和彩に薫風

作者:崎田航輝

 澄んだ青空に爽風の吹く日。
 細かな石畳が趣深い、和の色濃い路にも初夏の空気が満ちて──行き交う人々が和やかな賑わいを作っている。
 木造りの家並みが見えるそこは、ゆったりと歩むだけでも風流だけれど。その中に並ぶ和雑貨の店の数々が、訪れる者に人気だった。
 手に入るのは四季の柄や矢絣が美しい手ぬぐいや千代紙。花の飾りが優美な簪に、巾着袋や扇子も彩り豊かで千差万別。
 竹や籐編のバッグに、草履や下駄、浴衣に甚平と普段遣いにも出来る品も数多く。新たな季節の訪れに合わせ、人々は和彩に溢れた小物を手にとっては眺めていた。
 と──そんな店々の並ぶ道の上空。
 晴れた空から、ふわりふわりと漂ってくるものがある。
 それは謎の胞子。道の側を飾る柳の木に取り付くと、同化して動き出していた。
 道行く人々は驚き、逃げてゆく。ゆらりゆらりと蠢く異形の柳は──そこへ獰猛に喰らいかかり、無辜の命を引き裂いていった。

「集まって頂きありがとうございます」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日出現が予知されたのは、攻性植物です」
 和雑貨の店が人気の、とある道があるのだが……その一角に生えていた柳が攻性植物となってしまうようだ。
「現場は大阪市内です。爆殖核爆砕戦の影響で続いている事件の一つと言えるでしょう」
 放置しておけば人々が危険だ。
 この敵の撃破をお願いしますと、イマジネイターは言った。
「戦場は道の只中となるでしょう」
 道は幅広いため、戦うのに苦労はしないはずだという。
「周辺の人々も警察が事前に避難をさせてくれます。こちらは撃破に集中できるでしょう」
 お店にも被害を出さずに倒すことが出来るはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利できた暁には、皆さんもお買い物など楽しんではいっては如何でしょうか」
 美しいものから実用的なものまで、和雑貨が揃っている。気に入るものも見つかると思いますよ、と言った。
「そんな時間の為にも、ぜひ撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
内牧・ルチル(浅儀・e03643)
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)
ミアン・プロメシュース(瑠璃の処罰者・e86115)
 

■リプレイ

●蒼風
「我等ケルベロス、これより攻性植物の殲滅を開始します」
 ミアン・プロメシュース(瑠璃の処罰者・e86115)の真っ直ぐで真摯な言葉が、人々の背中を押していく。
 青空から爽風の吹く、和の彩の路。
 眩い陽の下でも涼やかな初夏の景色の中、人波は早々に戦場から離れていた。洗練された見目へ変身したミアンの声が、強く届いた故でもあろう。
 僅かの時間の後には、石畳を叩く足音もなくなってゆく。
 ただその中に一人──浴衣をしゃらりと靡かせ、道をそぞろ歩く姿があった。
 柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)。一般人を装うように、何のけなしに歩を進めながら──同時に、しかと異常を察知して道の端へ視線を向けていた。
「……来たか」
 呟き、見据える先。
 そこからゆらりと這い出てくる巨大な植物がある。
 葉を大きく揺らめかせ、長い影を落とす柳の異形。清春を都合の良い獲物とでも見て取ったろうか、根を蠢かせ流動してきていた。
 その獰猛さを、清春は仰いでみせて。
「はっ。人の命で華を咲かそうってか」
 言うと退かず──寧ろ地を蹴って接近し始めていく。
 何故なら、敵からこちらを狙うなら好都合。何人たりとも被害を出さず、ここで討ってみせるつもりなのだから。
「柳緑花紅って知ってっか? まぁオレもあんな考えはクソくらえだけどな。人が造ったもんだからこその美しさってのもあるかんよ」
 それでも、と魔剣を翳すと守護星座の加護を燦めかせて。
「てめーに紅い華は似合わねえよ」
 だから斃す、と。
 仲間へ眩い護りを与えることで、鮮烈な宣戦と成していた。
「──ええ」
 その言葉に応えるよう、手毬桜のコサージュをそよがせるのはエリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)。
 渦巻く風の力は強い意志の顕れ。
 誰一人として攻性植物の餌食にさせないのだと、焦りにも似た想いは──吹雪かす花嵐を鋭く、強烈に風に踊らせる。
 吹き付ける色彩に、柳が微かに動きを鈍らせた。それでも流動する異形は敵意を変えずに接近してくる、が。
「そこで──止まっていてくださいね!」
 風を裂き、耳朶を叩くほどの声が響き渡る。
 空気を胸いっぱいに吸って、内牧・ルチル(浅儀・e03643)が劈かさせた咆哮だ。
 わんわんと残響を残すほどの音量は、獣の本性の一端を窺わせて。物理的な衝撃までもを伴った波動で敵陣を纏めて押し留めた。
「今です!」
「了解しました」
 頷くミアンがそこへ奔り、一撃。槌に鮮麗な冷気を携えて、振り抜く殴打で一体の枝の一端を砕いてみせる。
 よろけながらも、その一体は反撃に葉の雨を降らせてくる、が。
「少々お待ちヲ。補助及び回復フェーズに入りマス」
 鋭利な衝撃の渦中にも表情を動かさず、モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)が魔法陣を展開していた。
 光の環となったその中心を通し、無数の銀粒子を舞わせることで情報量を増大。体力を大きく癒やし、同時に前衛の知覚の鋭敏化にも寄与していく。
「では反撃に移りマショウ」
 間を置かず、青玉の瞳を向ければ──応じて駆け出すのがミミックの収納ケース。靄をばら撒き、敵陣を惑わせ連撃を阻害した。
 生まれた隙に、モヱも攻勢。
「──多層域への熱エネルギー拡散を許可。抽出モードに入りマス」
 鹵獲した技術から炎を操る魔術的コードを入力。『Blazing Code Ⅲ』──紅蓮の絨毯が広がるよう、焔の波が異形の躰を灼いていく。
「次の攻撃をお願い致しマス」
「はい……!」
 エリザベスは言いながら、既に鋭き神槍を掲げていた。
 刹那、妖しく燿く穂先を大きく薙がせるように一閃。明滅する斬撃が飛翔し、三体の根元を一息に斬り裂いていく。
 いちどきに傾ぐ巨樹達は、互いを支えることすらままならない。
 その機を逃すルチルではなく。
「まずはこれで──仕留めさせてもらいます!」
 勢いをつけて高々と跳躍すると、蒼空を背景にくるりと周り。高速で落下しながら一撃、流星が降るかの如き蹴り落としで一体を四散させた。

●決着
 波打つ影に、道は尚翳っている。
 二体へと減じた柳は、未だ兇猛な殺意に蠢いていた。そこに季節を彩る風流さはなくて、ルチルは仄かに眦を下げる。
「本当は。風の強さも優しさも、その揺れで示してくれる──」
 そんな趣をもたらす子達だった筈なのに、と。
 声音には微かな寂しさもあった。きっと、この街並みにも似合いだったと思うから。
 モヱも静やかに頷いていた。
「そのままの姿であれば和雑貨通りの風雅に華を添えたことデショウ」
 けれどそれはもう、叶わぬと識っているから。
「異形と化した樹は、残念ながら刈り取るほか御座いマセン」
「……そうですね」
 ルチルもぐっと拳を握りしめる。
 今だって、素朴な翠色は変わらなくて──ちょっとだけ、じゃれつきたくもなるけれど。
「しっかり止めなくちゃいけませんね」
 意志は固く、疾駆は真っ直ぐに。
 すらりと抜いた剣に、溜め込んだ力の全てを注ぎ一刀。痛烈な袈裟斬りで一体の枝葉を寸断しみせた。
 戦慄くように震える柳は、躰を撓らせ抵抗姿勢。けれど既にミアンが上方へと跳び上がり、見下ろす位置から星の如き輝きを収束していた。
「譲りは、しません」
 言葉をそのまま体現するように。光の塊を蹴り落とし、柳の体勢を大きく崩させる。
「──ハク」
 と、そこへエリザベスが傍らへ呼びかければ、翼猫が応えて飛翔。手足の環を飛ばして一体を横倒しにさせた。
「後は、任せるね……!」
「ああ。やっておく」
 応えた清春は切れ長の瞳を柳へ向けると、槍から焔を放って躰を包み込む。
「唐紅に燃え色づく柳か。とはいえ珍しいもん見せてくれたじゃねーか」
 じゃーな、と。
 言葉を贈るよう、言うと穂先を振るい。苛烈な斬撃で一体を両断した。
 残る一体が体を鞭の如く振るって打撃を与えてきても──清春は焦らず防御。
「こんなんじゃ、斃れねーさ」
 直後には『ウンマの具現者』──忘れられた神々への慰めの言葉を昇らせることで、自身と余波を受けた仲間を癒やしてみせる。
 モヱも清春の体を多重構造の魔法円で囲い、生体電流へアクセス。電荷を加えることで生命を賦活させ、傷の一つも残さなかった。
「これで問題ありマセン」
「助かったぜ」
 清春が応えると、モヱもそれに頷きを返して継戦。狂樹の内部に流れる電流を暴走させ、小爆発の如き閃光を奔らせる。
 煙を上げながらも柳は枝を振るう。だがそこへ合わせるようにミアンも槌を振り上げていた。
 衝撃は相克、否、零下の氷気を纏わせていたミアンの威力が勝る。弾き返された柳は冷気に蝕まれながら大きく後退していた。
 それでも己の死を認めぬよう、残った葉を全て打ち出そうとする、が。
 そこに舞うのは全く別の植物だった。
「その視界、奪わせていただきますよ」
 それは声と共にルチルが生み出した幻想の翠。
 戦い方は変わっても、体得した忍術を忘れるわけではない。積み上げた力は、必ず形となって己を支えてくれる。
 その証のように、『花緑の嵐』は色彩の花弁を幾重にも踊らせ、柳の知覚を奪っていた。
「さあ、エリザベスさん!」
「うん……!」
 エリザベスは手を伸ばし、虚空を揺らがせる。
 人の死を恐れる心。デウスエクスへの怨念。鎖として具現化されたそれは、呪いの力を伴って宙を奔る。
 『死者の沼』──束縛し、魂を締め上げて。自由を奪うその一撃が、異形の柳を千々に砕いていった。

●薫風
 木造りの家並みに、和やかな賑やかさが満ちる。
 戦いの後、番犬達は荒れた箇所を修復して人々を呼び戻していた。今では景色はほぼ元通りで、行き交う人波が店々へ立ち寄っている。
 エリザベスはそんな景色を暫し、静かに眺めていた。
「誰も傷つかずに終わって、良かった……」
 目を閉じて、胸の前で淡く拳を握る。
 ともすれば、この平和はなかったかも知れない。
 自分達が成し得た戦果と、心に訪れる安堵。
 今ここにいる人たちの幸せは少なくとも守れたのだという実感が、遅れて内奥に去来する思いだった。
 それから、人々の活気に誘われるように目を開ける。
 するとルチルが楽しげに歩み出していた。
「さて、折角ですからお店に寄っていきましょう!」
「そうですね。和雑貨──いろいろなものがありそうです」
 ミアンもまた、頷いて歩を進めていくと──皆もそれぞれに店を目指していく。エリザベスも皆のそんな姿を見て……自身もまた足を踏み出していった。

 ルチルは足取りも軽く、石畳を歩んでいく。
「お店、いっぱいありますね……!」
 和物が好きなルチルにとっては、瓦屋根の軒に並ぶ扇や和傘等、数え切れぬ雑貨がある景色はまるで夢のよう。
 尻尾はぶんぶん、足取りはそわそわ、心はわくわくと、抑えきれぬ期待に桔梗の瞳もきらきらと煌めいている。
 雑貨を自作することもあるから、興味を惹かれるのは素材の店。
 特に、可愛らしくも気品ある品々が並ぶちりめん生地の一角を見つけると──。
「これ、とっても綺麗です……!」
 思わず駆け寄って、一点一点見つめてしまう。
 色味豊かな無地は勿論、桜や牡丹の柄が鮮やかな友禅、さらに金彩も加えた美しいものも揃っていて。
 唐草に市松に矢絣と、馴染みの柄も枚挙に暇無く。
「これだけあると、迷ってしまいますね──!」
 数多の模様と色彩を見ていると、作るもののアイデアまでもが浮かんでくるようで。イメージしつつ、あれもこれもと選んでいく。
 買う生地を決めたら、他のアイテムも視察。
「和物って見てるだけでも楽しいですよね……」
 色とりどりの釦に和紙。趣きと可愛らしさを両立するのは和の素材ならではで。
「あ、これもいいかも……!」
 思わず目を留めるのは絹糸。グラデーションの陳列と、組紐が一緒に飾られているのもまた、欲しくなる心を刺激した。
「この際です、揃えてしまいましょう!」
 紫紺に瑠璃色、山吹。
 決めると迷いなく、艶めく色彩の絹糸を生地と一緒に購入。満足の心持ちで、ルチルは帰路についていくのだった。

 卯建に暖簾、響く草履の足音。
 活気の中に趣きを感じられる道を、清春とモヱは並んで歩んでゆく。
「和の街って感じだな」
 清春自身もかろりと下駄を鳴らしながら、視線を巡らせていた。モヱも頷き、店へと歩みを進めている。
「ここならば良い物が見つかりそうデス」
 言って入るのは、装飾品を中心にした飾り物の店。
 根付に帯締め、織紐。上品な色合いから艶やかな物まで、そこには和装を彩る美しき品々が並んでいた。
 和小物はへぇ、と目についたものを手にとりつつ眺めている。
「どれも風流だねぇ。見てるだけでも華やかで」
 なぁ、と視線を隣にやる、と。
 モヱはすぐ横でふと立ち止まっていた。
「これは……!」
 瞳を近づけているそれは、簪。珊瑚や鼈甲、美しくも鮮やかな品々を見比べ、じっくりと見つめている。
「ってパネェくらい集中してんじゃん」
 戦いの時よりも視線がマジなんですけど──と、清春も思わず覗き込んでしまう。
 実際、それは確かに洗練されたデザインで、無二の造形を誇っている……けれど。モヱはそれ故に一生懸命目利きしているというわけでもなく。
(「……」)
 内心は、推しカプのイメージカラーと隣にいるアウトローがマッチしている──その様子に興奮しているのだった。
 そんな心を、知ってか知らずか、清春は暫しモヱの横顔を眺めていたけれど。
「まーでも……」
 やっぱ見てるだけじゃ物足りねーよな、と。
 ふと考えると、悪戯っぽくにやにやと笑みを零して。
 簪の一つを握ると、そっとモヱの髪に触れるようにそれを差してみせた。
「……?」
 そうしてモヱが振り返って来たところを、スマホでパシャリ。軽くウインクするように、にかりと笑ってみせる。
「時には被写体になるのも、いーもんでしょ?」
「ええ、そうデスネ──」
 モヱは驚き半分ながら、ふと姿見を見てみれば──その簪もまた美しく。
 今年の浴衣に取り合わせる品が欲しかったのは事実でもあるから、幾つかの簪と悩んだ結果、それを改めて手にとって。
「これを買うことに致しマショウ」
 言って、歩み出したのだった。
 気に入ったのならば良かったと、清春も共に歩み。購入後に店を出ると、涼風の中をぐるりと見回す。
「他の雑貨も見ていくか?」
 するとモヱも頷くから、二人はまたゆっくりと──和の通りを歩き出した。

 エリザベスは店々を巡って歩んでいる。
 途絶えぬ人の声が、確かな平穏を感じせるようで。その明るさを折々に確認するように、店に入っては品を眺めていく。
「どれも、他にはない雰囲気があるなぁ……」
 足を止めて見てみるのは、和傘。
 竹の細工が細かく、開いた状態を観察するとまるで芸術品のようだ。艷やかな朱塗りが、洋傘にはない独特の風合いを醸していて美しい。
 これから暫くは、雨の季節。こんなものを持っておいても良いのかも知れないと少しばかり思いながら。
「雨の散歩も、ゆっくりできるようになればいいけど──」
 誰が危険に遭うでもなく、季節を楽しめれば、と。
 きっと完全に思う通りにはならないだろう。これから先、まだ戦いはあるから。
 エリザベスはそれでも今ここにある平和は、ゆっくり過ごそうとするように。和傘を買おうと、それを手に取っていた。

「素敵なもの、ばかりですね……」
 ミアンは路を歩みながら、左右に見える店に視線を留めていく。
 甚平に和傘と、軒に飾られた品だけでも風流で。定命化より然程時が経っていない身でもあるからだろう、和雑貨はどれもが新鮮に映った。
 そうして自然に惹かれるようにひとつの店に入り、品々を眺める。
 彩りに柄、和雑貨と言っても千差万別。だからこそ、見ているだけでも飽きない程ではあったけれど。
「折角ですし……」
 何かを買っていくのもいい、と。
 軽く一巡りしてみてから、尋ねてみることにした。
「……お勧めなど、ございますでしょうか」
「それでしたら──」
 と、その女性の店員が勧めてくれたのは、花が咲くように飾られている扇子の数々。
「夏に向けてひとつ持たれてもよろしいかと」
「扇子、ですか。どれも綺麗ですね……」
 舞扇に鉄扇と、扇子も種類がある。その中から所謂夏の扇を手にとったミアンは、水墨に浮世絵等、幾つもの柄を見比べた。
「それぞれに、特徴がありますね──」
 迷いつつも、涼しげな花柄のデザインを選ぶことにする。色彩豊かながら派手すぎず、場所を選ばず使えそうだった。
「……では、こちらの扇子を」
 ミアンは店員に礼を言うとそれを購入。
 さらに日常で使える手ぬぐいも、何点か買い求めてから──初夏の風の中、帰り道へと歩んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月31日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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