決戦! 螺旋業竜~飽竜点額

作者:雨屋鳥


 空の竜が踊っている。
 質の悪い冗談じみた光景だった。
 螺旋業竜スパイラスと共に現れたドラゴンの一体。
 戦艦一つ、軽く呑み込めそうな巨大な鯉のぼり。
 巨人の唸り声か。巨大な洞窟に風が差し込み、山一つが規模の狂った楽器と化したような重低音の空洞音に似た声が、響くものの無い空間に轟く。
 言葉を介す訳ではなく、ただ悠然と泳ぐばかりで未完のままに暴食を是とする竜は吠える。


「第二王女ハールの撃破、そして大阪城地下の探索、ありがとうございました」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)がまずはケルベロス達に労いの言葉をかけた。
 それによって、ドラゴン勢力の動きを掴む事が出来た。
 ドラゴニア本星のドラゴン達が、竜業合体によって地球に到達しようとしているという情報。
 事前に備えを行える、明確な情報だ。それに伴うのか、否か。
「スパイラスに遺された慈愛龍を筆頭とするドラゴン達の動きが予知できました」
 星そのもの、スパイラスをも喰らい、竜業合体し『螺旋業竜スパイラス』となって地球へと迫りくる。というものだった。
 螺旋業竜スパイラスは、地球に移動する以外の戦闘力は無い。だが、その大質量だ。
 地球に落ちれば何千万、という犠牲を生み、多量のグラビティ・チェインにより力を取り戻した慈愛龍によって地球は終わりを迎えるだろう。
 そこで、息を吸い。
「だが、得られた情報は絶望的なものだけではありません」
 ダンドは言う。
 協力を要請していた天文台、NASAの解析により詳細に予知を補強する事が出来た、と。
「グラビティ・チェインの補充を絶たれた状態での竜業合体、相当に無茶な行為だったのでしょう」
 率いていたドラゴン軍団は壊滅状態。残ったドラゴン達もグラビティ・チェインの枯渇によって、弱体化している状態である事が確認されている。
 故に、これは危機であると同時に好機になる。
「ドラゴンが出現する侵攻ポイントは既に割り出せています。衛星軌道上にヘリオンにて待機。強襲によって確固、ドラゴンを撃破します」
 だが、それは目的ではない。
 ケルベロス達の全力出力のグラビティによる一斉集中砲火であれば、螺旋業竜スパイラスを破壊することが出来る。その為の排除だ。
 故に、時間の余裕はあまりない。ダンドは、告げる。
 12分。
「限界まで引き付けるとしても、周囲のドラゴンに割ける時間はそれだけです」
 つまり、その時間内に撃破しなくてはいけない。
「皆さんに撃破していただくドラゴンは、シンプルに強力なパワータイプ、といえばいいでしょうか」
 見た目で言えば巨大な鯉のぼり、と言うべきドラゴンだ。巨体、そしてその力故に、身動ぎ一つで致命傷になりえるような存在。
 宇宙空間での戦闘。
 立ち回り次第では、優位にも劣勢にもなりえる。
「特に警戒が必要なのは、捕食行動による攻撃です」
 無数に生えた口内の牙と、強力な消化液によって、防御をどれ程固めようと防ぐのは難しいだろう。瞬く間に摺り潰され、吸収されかねない。
 腕もなく、呑み込むばかりの捕食。油断しなければ問題はないが、それでも、ダンドは特に警戒が必要と断じる。
「強敵相手の時間制限。無茶を言っているのは承知の上です」
 ダンドは、言う。
 相手は、惑星そのものと合体した竜と、飢餓の中を生き残ったドラゴン。短時間でそれを排除し、星を砕く。
 ヘリオンで飛び込むのは、そんな無茶無謀の作戦だ。
 それでも。
「盛大に、ぶっ壊してきてください」
 彼はケルベロスを信じ、そう笑っていた。


参加者
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)

■リプレイ


 灰色の長髪を宇宙服に押し込めた若干の窮屈さの中で、京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)は、迫りくる時を感じていた。準備に賭けた時間は短くはなく、しかし、この接触は十二分を過ぎれば、どうなろうとも終わりを迎える。
「……」見えた、泳ぐ竜。「やはり、何故でしょうね」
 夕雨の肩付近に浮かぶオルトロスのえだまめが主人の声に首を傾げた。何でも無いと安心させながら、憎しみを、それを殺さなければいけないという渇望じみた使命感を感じている。
「まあ、どうでもいい話ですね」
 紅の番傘を携えて、地獄に盛る左目で竜を射抜くように睨む。
「ここで、消えてもらいましょう」
 瞬間、開戦を告げるように、爆雷が宇宙を照らした。


 宇宙空間に瞼が線を引いて開いたかのように、爆ぜる雷弓が空間を裂き割った。
「遠路はるばるご苦労さん」
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)は、伸ばした指の先に泳ぐ竜を捉え、剣呑に睨み上げる。その黒瞳にその旅路を労わる感情など一欠片も存在しない。
「生憎とこどもの日はもう過ぎてるぜ」
「確かに、き、季節外れ、です、ね……」
 宇宙空間に鎖の陣の守護の光を揺蕩わせるウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は、口元に薄く笑みを湛えたままに「それに」と徐々に近づいてくるその姿に言う。
 比較物が無い空間で、仲間がいなければ距離すらつかめないだろう巨体。
「ほんのちょっと、大きい、です」
「は、そうだな」
 ウィルマの言葉に竜人は失笑を漏らす。ああ、確かに、その通りだ、と笑い、そして、雷に番う影の一矢を。
「確かにほんのちょっとばかし、なあッ!!」
 放つ。
 瞬間、空虚な海を震わせた光が、影の過ぎた軌跡に瞬く。真直ぐに突き進んだ影矢が、うねる竜の胴体へと弾け、深々と引き裂くような雷鳴と共に影の矢が胴体を撃ち抜いた。
 号砲の如く。
 重低音が、否、鼓膜を直接引き裂くような振動がケルベロスへと襲い掛かった。
「――ッ!」
 骨の芯から、体を竦ませるような。そんな叫びに思わずに玩具のキキを抱きしめた隠・キカ(輝る翳・e03014)は、瞑った眼を息を整えながら開く。
 巨体が、頭上を泳いでいる。胴体に雷を纏う影の矢を生やしながらも、豪然と泳ぎ続けるその暗く光の無い瞳がキカを見下ろしたような気がして、震える細い手でぬいぐるみを握り締めた、その時。
 圧倒的な巨体へと流星が駆けたのを見る。
「屋根より高いとは歌で言うが……宇宙は高すぎる」
 放たれた叫びに打ち震える体を叱咤して、星の輝きを纏うペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は、竜人の矢を打ち込んだ竜へと眩い輝きのままに豪蹴を打ち込む。
「だからと言って、落とすつもりもない」
 ここで塵になれ。
 七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)のブレイブマインの後押しを受けた蹴りは宇宙を揺らし、その勢いのままに跳躍すれば、抱えたバスターライフルから放たれた氷結の光が薙ぎ払うように竜の体を凍てつかせていく。
「……」ぎゅ、とキキを抱く手を緩めて「うん」頷いた。
 こわくはない。その竜よりも大きな青が浮かんでいる。
「だいすきな人達が住むあおい星」
 それを壊させなんてしない。キカは、今度は柔らかくキキを抱いて、しっかりともう一度、頷いた。
「こわくなんて、ない」


 巨体が泳ぐ。
 それだけで十分以上に攻撃となる存在というのは、いっそのこと失笑を禁じ得ない。
 天原・俊輝(偽りの銀・e28879)は、眼前に迫るいっそのこと壁と表すべき、渦巻く竜の胴体に思う。
 一撃ですら、致命的にすらなりえるそれが、全身の骨を砕く。
「――っ」
 その前に、腕が捻じられるように強引に引かれた。俊輝の体を急加速させた代わりに、一体のテレビウムが前へと跳び出していた。竜人のテレビウム、マンデリン。彼がその武器で腕を引いたのだ。
 体当たりの軌道から離れた俊輝は、そのまま宇宙空間に放り出されていくのをオウガ粒子の放出で戦場にしがみつきながら、吹き飛ばされたマンデリンが俊輝のビハインドの腕で受け止められるのを見た。
 ビハインド、美雨は空間に漂う竜の血を、縄に束ねてその動きを阻み続ける。
「っ忙しないですね」
 誰を回復させる、どこを最重要視する。敵の規模故に広範囲に広がる戦場の把握を強いられる立ち位置にある俊輝は、即座にウィルマと視線を交わし素早くハンドサインを以て判断のすり合わせを行い、彼女へとマンデリンのヒールを任せ、より回復の必要な仲間へと向かう。
「……ッ」
 夕雨は全身に叩きつけられた傷に揺らぐ意識を、軋み上げる腕に力を籠めて激痛を走らせて保つ。
 手足が震えるのは、負傷によるものだけではないだろう。
 それでも。
「こっぴどく、やられてんなあ」
 そんな声が脳裏にこびりつくように聞こえた。この場にいないはずの声。
 苦痛に歪んでいた口が、いつも通りの仄かな笑みへと変わる。震えが和らぐ。
「……余計なお世話ですよ」
 顔を擡げた彼女へと、俊輝が雨を呼ぶ。
 清い水滴が無重力の世界へと斜めに降り注いで、夕雨の傷を撫でる。
 折れ、破れた腕に流れ込んだ雨粒が、血と共に痛みを拭っては正常へと戻していく。
「行けますか」俊輝は手の動きで問う。
「ええ」
 夕雨は、ウィルマを守った後吹き飛ばされ、スラスターの噴射で腕を伸ばしたラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)の腕の中からまだ動けると跳び出したえだまめを一瞥し、頷く。
 力の限り、仲間へと繋いだサーヴァントに送るのは、称賛の眼差しでいい。宇宙服など既に誰も意味を為さなくなっている。欠けたヘルメットを脱ぎ捨てて濡れた髪を晒し、陽光を纏った。
「聞くまでもないようですね」
 失言だったと短く謝った俊輝に、夕雨は雨雲を裂いたように笑って見せて、氷結の光を打つ放つ。
 氷に乱反射する陽光、冬の暁にも似た眩い輝きが、夏を告げる象徴じみた怪物を包み込んでいく。


 不退転である。
「勝手に、押し入ってくるなんて非常識も良い所ですよ!」
 ことここに至っては退路はない。故に七海は、前のめりに不退転であった。獣化した四肢を振るい、巨体を足場に駆け回る。
「だから、手厚く、手痛く、歓迎してあげますっ!」
 星をも砕く勢いの拳を叩き込み、踏み込んで跳躍の衝撃を打撃に変えて、うねるように旋回する攻撃を回避しながら、喉を震わせる。肺を震わせる。
 もう肺に息は残っていなくとも、その哭き声は世界を震わせる。グラビティ・チェインを乗せた悲鳴の如き声が、これまでケルベロスが付けた傷を抉り、開き、深めて、黒い竜の血を噴き出させていく。
 中空に放った爆弾の起爆の衝撃で体を加速させ、握りこんだ両腕を着地と同時に胴体へと打ち込んで、衝撃に揺れる竜の体から振り払われぬように鱗を掴みながら、周囲を確認する。
 ウィルマのウイングキャットが、そのどっしりとした体が無重力で軽い動きに慣れぬように羽を動かしながら、攻撃を仕掛けている。キカの放ったファミリアロッドのフェレットが素早く宙を走っては、傷を深めていく。
「――ッ!」
 星型のオーラを射出せずに脚に纏わせたままにラルバが、竜へと突っ込んできた。
 衝撃が爆ぜる。
「やっぱり、鈍ってきてるなっ!」
 ドラゴニックハンマーを振るい落としながら、ラルバはその手ごたえに確信した。
 その巨体、そして感情すら読めない鯉のぼりじみた風貌に、攻撃が効いているのかすら客観的に分からないスクリーマーだが、徐々にその動きに精彩さが欠けつつあるのを実感として、直感する。
「……っ!」
 胴が揺れる、その前兆を感じ取ってラルバと七海は、再び足場のない中空へと跳び出した。その直後。数舜前までいた場所を全てを押し流すような巨大な質量が通り過ぎていく。
 その旋回ですら、数分前、戦闘開始時では避けられなかったはずだ。動きに慣れた、と言えばそれまでだが、しかし、前兆を感じて回避する暇などは無かった。
 着実に、確実に、弱まっている。
「……ごめんな」
 ラルバは、罪悪感に少し顔色を曇らせる。
 遠くで、他のケルベロスの闘う閃光が弾けている。それら全て、ドラゴンとの戦闘の余波で。
 そして、その全てのドラゴンが己と仲間の為に、何かを護る為に闘っている。物言わぬ、この竜とてその一体なのだ、とラルバは、少し痛む胸を押さえ。
 でも、と首を振る。
 握るハンマーに、滾るオーラを纏わせた。
 護る為に闘っているのは、ラルバとて変わらない。
「あと――」
 六分。キカは、未だ壊れずにいてくれるタイマーの光にそれを知る。
 間に合うのか、分からない。キカとて、接敵してその能力が弱体化している事に疑うは持っていないが、しかし、それでも。
「たおせる、気がしない……」
 それと同時に、崩れる気配もない。これだけ動きを鈍らせながらも、そこには一種の余裕すら見えている。
「……ううん、だめ」
 怖がらない、と決めた。地球を守ると、決めた。
 キカは負けない、と決めたのだ。
「どれだけ強くたって」
 宙を蹴る。火炎を纏う脚が迷いなく、巨体へと彼女を運んでいく。確実に、攻撃を命中させる距離へと肉薄していく。
「きぃ達があなた達をこわす」
 キキを抱いたままにうねる火炎の朱翼に身を任せ、羽ばたくように駆け抜ける。
 豪炎が爆ぜる。
「きぃ達は、ケルベロスだから……っ」
「ああ」
 爆風が虚ろの海を揺らす振動を、ペルは肯定する。それでいいと、眼下に見た、恐怖を帯びた瞳をしていた彼女が、今は強い意志をその瞳に滾らせている。
「その青さは、嫌いではない」
 言えば、それは喜びだ。彼女が、ペルが何より最重要視するもの。
 それを見せられて、意気を込めないと言えば嘘になる。ケルベロスであるなら、ペルもその意思にあやかろう。
 駆けるペルが、その鎚を振り上げる。その刹那。
 蠢いた巨体の胴が彼女の体を薙ぐ。明確に直撃の軌道を描くそれを、眼前へと飛び込んだ竜人の体が弾き上げていた。
「――テェ、なあッ、クソが!」
 手に持った惨殺ナイフで切り裂きながらも、ほぼ直撃した状態の彼へとペルが反射的に動こうとしたのを、竜人はその眼光を以て拒み、留めていた。
「テンション上がって油断すんじゃねえ」と「とっととあのデカブツぶっ潰せ」と、殺傷力を持っていそうな視線で睨みつけた竜人に、ペルは頷くや否や散る鱗を蹴り飛ばしていく。
 鎚を強く握り、思考を切り替えた。
 より早く、より強く。「じゃなきゃ俺がお前をぶち殺す」とでも言いたげないつも通りの竜人はまだ大丈夫だ。
 仲間が砕いた鱗を蹴りペルは行く。そして、氷河を呼ぶ豪鎚の一撃が、全てを凍てつかせる衝撃と共に、巨大な竜へと叩きつけられた。
 衝撃が爆ぜる竜から跳躍し、金の鱗を纏う攻撃を躱した後。
 七海は、治癒の花弁を振り撒いていた。
 ウィルマと俊輝がそれぞれにヒールを施しながらも、回復しきれないでいる。
 それを俊輝も感じているのだろう、視線に気づいた俊輝は、七海へと頷いてヒールの補助を促したのだ。
 不退転、常に竜へと意識を向けていた彼女が仲間へと意識を向け、ヒールを放った、その直後。
 宛らに急流が息を潜めたような、暗い音の停滞が七海を襲っていた。
 暗い、竜の眼が、七海を見つめている。
 その七海の体を。
 ラルバが押した次の瞬間に、ラルバの体が開かれた竜の咢の中へと閉ざされた。


 閉ざされた暗闇に、蠢く気配をラルバは感じていた。肺を焼くのは微量に空気中に飛散した消化液か。僅かに見えるのは、並ぶ刃の群れ。
 それが、一斉にラルバへと襲い掛かった。
 咄嗟に体が動く。無数の牙がラルバの肌を、肉と骨を抉るその瞬間に、自ら腕を牙へと差し出すように伸ばす。
「……ッ!」
 骨を牙が削る。激痛を噛み締め砕ける歯の奥へと押し込めて、御業の風と食らったデウスエクスの力を練り合わせたグラビティ・チェインを両腕へと、その先へと。
 打ち、放つ。
 轟嵐が荒ぶ。
 体を旋回し、左右に、前後に互い違いに突き出した腕から吐き出された、獰猛な烈風がラルバの血肉を啜る牙を砕き割り、爆音と共に、巨大な咢を強引にこじ開けた。
 直後、隙間から仲間たちが、一斉に攻撃へと転じる姿を見、迫る時間をラルバは悟った。手にしたドラゴニックハンマーの柄を、強く握り締める。
 彼がそれをこじ開けるのを待っていた、と言うようにラルバへと俊輝の放った癒しの雨粒が渦を巻いて傷を癒していく。
「誰も欠けることなく、ここであの竜を、星を砕きましょう」と。
 言葉は無くとも、その背を押す力が、ラルバの意識をつなぎ止める。
 閉じんとする咢から溢れた冷気は、進化の熾火を潰す万年の牢獄。顎を打ち上げたラルバの姿が合図となった。
「ああ」
 ウィルマは、その唇に弧を描く。
「……地球へ、よう、こそ」
 長大な蒼炎を滾らせる巨剣の柄を握り、引き絞り。
「歓迎は、しません、よ」
 巨体の竜に、巨大な剣。槍のように投げ放った剣が虚空を駆ける。
 同時に、数人のケルベロスとサーヴァントが飛び出していく。
 七海の叫びが、宙を走り、波を起こし、竜の咢の中に響き。全身から血を噴き出させたその咢を、上から駆けたキカの火炎纏う跳び蹴りが打ち落とし、強制的に口を閉ざす。
 強烈な振動が響き渡る。心臓一つ響きで壊しかねないような声。
 恐怖。
 暴れ狂うのは、ここにきて漸く、初めて感じるその命の危機を知ったからか。
 振るわれる青炎の大剣を避けようとし、だが、放たれた雷火の影縫がその動きを灼き潰す。
「とっとと、くたばれや」
 竜人の放った影の矢に、遂に到達した大剣と共にペルと夕雨が駆け抜けた。
 振るわれるのは三色。
 無造作に振るわれ放たれた、冷酷な殺意の紺碧。
 真白へと振れた万物を還す、傲岸不遜なる純白。
 陽光を纏い獄炎を滾らせる、番傘の劫火の唐紅。
 弾ける。
 黒墨と黄金を、巨大な青と白、差し込まれた滾る赤が塗り潰し、消し潰し。
「さようなら、名も知らぬ竜よ」
 激流の如き数分だった。怒涛の如き存在だった。夕雨は静かに砕け、灰と無に消えていく竜へと告げた。
 きっと、相まみえ、殺し合う運命にあったそれへと手向けを送る。
「せめて、忘れないでいてあげますよ」
 残るのは、深い宙の無音だけ。


 それは冗談じみた光景だった。
 だが、質の悪い、それではなかった。
 その日、世界を流星が包み込んだ。流れる無数の星々が煌めいて、輝かしい夜明けを示唆するように瞬いて、流れて消えていく。
 ああ、と。
 宙を見上げ、人々は感嘆の息を漏らす。
 震え、恐れを抱くほどに、美しい光景。
 だが。それでも。
 それは確かに願う希望を映し出したかのような、美しい空だった。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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