●パラソル・パラソル
雨傘に日傘、和傘に番傘、アンブレラ。
水玉模様に小花柄、和柄、透明に蛇の目。動物柄。
呼び方や模様、色彩も様々な傘をひらけば、空に向けてちいさな花が咲くかのよう。
本日、街の通りで開かれているのは梅雨の季節を前にした傘の市場。
青に赤、黄色に白。和模様やドット、チェック等々。露店に並べられているのはたくさんの傘だ。シンプルな雨傘や上品なレースの日傘、晴雨兼用傘にジャンプ傘、繊細な和傘など種類も豊富。
ひらかれて飾られている傘は千差万別で色鮮やか。
これから巡りくる雨の季節や、暑い夏の陽射しを受けるために。ずらりとならぶ傘の中からお気に入りのひとつを選べば――ほら、あなただけの色に染まった季節がやってくる。
●雨の予報は午後から
「たくさんの傘、傘、傘なのです! 皆さま、パラソルマーケットに行きませんか?」
こんな催しがあるのだと告げ、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は明るく笑った。様々な傘や小物が一堂に会する市場は、ある街の真っ直ぐに続くストリートの中でひらかれているという。
広い道の左右に露店が所狭しと並び、傘や雨をモチーフにした商品やグッズを売る市場は賑わいを見せている。
「雨傘はもちろん、日傘や和傘も置いてあってとっても色鮮やかなマーケットになっているみたいで楽しそうでした。傘の形のアクセサリーや紫陽花の花、かたつむりさんのキーホルダーなんかも置いてあるらしいです!」
とても楽しげに語るリルリカは、ぜひ皆と一緒に行きたいのだと話した。
彼女のお目当ては新しい傘。ずっと使っている愛用の傘もあるらしいのだが、新たな傘との出会いにも期待しているようだ。
「リカもひとつ、びびっときた傘を買ってみようかと思ってわくわくしています」
それから、とリルリカはとっておきの情報を告げる。
午前は晴れ間が見えているが、実は午後からの予報が小雨だという。それはつまり、午前の内に買った傘がすぐに使えるということ。
「市場から少し歩いた先には広い森林公園がありますです。雨の中の緑地散歩ができるので、よければそちらもいかがですか?」
今の季節なら咲き始めた紫陽花や、昼顔、露草の花が見られる。
のんびりと傘をさして雨の日の午後を過ごす。たまにはそんな一日があってもいいはず。
「ではでは、リカは先に街に向かってマーケットを見て回っていますね。皆様もどうか、お好きな時間をお過ごし下さいませ!」
そういって微笑んだ少女の表情は以前と比べると少しだけ大人びていた。
何故なら、そう――今日は彼女の誕生日だったのだから。
●晴れ色
探していくのは晴雨兼用の傘。
エヴァンジェリンとしづかはそれぞれに傘を探し、市場を歩いてゆく。
まず目を惹かれたのは水色の生地に白いレース。手にとって開けば内側に青空が広がっていて、印象的な一品だ。
「これにしようかしら。しづかはどんなのが好き?」
エヴァンジェリンが選んだ傘にしづかが感心した。雨の日は空が二つ見られる傘はとても良いものに思える。
「素敵、ですね。わたしは……この、濡れると花模様の浮かぶ傘、でしょうか」
空と花。
並んで傘を広げると鮮やかな色彩が満ちた。
二人は顔を見合わせ、次はストラップに目を向ける。可愛らしいものがたくさん並べられた店先は見た目も賑やかだ。
「カタツムリの殻は恋のお守りなのだそうです」
「知らなかった。しづかは……恋のお守り、どうする?」
「……わたしは必要ない、ので」
しづかは彼女の問いかけにほわりと照れて笑った。エヴァンジェリンは紫陽花飾りを手にして、しづかは雫のガーランドを選ぶ。
紫陽花にはひたむきな愛という言葉が宿っているという。
それが誰へのお土産なのかと考えるのも楽しく、しづかは彼女と笑みを交わした。
新しい傘、隣にお友達。
憂鬱だった雨の日はこれからきっと、幸せな思い出になっていく。
●雨を探して
今年もこうして雨の季節がやってきた。
マーケットに訪れたロゼは、隣を歩くエルスに身振り手振りでことのあらましを語っている。ポツポツ降り出した空の涙に驚いて、パチンと傘を開けば――突然の強風にポキリ、傘の骨が折れてしまったという。
「あらら、それは……どんまい」
「そんなこんなで私は新しい傘が欲しいのです!」
「だったら今日、いいものに出会えるといいよね」
エルスの言葉にロゼは頷き、意気揚々と市場を歩いていく。進む先で視界にはいったのは満開に咲き誇る傘の花畑。
「どれにしますか? 素敵なものが多すぎますね」
「雨の日が楽しくなるのが良いですね!」
ロゼの目の前にあるのは絢爛の薔薇が咲いた傘。
こっちの星空は彼のようで、あっち猫模様は暖かなあのひとのようで迷う。
薔薇も星も猫も彼女らしいと感じたエルスは微笑ましい気持ちを覚えた。ふふ、と微笑むロゼはエルスが手にしている折り畳み傘を見つめる。
「あら、エルスさんはもう決めたのですか?」
「黄昏の空の色も、青空色も捨てがたかったのですが……これにしました!」
悩んで悩んでエルスが選んだのは、雨めいた水色の地に淡い色の紫陽花が咲く傘。そして、柄の先端には小さなカタツムリ。其処に雨の雫と紫陽花のストラップを付ければ、雨待ちの傘にぴったりの様相になる。
「私も決めました!」
そういってロゼは桃とさくらんぼと苺のフルーツ柄の傘を手にとった。
ゆるりと青い鳥のチャームをつけて、エルスの傘と並べればとても可愛い。
「うふふ! 雨が待ち遠しいです!」
「早く雨が降りますように」
そうして二人は空を見上げ、それぞれの傘をくるりと回した。
●初夏の向こうへ
近付く夏に向けて和傘を探す。
理紗が洒落た傘を探して歩く隣、千梨は軽く伸びをする。
市場は賑やかで巡る心地は穏やかだ。心は保護者、見た目は不審者。そうは見えないかと考えた千梨は辺りを見渡す。
色とりどりの傘は花のよう。
それらに目移りしている様子の理紗は普通の娘のようで微笑ましい。
ふと彼女の過去も過ぎったが、今は年相応に感じられた。もし未来を想像して笑えそうなら背を押したい。そんな大層な未来でなくても、例えば――。
「もうすぐ夏だな……」
少し先の話だって立派な未来の話だ。
「そうね。だからちゃんと選びたいの。所長はどんな傘がいいと思う?」
「狐々は、小さな野の花のイメージだが偶には大輪の花も良いかもな」
「……大輪の花」
夏の花といえば向日葵や朝顔だが、理紗の中に浮かんだのは睡蓮の花。暫し二人で探してみると、上品な雰囲気の和傘が見つかった。
これにしましょう、と決めた理紗は千梨を見上げる。
「どう? 似合う?」
理紗の傍ら、頷いた千梨は朝顔の傘を選んだ。睡蓮と朝顔が並ぶ様は涼しげだ。
そんな中、理紗はそういえばと口を開く。
「所長はもう少し、探偵の方の仕事を増やしてもいいと思う」
「……ああ、狐々。向こうに違う店がある」
「所長、話をわざと逸らしてる?」
仕事の話は聞こえないフリした千梨はゆっくりと歩き出した。その後に続いていく理紗は、もう、と肩を竦めた。
それでも、こうして過ごす時間もまた良いもので――。
暫し、平和な買い物の一時が巡っていった。
●梅雨の色彩
雨ばかりで憂鬱な月の印象とは裏腹に、並ぶ露店は目にも鮮やか。
様々な傘が並ぶ通りを眺める蓮と志苑はゆるりと辺りを見て回っていく。
「此れだけありますと迷いますね」
「……これ、どうだ?」
志苑があちこちの傘を見ている中、蓮は或る傘を差し出した。それは何となく色合いが彼女に合いそうだと思ったもので、空色と淡い桜色の傘だ。
開くと桜色の部分が骨組みで枠が作られ、五枚花弁の形を模るものだ。空色に大きな桜の花が咲いたようで見た目も良い。
「まあ、とても可愛らしいですね」
傘をかざしてみると、花がふわりと咲いたかのように見えた。
雨の日が楽しくなりそうだ。あまりに綺麗でずっと見上げていたいくらいだと志苑が語れば、蓮が静かに頷く。
「……上を見過ぎてぶつかるなよ」
「そんなこと――」
ありません、とは言えなかったのは此の傘が魅力的だから。
午後は雨が降りそうだと感じた蓮は傘を蓮の代わりに持ち、午後の逍遥に誘う。
「傘、使ってみたくないか?」
「はい、行きましょう」
俺が差してやるから存分に上を見ていい。そんな素敵な誘いに満面の笑みで応えた志苑は、穏やかに頷いた。
やがて、雨粒が天から降り始め――。
共に歩む二人の時間が、ゆっくりと幕開けてゆく。
●花の小路
買ったばかりの傘を片手に紫陽花を眺める。
風に揺れる昼顔は愛らしく、ラウルとシズネはゆっくりと歩いていく。
青空の傘と星空の傘が並ぶ様は涼しげだ。早く雨を眺めたいと願っていた故に、ポツリと地面を叩く粒の音が聞こえたときはとても嬉しかった。
降ってきた! とシズネが瞳だけで彼に告げれば、柔い笑みと共に青空の傘が開く。
雨雫の中に青空が広がる。
「シズネも空、一緒に見る?」
「そうする!」
ラウルの申し出もまた嬉しくなること。自分も傘をさそうとしていたけれど、互いにさせば別々の世界に隔たれてしまう。
跳ねる雨音に声は消えて、きっとその手も繋げない。だから――。
一つの傘の下、青空の世界にただ自分達だけがいる。それがどんなに幸せなことか知ってるから、二人で小さな空の中へ。
「夜にはオレの傘を使おう」
そうすれば雨の日でも一緒に星空を見られるから。
シズネの言葉にラウルも頷き、彼らは他愛ない会話を交わし乍ら共に逍遥を楽しむ。
満ちる幸せ。緩む口許。
雨音のリズムを楽しみがら、こんなにも近くで君の声を聞ける。
昼間は空の傘を、夜雨の時は星の傘を差して、雨を迎えに行こう。
そして――。
君だけの星空を隣で見せて。特別な世界を、一緒に。
●重なる熱
空は雨模様でも気分は明るい。
その理由は買ったばかりの空色の傘と、黒地に赤の傘を広げているからだ。
さくらはくるくると傘を回し、ヴァルカンと雨の日のデートを楽しんでいく。
雨の音と、自分と、好きな人の声。それだけが満ちた雨の時間心地好い。唯一残念なのは手が繋げないこと。
「……むぅ」
交わす言葉も多くはなかったが、心は満たされていた。愛する人が隣にいること勝る喜びはない――はずだったのだが。
不意にさくらの不服そうな声が聞こえたことで、ヴァルカンも思い至る。
傘と身長差のせいで君の顔が見辛い。きっと彼女もそう思っているのだろう。そう思うとしっかり顔が見たくなって、手を繋いだり腕を組んだり、触れたくなってきた。
二人の思いは似ている。
けれどもさくらはそんな風に思う自分に苦笑して、紫陽花をそっと眺める。
しかし、そのとき。
「――さくら」
名を呼ばれて振り返るさくらの顔を、身を屈めたヴァルカンが覗き込む。
「紫陽花、夕顔、露草。雨に映える花々も良いが、」
俺にとって最も美しい花はやはり、いつも見ている桜の花だ。そう告げると同時に彼はさくらの顔を傘で隠して――そっと触れた。
重なったのは唇。
願っていたことが叶えられ、さくらの頬が淡く染まる。だけどきっと今日は家に帰るまで傘で顔を隠したまま。
何故なら。
(……こんな顔、あなただけにしか見せられないもの)
●ギフト
雨粒が地面に跳ねる。
ぱしゃりと雫を蹴って駆けていけば、黄緑の雨蛙のチャームと檸檬色の雨傘が楽しげに揺れた。アラタが迎えに行くのは雨の世界。
傘を打つ小雨の音。弾ける水の涼しさ。濡れた土の匂い。
緑を濃くする恵の雨だって、足取りを軽くさせるもののひとつ。
アラタの檸檬色の傘に並んでいるのは、共に散歩するリルリカが差す向日葵柄の傘だ。
似ているようでちょっと違う黄色。
いつもとは違う様相で、二人でお揃いの雰囲気を並べられるのは嬉しい。
「リルリカ!」
アラタは少女の名前を呼び、祝いの言葉と一緒に贈り物を差し出す。
それは淡い白に縁どられた放射状の萼。あの森に咲く万華鏡に似た、欠片が数字と連なったチャーム。
「わあ、これって……!」
「リルリカはいつも大切な人と一緒だ。だから、一緒に祝いたい」
「えへへ。ありがとうございます」
贈り物を受け取った少女は少し涙ぐんで、心からのお礼を告げた。
見守って。そう願ったのはアラタの方だから。
少女達の笑みと視線が柔らかく重なる中、雨の雫は心地好い音を響かせていた。
●ひととせ
小雨でしっとり濡れる草花は鮮やかで季節の巡りを感じさせる。
心なしか花も喜んでいるようだ。
ジェミは去年の夏にあつらえてもらった真っ白な和傘を開き、雨粒の音を聞いた。振り返った先には藍の星空の傘を広げるエトヴァがいる。
雨の雫に葉っぱ、傘も歌う一時。耳を欹てて歩けば楽しさが満ちていく。
「涼やかですネ。……景色が歌うみたいデス」
雨粒に音楽を感じる彼の声音もどこか音楽的に思え、ジェミは双眸を細めた。
「今は……ワルツかな」
長閑だけれどリズミカルな雨音。様々な音に耳を澄ませ、並んで歩を進める。
さわさわと歌う葉。ぽつぽつと奏でる雨。
傘を並べて踊る雨中のワルツはとても穏やかだ。
「見テ……綺麗なお花」
エトヴァが露草の色を示し、袖を引くのもまた心地好いことのひとつ。その中でジェミはこれまでを思い返した。
「もうすぐ、夏だね。家族になって――」
「ええ、三年目の夏」
秋には紅葉を眺め、冬には雪に触れた。
春には藤を愛でて、今年の夏は――どんな思い出を重ねていくのだろう。手を繋いで肩を並べてこれからも歩いていける。
そのことだけは確かだ。
エトヴァは季節を重ねるごとに増えていく思い出を大切に想う。
雨の音に守られ、胸に灯る安らぎ。感じるのは夏の気配。雨が宿す恵みと緑の先で、新たな日々が待っている。
「暑い夏も、君と一緒なラ、眩い日差しのように輝ク。君となラ――」
どんな季節も、美しい。
●青空と太陽
「この傘、気に入ったよ」
軽く掲げた傘をそっと回し、ウリルはリュシエンヌへ微笑みかけた。
「うん、ルルもこの傘とっても好き!」
大きな傘と旦那さまに守られる心地はとても良い。雨の散歩に彼の笑顔が重なる頭上には、二人だけの青空が広がっていた。
雨の日の逍遥もこの傘を差していればいつも青空。
晴れ晴れとした気持ちを覚えた二人は楽しさを抱き、共にゆるりと歩いていく。
咲きかけの紫陽花。雨滴を受けた昼顔。
眺める景色は快い。
ひとりで傘を差していたら、きっと上を見上げることはない。だからね、とリュシエンヌはウリルに告げていく。
「この傘をひとりで差すときは……うりるさんをお迎えに行く時」
「ルルが迎えに来てくれるなら幸せだな」
これからは雨が降ったら期待してしまうかもしれないとウリルが答えると、彼女もまた幸せそうに微笑んだ。
いっしょに帰るときにようやく見上げる傘の中の青空。
その真ん中には大好きな金色の太陽がある。そういって見上げる彼女の笑顔に微笑みを返し、ウリルはそっと寄り添う。
傘の陰で交わしたのはちいさな口付け。
今日の雨が優しく感じるのは、きっと彼女と共に居られるから。
「雨の日のデートもいいものだね」
「うん、うりるさんと一緒だから」
ぴったりと寄り添って歩く道程を、これからもずっと――二人で。
●雨をつれて
青いクラック模様の傘と、紫陽花の小さな造花。
マーケットで選んだ其々の品を手にした夜鷹とティアンは雨の小路をゆく。
「さっき買ってたの、どっかに飾るの?」
「そう、部屋に飾る」
薄墨の綾織の折り畳み傘をさしながらティアンは彼からの問いに答えた。軽く回した傘を夜鷹が買いたての傘と並べてみれば、何だか涼しげな雰囲気だ。
そうして、二人はゆっくりと逍遥を続ける。
雨滴が地に落ちる中で時折ティアンの長耳が揺れた。その様子を見遣った夜鷹は、彼女と二人だと妙に静かだと感じる。
木陰に凝る雨の匂い。しかし無言であるからこそ、そういったものにも浸れる。
――ああ、懐かしい。
雨を見て視線を巡らせる夜鷹の脳裏には、ずっと子供だった頃に覚えた草花の名が浮かんできた。指差しながら、夜鷹はそれらを並べて唱える。
「知ってる?」
ノボロギク、ハルタデ、ムラサキカタバミ。
するすると相手の口から出てくる名はティアンにとっては耳馴染みがない。目にしたことはあるが、初めて呼び名を知った。
「今、覚えよう」
「忘れたらまた聞いてよ」
ティアンがじっと野草や花を眺める傍ら、夜鷹は思う。水や自然の近い場所でばかりティアンと一緒にいる気がする。けれどそれもまた良い。
「今日のところはいつ止むかな」
「……雨か」
「ずっと、降ってればいい」
「そうだな、長く降ればいい」
静寂を埋める雨の音に耳を澄ませた二人は雨空を仰ぐ。
降り続く雨。
その雫は何処までも優しく、初夏の緑に恵みを与えていった。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年6月9日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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