それは、地上に描かれた虹のような眺めだった。
いまだ肌寒さが残る早朝。丘陵公園の一面に広がる花畑に、奈良・さゆりはひとり静かに魅入っていた。
「こんな景色を独り占めできるなんて最高……ん~!」
青空の下で咲き誇るのは、北の大地で今を盛りに花開いたチューリップ。
かつて『ラーレ』の名でトルコから欧州に持ち込まれ、今では世界中で愛される花々だ。
「来年は、うちの園芸部でも育ててみたいなあ。部員の皆と一緒に」
丘一面とはいかずとも、通っている高校の庭園をチューリップで飾ったら、きっと素敵な眺めになるだろう。
ささやかな贅沢のときを満喫しながら、赤い一輪を愛おし気に見つめ、呟いた。
「ふふっ。綺麗だなあ……」
一心に花を眺める彼女は、気づかない。
背後から忍び寄る、攻性植物化したチューリップの影に――。
「そして、そのまま彼女は囚われてしまいます。攻性植物の宿主として」
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)の予測により、事件の予知が得られたことを、ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)はケルベロス達に告げた。
「現場は北海道の丘陵公園にあるチューリップ畑です。そこに咲くチューリップの一株が、何らかの胞子を浴びて攻性植物に変異してしまいます」
宿主にされたのは、さゆりという名の少女。近くの高校に通う女子生徒で、チューリップを鑑賞していたところを攻性植物に襲われたのだという。
「皆さんは現場近くの広場で待ち伏せを行い、敵を迎撃して下さい。広場の周辺は無人で、十分な広さがありますから、花々が被害を受ける心配はないでしょう。ただ……」
「……うん。問題は、その子の救助だよね」
マイヤの相槌に、その通りですとムッカは頷きを返した。
囚われた少女は攻性植物と一体化しており、単に撃破するだけでは攻性植物とともに命を落としてしまう。ヒールと攻撃を交互に行い、回復不能ダメージを蓄積させて倒すことで、少女を救出できる可能性があるのだ。
「この場合、長期戦は避けられないでしょう。ですが、可能ならば……どうかさゆりさんを助けてあげて下さい」
それから一拍置いて、ムッカは少女を無事救出できた後のことに話を移した。
「現場の公園では、ちょうどチューリップが見頃のようです。折角ですから、素敵な花々の景色を楽しんで来ては如何でしょう」
桜や藤が大空を彩る花々ならば、チューリップは大地を彩る花だ。
赤に白色、黄色に紫、青にピンクにと、色とりどりのチューリップが園内の広大な丘陵に咲き誇る景色は、まさに絶景の一言。心を込めて育てられた花々を眺め、のんびりと散策に興じるひと時は、きっと素敵な思い出となるだろう。
だがそれも、すべては笑顔の結末あってこそ。
「それでは皆さん。依頼の確実な遂行をお願いしますね」
「任せて。大好きな花に命を奪われちゃうなんて、悲しすぎるもんね!」
力強く吠える相棒のラーシュを連れて、マイヤは仲間と出発の支度を始めるのだった。
参加者 | |
---|---|
源・那岐(疾風の舞姫・e01215) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231) |
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289) |
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360) |
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382) |
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574) |
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251) |
●一
五月晴れの早朝。
仮初の命を得たチューリップが一輪、花園の中で身を起こした。
「皆、気をつけて。敵が来たよ」
色鮮やかなチューリップが咲き誇る丘陵公園の花畑で、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は、攻性植物の接近を仲間達へ告げる。
避難誘導を終えて閑散とした園内、そこを通る道の向こうから近づいて来るのは、人間の背丈を遥かに超えるチューリップの攻性植物だ。それを視界に捉えたボクスドラゴンが、主のマイヤへ警戒を促すように唸る。
「ラーシュ、頑張ろうね。必ずさゆりを助けよう」
宿主の少女を救助すべく、静かに闘志を燃やすマイヤ。
デウスエクスに日常を奪われる辛さを、彼女は身に染みて知る。同年代の被害者だけに、なおさら不幸な結末にはしたくない。
「チューリップには気の毒だけど……止めさせてもらうから!」
「ええ。無辜の人々が犠牲となること、断じて阻止せねば」
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が、決意を秘めた声で頷く。
デウスエクス化した植物は、もう元には戻らない。ならば、自分たちの手で葬るのみだ。人を殺め、本物の怪物と化してしまう前に――。
その気持ちは、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)も同じ。
「お花はお洒落だし、綺麗だよね! だから……だからこそ、倒さないとなんだよ!」
胸に抱えた相棒、ミミックの『タカラバコ』を地面に下ろし、縛霊手『Mentum』を装着するひなみく。少女にも花園にも、不幸な結末は迎えさせない。バッドエンドを止めるのはケルベロスたる自分たちの仕事だ。
「タカラバコちゃん、絶対勝つよ! おー!」
「敵をブッ倒して、女の子は助ける。シンプルでいいわな」
そう言って柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)は、ニヤリと笑った。
避難誘導は不要、仲間の多くは顔見知り、そして救出対象が若い少女とくれば、張り合いもあるというものだ。
「パパッと終わらせて、両手に花と決め込もうや。な、きゃり子?」
ドレスをまとった女性型ビハインドへ後方支援を指示しつつ、清春はゾディアックソードを抜き放つ。情けも容赦も一切無用、迅速かつ徹底的に撃破してやろう。
次第に迫る戦いの刻。それを待ち焦がれるのは、九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)も同じようだ。
「花畑を荒らす無粋な侵入者現る、といった所か」
もっとも粋云々については、とやかく言えないかもな――戦狂いの幻は八重歯を覗かせて笑った。そうして、日本刀の『紅光』を抜き放つ。
「病に侵された花は、摘み取らせてもらうぞ」
「こっちも準備OKだ。……じゃ、戦いの前の『アレ』、やるか」
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は、懐中から取り出したクリティカールSを飲み干して、全身に気力を漲らせた。
世界中で愛される花、チューリップ。そんな花に人命を奪わせる訳にはいかない。
「散るのは攻性植物だけで充分だ。っつーわけで、よろしく!」
「よし。そろそろフリージアも配置についた頃だ」
千翠と共にドリンクを飲み干し、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)は殺界形成を発動。仲間と共に攻性植物の前に立ちはだかった。
『ギイィィ……!』
「『植物は人間から見られることを求め、見られることが救済なり』――それだけじゃ不満だってか。まぁ強欲は嫌いじゃねぇが」
敵意を露に身構える攻性植物。そこへグラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が向けるのは、鎚矛『悪心』の矛先だ。
咲き誇る花は眺めて楽しみ、命喰らう凶花は踏み潰して嗤う。テリトリーを犯す存在に、彼は一切の容赦をしない。
「ま、強請る相手が間違いだったな。誰の命も啜れねぇまま、ここで潰れろや」
嘲りと共に放つグラハの言葉が、戦闘開始の合図となった。
●二
前衛に5名、中衛と後衛に各3名。
サーヴァント含め総勢11名の布陣で、ケルベロスが戦闘を開始する。
対する攻性植物も、相手がケルベロスであることを悟ったらしい。大の大人を丸呑みできそうな巨大花を広げ、向けてくるのは威嚇の咆哮だ。
『ギイイィィッ!!』
「さぁて、ちったぁ楽しませて貰おうか!」
清春の描き出す守護星座が前衛を包むと同時、物陰に隠れたきゃり子が発射する石ころが攻性植物の足元を縫い留める。
「さゆり、待っててね。必ず助け出すから!」
「タカラバコちゃん、ガブリングで噛みつくんだよ!」
間を置かず動いたのは、マイヤとひなみくの二人。
エアシューズで滑走するマイヤが狙うのは、地面を這うように動く巨大な根だ。足止めを受けた個所めがけ、最前列からのスターゲイザーを叩き込む。
鈍い衝撃と共に千切れ飛ぶ根。ラーシュからの属性インストールと、ひなみくが散布する紙兵を浴びたタカラバコが、ギザギザの牙で敵の茎へと食らいついた。
『ギシシイィィッ!』
ケルベロスの妨害に、攻性植物が怒りの雄叫びを上げる。
傷を癒すことも忘れて、根の先端からグラビティで球根を生成。致死性の毒を含んだ球根の雨霰を、ケルベロスの中衛めがけ撃ち返す。
「ハル、お願い!」
盾となって球根を浴びるラーシュに代わり、負傷した敵の回復を要請するマイヤ。
それにハルは、癒しの刃をもって応じた。
「境界収束――刃よ、集いて癒しの光矢と成れ」
広場を満たす殺界に、ハルの心を映した領域が広がっていく。
『痛み穿つ白矢』。展開した癒刃を矢に変えて、穿った者の傷を塞ぐ、ハルの奥義だ。
「諦めるな、君はここで死ぬ運命にはない」
さゆりへの呼びかけと共に放つ矢が、攻性植物の茎を貫いた。
足止めと捕縛をそのままに、傷だけを癒すハルの刃。いっぽう那岐は、味方を庇った清春とラーシュを、妖精靴の演舞が生み出す花弁のオーラで包み、その負傷を癒す。
「回復は引き受けます。皆さん、攻撃を!」
「任せてくれ。――この一撃に賭けよう」
那岐に続く幻の手から赤い刀光が鞘走り、花を支える大茎を切り裂いた。
苦悶に身をよじる攻性植物。緑色の液体を噴き出す茎の中心には、うっすら盛り上がった部分が見えた。宿主のさゆりだろう。千翠は仲間達へ注意を呼び掛けながら、生じた傷口へ『望月の宴』を発動する。
「満たせ。盛りを映せ」
切り傷を狙い定め、巨大な満月の幻影を生成。鏡となした月に攻性植物の生の姿を映し、共鳴の力と共に傷口を塞いでいった。
「頑張れよ。デウスエクスなんかに負けるな!」
アタッカーによる攻撃と、共鳴を帯びたヒールを繰り返し、癒える事のないダメージが着実にチューリップの攻性植物に蓄積されていく。
「グラハ、攻撃を頼む!」
「おうよ。痛めつけてやらあ」
砲撃形態の悪心を構え、轟竜砲を発射。グラハの竜砲弾は正確に標的を捉え、グラビティの炸裂で敵の機動を奪い去る。
「『意志無き力は凶器になるが、力無き意志は役立たず』……ってな」
千切れ飛ぶ足がわりの根。致命傷ではないが浅くもない傷。自分が手加減されている事を悟ったか、怒りの咆哮を上げる攻性植物へ、グラハが返すのは嘲りの笑みだ。
「精々楽しくのたうち回れや、負け犬」
これは戦。強き者が生殺与奪を握る、それだけのシンプルな話に過ぎない。
まるで締め付ける万力のごとく、ケルベロスはじわじわと敵を追い詰めていった。
●三
『ギシィィッ!!』
攻性植物の咆哮が轟き、七色光線が煌めく。
グラハを庇い、光線に身を焼かれる清春。即座に彼は怒號雷撃を撃ち返し、雷で敵の体を焼き焦がした。
「ククク、もう逃がさねぇぜ?」
「効いていますね。回復の頃合でしょう」
ペロリと見せた舌で傷口の血を舐め取り、笑う清春。
那岐は次第に敵が弱り始めたことを悟り、隣で御神楽を舞い始めた。その視界には、茎の傷口から僅かに覗くブレザーの裾。さゆりには傷ひとつ付けぬよう、祈りを込めて薄紅色の花弁を舞い散らしていった。
「舞え、木蓮の花、戦友達に癒しの加護を……」
「がんばれー! もう少しなんだよ!」
ひなみくはバトルオーラを身に纏い、那岐のケガを吹き飛ばした。
正しく地獄の番犬そのもののように、息の合った連携で攻性植物の体力を削り取っていくケルベロス達。タカラバコと共にアタッカーをサポートし続けるひなみくの心には、油断も慢心もない。抱くはただ少女の無事、そしてハッピーエンドのみだ。
戦いの流れはケルベロスにある。千翠はハルに目で合図を送ると、回復グラビティの発動準備にかかった。
「敵の回復は引き受ける。幻! グラハ!」
「――好機だ。一気に畳みかける」
二人の言葉に応じるように、息を合わせた幻とグラハが、敵へと牙を剥いた。
先に仕掛けたのは幻だ。迎撃で飛んで来る毒球根の嵐をかい潜ると、一息に彼我の距離を縮めて抜刀。居合抜きで切り裂かれたチューリップの花めがけ、立て続けにグラハが追撃の一撃を放つ。
「ドーシャ・ヴァーユ・アーカーシャ。病素より、風大と空大をここに侵さん」
『ギ……ギギイィィィッ!!』
己が精神への憎悪で顕現させるは黒き靄。それを纏うグラハの悪霊がごとき姿に怯えるように、攻性植物はけたたましい悲鳴と共に悶絶した。痛みを司る感覚をグラハが嘲りと共に揺さぶるたび、茎の、葉の、花の、刻まれた傷跡がひとりでに裂けていく。
「――ざぁんねん。ホンモノなんざどこにもねぇよ」
足止めに捕縛にパラライズ。ジグザグの傷によって攻性植物の動きを封じる傍ら、千翠とハルが計ったように息を合わせ、回復のグラビティを送り込んだ。
「満たせ。盛りを映せ。望月の宴!」
「境界収束――貫け、痛み穿つ白矢」
戦場で常に肩を並べ、生死を分かち合った仲間達の、流れるような連携行動である。
仕損じる要素は、ない。
「もう大丈夫だ、さぁ仕上げと行こう。――マイヤ、頼む」
「任せて! 行こうラーシュ!」
マイヤはオラトリオの翼を広げ、相棒と共に青空を滑空する。対する敵も、ケルベロスを迎撃せんと最後の力を振り絞り、迫り来るマイヤを仰いだ。
吐き出されるボクスブレス。輝く流星と星の群れが、チューリップの花に囲まれた花園の空を満たす。それはマイヤが放つ取っておきの技、『Hexagram』だ。
「上を向いて、きっと願いは叶うから」
『ギ……ギッ……!』
傷だらけとなった攻性植物の体を、星々の眩い光が照らす。
太陽よりもなお強いグラビティを伴うその光は、攻性植物の全身を余すことなく侵食し、体の奥深くに眠る核を粉々に砕いた。
その一撃が、とどめ。
見る間に枯れ果てていく巨大チューリップの中から、無傷のさゆりが地面に倒れ込む。
「さゆり! さゆり!?」
「……脈はある。ひとまずは安心かな」
真っ先にさゆりへ駆け寄るマイヤ。ハルは隣でさゆりの手を取ると、魔法の木の葉で労わるように少女を包む。
そして――。
「う、ううん……?」
目を覚ましたさゆりに、ケルベロスたちは安堵の吐息を漏らした。
「怖かった? もう安心だからね、さゆり!」
「よかった~。すっごく心配したんだよ!」
眦に涙を浮かべ、さゆりを抱きしめるマイヤ。
ふわりと微笑みを浮かべ、無事を喜ぶひなみく。
「痛むところはないかな? 念のため、救急車を手配しよう」
「よしよし。任務完了、一件落着だな!」
応急処置を終え、手際よく手続きを進めていくハル。
千翠はグッと親指を立てると、丘陵の一面に広がる花園を眺める。この場所が攻性植物の脅威に晒されることは、もうないだろう。
初夏の早朝、そよ風に笑う花々。チューリップの園は、ふたたび平和を取り戻した。
●四
そうして丘陵公園には、いつもの日常が訪れる。
さゆりを見送り、周囲の修復を完了すると、ケルベロスたちは五月晴れの丘陵公園で憩いのひと時を過ごし始めた。
「いい天気。空気が美味しいですね」
那岐は大きく両腕を伸ばして深呼吸をひとつ、チューリップの香る花園をのんびり歩く。
赤に白、黄色に紫。他にも数え切れないほどの色鮮やかなチューリップたち。
どれも愛情を込めて育てられたのだろう、太陽の光を一身に浴びる花々の眺めに、那岐は人知れず感嘆の吐息を漏らした。
(「素敵な景色ですね。ここを守れて良かった」)
大事な旦那様には、白い一輪が合いそうだ。
いつかこの場所に、家族で訪れる日が来たなら――親しい人々の笑顔を思い描きながら、那岐は青空の下を歩いていった。
「んー! 花は花でも、やっぱりオレはこっちだねぇ」
花園で笑いさざめく若い女性客たちを、清春は芝生で眺めていた。
有名人であるケルベロスを見れば、若く奇麗な女性たちが手を振ってくる。ご機嫌で手を振り返し、解放感を胸に杏の果実酒を一息で呷った。
「いやぁ、楽勝だったねぇ。オレの才能に乾杯! ……おや?」
道行く女性を眺め、のんびり昼寝でもしようかと考えていると、ふと視界の端に見知った面々が見えた。マイヤと旅団の仲間たちだ。フリージアの姿も見える。
「おーい、マイヤちゃーん! フリージアちゃーん!」
どうやら、昼寝よりも楽しい時間が過ごせそうだ。
女性陣に手を振りながら、清春は犬のように駆けて行った。
「綺麗だね、タカラバコちゃん!」
白黒ショコラの瓶詰を片手に、ひなみくは園内をぶらぶらと散策していた。
仕事を無事終えた後につまむチョコの甘味は格別だ。まして色鮮やかなチューリップを、相棒とのんびり見て回れるとあっては。
暦は初夏でも、花園には未だ春の涼しさが残る。晴天の下で園内をそぞろ歩いていると、ふと小さな相棒が足を止めた。『一人一本』と書かれた花壇の前である。
「ん? どうしたの、タカラバコちゃ――わあ!?」
首を傾げるひなみくの前で、ズボッとチューリップを引き抜くタカラバコ。
思わず目を丸くしたひなみくへ、相棒が差し出すのは紫色の花だ。恥じらうように花開いたばかりの一輪に、いかなる意味があるのだろう。
「ありがと。帰ったら、植木鉢に植えようね」
そう言って、ひなみくはチューリップをやさしく包み、再び花園を巡り始める。
グラハは園内を当て所なく歩きつつ、畑のチューリップを眺めていた。
攻性植物との戦闘で見せた悪党そのものの笑みも、悪辣な嘲りも、今のグラハにはない。刺激されなければ、大抵は物静かな男である。
「やっぱ、ブン殴り合うよかこっちの方がいいわな」
青紫色のチューリップを眺め、グラハが呟く。
地に根を下ろして、美しい花を咲かせて。その領分を超えない限り、互いのテリトリーが侵されることはないのだから。
「さぁて、次はどこへ行くか……」
「おーいグラハ―!」
もう暫くあちこちを散策しようと思った矢先、背後からグラハを呼ぶ声がした。
振り返った先には、手を振るマイヤの姿。旅団の仲間たちに交じり、フリージアもいる。
「おう、そっちも散策か?」
「はい。マイヤさんに花言葉を教わっていたんです」
フリージアが言う。
「チューリップは、色や本数で言葉の意味が変わるとか。とても面白いです」
「ホントに。やっぱ女の子は色々知ってんねぇ」
口説きのネタがひとつ増えた、といった顔で頷く清春。
グラハは「ほう」と返し、マイヤに視線を送った。
「退屈しのぎにゃなるかもな。折角だ、俺にも教えてくれや」
「もちろん! えっとね……」
マイヤは色鮮やかなチューリップを指さして、花言葉を挙げていく。
赤は『愛の告白』。紫は『不滅の愛』、黄色が『名声』――。
「ねえ、みんなは何色のチューリップが好き?」
「やーオレは断然赤っしょ。な、きゃり子?」
「ちなみに、赤色は6本で『あなたに夢中』って意味。他の色だと……白は『失われた愛』『新たな愛』っていう花言葉だね」
「失われた愛……か」
マイヤと清春の話を耳に挟み、ハルはふと白い一輪に目を向ける。
幼き頃から復讐を糧に、一人孤独に生きて来た彼にとって、チューリップの花言葉が示す『愛』の響きは、どこか遠いものに感じられた。
(「好きな色、花言葉。考えたこともなかったな……」)
かつて好意を寄せた少女は、もうこの世にいない。全てが終わったらまた会いに行く――その誓いを果たせるのは、どれだけ先の話になるだろう。
静かに花を眺めるハル。その後ろで、マイヤは仲間たちへ話を続ける。
「ねえ、グラハはどんな色が好き?」
「特にねぇが……花言葉で選ぶなら、青薔薇みてぇな『やりゃあできる』系統が好きだな。フリージアは何色が好きなんだ?」
「桃色です。花言葉は何と言うのですか?」
その問いに、マイヤは「ふふふ」と可愛らしい笑みで答える。
「桃色は『愛の芽生え』。わたしもその色好きだよ」
「まあ……!」
ぽっと頬を染めるフリージア。それからも花言葉の話題に花を咲かせるマイヤを、相棒のラーシュは静かに見守っていた。そっと散策を再開するグラハに手を振りつつ、千翠と幻もまた花畑をしみじみと眺める。
「ほんと、守れて良かったな」
「ああ。力なき者が戦に巻き込まれるのは、気分のいいものではないからね」
花園の澄んだ空気で胸を満たしながら、幻と千翠は呟いた。
かつてオウガの母星プラブータを侵略した攻性植物。彼らと決戦の刃を交える時は着実に迫りつつある。決着の先に待つのが、勝利であることを願うばかりだ。
(「願わくば、このような悲劇が二度と起こらないように」)
涼風にそよぐチューリップを眺め、幻は祈りを捧げるのだった。
作者:坂本ピエロギ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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