水芭蕉群生地を襲う罪人

作者:神無月シュン

 水芭蕉の群生地として知られる、とある湿原。見頃を迎えた水芭蕉が辺り一面を白く彩っていた。
 水芭蕉目当てで訪れている観光客たちが、景色を楽しみながら散歩をしたり、水芭蕉を様々な角度から写真に収めたりと一時を満喫していた。
 そんな中、突如湿原に悲鳴が響き渡る。何事かと視線が集まる先、身長3mほどもある禍々しいオーラを纏った大男が観光客たちの方へと歩いてくるのだった。
 その姿を見た人々が恐怖に逃げ惑う。
 禍々しいオーラを纏った大男――エインヘリアルは逃げ遅れた観光客を見下ろすと、オーラを纏った腕を振るう。
 飛び散った血飛沫が、水芭蕉の白を真っ赤へと染め上げるのだった。


「大変です! エインヘリアルによる、人々の虐殺事件が予知されました!」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の慌てた声が響き渡る。
「詳しく説明して貰えるかい?」
 ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)の言葉に、セリカは深呼吸すると説明を始めた。
「水芭蕉の群生地にエインヘリアルが現れ、観光客を襲う事件が発生します」
 このエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしく、放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる。
「なるほど、これは一刻を争うね」
「はい。急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルの撃破をお願いします」

「敵は1体かい?」
「はい。出現するエインヘリアルは1体のみで、バトルオーラによる攻撃を得意としているようです」
「周囲の状況は?」
「辺りに障害物になるようなものはなく、視界は開けています。それと、水芭蕉の群生地では観光客が20名ほど水芭蕉を見る為に訪れていて、エインヘリアル出現前までに避難は間に合いそうにありません」
 エインヘリアルを見つけ次第、観光客たちは逃げ出すだろう。しかし、パニックを起こし逃げ惑う観光客たちが上手く避難できるとも限らない。放っておけば戦闘に巻き込まれる人も出てくるかもしれない。だからといって避難誘導に人員を割くとその間の戦闘が不利になりかねない。エインヘリアルとの戦闘前に避難誘導が終わることが理想的だが……。
「このエインヘリアルは使い捨ての戦力として送り込まれているため、戦闘で不利な状況になっても撤退することはありません」
 ディミックの質問にセリカが答えていく形で作戦会議は進んでいった。

「危険なエインヘリアルを野放しにはできません。どうか皆さんの手で倒してください」


参加者
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ


 湿原へと降り立ったケルベロスたちは、観光客の集まる方へと歩みを進める。急ぎとはいえ湿原の保全の為に設置されている木道の幅は人3人分程。しかも水芭蕉を眺めやすいよう所々道が折れ曲がっている。走ることもままならずこうして早足で進むしかない。
「学校で習う歌の歌詞に出てくることで、疑似的に懐かしいと思う風景らしいねぇ。繰り返しているうちにそう思う、ということはあるのかもしれない」
 眼前に広がる景色に、ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)がそう呟く。たとえ見たことのない景色であっても、歌や絵、小説などの作品から想像した風景が目の前に広がっているというのは、とても素敵な事なのかもしれない。
「水芭蕉かぁ。あの白いのって花じゃなくて葉っぱが変形したものらしいですねー……って、愛でる前にお仕事ですー!」
 ゆっくりと水芭蕉を眺めていたい気持ちを押さえる朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)。
「エインヘリアルの事情は兎も角、相手が罪人なら尚更警備、いえ取り締まらないと! 観光地も人も、守ってみせます」
「ええ。一般人のみなさまの安全を守るのが私たちのお仕事ですわっ」
 マロン・ビネガー(六花流転・e17169)と霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)の2人は一般人をはやく非難させなければと、気が焦る。
「出来るだけ急ぐのです」
「せっかくの観光地、みなさまに怖い思い出を作らせないようにがんばりますの。エインヘリアルには観光客を襲わせたりしませんわっ」
 はやく辿り着きたい一心で2人は歩く速度を上げるのだった。

「私たちはケルベロスです」
 観光客を注目させるため、マロンが名乗りを上げる。
「今からエインヘリアルがやってくるけど、私たちに任せて!」
 その傍らには山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)。『プリンセスモード』で変身したことほは鮮やかな振袖に袴姿。その姿は水芭蕉と合わさり和服美人な印象が際立っていた。
「ここに居ると巻き込まれるかもしれません。危ないので逃げて下さい!」
「足元とかも、気を付けてねー」
 マロンは『パニックテレパス』を使い避難を促す。効果があり過ぎたのか、ことほの注意も耳に届かず湿原に踏み込む人も出始めた。
「湿原だから足元には注意して逃げておくれ。何、ちょっとしたらまた水芭蕉を楽しめるようになるさ」
 『凛とした風』と『隣人力』を合わせ、塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)が観光客たちを落ち着かせる。
「はーい、慌てずかつ迅速に。此方に向かえば大丈夫なんで落ち着いて逃げてくださいね~」
 霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)の『割り込みヴォイス』を使った声が落ち着きを取り戻した観光客たちへと届けられた。


 避難誘導が続く中、ディミック、環、翔子のボクスドラゴン『シロ』。そしてキリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)は水芭蕉に被害が及ばない様、湿原の入り口付近でエインヘリアルを待ち構えていた。
 しばらくすると、遠目でも分かる大きさのエインヘリアルが姿を現す。この場に似つかわしくない禍々しいどす黒いオーラを纏い、一歩、また一歩と歩みを進める。
 少しでも視界を遮ろうと、エインヘリアルの前に立ち塞がり、翼を広げるキリクライシャ。しかし相手はキリクライシャの身長の倍近くもある。翼を広げたところで、キリクライシャの頭上から楽々と辺りを見回すことが出来る。避難している観光客たちの姿を見つけたのだろう。エインヘリアルは観光客が居る方向へと歩き始める。
「……飛び上がらないとダメだったみたいね」
 敵の目の前を飛んで無防備になるのを避けた結果だ。仕方がない。
「アスガルドの勇士とお見受けするが、如何なる御用かい?」
「ここから先には進まないで欲しいです」
 エインヘリアルの進路に立ち塞がり、声をかけるディミックと環。しかしその声も届いていないようでエインヘリアルの歩みは止まらない。
 どす黒いオーラのせいで表情は読み取ることが出来ないが、全身から殺気を放っている相手に何を言った所で無駄だろうと、ディミックたちは判断し戦闘を開始した。

「……返して合わせて、力を増やして」
「援護するよ」
 キリクライシャの手のひらから生まれた光の珠からは、月の光を思わせる輝きが放たれていた。その光の珠はゆっくりとキリクライシャの手から離れると、環の体へと溶け込んでいく。
 更にディミックの巻き起こした爆発が環の背後をカラフルに彩る。
「一瞬をしのげば終わり、なんて大間違いですよ!」
 2人の支援を受け、環は一直線にエインヘリアル目掛けて加速突進し、胴回し回転蹴りを繰り出す。蹴りの摩擦で生まれた炎が、エインヘリアルの周囲を囲むように燃え上がる。
 反撃にとエインヘリアルが拳を繰り出し、環を吹き飛ばす。
「っ!?」
 環は空中で体勢を立て直し、猫の様にしなやかに着地する。
「……大丈夫?」
「ええ……。少し焦りましたが、大丈夫ですー」
 キリクライシャの心配する声に、環は数回軽く跳ねダメージを確認すると平気だと笑って返事をした。

 戦闘開始から数分。戦力の都合上、エインヘリアルの進行は完全に止めることは出来ずにいた。
「流石にしんどいですねー」
 前衛で一人頑張っていた環は攻撃を集中的に浴び、苦しそうに肩で息をしていた。
 流石に限界かと覚悟を決めていると、避難誘導を行っていたメンバーが合流の為にこちらへと向かってくるのが見える。
「こんにちは爆ぜろぉ!!」
 裁一は一人跳び出し叫びながらエインヘリアル目掛けて炎を纏う蹴りを放った。
「罪人にお勧めの観光スポットはここじゃなく、あの世です!」
 炎に包まれ藻掻くエインヘリアルへそう言い放つと、環の傍へと着地した。
「お待たせしたのです」
 ディミックのガネーシャパズル『星うつし』から現れた光の蝶に包まれたマロンは、掌からドラゴンの幻影を放つ。放たれた幻影がエインヘリアルに襲い掛かると、エインヘリアルを包む炎が勢いを増す。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「今回復するよ」
 エインヘリアルが苦しみ叫びをあげる中、翔子はケルベロスチェインを環の足元へと展開し魔法陣を描き出す。
「エクレアは回復を頼みますわねっ」
 ウイングキャットの『エクレア』へと指示を出し、ちさはキリクライシャの支援を受けるとエインヘリアルの頭上へと跳び上がる。流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りがエインヘリアルの顔面へと炸裂する。それとほぼ同時に、距離を詰めていた環が胴へ拳を叩き込む。
「プラズムキャノン発射ー」
 ことほは圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作ると、エインヘリアル目掛けて飛ばす。
 エインヘリアルはオーラを溜め炎を吹き飛ばすと、ケルベロスたちを睨みつける。黒いオーラに見え隠れする瞳にはケルベロスたちへの殺意が満ちていた。


 ケルベロスたちが合流を果たし戦力差が埋まると、手数で勝りエインヘリアルを徐々に押し返していく。
 裁一が『喰サバ刀』へ呪詛を載せ斬撃を浴びせる。
 環は空高く跳び上がると、バスタードソード『月駆』を構え車輪の様に回転しながら落下する。その勢いを利用して、エインヘリアルの右腕めがけて『月駆』を振り下ろした。
 さらに環と共に跳び上がっていたマロンが『裁定者の大鎌』をエインヘリアルの首筋めがけて振り下ろす。
「その貌は透いて、その質を好いて、されど煩いは酸くて――」
「纏え護りの雨」
 ディミックが詠唱を終えると、白の石英を媒体に癒しの光が環を照らし、翔子の生み出した魔力を帯びた霧雨が環を守るように纏わりつく。
 ちさの『うさぎのマスコット付き妖精弓』から放たれた矢は、妖精の加護を宿し躱そうと動き回るエインヘリアルを追尾し貫く。
 キリクライシャの跳び蹴りがエインヘリアルの胴を捉えると同時、テレビウムの『バーミリオン』が手に持った凶器をエインヘリアルの脛めがけて振り抜いた。
 煩わしそうにエインヘリアルは『バーミリオン』を殴り飛ばす。吹き飛んできた『バーミリオン』を躱し、ことほがエインヘリアルに殴りかかると同時、殴った個所から網状の霊力が放出され、たちまちエインヘリアルへと絡みついていく。動きが止まった一瞬にライドキャリバーの『藍』が炎を纏って突撃する。
「高まる嫉妬をこの一撃に! 爆発しろ! 特にリア充!! デストローイ!」
 高めた嫉妬を力に変え全身に纏うと、凄まじい速度で突撃する裁一。触れると同時、爆発が巻き起こる。裁一は煙の中から何事もなかったかのように出てくる。その顔は何やらスッキリしていた。
「お残しは許しませんなのですよ!!」
 掌サイズのふわふわのシュー生地に大きな栗と生クリーム、モンブランクリームを詰め込み、エインヘリアルへと投げつけるマロン。
 煙が晴れると、左右から環と翔子が同時に拳を叩き込む。
「お母様より受け継ぎしこの技で打ち砕きますわっ」
 ちさが快楽エネルギーを変換し放つ。攻撃用に変わったエネルギーが流星となって、エインヘリアルへ襲い掛かる。
 キリクライシャが跳び上がるとルーンアックスを頭めがけて振り下ろす。ことほはルーンを発動させ光り輝くルーンアックスで胴を薙ぐ。2人の攻撃がエインヘリアルのオーラを十字に引き裂く。
「これで終わりだよ」
 ディミックが『星うつし』に力を込めると、まばゆい光と共に竜を象った稲妻が解き放たれた。稲妻がエインヘリアルの心臓を貫き全身に電気が走る。全身が焼け口元から泡を吹き、エインヘリアルは地面へと倒れ伏した。


 戦いが終わり周囲の片付けを始めるちさ。
 環、ことほ、ディミックの3人は壊れた木道を手分けして直していく。
「綺麗な場所に澄んだ空気、清らかな花……絶景ですね。静かに飛んで、上空から眺めて見ても良さそうなのです」
 後始末を終え、マロンは水芭蕉を眺め呟いた。
「それなら一緒に水芭蕉を上から遊覧して回りますかね~」
「嬉しいのです」
 裁一の差し出した手を取り、裁一とマロンは翼を広げると上空へと飛び立つ。
「……水芭蕉、ゆっくり見られるかしら」
 キリクライシャは『バーミリオン』と共に木道を歩き始める。ふと上を見ると手を繋ぎながら飛ぶ裁一とマロンの姿が目に入る。
「……ブレイブマイン、使うべきかしら?」
 旅団恒例のリア充爆発しろ。を行うかどうか考え小さな声で『バーミリオン』へと話しかけると、『バーミリオン』の画面には大きくバツ印が表示されていた。
 今回はそっとしておいてあげようと、ため息を一つ吐きキリクライシャは散歩を続けた。
「面白い形してるけど、可愛い花だよねー」
「暑さを感じ始める季節に水辺を彩る様子は、確かに夏の予感と結びつく光景だねぇ」
 ことほとディミックが木道を歩きながら感想をもらす。
 水芭蕉を見ていた環は携帯端末を取り出すと、水芭蕉の花ことばを調べる。
「今度は友達と見にきたいなぁ」
 『美しい思い出』という意味があると知り、環はそう呟いた。
「今日で見納めじゃないんだし、時間があるときに友達を誘ってみればいいさ」
 その呟きを聞いていた翔子が声をかける。
「せっかくですし私も楽しんでから帰りますわっ」
 皆の後を追うようにちさも続く。
 ケルベロスたちはしばらく、水芭蕉を眺めながらゆったりとした時間を過ごした。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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