決戦! 螺旋業竜~光芒の衛星軌道

作者:砂浦俊一


 それは、地球の衛星軌道上に現れた。
 それは、ゆっくりと日本への落下軌道に入っていた。
 それは、無数のドラゴンがひとつの集合体となったものだった。
 それは、竜業合体の果てに生まれたもの、螺旋業竜スパイラス。
 あまりにも巨大なスパイラスの周囲には、ともに星の海を渡ってきたドラゴンたち。
 そのうちの1体、ワンダーランドは眼下の地球を見てほくそ笑む。
(在りし日の力を取り戻すまで、あと少し。邪魔する者は1人残らず喰ってやる……)
 ワンダーランドは顎を大きく開くと、青い地球を汚すかのように毒の息を吐いた。


「第二王女ハールの撃破と、大阪城地下の探索、お疲れさまでした。二方面での作戦の成功により、エインヘリアルと攻性植物による同時侵攻の危機を回避できたのは僥倖でした」
 しかし次に迫る危機の規模の大きさは、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)の張り詰めた表情が物語っていた。
「大阪城地下のドラゴン勢力から、本星のドラゴン軍団が竜業合体によって地球に到達しようとしているという情報を得られたのですが、地球に迫るドラゴン軍団が他にもいたのです。協力を要請していた天文台からの情報と、NASAによる解析の結果、より詳細な予知が得られました」
 彼女の話によると、スパイラスのドラゴン勢力が竜業合体で惑星スパイラスと合体、地球の衛星軌道上に出現するという。
 この竜業合体した惑星スパイラス――その名も螺旋業竜スパイラスを、衛星軌道上から日本へ落下させて数百万数千万の人間を殺害する。それが慈愛龍の狙いだ。
 無茶な竜業合体により慈愛龍が率いていたドラゴン軍団は大半を喪失、残りもグラビティ・チェインの枯渇で戦闘力を大きく損なっている。だが大量虐殺によるグラビティ略奪が成功すれば、失った力を取り戻すことになる。そうなれば地球に未来はない。
「慈愛龍たちの出現ポイントは地球の衛星軌道上です。まずはグラビティチェインの枯渇で弱体化している慈愛龍たちドラゴン軍団を撃破、続いて螺旋業竜スパイラスを破壊……これがおおまかな作戦の流れです」
 弱体化しているとはいえ慈愛龍を筆頭とするドラゴンたちは強大な敵、苛烈な迎撃作戦になるのは間違いない。
「皆さんはドラゴン軍団の1体、ワンダーランドの撃破をお願いします。これは大小の無数の剣が全身に刺さったドラゴンです。残虐で獰悪、戦いに喜びを感じる戦闘狂ですが、同時に最高の遊戯として強者との殺し合いを望んでいる、そういう性格です。戦闘時は爪や毒系のドラゴンブレスを使う他、体に刺さった剣も武器に転用します。詳細は、こちらの資料に。目を通しておいてください」
 ケルベロスたちに、プリントアウトされた資料が配布される。
「迎撃ポイントまでは宇宙装備ヘリオンで向かいます。螺旋業竜スパイラスは移動するのみで戦闘力を持ちませんが、この巨大な質量を破壊するには、作戦に参加したケルベロスたちの総力を結集した一斉攻撃が必要です」
 無論、落下の阻止限界点までに破壊できなければ地上へ甚大な被害が出てしまう。
 ドラゴンを相手に、時間制限付きで戦わなければならない。
「地球の命運は皆さんの双肩にかかっています。螺旋業竜スパイラスの破壊、どうかお願いします!」
 向かう先は衛星軌道。
 螺旋業竜スパイラスの落着阻止と、慈愛龍率いるドラゴン軍団を殲滅するべく、ケルベロスたちは出発する。


参加者
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
皇・絶華(影月・e04491)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289)
新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)
パシャ・ドラゴネット(白露の虹橋・e66054)

■リプレイ


 ケルベロス、星の海へ。
 宇宙装備ヘリオンで衛星軌道まで上がったケルベロスたちが見たのは、全容すら掴めぬほど巨大な螺旋業竜スパイラス。
「あれが、スパイラス。あれが墜ちれば……だが、やろう」
 無数のドラゴンが捻じれて集合したスパイラスの威容に、フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)は目を細める。
 遠目にはゆっくりと接近しているように見えるが、それはスパイラスが巨大すぎるためであり、今この瞬間にも猛烈なスピードで地球へと迫っている。
 地球への落着を阻むには、阻止限界点を超えるまでにスパイラスを破壊するしかない。
「さあ、大一番だ」
 ヘリオンのハッチが展開する。眼下には青い地球。仲間たちと振動型タイマーのアラームをセットした後、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は地球光を見ながらそう呟いた。
 不意に、ヘリオン機内に警報。敵が急速接近しつつある。
 ヘリオンには退避を促し、ケルベロスたちは宇宙空間へ身を投じた。
 接近してきたのは慈愛龍率いるドラゴン軍団の一翼、ワンダーランド。
「ククク……弱者ならば甚振り、切り刻んで喰ってやる。強者ならば俺を愉しませろ!」
 その濃緑の体からは多くの角や棘が飛び出し、大小の無数の剣が突き立っていた。
「あれだけ刺さっているのに平然としている……胸の剣は心臓まで達していてもおかしくない深さだぞ? どれもこれまで戦ってきた相手から奪った戦利品か?」
 事前情報で聞いてはいたが、針山の如く無数の剣が突き立つ姿に皇・絶華(影月・e04491)は驚きを隠せない。
 だが自分たちの剣まで戦利品として差し出す気はない。ヘリオンが戦場宙域から離脱する中、対ワンダーランド班のケルベロスたちの戦闘が始まる。先行した盾役の瑠璃が味方に月虹の加護を与え、続く絶華がワンダーランドへと先制の蹴撃。
「ギヒヒヒ、遠路遥々ヨウコソ地球へ! デハ、いただきまス!」
 アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)はギザ歯を剥き出し、腕部を変形させてワンダーランドの胴を殴打。続くフィストも愛剣で脇腹を突く。両者の腕に伝わったのは分厚いゴムで包んだ岩のような感触。弱体化していても敵はドラゴン、半端な攻撃は通らないかもしれない。
 欠伸でもするようにワンダーランドは顎を開いたが、その端からは毒の瘴気がたなびいている。
「強者との戦いを望んでここまで来たか。長旅ごくろうさんなことだ。ならば始めようか、楽しい戦いを」
 反撃の前兆を察知したラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)はワンダーランドの眼前に躍り出て、その顔へと猛襲崩牙を浴びせた。剣閃が走り、ドラゴンブレスの代わりにドス黒い血と苦悶の叫びがワンダーランドの口から撒き散らされる。
「愛の力は無限……」
「逃せば地球に甚大な被害、そして倒しがたい強敵になる……だから、今日、この場で絶対に討ち果たさなくてはなりませんね!」
 敵の攻撃が遅れた隙を狙い、アリアデバイスを手にした新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)は高らかに歌い、味方の命中率を高める。パシャ・ドラゴネット(白露の虹橋・e66054)は淡紅色の魔法陣から妖精を召喚、仲間たちに白薔薇の花弁を降らせる。
「星の海で対竜戦闘……ワクワクするね! お前も、こういうのが好きなんだろ?」
 前衛へメタリックバーストを飛ばした甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289)は笑みとともにワンダーランドに問いかけた。
 手で出血を抑えるワンダーランドの、指の隙間から見える怒りと愉悦の混ざった形相が、その返答だった。


 迎撃開始から何分が過ぎたか。
 ケルベロスたちとドラゴン軍団の死闘は続く。大きな爆発、小さな爆発、ある鎧装騎兵の斬撃にのたうち回るドラゴン、避けきれずドラゴンの爪の一撃を受けてしまう刀剣士、衛星軌道上のあちこちで、激戦が繰り広げられている。
 この間にもスパイラスは刻一刻と地球に接近している。
「あがけ、苦しめ。あれが落ちればこちらの勝ち、おまえらの頑張りは徒労に終わるっ。さあ、俺に裂かれてくたばれ!」
 ワンダーランドの爪は鎧も装甲も紙のように斬り裂き、呪的防御も貫通する。当たれば深手は免れない。広範囲に吐かれる毒のドラゴンブレスも厄介だ。その猛毒は触れただけで体を侵し、激烈な痛みをもたらす。
「犠牲者は1人も出させません、熊本の時のようにはいきませんから!」
 後方からの支援を担うパシャは、毒への耐性を付与すべく味方へボディヒ―リング。ここが正念場、一歩も引くわけにはいかない。
(……12分。我が故郷の街を襲い、父を殺し、日本で父の戦友と仲間を葬り去ったあのドラゴンとの戦いよりは、長い)
 フィストは首から下げたドッグタグを握り締める。
(でも、ならばこそ、決着は早くつけなければ)
 その手がドッグタグからガトリングガンへ移り、フィストはワンダーランドへと掃射。相棒のテラはキャットリングで敵の反撃の妨害を試みる。
「ドラゴンのオ肉、オイシイ!」
「大切な人たちが住む世界、必ず護るっ」
 至近距離からアリャリァリャは拳を、瑠璃はアイゼンドラッヘを叩きつける。この衝撃にワンダーランドの胴体、剣が突き立つ多くの箇所から血が吹き出た。直後、動きにわずかな衰えが見えたが、すぐにワンダーランドは激しく荒れ狂い、暴れ回る。
「火力支援する。ここで一発、頼むよっ」
 ツカサからのブレイブマインを受け取り、絶華とラギアが同時に仕掛けた。
「貴様といつまでも遊んではいられない」
「故に、絶望抱いて朽ち果てろ」
 左右からの挟撃。斬霊刀が肉を断ち、ルーンアックスが骨を砕く。
「虫ケラどもが……失せろ!」
 猛烈な勢いでワンダーランドが尻尾を振った。同時に、全身に突き立つ無数の剣も射出される。尻尾での薙ぎ払いと広範囲に撒かれた剣、急所への直撃こそ避けたが斬り裂かれたケルベロスは多い。射出された剣が四肢に深々と突き立った者もいる。
「苦しめ、もっと苦しめ。生まれ落ちてきたことを後悔しろ」
 ワンダーランドの顔には獰悪な笑み。
「いけませんっ……でも、走る先には光があるから……」
 瑠璃音は癒やしの調べを唄い負傷者の回復に努める。この時、懐のタイマーが振動した。
 彼女は6分経過を知らせる黄色の信号弾を打ち上げる。


 迫りくるスパイラスは先程よりも大きく見える。あれだけの質量が地球に落着すればそれだけで数百万数千万の被害は確実、いいや、それ以上でもおかしくない。
 残された時間は少ないが、戦局は一進一退。
 スパイラスは規格外としても、ドラゴンだけあってワンダーランドも巨体。その目から見ればケルベロスたちは虫か小動物ほどのサイズか。群がる虫を叩き落とすように、ワンダーランドはケルベロスたちの攻撃を跳ね除ける。
 だが虫であれど群れなす軍隊蟻は大型動物をも捕食する。
 そして彼らは虫ではなく、ケルベロスだ。
 巨体を躍らせ突っ込んでくるワンダーランドめがけ、瑠璃はフォーチュンスターを放つ。
 ワンダーランドは被弾に怯まず、強引に前衛の戦列を突破した。
「後ろ、気を付けて!」
 振り返った彼が見たのは味方後衛へと襲いかかるワンダーランドの姿。狙われたのはパシャ。爪による斬撃は両腕に嵌めたパンサーで弾いたが、右手で掴まれてしまう。
「よぉ、チビ助。丸呑みにしてやろうかあ! それともミンチがいいかあ!」
 大きく開かれたワンダーランドの顎。
 血のように真っ赤な舌と、上下に並んだ鋭い牙。
「おまえたちには何ひとつ譲りません。雑魚みたいにやられてください!」
 血の気の引く光景にも臆せず、何とか左腕だけ引き抜いた彼は、ワンダーランドの目にプラズムキャノンを撃ちこんだ。
「ギャ!」
 右目を潰されたワンダーランドが仰け反り喘ぐ中、ラギアがパシャの救出に向かう。
(ドラゴンが滅びれば姉は戻って来るかもしれない、愚かな期待と理解しながらも捨てられずにいる)
 唯一の肉親である双子の姉がドラグナーとなっているため、ドラゴン勢力による被害を防ごうとする彼の決意は固い。ルーンアックスを振りかざし、そして咆哮。
「今は言葉すら届かない。それなら俺は、俺に出来ることをするまでっ」
 渾身の一撃でワンダーランドの右腕を断ち落とし、反撃を避けるためラギアはパシャを小脇に抱えてその場を離れる。
「やるじゃねえか。お返しだっ」
 怒りとともに吐き出されたのはドラゴンブレス。体力を削られれば、その分、削り返す。ワンダーランドとケルベロスたち、どちらの命が先に尽きるか。
 尽きるのは残り時間かもしれない。
 迎撃開始から10分を知らせるタイマーの振動に、瑠璃音が赤の信号弾を打ち上げた。
「あと2分……それでもっ」
 さしものワンダーランドも、ここまでのケルベロスたちの攻撃で動きに衰えが見える。全身傷だらけで、右目と右腕が使い物にならなくなっている。
 もうひと押し、かもしれない。
 だが満身創痍はケルベロス側も同じ。スパイラスの破壊を考えれば、ここで放てる大技はあと一発が限度か。瑠璃音が負傷者を癒やす中、アリャリァリャがワンダーランドの失った右目、死角となった側から仕掛けた。
「コンガリ美味しク焼きまショウ! ダイ、コン――おろーし!」
 名物・大魂颪焼。猛烈な連打と、撒き上げた破塵への着火。それはアリャリァリャが顕現させた地獄の釜。半身を炎に包まれ焼かれるワンダーランドは、声にならぬ悲鳴を上げ、のた打ち回る蛇の如く身をくねらせる。
「時間がない、これで――」
「決めてくれっ」
 戦狼彷徨とブレイブマイン、フィストとツカサがワンダーランド撃破の力を絶華へ注ぐ。
 霊剣に付着した血糊を振り払い、敵を見据える絶華、その心は不思議と静まっていた。
(こうして宇宙まで来ると、ケルベロスとはどういう存在なのだろうと少し疑問に思うな。地球で生まれ、デウスエクスに等しき力。結局のところ地球っていったい何なのだろうな……? だが今は護らなければそんなことも――)
 その時、ワンダーランドが大きく尻尾を振った。同時に剣も射出されるはず、瞬時に彼の意識は戦意で占められる。
「我が身……唯ひとつの凶獣なり……四凶門……『窮奇』……開門……!」
 迫る尻尾と剣の弾幕。瞬きの間だけ超強化された身体速度でこれをすり抜けた絶華は、神速の連撃を眼前の敵に浴びせた。両手の得物で切り刻み、ワンダーランドの体に未だ突き立つ剣も引き抜き斬撃に用いる。狂戦士の如く暴れる彼はワンダーランドの胸の剣を掴む。それは胸部深く、心臓にまで達して固定されていた剣。
 剣が引き抜かれると同時に心臓が破裂し、次の瞬間にはその刃がワンダーランドの首を切り裂いていた。
 全身から大量の血を吹き出すワンダーランドの表情は、どこか満ち足りたものだった。
「強ぇえ、じゃねぇか……星の海を渡って来た甲斐があった……」
 笑みを見せた後、絶命したドラゴンの巨体はゆっくりと地球へ落ちていく。


 衛星軌道上での無数の爆発が徐々に収まっていく。
 光芒の数々が全て消え去った時、宙域に残っているのはケルベロスたちと螺旋業竜スパイラス。
『一斉攻撃の準備はいいか?』
 他チームからの通信が対ワンダーランド班のケルベロスたちに入る。
 事の成否は畢竟、この一撃にかかっている。
 グラビティよ、極限まで高まれ。
 燃え上がれ。
 邪悪な竜を粉微塵に打ち砕くほどに。
『今だ!』
 他チームとタイミングを合わせ、ツカサと瑠璃音は比翼連理が一翼を放った。
「俺の翼は噴き上がる魂。燃え尽きろ!」
「私の翼は静止の調べ。凍り付きなさい!」
 繰り出される斬撃、焔の刃と凍の刃。
 仲間たちも最大出力のグラビティをスパイラスめがけて放つ。
 宙域に居る全てのケルベロスによる一斉攻撃、それは幾重もの光の矢となって、巨大なスパイラスへ吸い込まれるように突き刺さっていく。他チームの地球人は固唾を飲み、別のチームのレプリカントはスパイラスを睨みつけ、また別のチームのシャドウエルフは祈るような眼差しで、放たれた矢の行く末を見守る。
 直後、スパイラスが全身を蠢動させ、中央部分で最初の小爆発が起こった。
 やがて爆発を繰り返しながら全身へと広がり、スパイラスを包んでいく。
 最後に一際大きな爆発が起きた後、螺旋業竜スパイラスの過半は消滅していた。
 残存した箇所も爆発しながら分離し、小型の破片となって大気圏へ落ちていく。
 燃え尽きていく細かな破片は、地球からは流星雨のように見えるかもしれない。
 戦場宙域を離脱していたヘリオンが回収に戻ってくる中、ケルベロスたちは作戦成功に歓声を上げ、互いに抱きあい喜びあった。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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