誰のために花は咲く

作者:ほむらもやし

●予知
 人間はいろいろな事に振り回され、そのつけはどんどん伝播してゆく。
 佐賀県唐津市にある、200年ほど前から育てられている藤棚で、満開を迎える前に花を刈り取るという作業が行われていた。
「折角きれいに咲いとるのに、ごめんのう」
 鎌を手にしたおばあさんは謝りながら、瀧のように垂れ下がっている藤の淡い紫色の花を刈る。
 この場所は城址を整備した公園で、現在閉園中で立入禁止になっているため、見事すぎる花が咲いていると、勝手に花を見に来る人がいるから、刈りなさいと、上からのお達しがあった。
「あんたも人のために咲くわけじゃなかとにね……」
 そんなとき、海風に乗って、光る花粉の様なものが広く藤棚に降りかかり、藤の老木は攻性植物と化した。
 アルミニウム製の踏み台に乗って、作業をしていたおばあさんは瞬く間にうねる蔦に拘束されて、攻性植物の体内に取り込まれる。
 攻性植物と化した藤は瑞々しい蔦を束ねたような巨体を持つ翼竜の如き姿と化すと、もの悲しい咆吼と共に花弁の如き紫を撒き散らした。

●ヘリポートにて
「藤の攻性植物が発生し、人を襲い始めると分かった。急ぎ、対応をお願いしたい」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は厳しい表情で告げると、スクリーンに投影した九州の地図を拡大してから、佐賀県の北部、唐津市のあたりを指し示した。
「現場となるのはここ、佐賀県唐津市の城址だ。唐津湾に注ぐ松浦川の河口付近で、城址の周囲だけが高台になっている」
 藤に取り込まれて、宿主にされた被害者は、源花子さん60歳、性別は女、唐津市の嘱託職員で、唐津市内に住んでいる。
 到着時点で被害者を体内に取り込んだ攻性植物の大きさは、体長10メートル程度の翼竜を連想させる外見をしている。鮮やかな黄緑の身体をしており、手足や尻尾は蔦を編み上げたような強固な印象を受ける。
「今回の依頼はこの攻性植物の撃破だ。数は1体のみで、味方をする配下はいないから、戦力を整えて挑めば有利に戦いを進められるはずだ」
 現地到着は被害者のおばあさん(源花子さん)が攻性植物に取り込まれた直後。
 攻性植物が、本来咲く筈だった花を誇示するかのように、紫の花弁を撒き散らすタイミングである。
 もちろん、到着と同時に、戦闘を開始できる。
「但し、戦闘に勝利するだけでは、攻性植物に取り込まれたおばあさんも死亡する」
 攻性植物と一体化した被害者を助けるには、敵攻性植物にヒールグラビティを掛けながら戦う。
 単純にヒールを掛けるだけではなく、攻撃が過剰にならないように、ヒールと攻撃を交互に繰り返しながら、掛けるヒールの癒力とのバランスを取り、時には攻撃の手を止めるようなタイミングの調整も必要だろう。
 そこまで細心の注意を払えば、戦いが終わった後で被害者を救助できる可能性がある。
 蛇足とは思っていても、成功の条件が撃破のみと言わざるを得ないのは、救助には慎重さが要求されるから。
 結果が不確実と分かっていることを強く求める訳には行かない。
「皆を信じている。僕も、誰もが喜べる結果を願っている」
 ケンジは表情を引き締めて、祈りを込めたような目線を向ける。そして出発の時間が来たと、告げた。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)

■リプレイ

●壊れた日常
 青空の美しい午後だった。
 唐津湾は青緑に輝き、浜に打ち寄せる波の縞模様をくっきりと浮かび上がらせている。
「いた。――飛び立とうとしているのか?」
 ヘリオンを飛び出た、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)は、再現された五層の天守閣の南側、櫓門の近くで翼のようなものを広げる翼竜の如き影に気がついた。
「まさか。見た目だけだろうよ。飛ぶなんて聞いてねぇ」
 柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)は面倒を増やすなと言わんばかりにぼやく。
 その藤の攻性植物の巨大さを見れば、取り逃がすことは無さそうだが、体内に取り込まれた被害者の救助を考慮するなら状況はシンプルな方が動きやすい。
 足先から伸びる流星の輝きを纏い、立花・恵(翠の流星・e01060)が巨体に向かって行く。
「綺麗な藤の花も、こうなっちまったらもう、倒すしかないのが辛いところだな」
 距離が近づくにつれて、大人の太腿ほどもある蔦を束ねた強靱そうな手足、数え切れない程の花房の紫、生命力を溢れる黄緑の詳細が見えてくる。
 青空の中に煌めく流星の輝きは、知っている者が見れば、グラビティの輝きであることはすぐ分かる。
 攻性植物もまた、何も無いはずの空から出現した敵意に気がついて顔を向ける。
「攻性植物も毎回懲りないな……。一般人を巻き込むんじゃないぜ!」
 遠目には本物の翼竜に見えたが、間近では見頃を迎えた藤を集めて作ったアート作品のようだ。
 渾身の力を込めた蹴りが衝突する。
 岩を打つような鈍い音が響く。
『グオオオオオオオッ!』
 強烈な攻撃に悲鳴を上げる攻性植物。
 体格差が何倍あろうとも、蹴りの衝撃が巨体を揺さぶり、その動きを地に縫い付けたかのように鈍らせる。
「さあ。進みましょう」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)の澄んだ声と共に発動した、金枝の祝福。――球状に枝を伸ばすヤドリギが如き緑の気配が広がり、困難に打ち勝つ、破剣の祝福を与えてゆく。
「攻撃は効いていますが、まだヒールは必要なさそうですね」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は目視で状況把握に努める。
 一方、細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)は、巨大な攻性植物のどこに被害者がいるかを見極めたいと思っている。
「おばあさん! 聞こえますか? 助けに来ましたよ!!」
 声が攻性植物と融合しているおばあさんに届けば、何かしらの反応を見せるかも知れない。
 少し顔を動かしてつららの方に視線を向ける攻性植物。被害者の意識の有無は分からない故、攻性植物自身の意識による反応かどうかを見極めるのは直感に頼るしかないが、掛けた言葉に反応を示すことは分かった。
 そんな2人の間を抜ける様に、岡崎・真幸(花想鳥・e30330)が稲妻の輝きの如くに跳び抜ける。
「砕け散れ化け物め」
 次の瞬間、甲高い音と共に硬い繊維状の塊が破片となって飛び散った。
 よろめく巨体。
 大型トラックの荷台に相当する大きさの腹に大きな穴が空き、焦げた匂いの白煙が漂う。
 この攻性植物の身体は大まかに分けて、若芽のようなうねうねした部分、固い繊維質の古木の幹のような部分、羽毛のような淡い紫色の部分で構成されていること分かる。
 ざわざわとした気配とともに繊維が蠢き塞がり始めた穴のあたりを狙うつらら。
 それを阻止しようと翼を壁のように広げようとする攻性植物。つららの繰る緩やかな弧を描く斬撃が、穴に届くほうが一瞬早かった。
「絶対、ぜーったい助けてあげますからねっ!」
 翼に隠されたつららを背後から狙う巨大な爪。
 12歳の少女の繊細な身体など、掠っただけ引き裂かれてしまいそうな程の鮮やかな緑の爪が迫る。
「……ッ!」
 瞬間、後ろに引っ張られるような感覚がしてつららの身体が浮く。つららがもと居た位置には入れ替わる様に瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)の背中が見える。極太の蔦の先に生えた緑の爪が受け流そうと構えた右院の片腕を軽々と破壊した。
 千切れたような腕の傷口を押さえながら後ろに間合いを広げようとする右院。早くヒールを掛けたいが、ハルの動きに気がついて、清春は攻めに気持ちを切り替える。
「大人しくしやがれ。殺しゃしねーよ、まだ、な」
 清春は前に足を踏み込んで、巨体との間合いに意識を集中させる。高レベルのディフェンダーを一撃で窮地に追い込む攻撃力だ、その力を少しでも削いで置きたい。
「ふん、まぐれ当たりか? まったくやりにくいなぁ」
 攻性植物のサイズせいか意識の集中に時間が掛かった気がしたが、黒光りする鎖は強かに巨体に絡みついて縛る。
 さらに被弾を重ねた敵の動きが鈍る。長年の戦いの経験から来る勘で、敵の体力には、もう余裕が無いことは不思議と分かるような気がした。
「ハルさん?」
 攻性植物を癒そうと身構えるバジルがハルの頭髪がいつの間かに白くなっていることに気づく。
「分かっている――」
 自身は己が領域に作り出した癒しの刃を束ね光の矢を作りだす。
「境界収束――刃よ、集いて癒しの光矢と成れ。痛み穿つ白矢。ブレードライト・リヴァイヴァー」
 ハルの放たった甚大な癒しの力を持つ白矢が右院を貫き、瞬間、花開くように光が爆ぜる。
「あなたは、まだ倒れる時ではない。生きるがいい」
 光が乱舞する幻想的な空間で、原型が分からない程に破壊された右院の腕が時間を巻き戻しているかのように再生して行く。

 藤の攻性植物の攻撃はディフェンダー以外の者が直撃を受ければ一撃で落とされそうなほどに苛烈であったが、多数の足止めを重ねずとも、攻撃のほぼ全てが攻性植物に命中し、攻撃については想定していた以上の手応えを誰もが感じていた。
「でかすぎる図体の弊害なのか。どこを狙ってもあたるようだな」
 警戒すべき攻撃力を少しでも削いでおこうと、真幸は異界の神を呼び出す術を発動する。
「讃えよ。我らが主を拝し歓喜せよ」
 同時に攻性植物は足元がおぼつかないようなふわふわとした動きとなり、ボクスドラゴン『チビ』のタックルを受けただけで倒れそうな程によろめいた。
「ククク、ばーさんや他の連中が躊躇するってんなら……オレがテメエの命を刈りとってやるよ。情け容赦なく、な」
 攻め落とすには、明らかに好機に見えたが、やり過ぎになる嫌な予感がしたので、清春は言葉とは裏腹に攻撃の手を秘かに緩め――続くビハインド『きゃり子』の金縛りが決まって、ますます動きがおかしくなる攻性植物。
 次の瞬間、おぼつかない足取りのままで背中側の翼を開く、大気が震えて見える程の濃厚な紫が巨体の周囲を覆い尽くし、逆巻く風が起こる。
「仕切り直しですか? いいでしょう、少しばかり、遊んでくださいな」
 自力で回復したとしても、大局は変わらない。
 強いて言えば、積み重ねたバッドステータスが失われた分、被弾時のリスクが跳ね上がる程度だ。
「遅いですっ!」
 どこからともなく現れた、さらにもう1本の氷剣で、つららは二撃目をたたき込み、素早く間合いを広げる。
 固いはずの繊維質の蔦の一部が、まるで白蟻に食われたようにボロボロの砂状となり崩れて行く。
『何デ?!』
 思いがけず攻性植物は人語を発する。
「そろそろ終わりにしませんか? ね、おばあさんを返してくれませんか? あなたがそんな姿になって一番心を痛めているのは、きっとその方ですから――」
 大きな良く通る声で呼びかけながらも、シアは金針――ライトニングロッドを繰り雷の壁を構築し、守りを更に一層重ねる。
 そこに生みからの強い風が吹いてくる。
 冷たい風に頬を打たれて、右院はふと自身が万全ではないと気がついて。
「憧れは幸せに充ちたりて」
 心の内にある、女神の解呪を目指す冒険物語に宿る生命の力を借りて――自らを癒した。
 ――これでまだ、一回ぐらいは受け止められる。
 攻性植物の切り札とも言える攻撃を序盤で受けたおかげで、苦しみもしたが、的確に仲間を護ることもできた。
「まだ看取られるべきでない人を犠牲にするわけにはいきません」
「そうだな。生還させなければな」
 右院の方には顔は向けず、ハルは言葉のみで応じ、次の一手を思案する。
 敵の体力の上限は相当減少しているようだが、おばあさんの位置は特定できそうもない。取り込んだ人間と融合状態にある攻性植物を倒さない限り物理的な形での分離は出来ないのかも知れない。
 攻性植物と自身の間に横たわる死線をひと跳びで踏み越えてハルは流星の輝きを纏う蹴りを打ち込む。春の終わりを告げるような明るい陽射しの下、流星の輝きが三度煌いて、巨体の動きを再び鈍らせる。
「これもおばあさんの為です、治療しますね」
 ジャマーは3倍のエフェクトを与えることが出来る。
 共鳴のエフェクトが3倍となればその回復力はメディックのそれに匹敵する。
 今にも倒れそうな、攻性植物に駆け寄ったバジルは、魔術切開とショック打撃を伴う緊急手術のもつ莫大な癒力で、一挙に傷を消し去る。
「頑張れ、源さん! ちょっと痛いけど、絶対助けるからな!」
 恵の制圧射撃に合わせて、真幸が稲妻突きを叩き込もうとするが、寸前で踏みとどまった。
 巨大な攻性植物の身体のあちこちが、白蟻に食われたようにスカスカになっているのに気がついたからだ。
「これは迂闊に攻撃できんなぁ……」
「おばあさん――源花子さん、大丈夫ですか、意識はありますか? 聞こえていますか?」
 背中側からのバジルの声に、真幸の脳裏に様々な記憶が去来する。
 命が尽きかけているにもかかわらず、攻性植物は戦意に溢れていて、「ただでは死んでやるものか」という無言の気配が漂っている。
「レゾナンスグリードを仕掛けてみる。右院と清春は援護を頼む」
 ハルは水銀剣アガートラム――ブラックスライムを捕食モードに変形させると、崩れる身体の破片を散らしながら迫ってくる敵に、膨張したそれを差し向ける。
「やったか?」
 目論見通りに、巨体をのみ込むことに成功するが、数秒で膨張しきったそれは内部から打ち破られる。
 死にかけてなお、苛烈な攻撃力を保持している攻性植物。
 必殺の爪に突かれた右院が地面に叩き付けられるが、間髪を入れずにシアが溜めたオーラで癒し、攻性植物の方には、素早い身のこなしで飛び込んできた、つららが癒術を駆使する。
「治療はしましたっ! あとは頼みますっ!」
「わかりました」
 つららの呼びかけに、すぐに応じることが出来たのは右院。
 突き出した、ラフェルプリンセス――フェアリーレイピアの剣先から噴き出した、花の嵐が巨体を包み込み、その攻性植物の命のみを完全に消し飛ばした。
 花の嵐が収まると、水色の作業着姿のおばあさんが倒れていた。あれほどまでに巨大に見えた藤の攻性植物は幾つかの古くて固い蔦の幹の断片を残すのみで、他には小さな花びらが散っているだけだった。
 そんな様子をみて、恵は勝利を確信して、手にしたリボルバーの重さを確かめるように回転させると、ホルスターに納め、戦いの余波で壊れた箇所の確認を始めるのだった。

●戦い終わって
「あら? どげんしたとね?」
 シアに軽く肩を叩かれた、おばあさんは目を開けて、意識を取り戻した。
「呼吸も落ち着いていますし、外傷もありませんが――念のためヒールをかけましょうか?」
 見た目は元気そうでも後からショックがくることもあると、ハルとバジルは懸念しつつも、大変な目にあったばかりだから、できる限り本人の希望に沿うことにした。
「そげんことがあったとね――それでこの藤棚も寂しくなったわけね」
「樹齢100年を超えてたんだってな。この隙間を見ると、ホントとんでもない大きさだったんだな……」
 可能な限り元に戻したいと思って、恵は一生懸命にヒールを掛けたが、攻性植物となった大きな株が元に戻ることは無かった。
「だいぶ減ったが、藤の生命力は凄まじいと聞くからな」
 一日に数十センチも伸びることもあると言う話を聞く一方、根を傷めたり違う場所に植え替えたりすればたちまち枯れてしまうことも聞いていた、真幸の心中は複雑だ。
「しかし、この場所からだと、唐津の街がよく見渡せるのだな」
 三年ぶりに来た唐津は完全に復興しているように見えたが、海岸から山地にまでの狭い平地に人口が密集している状況を見れば、大変な被害があったことは想像に難くないが、それでも人が戻って来て、この土地に住み続けているという事実に目を向ければ、この土地の為に頑張ったことは役に立ったと胸を張れる。
 藤棚に残った、僅かな花を揺らす風が吹く。
「残った花の刈り取りも手伝った方がいいかな?」
 ふと思い出したように、右院が口を開く。
「よかですよ。少しくらい残してもバチはあたらんでしょう」
「賛成だぜ。生き残った花は大切に残したいな――そして、来年は静かに眺められるといいな」
 今は藤棚、と言うには寂しすぎる状態だったが、恵は残った藤が元気に育つ未来の光景を頭の中に浮かべていた。
「そうですわね。花子さんもその時までお元気で。あの大きな藤もきっとあなたにここに残って貰いたかったのでしょうから」
 その言葉に、暫し瞼を閉じる。そして上を見上げる花子おばあさん。
 シアはぽっかりと藤の大木が無くなってぽっかりとできた隙間のあたりを見遣る。
 海からの強い風が灰色の雲を運んで来る。
 雨が降り出しそうな空模様になってきた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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