攻幼の影

作者:雨屋鳥


 球体が浮いていた。
 黒い球体だ。黒雲の惑星に雷がひしめくように、銀の塵に光が輝く。
 東京都市部、東京焦土地帯にしたはずのそれらは、居場所を失い、移動を始めていた。
 その一つ。魚群。空を泳ぐ死神の群れ。光輪持つ数十センチの魚型の死神が、十メートルほどの群れとなって、東京都市、その一角に姿を現したのが、その球体の正体だった。
 無数の個の集合体。
 ただ本能に従い群れを成し、そして、餌を、敵を見つければ我先に食らいつき貪る。
 人ひとり、狙われてしまえば、たちまちに骨の一欠けらすら残らず喰らい尽くされるだろう。
 いや、そうではない。
 東京都市部。浮かんだ球体。その周囲に人の影は無い。血の跡も、争った跡も無い。ただ、ジオラマをひっくり返したように車が転がり、ビルの硝子は破れて散らばっている。
 住民たちは素早い避難により、危険を回避した。そう考えるには、その魚影が球体を作る周囲は生活感と、日常から乖離した痛い程の静寂に溢れていた。
 まるで、逃げる事も抗う事も一切許されぬ間に、全て、その血の一滴まで喰らい尽くされたように。
 それらは餌が無くなったことに気付いて、やがて、誰ともなく移動を始めていった。


「焦土地帯から安全圏への侵略はまだ収まっていないようです」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は当該地区の地図を示しながら告げる。
 焦土地帯を追い出されるような形で、東京都市へと逃れてきた死神。
「個体として、際立つ個体があるわけではありません、しかし、群れで一つの統一意思」
 つまりは、危機への対処、欲への渇望。
「そう言ったものが感じられます。本能を元に無意識、無自覚に群体として成立している、といえばいいのでしょうか」
 その群れを一つの生物と考えると、その思考はひどく単純なものになる。
 食べられるものを食べ、生き残る。
 それのみ。故にこの魚群は、群れで個として成立し、同時に、無数の無秩序として存在している。
 ある意味での長所であり、しかし十分な短所とたりえる。
「連携も無く、襲い続ける無個性な群体、そういった敵です」
 ダンドは、これを迎撃する為にケルベロスがするべき事は一つ、だと告げる。
「避難は、警察や消防、その他協力者の主導で行っていただきます。皆さんには、避難行動への補助を行わず、デウスエクスを引き付ける為の囮となってもらいます」
 より膨大なグラビティ・チェインを持つケルベロスであれば、ただ立っているだけでも死神たちはおびき寄せられる。
 今回に限っていえば、避難の協力をする事自体が住民たちにとって危険となりうる。
「より早く非難が完了した地域に待機していただき、これを迎え撃ってください」
 個体としては、ケルベロスの敵ではない。
「ですが、これを放逐すれば、ともすれば強力なデウスエクス一体の脅威よりも深刻な被害が齎される可能性もあります」
 この魚群が落とす影を許すわけにはいかない。
「これを、撃滅してください」
 ダンドは、そう話を締めくくった。


参加者
奏真・一十(無風徒行・e03433)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 車両の一つ走らない大通りの交差点で、豊かに育った褐色の肌をふんだんに晒すアイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)は、赤信号に変わったばかりの静かな横断歩道の白線の上を渡りながら、予感を感じさせる風に振り向いた。
「おー」とそんなアイリスはどこか幼さの残る声色を聞いた。
 空に黒点が見え、膨らむように姿を明瞭にしていく。
 それを双眼鏡を覗いている死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が捉えて声を漏らしていたのだ。
「凄まじいですね……」
「うん、まるで映画みたいだ」
 刃蓙理の目測で二百は下らない。いや、三百は越すだろうか。その群れが我先に、黒い蛇のように無人のビルの間をケルベロス達へと迫り来る。肉眼で十分に見えるようになり双眼鏡を外した刃蓙理に、アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)は頷いた。
「来てるね」
 明らかにケルベロス達目掛け、猛進しているのが分かった。
 遠くで避難の音が微かに聞こえるが、より上質な餌に群がる姿にCG映像に似た現実離れ感がある。
 一際風が吹き荒ぶ。
「まさか己が生餌になる日が来るとは」
 強い風にビル街の居酒屋の店頭に置かれた幟が激しく音をはためかせて、突然に静まり返る。
 鮮魚、と書かれた文字が目に入ったのかレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が銀瞳の中で呆れを見せた。なまじ、日頃釣りに興じる事もあるが故に、余計に妙な気分だ。
「生餌というか、撒き餌というか。……そのとおりなのだが」
 人の気のしないざわつく静寂に僅かに眉をしかめながら、奏真・一十(無風徒行・e03433)が零した言葉に、足元で青いボクスドラゴンが呆れたように息を吐いた。
 その言葉にヤマネコの耳を震わせた比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が上手い事を言う。と呟くように返して、杖にしていた如意棒を蹴り上げ、体ごとに回してそれを薙げば、燈る火炎が群れから飛び出してきた黒を――撒き餌に釣られた魚を打ち弾いていた。
「でも」
 炎撃を放つと同時に、有刺鉄線で敷いた陣にグラビティ・チェインを通して、敵の牙を鈍らせる。睨み上げる瞳に如意棒の火が映り、細められた金の瞳孔が瞬く。
 その一体の攻撃が合図だったのか。
 球体となりつつあった群影が一斉に牙を剥き、津波が爆ぜるようにケルベロス達へと襲い来る。
「食われやる気はない」
 爪立てる様にアガサは地面を蹴り飛ばし、火炎の乱舞がそれを迎え撃つ。


 これだけの数を、一度に相手取る。というのは中々にない経験ではあった。
「でも、いつも通りだね」
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)はその表情を曇らせる事も無い。全身から殺気を周囲へと打ち放ち、迫る魚影に構えるのは二丁の拳銃。
 腕に並べたリボルバーとオート拳銃、形の違うそれらには弾丸を込めてはいない。刹那、銃口から吐き出されたのは、確かに弾丸だった。それも一発ではなく、装填すらせず無数に弾丸が駆け抜け。
「ようこそ」
 津波のような黒へと放たれたのは、弾丸の嵐。グラビティ・チェインを弾丸として精製し、無尽の弾幕が、その一発も漏らす事無く蛇の如く首を向けた魚影を正面から迎え撃つ。
 的確に放たれる無数の弾丸に仰け反り、怯んだ先頭が壁となって勢いの弱まったその一瞬。仲間が壁になると悟ったのか、魚影は四方へと跳び出してケルベロス達を包み込むように周囲へと飛散し、そして、呑み込んだ。
「き、た……!」
 アガサが、無数の牙に己の体を省みず、如意棒を振るって叩き落としながら、注意を集め始める。
 その瞬間。
「ああ、良い位置だ」
 一十が、笑みと共に踵でアスファルトを叩く。
 さながら、巨人がビル一つを捻り折るかのような轟音と共に、彼の足を中心に無数の亀裂が交差点を走り抜けていた。
 飛び出したアガサが、浮く瓦礫を蹴り宙へと駆け。そして、一十の砕いた亀裂から罪を焼き潰す地獄の業炎が、アスファルトを砕きながら吹き上がった。
「……っ」
 アトリが防御陣を更に重ねて、牙に傷つけられる仲間を治療し、空を見上げる。
 数分も経たず理解できる。攻撃は甘いが、攻撃を庇い動くアガサたちの仕事量が多い。
「……キヌサヤは楽しそうだけど」
 嬉々として魚に突撃していくアトリのウイングキャットはむしろ楽しげですらあるが。それでも疲弊は早いはずだ。
 なにせこの数。
 魚影に阻まれた空は黒く光鱗が雲となっている。
「が、ぁ――!」
 そこへレスターが肺に吸い込んだ熱風を竜の息吹へと変え、銀炎を放射すれば、局地的な上昇気流と旋風が巻き起こっては轟音と共に駆け昇り、炎が魚の雲を突き抜け、空を取り戻していた。
「頼もしい限りだが、まあ」
 ケルベロスでなければ瞬く間に肺を焼かれて死んでいるだろう。
 広がった魚影の三割程を包み込み顕現した地獄絵図に、傾いた瓦礫に足を掛けた玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は髭が焦げるような熱風を身に浴びながら、手の中にライターを握る。
「霞むな」
 どこかもどかしげに笑む。
 元々過剰な派手さは好まないが、それはそれとしてである。陣内は、戯れにこぼしながらライターの石を弾く。炎獄に自分の力を見失わぬようにか点したライターの火が風に消え。
 彼が瓦礫を蹴り、斬霊刀を抜き放って桜舞う残撃を見舞っていく、その上空。
 火炎纏う風に煽られた空から、火の雨が矢弾の如く降り注いでいた。
 数も数、容赦ない攻撃に燃え尽きる個体も見えるが、膨大な数にはまだ大打撃とまではいかない。
「……とはいえ、あまり一点集中も、良くない……ですよね」
 吹き上がり、降り注ぐ炎の、その外へと意識を向けながら刃蓙理は、味方を盾に攻撃を加えてくる群れの動きを意識する。
 あれが、正面に来たとき、全く手傷の無い状態であるのは好ましくない。
 と、いうよりも、数に押し切られる典型例とも言える。
 刃蓙理は、己の五指の間に纏う死に似た力を紡ぎだす。練り上げた黒魔導は、握る指からすり抜け、獄炎を抜け、鱗の海を抜け。
「……ボン」
 握る指を開けば、その先で黒泥が発現し、爆ぜた。それは炎ではない、腐敗し汚染する、呪いの泥。それが破裂する衝撃と共に撒き散らされたそこへと、追撃の巨大光弾が蠢く怪魚を薙ぎ倒していく。
「ふふ、すごいすごいっ!」
 アイリスは炎の上を踊るように進み、瞬く間にこの世とは思えぬ光景と化したステージに、凍てるような鋭い音を奏でる。跳ねる音は衝撃となり、舞に合わせて振るう腕に纏う冷気を巻き込んで、炎天を裂く氷となって飛び荒べば、リリエッタが撒き散らす弾丸に穿たれた燃える怪魚へと吸い込まれて、その体を凍らせ分断させていく。
 それでも倒れない敵へとサキミが、水流のブレスで撃ち抜いて的確に止めを差すのを見ながら一十は仲間の治癒に専念していた。
 アトリの感じていたように一撃は浅く、手数がただただ多い。与えた加護も2分持てば上々。加護の付与をアトリに任せ、治療のみを視野に入れながら目を走らせる。
 とはいえ、陣内のウイングキャットへと月光の癒しを与えながら、この瞬間を乗り切れば、この力の引っ張り合いじみた単純な力比べを優勢に傾けられるという確信があった。
 始めに作り出した紅蓮に焼かれた怪魚の数が少ない。
「支えきれば……」
 好機は、その瞬間に訪れた。


 アイリスが振るった氷刃が怪魚を断った瞬間に、彼女へと襲いかかった別の魚をキヌサヤがその牙を食い止め、リリエッタの銃弾がその脳天を抉り貫く。
「ありがと、リリエッタさん!」
「うん。それにしても」
 両手の拳銃を絶え間なく撃ち続けながら、冷気と刃を生み出すアイリスと踊るように、リリエッタは、むぅ、と無表情にどこか頬を膨らませているような雰囲気を滲ませる。
「タフなのか弱いのか、分からなくなるよ」
「いっぱいいるものね。大漁大漁、って感じ」
 海や水族館で見れたら綺麗なのに、と呟いたその時。
 一瞬、雨が凪ぐ様に絶え間なかった牙の応酬が止む。
「……、っ」
「来た」
 アイリスとリリエッタ、二人ともが、いや、ケルベロス達がその期を確かに捉えていた。
 アトリは素早く、仲間へと目を配る。危うい状態の仲間はいない。
 敵のバランスが崩れた。
 己へと突っ込んできた魚へと引き抜いた銃撃で怯ませた刹那に振り上げた脚撃。纏わせた赤黒い影でそれを八つ裂きに切り捨てながらアトリは、渦を作るように旋回する魚群を見つめる。
 レスターの竜骨の大剣が銀炎に滾り、上段から振り下ろしたそれに容易く怪魚を潰しながら、チ、と舌を打つ。
「張り合いがねえな」
 粒一つは叩けば脆く、群れれば流れとなって呑み込み押し流さんとする。
 延々と声もなく落ちる落ち葉を箒で掃き捨てているような感覚さえ覚える。途中から数を数えるのも諦めた。目を逸らす間に吐き出した炎に朽ちているものを数える手間も惜しい。
 憎悪もなく、恐怖すらなく、レスターは己に食らい付こうとした魚に刃を向けた。その時。
 その魚の瞳に何かが瞬いたかと思えば、瞬時に全身が炎に包まれて朽ち落ちた。
「……またか」
 一度ではない。銀の炎でなく、内側から燃えるそれは、陣内の業火に紛れて放った火の雨がもたらしているのだろう。
 負けてはいられない。純粋な数では勝っているだろうが、しかしそれで納得できる性分でもない。目指す己の姿が前にあるのであればそこに至らねば気がすまないのだ。
 鉄塊剣を握る掌が軋み上げる。
「陣っ!」
「助かる」
 陣内は、自分に牙を剥いた魚を拳で殴り飛ばしたアガサへと礼を言う。庇いに来れるとしって防御を放棄したように見えた、と肩で息をする彼女に睨まれながらも、誤魔化すように周囲に注意を払い続ける。
 数の多い相手が羨ましく思えるほど、盾役は戦場を駆けずり回っている。陣内も全身噛み傷だらけで強がりも含んでいるのだろうが、少し涼しげな表情も癪だった。
「アギー」
 再編し再び動き始めんとした群れへと、火炎球を浮かばせた陣内がそんなアガサへと目配せを遣った。
「はい、はい……っ!」
 呼び掛けに込められた、もう少し働いて、という意思に、アガサは両腕を地面へと叩きつけた。グラビティ・チェインが張り巡らせた鉄条網の如きケルベロスチェインを駆け巡り――。
 途端、その陣から無数の棘が空へ、空を泳ぐ魚の群れへと襲い掛かった。
「温い、っ」
 縫い止めた魚群へと火炎球を撃ち放った直後。雪崩のごとく再びの急襲をアガサの如意棒の火炎薙ぎと、陣内の桜花の剣閃が破った間隙に。
「隙、ありだよ!」
 好機を逃さず、アイリスが放ったファイアーボールが、爆発を連ねて火炎をばらまいていく。
「アガサさん!」
「……っ」
 アガサが言葉の代わりに爪で裂くように掌を払い、呼び掛けに返事する。
 烈風。
 魚群が天隠す雲であるならば、それを吹き散らす風が薙ぎ払っていく。
 その風に竜翼をはためかせ。
「――いい加減に、仕舞だ」
 牙の嵐も炎の渦も、彼を止めるには至らない。一足に距離を詰め、レスターが風も音も置き去るように駆け抜けた。
 天を隠す鱗ですらかき消せぬ銀の輝きが瞬く。
 銀の炎を纏う右腕。それが握る竜骨剣が唸りを上げ、白銀の一閃が魚群の影そのものを切り裂いていく。
 研ぎ澄まされた暴虐な斬撃。
 切り伏せられた怪魚が次々と消え失せるのを背後に、レスターは着地と共に振り返った。
 気付けば、魚群の大きさそのものが目減りしているのが分かる。もはや数える程に。陣内のウイングキャット、その爪撃がまた一つ叩き落し、その数が減る。
「大詰め、だね」
 そうして、レスターの剣戟を耐えた者へと追撃が放たれる。地面に走る亀裂から吹き上がる地獄の業火が後方へと吹き上がり覆い被さっていく。
「アトリさん」
「うん、決めよう」
 一十は振るった鎖に炎を纏わせ、業火から逃れた一体を絡めとっては大地へと叩きつけ、アトリへと視線と言葉を向けていた。
 交わされた短い言葉に、治療役として両翼を担う二人が攻撃へと転じる。駆けたアトリへと左右から挟撃せんと迫る怪魚に、彼女は脚を止め右へと意識を集中させた直後。
「こっちは任せて!」
 左から迫ってきた怪魚の横顔を盛大に殴りつける腕があった。アイリス、彼女が腕に装着していたパイルバンカーが怪魚を叩き落し、その勢いで片手倒立の体勢のまま地面を見上げたアイリスが、その機構を作動させる。
 パイルバンカー、その杭が絶対的な冷気を纏い射出し、怪魚の体を食い破ったのだ。
 単発、しかし盛大な威力の音と、軽い着地の脚音を背後に聞きながら。
 アトリは風を薙ぐように、右脚を鋭く振り上げていた。纏う影が、咢を開く怪魚の口を裂き斬り。
「まだ、まだっ」
 ――連撃、更に旋回し、左脚での突蹴を以て、その魚の胴体をなで斬りにする。
 そうして砕ける魚の傷の向こう。
 二人のケルベロスが残る怪魚へと狙いを定めていた。
「……終わり、ですね」
 刃蓙理の声に、リリエッタが銃口を残る怪魚へと向け。
「一網打尽だ」
 リリエッタの声に、刃蓙理が消滅の魔法弾を生成し。
 そして。
 同時に、それらが放たれ。


 静寂が戻っていた。
 静かに音を響かせるのは、黒鱗が尾を泳がせる音ではなく、人の声。
 ケルベロス達の声だった。
「はー、疲れた疲れた」とどこか言葉に反して爽快さを感じさせる声色を発していたのはアイリスだった。
 熱風に満ちていた交差点に吹いた通常の風で、熱した肌が冷えていく感覚が心地よかったのだ。
 爆弾が局地的に降ったのかという壊れ方をする交差点へヒールを駆ける足取りも軽い。
「……暑い」
「……」
 それに反して、アガサと陣内は、ややげんなりと汗を垂らしていた。夜行性の動物の因子を継ぐ彼らは、急激な温度変化にやや弱い。いや個人差かもしれないが、戦闘中の方が話していたまである。
 そんな草臥れた彼らから少し離れた場所で刃蓙理は、警戒ついでに全身のストレッチを施しながら、焦土地帯の方角へと視線を飛ばしていた。
 死翼騎士団とは関りのないデウスエクスだったのだろうが、それでも思わずにいられない。
「妙な事を……企んでなければ、いいのですが」
「今回は、大丈夫みたい」
 呟いた声に、返されたのはリリエッタの声だった。
 周囲に残敵が潜んでいないかと、偵察していた彼女は、それらしい気配も影も無かったと告げれば、それを聞いていた一十が、そうか、と表情を明るく輝かせていた。
「手早くヒールも随分済んだ事だ、避難していた人達に伝えにいかなくてはね」
 と、手続きに踏み出した一十を見送ったアトリがキヌサヤへとしゃがみこんで。
「よし、今日はお魚沢山用意しようか」
 夕餉の話をする。
「……決めた」
 そんな声を聞き流し、レスターはふと呟いた。
 今日の晩飯は刺身だしよう、と。
 日が暮れていく。
 勝ち取った平和な夜が、焦熱を冷やしていくようだった。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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