闇を行く彷徨の果てに

作者:白石小梅

●宵闇の路地裏で
 長く長く、続く暗闇。
 男は、その中をただ、歩み続ける。
 何故そうしているのかは、わからない。
 紅く輝く目が、完全な漆黒の中にあっても斬りかかる刃の煌めきを捉える。
 研ぎ澄まされた耳が、潜み動く敵の動きを読む。
 肌にひりつく感覚で大気の動きを察し、硝煙の臭いで弾道さえも嗅ぎ分ける。
 唇を舐める。苦く饐えた味がする。
 暗闇の中で永劫に続く、闘いと陰謀の味。血の味が。
 これまでもこれからも、それが変わることはない。永遠に。

 ……そこで、男は目を覚ました。
 どことも知れぬ、廃墟の路地裏。
 己を守る黒い闇の中で、蹲っていた。
 立ち上がれば遠く映る、巨大な剣の形をした要塞。その周囲の、焼け落ちた廃墟の群れの中に、潜んでいたらしい。
「……俺は、誰だ」
 記憶を探れど、何もない。己の名前も出てこない。
 だが、不安はなかった。拠り所など、なくて当たり前。名も顔も、いくらでも取り換えてきた。また付ければいい。それだけだ。
 生き延びる術は、この体と力が、知っている。
 それより、今は……。
「腹が減ったな」
 血を呑み、嘘と嘘を口で移し、裏切りを啜り、敗北を舌で転がして、勝利を喰らう。どろついた無窮の暗闇こそ、我らの生。
 流転を繰り返す、この魂の宝玉が覚えている。
 代わり映えのしないそんな日々に。その全てにうんざりして。飽いて。倦んで。
 それでも何かに飢え渇き、何かを求めて久遠に彷徨い続けるだけ。
「……来い、グーラ」
 その唯一の慰めを……グラビティ・チェインを奪いにいこう。
 ほのかに舌の上でとろりと解けるあの感覚を。血の鎖の中に僅かに滲む蜜を。
 味わいに行こう。

 そして男は、呼び声に従うブラックスライムを影と纏う。
 螺旋を描く影を半面に掛けて、彼は路地裏を後にする。
 かつて、ヴィルフレッド・マルシェルベと呼ばれた少年の面影を引きずって。
 孤高の螺旋忍軍が、紅月の夜に舞う……。

●螺旋に舞う影
 望月・小夜は重い表情で面々を出迎える。
「第八王子強襲戦にて暴走したヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)さんの所在を掴みました」
 現在、八王子付近の廃墟から、夜の街へと移動しつつあるという。その潜伏能力の高さから発見が遅れたというが、今どのような状態なのか。
「ヴィルフレッドさんは自分を螺旋忍軍と認識しているようです。すなわち……人を襲い、グラビティ・チェインを略奪するつもりです」
 番犬たちの眉がわずかに歪む。力の暴走は破壊的行動を伴うが、螺旋忍軍だと?
「……ヴィルフレッドさんの過去は不明。ケルベロスには多いことなので、問題にしておりませんが……立ち返ってしまったのかもしれません。かつて存在した、何者かに」
 通常、人がデウスエクスへ堕ちることは死を意味する。すなわち肉体から魂まで、内から怪物になり替わり、記憶を流用する別存在になることを。
「逆もまた然りであるがゆえに、この世界は定命化した方を『人』と定義します。かつて侵略者であったとしても、それは前世の記憶であると」
 だが暴走によってその境を彷徨うケルベロスは、その理を外れた存在なのだ。
「……あの人を止めねばなりません。人を喰らう怪物へと堕ちる前に」
 完全に螺旋忍軍へと堕ちてしまえば、討伐の対象として駆逐する以外にない。だが。
「今ならば間に合うかもしれません。あの人はまだ、誰も殺していない。黒衣の螺旋忍軍の凶行を阻止し、ヴィルフレッドさんを取り戻す。これが、今回の任務です」
 番犬たちは、力強く頷いた。

「暴走したあの人は、愛するブラックスライムのグーラを主武装に、愛銃と闇に溶ける移動術を駆使した暗殺術でこちらを圧倒してくるでしょう」
 だが主人の暴走に引きずられているグーラにはつけ入る隙がある。グーラを狙い撃ちすることで、その連携を突き崩すことが可能だという。
「しかし螺旋忍軍たるあの人は、不利を悟れば撤退を選びます。搦め手に特化した、敵に回すと厄介な相手……螺旋忍軍を自称するだけありますね」
 だがその裏には、抑圧されたヴィルフレッドの記憶や人格が存在しているはず。それに呼び掛けることで、動きを押さえ、逃走を防げるかもしれない。
 小夜はそう伝え……ふと「あっ」と声を上げた。
「あの子……失礼。あの人は、甘いお菓子が好きでした。螺旋忍軍は血に塗れた暗い道を彷徨うさだめ。饐えた血や苦い裏切りを舐め続けてきた彼にとって、甘く優しい味が救いであったのかも知れません」
 一部の番犬が、首をひねる。それに対して、小夜は口ごもりながら言った。
「いやその……ですから……甘いおやつとか。暖かな飲み物とか。闘いに傷つき、心脆くなったときに差し出せば、記憶などが戻るかも、と……その……考えてみただけです」
 そんなわけありませんね、忘れてください。と、小夜は顔を赤くする。
 だが、それも一つの手段かもしれない。味や香りは、記憶に直結する感覚だ。もしかすれば……。

「……私も、行かせてくれ。甘いものは思い浮かばないし、この力も微力だが……彼を、怪物に堕としたくない」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が、立ち上がる。
「ええ。取り戻しましょう。路地裏を彷徨う少年を、暖かな日の当たる場所に……暗闇だけが、世界の全てではないことを、彼に思い出させてあげてください」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
白銀・ミリア(白銀の鉄の塊・e11509)
セレッソ・オディビエント(葬儀屋狼・e17962)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●空虚なる闇底で
 路地裏を歩む暗闇が、先に響く激しいブレーキ音に足を止める。
『……サプライズとは、俺は大物だったかな?』
 艶かしく嗤う声音と共に、身を晒すのは黒衣の男。その前に集うは、20人の番犬。
「なぁ、そこのアンタ。私の友達を知らないか? 情報売って欲しいんだけど?」
 セレッソ・オディビエント(葬儀屋狼・e17962)の問いに、男は鼻で笑うのみ。
「いいや、知っているはずだ……背丈も姿も、随分と立派になったものだがな」
 ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)が、持っていた保冷バッグを脇に置いて、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)が進路を塞ぐ。
「ああ……やっと見つかったんだ。このまま螺旋忍軍になんてさせねえ……絶対に助けるからな!」
『何のことやら。お前たちは何でやってきたんだ?』
 肩をすくめる男に、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は宣言する。
「あなたを救うために決まっているでしょう。私たちは、全力で廃墟を駆け抜けて、この通り……」
 そして番犬たちは、軽車両の上で声を揃える。
「「「チャリで来た……!」」」
 と。

 数秒の、間。
 ポーズを決め終えた玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が一息ついて菓子折りを籠に戻す。
『そこを聞いたんじゃなかったんだが……』
「どうしてなのかは、私が聞きたい……」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が、ぽつりと呟く。
「これから嫌になるほど、聞かせてやるさ。熊本で自転車を駆った英雄の物語をな」
 と、陣内は言いながら「ところで、本当にアレが彼なの?」と、後ろの新条・あかり(点灯夫・e04291)を振り返る。
「うん。あの日、僕を見て笑ってくれた目だね……約束を守ってくれてありがとう」
「あの時、かっこいいお兄さんに助けてもらったからね。今度は私たちが助ける番」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が気合を入れて、自転車を下りる。
『なるほど。借りを返しに来たといったところか』
 薄く嗤う男を、影が……いや、ブラックスライムのグーラが覆う。闇が広がるように、牙を剥いて。
「私たちが救出をお手伝いしますわ。状態異常の回復などで、支援いたします」
 霧城・ちさが合図を出し、サポートの面々が身構える。セレッソと同乗していた白銀・ミリア(白銀の鉄の塊・e11509)が、その光景に笑みを浮かべて。
「腕っぷしではもう勝てないけどよ。見ての通りあたしは一人じゃない……お前もな」
 暗闇に嗤う紅い視線を睨み据え、誰かがその名を口にする。
「思い出してもらう……ヴィルフレッド」
 瞬間、黒衣の男は消えるように跳躍し、番犬たちはそれを追った。
 闇に沈んだ少年を、引き戻すために。

●苦い渇きの果て
『暗闇は俺の世界だ。止められるかな?』
 路地裏を跳ね上る黒衣。その内側から、無尽の闇が壁面を縫い付けるように爆裂する。
 立ちふさがるのはイッパイアッテナ。陣内の猫、セレッソのタフト、愛箱のザラキを引き連れ、身を裂き喰らう暗闇を押し留めて。
「皆さん、作戦通りに……! ヴィルフレッドさんを正気に戻し、必ず暗闇から助け出しましょう。サポートも、お願いします!」
「はい! 防壁陣、展開! ……みなさんの想いを聞いて! 記憶を、ココロを、取り戻してください!」
 フローネ・グラネットがシールドを展開する。彼女が共有した記憶は、甘くは無い。苦い、敗戦の記憶。だからこそ。
「僕も知っている。心が空っぽになる程の絶望を、飢えを、渇きを。取り戻すために足掻き続ける日々を。でも、それだけじゃない。あなたをそこから引き戻してみせる」
 想いを込めて、あかりが降り積もる雪を舞わせる。
 攪乱の力を仲間に宿し、次々と路地裏を跳躍する。
『……やってみろ』
 蜘蛛の巣の如く張り巡らせた闇を足場に、宙に浮かんだ紅目が嗤う。
「ああ、やってやる! ミリア! ヴィルフレッドは私に任せろ! グーラを頼んだぞ!」
 次々と壁を破って追い縋る闇の刺突。緋を散らしつつも掻い潜って、セレッソの拳が黒衣の影を打ち抜く。だが。
(「避けた! 流石の速さだ……! だが!」)
「ああ、セレッソ! そいつを抑えててくれよ! グーラの方は、あたしが一発殴って大人しくしてやる!」
 ミリアが、混沌を纏う。その一撃を援護すべく、餓鬼堂・ラギッドが細く張り巡らされた闇を照らして。
「頼みましたよ、ミリア様! そして、思い出して下さいヴィル様! ペルフェクティ様とダラダラしながら甘いお汁粉を食べていた幸せな時間を!」
 にやりと笑んだミリアの混沌の波が、闇の網を断ち割った。壁を蹴ってそこを抜けた陣内が放つは、同じく暗黒。腕をわずかに喰い裂かれて着地した男の足元には、子供用のブロック型玩具が散らばっていて。
『……? まきびしか?』
「全く! ちゃんと片付けなさいって言ったでしょ! ……ほら、思い出せよ。人様のご自宅もとい忍者屋敷で、一緒に遊んだだろ?」
 男が怪訝な顔をした瞬間。狭い路地を御業の縄が走り抜ける。彼は咄嗟に跳び抜いたが、その狙いは本人ではない。ラルバの狙いは、伸びあがる闇の方だ。
「ごめんなグーラ。お前の主人、きっちり元に戻すからちっとだけ休んでてくれ」
 その声に合わせて、黒く伸びる刺突の上をママチャリが走り抜け、ナザクがそのサドルから跳躍する。
「何故これに乗るかを答えよう……連戦の中、必死にチャリを漕いで現場に駆け付けたヒーローをリスペクトしてるのさ。俺は、またあの雄姿を拝みたい」
 放たれた竜の稲妻が壁に跳ねて、男の動きを押さえこむ。放たれた闇の刺突には、朱藤・環が掴みかかって。
「灰猫タマキのスイーツ便、特別デリバリーにあがりましたぁ! 戻ってくれないと、お菓子を一緒に食べる人が減って寂しいですからね!」
「熊本城で共に闘ったこと、私は忘れていませんよ。自転車で竜に突貫したあの雄姿……覚えていないと言うのなら、思い出させるまでです」
 葛城・かごめが舞わせた蝶を身に纏い、ラルバの御業がグーラに絡みつく。
「お前のことだぜ! あの時は、びっくりしたんだぞ!」
 突き刺し喰らう闇を、渾身の力で引き千切る。攻撃を重ねてそれを援護するのは、エトヴァ・ヒンメルブラウエ。
「……覚えておられますカ? 皆と一緒に行ったビアガーデン。あなたは楽しそうでしタ。腹ぺこのあなたより笑顔のあなたがいいと思いマス」
『サッパリだな。どこの間抜けの話だ?』
 男は壁に跳ねて、回転を繰り返しながら銃を引き抜く。重なり合った銃弾と黒影が弾け、番犬たちを薙ぎ払う。それは、不可避の殲滅射撃。
 しかし。
「あの時、私を助けてくれた、かっこいいお兄さんの話よ。仲間を助ける為に盾になれる人が、螺旋忍軍になんてなれるはずないわ」
 迸るのは、篠葉の鎖。銃弾と黒影を絡め取り、結界となって仲間を護る。更にその背後から、共に助けられた伏見・勇名が、決意の瞳でドローンを飛ばす。
「んう……だから僕も、むかえに、きた。こんどは、たすける。いっしょにかえる。ぜったいに。だれも、カラコロにさせない……びるふれっどの、ことも」
 呼びかけながら番犬たちは押していく。
(『この勢い……ここはとっとと、ケツを捲るとしよう』)
 闇渡る螺旋の者に、絶対不利など日常。男はグーラの触手を上へ放つと、跳ね上がるように壁面を駆ける。
「逃げる気か!」
「させないよ!」
 跳躍したセレッソとラルバが、月を背負って身構えた。馳せ合う瞬間、三人を見詰めてにっと笑うは、尾方・広喜。
「よお。お礼言いに来たぜ。あのとき、助けてくれてありがとな。おかげで俺も相棒も、帰ってこれたぜ。次は、お前の番だ」
 癒しの光が、闇を照らして二人を援護する。弾き合った男は、更に横方向へと闇を伸ばそうとして……グーラが指令を拒んだ。
『グーラ? 何を……!』
 男の愛する闇は、しゅるりと身を退く。
 番犬たちの語り掛けに応じて、もうやめようと、語り掛けるように。

●ほの甘く差す光へ
 男は砕けた窓から、廃墟ビルへと飛び込む。
 グーラの離反。馬鹿な。こいつだけは相棒と思っていたのに。
 塗り潰した心に揺らぎが走り、波打つ暗闇から微かな記憶が蘇る。
 ……敗北を舐めた、焔の戦艦。
 仲間を切り捨てることになった、廃墟の街。
 母を殺した、星の城塞……。
 ああ。俺たちの苦い生など、そんなもの。解放されるのなら、死もまたいい。
 だがなぜ俺は、こんな記憶を?
 まるで奴らが言っていることが……正しいみたいじゃないか。

 瓦礫だけの一室に、ラルバが転がり込む。
「グーラは、帰りたいって言ってるみたいだぜ……仲間のために暴走してまで闘う、すっげえカッコいい情報屋。それがお前だよ。思い出したか?」
「僕たちは、何回も同じ戦場を駆け抜けた。一緒に戦況を見て、仲間の暴走を見届けて……苦さも、甘さも、味わった。思い出して。暖かな思い出を」
 共に語るのは、あかり。
 振り切るように、男はぎらついた目を向ける。
『思い出すのは、螺旋忍軍の流儀だけだ……逆らうなら、従えるのみだとな……!』
 拳銃が、闇を爆裂させる。二人が共に放った氷結が、弾丸の群れと激突する。
 僅かに氷を抜けた弾丸を、アイラノレ・ビスッチカが稲妻の壁で防いで。
「あなたが助けてきた人は多くいます……私もその一人。共に竜と闘った時も、私が暴走した時も。助けてくださいました。今度は私が助けに回る番です」
 目に怒りを滲ませて、螺旋忍軍は広い室内を上下無尽に跳躍する。この速さに、ついてこられるかと。目を細めて対峙するのは、陣内。
「……遊ぶのも楽しかったけど、仕事するのも楽しかったな。あのデカブツは誰が欠けても倒せなかった。ヴィル。お前がチームを守った。お前がいたから、勝てた」
 誰より速いというのなら、その動きの先を夢に見よう。デジャビュに導かれるように、黒き豹が空中で黒衣と激突する。
『……!』
 瞬間、その頭上に舞うのは紗神・炯介。刃の如く黒衣の男と足蹴りをぶつけて。
「ああ。僕達は力を合わせて、あの戦艦竜だって倒してみせた。……色々あったね。楽しい事も、悲しい事も。でも、ヴィル。今は……一緒に、あの夢の続きを見ようか」
 砲火の弾ける海の上の時の如く。男たちは踊るように打ち合う。激烈な加速を振り切るように、黒衣の男は最速で身を捻った。
『なら、永遠の夢に惑うがいい……!』
 無音で敵の懐に潜り込み、その顎下に銃を突き付ける。だが引き金が落ちる寸前、小柄な影が腕を巻き取って割り込んだ。
 跳ねた銃弾に頬を裂かれながらも、真っ直ぐに睨むのは、イッパイアッテナ。
「ヴィルフレッドさんはもっとのびのびしていて……皆に献身的に尽力できた少年だったでしょう? 闇に囚われないで。自分の意思で人生を楽しんで欲しいのです」
 態勢を崩した黒衣の男。瞬間、奏真・一十の放った地走りが、その足を掬う。
『くっ……』
「ああ。君は竜十字島まで僕を迎えに来てくれた。あの螺旋忍軍に、君は『面倒臭い』と言い放った。例え過去は切り離せぬとしても」
 こんどは僕が君を連れ帰る。
 そう言う彼の後ろで、篠葉が神饌を振るって仲間たちへと御霊を降ろして、傷を塞ぐ。
「……うん。呪い狐はね。根に持つタイプなの。良くも悪くもね。助けてもらった恩は必ず返すわ。頼もしい仲間だったあなたに、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」
 必殺の一撃を外され、つけた傷は癒されて。相棒は離反し、逃げ道はない。それでも男は、壁を跳ねる。
『俺は、人には堕ちない……!』
 それは如何なる螺旋忍軍も、譲れぬ矜持。過去の栄光に縋る者なら、なおさらに。
 弾雨を走るナザクへ向けて、男は引き金を引き続ける。
「……ああ。お前は、面白くも清々しい。歳は離れていても、背を預けられる男だ。それを堕落と言うのなら。堕ちる手助けをしてやろう」
 身を翻したナザクの拳が、歪みのビートを乗せてその鳩尾を打ち抜いた。咽こんで、黒衣の男は身を転がす。
 追いつめた。そこへ、飛び込むのは……。
「あたしを思い出せ、ヴィルフ! セレッソだってきてくれたんだ! 三人で……いっぱいはしゃいだり遊んだりしたよな! もう夏だ。また一緒にさ、海にいこうぜ!」
「ハロウィンガチ勢になったり……宿敵倒した後、焼肉行ったり……! 数え切れないくらい思い出作ったよな……でもまだまだやりたいこと沢山あるんだよ!」
 ミリアとセレッソ。しばらく一線を退いていた二人の力は、黒衣の男に及ぶべくもない。それでも。二人ならば。
『お前ら程度……!』
 最速で持ち上がる銃口。交差する二人の影。放たれた銃弾は、二人の髪を掠めて抜ける。
『馬鹿な……ッ!』
「ひゃっはー! ご注文のお菓子のトコまで! このヤローをお届けだぜ!」
「たらふく甘味を詰め込んで! 黙って、チャリで帰ってきなさい!」
 迸るのは、血筋から受け継いだ渾身の力と、群れ成す狼の名を冠する槍の柄。
 男の胸倉を打ち抜いて、もつれあった三人は、そのまま窓をぶち破る……。

●手を伸ばす少年
 また、敗北か。
 血を吐いて落ちながら、男は白む空を見上げる。
 不可思議な気持ちだ。どこか懐かしい感覚と共に、浮かび上がる記憶。
 ……海を割る強大な敵。
 城を囲む竜の軍勢。
 幼い蟻の姫君。定命化した彼女の微笑。
 暴走した仲間たちは、皆、救われて帰ってきた。
 舌の上に、ほのかな甘みが解けて弾ける。
 これは、勝利の味?
 いや、違う。勝利の傍らには、共に闘う誰かがいて。救えた何かがあって……。
 なんだ。
 今、俺は負けようとしているのに。
 なぜ……こんな……。

 ……意識が、戻る。
 目を開けば、停められた自転車の群れの只中に倒れていて。覗き込むあかりと、扇いで己を癒すイッパイアッテナの顔が映る。
『何故、俺を……』
 エクレアやシュークリーム、もなかやよもぎ餅を手いっぱいに、二人は言う。
「言ったよね『俺は状況を見誤らない』って。じゃあ、見て。あなたを迎えに来た人たちの顔を。並べられた甘いものと、その後ろの思い出を」
「それと甘い香りを嗅ぎましょう。皆、持ち寄ってくれましたよ。私の相棒も、お菓子満載。香りも甘さも最高の、お菓子だらけです」
 振り向けば、微笑んだナザクが保冷バックを開いて見せる。
「好きなフレーバーのアイスを選ぶといい。なんなら帰って来ればゆっくり全部食べられるぞ。甘党の『螺旋忍者』さんに、みんなからのスイーツデリバリーだ」
 そして仲間たちは、次々とお菓子を持ち上げる。
「チョコレート、もってきた。あまいものは、じゃすてぃすーだからな」
「私はアイスケーキを。暑くなりましたから、美味しいですよ」
「私は反対に、暖かい餅入りお汁粉を差し上げましょう」
「ジョッキカスタード持ってきちゃいましたー!」
「私はこの世で最もスイートな食べ物……アップルパイを」
「季節のフルーツタルトだぜ! 皆のぶんもあるから食べてくれなっ」
「僕は、君と友達になった日に食べたもの。覚えてる? カスタードプリンさ」
「イタリアのお菓子……カンノーロ。甘みとトッピング増し増しなのデス」
「私はクッキーだが。甘いもの地獄だな……」
 苦笑するアメリアの隣では、フローネとちさが微笑む。
『嘘、だろう。あれだけ殺り合っといて。甘いお菓子で……俺を釣ろうって?』
「そうさ? 効果覿面なはずだから。俺は詳しいんだぜ。で、手土産はこれ。わざわざ紅型染め柄の包装紙に包んだんだぞ。中身はちんすこう」
 そう言う陣内の隣では、篠葉がホールのショートとチョコのケーキを両手に載せて。
「ちゃんと自転車に置いておいたし、全部、崩れてないわよ! ね、落ち着いたんだから甘いもの食べましょ。お供は甘いロイヤルミルクティーでね!」
 黒衣の男は、倒れたまま吹き出した。乾いた笑いが長く続いて、袖で目を押さえて。
 ……何て馬鹿馬鹿しい。こんな奴らに、俺は栄光だの矜持だの、意地を張ってたのか。
 笑い続ける男の横に、ラルバがぽんと包みを置く。
「栗きんとん……覚えてるか? 誰かが夢中で食って、ついでにノリノリで踊って。でもすげえ楽しかった。オレ達はお前と、もっと思い出作りたいんだ」
『……ああ。そうだね』
「!」

 ……覚えてるさ。
 焼き芋で延々、きんとん作って。
 皆でケーキをバイキングして。
 忍者屋敷いったり温泉でカレー作ったり。
 クリスマスだとかハロウィンだとかで騒ぎ散らして。
 で、ジョッキでカスタード呑んだりして。
 沢山スイーツキメて馬鹿をやったなあ……。

 袖で覆った顔の横に、そっとグーラが寄り添った。
 さあ。戻ろう。甘いものを食べにいこう。
 そう言うように。
「うん……みんなで、一緒に、ね」
 黒衣の男の姿は、もうない。
 横になっているのは、傷つき疲れ果てた少年だけ。
 セレッソとミリアが、その横に寄り添って。
「ああ。今年はさ、海にリベンジしに行こう。深いところには行かないって約束でな」
「うん。ほかにもいろんなやつ誘って……ていうか、みんなで行こうぜ!」
 無言で頷く彼を、ただ一言、重なり合った言葉が迎える。
「「おかえり」」
 と……。


 こうしてヴィルフレッド・マルシェルベは、帰還した。
 食卓を囲む、甘いひと時へ向けて。
 皆と共に、帰路を進む。

 ……チャリで。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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