決戦! 螺旋業竜~青き星、我らがもの

作者:坂本ピエロギ

●辿り着いた者達
 太陽系第三惑星、地球。
 重力の及ばぬ宇宙空間の衛星軌道上を、いま悠然と泳ぐ群れの姿があった。
 先頭を行くのは一対のドラゴン。白き雌の龍と、蒼黒き雄の龍だ。
『同胞達よ。あれが地球です』
 白き龍の名はメルセデス。蒼黒き龍ギルバレムと共に慈愛龍の名を冠し、かつて同胞たるドラゴン軍団ともども惑星スパイラスに閉じ込められた龍である。
 だが、それはもはや過去の事にすぎない。
 かの惑星は、もはや龍の檻であることをやめたのだから。
『ふふ。とても素敵な姿ですよ、スパイラス』
 地球への落下軌道に乗りながら進んでいく一際巨大なドラゴンに、限りない慈愛の眼差しを注ぐメルセデス。僅かに残った同胞と共に見下ろす先に映るのは、青き星のグラビティが集まる場所――日本だ。
『なんと美しい……あそこに住まう全ての生命も、残らず愛してあげましょう』
 メルセデスの注ぐ愛情に、種族の隔てはない。
 等しく束縛し、飲み込み、喰らって愛し、慈しむ。今までそうして来たように。
 これより訪れる至福の時を思い浮かべ、慈愛龍は恍惚の輝きを放つのだった。

●ヘリポートにて
 大阪の戦いは、ケルベロスの勝利に終わった。第二王女ハールを撃破したことによって、エインヘリアルと攻性植物の同時侵攻はひとまず回避されたのである。
「ですが喜んでばかりもいられません。ハール強襲と並行して行われた大阪城地下への潜入チームが、大阪城内のドラゴン勢力から気になる情報を得たのです」
 ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)はそう言って、集合したケルベロス達に説明を開始した。
 ドラゴン勢力の情報――それは、竜業合体を終えて本星を発ったドラゴン軍団の存在だ。強大な力を得た彼らは、遠からず地球へ到達するのだと。
 この情報を元に行われたサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)の警戒活動により、つい先程、新たな予知がもたらされた。
 すなわち――。
「惑星スパイラスから飛来したドラゴン達が、まもなく地球の衛星軌道上に出現します」
 スパイラル・ウォーにおいて惑星スパイラスに閉じ込められたドラゴン勢力。
 メルセデスとギルバレム、2体の慈愛龍が率いるドラゴン軍団はスパイラスで竜業合体を繰り返し、本星のドラゴン達に先んじて地球へ到達したのだ。
 サリナが得たこの情報に加え、さらに詳しい情報も届いている。
 黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)とエマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力要請した天文台からの情報、さらには死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意喚起したNASAの解析によって。
 それによって判明した情報は、大きくふたつ。
「ひとつは、彼らの勢力が惑星スパイラスと竜業合体を果たしたことです」
 名を螺旋業竜スパイラス。スパイラル・ウォーの敗北により取り残されたドラゴン達が、惑星スパイラスの全てを喰らうことで誕生した存在だ。
「竜業合体の影響によってか、スパイラスは地球に移動する以外の能力は持っていません。ですが、元となったのは螺旋忍軍の本星。その質量は天文学的といっていいでしょう」
 ふたつめは、慈愛龍らの目的。
 それは竜業合体した螺旋業竜スパイラスを――地球へ落とすこと。
「正確には、世界中のグラビティ・チェインが集まる日本へスパイラスを落とし、虐殺した人々のグラビティを奪い、ドラゴン種族の力を取り戻す。それが彼らの目的です」
 仮にスパイラスが落ちれば、犠牲者の数は想像もつかない。
 被害が日本だけで済む筈もなく、地球という星そのものが不可逆的な傷を負うだろう。
 ――早い話、『終わる』。全てがだ。
「急ぎ宇宙へ向かい、2体の慈愛龍が率いるドラゴン軍団の撃破をお願いします。そして、螺旋業竜を破壊し、地球を破滅から守って下さい」
 そうしてムッカは、作戦の詳細な説明を開始する。

「本作戦の目標は、軌道上に出現した慈愛龍率いるドラゴン達を倒し、螺旋業竜スパイラスを撃破することです」
 ドラゴン勢力の迎撃ポイントとなるのは、地球の衛星軌道上。
 現地へは宇宙装備ヘリオンで移動し、無重力空間で戦闘を行うこととなる。
「慈愛龍とそのドラゴン軍団は現在、グラビティの枯渇と過酷な竜業合体による移動の影響で弱体化していることが判明しています。迎撃ポイントへ出現した直後に強襲をかければ、大きな好機を得られるでしょう」
 作戦の手順としては、最初にドラゴン軍団を攻撃し、標的となるドラゴンを撃破。
 然る後に螺旋業竜スパイラスを集中攻撃、これを破壊する流れとなる。
「私のチームでは、慈愛龍メルセデスが相手となります。激しい戦闘が予想されますので、万全の準備で臨んで下さい」
 慈愛龍ギルバレムと共に軍団を率いるドラゴン、メルセデス。麗しく穏やかな純白の龍である彼女は、宇宙に遍く全ての種族を慈しみ、受け入れる心の持ち主だ。
 しかして彼女の『愛』は、地球に生きる者達のそれとは根底から異なるもの。
 己の愛を受け入れぬ存在は、残らず喰らって取り込み、慈しむ。その愛は全てを束縛し、飲み込み、ついには破滅へと導くものに他ならない。その力は弱体化してなお強力であり、熾烈な戦闘は避けられないだろう。
「加えてメルセデスらの撃破には、ひとつの条件があります。……それは時間です」
 先の説明通り、螺旋業竜スパイラスは『地球へ向かう』以外の行動を取ることはない。
 それは裏を返せば、ケルベロスとドラゴン達が戦っている最中も、地球への落下コースを突き進み続けるということだ。
「……12分。それ以内にメルセデスを撃破できなければ、皆さんのスパイラス落下阻止の攻撃は間に合いません」
 スパイラスの質量は膨大で、その破壊には戦場中のケルベロスが力を合わせ、最大出力のグラビティで一斉攻撃を行わねばならない。
 もしも敗北あるいは時間切れにより、5チーム以上が攻撃に加われない場合――。
 落下するスパイラスを完全に阻止する事は不可能になる。
 不足した戦力に比例して、地上の被害も、喪われる人命も大きくなるだろう。
 激戦となるのは間違いない。勝機のほども分からない。
 しかし、それでも――戦う以外の選択肢は、ない。
 迫りくるドラゴンの脅威を阻止できるのは、ケルベロス以外に存在しないのだから。
「地球の命運は、皆さんの双肩に掛かっています。……どうか、ご武運を」
 ムッカはケルベロス達に深く一礼すると、発進の準備を開始した。


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)

■リプレイ

●一
 グラビティ・チェインの源たる惑星、地球。
 その力が集まる日本の地へ螺旋業竜スパイラスを落とさんと、慈愛龍率いるドラゴン軍団が衛星軌道上を進んでいく。
「スパイラス……まさか本当に……ゲートを使わず到達するとは……」
 出撃準備を完了した死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)は、ヘリオンのハッチからその光景を眺める。
 竜業合体を繰り返し、過酷な強行軍を生き抜いた31体のドラゴンたち。
 彼らとの熾烈な戦を予感するように、ハッチには緊迫した空気が漂っていた。
「さすが最強種族。恐るべき執念、と褒めるべきでしょうか」
「ええ。けどそれも、ここで終いです」
 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)の呟きに、田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)がジェットパッカーを起動しながら同意を返す。
「あんな奴らに、地球の大地は踏ませへん。気張って行かな」
 出撃のサインが灯ると同時、宇宙に展開したヘリオンから240名を超えるケルベロスが飛び立っていく。
 マリアらの標的は慈愛龍メルセデス。ドラゴン軍団を率いる2頭の龍の片割れだ。隊列を組んで軌道上を進むこと暫し、先頭の平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)が敵発見の合図を送る。
「見えたよ、慈愛龍だ!」
 遍く生命に『愛』を注ぐ、傲慢なる女帝。その姿は神話に描かれる神の化身のごとく。
 慈愛龍もまたケルベロスの接近を感じ取ったか、純白の翼を広げて戦闘態勢を取った。
「まっぶしー! なんかこう『ザ・光属性』って感じ?」
「気をつけて、攻撃がくる!」
 ティユ・キューブ(虹星・e21021)がサインを飛ばした刹那、慈愛龍の全身から生じた光がケルベロスの前衛を襲った。
「く……っ!」
 慈愛の力で礫と化した光をガードするティユ。彼女に並ぶカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は慈愛龍を狙い定め、番犬鎖を展開した。
(「凄い威力……食らい続けたら、長くはもちませんね」)
 回復特化のポジションとは思えぬ火力の高さに背筋が凍るのを感じながら、カロンは盾となったフォーマルハウトに合図を送り、捕縛の鎖を慈愛龍へ射出する。
「まずは命中の確保です!」
「ペルル。負傷者の回復は任せたよ」
 鎖と噛みつきの連携攻撃が慈愛龍の巨体を拘束すると、続けてティユがボクスドラゴンに支援を指示。溢れ出るグラビティの光を投影し、攻撃の導となる星図を後衛へと示す。
「導こう」
「わたしたちの星を、ドラゴンの好きにはさせないよ――絶対護ってみせるから」
 ティユの『極星一至』で狙いを研ぎ澄まし、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)は掌から一羽の蝶を解き放った。
「――真紅の花開く。紅艶の蝶」
 『紅蝶』。緋色のそれより射程は短いが、そのぶん威力は折り紙付きだ。宇宙を舞う紅の蝶が、慈愛龍の意識を縫い留める。
「くふふ。罪があろうとなかろうと、悪は粛清あるのみですよーぅ」
 そこへ間を置かず、人首・ツグミ(絶対正義・e37943)がエアシューズで突撃。流星蹴りを前脚めがけ叩き込み、回避を奪い去った。幸いにも慈愛龍の回避はさほど高くないのか、命中はほぼ確保できたようだ。
 だがこれはあくまで序盤戦、ケルベロスはいまだ一歩を踏み出したに過ぎない。
「いっけー、平和主義アターック!」
 ライフルを構えた和がかごめのオウガ粒子を浴び、ゼログラビトンで慈愛龍を牽制。
 好機とみた刃蓙理は、喰霊刀が捕食したエネルギーをマリアへと注ぎ込んだ。今から放つ攻撃は、作戦の成否を左右する。外すことは許されない。
「これで……当ててください……」
「了解。おおきにな!」
 そうしてマリアは、宙を跳ぶ。
 叩きつけるは虹をまとう跳び蹴り、ファナティックレインボウだ。
「さあこっち向き、相手はうちや!」
 喉にめり込む虹色の蹴り。慈愛龍の放つ光が、怒りの色で濁る。

●二
『ふふ。まずは貴女から愛してあげましょう』
 慈愛龍の毒をはらむ念が、マリアへと放射された。
 刃蓙理は盾となってそれを防ぐと、掌を自身の体にかざす。『Higher Ground』、大地の恩恵の力で守りを固めるグラビティだ。
「耐性のブレイクは……回避できましたか……」
 たった二度攻撃を受けただけで、刃蓙理の全身が軋むように痛んだ。体を蝕む毒効果は、ペルルから受けたシャボン玉属性の力で吹き飛ばす。
「弱体化してこの威力……螺旋忍軍のゲートを潜っていたらと思うと、ぞっとしますね」
 こみ上げる焦燥を抑えながら、カロンはペトリフィケイションを発射。並の相手なら浅くない傷を与える石化光線を、しかし慈愛龍はものともしない。
「わたしたちも負けられないよ。地球のために」
 イズナはシャーマンズカードを手繰り、氷結の槍騎兵をけしかけた。息を合わせた和が、ライフルの照準を龍の翼に定める。グラビティを帯びた凍結光線だ。
「これで凍っちゃえー!」
「慈愛龍。お気の毒ですが死んでもらいますねーぇ?」
 ツグミは慈愛龍の懐めがけて飛び込むと、凍結していく純白の巨体をチェーンソー剣で滅茶苦茶に切り刻む。だが、鱗を剥ぎ取り、防御を破る斬撃を叩き込んでもなお、龍の勢いはまるで衰えない。
(「……つくづく化け物やね、ドラゴンは」)
 慈愛龍の戦いぶりを目の当たりにして、マリアは舌を巻いた。
 あの敵のウィークポイント、それは自己回復能力を持たないことだ。
 状態異常もダメージも、着実に蓄積している。だが、並のデウスエクスならとうに態勢を崩す傷を負っても、慈愛龍の攻撃は衰えるどころか更に激しさを増していく。
「しゃあない。奥の手、使いますか」
 マリアはジェットパッカーで加速すると、慈愛龍の露出した傷を狙い定めた。
 手には重力の糸。素早い手捌きで、傷口をジグザグに結紮する。
「その異常、更に縫い止めます!」
 『B・S・L』。状態異常の増悪(ぞうあく)を誘う、女医マリアの必殺技だ。
 中衛から叩き込んだその一撃は、慈愛龍の足をさらに止め、鱗を剥がし、武器となる光の力を弱めていった。
「さあ、一気に行くで!」
 ケルベロスと慈愛龍のグラビティの応酬が、宇宙空間を眩く照らす。
 マリアを庇った傷を、気力溜めで塞ぐティユ。かごめは息を合わせ、マインドシールドでがむしゃらに回復を続ける。
「恐れない。諦めない……!」
「勝って戻りましょう。必ず」
 帰りを待つ人々のため。共に戦う仲間のため。ケルベロスは手を取り合いながら、一歩も引かず戦い続ける。
 そんな彼らに届くのは、4分、5分と時間の経過を告げるアラームの合図。
 慈愛龍の微笑みは、いまだ消えることはない。

●三
 極光の礫に慈愛の念波、そして不朽の愛がもたらす光。
 慈愛龍の攻撃は、なおも洪水のごとき怒涛の勢いでケルベロスを翻弄していく。
『もう少し。もう少しで地球は私たちの愛で満たされます』
「そうはさせへん……!」
 一方、ケルベロスも負けてはいない。
 ツグミは服破りを、和は氷を、そしてイズナは氷と足止めを。3人が与える状態異常を、マリアはチェーンソー剣と重力の糸でジグザグに切り開き続ける。
 交戦開始から7分。慈愛龍に蓄積された足止めは、後衛のツグミとイズナが放つ攻撃を、より精緻な狙いを得易いものへと変えていた。
「くふ。容赦しませんよーぅ?」
「わたしたちの覚悟、甘く見ないで」
 微笑みに似た表情を浮かべ、ツグミは機械腕の刺突で慈愛龍の鱗を穿った。
 直後、戦友のイズナがコンビネーションを発動し、螺旋氷縛波を発射。二人の攻撃は、鱗を剥がれて露出した慈愛龍の腹へと直撃し、血の混じった光の飛沫を宇宙にまき散らす。
「しかし……恐るべきタフネスですね」
 マインドリングに重力を注ぎながら、かごめの心を焦燥が捉え始めた。
 慈愛龍がマリアに浴びせる攻撃はティユらが防いでいるが、それとて完璧ではない。
 ガードをすり抜けた攻撃を受けるたび、マリアの体力は着実に削られていた。
「まだまだ諦めんよ!」
 シャウトを飛ばし、かごめのマインドシールドを浴び、耐え続けるマリア。
 盾役はフォーマルハウトが戦闘不能に陥り、刃蓙理とティユ、ペルルを残すのみだ。
 慈愛龍へのダメージを着実に重ねるケルベロス。その間も螺旋業竜スパイラスは、地球を目指して黙々と突き進んでいく。
「慈愛竜……愛と共に散り給えよ……」
 刃蓙理は憑霊弧月の一閃で斬りつけ、慈愛龍を毒で汚染する。死の臭いが染みついた身なれど、ここで地球を死なせる訳にはいかない。最後の1秒まで諦めはしない。
「絶対に下がりません。僕たちは、この星を必ず守る」
 カロンは獣の拳を握り固め、慈愛龍の頭部を狙い定める。
 目の前のドラゴンが如何に慈愛に溢れた存在であるのか、彼は知らない。知る気もない。自身の愛こそ唯一と疑わぬ相手には、拳で応えるのみだ。
「気安く愛を語らないで。地球はお前たちなんかの物じゃない!」
 慈愛龍の顎をカロンの獣撃拳が捉え、重圧の力で縛りつける。
 ティユは悲鳴を上げる体に鞭打って、バトルオーラの気力を注ぎ続けた。サーヴァントのペルルを使役するぶん、ティユの体力は高くない。気を緩めれば、あっという間に戦闘不能に陥るだろう。
(「そろそろ……最後の手段も考える時かな」)
 暴走――そんな二文字が、頭をよぎった矢先。
 和の大器晩成撃を浴びて凍り付いた慈愛龍の右眼から、慈愛の極光が溢れ出る。
(「盾役のガードは間に合わへん……せやったら!」)
 マリアは最後の気力を振り絞り、慈愛龍の傷を狙い定めた。
 グラビティの糸は寸分の狂いもなく龍の右目を捉え、傷跡をジグザグに結紮する。マリアの執念を込めた一撃だ。
「よそ見、出来へんようにしたります!」
 眼を覆いつくす氷。感覚の喪失と共に失われていく回避の力。音の届かぬ宇宙空間に響く慈愛龍の声なき悲鳴を脳裏に残し、極光を浴びたマリアは意識を手放した。
「後は、頼みます……!」
 それはまさに、戦いの趨勢がケルベロスに傾いた瞬間だった。
 残り時間は2分。破滅をもたらす螺旋業竜が、青き星へと静かに迫る――。

●四
 衛星軌道上で火花を散らす、ドラゴン勢力とケルベロス。
 あちこちで討たれ始めた同胞を睥睨しながら、満身創痍の慈愛龍は高らかに告げた。
『スパイラスよ。どうか地球へ、私の愛と共に……』
 対するケルベロスもまた、傷だらけ。
 アタッカーが慈愛龍への砲火を浴びせ続けるなか、かごめは回復のグラビティを練る。
 そこへ放射される毒の念。かごめを庇い、力尽きるペルル。
 刹那、かごめの力が桜の花弁に変じ、後衛の味方を包み込んだ。
「さあ咲き誇れ――擬似換装:桜吹雪!」
 宇宙を照らす桜花を合図に、ケルベロスの攻撃が慈愛龍へと降り注ぐ。
 最初に仕掛けたのは、カロンだ。
「夜の空を見てごらん。星が綺麗だとは思わない?」
 夜天魔法『望遠観測のポラリス』。魔力で収束した星々の光を矢と為し、慈愛龍の全身を刺し貫いた刹那、龍の体がひときわ輝きを増していく。
「気をつけて、攻撃が来ます!」
 カロンの合図が飛んだ刹那、視界を塗り潰す極光が礫と化した。
 消えゆく蝋燭の炎がひときわ激しく燃え盛るように、慈愛龍が放った一撃だ。
 ティユはイズナを庇いながら、遠ざかる意識を懸命に繋ぎ留める。
「僕たちは……負けない!」
 ティユは紙一重で攻撃を耐え凌ぐと、高速演算で導いた一撃を叩き込む。続けて刃蓙理が浴びせる凶太刀の一閃。
「絶対に……逃がさない……」
「知恵を崇めよ。知識を崇めよ。知恵なきは敗れ、知識なきは排される」
 番犬の猛攻は止まらない。慈愛龍の頭上に顕現するは、鉄槌のごとき一冊の書物――和の全知識を具現化した『全知の一撃』だ。
「知を鍛えよ。知に勝るものなど何もない。我が知の全てをここに示す」
 雷光のごとき速度で振り下ろされた本の角が、慈愛龍の背にめり込んだ。かごめは追撃のコアブラスターを叩き込み、アラームに目を落とす。
「あと20秒。急いで下さい」
「任せて……!」
 イズナの掌から飛び出す紅蝶が、慈愛龍の頭上を舞う。
 そして――。
 龍が仰ぎ見た蝶の先には、ツグミがいた。
「望まれたから在るモノ。夢見られたから在るモノ。踏み躙られたから在るモノ――」
 抱擁するように両腕を広げ、詠唱開始。同時、無数の腕がツグミの背に生える。
 いや、腕ではない。触手めいて蠢くそれは、魔術回路を解放することによって現出した、魔力の翼だった。
 『遺伝子組み換えの残骸』。反動による精神損傷作用という、あまりにも危険なリスクが付きまとう禁断の技。その封印を今、ツグミは解いたのである。
「この翼、綺麗ですよねーぇ。もがく腕の集まりのようで」
 超集中、超強化、そして魔力。
 理性と正気を薪にくべ、ツグミという存在すべてを込めた右腕の一撃は、慈愛龍の心臓を一分の狂いもなく捉え、握り潰し、その鼓動を永久に停止させた。
『スパイラス……ギルバレム……地球へ……』
 息絶えた慈愛龍は、そのまま光の粒となって宇宙に散る。
 12分の経過をアラームが告げたのは、その直後のことだった。

●五
 感慨に浸っている時間はなかった。
 地球へ落下していくスパイラスを射程に収め、ケルベロスは攻撃の準備を完了する。
 ドラゴン軍団の姿は、もはや軌道上にない。全てのチームが撃破に成功したのだ。
「さあ、急ごう!」
 イズナは氷結の螺旋を生成しながら、仲間へ合図を送る。
 竜業合体を繰り返し、ドラゴン種族の悲願を背負い、落下軌道を行くスパイラス。
 そこをめがけ、宙域に展開するケルベロスが一斉に攻撃を開始した。
 穿たれ、砕かれ、熔かされて、巨竜の体はみるみる原型を失いながら、地球の重力に引きずられて落下し始める。
『――――!!』
 慟哭が、聞こえた気がした。
 同胞の想いが潰える無念を嘆くように。未だ来ぬドラゴニアの竜達に詫びるように。
 それを最期に、重力の楔を心臓に打ち込まれた螺旋業竜スパイラスは、全身を砕け散らせながら宇宙に散っていく。
「綺麗だね……」
「うん。お疲れ様」
 かつて龍だった流星雨を眺めるティユの隣で、イズナは黄金の林檎を噛み締める。
 地球は守られた。滅びは回避されたのだ。
 だが勝利の余韻に浸っている暇はない。帰還したケルベロスたちには、新たなる戦いが待っているのだから。
「こちら葛城。任務完了、回収を要請します」
 マリアを担いだかごめが、向かってきたヘリオンに誘導の合図を送った。
 イズナもまた、仲間と共に支度を終えると、帰った後のことをあれこれと考える。
 勝利の報せを伝えて、傷ついた体を休めて、林檎園の手入れもして――ケルベロスとしての変わらぬ日常が、きっと待っているだろう。
「帰ろう、みんな。わたしたちの星へ!」
 地球――宇宙の重力の源たる地。
 再び静寂を取り戻した宇宙で、故郷の惑星は青々とした光を放っていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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