星海の漣

作者:崎田航輝

 春には冷たかった海風も、今の時分には心地良い温度となって肌を撫ぜる。
 波音の静かな水面も、鏡のように空を映し込んで。初夏の始めの夜の海辺は、涼やかで美しかった。
 歩むほどに、星明かりが浅瀬で輝いて眩くて。散歩に訪れている人々は夜風とその眺めを楽しんで歩んでいる。
 水辺の傍に寄れば、飛沫の輝きに交じって色とりどりのシーグラスも落ちていて──人々は時折それを手にとっては、眩い夜の時間をのんびりと過ごしていた。
 けれど──そこへ、招かれざる闇色の影がひとつ。
「こんな何もねぇ場所にも、餌はいるもんだな」
 獰猛な声音と共に砂を踏みしめるそれは、深色の鎧に身を包んだ罪人、エインヘリアル。
「退屈せずに済んで、良かった」
 嗤いを浮かべて剣を握ると、そのまま人々に踏み寄って。空にも海にも、如何な光にも目もくれず──刃を振るって殺戮を始める。
 波音をかき消す程の、哄笑が響く。無辜の命が潰えていく浜で、昏い巨躯の影だけが、楽しげに狩りを続けていった。

「集まって頂き、ありがとうございます」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日は、エインヘリアルの出現が予知されました」
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
 これを放置しておけば人々が危険にさらされる。
「そこで皆さんには撃破へ向かってほしいのです」
 現場は海辺。その内陸側より敵は現れるだろう。
「一般市民は警察により事前に避難させられます。こちらは到着後、敵を迎え討つことに集中できるでしょう」
 被害なく終えることが出来るでしょうから、とイマジネイターは続ける。
「勝利できた暁には、皆さんも海辺の散歩などをして過ごしてみてはいかがでしょうか」
 心地よい夜風と、星空と海の美しい景色を味わえる。綺麗なシーグラスを探してみても面白いかも知れません、と言った。
「そんな時間のためにも……ぜひ、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターは言葉を結んだ。


参加者
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)

■リプレイ

●耀夜
 仄かな波に揺らぐ星の海が、水平線で満天の光と溶け合う。
 砂を踏みながら、海辺へ降りた火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は──景色を映す翠の瞳を小さく輝かせている。
「タカラバコちゃん、綺麗な海だね」
 傍のミミックが体で頷きを表現すれば、ひなみくは微笑んで。
 カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)も瞳を閉じて、耳朶を撫ぜる潮騒にも無二の風情を感じ取っていた。
「波の音が静けさを感じさせる……素敵な空間だね」
 云いながら、それでもすぐに目を開けて。
「そんな中、エインヘリアルに殺戮なんてさせる訳にはいかないね」
 一歩歩んで注ぐ視線の先。
 薄暗闇の中から歩んで来る巨躯の姿が見えていた。
 退屈げな貌に、獲物と争乱を探す瞳を獰猛に光らせる──その姿にひなみくはぎゅっと自身の手を握り。
「この海に騒々しさは似合わないんだよ……。だから……守るために、頑張ろうね!」
 タカラバコがぱかりと応えれば、皆もまた頷いて。一息に砂を駆けてその罪人──エインヘリアルへと迫りゆく。
 巨躯はその音にはっとして顔を向ける、が、既に番犬は戦いの間合い。
 星空の間に、黒髪から燦めく星屑の耀を交えて。ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が一撃、細身に反した鋭利な蹴撃を叩き込んでいた。
「退屈しのぎになるかは知らないが、相手してやるから来いよ」
 ──お前には星明かりすらもったいない。
 投げられた言葉に、罪人は蹈鞴を踏みながらも目を見開く。
「……番犬か、言ってくれるじゃねぇか。いいぜ、別に」
 どうせ餌場にするつもりだったんだ、と。剣を握り踏み出そうとした──が。そこで眼前へ迫る狼が一人。
「餌場か、なら言葉通り俺らを喰らってみればいいさ」
 銀と白の躰を星灯りに艶めかせ。高く跳んで翻るランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)。
「味はともかく──安全は保証できねえけどな!!」
 刹那、暴風を吹き下ろすかの如き蹴りで鎧の肩口を粉砕してみせる。
 巨体がよろけると、その頃には包囲が完成。罪人が機を探るよう見回しても──。
「──美雨」
 天原・俊輝(偽りの銀・e28879)が静やかな声を紡いでいた。
 応えて髪をほの揺らし、手を翳すのは娘たるビハインド。瞬間、砂塵を吹き荒れさせ視界を塞いでいた。
 同時に俊輝が頭上へ跳躍。煌々と赫く焔を抱いて苛烈な蹴り落としを見舞う。
 罪人はよろめきつつも、剣を振り回し波動を放った。が、闇の衝撃が齎した苦痛に、煌めく無限色の灯りが訪れる。
「守護星座よ、仲間を守る力となってくれ」
 それはカシスが剣で空から降ろす星々の祝福。声と共に星が踊ると、綺羅びやかに治癒と加護が齎されていた。
 ひなみくも手元にスイッチを準備しながら、視線を横に向けて。
「幽子さん、わたしと一緒に!」
 暗かったらこっち来ていいよ、と。招くと、巫山・幽子が頷いて小走ってくる。
「頑張ろうね!」
「はい……」
 ひなみくが七彩の光を振り撒きながら言えば、幽子も静かに応えて治癒の光を前線に注いでいた。
「ムスターシュも……!」
 と、そこへ翼猫を翔び立たせるのはリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)。
 ふわりとムスターシュが羽ばたいて、清らかな風で皆を万全とすれば──リュシエンヌは前へ。レースのリボンを揺らすラウンドトゥで、靭やかに蹴りを放っていた。
「今ですっ……!」
「了解しました」
 敵がふらついた好機に、リュシエンヌに応えるのは兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)。夜風を裂く速度で真っ直ぐに、長髪を棚引かせて巨躯へ迫っていく。
 星明かりに反射してきらりと耀くのは鎌。そこへ更に清冽な冷気を注ぎ込むことで白光させて。
「これを受けてくださいっ……!」
 振り抜く一閃、冬を薫らす斬線を刻み込んで表皮を凍結させていた。
「悠姫さん、お願いします……!」
「ええ、任せて」
 確実に穿ってみせるから、と。
 凛然とポケットからガジェットを引き抜くのは天月・悠姫(導きの月夜・e67360)。
 手の中で瞬時に形態変化したそれは、発射口とグリップを持つ銃の形を成して。照星に巨躯を捉えている。
 罪人はとっさに間合いを取る、が。
「──甘いわ。わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
 悠姫は既に引き金を引いて射撃。『エレメンタル・ガジェット』──火花を伴ったその一弾が、巨体を貫いて膝をつかせていた。

●静波
「……はっ、いいじゃねぇか。確かにこれなら、退屈をしのげるぜ」
 苦痛を顕にしながら、罪人は未だ言葉を減らさない。
 その嗤い顔に、ランドルフは肩を竦めていた。
「退屈しのぎに人殺しか。考えてみりゃ、呆れたモンだ。どうやらテメエも、テメエを送り込んできた奴も──相当のPsycho野郎らしいな」
「……馬鹿にしやがる」
 罪人は歯噛むと立ち上がり、剣を握り締める。
「こんな何もないところで無為に過ごすくらいなら、狩りでもしてたほうだ良いだろ?」
 その声には、自身の正しさを信じて疑わぬ色があって。リュシエンヌは一度目を伏せてか周りを見ていた。
 星灯りが眩く、波にきらきらと揺れて。
「こんなに心が弾む素敵な場所なのに。何もないと思うなんて、エインヘリアルってほんとに情緒がないの」
「ああ」
 ノチユも頷く。星の泳ぐ空と海の美しさ、それを解さぬ情緒の無さに溜息をつきながら。
「まぁ、こんなのと同レベルよりマシか」
 仄かに首を振ると、紅碧の瞳に冷えた敵意を内包させて。
「わからないんだから、仕方がない。星明かりを潰されぬよう──殺すだけだ」
「……ええ。此処で聞こえるのは波音と穏やかな会話、それだけで結構ですから」
 荒事は速やかに終わらせましょう、と。
 地を蹴り巨躯へ迫るのは俊輝。
 罪人は刃を振り上げる、が、その動きを美雨が金縛れば、俊輝は蔓を素早く奔らせて。露濡れの如き煌めきを帯びた棘で巨体を縛り付けてみせる。
 それでも身じろぐ巨躯へ、悠姫は紅き光を編み出して。
「エクトプラズムよ、敵の動きを止めなさい!」
 眩く発散したその光で巨体を固めていた。
 そこへノチユが肉迫、揺蕩う地獄を伴った斬撃を見舞えば──紅葉が引き絞った脚を大きく振り抜いて。
「その身を、焼き尽くしてあげますよ!」
 燃え盛る焔を放出し、巨躯の全身を灼いていった。
 呻く罪人は拘束から這い出て刺突を返す。が、跳び出たタカラバコが受け止めれば──。
「すぐに回復するからね」
 カシスが雷龍の角杖を振るい、雷の軌跡を描いていた。
 細糸のように煌めいたその閃光は、タカラバコの傷を縫合して塞ぐと共に、優しい暖かさで痛みも和らげていく。
 ひなみくも『とある令嬢の眸』──見えざる白魚の手で撫ぜるよう、清廉な心地で治癒しながら意識も澄み渡らせて。
「さあタカラバコちゃん、今回は思いっきりやっちゃっていいんだよ!」
 同時に言えば、タカラバコは反撃の黄金をばら撒いていた。
 罪人が惑えば、リュシエンヌは機を逃さず『Coin leger』。流星雨の如き粒子を注がせ巨躯を縫い止める。
 藻掻く罪人へ、悠姫はそれすら許さぬようガジェットを向けて。
「──魔導石化弾よ。その動きを、完全に封じてあげるわ」
 銀灰色のフラッシュと共に、放った弾丸を表皮で拡散させ巨体の脚を硬化させた。
「紅葉さん」
「はいっ……!」
 ぐっと唇を結び、紅葉は罪人の至近へと飛び込んでゆく。終わりは近い。この一手が、それを助けることになるのならば。
「行きますっ……私でも、やればできるのですから!」
 前方へ跳びながら、全霊の魔力を籠めた蹴撃。胸部を穿ち、罪人に血煙を噴かせていた。
 そこへランドルフは銃口を翳して。
「退屈してる暇もねえ所へ逝くがいい! 喰らって爆ぜろッ!」
 朗々と響き渡る銃声と共に『バレットエクスプロージョン』──爆破を引き起こす特殊弾を撃ち込んでいく。
 瞬間、ちかりと明滅した焔が爆轟を生んで巨躯を包み込み。
「──いつもより念入りにブチ砕かせてもらったぜ、コギトの欠片がSea glassに紛れねえように、な」
 ランドルフが仰ぐ頃には、罪人は灰燼となって消え去っていた。

●星海
 穏やかな波音が、快く耳朶に触れていく。
 荒れた浜を直した番犬達は、近隣の人々へも無事を告げ──静けさと星灯りに満ちる平和な景色を取り戻していた。
 番犬達も歩み出す中──ランドルフもまた散策を始めている。
「静かだな」
 呟きながら、水辺を漫ろ歩く。
 すると、視界に色がひとつ、ふたつ。浅波に煌めく沢山のシーグラスが見えた。
「成程な」
 改めて見れば見事なモンだと、少し探して回れば──大粒で、透明で。二つとなさそうに思えるほど綺麗なものを見つけた。
「そうだ、コレをAccessoryにしてPresentしよう!」
 頭に浮かべるのは“気になるアイツ”。
 受け取ってくれるか、喜んでくれるか。
 期待感も相まって握る手にも力が入る……が。
 そのせいで、ぱりん。音と共にシーグラスが粉砕した。
「あああッ!」
 高らかな絶叫が響く。少しの後には……暫く寝込むであろう暗い背中で、浜を去るランドルフの姿が見えるのだった。

 波打ち際は、星空色の水面が寄せては返す。
 その幻想的な空間を、ひなみくはゆっくりと歩いていた。タカラバコは水が苦手だから、波に入らないよう気をつけながら。
「わあ、見てタカラバコちゃん!」
 と、ひなみくは足を止める。
 紅に碧に、透明に。そこにはきらりと燿く色彩が幾つも転がっていて。しゃがみ込んでその一つを手にとった。
「シーグラスっていうんだって」
 タカラバコもそれには興味津々、とてとて歩いて覗き込む。ひなみくは隣り合って、一緒に星空を透かして見せながら。
「丸くて綺麗だね。コロコロ転がるうちに、丸くなるんだって……すごいよね!」
 タカラバコも同意するよう、その光を見つめてから……転がるシーグラスの中から何やらごそごそ。
 お気に入りを幾つか見つけたらしく、回収しようとしているようだった。
 ひなみくはそれを拾ってあげる。
「持って帰る?」
 かぱかぱとタカラバコが喜びを表すと、ひなみくもうん、と頷いて。
「帰ったら綺麗に洗おうね。今日はえらかったぞ!」
 労いの言葉もかけながら、また一緒に歩き出す。そんなふたりを送り出すよう、快い夜風がさらりと吹いていた。

 星が瞬く度に、それを映す夜の海もまた光の濃淡を作り出す。
 そんな景色を眺めていたカシスは──思いついたように歩き出していた。
 こんなに美しい海辺なら、硝子の粒の集まる場所はっと綺麗だろうから、と。
「折角だから、シーグラスを探しに行こうよ」
「シーグラス、ですか」
 と、小さく首を傾げるのは紅葉。
 情報でも聞いてはいたけれど、自分が見たことはなかった。
「どういうものでしょうか?」
「自然の波に流されてきた硝子のかけらよ」
 応えるのは悠姫。
 淡い表情の中にも、その美しさを楽しみにする色が仄かに浮かんでいる。
「海を漂う内に小さな欠片になって、綺麗なものも多いの。とてもロマンチックよね」
「硝子……」
 紅葉は納得して頷く。
 それからきょろきょろと瞳を巡らせた。
「どこにあるのでしょうかね……?」
「水辺を探せば、あるはずだよ」
 言ってカシスが進んでいくと、悠姫も探し始めるから──紅葉もととと、と二人について行きながら。
「綺麗なものだと嬉しいですね……」
 呟きつつ、砂の間を暫し視線で探ってみる。
 すると程なく、きらきらと光る色彩が視界に映った。
 傍に寄ると、時にまん丸く、時に角ばった形で。一様に美しく煌めくシーグラスが転がっている。
「これがシーグラスですか」
「うん。どれも、綺麗だな」
 カシスもしゃがんでから、幾つかを拾っていた。
 硝子が持っている艶めきに、海水で濡れた光が重なって。その多重の輝きを、悠姫も見回しながら声音に感心を浮かべている。
「まるで海で作られた宝石みたいだわ」
「ええ」
 紅葉も手にとったそれをじっと見つめる。他には何もない、滑らかな砂浜に。波に運ばれてきたそれだけが星灯りのように眩くて。
「凄く綺麗で幻想的です」
「幾つか、持って帰ろうか」
 カシスが言えば、二人は頷き自分だけの色と輝きを探し始めた。
 あ、と、紅葉が呟いて拾い上げたのは桃色の粒。球形に近くて、ドロップのような可愛らしさが気に入った。
「これにします」
「じゃあ、俺はこれで」
 と、カシスが拾ったのは深い蒼と緋色のシーグラス。さらに二つを合わせたような紅紫のものも見つけて、上品な色を揃えている。
 悠姫が手にとったのは紅。それこそ美しい宝石のようで、不思議な魅力があった。
「こうやって海を散歩するのも、いいものね」
「そうですね……」
 紅葉も頷いて、改めて二人と共に景色を見遣る。
 シーグラスを贈ってくれた雄大な海。星色の水面は、いつまでも眩く揺らめいていた。

「幽子さん、こっち」
 うっかり濡れたら困るからと、波に足を取られぬよう手招いて。ノチユが声を届ければ、幽子は頷いて歩み寄ってきた。
 そこは水辺の傍で、微かな傾斜から景色を見渡せる場所。
「星が、とても綺麗です……」
「夏の天の川が、少しずつ昇ってきているね。それにてんびん座も見える」
 ノチユが東の空を指差せば、幽子は視線でつぶさに追って。柔く瞳を輝かせていた。
「夏の星が、見えるようになってきたんですね……」
「うん。人工の明かりが少なくて良かった」
 初夏の夜はそれほど寒くなくて。星だけで輝く空と海は美しく、かぎ慣れない潮のにおいが心地良い。耳を澄ませば漣の音も穏やかだ。
「海はすき?」
「……はい、季節で見え方が違うので……。エテルニタさんは……」
「僕も、嫌いじゃないよ」
 云いながら、視線を下ろして。足元に転がる幾つもの光もまた、二人で眺めていく。
 その中でノチユが拾った煌きは──花めいた形。
 陽に翳せばもっと光るのかな、と。空に向ければ、今でも美しい光色を見せるから。
 ノチユは幽子にそれを渡した。
「これは……」
「いや……似てる気がしたから」
 結局こうやって、彼女の傍に自分のなにかしらを置いてもらいたいのだ。
 その心を自覚しながら見つめると──幽子はそれを嬉しそうに、ぎゅっと握って。
「大切に、しますね……。私も、これを……」
 微笑むと、夜色の一粒を差し出す。ノチユもまたそれを受け取って。再び共に星を見つめていた。

「散歩しましょうか、美雨」
 俊輝が言いながら、浜を歩み出せば──美雨は嬉しげに頷いて。一緒に並んで海辺へと進み始めていた。
 夜空から降りる輝きが、海を星の色に染める。
 波が揺らぐとヴェールのようにその光が煌めいて。
「そういえば、小さな頃は波を見ては大泣きしていましたっけね」
 言って表情を和らげると、ほんの少しだけ顔を隠そうとしている美雨を見つけて。
「……今はもう、平気ですね」
 そんな娘の仕草に微笑みながら、俊輝は水辺を進んだ。
 すると美雨が途中で留まり視線を落とす。
「おや、何か見つけましたか? ああ……これがシーグラスですね」
 俊輝も見下ろすと、燿くのは硝子玉。
 拾うと空にも海にも負けず、きらりと燦めいて見えたから。
「もっと探してみますか?」
 歩めば、美雨も愉しげについてきた。
 それから見つけたのは、清廉な翠に、眩い金色。淡い桜色や、夜空のような蒼──拾ったどれもが美しい色の数々。
「お土産に持って帰ったら、皆喜ぶでしょうね」
 美雨が肯いてみせるから、もう少し見ていきましょうかと、俊輝は散策を続けて。波が齎した幾つもの光を手に入れていった。

「うりるさん、お待たせなのっ」
 リュシエンヌは星の如く煌めく笑顔で待ち人へ駆け寄っていた。
 ウリル・ウルヴェーラは、腕を絡められたままに優しく労いの声をかける。
「お疲れ様」
「早速、おでーとしましょ!」
 幸せを待ちきれないとばかり、妻が腕を引けば──ウリルも勿論と歩き出した。
 すると小波の音が良く聞こえて、記憶を刺激されて。
「……もうすぐ夏になるんだな」
「こうやって夜の海に来るの、久しぶりね? ほら、あんなに海がきらきらしてる」
 心地良い風を感じていたウリルは、リュシエンヌの言葉に波頭を見遣って。煌めく美しさを目に留めてから……振り返る。
「あれ、なんだか浮かれてる?」
「だって、とっても嬉しいの」
 気持ちを溢れさせてリュシエンヌは応える。綺麗な星の下、こうしてデートを出来ることが嬉しいから、と。
 ウリルも穏やかに微笑んだ。
「確かにデートは何度しても楽しいね」
 こうして砂浜を歩く時間も愛しいから、その実感は一入で。
 さくさくと、二人で白い砂浜を進みながら──足元に波に濡れて光る小さな石を見つければ、リュシエンヌは拾い上げる。
「うりるさん、ほら……星のカケラよ?」
 角度を変えると淡く明滅して。夜空の星が落ちてきたみたいなシーグラス。そっとウリルの手に落とすと、ウリルはそれを掌で転がした。
「本当だ、綺麗だね」
 どこから来たのか、きっと辿れない。遠大だから一層美しく。
「長い年月ずっと流れてここに辿り着いたのかな。そう思うとロマンが詰まっていると思わないか?」
「うん。……ルル達も、長い旅をしていこうね」
 幾星霜と、言えるくらいに。リュシエンヌは永遠の光に触れた気持ちで、またウリルに寄り添った。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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