初夏の紅

作者:崎田航輝

 風が夏の気配を含み始める、爽やかな日。
 陽の光が快い暖かさを運ぶ気候の下で、甘い芳香を優しく薫らす園があった。
 宝石のような紅を生らすそこは──さくらんぼの農園。鮮やかな翠から垂れる果実が、瑞々しく艶めいて旺盛を迎え始めている。
 丁度さくらんぼ狩りも開かれている中、多くの人が訪れて。新鮮な果実をその場で味わい、和やかな賑わいを作っていた。
 園内に建つカフェにもまた、人気だ。
 果実をたっぷり使ったクラフティに、艶々と輝くタルト。紅色のチェリーソースが美しいパンナコッタに、ふわふわのムース。
 生の果実とまた違った美味に、人々は舌鼓を打って。初夏の恵みを楽しみながらゆっくりと過ごしている。
 けれどそこに──招かれざる巨躯の男が一人。
「良い餌場じゃねえか、最高だぜ」
 愉しげな嗤いを零し、歩むそれは鎧兜の罪人、エインヘリアル。
「命と血肉。存分に狩らせてもらうぜ」
 獰猛な吐息と共に斧を握り締めながら。真っ直ぐに奔り出してその刃を振るい、目につく人々を斬り裂いていく。
 斃れる人々を見遣ると、哄笑を浮かべて。罪人はただ本能のままに、無辜の命を刈り続けていった。

「そろそろ、さくらんぼの季節ですね」
 暖かさも増してきたヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉を口にしていた。
 何でも、とある農園ではその旬を迎えており、さくらんぼ狩りにお店にと、多くの人々が訪れて人気になっているという。
「ですが、そこにエインヘリアルが現れる事が判ったのです」
 やってくるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「人々と農園を守るために、撃破をお願いします」
 現場は敷地内の一角。
 開けた場所で相手をできるので、戦うのに支障はないだろう。
「周囲の人々は、警察によって事前に避難させられます。こちらは撃破に集中できるでしょう」
 それによって周囲の被害も抑えられるだろうから──。
「無事勝利できた暁には、皆さんもさくらんぼを楽しんできては如何でしょうか?」
 さくらんぼ狩りにカフェにと、様々な形で味わえる。売店でも、ジャムにマフィンにダックワーズと、お土産も揃っていると言った。
「そんな時間を楽しむためにも……ぜひ撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)
アリアナ・スカベンジャー(グランドロンの心霊治療士・e85750)

■リプレイ

●薫風
 翠の中に可愛らしくぶら下がる紅が、朝露と夏陽に煌めいている。
 爽やかな甘さを薫らすその果実を目にして、アリアナ・スカベンジャー(グランドロンの心霊治療士・e85750)は感嘆の声音を零していた。
「サクランボってのは宝石みたいに綺麗な果物だね。皆が惹かれるのも分かるよ」
「そうですね、本当に」
 園に立ち並ぶ、その果樹の壮観さにタキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)も頷く。
 さくらんぼ狩りに来るのは何年ぶりだろうかと、思えば心にも期待が湧いて。
「スイーツとかも楽しみですね」
「ああ。だからこそ──それを踏みにじるエインヘリアルはぶっ倒してやらないとね!」
 アリアナが快活に言って、視線を前方へ注ぐと──。
 その先、園の外から現れるひとりの影が垣間見えていた。
 がしゃりがしゃりと、鎧兜を鳴らしながら歩むそれは異星の巨躯。獰猛な眼差しは今しも獲物を見つけんとしていて。
「咎人のエインヘリアルは、相変わらずの様相ですわね」
 薔薇が凛と咲くような、艶めく声で呟きながら。こつりと一歩踏み出すのはカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)。
 その毒牙に何者をもかけさせるわけにはいかないから、と。美麗な刀身の刀を抜くと、直後には真っ直ぐ奔り出す。
「──参りましょうか」
「ええ」
 凪のような声音で応え、横に並ぶのは湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)。カトレアと好対照な深海色の髪を靡かせると、足に魔力を込めて地を踏んだ。
 瞬間、海嘯が弾けたように波が生まれ、仰ぐ程の高さに麻亜弥を運ぶ。麻亜弥はそのまま宙で身軽に廻転してみせて。
「行きますよ──これで焼かれてしまいなさい」
 瞬間、水流を蹴り飛ばす。轟々と音を立てて奔る蒼色は、畝りながら蒼炎へと変貌。巨体へ燃え盛る初撃を与えてゆく。
 カトレアはそこへ、喚び出した残霊と共に刃を滑らせて。
「その身に刻め、葬送の薔薇!」
 薔薇模様の斬撃を加えながら、最後の一突きを与えて『バーテクルローズ』。花弁が散るかの如き爆発に巻き込んだ。
 地を滑って罪人が後退すると、その頃には皆が包囲網を敷いて。かつんと面前に立ったアリアナが手招きの仕草をしてみせる。
「弱いのを狙う奴は許しちゃおかないよ。此処を通りたかったら──アタシ達にかかってきな、デカブツ!」
「……番犬か。はっ、いい威勢じゃねぇか」
 視線を巡らす罪人は、眉を顰めつつも直後には好戦的な色を浮かべた。
「俺は構わねぇぜ。真っ赤に引き裂く血肉が、お前らのものになるだけだ」
「血肉、ね。全く嫌んなるよ」
 と、対するスウ・ティー(爆弾魔・e01099)の声音は、あくまで飄々。帽子の鍔に指をかけ、溜息混じりの仕草をしながら。
「血肉の赤色撒くなんざ、洒落も風情も解らな過ぎるぜ」
「風情? 分かってるさ。血の滴る狩りは愉しい、そういうことだろ!」
 罪人は嗤いながら斧を握りしめるばかり。
 だからその攻撃よりも先に、スウは軽く肩を竦めながら──腕を大きく振るっていた。
「そうかい。なら御所望の赤色だよ」
 遠慮なく吹き曝すといい、と。
 言葉と同時、虚空が透明色に煌めく。
 罪人は違和感を覚えて見回す、が、既に遅い。直後にはスウの撒いた不可視の機雷が起爆。『悪神の狡知』──連鎖爆発による巨大な爆炎が巨躯を包んだ。
 呻く罪人は、血飛沫を零しながらも斬風を飛ばしてくる、が。
「蒐、行こう」
 素早くその動きを察知した嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)が、傍らのライドキャリバーと共に前面へ奔り出ていた。
 風の如き衝撃を、迷いなく受け止められるのは──元よりワイルド化した目を閉じて、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませているため。
 大気の裂かれる音、風圧、その全てを鋭敏に感じ取り。槐は蒐と共に痛みを引き受け余波すら後ろに届かせない。
 そのまま時計草の花を舞わせ、針を逆回しにして自分達を癒やすと。
「わたしも手伝うね」
 棚引く髪から淡くネロリを薫らせて。メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が光纏う刃を天空へと翳していた。
 瞬間、蒼空が瞬いたかと思うと、夜に隠れていた星が姿を現すように燦めいて。光で前衛を包みながら癒やしと守りの加護を齎していく。
「これで体力はあと少しかな」
「それじゃ、任せな」
 応えるアリアナは初夏の風に治癒の魔力を交えて。
「さあ──癒やしてやっとくれ」
 清廉な空気を吹き抜けさせて、槐達を万全としていた。
 罪人はその間に体勢を立て直し、再度の攻撃を狙ってくる、が。白衣を風に踊らせながらタキオンが既に肉迫。
「その素早い動きを封じさせて頂きますよ」
 巨体を突き崩すよう、狙い澄ました蹴りを打って傾がせる。
「さあ、紫さん、この機を逃さず」
「ええ。繋いでみせますわ」
 と、春花がそよぐような、静やかで清楚な声音が答えを返した。
 それはすらりと靭やかに腕を伸ばし、ラベンダー色の光を揺蕩わせる彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)。
 全てのものに恵みあれと、祈る言葉と共にその『恵みの光』を放つと──。
「自然の怒りは抑える事が出来ませんわよ!」
 その声が現実のものとなるよう、無数の蔓が急成長。宙を奔りながら巨体を貫き血潮を噴かせていく。
「……っ!」
 罪人は声を洩らす。
 ちらつくのは己の負け姿だろうか、それを認めぬよう斧を振り上げたけれど。
「勢いを、弱めておくれ」
 アリアナの銃口より煌めく白光が、衝撃と共に腕も刃も鈍磨させた。
 敵が惑ったその一瞬に、メリルディは鮮やかな蔓を波打たせて。
「お願いね──ケルス!」
 瞬間、声に応じたその翠が高速で撓りながら肉迫。罪人を一瞬で締め上げて、その躰を地へと強烈に叩き付けていく。

●決着
 間隙の静寂に、浅い息が響く。
 己が零した血溜まりを見下ろして、罪人は苦悶の声に憎しみを含めていた。
「……認めて、たまるか。誰も殺せねぇままに終わるなんて……」
「最後まで殺戮、ですか」
 カトレアはそっと吐息するように呟く。
「本当に残忍なエインヘリアルですわね」
「ええ」
 麻亜弥も言葉に頷く。
 それは一寸の容赦を与える余地もないことの証左でもあるけれど、それだけじゃなく。
「折角皆が楽しくさくらんぼを狩っていたのに、邪魔しようとしたことも許せませんから」
「そうですわね。私達の力で退治しましょう」
 紫が言ってみせれば、カトレアも頷き前進。
「──この刀の斬撃を、避けきれますか?」
 美しく花薫る剣閃を舞わせ、巨躯の足元を斬り裂いていた。
 よろめく巨体が体勢を直す、それよりも疾くメリルディはポケットから取り出した小瓶を開けて。
「動かないでね」
 ばら撒くのは甘く燿く『粉砂糖雨』。心も足元も囚えるよう、挙動を抑えてみせる。
「さて、隙だけらだな」
 その瞬間に、スウは掌サイズの黒い円柱形に指をかけている。他でもない、敵を爆破するためのスイッチ。
「まだ足りないなら、存分にやってやるぜ」
 かちりと鳴らして押下すると、瞬くのは閃光。
 直後、立ち昇る焔が巨大な爆風を生み出して罪人を宙へ煽っていた。アリアナはそこへエクトプラズムの霊弾を収束させている。
「とっときな!」
 弾ける光と共に撃ち出されたそれが、巨躯の腹部へ風穴を開けた。
 地へ墜ちた罪人は、苦痛の唸りを聞かせながらも斧を縦横に暴れさす。だが前衛を襲った乱打の傷へ──槐は混沌の水を広げていた。
 孤独な空間へ置かれたように、静謐の感覚を齎すその業は『無鄰』。
 心への戒めを励起させることで精神を澄ませていくように。痛みと苦しみを拭って皆の意識を眼前へと集中させた。
「傷は問題ないはずだ。後は、頼みたい」
「了解しました」
 沈着な声音を聞かせながら、タキオンの動きは素早く澱みなく。巨躯の至近で腕を引き絞ると──。
「ドリルの一撃を、その身に食らいなさい」
 刹那、拳に嵌めた切削機を駆動。肉を抉り骨を穿ち、命を削り取ってゆく。
「皆さんも、畳み掛けてください」
「勿論です」
 と、麻亜弥は青き刀身の一振りを抜き放っていた。
「卓越した技術の一撃を、受けてみなさい」
 そのまま放つ剣戟は、波打ち際の飛沫の如く冷気を散らせて罪人の躰を蝕んだ。直後に麻亜弥が飛び退くと──紫が既に刃を翳して。
「この鎌からは、逃れられませんわ」
 妖しい紫色を刷くその大鎌を、投擲して巨躯の腕を寸断した。
 そこへカトレアが剣舞を踊らせ瀕死に追い込めば──視線を合わせた麻亜弥は再度前進。
「終わりとしましょう」
 鮫の牙を彷彿させる凶器を袖より引き出して。暗器【鮫の牙】──その刃で罪人の命を食い千切り、四散させていった。

●甘い紅
 わいわいとした賑わいに、紅も一層瑞々しく光る。
 戦いの痕を癒やして無事を告げることで──農園は早くも営業再開の運びとなっていた。
 人々に交じり、メリルディも早速カフェへ。さくらんぼ色の屋根が可愛らしいその建物の、一角の席についている。
「最初はパフェかな」
 おすすめスイーツは沢山あるようだけれど、ひとまず惹かれたそれから。
 淡紅のクリームやアイス、果実がたっぷりと盛られた器を愉しげに見つめてから……まずは新鮮なさくらんぼを一つ。
「ん、美味しい」
 はりのある表面を噛むと、爽やかな果汁が溢れて美味。クリームやアイスにも果実が練り込まれ、涼やかな風味が楽しめた。
「それから、ソルベにチェリーパイに──」
 と、甘党のメリルディはまだまだ食欲旺盛。
 ルビーのように煌めくソルベで、ひんやりと甘味を味わうと──果実とジャムが濃厚なチェリーパイも存分に堪能して。
「どれも美味しかったな」
 満足すれば、持ち帰り可能なものは全てお土産にして。両手に荷物を提げ、仄かに上機嫌な足取りで帰路についていった。

「平和な時間。良いものですわね」
 青空から吹く風は、夏本番にはまだまだ遠く。
 十分な涼しさを含んでいて、そこに甘い香りも溶けているから。さらさらと快さげに髪を揺らしつつカトレアは農園を見渡していた。
 大人から子供まで、既に沢山の人々が訪れるそこは和やかな活気に満ちている。そこに愉しい気持ちを覚えるように、紫もほわりと柔く笑んでいた。
「このような時間を、取り戻すことが出来てよかったですわね。私達も、ご相伴に与らせて頂きましょうか?」
「良いですね。疲れたときは、甘い食べ物が一番ですから」
 と、落ち着いた表情を仄かに和らげて見せるのはタキオン。眼鏡をそっと直しつつ、視線を向ける先はカフェだった。
 麻亜弥もこくりと頷きながら……足を自然と動かしている。
「私も、甘いものが食べたい気分です。行きましょう」
「そうですわね」
 微笑んでカトレアが頷けば、皆で店内へ。丁度良い涼しさと音楽が流れる中──皆で仲良くテーブルを囲った。
 早速メニューを見れば、紫も淑やかな声音を少しばかり弾ませて。
「わぁ、色々とスイーツがあって目移りしそうですわね」
 薄い紅色、濃い紅色。
 果実を主役に据えた品々は、鮮やかで食欲を唆り。静かに腕組みしていたタキオンも、その内の一つに惹かれる。
「さくらんぼのムースとか、美味しそうですね」
「ムース、私も気になっていました」
 と、自身もまたメニューとにらめっこしつつ、麻亜弥も呟いて。迷う理由もないと、注文することにした。
 それから隣を覗き込んで。
「紫さんはどうしますか?」
「そうですわね──パンナコッタとか美味しそうですわね」
 少々悩ましげにしつつも応えると、カトレアはぱたんとメニューを閉じた。
「では、私はタルトを頂くことにしますわ。これで全員、決まりですわね」
 言って注文すれば──程なくテーブルに可愛らしくも美しい品々が並ぶ。それをじっと見つめつつも、麻亜弥はスプーンを手にとって。
「それでは皆様、頂きましょう」
 頷く皆と共に実食。
 ムースは透明な筒型の器に、滑らかな乳白色のクリームが盛られた逸品。さくらんぼのジュレの層も重なっていて、色合いも綺麗だ。
 それを掬って食べると味も勿論──。
「美味しいですね」
「ええ。とても美味です」
 同じものを食べるタキオンも同じ心で舌鼓を打つ。
 たっぷりのメレンゲで口溶けがいい白の層は、うっすらと果汁も含まれて優しい甘味。そこに紅色の層を混ぜて食べると濃厚な甘酸っぱさも楽しめた。
 紫もパンナコッタを一口食べて、瞳を穏やかに細めている。
「こちらも、素敵な味ですわ」
 艶めく白色に、濃紅のチェリーソースが映える見目も綺麗だけれど──ぷるんとした食感とふくよかな甘味、そこに加わる凝縮された果実の風味が魅力的で。
 カトレアのタルトも、言わずもがな。
 上品に切り分けて、あむりと小さな口に運んでみれば……。
「んー、甘酸っぱくて美味しいですわ」
 生地は小気味好い歯応えで、果実もフレッシュさが残っていて、果汁が弾けるほど。薄く敷かれたクリームチーズが蕩ける風味を加えて絶品だった。
 味わいつつ、カトレアは見回して。
「皆様の物も美味しそうですわね」
「良ければ、シェアしましょうか」
 麻亜弥が言えば、名案だと皆で頷く。ありがとうございます、と紫は受け取ったタルトを食べて感嘆の声を零しつつ……改めて実感に呟いた。
「さくらんぼって本当に、赤い宝石みたいで綺麗ですわよね」
「ええ」
 タキオンもそっと肯き窓の外へ目を遣る。
 垣間見えるのは子供や大人の笑顔。陽を浴びて生き生きと息づく果樹達。
「私達だけでなく、人々の時間も、この農園も。護ることが出来て良かったですね」
「是非、また訪れましょう」
 カトレアはそう応えて。
 またスイーツを一口食べながら、紅の瞳に愉しげな色を浮かべていた。

 美しい瓶に入った紅色が並ぶ景色は壮観で、美しく。
 売店に置かれたさくらんぼジャムを、スウは一つ一つ眺めていた。
「中々、種類が揃ってるな」
 果実感を残したものやそうでないもの。砂糖や、甘い香りを加えるスパイスの種類、瓶の形まで。見目も中身も千差万別だ。
 そこから探すのは紅茶に合うジャム。
 平素から嗜む方ではないが、ここならきっと相性のいいものもあるだろうと──選んだのは溶けやすく、果実だけの香りを保ったもの。
「よし」
 それを購入すると、後はカフェへ寛ぎに向かう。
 一人足を組んで座り、紅茶を頼むとゆっくりとカップを傾けて。
「良い味だな」
 ゆったりと、華やかな香りと風味を楽しんだ。
 こん、こん、と。ジャムの瓶を指の爪で軽く叩き、小さく響く音に、うっすら鼻歌交じりで上機嫌。
 外を見れば、果樹が初夏の爽風にそよいでいるのが見えるから。そんな景色も眺めながらまた一口、スウは紅茶を啜っていた。

 甘やかな香りの漂うカフェに、槐はやってきている。
 平素より瞳を閉じていればこそ、味覚で楽しめる機会があるなら積極的。早速メニューからクラフティとアイスティーを注文した。
「うむ、良い香りだ……」
 芳ばしさが立ち昇るクラフティは、その中に果実の芳香も見え隠れしている。
 一口食べてみれば、外はさっくり、中はしっとり。カスタードの風味に交じって果実の瑞々しさが感じられて美味だ。
 アイスティーは桜フレーバーで優しい香り。
「花も儚く美しいのに実は艶やかで美味しいとは。二度も三度も美味しく愛されているのだな、桜は……」
 と、品と味の感想を書き留める為にスマホで少々調べていると、ふと気づく。
「ふむ、花の品種と実の品種は違うのか……」
 ただ、さくらんぼも美しい花をつけるようで……成程と頷いた。
 それから音声入力で、その情報も含めてメモを取り始める。味や思い出などを、後で非公開ブログにまとめるためだ。
「それにしても、どちらも美味だ」
 濃厚な甘みのクラフティに、アイスティーは良く合うから。
 春から初夏へ続く季節の味を堪能しつつ。さらにタルトや、飲み物のおかわりも注文して……ゆっくりとした時間を過ごしていった。

 アリアナはカフェの一角にて、お品書きを眺め中。
「どれもこれも、見事なものじゃないか」
 写真だけでも香りを感じるくらい、美味しそうで。その中からタルトとムースを頼んでみることにした。
 やって来た品に、へぇ、と感心しつつ、アリアナは早速タルトを一口。透明のナパージュに艶めく果実がほろりと解けて。
「爽やかで甘いね。これだったらいくらでもいけそうだよ!」
 ムースも舌の上でさっとなくなってしまうほどの口溶けで、快く。
 飲み物も味わって、お腹が満ちたら──帰るにはまだまだ早く、カフェから出るとさくらんぼ狩りの中へ。
 果樹の間に入っていくと、人々の集まる賑わいに参加した。
 そこでは子供が食べ放題に楽しくはしゃぎ、明るい空気。そんな数人が、高い位置の果実へ手をのばして届かなければ……。
「ほうらチビども、高いとこのサクランボ取らせてやるよ!」
「ほんと?」
「わぁ、高い!」
 アリアナは彼らを肩車。父母の礼に笑って応えつつ、子供達に存分に果実を摘ませてあげてゆく。
「美味しいかい?」
「うん!」
 彼らが明るく返せば、アリアナも微笑んだ。
 ここで戦いがあったことも、エインヘリアルがいたことも。全部忘れてさくらんぼ一色になるくらい、楽しんでくれればいいと思いながら。
「さ、今度は向こうの樹に行くかい」
 それに元気よく返事する子供と共に……アリアナは暫し平和な時間を楽しんでゆく。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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