雨下に游ぶ

■リプレイ

●雨空
　細かな雫がぱらぱらと音を奏で、水たまりに波紋を広げていく。
　ビルの上へと降りた天崎・祇音（忘却の霹靂神・e00948）は──足元に出来ているその水鏡にぱしゃりと触れつつ空を仰いでいた。
「良い空模様じゃの」
　膚に触れる温度、透明な滴。
　雨という環境がしっくりくるから、零れる声音は仄かに生き生きとしているようで。
　深緋・ルティエ（紅月を継ぎし銀狼・e10812）は少しばかり微笑ましげに、藍夜の瞳を細めている。
「祇音は雨だと元気だよね……」
「うむ」
　頷く祇音は、故にこそ、と視線を下方に向けて。
「せっかくの雨を血で穢されたくないからのぅ」
　無粋な輩には退散してもらうとしようか、と。長い袖を縛り紐で纏めながら、平素よりも一層の気合を込める。
　その目線の先に見える敵影を──ルティエもまた見つけて頷いて。二人で雨音に気配を隠したまま、その時を待った。

　同時刻、通りの只中に立つ花見里・綾奈（閃光の魔法剣士・e29677）も、敵を待ち構えながら──ふと空を見つめていた。
　雨は、苦手ではあるけれど。
「雨音を聞くと、心が落ち着きますよね……」
「……そうですね」
　静かに頷くのは伊礼・慧子（花無き臺・e41144）。自身もまた、雨の時分には体調が優れなくなる神経症を持っている。
「気分が沈むこともあるけれど……でも浮き沈みがあるからこそ、楽しいときが幸せなのかもしれませんね」
　これからの季節に雨のめぐみは欠かせないものでもあるから。
　この景色も時間も護るべきものだと、瞳を前に向ける、と。その先に現れるひとりの巨躯の姿が確認できていた。
　それは鎧兜の罪人、エインヘリアル。
　サイレン・ミラージュ（静かなる竜・e37421）は皆と頷き合うと、地を蹴って翼を広げ。
「さぁ、アンセム。私と共に行きましょう！」
　言葉に白の翼猫が護りの風で皆を包むと、サイレン自身も飛翔しながらハエトリソウを流動させている。
　──奇跡の実りよ、その豊穣の恵みよ！
　鋭く耀くその植物が、黄金の祝福を皆へ与えると──そのままサイレンは一息に戦いの間合いへ飛び込んでいた。
　罪人ははっとその姿に気づく、が。一瞬早く慧子も肉迫。凍てつく刀身の一振りを抜き放って月弧の斬撃を見舞っている。
「さぁ、夢幻……行きますよ、サポートは、任せます……！」
　時を同じく、綾奈の灰の翼猫に呼びかけて。その鳴き声を背に前へ翔び、雷光を宿した斧を振り抜いて強烈な斬打を叩き込んだ。
「……番犬か！」
　よろめく罪人は、とっさに反撃に出ようとする。
　が、その頭上に眩い影が架かった。
「……いこ、お姉ちゃん！」
　それは建物上に潜んでいたエトワール・ネフリティス（夜空の隣星・e62953）。
　翼猫のルーナが応えながら滑空し、リングを巨躯に撃ち当てると──エトワール自身も兎耳のフードを靡かせて。
「こっちだよ」
　翡翠の杖をしゃらりと鳴らし、『陽の微笑』。心を囚える視線で罪人を縫い止めた。
　その隙に、空より雷の光が瞬く。飛び降りた祇音が耀く刃を顕現させ、稲妻を落とすような剣撃を見舞っていた。
　肩を貫かれた罪人へ、ルティエも落下。靭やかに尾を棚引かせながら、直下へ拳を繰り出し打突を重ねてゆく。
　巨躯が大きくよろける、その間に星空の如き光を燦めかせるのは、腕を翳す黒兎──智咲・御影（月夜の星隣・e61353）。
　夜の水面のように光の流れを明滅させ、仲間の防護を強固に整えていた。
「これで護りは問題ない」
「では、私は攻撃を……！」
　声を継いで、鎌を携えるのは兎波・紅葉（まったり紅葉・e85566）。罪人が体勢を整えようとする、それより疾く距離を詰めている。
「譲りません……！」
　大振りに振り被った刃に、纏わせるのは氷雪の煌めき。
「この卓越した技術の一撃を……食らいなさい！」
　瞬間、一閃に振るった斬撃で巨躯の肩口を抉り、血潮さえもを蒼く凍結させてゆく。

●決着
「……まんまと、やられたぜ」
　数歩下がりながら、罪人は自身が後れを取った事に思い至る。それでも剣を握り直すその表情には、愉悦が含まれてもいた。
「いいさ。折角の争乱だ。斬り刻んで、血の雨を降らせてやる」
「──色々、移り変わっているというのに。お前のような奴はまだ居るのだな」
　御影は仄かに目を伏せる。
　言葉には微かな呆れを含めながら。
「お呼びでない、というヤツだ。それが、判らないか」
「……そうだよ」
　と、エトワールも頷き雨空を見上げていた。
「この綺麗な雫にね。紅なんて……いらないんだよ」
　言って真っ直ぐ見据えれば、罪人は反抗心を顕に踏み込んでくる──が。
「抗うなら結末はひとつだ」
　既にルティエがその懐へ入っていた。火花を散らせて黒鉄の刃を鞘から滑らせると──。
「雨音を楽しむことも出来ないやつには退場してもらう」
　月光に耀く鮮烈な斬閃で、脚を切り裂く。同時に紅竜の紅蓮に焔を放射させると、視線を横に流していた。
「今のうちに」
「うむ！　頼むのじゃ！」
　応えた祇音は、黒竜のレイジに霊力が燦めくブレスを放射させる。
　巨躯が僅かに呻くと、その一瞬に祇音自身は上方へ跳躍。壁を蹴って加速し、雷撃を纏うオウガメタルの拳を打ち込んでいた。
　均衡を崩す罪人へ、サイレンも翼で低空を滑りながら。
「その巨体を、焼き尽くしてあげます！」
　くるりと翻ると、その瞳の如く真っ赤な焔を脚に宿し蹴撃。重い打力で罪人を焔に包む。
「次の攻撃を！」
「はいっ……！　私でも──やればできるのです！」
　躊躇う心を奮起させ、飛び込むのは紅葉。前へ向く心を一直線の軌跡にして、魔力に耀く蹴りを加えた。
　罪人が足掻いて振り回す剣を、慧子は刃でいなしている。
「させませんから」
　戦う内に、血の巡りも良くなったのだろう。不調も治まったように、流麗に廻って連撃。後ろ蹴りで巨体を後退させる。
　罪人が剣圧を飛ばそうとも──。
「頼みますよ……！」
　綾奈の求めに応える夢幻が、白妙の翼から清らかな風を生み出して仲間を回復。同時に御影も淡い治癒の輝きを風に交えて皆へ届けていた。
　戦線が万全となればエトワールは攻勢へ。昼空に隠れた星を喚ぶように、光弾を閃かせ罪人を貫いてゆく。
　血を吐く巨躯へ、ルティエは容赦を与えずに。
「我牙、我刃となりて──」
　獄炎を這わせた刃で穿ち、弾けるその地獄を紅の飛電と成す。『紅月牙狼・雷梅香』──飛電は薫りを纏う大狼へ変じ、巨躯の腕を食い破った。
　同時、もうひとつの光が烈しく煌めく。
　それは四肢を獣化させた祇音が宿す、大質量の雷。
　──我、狼なり……。
　──我、大神なり……。
　──我、大雷鳴……！！
「轟け……っ、覇狼・風迅雷塵撃！！」
　瞬間、神速で駆けて一撃、突き抜ける雷の斬撃で胸部を捌いた。
　膝をつく罪人へ、綾奈は既に滑空。剛速で自身を光の粒子と変え、鋭い光槍の如く巨体を貫通してみせる。
「このまま、最後まで……！」
「ええ……！」
　頷く紅葉も紅のアーチを描くよう、燃え盛る焔を棚引かせ。跳躍と共に撓る脚を振り下ろして巨体の骨を砕き、臓を灼いていた。
　崩れ行く罪人へ、サイレンは植物の牙を奔らせる。
　抵抗する猶予は僅かも与えずに。
「斃れてください」
　疾風の渦巻くが如き、鋭い斬撃の雨。その一撃一撃が巨躯を刻み、命を散らせていった。

●雨下
　雨音の合間に、子供達の楽しげな声が響いている。
「すっかり元通りですね」
　しとしとと注ぐ雨滴を仰ぎながら、慧子は遊歩道を散歩していた。
　戦いの後、番犬達がすぐに戦場跡を直して人々に無事を伝えたことで──今では平穏な景色が戻っている。
　雨に濡れた花や木々は、絵画のように美しく見えて。緩やかな時間を味わうように、慧子は歩を進めていく。
　快い涼しさと共に、晴天と異なるのは雨の匂い。
「これってカビの香りだと聞いたことはありますが……」
　呟きながらも、そこに普段と違う趣きを感じるようで。体の調子も良くなった分、雨が五感に楽しい心持ちだった。
　そうして戦いの熱も取れてきたらカフェへ。
　席について、季節のメニューから抹茶フラペチーノを注文。
「ん、美味しいです」
　茶の芳しさと、滑らかさが快く。たっぷりと乗ったクリームと合わせると、丁度よい甘さで美味だった。
「こういう日も良いものですね──」
　ゆったりと過ごした後はカフェを出て。
　帰り道も楽しむように、慧子は歩いていった。

　ぱらぱらと、雫が花弁に触れる音が小気味良く響く。
　右も左も、雨を受けた花が楽しげに踊る──そんな道を祇音は歩み出していた。
「雨の景色はやはり良いものだのぅ」
「そうだね──」
　と、横に並ぶルティエも、花々を瞳に映しながら応えつつ、隣もちらりと見遣る。
「祇音、傘ちゃんと差しなよ？」
「うっ……」
　ぴくりと動く祇音は、景色に夢中で持っていた和傘が明後日の方向。雨粒がぽつりぽつりと肌に触れていた。
　祇音はさっと柄を真っ直ぐ上に向けて。
「……ちゃんと差しておるもん」
「ん、それならいいけど」
　ルティエも柔く微笑んで、自分の傘で雨を弾きつつ。ゆっくり歩んで視線を巡らせる。
　花は春のものが終わり始めて、初夏の彩りが増え始めるところ。
　清楚な菖蒲や石楠花に、美しい薔薇や百合。豊かな色彩が、雨で潤いを帯びて一層鮮やかに見えた。
　その眺めも、雨の音も二人で暫し楽しんで。少し冷えてきたなら、ルティエは前方に見えるカフェを指す。
「一休みしていこうか」
「うむ」
　体を動かして空腹を感じていた祇音も勿論、頷いて。早速一緒に入店すると、メニューを広げて共に逡巡。
「さて、何食べようかな」
「何か温まるものがあると嬉しいのぅ」
「それじゃあ、紅茶を頼もうか」
　ルティエが選べば、祇音もそうじゃのと同じものに決めて。スイーツも二人でパンケーキを注文した。
　品がやってくれば、華やかな薫りの紅茶を一口。
「ん、美味しい」
「これは確かに温まるのぅ」
　芳醇さと優しい渋みが快く。パンケーキのクリームを味わってからまたカップを傾ければ、甘さと相性が良くて美味だ。
「少ししたら、また歩こうか」
「そうじゃな」
　祇音が応えつつ、窓の外の雨模様を見つめているから。ルティエは柔く微笑んで、休息の時間を楽しんでゆく。

　兎耳の人型になった御影の隣で、エトワールもフードの耳を揺らして歩む。
　そうしているとお揃い気分で嬉しくて、足取りも跳ねるよう。すると一層耳が踊るから、御影はそれに破顔して散策を続けてゆく。
　並んで歩くだけでも、楽しいけれど。御影は梔子の匂いを感じて歩をそちらに向けた。
「この香り、好きなんだ」
　お隣さんに気に入ってもらえるかは判らなくて、どきどきする。でもエトワールはすぐにへにゃりと笑みを浮かべて。
「この匂いボクもすき」
　だから一緒に、と。ふわりと漂う香りを辿り出す。
　途中で雫が弾けると、二人の耳が揺れて。エトワールがぱちくりすると、御影も仄かに耳を震わせてから、笑み合った。
　二人で濡れるのもまた楽しいから。
　それでもと、御影が見せたのは大きめの傘。
「風邪引かないように」
　濡れるのはそこそこで、と。
　言いながらも、それはやっぱりお隣に寄り添いたい我侭でもあるけれど。
　エトワールはそれに目を輝かせて、一度だけ唇をきゅっと結んでから。
「あのね？　あのね……隣がいいのはボクも、なのです」
「──うん」
　手を攫ったのは、どちらからだろうか。あたりまえみたいに繋いだ手のぬくもりが……少し雨に冷えたエトワールには嬉しくて。
　御影もぎゅっとするほどに、そのぬくもりがしあわせで。
　いつしか沢山の梔子の前に着くと、そこでお隣さんでいる、今がしあわせで。
　まるで梔子の花言葉みたいだね、と。
　言葉に頷くエトワールは、その顔を覗き込む。
「ね、ボクたちの家にも植えない？」
「そうだね」
　彼女のずるっこな上目遣いには勝てるはずがない。だから断るはずもなくて。
「たくさん植えよう。幸せです、ってふたりの森を甘い香りで彩ろう」
　花言葉のように。
　花言葉にも負けないくらいに。
　梔子をひとつ失敬して、彼女の髪に飾る仕草で誤魔化して。視線を合わせたなら──そっとくちづけを。
　響く雨音に花の薫りが溶け、静かな時間を優しく彩ってゆく。

「そういえば、そろそろ雨も多くなる季節なんですよね」
　雫が降るごとに、春の足音が遠ざかる。
　雨の景色にそれを実感するように、紅葉はゆっくり散歩を始めている。雨は好きだから、心にあるのは寂しさというよりも別の感情で。
「こういう時ってワクワクしますね」
「そうですね。濡れるのはちょっと苦手ですけど」
　と、共に歩み出しながら仰ぐのはサイレン。ルビーの瞳に雨空を収めながら、その景色を差した傘で覆って。
「傘をさして散歩というのは、なかなか楽しそうです」
「早速、花を見て行きましょうか」
　紅葉が遊歩道へ進むと、サイレンも横に並び。潤ったそよ風に穏やかに揺れる、色彩の花々を眺めてゆく。
　その色合いは芽吹きの季節に比べると濃く、夏が始まりつつあることを感じさせた。アマリリスにスターチス、ハイビスカスが開き始めるのもこの時期で。
「どれも綺麗ですね」
「ええ。本当に──」
　紅葉の言葉に、サイレンも応えて。自然豊かなその眺めを心に留めていく。
　そうして一回り散歩を楽しむと、そこでふと綾奈と行き会った。
「カフェで、のんびりしようかと思いまして……」
　そう言った綾奈に、二人は見合う。こちらも丁度今から寄ろうと思っていたのだ。
　というわけで、三人で共に店内へ。
　席につきつつ、綾奈は夢幻と一緒にメニューを覗き込む。
「ええと、温かい紅茶とか、頂きたい気分ですね……」
「紅茶、良いですね。私も頼もうかな？」
　サイレンもそれを選んでいると、紅葉の視線は甘味の写真へ。
「何か、パフェみたいなスイーツが欲しいですね」
　と、丁度フルーツパフェを見つけたので注文。二人も苺タルトとショートケーキを頼み、品がやってくると食事を始めた。
　綾奈はまず紅茶をそっと飲んで。
　その温かさと優しい香りに深海の瞳を仄かに細める。
「……とても、美味しいです」
　それからケーキを一口切って食べると、ふわふわのスポンジとクリーム、苺の甘酸っぱさが絶妙。勿論紅茶の微かな苦味と良く合って、寛いだ吐息を零した。
　ケーキを夢幻に分けてあげていると、サイレンもまたアンセムと一緒にタルトを食べて。
「紅茶と一緒だと、温まりますね」
「ええ。涼んだ後だと、丁度いいです……」
　と、紅葉もパフェのクリームや果実をはむはむ食べつつ、自分も注文した紅茶を啜り。ぽかぽかしてくると、また食欲も一層湧いてきて。
「次は何を頼みましょうか」
「では、紅茶に合うものを……」
「なら、色々頼んでシェアしましょうか」
　応えた綾奈にサイレンも笑んでメニューを広げて。窓に心地良い雨音が響く中、三人は憩いの時間を続けていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年5月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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