忘れられた浜辺の自動販売機

作者:baron

 海開きにはまだ早い地域の浜辺。その一角に古びた看板があった。
 それはカレーと栄養ドリンクのポスターで、昔ながらの看板だろう。
『D! リンクー!』
 奇声が上がったかと思うと、ガコンとナニカが飛び出して来た。
 エネルギーに満ち溢れたソレは周囲を薙ぎ払い、ドリンクどころかまるで小さな爆弾だ。
『当たった当たった当たった』
 カキーン! ドンドンドン!
 どうやら当たりくじ付きらしいが、これほどまでに迷惑なアタリも珍しかろう。
 周囲に液体爆弾がばらまかれ、あるいは熱湯と化した御汁粉が飛び散ったのである。
『グラビティを投入してください。グラビティを投入してください』
 そんな言葉を発しながら、近くにあった白く薄汚れた自販機が動き始めたのである。


「いまは使われなくなった海岸に放置された自動販売機がダモクレス化してしまいます」
「……ここは確か、深くて流れの速い場所でしたわね。危険だから閉鎖されたとかいう」  張り出された地図を見てカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が首を傾げた。
 そこは彼女が調査した場所の一部であり、どうして閉鎖されているのか不思議だったのでよく覚えている。周囲も海水浴場くらいしかなく、閉鎖区画からもっと便利な浜辺に中心が移ったはずだ。
「はい。いまでは寂れているようですが、逆に言えば人々を巻き込まないという利点もあります。今の内に対処をお願いしますね」
「このダモクレスは古い自動販売機を元にしており、当たりくじが本当に出るころで、温度管理ができる前という辺りでしょうか。冷凍弾・熱線そして液体爆弾で攻撃してきます」
「そういえばこのころって、自動的に切り替えできなかったわねー」
「どうせ入れ替えるジュースはともかく、コーヒーもわざわざ業者が入れ替えるんだよな」
 能力的にはよくみるものなので、どちらかといえば昔話に花が咲く。
 もっと前には当たりくじが無かったり、もっと後にはパンやお菓子の販売機もあったとケルベロスたちは昔を懐かしんだ。
「古い物が淘汰され残らないのは残念ですが、人々を襲わせるわけにはまいりませんわね」
「はい。周囲に被害が出る前にお願いしますね」
「任せとけって。今からは熱くなるから、プライベートビーチだと思っていってくらあ」
 こうしてケルベロスたちは相談しながら目的地に向かうのであった。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
影月・銀(銀の月影・e22876)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)
メガ・ザンバ(グランドロンのミュージックファイター・e86109)

■リプレイ


 封鎖された浜辺はどこか薄汚れていた。
「いかに持って所だな。さーて、ケルベロスになっての初依頼だぜっと」
 メガ・ザンバ(グランドロンのミュージックファイター・e86109)が良く見るとゴミがあちこちにある。
「誰も使わなくなった場所などこのような物でしょう」
 それでもゴミを捨てて良い場所ではないが、影月・銀(銀の月影・e22876)は特に気にしなかった。
 情緒よりも有用かどうかを気にするタイプだ。
「でもまあ綺麗にさえすれば、ちょっと早めのプライベートビーチ?」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は背伸びしたり、目の上に手で庇を作って覗き込んでみた。
 ガラスなどは落ちてなさそうだし、油などで汚てはいない。
 目につくゴミさえなければ、十分にビーチを愉しめるだろう。
「例の自販機くん以外は何もなさそうだし、これはお弁当と飲み物を持ってきて正解だったわね」
「ダモクレス……。まさか私の危惧していたダモクレスが本当に現れるとは」
 エヴァリーナの言葉にカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は溜息を吐いた。
 廃棄家電型は家電ゴミさえあれば何処にでも現れる物だが、それでも予想が当たって楽しいという事もない。
「私が直々に出向いた以上、さっさと倒してしまいましょう。人もいないようですしね」
「そうですね。ですが念のために結界を張っておきましょう」
 カトレアが周囲を見渡すと、銀は頷きつつ人払いの結界を張った。

 暫く後、どこからかガコンという物音が聞こえて来る。
「待ちくたびれたわ。自販機が売れ残りとはいえ飲み物を粗末にするなんて笑えない話ね」
『どど、D、リンク。ドリンク・ルーレット』
 それから数分も経ってないが、ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)はすっかりイライラしている。
 性格もあろうが音声の壊れた自販機はうっとおしいことこの上ない。
「自販機かー、うーん……ちはるちゃんはあれだよ、ナウなヤングだから昔のことは分かんないんだけど……」
 颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)は可愛く口元に指をあて、過去の記憶を探ってみた。
 どう考えても彼女の生まれる前の機械だ。見た事なんか……待てよ?
「あ。押してみるまで何が出るか不明な、わくわく感たっぷりのやつは見たことあるー! あれ設置した奴ほんと今さらだけど名乗り出てくんないかな。真夏に熱々のお汁粉とコーンポタージュだけ詰めるってどういう神経してんの?」
「それはコーヒーだけ売れたというやつでは」
 ちはるが見たのは昔の自販機を再利用したものだ。
 公式の即販ステッカーではなく、自作の『何が出るかな?』という感じのポップの紙が貼ってある。最悪、不人気だけの詰め合わせもあり得た。
「浜辺の喉が渇く環境で役に立っていた機械でしたが……人間がその恩恵を忘れて放置してしまった結果ですね」
 エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)はそもそもヴァルキュリアなので古い物を見ることはない。
 しかし友人の中には当時の様子を知る者もおり、なんとなくそういう話にはついていける。
『グラビティを投入してください。グラビティを投入してください』
「投入しろと言うのであればこのグラビティを込めた弾丸を投入してあげましょう。……物騒な商品は必要ないのだけれど、ね」
 それはそれとして、敵は常に動き続けているのですぐそこまでやって来る。
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は油断せずに、ビハインドのアルベルトを置いて前に出た。
 敵は遠距離型だと聞いている。射程に入ればいつ戦闘になってもおかしくはないだろう。
「なら思いっきり攻撃グラビティを打ち込んであげましょう」
 エレスもそれに続いてアウレリアとアルベルトの中間に位置する。
 敵の様子を伺いながらいつでも攻撃でも援護にでも移れる態勢へ。
「うーん、相手は俺と同じ機械、か……ちゃんと機能停止させてやっからゆっくり休めよ? みんなーいくぞー~♪」
「それじゃあ……さあ、ヤーッておしまい!」
 メガが円筒形のボディに人間の頭を揺らしながら応援歌を歌い始めるが、ファレは戦いに夢中になり始めており気にならなくなっていた。
 例えコミカルな姿であろうとも、悪の女幹部の姿に変身した彼女も大概である。
 いや、正気を燃料に燃やし始めたファレにとって、夢中を通り越して戦い以外に何もない。

 双方が距離を詰めた後、僅かに速かったのはダモクレスの方だ。
 ガコンと音がしてナニカが飛んでくる。
『グググ、グレート!』
「ダモくーん、こっちにジュースとお汁粉ちょーだい」
 敵が投げつけてくる間に向かって、エヴァリーナは砂浜を駆けた。
 その様子はまるでビーチバレーのようではないか。
「万が一の時はこちらで抑えるわ」
「はーい。寒天ちゃ~ん。おねがいー」
 アウレリアが後方に走り込むと、エヴァリーナは周辺にオウガメタルを展開した。
 それは彼女たちの周囲を覆い、同時に支援の為に動き出す。
「良い戦いの幕開けですわ。その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 流体金属の幕が薄く広がりゆく中で、カトレアは深紅の刀を握り締めて飛び出した。
 グラビティで恋人の動きを再現しながら、踊る様に二人分の斬撃を浴びせていく。
 そこに居るのはあくまで一人であるが、彼女が攻撃役でありしかも火力の高い技ゆえに、実際に二人いるかのようだ。
「先に行かせてもらいますね。それはもう……使い物になりません」
 エレスはアウレリアの影から飛び出ると小さく棍を振るった。
 そしてダモクレスを軽く小突くのだが、ただそれだけで自動販売機としての搬出口が歪んだように見える。
 それはエレスの作り出した幻影であり、傷口を覆うことで相手の機能に影響を与えようとした。
「そのまま朽ち果てなさい。あなたには似合わないわ。私と違って当初の目的が違うのだから。人のいなくなった場所で海風に晒され朽ちて逝くとしても……」
 アウレリアは黒鉄の銃を握りすかさずダモクレスを撃った。
 場所はエレスの狙った周囲。幻影のある辺りだ。
 元が戦闘用……正しくは殺戮様であったアウレリアにとって、戦闘用ではなく人々を潤すための自動販売機は眩しい存在だった。
 その罪が生まれる前に止めようと、攻撃の元を壊そうとしたのである。
「チャンスはっけ―ん。いっくよー」
 ちはるは砂浜に手を当てるとグラビティを放った。
 ズザザ……と砂が浪うち、このサンドウェーブに乗るしかないねっ。とダモクレスを埋めに掛かる。
 その瞬間である。敵の搬出校が白く爆発した。
「あら不良品? 飲み物を粗末にすると、そういう風に罰が当たるのよ?」
「ちょっ、まっ……。いや、何でもなーい。勝てるならなんだっていーや」
 それはファレの爆破であり、一言で言うとオリュンポス流マッチポンプの術。
 ちはるは見ていたので目を真ん丸にして犯人発見と言おうとしたが、よく考えたら敵に対するイタズラくらいは見てみないフリをしても良いだろう。
「……火力はともかく、あの影響力は脅威ですね。まずは対抗手段を用意しましょう」
「おおっ。人数が増えた。こいつはスゴイぜ。頑張れー凄いぜー俺たちの仲間はケルベロス~♪」
 銀は螺旋の力で空間を歪めると、盾役の姿を二重写しにする。
 まるで分身したような光景に、メガは思わず応援の歌にも力が入った。
 そのまま刀で切りつける姿はコミカルどころかシュールなのだが、銀は何時も鉄面皮を浮かべて涼しい顔であったという。

 戦いは数分の時間が経過し、戦場にはお汁粉やジュースが飛び交った。
 阿鼻叫喚の地獄絵図、まるで子供たちの集団が暴れたかの如く。
 だがしかし、ここで戦うのはケルベロス達であり、挑む相手が自販機型のダモクレスだ。
「そっかー、きみも熱々お汁粉を出してくる自販機なんだね。分かった、中から刻んでやる」
 後方に撃ち込まれて合われたちはるだが、キャリバーであり妹分であるちふゆ達がカバーしてくれたので助かった。
 盾役たちにお礼を言いつつ、次々に印を組んで手刀を構えた。
「おいで、有象無象。餌の時間だよ。――忍法・五体剥離の術」
 そして仲間の攻撃で剥き出しに成っている敵の内部に手を突っ込み、掌に描いた術を撃ち込んだのである。
 それらは虫を呼び出し、内側から食らっていくのであった。
「いーねいーね、戦いはこうじゃなくっちゃね! あーっはっはっはっ!」
 ファレはライフル構えてトリガーを引いた。
 足を留めるから危険なのだが気にしない。きっと仲間が守ってくれるから大丈夫!?
 という訳でもなく、単に夢中になってぶっ放しているだけだ。
「そろそろまたアレが来ますね。仕方ありません。負傷度的には微妙ですが……行け」
 銀は敵味方の様子を確認して、靴底を踏みしめると自分の周囲に風を起こした。
 そして風を一瞥すると冷淡に声をかける。すると烈風が前衛に居る仲間たちの周囲を覆い、飛び散るお汁粉やジュースを吹き払っていく。
「それ、もう少しだ。行けるぞ! 諦めるな。良し当たった! ……うん?」
 メガは戦いの中で何度か攻撃を外すこともあったが、何とか当たる様に成って来たのを自覚する。
 仲間たちの援護もあってこそだが、切りつけた際に自販機がガタガタ震えるのを感じた。
「来るぞー! 負けるな。そうだ。このまま打ち返してやる!」
『当たった当たった。おお……大当たり―!』
 メガが警告すると、ダモクレスは搬出口から無数の缶を吐き出していく。
 途中で歪んだ口に当たって勢いを落とすのだが、それでも大量に撃ち出されるのが面倒くさい。
 そのうちメガは刀をバットの様に構えて、打ち返してやろうかと思うのであった。
「大量大量……じゃなくて、これ爆弾? いーらーなーい」
「そういう訳にもいかないでしょう。叩き落として防ぎますよ」
 エヴァリーナはジュースやお汁粉ではなく、液体爆薬だと理解してやる気がなくなった。
 そんな姿にアウレリアは苦笑しつつ、仲間たちを守ろうと奮戦する。
「先ほどの炎、そしてその傷口を、更に広げてあげますわよ!」
 カトレアが余波である足元の炎を消すと薔薇の飾りを付けた靴が現れる。
 そして再び深紅の刃を握り締めると、空間を引き割きながら斬撃を浴びせた。
 すると今まで表面上で絶えていた炎攻撃に耐えられなくなる。内部も虫たちに食い荒らされており、一気に燃え広がったようだ。
「私の眼に宿すのは魔が力、夜空に浮かぶ凶つ星。あなたの心を穿つ人は……だぁれ? あなたに宿る禍つモノは……なぁに?」
 エヴァリーナは回復よりも攻撃した方が速いと判断し、瞳に魔力を灯してダモクレスを垣間見た。
 さすれば過去の記憶を呼び覚まし、自販機であったころに受けたくないと思った衝撃のダメージを思い出すはずだ。
「このままフェィナーレと参りましょう。弱点は……そこね。遠慮なく突かせてもらうわ」
 アウレリアはダモクレスの姿を観察すると、的確にパーツの一部を貫いた。
 そこは隔壁など残った防衛機構の集まる場所で、ますます炎の勢いが広まりあるいは支えている足元が朽ちていく。
「炎が大変そうですね。ではその炎を消して差し上げましょう……正しくは、何もかもなのですが」
 最後にエレスが幻影で覆った。
 炎も虫もなく、それどころか装甲版や飲み物の搬出口の無いガラクタだ。
 それがガショックだったのか、それともダメージに耐えられなくなっただけか、それっきりダモクレスは動かなくなる。

「美味しいドリンクありがとう、おやすみ……。でも自販機さんのトラウマってどんなだろ? それとも斜め45度とか」
「昔の機械は調子が悪くなると叩かれていたと言いますね」
 エヴァリーナとエレスは人伝に聞いた話を思い出しつつ、誰も居なくなって錆びて行くことかとちょっとした議論。
「……もう人は来ない場所だと言うけれど念の為に、特に閉鎖区画の警告看板や深くて流れの早い場所の注意書き等が損なわれていないか確と確認しましょう」
「そうだな。元は危険な場所だって言うし」
 アウレリアが弔いながら修復や確認を促すと、メガ達は四方に散って手分けした。
 幸いにも周辺は砂浜なのでヒールするのは看板くらいだ。確認しつつ、ついでに掃除。
「こんな所かしら?」
「どうやら終わったみたいだねぇ」
「目立つゴミも拾えましたし、歩いた人が怪我することもないでしょう」
 暫くしてカトレアとファレが周囲を確認すると、銀はゴミを一か所にまとめた。
「みなさまお疲れ様。このあとはゆっくりと寛ぐとしましょうか」
 ここでカトレアはみなを労い一応の終了を告げた。
「……飲み物と食べ物あるよ~。欲しい人言ってね。着替え用に直しはしたけど、やっぱり海の家は壊れてたから」
 エヴァリーナは陰に入れて溶けないようにしておいたクーラーボックスを取り出し、水着に着替えることは可能だと告げた。
「外も暑くなりましたし、水浴びも気持ちいいですわね」
「海かー……どうしよっかなー……」
 その言葉を聞いてカトレアが海水浴を促すと、ちはるは周囲の一部分を見つめる。
 泳ぐとしたら水着になるわけだ。着替えたら確実に比べられるよね? 誰とは言わないしナニとは言わないけどさ!
「折角ですし海で泳いでいきましょうか。去年のは持って来てますし……。そろそろ新しいのも欲しいと思うのですけれどね」
「小道具が必要なやつがいたら、幾らでも言いな。貸してやっからさ」
 エレスが何かを体に合わせる仕草をすると、ファレは持ってきた荷物を担ぎ上げる。
 二人の動きはまるで別なのだが、一部が強調されているように見えた。
 それは錯覚である。大きい分いつも揺れているのだが、水着の話が出たから注目しただけだ。
「……いいや、隠密服のまま泳ご……。遠泳訓練でもしよ……これでも忍者だもん泳ぎは得意だよ、得意……」
「そうですね。場所が場所ですし用意はしてますが……。折角の機会だ。水練をしていこう」
 ちはるがトボトボと歩き始めると、銀は訓練用の水着を取り出した。
 ちふゆはいつの間にか繋がれた紐に引っ張られ、そのまま引きずられていく。
「ちょっと待ちなさい。私たちはまだ着替えが必要なのですから」
 着替えに行こうとしたアウレリアは、ビハインドであるアルベルトが海に飛び込もうとするのを止める。
 捕まえて置かなければ駄目そうだが、他の子が既に着替え中なのでそうもいかない。
「参加者が俺以外全員女性とは思ってもみなかったな……俺は海岸清掃でもしておくかなぁ……」
 メガはそんな騒ぎに背を向け、このまま掃除でもすることにした。
 こうして一同はそれぞれのペースで、早めの海を愉しんで帰還するのであった。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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