微睡みの花

作者:芦原クロ

 とある庭園の池。
 白やピンク、黄色、赤、青、オレンジ……様々な色のスイレンが一面、池に咲きほこっている。
 美しく幻想的な光景に観光客は見惚れ、水の上に咲く大きな花を、写真におさめたり、ただ眺めたりと、各々楽しんでいた。
 幼い少女が一人、池の近くでしゃがみこんでいる。
「知ってる? スイレンの花を採ろうとするとね、魔物が出て来て池の中に引きずり込まれちゃうんだって」
「おねえちゃん、おどかさないでよ」
 少女に背後から話し掛けた姉は、少し意地悪く、それでも妹への愛情が伝わる眼差しで少女を見ていた。
「お母さんもお父さんも、待ちくたびれてるだろうし、早く戻るよ」
「待って、おいてかないで」
 姉が背を向けたことで、ようやく少女は立ち上がり、進もうとした矢先。
 池の中から伸びているツルのようなものが、少女の足に絡みつき、池の中へ引きずり込もうとしている。
 謎の花粉がとりつき、スイレンの1つが攻性植物化したのだ。
 パニックになって姉を呼び、それに気づいて助けに入ろうとした姉は一瞬の内に、無残に焼かれた。
 妹も水中で絞め殺され、姉妹を殺めた異形は巨大化し、他の観光客に襲い掛かり、美しかったその場所は鮮血にまみれて死体が重なり、凄惨な光景に変わった。

「スイレンか。優しさ、信頼、という花言葉が有るな。美しい花だが……」
「攻性植物と化したようだ」
 霧山・シロウ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0315)の言葉に、空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)が続く。
「ああ。空鳴・熾彩さんの調査のお陰で、攻性植物の発生が予知出来た。急ぎ現場に向かい、攻性植物の撃破を頼みたい。放っておけば、多くの命が失われるだろう」

 敵は1体のみで、配下は居ない。
 一般人の避難誘導は、警察などが迅速におこなってくれるので、ケルベロスたちは降下後、池から這い出て来た攻性植物を迎撃すれば良い。
 戦闘に集中していれば敵の意識も、ケルベロスだけに向けられるだろう。
 池の近くが戦場となる為、池に落ちて他のスイレンを傷つけないよう、少し注意が必要だ。

「ケルベロスの優しさを、俺は知っている。そして、確実に撃破してくれると信じている。死傷者が出ない平和を、どうか守ってくれ」
 深く頭を下げて、真剣に頼み込んだ。


参加者
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
サイファ・クロード(零・e06460)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
 

■リプレイ


「スイレンか。綺麗な花だよな」
 池に咲きほこるスイレンを横目に、空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)が呟く。
「有名な画家がテーマにし続けたというのも、なるほど頷けます」
 伊礼・慧子(花無き臺・e41144)が同意をし、スイレンに、そして池に視線を移す。
「沼に引きずり込むとは穏やかではありませんが……妖精に例えられるほど、うつくしい面影ですね」
 学名の由来を思い浮かべながら、慧子は一人納得する。
「一般人の避難誘導の必要はなさそうなので、私達ケルベロスは、敵との戦闘に集中出来ますね」
「避難誘導が不要なのは有難い」
 ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)の言葉に頷くのは、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)。
 ゼノアの猫耳がピクリと動き、目尻がつりあがっているその双眸は、池に向けられる。
「おっ、そろそろ来るカンジ?」
 サイファ・クロード(零・e06460)がゼノアの反応に気づき、友人のニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)に視線を送る。
 ニュニルはピンクのクマのぬいぐるみを、大切そうに、腰回りにリボンで固定した。
「来ます!」
 フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が注意するよう、凛とした声で仲間たちへ伝える。
 直後、水面が揺れ、異形がその身を巨大化させながら、這い出て来た。
 敵と一定の距離を保って、素早く戦闘態勢に入る、ケルベロスたち。
(「スイレンの攻性植物ですか、素敵な花言葉を持つ綺麗な花ですけど、それが攻性植物となったからには容赦はしませんよ」)
 池には落ちないよう足場に気をつけながら、ミントは大地を蹴って跳躍。
「まずはその素早い動きを、封じてあげますよ」
 煌めきを描く、重い飛び蹴りを叩き込んだ。


 敵は怒りの咆哮をあげ、禍々しくも恐ろしい雰囲気を色濃くする。
 だがケルベロスたちは怯まない。
「美しい庭園は静寂であるべきだよ。キミはこの場所には相応しくない」
 ニュニルが優雅に、容赦ない言葉を敵へ発し、クロノワは翼を羽ばたかせて仲間たちの耐性を高める。
「本格的に暑くなる前にひと暴れしたいってのは分かんないでもないけど」
 サイファが笑みを浮かべ、爆破スイッチを片手に持つ。
「でも残念。ここはそーゆー場所じゃないんだなー」
 スイッチを押して爆発させ、爆風にさらされた前衛陣の士気を高める。
「さながら伸びすぎた草刈だな」
 日頃から闘技場で3人と良く組んでいる為、上手く連携し、ゼノアは猫のようにしなやかな動きで、オーラの弾丸を放つ。
 Stella Polareは敵に喰らいつき、深い傷を負わせた。
(「この時期の人のココロを穏やかにする、優しき花。その花に取り付き、人を殺める攻性植物……」)
 ココロを大切に想っているフローネは、敵を見据える。
(「――ここで、討たせて頂きます!」)
 グラビティで小型治療無人機の群れを操り、前衛陣の警護をかためる、フローネ。
「葉を隠すなら木々の中」
 慧子が続き、足元に魔法の樹を呼び出し、もとのグラビティの効果範囲を広げ、後衛陣のジャマー能力を高めた。
 敵は、連携が途絶えた一瞬の隙を逃さず、灼熱の破壊光線を放つ。
 高威力を発揮しているゼノアを、真っ先に潰しに掛かろう、と。
 炎の光線がゼノアに襲い掛かるが、ぎりぎりの所でニュニルが庇い、代わりに負傷する。
「……凍て付き、眠れ」
 瞬時に敵を氷の中に閉ざし、回復の隙を作る、熾彩。
「ニュニル、大丈夫か!?」
 サイファが呼び掛けながら、急いでニュニルの傷を癒す。
 表情は、大切な仲間を傷つけた敵に対する怒りに、満ちている。
「ありがとう、大丈夫だよ。ボクよりも、サイファのほうが怖い顔をしているね」
 ニュニルは余裕を崩さず、微笑みを向けた。
 大好きな人が傷つかずに済んで良かったと、ゼノアに優しげな笑みを見せる、ニュニル。
(「……杞憂だったな」)
 ニュニルが重い負傷をせずに済んだことに、胸中で安堵するゼノアだが、静かな怒りを燃やす。
「……ちゃっちゃと終わらせるぞ」
 サイファと違って表情には出さず、短い言葉を零す、ゼノア。
 その間は、他のメンバーが敵の意識を引きつけ、攻防を繰り広げていた。


 味方の攻撃のダメージが増加する支援、味方の護りの強化、そして敵の攻撃力減退。
 徹底的にそれらを率先し、確実に敵を追い詰めてゆく、ケルベロスたち。
 回避能力も衰えた敵は痛烈な攻撃を、受け続ける。
 長いツルは焼かれ、切断され、ボロボロの姿をさらす。
 敵が反撃に出る前に、と。
 池のスイレンを傷つけまいと注意しながら立ち回る、フローネ。
 味方を護る盾は、紫水晶のように美しく輝いている。
「トパーズ・キャノンには、こういう使い方もあります!」
 フローネは飛び上がり、敵が池に吹き飛ばないよう、真上からアメジスト・シールドとトパーズ・キャノンによる鮮やかな光線を撃ち込む。
「その血の色が紅か蒼か……試してみるのも悪くない」
 回復は仲間に任せ、己は攻撃に集中しよう、と。
 俊敏に動いたゼノアは、一気に敵の懐へ入り、縦横無尽に敵の胴を勢い良く斬り刻む。
 ゼノアが繰り出す苛烈な暗殺術に、敵は苦しげに蠢き、身悶える。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 仲間の姿をした残霊が槍を縦横無尽に振るい、ミントが銃を構え、連続射撃。
 残霊は槍の突撃、ミントは強烈な一発の弾丸を撃ち込み、息の合った怒涛の攻撃を仕掛けた。
 敵がよろけ、生じた隙を好機とし、慧子が雲雀殺で月光の如く緩やかな弧を描く。
 斬撃は、敵の急所を的確に斬り裂いた。
「睡蓮の花言葉は……信仰、信頼、清らかな心。美しい水面の庭に、惨劇は不釣り合い。ボクらがお掃除してあげよう。ね、マルコ?」
 クマのぬいぐるみにそっと語り掛け、クロノワと共に回復重視の行動をとる、ニュニル。
「クロノワがBS耐性を、全体的に撒いてくれたら、キュアの必要性が下がって嬉しいね」
 戦闘のさなかでも、ニュニルは余裕の有る態度で、クロノワに語り掛ける。
「マナーの悪いお客様はご退席くださいってね」
 サイファは充分にエンチャントを付与し、負傷者も居ないのを確かめてから、攻撃に転じた。
「スイレンには妙な言い伝えもあるみたいだが……そんなものは敵ごと跳ね除けてやろう」
 無害な花を傷つけぬよう注意を払いつつ、パズルから、魔法現象を発動させる熾彩。
 竜を象った稲妻が、敵を目掛けて放たれる。
 ニュニルとサイファの安否を確認後、ゼノアは全身に力を溜めた。
 トドメを刺そうと、超高速の斬撃を浴びせる。
 高威力の斬撃によって敵は両断され、完全な死を迎えた。


「戦闘の余波で足場が脆くて池に……なんて、洒落になりませんし」
 しっかり確認を怠らない、慧子。
 戦闘で荒れた部分をヒールで修復し、各々が気を遣っていた為、スイレンは1つも傷つかずに済んだ。
「スイレンは花よりも葉っぱが気になる派……なんか涼し気でいいじゃん」
 池に視線を向け、スイレンの葉を指差すサイファ。
「オレ、ガキの頃葉っぱに乗って旅できるんじゃないかって思ってたんだよね……や! 今はそんなこと思ってないってば!」
 仲の良いゼノアとニュニルに笑われ、慌てて首を横に振る、サイファ。
「乗れそうに見えますよね、子供ならではの可愛らしい発想です」
 ミントがフォローを入れると、サイファは落ち着きを取り戻した。
「んー、オレは花より団子派だから、カフェで美味しいものにお呼ばれされたい感はある」
 サイファは仲間たちに視線を移す。
「仕事の後の一杯って別格だよなあ。ってことで、おヒトツいかが? カフェの前に観光や買い物したいって場合もちゃんと付き合うよ!」
「私もカフェでのんびりと過ごしたいですね」
 皆でカフェに行こうと提案するサイファに、ミントが真っ先に賛成し、一行はカフェへ向かう。
「何か軽食と……アイスを貰いたいな」
「最近暑いですので、チョコミントアイスとか頂きたいですね。熾彩はどのアイスにしますか?」
 メニューを見て少し悩む、熾彩。
 友人の妹である熾彩に、ミントは気さくに話し掛けた。
「チョコレートアイスにしよう。……うん、おいしい。雰囲気も良いし、いいカフェだな」
 熾彩は満足げにアイスを食べ、ミントと共にのんびりしている。
 水ようかんと煎茶を味わいながら、カフェでゆったりとした時間を過ごす、フローネ。
 穏やかに微笑むフローネの視線の先は、スイレンが咲いている池だ。
 一般人も戻り、美しい光景と平穏な日常が広がっている。
「働いた分は、しっかり食っておかんとな……」
 ホットドッグとコーラを買い、ニュニルとテラス席につく、ゼノア。
 食欲旺盛なゼノアは、程なくして完食。
「ん~っ、おいし。やっぱり夏はこれだね」
 チョコミントのカップアイスを食べ、爽やかな口溶けを楽しむ、ニュニル。
 ホットドッグのソースで指が汚れているのに気づいたニュニルは、ゼノアの手を取り、ティッシュで拭いてあげる。
「……んっ、綺麗になった♪」
「有難うだ」
 ゼノアはニュニルの頭を優しく撫で、礼を口にする。
「おっ、2人ともガーデニングショップに行くのか?」
 フレーバーティーとシフォンケーキを注文していたサイファが、店を出ようとしているゼノアとニュニルに気づき、声を掛ける。
 暫し言葉を交わしてから2人を見送った。

 ガーデニングショップに着くと、ニュニルはゼノアの袖を持ちながら、花々や苗を眺めていた。
「ゼラニウムの花言葉は、君ありて幸福。マリーゴールドは、聖母の黄金の花。という意味で……」
 ゼノアにいいところを見せようと、花についての知識を披露する、ニュニル。
「今から植えるとなると夏に咲く花だね。ゼラニウム、マリーゴールド……コスモスもいいかも。ゼノは何が良いと思う?」
「花の蘊蓄は相変わらず良く分からないが……俺ならトマトとかナスとか選ぶだろうか」
 ゼノアの返答を聞き、食べ物の話になっていることに、クマのぬいぐるみと共にくすくすと笑う、ニュニル。
「むう……」
 笑われたゼノアは、指先で鼻を掻いて、難しい表情をした。

「ガーデニングショップ、ですか」
 店内の人気メニューや季節限定モノを注文し終えた慧子は、思わずぽつりと呟く。
 華やかな香りとすっきりとしたジャスミンのフレーバーティーを味わっていたサイファが、興味が有るのかと話し掛ければ、慧子は少し考えてから、首を横に振った。
 命を育てるということにプレッシャーを感じるのと、大きな住宅向けのものだと思い、断念したのだ。
「がっつり食べたい感はあったんだけど、こう暑いとさっぱりしたのが食べたくなるんだよな」
 サイファはそう言いつつ、ホイップクリームがたっぷりのシフォンケーキを食べている。
「んんー、やっぱ甘いモンは正義だよな!」
「すごい量のクリームですね。サイファさんは甘いものが大好きなのですね」
 慧子の言葉に、スイーツ好きのサイファは幸せそうに頷いたのだった。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月17日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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