彩色リフレイン

作者:朱凪

●繰り返す
 とある日の午後。
 光の翼を持つ少女は、鱗の翼を持つ青年に訊いた。
「今年は、なにもしないの」
 語尾は上がらないけれど、それは彼女にとって確かな疑問文。さくさくのアップルパイをひと齧り。蜂蜜のたっぷり入ったレモネードで流し込み、彼は「そうですねぇ」相変わらずの返答を零す。
「大変な時期ではありますが、今年も企てましょうか」
 繰り返すと言うのも、良いものです。そう続けた彼に、彼女は問う。
「なにを」
 そのペリドット色の瞳に、彼は宵色の三白眼を悪戯っぽく光らせて彼女の下げるランタンの灯りを指し示した。
「癒しを求めるなら。夏の走りに、花火なんていかがです?」

●あのときと、今と
「Dear達を花火に誘ったのは、2年前の冬以来ですね」
 暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はそう言って地図を広げた。
 そこはただただだだっ広い、なんにもない場所だった。
 その地図を覗き込んで、ユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)は首を傾げる。
「あのときみたいに、線香花火、するの」
「もちろん、それでも構いませんし。今回はちゃんと打上花火の手配もしましたよ。お好みの種類が打ち上がるといいですね」
 こともなげにそう言って、彼は集まってくれたケルベロス達の顔を見渡す。
「日本の夏はどんどん暑くなってますからね。むしろ今ぐらいの時期が丁度良いでしょう。……って調整したら、ちょっとした屋台も出ることになってしまったので。花火を中心に、軽い夏祭り──の気分で来てもらえたら」
 射的、金魚すくい、綿飴、りんご飴、エトセトラ。
 「浴衣、着る」首を傾げるそれは、ユノの疑問文。「どうぞご自由に」チロルは笑う。
 相棒のヘリオン・ハガネにぽんと手を触れ、空を見上げる。梅雨時には珍しく、すがしい晴天だ。
 これなら花火もさぞや綺麗に見えることだろう。
「時を経て、変わったこと、変わらないこと。あるでしょうか。そんなことは置いといて、ただ楽しむのも歓迎です。ただ他者に迷惑は掛けないこと、これだけ約束してくれるなら」
 言ってチロルは幻想帯びた拡声器をひと撫で。そのマイクを口許に添えた。
「では、目的輸送地、夜華咲く初夏の宴、以上。良ければ俺と一緒に、行きましょう」


■リプレイ


 浮き足立つひとの波をキースは泳ぐ。
「金魚すくいをしてたら打ち上げ花火に間に合わなくなるぞ」
 買ったばかりの焼きそばが人波に浚われぬよう気を付け、やりたいと変わらぬ表情に如実に描いて立ち止まった魚さんに声を掛ける。
 綿飴を買い与えてようやく歩き出した家族に肩の力を抜いたものの、目は離せない。
「気を付けて歩くんだ」
 と。告げたとき見付けた。
「あ、チロル」
 おめでとうと告げたキースの表情は、チロルの目にはかつてより柔らかく見えた。今から花火を見に行くのだと彼は口角を上げた。
「今日は大変だがとても楽しい日だ」
 チロルも楽しむんだぞ、と。キースが祈るのに、彼も返す。
「Dearにも同じだけの幸福がありますよう」


「……射的、楽しいぞ」
「いーのいーの」
 首を傾げつつサイガに押されるままに移動していくティアンを、アイヴォリーは笑みを湛え追う。
 辿り着いたのは輪投げ小屋。真剣勝負? もちろん。
 なにせ奢りが掛かっている!
 投げる行為なら慣れてると余裕綽々で放ったサイガの環は、高得点の棒にまっすぐ飛んで──通り過ぎた。
「……あり」
「ふふ、五点ですね。今宵はまだ呑んでませんし、勝てる気しかありませ──あぁっ?!」
「はい零てーん」
「ま、まだまだですよ!」
「ふわっと落ちるのがなかなか難しいな」
 やいのやいのと数を重ねたカラフルな投げ環は棒の周囲に散って鮮やかに、まるで、
「オイオイもう花火始まってんじゃーん」
「サイガもたった十点だぞ」
 煽る彼をすごいなとティアンがいつも通りの白い顔で見遣れば、アイヴォリーは歯を噛み締め、最後の一投を放った。
 ──これが填まれば勝利の祝杯が呑める……!
 至極俗っぽい天使の願いの結末は、

「っはぁ……! 幸せです!」
 ほかほかのチーズ入りたこ焼きに舌鼓を打ちながら杯を重ねるアイヴォリーに、サイガはアップルサイダーを煽りつつ自らの財布を顧みる。いや。これで終わりじゃない!
「なにも奢りは一種とは決まってねえよなあ?」
「ティアンも射的はうまくなったんだぞ、ほんとうだ」
 もきゅもきゅとたこ焼きを食べてティアンも言えば、天使はふふりと胸を張る。
「ええ、なら次は射的勝負と行きましょう!」
「……次の勝負前に酔うなよ、アイヴォリー」
「いや、射的は」
 そんな三人の頭上で、どん、と鮮やかな環が咲いた。


 じゃじゃ~ん、おれっす! そう言ってユノの前に飛び出したのはベーゼとミクリさん。
 屋台巡りツアーに誘われたなら、彼女が肯かないはずもなく。
「浴衣いいっすねえ、似合ってるっす」
「あ、ありがと」
「また夏が来るんだなあ」
 感慨深げにたこ焼きをはふはふ頬張る彼の陰で耳を朱に染めつつ、ユノは丸いそれを吹き冷ましてミクリさんにあげればミミックはがっちゃがっちゃと全身で食べた。
「あ、」
 ベーゼの目に留まったのは、射的と金魚すくい。にっこり笑って彼は振り返る。
「ユノはどっちやってみたいっす?」
「! 金魚すくい」
「へへ、じゃあ俺と競争っす!」
 まけないっすよう、と袖捲りの仕種をする彼にユノもペリドットを輝かせて肯いた。


「すごい……お店がたくさん、ありますね」
 きょろり、きょろり。周囲には初めて見る屋台、初めて袖を通した浴衣。縦縞に銀鼠沿う柄の後ろ姿を、縞柄の浴衣の最中は微笑ましく眺める。
 彼自身とて久々の屋台に心浮き立つが、
「初めてなら一層でしょうね」
「あ、焼きそばですか」
「屋台を見ると食べたくなってしまうのです」
 眉を下げて笑う彼に肯いた鏡花が釣られたのは舟皿のたこ焼き。
「これは。どうやって食べるの、でしょう」
「こう、串で持ち上げてパクリと。一気に行くと、」
 藤の瞳瞬く彼に最中は笑い、手本を見せようとした先を察して鏡花もふぅふぅ──、
「……はふ。あふい」
「遅かった。大丈夫ですか?」
 でも美味しいですねと湯気立つ口許に、はいと緑色のシロップ掛かった氷を差し出したなら、互い色のついた舌を見せ合って笑ったりして。
「お腹が膨れたら射的や輪投げで遊んでみますか」
「射的、やってみたいです」
 空には夜華が咲き、照らされるすべてに惹かれる心は忙しなく。
 ふたりは笑って歩き出す。


 女性がばかりに見えなくもない顔ぶれ──エルムが淡藤の女ものの浴衣に袖を通しているから尚のことだが──の髪に揺れる簪は三者三様。
「ふふ、かんざしトリオだね」
 言ってレモン味と謳うかき氷を口に運んでアンセルムが笑めば、青い舌をわざと見せて環は笑い、赤い氷を手にしたエルムも微笑み返す。
 射的では互いの狙いが入れ違ったり、金魚すくいでは数を競い合ったり、仲良しトリオはひと足早い夏祭りを満喫して、
「……あ、いいもの発見」
「あ、アンちゃん?!」
「あ、アンセルムさん、環さん。あんまりふらふらしてたら……ああ、」
 はぐれちゃいますよ、と。
 言うまでもなく雑踏に消えたふたりへ、エルムは苦笑する。
 少しして、藍の浴衣と桃梅の浴衣が彼の許へ戻ってきたその手には、
「ウィスタリア。突然だけどボクからのプレゼント」
「おっと、奇遇ですね。実は私からもあるんです」
「……僕に、ですか?」
 環の芍薬の簪と、アンセルムの髪に差した簪。それは互いに贈り合ったものだが、キミにはまだだったからと。
「エルムさんの誕生日の花個紋が透かし彫りになっている平打簪……だそうですよ」
「日頃の感謝ということで」
「……ありがとう、ございます」
 思いがけぬ驚きに言葉が詰まる。どうしよう、凄く嬉しいけれど、返せるものがなくて。
 そんな彼の髪に環は簪を差し、アンセルムは寝ているシマエナガのマスコットをその手に抱かせた。
 くしゃと破顔した彼が伝えたのはたどたどしい素直な気持ちと、
「……二人とも誕生日は覚悟しておくんだね」
 ほんの少しの、照れ隠し。


 ふたりが出逢ったのは、りんご飴の屋台の前。
 白を基調にした浴衣のイズナと、いつもと変わらぬ身軽な服装のファファ。
「ネコチャ、打上花火が気になるぞ!」
「ふふ、花火のよく見えるところ、探そっか!」
 ぶんぶん尻尾を振り振り、ぴこぴこ揺れる耳にイズナも周囲を見回す。打上花火に並んだ屋台。
 ──もう、どんな調整したらこうなっちゃうのかな?
 さすがだよね、と。思ったとき見えた件の竜に「チロル」イズナは駆け寄り、満面の笑みで小さなケーキボックスを差し出した。
「誕生日おめでとう! 今年はわたしのアップルパイと、屋台のだけどこれもあげるね」
「ありがとうございます、Dear。超会議のも美味しかったですよ」
 くまさんと共に祝いに来ていた少女にも「はい、ユノにも」りんご飴を差し出せば、傍にいたファファも、
「お前誘ってくれたやつだ! 誕生日だったのか、おめでとな!」
 と、告げたとき。どん、と夜空に大輪の花が咲いた。ピンっ、とファファの尻尾が立つ。
「おー、空に花が咲くのか! 綺麗だなー! 故郷でも空に咲く花なんてなかったぞ!」
 ああでも。ファファの耳がぺたりと伏せる。
「すぐに散っちゃうのかー」
「ふふ。大丈夫、すぐまた咲くよ!」
 イズナの言葉の通り、空を明るく花が照らした。


 今度一緒にやろうね、と。
 躑躅柄浴衣のクラリスが下げるゲーム機。
 チョコバナナのクレープを手にヨハンは肯きつつも、己の射的の結果に僅か遠い目だ。
 苺のクレープを頬張っていたクラリスがそんな彼の口許にそれを突きつける。
「一口交換、しよ」
「ええ」
 勝利の味のお裾分け。生クリームを唇につけた彼に、ふふと彼女はそれを拭い微笑んだ。
「初めてクレープ屋さんに行った日のこと、思い出すね」
「そ。そうですね」
 それは一年ほど前。今では自然にできる交換にも互いに戸惑ったあの頃。
「恋をするなんて、あの頃は全然考えてなかったよ」
「……そうでした」
 友人同士だった。けれどいつしかあたたかなぽやぽやが胸を埋めて、このヒトになら自分を見せられると思った。
「素の自分を見せてくれるのが嬉しくて、いろんな場所に連れ出したよね」
 ──そう。それも幸福だったから。
 彼は手を差し伸べる。
「……僕は、空の花も好きなのです」
 観に行きましょうと誘ったなら、彼女もその手をしかと握った。
「うん、私も観たい!」


 ふたりの足が止まったのは、輪投げの小屋の前。
 動いた望月の瞳に、ゼノアはこういう遊びはガキの頃以来だとそう告げて。放った環は、見事狙い通りに収まった。
 シャーリィンに「……やろう」差し出したのは受け取ったばかりの、景品台に座っていた黒猫のぬいぐるみ。彼女はそれを抱き締めた。
「ありがとう……ゼノアくん。たいせつにするわね」
 蕩けるように和らいだ彼女の表情を、同じく柔らかな笑みで見つめる空気を震わせた音。
「……もう始まっているな」
 すいと繋がれた彼の掌が、夜明けを迎えたあの日を境に。

 ──こんなにも温かいのだと知った。

 色鮮やかな光の華々が咲き誇る。
「……今までお前とは月ばかり眺めていたが、こういった光景もいいものだな……」
 並んで座った横顔を窺うと同時、絡んだ視線。彼女の腰を抱き寄せ、ゼノアは空を見る。そしてシャーリィンは、そっと瞼を伏せた。
 ──今のわたくしなら、夜空の大輪の脇に淑やかに咲くことは、赦されるかしら。
 貴方のきれいな瞳に、それが、映るなら。


「エア、こっちだ」
 手招いたゼフトへ手を振って、エアーデは星空柄の浴衣に淡いピンクの帯を揺らして駆け寄る。
「お待たせ」
 隣へ座った彼女へ、彼も表情を緩めた。
「エアの浴衣姿も久しぶりだな。花火そっちのけで見惚れそうさ」
 相変わらずの胡散臭さ。けれどそれが本心であることをエアーデはもちろん知っている。ありがとうと笑み返し、
「この浴衣は一番お気に入りなの」
 告げたとき、咲いた彩花に思わず空を見上げた。『た~まや~!』なんて、ふたりで声を揃えてみたり、ふたりで顔見合わせ相好を崩したりして。
 ゼフトは優しくエアーデの肩を抱き寄せ、彼女の長い耳に唇を寄せた。花火、綺麗だな、と。
「だけど一瞬しか見れない。でも、俺の隣にはずっと側にいてくれる花火みたいに明るくて綺麗なエアがいる。そのどちらも独り占めしてる俺は本当に欲張りで幸せ者だ」
 率直で飾らない台詞に、彼の肩に頭を預けて。
「ありがとう。そう言ってもらえたら本当に嬉しいわ」
 彼の頬へ触れた唇は優しく。


 空を彩る光の華。
 ──この風物詩を初めて知った時、私は何を思っていたのだろう。
 消え去らぬ苦痛ではなく。色褪せぬ幸福でもなく。
 ──取るに足りない、思い出せないような過去が自分に出来る、なんて。
 ジゼルは胡桃色の瞳に色とりどりの炎を映して佇む。……願わくば。
 大きく膜を打つ音の後、さらさらと流れる花火に耳を澄ませ、律も口許に笑みを刻む。
「花火の美しさは変わらないのに、それを見る自分の気持ちは変わってゆく……」
 幼き頃はただ綺麗とはしゃいでいたのに、歳を経る毎にそこに籠められた意味を知って、理解して。
 ──これが大人になるってことなのかな。
 すいと動かした視線の先。照らされる美しいかんばせに。
「……さてジゼル、屋台も色々出ていることだし射的で勝負しないか?」
 しなやかに手を差し伸べた律へ、ジゼルは瞼を伏せた。
「ふむ、今日くらいはエスコートに甘えるとしようか」

 いつかこの長い旅の終りが来るとしても。
 願わくば旅の途で見知った者全てが、健やかであるように。


 屋台で買ったお供を携え空に咲く花火を見上げ、その彩りがより鮮やかに見通せる場所で翼と和奏は、感想を零し合う。
 死線をくぐり抜け、今。
「無事に花火を見に来られてよかった」
「なんとか揃って無事だもんな」
 自然と力が抜けるのはお互いさまなのだろうと判る。普段よりも気の緩んだ弟の瞳がただ花火を見つめる。
「……また、見られるかな。こうやって、一緒に」
 落とされた声。それから彼は我に返り「いや、告白とかそういうんじゃないんだけど!」言い訳を繰り返す。そんな弟に、
「ど、どうしたのよ、いきなり」
 和奏は戸惑う。花火を見る機会なんて山ほどあるじゃない、と。そして言葉の途中で思い至った。彼の、恐れること。
「……どっちかが死ぬかもしれないなんて……心配いらないわ」

 だって、約束したじゃない。

「今更無理なんて言わせないんだから」
 少し拗ねたような姉の横顔に、翼も口許に笑みを刷く。
「……ああ。約束、したもんな」
 破るわけにはいかないし。──破るつもりも、ないから。


 弾ける彩に照らされる横顔は、出逢った頃より大人びた。
 相好崩すシズネの視線にラウルが振り向き、薄縹が和らいだ。
「シズネは変わらないね。……ううん、違う」
 変わらないのは俺だ。ただ傍に居るだけじゃなく、最期の時まで共に在りたいなら変わらなきゃいけないのに。
「……怖いんだ。深く踏み込めば『今』が壊れてしまう気がして」
 震えたように見えたのが、気の所為だっていい。シズネは繋いだ手に力を籠めた。

「──今更、壊れたりなんかしない」

 日向色の瞳が、ラウルだけをひたと見据える。
 強く握るはずのその手が優しくて。ラウルは咄嗟に顔を逸らす。
 ──本当はずっと前から、判ってた。
 変わらぬ想いを。忘れていた感情を。
 ──君が思い出させてくれた。
「やっぱりシズネは変わった。……強く、なったね」
 それでも揺れた声は、心の在り様を映し出していたから。傍らの標は花火のように鮮やかに微笑んだ。
「オレが強く見えるってなら、それはおめぇがいるからなんだ」
 そんなこと、よく知ってるだろ?


「うおー!」
「こういう時ってたまやー! とか言うんだっけ?」
 並んで座って見上げた空に広がる彩り。白地に水色の模様の入った浴衣は普段と異なるのに、普段と変わらずこどもみたいに瞳を輝かせる雪斗にヴィはこっそり微笑む。
 夜華の咲く合間。ぽすり雪斗はヴィの肩にもたれ掛かり、紺地に白の格子模様の浴衣から伸びるその手を握った。
「……今年の夏もこうしてそばにいられて、嬉しいなぁ」
「うん。一緒の季節を迎えられて嬉しい」
 噛み締める、しあわせ。
 握り返された手に惹かれて見上げた、彼の横顔。その青空の色した瞳に映り込む、開いた彩花の耀き。
 ──ああ、
 視界の端に蕩けるような表情を捉え、どきりとヴィの鼓動が鳴った。同時、空花が咲く。

「……綺麗やねぇ」

 きれいなのは、夜空の花ばかりじゃない。
「……うん、綺麗だね」
 ヴィが心からの称賛を伝えると、嬉しそうに破顔する。それは特等席で眺める、ヴィだけが知る、しあわせの景色。
 心に描く願いは同じ。
 来年も、また──君と。


「チロル、誕生日おめでとうな!」
 ラルバの鮮やかな浴衣と手の綿飴に目を細め、チロルは礼を言う。
 ふたりの先にある射的屋台に瞬いた彼共々、やっていくかとグレインが誘う。
「勝った方が奢りにするか」
 誕生日でもそれは別だ。負けねえからな? と笑う友人にチロルも肯く。
「なぜ大人しく俺が勝負を受けたと思うんです、Dear」
 ぱん、と弾ける音と同時に倒れる的。
「わ。すげー!」
「嘘だろ。いや、俺も戦いなら……う、」
 普段銃を扱うならともかく、そうではないグレインに経験値は少なく。
「よっし、オレも」
 狙うなら高得点、棚の上のカッコいいフィギュアをよーっく狙って……。
「……もう一回な?」

 再び戻った雑踏を見渡し、ラルバは口許を緩めた。
 お師匠様もこういう空気が好きだって言ってたっけ。
「病気治ったら一緒に行こうって言ってたんだけど、な……。……いけね、祭りにしんみりしちまった」
 零した言葉に、チロルが口を挟む。
「その記憶も、大切な想い出でしょう?」
「、……そうだよな!」
 彼の指先が下げた拡声器に触れるのを、グレインはただ見遣る。

 プレゼントと言っちゃなんだけどとラルバのくれた焼きそばに、友に奢らせたかき氷。
 それと空に咲いた、しだれ柳。
「あれは余韻つうかじっくり楽しむ感じで好きだな」
 自らも氷を食んで告げるグレインに、いいですよねとチロルも返す。
 祭りの喧噪もどこか遠く。
 祝辞告げればきっと竜は笑うのだろう。


「あっ、あそこ座れそう!」
 駆け出した灯。「カルナさ、」振り返ろうとした彼女の頬に、
「ひゃっ?」
 軽く触れた冷たい瓶ラムネ。
「実は炭酸は得意では無いのですが、なんだかシュワシュワしたい気分だったので」
 悪戯気に笑うカルナが差し出すそれを礼を述べて受け取って。
 怖々舌を伸ばすアナスタシアの姿に微笑み、弾ける気泡の音に耳を澄ました。
「しゅわしゅわ気分、分かる気がします」
 お祭りの夜は幻想的で。
 そわそわする心に、しゅわしゅわが沁みる──。
「……あ」
 始まった花火の大輪は、色鮮やかに夜空を彩る。
 瞬きも忘れる灯の隣で、カルナはちいさく零す。
「すぐに消えてしまうのは寂しいけれど……だからこそ一瞬に輝く花火は美しいのでしょうね」
 その声に、灯の冴銀の瞳がぱちりと瞬いた。
「でも、カルナさんは、明日も明後日もいますよね?」
「、」
「だから何となく、時間が経つのも、寂しくないです」
 ふぅわり笑って首を傾げて。再び夜華へと視線を注ぐその横顔に、そうですねと聴こえぬ程度に返す。
「そうでありたいと、思います」
 今は。
 ──鮮やかな花火も弾けるラムネの香りも隣の横顔も。僕にとっては大切な──……。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月16日
難度:易しい
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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