決戦! 螺旋業竜~蒼き風烈

作者:黒塚婁

●果てより、出でる
 蒼穹より遥か高み。深淵の如き闇。太陽に照らされ煌めく星々。音も無く、静かに時が猶予うところ。
 長らく荒らすものもなかった宙に、異変が起きる。
 目を凝らすまでも無く、其処には巨大なうねりがあった。計る物のない世界の中で、何よりも巨大な存在感をもって悠然と身体を伸ばすは、捻れに捻れた蛇の群れ。否、蛇などでは無い。
 ――螺旋業竜スパイラス。
 惑星スパイラスに閉じ込められた大ドラゴン軍団が星の海を渡るため、その全てを喰らったもの。
 それが、数多の竜を携え、星の海を渡ってきた――。
 眼下に臨むは、小さな青き星――漸く辿り着いたと――その中の、一体が苦悩の果ての歓喜に身を捩る。青ざめた蛇のように長い身体、煙のようにたなびく髭と鬣。
 宝玉を握る爪は屈強な鉤。
 額の三眼が真っ赤に輝く。
 初めて眼にする星へと向けるは、混じり気の無い殺気。
 そして、この星を潰して何もかもを取り戻す――その覚悟。

●破壊指令
「第二王女ハールの撃破、及び大阪城地下の探索――結果は見事だった」
 集ったケルベロス達を一瞥し、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はそう告げた。
 ハールを討った事で、エインヘリアルと攻性植物の同時侵攻の危機は回避出来た。
 そして、様々な情報も得た。いずれも放ってはおけぬ様々な情報であった。
 その中のひとつには、ドラゴン勢力――本星のドラゴン軍団が、竜業合体によって地球に到達しようとしているという情報もあったわけだが――。
「だが、それは本星のドラゴンばかりではなく――貴様らは覚えているか。スパイラスに遺された、ドラゴンどものことを」
 慈愛龍に率いられし、ドラゴン軍団。スパイラル・ウォーにおいて、螺旋忍軍の「彷徨えるゲート」を破壊したことで、地球に至れなかったものたちのことだ。
 かの星に遺されたドラゴン達が、竜業合体によって惑星スパイラスと合体し、地球の衛星軌道上に出現する事が予知されたのだと、忌々しそうに辰砂は告げる。
 これはサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)が警戒していたことであり、合わせ、黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)、エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力を要請していた天文台からの情報。
 及び死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意を喚起していたNASAによる解析によって、より詳しい情報が確認されている。
「奴らは無茶な竜業合体により、軍団に属していた多くのドラゴンを欠いた。更に残ったドラゴンどももグラビティ・チェインの枯渇によって戦闘力を大きく損なっている」
 だがしかし、相手は手負いを通り越して、死に物狂いだ。
 慈愛龍は竜業合体した惑星スパイラス――螺旋業竜スパイラスを、衛星軌道上から日本に落下させ、その衝撃で殺害する数百万数千万の人間のグラビティを略奪しようとしているらしい。
 ふざけた話だ、彼は吐き捨てる。
「奴らが出現する衛星軌道上のポイントは既に割り出している。貴様らには――ドラゴンの討伐、及び螺旋業竜スパイラスの破壊へ向かって貰う」
 そう、スパイラスの破壊のためには、その配下を一体倒してゆかねばならぬ。
 此処に集うケルベロス達の標的は、スフィア・ブルーゲイルなるドラゴンだ。東洋風の姿をしたドラゴンで、数多のデウスエクスを喰らい、力を取り込んできたのだという。ゆえに、呪にブレスに物理と様々な攻撃法を持つ。
 その強大な力も今や昔――とはいえ、決して侮れぬ相手に変わりない。
「迎撃場所は衛星軌道上になる。そこまでは私が連れて行けるが、後は無重力化の戦闘だ。まあ、特に問題はないと聴く。移動手段が気になるならば、ジェットパッカーなどの装備も使用可能だ」
 同時に螺旋業竜スパイラスの破壊方法であるが――竜業合体によって地球に移動する以外の戦闘力はもっていない。だが、その巨大な質量を破壊するためには、多くのケルベロス達による最大出力のグラビティの一斉攻撃が必要となる。
 そこまで、聴く限りなら――勿論、厳しい戦闘になるだろうことは予想できようが――大した話ではないと思うものもあろう。
 誰かの危惧するような眼差しに辰砂は渋面を隠さず、頷いた。
「――ああ、ドラゴン撃破を十二分以内に果たさねば、間に合わん」
 宇宙装備ヘリオンから宇宙空間に放たれたあと、ドラゴンと対峙し――与えられた時間は十二分。この時間が長いか短いかは一概には解らぬ。だがこれを過ぎる戦闘は、ケルベロスが無事揃っていようとスパイラス破壊には間に合わぬ。
 そして、それを成し遂げる戦力が如何ほどかで、地球の明暗は分かれるだろう。
「毎度奴らの命がけの特攻には恐れ入る。悪い意味でな。そして……弱体化しているといえど、敵は依然強大――貴様らのひとりひとり、その力が重要になるだろう」
 皮肉に唇を歪めつつ。彼はケルベロス達へ、信じていると小さく告げた。


参加者
狗上・士浪(天狼・e01564)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
輝島・華(夢見花・e11960)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)

■リプレイ

●迎撃
 何処までも広がる闇の中に、ケルベロス達は臆すことなく身を躍らせた――重力から解き放たれた世界でも、為すべき事は変わらぬ。
 久々に楽しめそうだ、笑う女に一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が双眸を細めた。
「なかなかに、おもしろい状況になっていますね――やはり強敵相手の方が、楽しめます」
 それへ、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)は可笑しそうに眉を上げた。相棒として、傍目に嫋やかな印象を与える瑛華の、その性格はよく知っている。つまり、言葉通り――攻撃手として、たいへんやる気に満ちている、ということだ。
「ま、あたしより向いてるかもな。意外とカッとなり易いしよ」
 そうかなと彼女は首を傾げるが、ハンナは二度頷く。
「顔色が変わらなくても、分かるモンさ」
「いつからでしょうね、こんな風に、似てきたのは」
 その切り返しに、彼女は楽しげに口元を歪ませた。
「さてな。ま、頼りにしてるぜ」
 そんな雄々しい会話を傍に、ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は軽く口を開き掛け――閉ざし、金眼を鋭く眇めた。
 闇の中に、同じく暗色の――視界を埋め尽くす竜鱗があった。
 長い躰がゆるりと蛇行し、ケルベロス達を纏めて一括りに巻き取れるのだと示すようにゆるりと迂回しつつ、迫ってくる。身を起こした竜は溜息ひとつで、宙に風を紡いだ。
 強靱且つ美しく並んだ鱗は、よくよく見れば乾いて割れている。命を削ぎ落としながら、此処へと至ったのだと語らずに報せる躰をしていた。
 これが、スフィア・ブルーゲイル――認識する間も、感想を挟み込ませるよりも先に――其はケルベロス達へ黒い霧を吐きつけた。
 禍々しい気配の霧は――存在を根本から崩壊させる属性を孕んだ霧だった。身を晒した相棒が、影のように一瞬消えかけたから、輝島・華(夢見花・e11960)には解る。
「ナザク兄様っ……」
「ああ」
 彼女は口元を庇いつつ、オウガメタルを解き放つ。銀色で包まれた腕から、粒子が宙に輝き広がる――同じく、ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)も続く。
 指先から零れゆく銀の粒子は纏わり付いてくる霧を払い、彼らを庇うべく身を呈した皆を癒やす。
 更に道を作るように霧を掻き分け、花咲く箒は突進した。激しく回転しながら、ブルームは竜へ全身でぶつかっていく。その身が壮健であることを、知らしめるように。
 空いた道筋を追いかけて、竜の咆哮に似た高い唸りがふたつ轟く。
「弱体化してもこの威力って反則ですよね」
 翡翠色の翼を広げてバランスを取るカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は困ったように笑む。が、口元が湛えるのは、楽しげな色だ。
 ハ――嘲弄に似た呼気と共に、狗上・士浪(天狼・e01564)は竜をぎらりと睨み据えた。
「星もテメェらの命も喰い尽くして、執念で渡って来やがったか……そういう連中だったな――テメェだろうと何だろうと、使えるモンは徹底的に使い潰す」
 命が有限でないならば当たり前の戦法であろうが、有限であるとなっても変わらぬのだ。愚直なまでに、無駄にも見える矜持。これを別の言葉を置き換えるならば。
「……生き様っつってもいい位のな」
 歓迎はしないが、その覚悟に応えてやるくらいならいいだろう。全力で打ち砕くという、返答を以て。
「相手が強い方が戦い甲斐があるってものです。ハンデを付けてもらってるのですから、ここで負けたらカッコ悪いですよね」
 それが地球の流儀ですからと、カルナはさらりと言う。
 長い灰髪を踊らせて、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が軽く跳ねた。足場は竜の尾だ。その動きを見極め、捉え。
 その手より放たれた五本の樹枝もつ雪結晶が鋭く竜の背を駆け上る。
 背の中程、食い込むように食らいついた所――競うよう駆け上がっていたハンナが、強く固めた拳を叩きつけるが如く、雪さえも退く凍気を纏わせた杭で穿った。治癒させた黒霧の傷痕が頬に薄紅のように残りながら、彼女は唇を笑みに歪ませた。
「守り手とは女冥利に尽きるねまったく。ま、せいぜい宇宙ゴミにならんよう頑張ろうか」
 彼女らしい――けれど、絶対、彼女を塵にはしない、瑛華は決意を涼やかな青瞳の奥に抱きながら、オーラの弾丸を放つ。
 それらは鱗のいくつかが凍り付いて、畳み掛ける弾丸に吹き飛ばされた。出血はない――氷の楔が根付いたように、その傷を埋めていた。
 属性エネルギーを纏いながら、霧を抜け出したガイストは敵へ一瞥くれる。武人として、内側から沸く昂揚。喜び。それらは酷く彼の中で暴れ回る。
 これを御すのもまた試練かと、口の端を持ち上げ、彼はただ低く告げた。
「――いざ、参る」

●邀撃
 黒い鎖のようなものが竜の躰より放たれ、手脚を搦め捕ってくる――巻きつかれた場所には、灼けるような痛みが走った。解こうと触れた指は鎖を擦り抜けてしまう。
「……幻覚ね」
 そう告げたのは、腕を押さえたアリシスフェイル――鎖は程なく消え失せるが、刻みつけられた疵は赤く残り、痛みは継続する。
 即座にオウガ粒子が痛みを上書きするように降り注ぎ、癒やす。
「後攻は、援護の選択には困らないが……」
 ただ後を追うばかりになる。ナザクは小さく零した。華と共に細心の注意を払い治療に臨んでいるものの。今を凌ぐだけ、という形に焦燥が芽生えぬわけではない。
 小さきもの達を見下ろし、ドラゴンは楽しそうに双眸を細めている。
 良い度胸だ、低く囁くはオウガメタルを纏った鋼の鬼。短い気迫の声と共に、強かに竜の背を蹴った士浪が、拳を打ち込む。鱗を打ち砕き剥いで、蹴り飛ばして離れたところへ、カルナが迫る。
「穿て、幻魔の剣よ」
 至近より放たれる不可視の魔剣が、堅い鱗を無視して穿つ。
 カルナを振り払おうと動いた竜の顎を、垂直に棍が打つ――瑛華が優雅に如意棒を振り上げれば、何時しか頭部を捉えたアリシスフェイルが閃刃を振り下ろす。
 頭部に激しい衝撃を受けて、無防備を晒した腹には、ガイストとハンナが距離を詰めていた。雷の霊気を纏う棍と、爆炎の如き輝きを持つ闘気が次々打ち込まれ、周囲が烟る。
 仰け反ったドラゴンが、その姿勢の儘、動きを止めた時――最初のアラームが光と振動で経過を報せた。
 瞬間、空気が震えた。竜の尾が、波打ったと思うなり、視界から消えた。
 轟と唸るは竜の躰――叩きつける大地もないが、それは巨躯で以て、ブルームを磨り潰すように走った。光の盾が砕かれて、花が散ったように輝いた。
 庇われたカルナは軽く羽ばたくが同時、チェーンソーで斬りつけていく。鱗が弾けて、跳ぶ――其の躰には無数の傷が刻み込まれ、赤や黒の染みが滲んでいた。途端に結晶のように固まるのは、宇宙だからではなく――その身を縛る、氷の呪の影響だ。
 全身を奮わせる度、それは氷に蝕まれていく。
 手の届かぬ先で、ブルームが消えそうになっている。それでも華は口元をきゅっと結び、青紫色の瞳に強い光を湛えた。視線を向けてきたナザクに、彼女は深い首肯を返すと、杖に溜めた雷光は、士浪に向けた。応えるように、彼は次の攻撃姿勢に入る。
「――捨て身の攻撃とは恐れ入ります。ですが私達は……負けません」
 ブルームは幾度となく立派に自分達を守り通してくれた。攻勢に出るための時間を作ってくれたのだ、と彼女は前を見つめ続ける。
(「盾がひとつ落ちたのは意識しなければ――最悪は……俺が」)
 片やナザクは軽く目を伏せ、思案する。ケルベロスとして、使命ならば幾らでも疵を負おう――命を投げ出す積もりは毛頭ないが――据えた覚悟は、全て敵を討つために。
「切り拓くための力を。」
 彼の掌に、雷光が生まれる。裡に同化するのは幸せそうに微笑む『彼女』――同調し、力を得る。仲間を賦活させるための雷撃。
 受け取ったハンナは全身に雷光を帯びながら、前のめりに身を屈めた。牙剥く竜を迎え撃つ、腰より高い位置の回し蹴り。
「じゃあな」
 首筋を撫でるように――否、貫き、衝撃波が鬣を刮いでいく。傷口から氷の礫が飛び散らせながら、スフィア・ブルーゲイルは激しい憎悪に赤き三眼を燃やし、彼らを睨めつけていた。

 竜の疾駆を受け止めたガイストは無意識に低い唸りを零す――幾重の守護を重ねようと殺しきれぬ衝撃に、噴き出した血飛沫が霧と舞う。
 身体の至るところが軋んで、いっそ感覚が無い。棍を握る腕は無事かどうかも解らぬ――だが、踏みとどまった。意識の外、自身の正体すら曖昧な一瞬から引き戻すのは、痛みを和らげる光。
 ナザクが光の盾を重ねて癒やす。彼の言葉を待たずとも、華もすべきことは解っていた。
 掲げた杖の先に、雷を。一筋の道を照らすように。
「あなた達はここで必ず倒しスパイラスを止めてみせます。竜十字島の時のように誰も死なせはしません……今度こそ守ります」
 彼女の決意を受け止め――ガイストの背を飛び越えるように、頭上を舞ったのはカルナ。
「形振り構わぬ行動は、正直感服します――だからこそ、此方も負けられないのです」
 跳躍は竜を飛び越える程に高く。脚に宿した星型のオーラを、頂点から踵で竜の鼻先へ叩き込む。
 更に逆の脚で蹴りつけて、元の位置まで軽やかに降りると、カルナは盾となったガイストを案じた。
「大丈夫ですか」
「ああ、未だ倒れるわけにはいかぬ」
 薄く笑うガイストに微笑みを返すと、入れ替わるように道を空ける。アリシスフェイルが疾駆して、更に一撃――角を砕けた。
 竜は身を半分に畳んだような姿勢で、疲弊を見せていた。
 全身が淡く、くすんできていた。それはいよいよ全身を覆う氷の影響であり、命を絞り出している代償でもあった。
 心地好い、そんな思いから瑛華はつと微笑んだ。
「終わりにしましょうか」
 グラビティで紡いだ鎖で竜の頸を括り、全力で引く。強制参加のチェーン・デスマッチ、瑛華は思い切り竜の背を蹴り上げ距離を詰めると、銃弾を叩き込むように、傷口にオーラを叩き込む。
 その背から滑るように降りるや否や、黒霧が噴き出す。
「させるか」
 攻撃への転身、その出鼻を挫くようにハンナが詰め、杭を叩きつける。竜の手にするオーブの一つが、穿たれ、割れた――制御を失った黒霧が闇雲に広がっていく。
 それが後方まで向かわぬように、大きく棍を振るいて、ガイストが道を切り拓く。
「――推して参る」
 風切り音を響かせる、静かな一閃――闇に描くは光ではなく。無心で疾駆した彼の後、ただ、竜は長大な躰のあちこちに裂傷を刻んでいた。闇の中に生じた飆が竜を喰らい、蹂躙したかのように。
 だがその三眼は爛々と輝いて彼らを見下ろしている。躰が思う儘にならずとも、意志は捨てぬというように。
 ああ、アリシスフェイルは気付く。この竜は死を恐れていないのだ。星を砕くその瞬間まで構わぬと考えている。
 させるわけにはいかぬ。
 ――何処だって、私の帰るところはひとつ。あの人の所へ。けれど。
「でも帰る場所をもうこれ以上、失くしたくはないわ――だから守って、ちゃんと帰らなきゃ」
 この星は、守る。金の双眸で強く見つめた。
「潰させないし――あげるもの等何もないの」
 鉛から鉄に至り、夜を引き裂き突き進め――朗々と読み上げられる詩に、強く握った戦輪が輝き出す。小さな光翼が彼女の脚に宿る。
「それは一筋の祈りの体現――暁の約定」
 小さく羽ばたけば、光が迸る。光速を体現する速度を見事に御して、無意識に差し出す腕ごと、腹を吹き飛ばす。
 半身からもげそうな状態で、のたうつ背に――銀狼が食らいついていた。
「そんなに喰いてぇならよ、とびきりのモンくれてやんぜ……テメェに喰い切れりゃ、だがな!」
 にや、と士浪は獰猛に笑うと、四肢を撓ませる。
「只管に喰らい尽くせ。」
 鱗に爪を掛け獣のように、跳ねる。全身に漲らせたグラビティ・チェインで、自身の筋肉も軋む。それをねじ伏せ、頭部に縋ると、そのまますべてを叩き込む――爪を、拳を、蹴りつけて、更に殴る。
 最後に振り上げた拳が、額の瞳を割った。
 スフィア・ブルーゲイルは、大きく戦慄くと、おぞましい程の咆哮を上げた。
「うるせぇ」
 士浪が無造作に爪を払えば、断末魔も半ばで喉を切り裂いた。
 その時――二度目に設定したアラームが鳴った。結果余裕だったと嘯くには未だ早い。彼の瞳に宿る光はぎらりと戦意に輝いた。
「さて、仕上げだ」

●流星
 螺旋業竜スパイラスはあまりにも大きい。緩やかに時間を掛けて地球に近づいているように見えて、実際はとても追いつくことも出来ぬ速度で突進している。
 ゆえに、早すぎても届かない。遅くても意味が無い――攻撃は、ただ一度きりの機会しかない。
「大丈夫――絶対、守りきれます」
 出来る限りの祈りを籠めて、華がオウガ粒子を皆へと与えると、憂慮はいらない、とナザクは爆風で背中を押す。
「全力で壊せ」
 彼は不敵な微笑を湛えて鼓舞する。二人は手が届かぬ事へのもどかしさなど、一切見せなかった。
 さすれば時は訪れる。全ての戦場が沈黙し、妙に凪いだ一瞬。
「ぶっ潰してやんぜ」
 低く笑い、士浪は構えていたバスターライフルを解き放つ。
 迸る凍結光線を追いかけるように、ガイストが鋭い蹴りを放つ――その蹴撃より放たれた炎が、スパイラスに向けて豪速で伸びゆく。
 寡黙な武人が、内心惜しいと思うのは。あの星に等しき竜と渡り合えたら如何に楽しかったであろうかという未練。只、其れも脚に籠めて、送る。
 集中するべく深い息を吐いて、嘆きを籠めた魔力を溜めたアリシスフェイルは、其れを求めるように手を伸ばす。
 白銀に蒼海の破片が混ざったオーラが、黒き海を渡るように、弾け征く。
 銃を撃つような姿勢で、構えたのは瑛華――載せるのは、生まれながらに背負う宿命。放たれたオーラの色が、哀しげか、誇らしげか。誰かに尋ねたことはない。
 相棒に合わせ、痛む身体を押してハンナも腕を上げた。まるで殴りつけるように、重ねてオーラを礫と叩きつける。戦いの中で、生きて果てる覚悟をくれてやると。
 全身に残る魔力を編み上げ、不可視の魔剣を精製し、カルナはその全てを更なる魔力で放出した。自力で戻れぬ事になろうと構わぬと、残る全ての力を絞り出す。
「これが僕達の覚悟です」
 外れるという可能性は端から頭には無かった。華とナザクの援護が彼らの力を更に引き出し、魂の力を見せつけるような、色とりどりの螺旋がスパイラスへとぶつかった。

 視界の限り、宙にあるケルベロス達が放ったグラビティ・チェインが眩く輝く――力に満ちた重力の楔は、強大なる星を打ち砕いた。
 突風が吹きつけ、ケルベロス達を押し流す――無数の破片が、追うように四方八方に流れていく。
 その中心で青い星は――いつもと変わぬ姿で、輝いていた。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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