初夏の山にてタケノコ戦争

作者:雷紋寺音弥

●お兄様はタケノコ派
 初夏の日差しが降り注ぐ山々にて。森の中、旬のキノコや山菜を集めようと、今日も地元に住まう人々が、渓流の近くを訪れていた。
「ほら、お兄ちゃん。こんなところに、美味しそうなキクラゲが生えてたよ」
「なんだ、またキノコかよ。俺がキノコ苦手なの、知ってるだろ? 儂が好きなのは、キノコよりタケノコなんだ」
 山の麓に暮らす農家の子ども達だろうか。どうも、兄の方はキノコが苦手なようで、背負った籠の中には山菜の他に、タケノコばかりが入っていた。
「そろそろ、タケノコの季節も終わりだからな。今の内に、食べられるだけ食べておきたいんだよ」
 そう言って、兄の方は今まで足を踏み入れなかった、竹林の奥へと入って行く。慣れない場所に行って、イノシシやクマでも出たら大変だと、慌てて妹も後を追うが。
「……おっ! こんなところに、タケノコ発見……!?」
 兄がタケノコに手を伸ばしたのと、そのタケノコに奇妙な胞子が付着するのが一緒だった。瞬間、タケノコは瞬く間に巨大化し、少年の身体に真下から突き刺さり。
「ぐぁぁぁっ! し、尻がぁぁぁ!!」
「きゃぁっ!? お、お兄ちゃぁぁぁん!!」
 妹の目の前で、そのまま巨大化するタケノコ皮に包まれて、少年は中に飲み込まれてしまったのだった。

●あなたは、どっち派?
「5月になって、気持ちのいい天気の日が続いていますね。でも、デウスエクスの侵攻は、天気にお構いなしみたいですけど……」
 こんな時くらい、少しは休んでくれてもいいはずなのに。そう言って、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はケルベロス達に、静岡県の山間部にて攻性植物が出現したとの報を告げた。
「出現する攻性植物は、タケノコが変化したものです。攻性植物の胞子のせいで攻性植物化したもので、身体の中に山菜を採りに来た地元で暮らす男の子を取り込んでいます」
 幸い、同行していた妹の方は、一目散に逃げ出したので難を逃れた。が、このままでは取り込まれた少年が攻性植物の養分とされてしまう。それでなくとも、吸収された際にタケノコの芯が尻に突き刺さっており、放っておくのは色々な意味で危険な状態だ。
「取り込まれたお兄さんは、攻性植物と一体化していますから、普通に倒すと攻性植物と一緒に死んじゃいます。助け出すには、敵の攻性植物にヒールをかけながら、回復不能なダメージを蓄積させて倒さないといけません」
 なんとも面倒な相手だが、それ以上に敵の攻撃が厄介だと、ねむは続けた。心なしか、どこか説明をする彼女の歯切れが悪くなっているような気が。
「えっと……その……今回の攻性植物なんですけど……皆さんの皮……じゃなかった! お、お洋服を脱がせる攻撃をして来ます!!」
 なんと、敵はタケノコの皮を剥くかの如く、こちらの皮をも剥いて来るというのだ。そして、防御力が低下したところに、ドリル状のタケノコミサイルを情け容赦なくお見舞いしてくるというから、性質が悪い。
「あ、最初からお洋服着てなければ大丈夫とか、そういうことはありませんから、ちゃんと防具は装備して行ってくださいね」
 敵の攻撃を食らった場合、剥かれるのは衣服だけとは限らない。サーヴァントであっても体毛をゴッソリ抜かれてしまったり、装甲板を剥がされて中身を剥き出しにされてしまったり……ある意味では、服を脱がされる以上に酷い格好にされる可能性もあるので、要注意。幸い、状態異常を回復させるヒールグラビティを使えば、失われた衣服やら体毛やらを取り戻せるので、万全な対策をして挑むのが望ましい。
 なお、敵は回復能力にも優れ、ピンチになると自らの皮を剥くことで体勢を立て直そうとしてくる。よって、相手を弱体化させたり自分達を強化したりするよりも、相手の行動に合わせて相手の強化を破壊することを優先した方が、上手く戦えるかもしれない。
「お洋服や、身体の毛を剥いて来る敵……なんて酷い相手でしょう。でも、取り込まれたお兄さんも、助けてあげないといけないし……」
「大丈夫だよ。皆で協力すれば、きっと無事に助け出せるって!」
 不安そうに俯くねむに、成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)が声を掛けた。ちなみに、自分もタケノコは好きな方だが、ねむはキノコとタケノコ、どちらが好きなのかと聞いてみると。
「ねむですか? ねむはササ派ですよ。だって、パンダですから♪」
 それは、答えになっているような、なっていないような……。結局、ねむがタケノコを好きなのか嫌いなのかまでは、良く分からないまま出撃することになった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
武田・克己(雷凰・e02613)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ

●キノタケ論争?
 静岡県の山奥にて。探すは怪物化した巨大タケノコ。少年を取り込んだ攻性植物出現との報を受け、駆け付けたのは合わせて9名のケルベロス達。
「タケノコは今の時期が旬だからな。そういや、お菓子界ではキノコタケノコ戦争は有名だが、俺はどっちでも良い派だ」
 キノコとタケノコ。今回の事件の発端を思い出し、武田・克己(雷凰・e02613)が何気なく呟いた。
「やめておいてほしい。キノコタケノコ戦争は……地獄だよ?」
 すかさず、燈家・陽葉(光響射て・e02459)が克己を止める。彼女は知っているのだ。その二つが互いに争えば、先に待っているのは泥沼の最終戦争しかありえないと。
「ん~、私はタケノコ派かな? ……ってわけで、タケノコの評判を貶めるような、今回の攻性植物は許せないのよね」
 どうやら、獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)はキノコよりタケノコが好きなようである。まあ、確かに素人が下手に手を出すのは危険なキノコに比べ、タケノコは見間違えることもないという点で、安全性ではキノコに勝るが。
「タケノコとキノコ……リリはキノコの方が好きかな?」
 対するリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)はキノコ派だった。この辺は、もう好みの問題になってくるので、どちらが優れているかいないかというのは、陽葉の言うように不毛な争いなのだろう。
「では、不要の戦争に巻き込まれないように、俺は『すぎのこ派』と言うことに……」
「すぎのこ? それって、食べられるの?」
 そんな中、間を取るかのような発言をした瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)の言葉に、成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)が首を傾げた。
 古の時代、人は自然の恵みのひとつとして、杉の芽を食べていたこともあったかもしれない。だが、現代において杉の芽など、山菜としての需要さえないわけで。
「……やっぱり、知られていないんだね」
 戦争どころか、存在そのものが抹消されているような自分の嗜好に、右院が力無く項垂れた時だった。
「あれ? もしかして、あそこにいるのが今回の事件の元凶?」
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)が指差す先に目をやれば、そこには凄まじく巨大なタケノコが! しかも、身体を左右に振りながら、徐々にこちらへ向かって来るではないか!
「五月だからかしら? タケノコがずいぶんとお元気な様子で……。でも、生憎私は舞茸かシメジの方が好きですのよ」
 タケノコの化け物を前に、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が呟いた。
「タケノコが巨大化したら、竹になるんじゃないですかね?」
 ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)もまた、素朴な疑問を口にしているが、そんなことを言っている場合ではない。あのタケノコの皮の向こう側には、今も内部に取り込まれた少年が、タケノコの芯を尻に突き刺される形で捕まっているのだ。
「むぅ、タケノコがお尻に刺さったら痛そうだよ。早く助け出してあげなきゃだね」
 このままでは色々な意味で大惨事になると、リリエッタが銃を構えた。
「こんな奴と一緒に心中するんじゃ、泣いても泣き足りないだろうな。難しい仕事だけど、きっちり助けて倒しますか」
 同じ男として、尻にタケノコが刺さった情けない姿のまま死なせるわけにはいかないと、克己もまた刃を抜いて身構える。
 タケノコに捕まった少年を助けるべく、ケルベロス達と攻性植物との戦いが、白昼の山中にて幕を開けた。

●恐怖の皮剥ぎ攻撃!
 少年を内部に取り込み、更なるグラビティ・チェインを求めて暴れ回る巨大タケノコ。一見して強そうには思えない攻性植物だが、しかし繰り出す攻撃の特殊な効果は、なんとも厄介なものであり。
「ひゃぁっ、服が!? み、見ないでよぉ……」
 案の定、お約束の如く真っ先に狙われた理奈が、早くも服を剥かれて大ピンチ!
「理奈のこと守ってあげようと思ったけど……このままじゃ、リリも裸にされちゃうね……」
 リリエッタに至っては、既にパンツだけの姿にされて、辛うじて腕で胸元を隠しているような状態。仲間を敵の攻撃から庇い過ぎた結果、攻撃が集中して丸裸に近い状態にされてしまったのだ。
「大丈夫、痛くないよ――ヒーリング・バレット!」
 それでも、やはり仲間が剥かれるのを黙って見過ごすことはできなかったのか、リリエッタは理奈に癒しの力を込めた弾丸を発射した。
「これで大丈夫だね」
「うん、ありがと……って、ボクの怪我は治ったけど、服が元通りになってないよぉ……」
 だが、残念ながらリリエッタの銃弾で回復できるのは肉体の負傷だけ。毒やら麻痺やらを除去できるタイプのヒールでなければ、剥かれた服を再生できないのだから、仕方ないですね。
「うぅ……は、早くなんとかしないと、本当に裸にされちゃうかも……」
 このままではヤバい。絶対にヤバい。なんとかせねばと思案しつつ、理奈もまた仲間達に癒しの蝶を送り届けて行く。ちなみに、彼女は今回、主に回復と後方支援がメインなので、どんなヒールでも衣服を再生させられるのは救いだった。
「ん、服が戻ったね。これで戦えるよ」
 理奈の蝶を受け取って、リリエッタが戻った衣服の感触を確かめるように腕を動かした。とりあえず、これで当分は戦えそうだ。気を取り直し、他の者達も巨大タケノコに改めて一斉攻撃!
「遠隔爆破だよ、その身体、吹き飛んじゃえー!」
 まずは、氷花がタケノコの身体を念で爆破し。
「まずは、その皮をしっかりと剥いたら……」
「バラバラにして、煮物にしてあげるわ!」
 陽葉と銀子の握る刃が、立て続けに巨大タケノコを斬り伏せる。
「こいつはオマケだ。悪いが、脱がされる趣味はないんでね」
 美しい月のような弧を描き、克己の手にした刀がタケノコを斬り裂いた。状況的には、圧倒的にケルベロス達が有利……なのだが、このまま調子に乗って攻撃を続ければ、タケノコの中の少年まで死んでしまい兼ねない。
「救急箱を貸してあげましょうか? 怪我していますのよね?」
 皮肉を込めて、エニーケが苦笑した。やはり、この手の攻性植物は、なんとも面倒な相手である。敵を回復させるなど、本来は絶対に行うべき行為ではないのだが。
「打ちますから死ぬんじゃありませんわよ!」
 今回に限って、それは別。少年を叱咤しつつエニーケの放った弾丸は、敵の身体を穿つものではなく、命中した存在を癒すもの。
「守りは私が……。皆さんは、もう少しタケノコを回復してください」
 鎖で結界を生成しつつ、ミントが言った。彼女の言う通り、タケノコは負傷こそ回復していたものの、未だあちこちに回復可能な傷が残されてもいた。
「では、そこは俺に任せてもらおうか。憧れは幸せに充ちたりて……」
 すかさず、右院が命の力を紡いで届ければ、それは瞬く間にタケノコの破れた皮を修復し、飛び散った芯を再生させて行く。折角、色々と動きを封じるための手段を与えているのに、先に皮を剥かれて回復されては全てが水の泡と化すからだ。
「ウロロロロォォォォォ……」
 全身を震わせ、巨大タケノコが吠えた。調子に乗ったタケノコはミサイルを発射してケルベロス達を攻撃して来たが、しかしこの時点で既に、ケルベロス達の術中に嵌っていたのである。

●早く助けてあげないと!
 巨大タケノコとの戦いは、徐々にだがケルベロス達に風が向いて来ていた。
 単に勝利するだけなら、もっと早く決着が付いている。それにも関わらず戦闘が長引いているのは、中に閉じ込められた少年を助けだそうとしているからに他ならない。
「うぅ……た、助け……て……」
 見れば、度重なる戦闘でタケノコは皮を剥かれ、その内部から少年を露出させていた。もはや自身のヒールを以てしても回復しきれないのか、残された皮の枚数が、巨大タケノコに残存する体力の指標となっていた。
 もっとも、それだけ戦いが長引けば、当然のことながらケルベロス側にも被害は出る。現に、多くの者が衣服を剥かれ、あるいは衣服がない者は、身体の毛まで奪われ始めているわけで。
「も、もう少しで助けられるでしょうか?。でも、早くしないと、こっちも限界ですね……」
 翼で身体の前面を覆い隠し、右院が泣きそうになっていた。既に、彼の身体は敵の攻撃によって鎧が悉く弾け飛んでおり、半裸に等しい姿を翼で隠すだけで精一杯! しかも、その翼まで毛が抜け始めているため、なんとも痛々しい姿になっているわけで。
「うわわ! このままじゃ、右院さんが丸坊主にされちゃうんだよ!」
 見るに見兼ねて、理奈が右院に蝶を送り届けたことで、なんとか彼の姿は元に戻った。羽だけでなく頭の毛まで毟られたとあっては、完全にイケメンが台無しなので、実に危ないところだった。
 こちらも辛いが、相手も辛い。ならば、ここで怯むのは得策ではないと、服を剥かれた状態で銀子が駆ける。
「くっ、脱がされたくらいで! こんなの慣れっこよ」
 はっきり言って、そんな状態で戦うことには慣れたくなかったのだが、しかしそういった敵を多く相手にして来たので、仕方がない。過去の変態野郎どもに比べれば、服を脱がせて来るだけなど全然マシだと……そんなことを考えつつ、銀子は怒号を雷に変えて巨大タケノコに叩き込むが。
「……ッ!? オロォォォォォッ!!!」
 雷撃を食らって全身を震わせながら、怒り狂ったタケノコがミサイルを発射して来た。幸い、ミントの結界の効果で銀子の衣服は攻撃直後に再生していたが、それでも敵のミサイルの追尾性能を甘く見るわけには行かず。
「ひゃぁっ! ちょ、ちょっと、なんで服の中に……そ、そんな奥まで……んくぅぅぅっ!!」
 ドリルのようなタケノコミサイルが、銀子の衣服を突き破り、その中に入って大暴れ! しかも、まだまだ足りないとばかりにオマケのミサイルが、彼女の弱い部分を狙って殺到して来たのだから、堪らない!
「大丈夫ですか? すぐに回復しますね」
 間髪入れず、ミントが銀子に気を送り届けて回復させたが、それがなければ危なかった。殺到するタケノコミサイルに尻をやられ、少年に続いて第二の犠牲者になるところだった。
 こうなったら、もう一気呵成に仕掛け、敵を撃破する他にない。これ以上戦いを長引かせれば、こちらも服を剥かれ、髪の毛を毟り取られる被害者が続出するだけだ。
「この拳を、見切れるかな?」
 一瞬で側方に回った氷花が、タケノコを下からカチ上げるような形で吹き飛ばした。少年の尻に突き刺さったまま宙を舞う巨大タケノコ。このままでは、寄生されている少年が、頭から地面に衝突してしまい兼ねないが。
「まだです! もう一発!」
 翼を広げ、飛翔する右院。彼の拳が空中で炸裂したところで、タケノコは激しく回転し、少年を傷つけることなく落着した。
「ところで……なんでこのタケノコは少年のお尻に突き刺さっちゃったの? 変態なの?」
「ん、どうだろうね? でも、変態だったとしても、それを理解する必要はないんだよ」
 オウガメタルの姿を変えた弓を射る陽葉の横で、リリエッタが銃を撃ちまくりながら答える。今まで、実にバラエティに富んだ変態鳥頭を相手にして来ただけあって、彼女の言葉はどこか経験に裏打ちされた重みがあった。
「オロッ!? オォォォ……」
 攻撃が命中する度に皮が弾け飛び、さすがの攻性植物も焦ったのだろう。巨大タケノコは少年の尻に突き刺さったまま逃げようとしたが、既に退路は克己が押さえていた。
「甘いな……。風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
 どうせ、もうすぐ終わりならば、全ての皮を剥いてしまっても構わないだろう。そんな勢いで克己がタケノコを滅多切りにすれば、剥き出しとなった芯にエニーケがチェーンソー剣片手に狙いを定め。
「何をするつもりかって? ……間引きに決まっているではありませんか。大人しくラーメンの具材になってしまいなさいな!」
 横薙ぎに振るわれた振動する鋸の刃が、攻性植物の中心を斬り落とす。その瞬間、少年の尻からもタケノコの芯が抜け、残された敵の台座部分も、力を失い動かなくなった。

●派閥、変えます?
 命を懸けたキノコタケノコ戦争……ではなく、タケノコに取り込まれた少年の救出は成功に終わった。だが、命こそ助かったものの、少年が失ったものは大きかった。
「大丈夫ですか、意識はありますか?」
「な、なんとか……。でも、尻が……尻が痛くて……立てそうにない……」
 戦闘中、ずっと尻にタケノコが刺さっていたことが災いして、少年の腰はえらいことになっていた。後遺症などが残るような怪我ではないが、どちらかと言えば、トラウマの方が大きいのかもしれない。
「一応、敵と心中することはなかったが……」
「うん……。命は助かったけど、お尻が大惨事だね……」
 克己も氷花も、なんとも微妙な顔で蹲る少年を見つめて呟いた。彼を助けるには他に方法がなかったので、最善の手は尽くしたはず。つまり、少年の尻は、彼の命を救うための犠牲になったのだと……そう、思わなければ、やってられなかった。
「とりあえず、適切な医療機関にお送りしたほうがいいかな?」
「それに、妹さんのところにも連れて行ってあげたいし……」
 そんな少年を気遣う右院と銀子の二人。だが、怪我の場所が場所だけに、少年は痛む腰を叱咤して立ち上がると、全力で首を横に振って拒否の意を示した。
「い、いや、いいです! ってか、こんな場所怪我したなんて、恥ずかしくて妹の前じゃ言えな……ぐぁぁぁっ!?」
 もっとも、無理が祟ったのか、少年は再び尻を押さえると、悶絶しながら崩れ落ちた。
 ああ、もう見ていられない。とにかく、早く救急車でもなんでも呼んで、病院に連れて行ってやる方が先決だ。
「それはそうと……お礼はともかくキクラゲくださいな♪」
「キ、キクラゲ!? そんなの、妹からいくらでも貰ってくれ……あぐぅっ!?」
 そんな中、空気を読まずに少年へキクラゲを要求するエニーケだったが、タケノコ派の彼は、生憎とキクラゲを持っていなかった。まあ、ここは彼の言う通り、彼の妹から譲ってもらえば良いだろう。
「ほらね……。やっぱり、キノコとタケノコが戦争すると酷いことになる……」
 山を下り、救急隊員に少年を預けたところで、陽葉が徐に呟いた。
 激突するキノコとタケノコ。それは、いつ終わるとも知れぬ永遠の戦いであり、互いに互いを滅ぼすまで決着のつかぬ地獄の泥沼戦争。
 あの少年もまた、きっとその戦いの犠牲になったのだ。死にたくなければ、自分の嗜好を誰かに押し付けるようなことをしたり、あるいは好き嫌いをしたりせずに、平穏に過ごすことを心掛けるしかないのだと。
「あの男の子……タケノコが怖くなって、キノコ派になっちゃうかもだね」
「キノコ派かぁ……。できれば、トラウマなんて関係なしに、キノコもタケノコも食べられるようになって欲しいよね……」
 去り際に、リリエッタと理奈が、少年の今後を案じて言葉を交わす。果たして、彼は今後もタケノコ派を続けるのか、それとも妹と同じキノコ派に乗り換えてしまうのか。それは、誰にも分からない。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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