食事は全てレトルトオンリー

作者:神無月シュン

「食事は全てレトルト食品で済ませる。これこそが理想」
 とある高校の男子学生寮。その食堂にて10名の学生信者を前に、羽毛の生えた異形の姿のビルシャナはテーブルの上にレトルト食品を数々並べ、自らの教義を力説していた。
「そうすることで、調理器具の準備片付けの量は少なくなり、料理スキルがなくても美味しいものが食べられる。そして空いた時間を勉強や部活の時間に使うことが出来る」
 ビルシャナの話を聞き、信者たちも納得するように頷いていた。
「さあ、もっとレトルト食品の素晴らしさを語り合おうじゃないか」


 鎌倉奪還戦の際にビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響で、悟りを開きビルシャナになった人間が事件を起こすと聞き、ウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)たちケルベロスは作戦会議の為、会議室へと集まっていた。
「悟りを開いてビルシャナ化した人間とその配下と戦って、ビルシャナ化した人間を撃破するのが今回の作戦です!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)の元気な声が、会議室に響き渡る。
 このビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所に乗り込む事になる。
「ビルシャナ化している人間の言葉には、強い説得力があるのです! だから放っておくと一般人は配下になっちゃいます!」
 ここで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるかもしれない。
「ビルシャナの配下になった人間は、ビルシャナが撃破されるまでビルシャナの味方になって襲ってくるのです」
「確かビルシャナさえ倒せば元に戻るのでしたね」
 ウィルの言う通り、ビルシャナさえ倒せば配下たちは元に戻るため、救出は可能だ。しかし配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になるという事だ。救出できるからと言って説得を怠る理由にはならない。

「ビルシャナはそれほど強くないです。けど、周りに居る学生さん10人が全部配下になると厳しいですよ」
 ビルシャナの教義に納得できない人たちは既に食堂から逃げ出していて、食堂にはビルシャナと信者の学生たちしか居ない。その為一般人の避難誘導をする必要はないようだ。
「学生さんたちからは『お腹が減ったときに手軽でいい』『料理出来ないからありがたい』『買い溜めしておける』みたいな声が出てます!」
「さて、どう説得しましょうかね」
 後で相談するとはいえ、案は多い方がいい。ねむの説明を聞いて各々が説得方法を考え始めた。

「食事に良いも悪いもないのです! 楽しみ方はそれぞれなのです。レトルト食品だけあればいいなんて考えのビルシャナは、懲らしめちゃって欲しいのです!」


参加者
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
東・律(ハリボテの輝き・e21771)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
ウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)
 

■リプレイ


 高校の許可を得て、ケルベロスたちは男子学生寮へ向かって高校の敷地内を歩いていく。
「レトルト食品オンリーですか、こうやって自炊する若者も減っていくのは悲しいことですよね」
 歩きながらウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)が嘆く。近年若者の料理離れが進んでいる。その若者たちが大人となり結婚して家庭を持っていたとしても、料理をせずに外食やレトルト食品で済ませ、家庭の味というものを知らない子供たちも増えているという。
「外食産業のチェーン店とか、実際にレトルトで工場から出荷してるから全店同じ味なんですよねー。いやいや、合理性に負けるな俺……!」
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)もよくそういうものに頼ってしまいがちなこともあり、心のどこかで納得してしまっている。しかしそれでは上手く説得も出来るはずがないと、自分に言い聞かせていた。
「簡単手軽は心が動きますが、そんなことで流されたりしないですわ」
 心を強く持つことで、ビルシャナの教義をはねのけてみせると気合を入れる東・律(ハリボテの輝き・e21771)。
「レトルト食品はお手軽だからとっても便利だよね。でも、便利なものに頼り過ぎるってのも問題なんだよねー」
「レトルト食品は確かに手軽で、便利ですけど全てレトルト食品に頼ってしまっては、ダメな人間になりますわ。必ず、信者たちの目を覚まさせてあげましょうね」
 レトルト食品が便利なのは認める。程々に利用する分には構わないと天司・桜子(桜花絢爛・e20368)と彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)の2人が歩きながら話す。
 しかし今回は、全てをレトルト食品で済ませようとしていることだ。レトルト食品に頼りすぎて、料理が失われる事や栄養バランスが心配だと2人はこの教義は絶対止めると頷き合った。
 やがてケルベロスたちが男子学生寮へと辿り着く。入り口を抜け廊下を進み、食堂のドアをそっと開けると中の様子を窺った。
「食事は全てレトルト食品で済ませる。これこそが理想」
 食堂の中には既にビルシャナが10名の学生信者相手にレトルト食品の素晴らしさを説いていた。
 異様なビルシャナの姿を気にも留めず、ビルシャナの教義に耳を傾けてはうんうんと頷いている信者たち。
 ケルベロスたちは頷き合うと、ドアを勢いよく開け食堂へと突入した。
『その教義、ちょっと待った!』


 ケルベロスたちはビルシャナと信者たちの間に割り込むと、信者たちをビルシャナから引き離す。
「君たちはいったい誰だ!?」
 突然の乱入者に混乱する信者たち。
「私たちはケルベロスです。ビルシャナの話を聞く前に私たちの話を聞いては貰えませんか?」
 ウィルは自分たちが何者かを明かし、話を聞いてもらおうと丁寧に話しかける。
 丁寧な物言いに相手が落ち着いたのを確認すると、ケルベロスたちは説得を始めた。

「一食のレトルト食品に対するパウチ容器って結構多いじゃないですか。あれが適切に処分されないと、世界的に広まっているマイクロプラスチック問題に繋がっちゃうんです」
 レトルト食品に頼りたい気持ちも分かる為、方向性を変え右院は環境問題について語り始める。
「ちゃんと分別してれば問題ないと思うけど」
「いやいや自分がきちんと分別しても、最終的な処理に至るまでに適切なルートを辿らない可能性があります」
 あまりのゴミの量に処理が追い付かなくて、そのまま廃棄したりする業者もあるだろう。分別も大事だがゴミの量自体を減らす事の方が何より大切なのではないだろうか。
「毎食全部レトルトにしていればその量はとんでもないことになるでしょう。デウスエクスと違って滅ぼせませんので、せっかく地球を守って戦ったのにプラスチック問題で滅びたとか宇宙の恥ですよ……!」
 みんなの行動で地球が守れるのだと右院は訴えかける。
「忙しいときに適切に使うぐらいに留めませんか?」
 その言葉は信者たちへ言ったのか、それとも自分に言い聞かせた物なのか……。
「環境問題……確かに深刻だよな。そこまで考えが至らなかったよ」
「俺たちの行いでも地球って守れるんだな……」
 目が覚めたよと信者たちが食堂を後にした。

「皆さんは栄養管理や健康管理に気を使われているでしょうか? レトルト食品は、色々と種類も豊富ですけど、生野菜だけはレトルト食品からは採れないと思いますわ」
 紫はレトルト食品の欠点として、生野菜が摂れない事をあげる。
「野菜不足は、栄養的にもかなり問題になるのではないでしょうか? 野菜を採らないと風邪を引きやすくなりますわよ」
「野菜を使った料理のレトルトだってあるんだし、別に大丈夫でしょ」
「この際ですから、レトルト食品生活は止めて、生野菜を食べる生活にしませんか?」
 反論する信者に食い下がる紫。
「うるさいな! あんたは俺の母さんか何かか!」
「ちょっと! 私はまだそのような歳ではありませんわ」
 高校生ともなると、口うるさく言われると反発したくなるもの。反発心で発せられた言葉だとはいえ、信者たちの放った言葉に紫はショックを受けるのだった。

「全てレトルト食品で済ませるって、それは貴方が結婚した後でもそんな食事で済ませるのかな?」
 想像してご覧よと桜子。
「折角の結婚生活なら手料理が食べたいよね。勿論、お嫁さんに料理を作ってもらってばかりでも悪いと思うから、今の内から料理の手伝いとか出来るように、慣らしておかないと」
 結婚しても食べるのはレトルト食品。それでいいの? 料理を作ってもらうのを何もしないで待ってるだけより一緒に料理するのも良いと思うよと。
「それは……」
「皆さん、ぜひ料理をしてみませんか? 料理は用意された食材を如何に効率よく使うか等、色々と頭脳を使う面もあって効率の良さを鍛える事も出来ます」
 考え込む信者たちを見て、ウィルは今のうちから料理できるようになる為に練習しないかと提案する。
「素材や調味料から買うことで、材料費も抑える事ができます。わざわざバイトまでしてお金を貯めなくても、料理をする事で食費を抑えられます」
「けど、一人分だけ作るとかえって高くつくって聞いたことがあるけど……」
「そこはさ、折角これだけ人が居るんだからみんなで出しあって大人数分作ればいいんじゃないかな」
 ウィルの言葉に難色を示していた信者たちへ、桜子はそう提案する。
「そうすれば食費は安く済みますよね。それに、レシピ通りに作るのも良いですが、調味料とか材料をアレンジして自分好みの味に変える楽しみもありますよ」
 この組み合わせは良かったとかみんなで言い合える。そう言うのも大人数で料理する醍醐味だと思いますよとウィル。
「ちょっと楽しそうかも」
「そういえば、林間学校でカレー作ったとき楽しかったよな」
 料理に興味を持ち始める信者たち。さらに桜子はダメ押しの一言を口にした。
「それにさ、料理の出来る男性って結構モテるんだよー」
「マジで!?」
「俺ちょっと料理してみようかな」
 今は危険だから食堂の外に避難していて欲しいと、ウィルと桜子が話すと信者たちは素直にこの場から立ち去った。

「レトルトパウチに頼ってると、レトルトのような大量生産、大量流通の者になってしまうわ。だから手間暇がかかっても、作るのがいいのよ」
「……えっ?」
「……はい?」
 律の発した言葉に信者たちは何を言っているのか理解できず、間の抜けた言葉が返ってくる。
「つまり、替えがきくその他大勢みたいな、使い捨ての味気の無い者になってしまうってことですわ」
 何の特徴もない大勢の中の一人と大量生産のレトルト食品をかけて言った事だが、伝わらずに結局詳しく説明する羽目になる律。
「そういうことか」
「けど、今の社会の大半はアルバイトやサラリーマンなんだし、替えのきくその他大勢なんて別に普通の事なんじゃ」
「――っ!?」
 それで十分だと言う信者たちに、大きなショックを受け言葉も出ない律。そしてそのまま両手両膝を地面へとつきガックリと項垂れたのだった。


「吹き飛ばしてあげますわ」
 頭上に黒太陽を生みだそうとする律。
「待ってくださいませ」
 慌てて止めに入る紫。
「今そのような物を撃っては、配下になった学生さんたちが死んでしまいますわ」
「そう……ですわね」
 律が落ち着こうと深呼吸をしている間に他の4人は手加減しながら戦い、配下になっていた学生4人を気絶させた。

 配下が居なくなった今、ビルシャナを守る者は居ない。ケルベロスたちは攻撃を次々と繰り出し、ビルシャナを追い詰めていった。
 『ルーンの棍棒』と『インパクト・ブラッサム』右院と桜子2人のドラゴニックハンマーがドラゴニック・パワーを噴射しながら、ビルシャナへと叩きつけられる。
「オーロラの光よ、仲間を浄化する力を与えたまえ」
 紫の作り出したオーロラのような光が仲間を包み込んでいく。
「オウガメタルよ、私に力を貸して下さいね」
 ウィルの拳が炸裂し壁に叩きつけられるビルシャナ。そのタイミングを狙い律が精神を集中させビルシャナを爆破する。
「ぐふぅ。ま、待ってくれ」
 そう言いながら治療をするビルシャナ。だが、敵の回復をわざわざ待ってやる必要は……ない!
「砕け散れッ」
 右院のバスタードソード『月下美人』がビルシャナ目掛けて振り下ろされる。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
「自然の中に眠る精霊たちよ、我が声に応じ、敵を貫きなさい!」
 桜子の創り出した桜の花弁が桜吹雪となってビルシャナを取り囲み紅蓮の炎へと姿を変える。続けて、魔法で出来た樹を作り出す紫。合図と共に樹から蔦が伸びビルシャナを貫く。
「この薬品は少々危険ですが、こういう使い方も出来ますよ」
 ウィルは2本の試験管を取り出す。中には緑色と紫色した薬品がそれぞれ入っている。二つを混ぜ合わせ軽く揺するとビルシャナ目掛けて投げつけた。着弾と同時爆発が巻き起こりガスが充満する。
「トドメですわ」
 律が1枚のシャーマンズカードを取り出す。力を込めるとカードが輝きを増し、現れたのは氷の騎士。騎士が前方へと槍を構えると突撃する。
「ぐはっ……」
 ガスに包まれ動けずにいたビルシャナは槍に串刺しにされると、地面へと倒れ息絶えた。


 戦闘で壊れた場所を直していると、学生たちが戻ってきた。
「折角ですし、料理教室でも開きましょう」
「それなら、食材を買ってきますわね」
「私も手伝いますわ」
 ウィルの提案に、律と紫が買い物へと出かける。
「それじゃ桜子たちは調理器具の準備をしちゃおー」
「分かった」
 桜子と右院はキッチンの方へと向かう。
 準備を終え、テーブルの上には用意された食材と調理器具。
「さあ、それではこれからカレーを作ろうと思います」
 学生たちと共にケルベロスたちはカレーを作ると、楽しく食卓を囲むのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月28日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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