親だからって、子供を守る人だけじゃない、てことかねぇ」
「ええ。だからこそ――」
呟く瓔珞に頷いて、鼓太郎はそっと目を閉じる。
彼は血のつながった家族を知らない。
家族のように接してくれる師や友に包まれていても、それを持つ人へ羨望の思いを抱いたことも、一度や二度ではない。
(「だからこそ、させません。美しく目にも鮮やかな、青々と茂る芝を焼こうなどとは、決して、絶対に」)
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え」
奏上するのは心照御霊ノ祝詞(ココロテラスミタマノノリト)。
仕える超常的存在に対して、此の世を守護する誓いの祝詞をあげて加護を希う、癒しの業。
鼓太郎の胸より顕れた光の球がクライスを包み込み、傷を癒して穢れを祓い。
視線を交わすと、クライスはキサナと共にプリシラへと向かい合う。
「うぬの力を侮るわけでは無いが……今の私には! 友が! そして、何より愛すべき伴侶がおる! 里を、そして何より家族を捨てた、お主には負けぬっ!」
「――極悪人の皮を被った極悪人め。ここで滅ぼしてやるから、その後に贖え」
再度キサナが歌うカース・ソングが無数の腕の動きを封じ込め。
動きが鈍った腕を、アレンの放つ漆黒の炎が焼き払う。
「影なる炎よ我が身を喰らいて敵を焼き払え」
敵のみならず自身をも焼く漆黒の炎を、歯を食いしばって制御して。
そのまま踏み込むアレンの刃とプリシラの大鎌が交錯する。
轟音を響かせ、衝撃をまき散らし。
武器ごと体を弾かれ、体勢を崩したアレンへと追撃の真空刃が打ち放たれ、
「おっと、そうはさせないよ」
その無形の刃を、割り込む瓔珞の一閃が切り払う。
同時に、左右から打ち込む斎の刃と双牙の蹴撃がプリシラの動きを封じ。
足が止まったプリシラへと、
「ほら、がんばって!」
鼓太郎の気力溜めとリディアのブラッドスターを受けて傷を癒し、インフェルノファクターの蒼炎を纏うアレンがクライスと共に再度切りかかる。
「ああ、もう!」
(「――ああ、そうだろうな」)
いらだちを隠すことなく大鎌を振るうプリシラを、キサナは静かに見据える。
強引に振るわれる大鎌。周囲への警戒を疎かにした無理な踏み込み。
それを捌いた瓔珞の血襖斬りが相手を捉え。
瓔珞を力ずくで振り払った隙を突いて、斎の達人の一撃が胴を薙ぐ。
戦いが続くほど、プリシラの動きは精彩を欠いてゆく。
純粋な力量において、プリシラはケルベロス達より一段も二段も上にある。
だが、重なる呪縛が動きを封じ、重なる加護がケルベロス達の力を高め。
それぞれの役割を全うする連携が、力の差を埋めてゆく。
そして――ある意味ではそれ以上に。
戦いが長引くほど、殺戮行為を抑え込まれるほど、プリシラは見ることになる――大切な人と肩を並べて戦う娘の姿を。
(「そう――幸せな家庭の、再演だ」)
「っ、クリス!」
ある意味ではこれ以上ない挑発に、我を忘れて切りかかろうとするプリシラを、横合いから跳ね飛ばしてキサナは胸中で冷笑を浮かべる。
(「仮令オレだけでも、ice cold killa(冷酷な殺し屋)でやってみせる。それがあいつの為にもなる。だろ?」)
同時に、よろめくプリシラの腕を双牙の両手が掴み取る。
腕を捕らえ、振り回して体勢を崩し、肩に担ぐと共に双牙の肩から噴き出す地獄の炎がプリシラの身を焼きつけつつ、助走をつけると高らかに飛び上がり。
「天に捧げしこの一撃……粗悪品は、砕け散るのみ」
加熱し叩きつける一撃は、彼の父が生涯を捧げた刀鍛冶の鎚の如く。
――されど、この戦いを終わらせるのは自分の役目ではない。
「死神――否、プリシラよ。己の家族と向き合うがいい」
立ち上がろうとするプリシラへアレンとクライスが走り。
同時に、プリシラもまた大鎌を振るう。
傷つき、限界が見えながらも、その力はいまだ強大。
だけど――クライスの背を見つめて、リディアは大きく息を吸い込む。
何度も見てきた、何度も受けてきたクライスの剣技は天下無双――だから、今回もきっと!
「行けぇぇぇっ、親友~~!!」
それは、ただ、全力の叫び。
とびっきりの想いを籠めた、他が為の全力シャウト。
その声に背を押され、十字に走る剣閃が血色の大鎌を切り飛ばし、そして――、
「娘のことは心配いらぬ。だからもう、安らかに眠るがよい」
「母よ、貴女のことは恨みしかないと思っておったが、唯一、そうただ一つだけ、感謝申し上げる!」
止めを刺そうとするアレンを手で制して、クライスはプリシラへと語り掛ける。
「それは、私を産んでくれたこと、そしてそれによりこんなに素晴らしき人と出会わせてくれたこと」
左手の薬指に輝くのは、白銀の指輪。
大切な人との絆の証。
その輝きと共に、クライスは剣を掲げる。
「この一撃、私の育ての母より受け継ぎ、そして、産みの母たる貴女への餞としよう……」
刃に籠めるのは、己の全て。
生まれ、育ち、別れ、出会い、今に至るまでの全ての人生。
「森羅万象を制し、一天四海を断つ……』
森羅流終ノ型・天地開闢。
知らず、こぼれた涙が夜風に散って――。
その一閃が、捻じれ歪んだ一つの縁を断ち切り、別れを告げた。
●
「……クライス」
呼びかけるリディアに応えることなく、うつむいたままクライスは佇む。
(「まあ、こういう殺しは辛いよな」)
その姿に、キサナはそっと息をつく。
その思いがわからないわけではない。むしろ、誰よりもわかるとも、思う。
彼女もまた、それをやった身であり――、
(「――オレは、それを乗り越え『ちまった』人間だ」)
だから、寄り添えない。寄り添わない。
そうすべき相手は、別にいるのだから。
「……見ていられんな」
「お役目は果たしました。なれば、これ以上は……」
アレンの背をそっと押すと、双牙は振り返り、鼓太郎と共に歩き出す。
そうして、
「……おっと、おじさんはお邪魔虫かな?」
「事務作業は引き受けますので、お二人はどうぞご自由に」
アレンの胸に顔をうずめて、静かに身を震わせるクライス。
そんな二人の姿に、瓔珞は安堵の息を漏らし、斎も小さく一礼すると帰路につく。
後に残るのは二つの影。
今はもういない、誰かを思って涙を流す二人を、空の星々だけが見守っていた。
作者:椎名遥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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