ピュア・ホワイト

作者:藍鳶カナン

●ブライダルベール
 美しい緑と白に彩られた工房があった。
 初夏の陽射しに輝くような白い鋼で編まれたアーチを潜れば、艶やかな緑溢れる庭。
 緑の間に優美な曲線を描く小道の左右をひときわ艶めく緑で彩る蔓性の植物が、幾つもの真珠をちりばめたような、あるいは純白のレースをふわり広げたような、数えきれない程の白い小花を咲かせている。
 庭の小道の先で辿りつくのは白い小離宮を思わす工房、扉の左右に吊り鉢仕立てにされた例の蔓性植物は純白の可憐な小花を咲かせてふんわり流れるように吊り鉢から溢れ、見る者皆に同じ想いをいだかせた。
 ――まるで、花嫁のヴェールのよう。
 誰もがそう感じるのも道理。その花は、まさに『ブライダルベール』と呼ばれる花。
 英名はタヒチアン・ブライダルベールであるのにタヒチならぬメキシコ原産である辺りも不思議だが、更に不思議なことは、庭の大地に根付いているはずのブライダルベールのうち数株が、ざわり、ざわりと蠢きはじめたこと。
 空から謎めく胞子が舞い降りたところを見た者はいなかった。
 それにとりつかれたブライダルベール達が緑の蔓葉でひとの女性の姿を成して、純白の花々をウェディングドレスのように纏ったところも。
 そして、ふわり、ひらり、とドレスを翻す『彼女達』が工房を訪れたところを見た者は、次の瞬間、その命を奪われる。
 鮮やかな血の海に沈んだのも、純白のウェディングドレスを纏った女性だった。

●ピュア・ホワイト
 新緑に映える純白のウェディングドレスの美しさに、こちらも純白の天使の翼がふるり。
「ここのウェディングドレス工房、佇まいもドレスも素敵で前から気になってたんです」
 夢と希望が溢れてきそうな資料映像を見せて、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が何かを決意したように語りだす。気になっていたのは、まず年頃の乙女としての憧れゆえ。そして、何だか不吉な予感がしたからだ。
「うん、エルスさんが気にかけててくれて良かったよ。おかげで事件の事前予知ばっちり、避難勧告の手配もばっちりだからね」
 狼の耳をぴんと立てた天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は、ケルベロス達を改めて見渡し、あなた達にはこのブライダルベールの攻性植物達の撃破をお願いしたい、と言を継いだ。
 現場は大阪市内のウェディングドレス工房。
 即ちこれも大阪城の攻性植物勢による侵攻作戦の一環だろう。攻性植物に変容させられたブライダルベール達は大阪の市民を殺害すべく動きだすが、
「避難勧告で工房も近隣一帯も無人になる。あなた達には工房の裏に広がってる大きな庭にヘリオンから直接降下してもらうから、その気配に惹かれてきた敵を、そこで撃破して」
 芝生が一面に広がる大きな庭で、戦闘の支障となるものは何もない。
 敵たるブライダルベールの攻性植物は三体。そのすべてが、冷気を帯びた花吹雪、破魔の力を持つ葉の嵐、生命力を奪う蔓葉を揮う。いずれも範囲攻撃だ。
「結構身軽だから、三体ともキャスターだね。あちらは連携もとれているし、こっちも策と連携が確りしていないと翻弄されて敗北する可能性がある」
「大丈夫です。攻性植物に変えられちゃったブライダルベール達は可哀想だけれど、私達も負けるわけにはいかないね」
 天使の翼がぴんと張ったのは、絶対負けられないというエルスの決意の証。
 だって叶うなら、無事に勝利して、そして――。
 ほわりと乙女の夢が膨らむのを察したように遥夏が笑って、
「で、今回の避難勧告で、予約のお客さん達は後日改めてって話になったから、良かったらお立ち寄りくださいって工房のオーナーさんが言ってくれてるんだけど」
「はい! もちろん寄らせてもらうね!」
 そう続ければ、途端に輝く笑みがエルスに咲いた。
 白い小離宮を思わす工房はきっと、夢と希望の宝石箱。
 限りなく純粋な白、すなわちピュア・ホワイトから、この国でウェディングドレスに最も多く使われているというオフ・ホワイト、そして印象の優しさが魅力のパール・ホワイト、ほんのり金色を帯びたシャンパンカラーの白まで、ありとあらゆる白が迎えてくれる。
 数多の白に、数多のウェディングドレス。
 眺めているだけでもきっと幸せだろうけど、飛びきり心に響くドレスに出逢ったらやはり試着してみたいところ。ヴェールやグローブなど花嫁を彩る品々も揃っているし、セルフで撮影もOK。パートナーと一緒に撮りたい向きのために男性の衣装も揃っているが、ここはあくまでウェディングドレス工房。
 けれど、ドレスのオーダーは慌てずに。仮縫いや補正で何度も来店する必要があるのと、仕上がりまでかなりの期間を見る必要があるから、今回は試着にとどめ、本当にこの工房で自分自身のウェディングドレスを頼みたいと心が決まったときに、また改めて。
 自分が結婚式で着たウェディングドレスを小物やベビードレスにリメイクしたい、母親のウェディングドレスを自分に合わせてリサイズやリメイクしたい、といった相談にも乗ってくれるという話。
「ふふふ~。エルスちゃんはやっぱり背中の翼が映えるドレスが好き~?」
「そういう桃花様は、やっぱり尻尾重視です?」
 尻尾ぴこぴこな真白・桃花(めざめ・en0142)と瞳を見交わしたら、エルスの天使の翼もふわふわぱたり。
 変えられてしまった花々を世界に還して、夢と希望の宝石箱に逢いにいこう。
 魔法みたいな力はないけれど、夢も希望も、きっと叶えてくれる。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
輝島・華(夢見花・e11960)
巽・清士朗(町長・e22683)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
曽我・小町(大空魔少女・e35148)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)

■リプレイ

●スノウ・ホワイト
 瑞々しい芝生の緑に初夏の光が跳ねる世界に、雪の真白が吹き荒れた。
 緑なす蔓葉の肢体に純白の花々のドレスを纏う花嫁達、ブライダルベールの攻性植物達が揮う雪の冷たさを孕む花吹雪と破魔を帯びた葉刃の嵐が幾度も幾度も自陣を襲う。前中後衛全てを狙ったそれらは恐らくこちらの陣容を探るためのもの。然れど、
「探られるのは構わないけれど、だからって攻撃を通す気はないんだよね!」
 薔薇色の裾を踊らせ戦場に舞うクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)、彼女を始めとする層の厚い護り手達がその多くを遮り受けとめる。軽やかさを何よりの武器とする花嫁達の術は狙いの確かさゆえになかなか苛烈。だが、
「華さんとねーさんは皆を! クラリスさんも――ただ前を見ていて。大丈夫だよ」
「はい涼香姉様、確り皆様を支えさせていただきますね……!」
 幾度も盾として身を挺し蜂蜜色の光で己を癒してなお深いクラリスの痛手を、呼びかけを詠唱に繋げた小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)が招いた恒風が優しく浚い、癒し手の浄化と視界を澄み渡らせる加護をも齎せば、輝島・華(夢見花・e11960)の雷杖が光を咲かせた途端、前衛陣の足元からこちらも癒し手の浄化を孕んだ雷光が噴き上がった。初手から揮われる華の雷壁も涼香の守護魔法陣も、敵の破魔は承知の上だ。
 前衛で癒しの羽ばたきを重ねるのは白翼のウイングキャット、セーラーカラーを踊らせる翼猫に護られたエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が後衛から跳躍し、
「ブライダルベールなのに全てのブライダルの敵になってしまうなんて……!」
 こうなったらもうブーケには入れてあげられないの、と両手を掲げれば、その身に流るる銀から顕現するは黒太陽。彼女達狙撃手が序盤から重ねてきた足止めが、この戦いの流れを変える切り札となる。
 誰より確かな狙いで降りそそぐ輝き、絶望の黒光に花嫁達が足を竦ませた刹那、
「麗しの花嫁、その姿を模るとはなかなか趣味が良い」
 巽・清士朗(町長・e22683)が最も傷の深い花嫁の背後へ音も無く滑り込み、
「――だが、悪いな? 本物の未来の花嫁達が、早々のご退場をお望みだ」
「はい。『これ』も、アナタ達が罪に穢れぬうちの閉幕を、望みます」
 花々のヴェールを翻した敵が振り返るよりも速く舞わせるのは、直刃調に小乱れ咲く刃の一閃。機を繋がれたオペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)は斬撃に仰け反った花嫁を狙い澄まして、誘うように手を伸べる。招いた先は硝子の障壁で隔てられた舞台、花嫁が触れた途端にぱきりと割れた硝子が、その足を縫いとめるべく襲いかかった。
 雪晶煌く遊園地での戦いで肌身に沁みたように、戦いとは制御できぬ奔流のごときもの。意図的に仲間の行動を待たんとするなら己が掴んでいた機を投げ捨てて、一手を無駄にすることになる。――が、
「エルスが牽引してくださるので助かります、本当に頼もしいこと!」
「あたしの技もようやく当てられそう、ここから更にはりきっていくわよ!」
 誰が堰を切るかを決めるのは重ねた経験と時の運、狙撃手にして精鋭たるエルスが機運と主導権を掴み獲った今日の戦いでは、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が待つ必要など生じない。硝子の霧めいて煌く流体金属の粒子、先程振りまいたそれに幾重にも感覚を研ぎ澄まされつつ揮う星剣からは、凍気の波濤が三重に連なり花嫁達へ押し寄せる。
 実力は精鋭級なれども不得手な技で戦術を組んだ曽我・小町(大空魔少女・e35148)は、序盤のうちほとんど敵を捉えることが叶わなかったが、狙撃手達の足止めとアイヴォリーの流体金属の粒子の援けを得て翳した縛霊手、そこから膨れ上がった巨大な光弾が氷とともに爆ぜ、深い痺れも連れて敵勢を蹂躙していく。
 妨害手達の効果的な牽制に危機感を覚えたか、花嫁達が破魔の嵐を中衛へ叩きつけるが、彼女達もそう易々と呑まれはしない。白鶴の翼めいた袖に、梟を意匠した狩猟服、この術に抗うべく纏った護りを舞わせて二人は嵐の葉をいなし、それでも避けきれぬものは、
「妻を護るのは夫の役目、なんてね」
「まあ! 逆もまた然りですからね、夜!」
 藍染・夜(蒼風聲・e20064)がアイヴォリーの、金翼の翼猫が小町の盾となり防ぎきる。
 俺は自前の癒しで大丈夫、と告げた彼の霞が幻想の蝶を織り成せば、
「分かりました夜兄様、なら私達も参りましょう、ブルーム!」
 華が掌中に青薔薇を咲かすと同時、夏花咲く箒を思わすライドキャリバーが炎も咲かせ、花嫁めがけて突撃。紙一重で躱した敵の白花と愛機の火の粉が舞った瞬間、華が風に乗せた青薔薇の花弁が煌きごと花嫁を抱きすくめたなら、
「素敵なサムシング・ブルーだけど、その幸せは――」
 本物の花嫁さん達に譲ってあげてね、と可憐な相手を惜しむように淡く笑み、クラリスが蜂蜜色の輝きを撃ち込んだ。青薔薇に彩られた花嫁を気咬弾が逃さず捉えた刹那、潔いほど鮮やかに、光を咲き溢れさせた花嫁が散り消える。
「見事な散華だ。お次はこちらの花嫁に続いて貰おうか」
「だね。お花を散らすのは残念だけど、本物の花嫁さん達を散らすわけにはいかないから」
 敵味方双方への称賛に蒼き双眸を細めた一瞬で次なる標的を見定めて、軽く腰を落とした清士朗が奔らす刃に宿るのは空をも絶つ力、狙撃手ならぬ身に部位狙いは叶わずとも、彼の斬撃が花嫁の縛めを深めれば、涼香の手首で四つの水晶が煌いた。煌きの先に握られた刃が月弧を描き、花嫁の肩を斬り裂いて、反撃とばかりに吹き荒ぶ雪の如き花々には、
「誰にも冷たい思いはさせませんの……!」
 夢見花の腕時計が秒を刻むより速く華が降らす癒しの雨が抗い、皆を優しく潤していく。僅かな綻びも見せぬ自陣の仲間達を頼もしく思いながらアイヴォリーが駆使する二種の範囲攻撃はいずれも凍気を孕むもの、敵勢に齎される幾重もの氷は、三体のサーヴァントを擁し手数で敵を圧倒するこの戦いで最強無比の武器となる。
「熱帯生まれの貴女がたには厳しいでしょうけれど、どうぞ呑まれてくださいな!」
「ああん、アイヴォリーちゃんの魔法ってば、今日もとっても美味しそうなのー!」
 甘やかに冱てる純白のヴァニラが花嫁達を凍えさせ、鮮紅に弾ける木苺や蜜と蕩ける桃が彩りを添えたなら、続く真白・桃花(めざめ・en0142)の制圧射撃に爆ぜた氷が刃のごとく彼女達を襲い、
「私の針も氷と一緒に御見舞いしてあげますね!」
「『これ』からも、更なる氷を贈らせていただきます」
 決して攻め手を緩めぬエルスが虚無より召喚した無数の黒き針、それらが逃れえぬ鋭さで氷ごと敵勢を貫けば、黒きオルゴールが虹色の煌きを溢れさせるとともにオペレッタが唄う甘やかな退廃が、新たな氷で花嫁達を彩っていく。堪らずといった風情で揮われるのは緑の蔓葉、命の祝福を啜る薙ぎは最も獲物が多い前衛陣を狙うが、
「備えは万全、護りも万全となれば――」
「恐れるものなど何もない、なんて言っちゃってもいいよね?」
 濃紺に一筋の赤が差すスーツ、清士朗が纏うそれは蔓葉の威を削ぐもので、確たる備えを怠らぬ彼を護りきったクラリスが強気な笑みを咲かせた瞬間、追撃を喰らわせんとした敵の蔓葉が爆ぜた。誰の遠隔爆破かなと思いめぐらすより速く、
 ――今夜私だけに教えて 夢の中逢いに来て。
 花唇から溢るるクラリスの歌声が吐息まじりの甘さで翔けぬければ、恋に溺れる恍惚にも似た痺れに見舞われた花嫁とその同胞へ、小町が掻き鳴らすエレキギターの音色が迸る。
 ――誰かこの胸のツカエを消して 私だけが蝕まれてく。
 黒白の薔薇咲くギターの旋律に乗せて叩きつけられる歌声が毒林檎が喉につかえた姫君に己が胸の苦しみを重ねて紡ぎあげ、標的を蝕む麻痺をいっそう深めたなら、
「この好機、もらったのね……!」
 痺れに反撃の機を奪われた花嫁へ、初夏の光を貫く流星となったエルスが降り落ちた。
 光が咲く。花が散る。
 天使の蹴撃が二度目の散華で戦場を彩れば、自陣への追い風は加速していくばかり。
「その可愛いお花、花嫁さん達を幸せいっぱいに彩るもののままであって欲しかったよ」
「こうなっちゃったお花は可哀想だけど、花嫁衣装に血の色は似合わない――ってね!」
 初夏の光を雪の真白に塗り替えんとする花吹雪、最後の花嫁が解き放つそれを弾き飛ばす勢いで涼香が奔らす鎖が前衛陣に癒しと護りを贈ったなら、白黒二対の翼を咲かせた小町が大きく跳躍。花嫁の頭上から急襲する縛霊手の一撃で霊力の網も三重に咲かせた次の瞬間、花嫁のドレスを穿つのは少々悪趣味だが、と瞳を眇めた清士朗の愛刀に雷が奔る。
 花々と氷が織り成すウェディングドレスの護りを、絶大な威を乗せた刃が貫いた。
 皆の攻勢に零れる花々が風に散るたびに己が裡のココロがことりと鳴るのは、可憐なその花が『花嫁の幸福』という言葉を抱くからか、それゆえに、鳥籠の時計塔に住まう、幸福の名を抱く友を想うからか。
 きっと、どちらとも。
 想うまま流れるように花嫁の真正面に躍り出たオペレッタが、
「誰もおびやかす必要はありません」
 ――祈りの花であるアナタ達は、どうぞ、白く無垢なまま。
「ええ。無垢なまま還る先に、どうか」
 双翼のごとく展開したアームドフォートから希うような光が爆ぜたなら、まっすぐ迸った砲撃を追ってアイヴォリーの爪先が翻る。愛するひととゆく路の彼方に光を希う靴の先から翔けるは幸運の星、砲撃に咲いた氷片の煌きが消えるより速く花嫁を貫いて、光を咲かす。花を散らす。そのすべてを、世界に還す。
 瞬く間の散華を見送った清士朗が二礼し、拍手を二つ打った。
「寿ぎ申し上げる。そなたらの魂、今、神と昇った」
 朗と奏上した彼が深く一礼するのに重ね、そっとアイヴォリーも祈りを贈る。
 ――世界へ還った貴女達にも、どうか幸いがありますように。

●ピュア・ホワイト
 白い小離宮めいたそこは、花嫁となる日を夢見る皆が舞台へ上がる晴れ姿を望みのままに彩ってくれる夢と希望の宝石箱。大劇場の衣装室へとお邪魔する心地で足を踏み入れれば、オペレッタの眼前に数多の美しい白が溢れだした。
 震えるココロ。エラー、エラー。
 ――『これ』に似合う白は、ありますか?
「あるに決まってるわ、永遠に目移りしちゃいそうなくらいなんだもの……!」
「きっと飛びっきりの出逢いがあるはずです、オペレッタ姉様も小町姉様も!」
 自らも工房を営む小町はピュア・ホワイトからシャンパンカラーまで溢れる白の彩りのみならず優雅な光沢が流れるシルクや艶やかなサテンといった生地にも瞳を輝かせ、しゃらり鳴るシャンタンの手触りに彼女の笑みが深まる様に、華も浮き立つ心地で笑みを咲かす。
 己が行動基準の曖昧さ故に戦闘支援を控えた泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)も皆の無事な姿に笑みを綻ばせれば、奥の扉が開き、目も覚めるような光が溢れだす――と感じられたのは、恋人が花嫁姿を見せてくれたから。
「うわー! 凄く綺麗だよ涼香さん……!」
「みかげさんも――うん、すごく、すごく素敵……!」
 えへ、どうでしょう。と、はにかんだ次の瞬間、優しいパール・ホワイトのドレスを纏う涼香に満開の笑みが咲いた。品格あるパープルグレーのロングタキシードで装う壬蔭の手を取り歩めば、涼香の腰からふわり膨らむプリンセスラインが豪奢なロングトレーンの流れを描きだす。
 彼が持ち込んだ一眼レフはきっと極上の幸福を撮ってくれるから、
 ――結婚報告に添えてみる?
 ――本番の時の写真じゃなくていいの?
 囁き交わす声も、幸せな光に煌くよう。
 撮影に人手が要るなら請け負うよ、と夜が微笑すれば、
「華ちゃん華ちゃん、我々撮影班は神レベルな助っ人を確保できたみたいなの~!」
「ええ桃花姉様、夜兄様ならプロ級の腕前を見せてくださるに違いありません……!」
 二人で歓声を咲かせた華が、姉様もどうぞドレスを着てみてくださいと桃花を送りだし、
「ねぇ華さん、もし良かったらあたしのドレス見立てて欲しいんだけど!」
「はい、歓んで!」
 楽しげな小町の声に弾けるような笑顔で振り返る。
 華やかな彩の髪に白薔薇と黒薔薇を咲かせる彼女には、きっと。
 夢と希望の宝石箱から華が選ぶのは、真珠色のシルクが柔らかに描くプリンセスラインにふわり重ねられた透けるチュールが、腰に白薔薇を咲かせるドレス。
「いいね薔薇、小町にすっごく似合いそう……!」
「はい。クラリスにも花のドレスが似合うと、『これ』は思います」
 瞳を輝かせたクラリスが私も花の装飾が欲しいかも、と呟けば、小さく頷いて応えつつ、オペレッタは見えない糸にひかれるよう、砂糖菓子の白へ手を伸ばした。
 砂糖菓子めいた淡い煌きを孕む、ピュア・ホワイト。
 幾重もの紗の裡で遠く扉越しに皆の声を聴きながら、アイヴォリーは肌にも心にも感じる擽ったさに笑みを零す。ふふ、と夜が悪戯な笑みを零したのはほぼ同時。
 他のどんな白よりも彼女の魅力を際立たせる、アイヴォリー・ホワイト。
 背で編み上げる意匠のそのドレスは確実に誰かの手を必要とするから、
「着せるのも脱がせるのも俺、ね?」
「……もう、悪い花婿さんですね」
 編み上げたリボンを結び、大きく開いた背に咲く天使の翼の根元に夜がくちづけたなら、甘い微熱と幸福がアイヴォリーの指先まで満たす。清廉なれど滲む甘さは隠し切れない白を纏って振り返り、花刺繍のレースを重ねたプリンセスラインの裾をふわりと咲かせたなら、星の瞬き思わすシルバーグレーのタキシードを着こなした彼が、綺麗だよ、と素直な賛辞と極上の笑みを贈ってくれるから、アイヴォリーは溢れる幸福のままに笑み返した。
 鳥籠育ちの天使は未だ夫婦も家族も識らねども。
 貴方と私で、君と俺とで、恋も愛も永遠に咲かせていくと、
 ――誓います。
 今はまだ現実感のない夢に、華自身は手を伸ばさなかったけれど。
 いつか、私のウェディングドレス姿を見たいと言ってくれるひとが現れたら、
 ――またお邪魔してもいいですか?
 ――勿論、お待ちしております。今日のところは是非こちらを。
 そう約束を結んだ工房のオーナーから純白の花咲くオレンジの花冠を薄紫色の髪に乗せて貰えば、元より纏う純白のワンピースと相俟って、夢をお裾分けして貰えた心地。
 白い小離宮を思わす工房、その奥に幾つも並ぶ扉が幾つも開く。
 夜とともに扉を通り、アイヴォリーが皆の姿に笑みを咲かす。柔らかな風孕むシフォンが純白の優しいシルエットでクラリスを彩るプリンセスライン、その裾に可憐に透けるレースの白薔薇を連れた彼女も眩しげに瞳を細めれば、オペレッタも扉からふわりと踏み出した。
 デコルテは鳥籠めくレースに包まれて、然れど背はあらわに。
 軽やかな足取りにひらりひらりと純白を咲かせる裾は、歩みを決して阻まぬミモレ丈。
「わ、あ……! みんな美しいです……!!」
「ふふ、皆とても綺麗だ。やはり、ハレの衣装には笑顔が似合うというもの」
 瞳を輝かせて歓声を咲かせるエルスの花嫁衣装は、こちらも純白の裾から白い脚を覗かす意匠、柔らかに重なり波打つレースが後方で長く広がるフィッシュテール。髪に咲く白椿を引き立てるジャスミンのブーケを抱く彼女の傍らで惜しまぬ称賛を皆に贈り、清士朗は己の大切な天使のヴェールに、繊細な白銀が織り成す蝶の髪飾りをとまらせる。
「二人はらぶらぶちゅっちゅなの~?」
「そう、らぶらぶちゅっちゅである――。む、読心術でも嗜んでいるのか、桃花?」
「この尻尾アンテナできゃっちしましたなの~!」
「流石は桃花様の尻尾なのね……!」
 真珠色のプリンセスラインの上に弾む尻尾ぴこぴこにエルスが純真な笑みを咲かせれば、清士朗の目許もいっそう上機嫌に和らいで。改めて彼と向き合えば『その日』が鮮明に胸に燈るから、今より大人びている筈のその時にはマーメイドラインもいいかもとエルスは胸を高鳴らせ、透けるヴェールの裡からそっと見上げれば、
 ――今日の私は、どうですか?
「俺にとっては誰よりお前が、一番綺麗だ」
 瞳での問いかけに微笑み囁き返した清士朗が、少女の顔からヴェールを上げ、大胆に開く背に咲く天使の翼ごと、彼女を腕に包み込む。
 天使の頬を染める薔薇色は、彼だけのもの。
「やっぱり皆の憧れだよね、花嫁さんは」
 少女の頃は憧れるばかりだった夢、だけど今は歩む路の先でいつか迎える現だと思えて、ちょっとそんな気がしてきただけだよ! と誰にともなく心で言い募ったクラリスが、
「そんなクラリスちゃんに誰かさんからの贈り物をお届け! なの~♪」
「贈り物? わ、可愛い……!」
 誰かさんって誰? と問うのも忘れて桃花から受け取ったのは、新緑のアイビーと、空と湖の青を咲かせるネモフィラが、六本の白薔薇を彩るブーケ。
 柔く透けるシフォンがロマンティックな甘さを添えるオフショルダー、その胸元に抱けばたちまち胸の裡に大輪の幸せが咲き、クラリスは零れるような笑みを咲き溢れさせた。
 遥か高い青空の、雲へと手が届いた心地。
 きっといつか贈り主から直接彼女へ伝えられる、ブーケにこめられた想いは。
 ――六本の白薔薇が抱く、花言葉。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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