決戦! 螺旋業竜~災厄の機竜、息巻き怒り狂いて

作者:柊透胡

 ――ジャバウォックに用心あれ! 喰らいつく顎、引き掴む鈎爪!

 『彼』は、つがいであった。其れは、事実であるが……『彼女』にとって、既に然したる意味はない。
 かつては数多の幼子を毒で溶かし喰らってきた道化竜は、『重グラビティ起因型神性不全症』に病み衰え、よりにもよって定命の寡兵に潰えたという。
 己が惑星スパイラスに隔離されてしまった、ほんの数か月前だ。
 ――忌々しい。
 既に無意味の筈が……顧みれば、胸部のサイフォンで、黒き岩漿が沸騰する。循環の圧力で、全身を巡るパイプから爆発した蒸気が迸った。
 ――忌々しい。
 常ならば瞬き程度の3年が、斯様にまで長ったらしく感じられようとは。
 ――忌々しい。
 異常に長い頸をぐにりと曲げて、近付きつつある青き星を見下ろす。
 此の青き重力の底、螺旋の源には、宇宙では見なくなって久しい、竜人共が在るという。
 ――嗚呼、嗚呼……久々の餐なれば、ドラゴニアンが良い。
 マスク越し故にくぐもった音を出して、飢える口腔から蒸気が噴き出す。あたかも、舌なめずりするが如く。

 ――そして努々、燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず!
 
「まずは……エインヘリアル第二王女ハールの撃破、及び大阪城地下の探索、お疲れ様でした」
 第二王女を撃破した事で、エインヘリアルと攻性植物の同時侵攻の危機を回避出来たのは、正しく僥倖と言えようが。
 ケルベロス達を見回す都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)の表情は厳しい。
「大阪城地下に於いて、本星のドラゴン軍団が、『竜業合体』によって地球に到達しようとしているという情報も得られています」
 だが、地球に迫り来る脅威は、本星のドラゴンだけでは無かったのだ。
「約3年前の『スパイラル・ウォー』の結果、惑星スパイラスに隔離された状況にあった慈愛龍のドラゴン達も又、竜業合体を経て惑星スパイラスと合体。近く、地球の衛星軌道上に出現する事がヘリオンの演算で判明しました」
 サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)の懸念が現実となってしまった訳だが、幸い、黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)とエマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力を要請していた天文台や、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意喚起していたNASAによる解析により、より詳しい情報が得られている。
「少なくとも、惑星スパイラスとの竜業合体は、相当に無茶をしたようです。慈愛龍率いるドラゴン軍団はほぼ壊滅。残ったドラゴンも、グラビティチェインが枯渇しており、戦闘力が大きく損なわれています」
 だが、慈愛龍の狙いは、竜業合体した惑星スパイラス――螺旋業竜スパイラスを、衛星軌道上から日本に墜として数千万規模を虐殺、グラビティ・チェインの略奪する事にある。
「これが実現すれば、慈愛龍達が力を取り戻して、『終わり』です」
 ドラゴンが出現する衛星軌道上のポイントは、既に割り出している。
「皆さんには、弱体化している間に慈愛龍らドラゴンを撃破し、更には螺旋業竜スパイラスの破壊をお願い致します」
 ドラゴンの迎撃は衛星軌道上となり、そこまでは宇宙装備ヘリオンで移動する。
「無重力空間での戦闘となりますが……希望がありましたら、大運動会でお馴染みのジェットパッカー等、移動用装備も準備致します」
 創のヘリオンが向かう座標に現れるのは、「バンダースナッチ」。かつて、八竜襲撃の一角であった「災竜ジャバウォック」と対成すモノ。
「サイケデリックな機械竜と言いましょうか……悪夢に出て来そうなクリーチャーですね」
 その性格は、残虐、好戦的、陰険。ドラゴニアンの肉を好む悪食でもある。
「まあ、慈愛龍の一派ですので、ケルベロスが出現して以降、地球に降りた事は無いようですが」
 まだドラゴニアンがデウスエクスであった頃、散々に食い散らかしていたのだろう。
「武器は『熱蒸気』と『スピード』です」
 全身に生えたパイプから絶えず蒸気が噴き出しており、超高熱の蒸気は敵を纏めて熔解させる。
「又、異常に長く柔軟な頸部を振るい、近くにいる敵を纏めて薙ぎ払ったりもします」
 そして、驚異的なスピードは、無数の残像を創り出す程。敵の死角から喰らい付く事も容易かろう。
「弱体化して尚、強敵ではありますが……バンダースナッチを倒す制限時間は12分。短期決戦を目指して下さい」
 竜業合体の賜物、螺旋業竜スパイラスは地球に移動する以外に戦う力はない。だが、その巨大な質量を破壊するには、本作戦に参加したケルベロス達が、最大出力のグラビティで一斉攻撃する必要がある。
「バンダースナッチを12分以内に撃破出来なければ、螺旋業竜スパイラス落下阻止の攻撃が間に合わなくなります」
 敗北或いは時間切れでスパイラスの攻撃に加われないチームが一定数出てしまえば、戦力不足でスパイラスの落下を完全に防ぐ事が出来ず、地球への被害も免れないだろう。
「全く……惑星と合体したドラゴン墜としなど、荒唐無稽な話ですが、ここで阻止しなければ、地球自体が終わってしまいます」
 落下阻止限界時間までに、何としても螺旋業竜スパイラスを破壊しなければならない。
「弱体化しても強敵のドラゴン相手の短期決戦など、無茶をお願いして申し訳ありませんが……皆さんの双肩に、地球の命運が掛かっています」
 どうぞご武運を――最後まで眼差し鋭く、ヘリオライダーは慇懃にケルベロス達に一礼した。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
小車・ひさぎ(同じ地球のしあわせに・e05366)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
巽・清士朗(町長・e22683)

■リプレイ

●会遇目前にして
 漆黒の空間を、数多の宇宙装備ヘリオンが翔け往く。衛星軌道上にて、螺旋業竜スパイラスと慈愛竜一派を迎え撃つべく。
 螺旋業竜スパイラスを滅するには、日本に墜とされるまでの猶予――12分以内に慈愛竜一派を倒し、スパイラスを総攻撃せねばならない。
 果たして、宇宙空間を踏破して弱った状態であろうと、最強戦闘種族と謳われるドラゴンを制限時間内に撃破出来るのか――酸素供給装置やスラスターの整備と、ケルベロス達は最後まで戦仕度に余念がない。
「……電波不通でも、予めダウンロードした画像が表示出来る事自体は、良かったのですが」
 思わず、溜息1つ。ライドキャリバー『テレーゼ』の傍らに佇み、テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)が片手を広げれば――浮かび上がったのは、フラッグの立体映像。アイズフォンの賜物だ。ケルベロスと柊の紋様は、翻れば全力攻撃を鼓舞する勇ましき軍旗となっただろうが。
「うーん、あたしも楽しみにしてたんだけど」
 如何せん、激戦の最中の報せとするには、掌上サイズでは流石に足りない。同じく電気仕掛けの小旗を見下ろして、小車・ひさぎ(同じ地球のしあわせに・e05366)も残念そうだ。
「まあ、真空でなくとも『音』が伝播出来ぬ程、宇宙空間は稀薄でありますから」
「だから、バイブレーション機能のタイマーを使うのじゃな」
 尤も、頷き合う据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)とウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)の言う通り、今回のタイムアタックの備えとして、ケルベロス達は各々振動で時間を報せるタイマーを持参している。ヘリオンから打って出る直前に、時間を合わせる算段だ。
「え……宇宙って真空じゃないんだ?」
「うむ、確かに宇宙は無重力空間ではあるが……僅かながらも分子が漂っていて、厳密には、真空でないようだな」
 巽・清士朗(町長・e22683)の回答にもピンと来なかったか、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は不思議そうに小首を傾げている。
「そう言えば……『グラビティ・チェイン』は全て地球から発生していて、宇宙全体に螺旋のように広がっている、でしたっけ」
「私達ケルベロスが……或いは、ドラゴン共が宇宙空間でも動ける一因かもしれません」
 やはり小耳に挟んだ話題を、ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)とフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は、肩を寄せ合い生真面目に考察している。
「ドラゴン……」
 不意に、エルスの表情から色が抜け落ちたのは、気の所為ではないだろう。
(「……ああ構わない、いくら来ても、全て殺せるといいわ!」)
 そのフレーズ1つで、憎悪と殺意を抑えきれなくなる。寧ろ、抑制の必要すら感じない。銀髪に白椿咲かせるオラトリオの少女は、ドラゴンが全て滅ぶまで、戦いは止めないだろう。
「……ふむ」
 エルスの白い面を窺い、次いで、ひさぎの明朗な横顔を見やり、清士朗は何ともご満悦の表情か。
「俺の勝利の女神が2人も居てくれるとなれば、もはや負ける気がせんな」
(「また勝手にフラグ立てるし」)
 今回共に戦う仲間1人1人に声を掛けていたひさぎだが、清士朗にだけはツーンとそっぽ向いてスルーする。
(「なんで、悪食の危険な奴わざわざ選ぶの」)
 敵竜は、殊ドラゴニアンの肉を好むという。その身に竜の要素を隠した飼い主を横目に――ヤマネコの尻尾は大きく揺れていた。

●機竜の所在
 螺旋業竜スパイラス襲来――すぐさま、宇宙ヘリオン各機は標的を捕捉するや、散開する。
「行くか」
 酸素供給装置と連結したマスク越しの清士朗の声は届かずとも、昂揚する戦意は皆同じ。
 次々と、ヘリオンを飛び出したケルベロス達が向かう先に――大にして奇怪なる影。

 努々、燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず――!!

 その頸が、伸びる。竜頭を覆うマスクの下で大顎が割けるように開くや、大量の蒸気が噴出した。
「……っ!!」
 まるで玩具地味た奇怪さで、伸びた長頸が喰らい付かんとしたのは――判り易く竜派のドラゴニアン、赤煙。その軌道をフローネが遮る。抉られる激痛のみならず、翳したアメジスト・シールドを越えて高熱が全身を灼いた。
「フローネ!」
 ディフェンダーの庇う行動自体は反射的であり、特定の攻撃を狙う余裕はない。敵の悪食はフローネの魔導装甲も構わず噛み裂いたが、ミチェーリの叫びこそ聞こえずとも頭を振って大丈夫と報せた。
 寧ろ、敵の初撃を阻めた重畳。士気の高揚を実感しながら、全身防御の構えを取るフローネ。引き続き、盾の役目を全う出来るよう。
 そんな彼女を誇らしく思いながら、ミチェーリはヒールドローンを展開する。肩並べる恋人を、同胞を護るべく。
(「キャスター……違う」)
 敵の先制は忌々しくも、フローネが即膝突く事は無さそうだ。故に、エルスは予定通り、虚無魔法を唱える。少なくとも、眼力が報せる命中率に極端な低下は無い。
「まずは――機動力を削ぐ!」
 エルスのディスインテグレートと同時、最寄りのスペースデブリを蹴る清士朗。狙い澄ましたスターゲイザーが漆黒を翔ける。歯車蠢く機械翼を蹴り付け、慣性に逆らわず離脱した。
「ここから先は、行かせないんよ」
 宇宙服のように表面を覆ってくれる、オウガメタルの「わこ」が頼もしい。その内で決意を呟き、ひさぎは拳大の宇宙ゴミを弾く。挨拶代わりの警告射撃は、バンダースナッチの胸部を叩いた。
「滅びを良しとせず、足掻き続ける姿勢は尊敬します」
 ふと、声が伝わらないのは、都合よくも面倒だと思う。
「……だからと言って、ドラゴンのためにこちらが滅びる程の義理はありませんがね」
 だからこそ、これ見よがしに竜尾をブンッと振り回し、赤煙はメタリックバーストを前衛へ。ジャマーの援護は、速やかな総攻撃への布石となろう。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、デカブツに命中させるなど、簡単なことなのじゃ」
 早速、超感覚が覚醒した心地に金の双眸を細めるウィゼ。自慢のお髭を捻りながら、11歳の威厳溢れる挙措で気咬弾を放つ。
(「私のアームドフォートはジャイロフラフープ。ジャイロと名が付く通り、姿勢制御に抜かりはありません。宇宙空間はばっちりです」)
 初手より惜しみなく、テレサはワイルドスペースより『斬環の末妹』を召喚。
 切り裂け!! デウスエクリプス!!
 神喰の双円刀『デウスエクリプス』の軌跡をなぞり、『斬環の末妹』から分離したライドキャリバーは、続いて炎の突撃を敢行する。
 先制攻撃こそ許したが、ケルベロス達の初手は強化を重ねる一方、攻撃も全力で。順調な出だしと言えた。
 だが、敵はドラゴン。弱体化していようと一筋縄ではいかない。
 ――――!!
 長大な頸がぐにりと曲がるや、前衛を薙ぐ。重き一閃で、ケルベロスらの態勢を崩さんと。逸早く動いたテレーゼが、相棒たるテレサを庇う。
「な……」
 よもやテレサの目の前で、テレーゼが纏っていたオウガ粒子も、小型治療無人機も消し飛ばされようとは。
「メディック!?」
 思わず声を漏らすエルス。ドラゴニアンの肉を好むバンダースナッチの性格は、残虐で好戦的と聞いていた。ならば……。
(「……成程。陰険な嫌がらせも大好き、と」)
 残虐で好戦的だから、陰険に戦いを長引かせて甚振ろうとする訳か。
 ともあれ、敵の性状が見えた所で、エルスの行いは変わらない。
(「私は、自分の役目、自分のすべき事を果たすだけ」)
 冷静に首を巡らせ、2回連続ダメージを被ったフローネの脳髄を賦活するエルス。
「ミチェーリ! Аврораを展開します!」
「ええ、この光で全てを護りましょう!」
 フローネとミチェーリは恋人であり相棒。喩え互いの言葉は届かなくとも、息を合わせ、宇宙に紫と蒼のオーロラを靡かせる。水晶と青氷壁が混じり合い、ヒールドローンが再び飛び立つ中――斬撃や蹴打が奔り、様々な砲弾がバンダースナッチに浴びせられた。

●機竜の性状
「またですか……」
 淡々とアンニュイを滲ませて、テレサはドラゴニックハンマーを握り締める。
 ケルベロスの周りを飛び回るバンダースナッチ。その速度は、残像が無数に分裂して見える程。正に、個にして群の怪物。
 まだタイマーの報せは来ないが、残像分身はこれで2度目。流石にこの状態では、攻撃もままならぬ。仕切り直しを強いられているも同然だ。
 だが、それはケルベロス側も同様で、まずはメディックのエルスが、ヒールで戦線を立て直す。
「喝ッ!!」
 その名も、崩気功――打撃と共に敵の体内を巡る「気」の動きに干渉、そのバランスを崩す事で、呪的防御をも破壊する赤煙。
 バンダースナッチが減速した所で、すかさず攻撃を畳掛けていく。手数の多さが、ケルベロスの何よりの有利だ。
「熱には、氷で」
 ディフェンダー2人と1機が斬撃を重ね、ひさぎが刈った機竜の脚を、清士朗の空なる刃が正確に切り裂いていく。テレサの鎚撃はドラゴンの進化の可能性をも凍らせる。クラッシャーの身で部分狙いは叶わぬが、熱蒸気機関に当たらぬとも充分に切り札と言えよう。
 ウィゼのガトリング連射に合わせて、機竜の動きも強張っていく。
(「そろそろ、弱点を探してみようかのう」)
 これまでにも、ケルベロス総出で様々なグラビティをバンダースナッチに浴びせてきているが、比較実験はウィゼの得意とする所だ。
 ――――!!
 次の瞬間、伸びた竜頸は前衛を掻い潜り、赤煙に喰らい付く。のみならず、引きずり回された。初手はフローネ、2回目の『悪食』はミチェーリが阻んだが、バンダースナッチは執拗に赤煙を狙い続ける。清士朗もドラゴニアンではあるが、角・翼・尾を出さない人派は地球人と見分けがつかない。畢竟、赤煙が狙われる事になる。
 我が魂は破軍の邪炎、常世の悪を焼き尽くさん――。
 すぐさま、エルスは黒炎侵魂契を赤煙へ。魂の契約は、虚無からの黒炎で抉られた体を再生させる。フローネのマインドシールドとミチェーリの気力溜めも重ねられた。
 時間制限があるならば、回復ばかりに手が割けないのも厳しい所だ。ひさぎの戦術超鋼拳で、バンダースナッチの装甲がヒビ割れたのを幸いに、反撃も次々と。
 それでも、戦況は膠着状態が続いた。
 敵の回復手段は赤煙の殺神ウイルスがある程度抑えてきたが、ルーチンワークで単体攻撃→列攻撃→回復とグラビティを回されては、厄の付け直しからやり直しも少なからず。
(「……味方の強化は、回復のついでと割切らないとな」)
 単体攻撃の悪食こそ赤煙が標的だが、続く列攻撃は前衛に浴びせられている。メディックの攻撃はブレイクを伴う。清士朗の考える通り、イタチごっこは得策ではないだろう。
 ――――。
 奇怪な機竜の姿であるバンダースナッチの思考など、読むのも難儀だが……「敵が嫌がる事を為す」所は一貫しているのかもしれない。
 コフゥゥゥ。
 蒸気を噴き出し、長頸をくねらせる。その様はケルベロスを嘲笑っているように見えて、ウィゼはむかっ腹が立つのを堪え、ブレイジングバーストをぶっ放した。

●災厄の機竜、息巻き怒り狂いて
「ドラゴニアンのグラビティチェインがまだ欲しければ、存分に食らうがよろしい!」
 ――――!!
 赤煙のパイルバンカーが氷杭を打ち込んだ瞬間、初めて、バンダースナッチは長頸を仰け反らせた。
 効いている。残像分身で凌いだばかりにも拘らず。
 回復にも限りがある。ジャマーのアンチヒールが在れば尚の事、ケルベロスの手数の多さが、漸く実を、結びつつある――。
 勢い付いたフローネのズタズタラッシュが、ミチェーリのスターゲイザーが、清士朗の竜爪撃が、ウィゼの気咬弾が次々とドラゴンに突き刺さる。その度、傷口から溢れる岩漿が凍りついていく。
 ――――!!
 だが、ケルベロス達のタイマーが一斉に振動すると同時――全身より爆発した蒸気を噴出させ、長頸をのたくらせられたバンダースナッチの顎は、応酬するように赤煙に喰らい付く。
「う、ぐ……!?」
 もし、振り切る事が出来れば、すかさずエルスが癒しただろう。或いは、ディフェンダーが庇えていれば、持ち堪えられたかもしれない。
 だが、ディフェンダーの妨害は勿論、メディックのヒールの暇も許さず、再度長頸を打ち振ったバンダースナッチは、紅き竜人の体躯を捉え穿ち喰らう。
「赤煙先生!?」
 ミチェーリの目の前で宙を飛んだ赤煙は、岩礁めいたスペースデブリに叩き付けられ動かない。
 ――――!!
 追い打ちで、とどめを刺そうとしたバンダースナッチが不自然に跳ねる。
「不死を謳うなら、力を温存しながらゆっくり宇宙旅行して……ケルベロスがみんな死に絶えた頃、到着すればよかったんよ」
 赤煙の前に立つ位置取りで、フェアリーレイピアを構えるひさぎ。斬撃を重ねて牽制する。
「……バカやね、急いで来たって、もうドラゴニアゲートもないのに」
 バンダースナッチが怯んだ刹那を逃さず、これ以上はやらせじと、ケルベロス達の攻撃が殺到した。
 ――――!!
 それでも尚、黒きマグマを吐き散らすバンダースナッチの視線は――。
「照りもせず 曇りもはてぬ春の夜の おぼろ月夜に しく物ぞなき……やっと来るか? ドラゴン」
 清士朗に潜む気配に漸く勘付いたか。ゴムの如く伸びきった長頸は、後衛にまで届く。
「ふむ……これはちと厳しいか」
 マスクの下の大顎が青年を喰らい付かんとした寸前。
「……まさか、丸呑みって」
(「寧ろ、自分から飛び込んでったような」)
 ラスト1分――何処か呆れた風情のエルスのディスインテグレートが爆ぜ、ひさぎの残像剣が超高速に閃けば、ぐにりと曲がった長頸を拳が突き破る。
 ――――!!
 流石に無傷ではなかったが、自ら開けた頸の穴より清士朗が飛び出せば、テレサのアイスエイジインパクトとテレーゼのキャリバースピンが相次いでラッシュを叩き込み、ウィゼは両手に構えたガトリングガンの弾嵐を心置きなく浴びせ掛ける。
「……うむ、ちょっとばかり破壊攻撃に弱いようじゃな」
 まあ、今回は誤差の範囲のようだけれど。
「ミチェーリ!!」
 そして、全身に力を溜めたフローラが超高速斬撃を放ち、竜の全身から黒きマグマが噴き出したと同時。ミチェーリの冷気のオーラが氷杭を形作るや、精確にも機竜に標準を合わせる。
「この一突きで穿ち抜く! 露式強攻鎧兵術、“氷柱”!」

 時間ギリギリでバンダースナッチを撃破したケルベロス達は、息つく暇も惜しんで、巨大なるドラゴンの方へと急ぐ。
(「螺旋業竜スパイラスとな……」)
 螺旋忍軍の帰る場所すら無くなってしまったのは、哀れと思うウィゼではあるが。
(「地球まで、ドラゴンに奪わせる訳にはいかないのじゃ」)
 その為に、ケルベロス達は宇宙を翔け抜けるのだから。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。