月彩の夜

作者:崎田航輝

 枝葉の天井が途切れると、夜に眩い程の光が差し込む。その灯りに誘われて視線を上げると──紺青の空に美しい月が昇っていた。
 街明かりから少しだけ離れた自然の中。
 そこには街路から続く林道が伸びていて、生い茂った葉が長い暗がりを形成している。けれどその果てまで歩むと、一気に視界の開ける丘にたどり着くのだ。
 深い夜には、月灯りでなだらかな稜線が淡く耀くのが見えて──まるで別世界を訪れたかのような景色に、魅了される人々も少なくなかった。
 今宵も勿論例外ではなく。緩やかな傾斜に座って涼む者、眩い月を写真に収めるもの、林道沿いの泉で水面に映る月を眺める者──皆がそれぞれに夜の時間を愉しんでいる。
 けれど、夜風にも月にも、目もくれずにそこへ踏み入るひとりの男が居た。
「静かな夜だ」
 林道を歩み出ながら、憂いの理由のように言葉を零す巨躯。
 それは流線を描く鎧にぎらりとした光を反射させて、剣を握り締める罪人──エインヘリアル。
「それは無だと、そう思わないかい。賑わいも、滾りもない静謐は……停滞だと」
 だから僕はそれが嫌いだよ、と。
 優男のおもてに獰猛な眼光を光らせると──刃を振るって人々を斬り始めていく。
 血潮が散って、悲鳴が大きく響く。そうすると罪人は、何よりの歓びを感じるように。嗤いを含みながら命を狩り続けていった。

「集まって頂き、ありがとうございます」
 月の眩い夜。イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日はエインヘリアルの出現が予知されました」
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「月のきれいな丘にいる人々を、襲おうとするようです」
「……こんな夜でも、変わらず敵は凶行を目論むんですね」
 空を見上げながら、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は静かな声を零していた。
 イマジネイターはそうですね、と応える。
「ただ、風音さんの情報提供があったからこそ、対処することの出来る事件でもあります。悲劇を未然に防ぎ……敵を撃破しましょう」
「ええ。私達に出来ることならば」
 風音が言えば、ボクスドラゴンのシャティレもぴゃう、と鳴いて肯定に代えた。
 イマジネイターも頷き説明を続ける。
「敵は林道から丘へと出てくるでしょう」
 こちらはそこを迎え討つことになる。
 尚、一般人は警察が事前に避難をさせてくれるので心配はいらない。こちらは到着後、戦いに集中できると言った。
「周囲の景観も傷つけずに終わらせることも出来るはずですから……無事勝利できれば、皆さんも夜の散歩など、楽しんでみてもいいかも知れませんね」
 穏やかな夜風の吹く、なだらかな丘のある景色だという。
 美しい月や、月明りに輝く草花や泉を見てゆったりと過ごすことが出来るだろう。
 風音は柔らかく微笑む。
「そんな平和な時間を、皆で送りたいですね」
「皆さんならばきっと勝利を掴めるはずですから。ぜひ、頑張ってくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
月原・煌介(白砂月閃・e09504)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
御影・有理(灯影・e14635)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
メイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)

■リプレイ

●月夜
 藍染の空が、白金の光に淡く燦めく。
 深い夜色の髪を涼風に揺らがせて──丘に降りた蓮水・志苑(六出花・e14436)はその美しい空を見上げていた。
「古来より月は人々の心を惹き付けますね」
 視線を下ろせば、景色もまた淡い月色に輝いていて。
「此の季節、静かに月を楽しむのは風情があり良いものです」
 故にこそ──そこに歩み入る巨躯の姿が垣間見えれば、心を戦いに向けて。
 皆が踏み出す中、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)もその巨影へと立ちはだかっていた。
 声音は柔らかに、心は凛然と。
「月の綺麗な、静かな夜。数多の命が穏やかに過ごすこのひと時を汚すというのならば、お引き取り願います」
「……ケルベロス、か」
 応えた罪人──エインヘリアルは見回してから、剣を構える。
「此処に在るのは穏やかさではなく、無だ。僕はそれを破りたいだけさ」
「月夜の美しさを理解できない敵、か」
 御影・有理(灯影・e14635)は灯色の瞳を仄かに細め、呟いた。
 どうにも無粋で、少し哀しいね、と。
 その言葉に罪人が、刃を握る手に敵意を込める──それを天音・迅(無銘の拳士・e11143)は真っ直ぐに見据えて。
「獣であれど無用な殺生はしないもんだ。アンタのその衝動、殺意……狩るしかないみたいだな」
 始めるぜ、と。
 視線を向けるのはライドキャリバーの雷。OK、とアイコンを浮かべた雷は──唸るように駆動。奔りながら弾丸をばら撒き巨躯の足元を穿っていく。
 それを合図に皆は攻勢へ。
 靭やかな狼の如く、夜を駆けるのは鉄・冬真(雪狼・e23499)。
 敵へ迫りながら腕に白銀の螺旋を湛えて。苛烈な掌打を叩き込むと、同時に視線を後ろへ流していた。
「さあ、今のうちに」
「うん。判った」
 と、頷き剣を掲げるのが有理。星々の光を降ろして仲間へ加護を与えていた。敵が反撃の様子を見せていても──。
「志苑」
「ええ」
 有理に応えた志苑が真白い刀を滑らせて。氷気で月を描く斬撃で巨体を傾がせる。
 そのまま飛び退き射線を譲れば、そこへ風音が跳躍し一撃、爽風に踊るよう優美に翻り、鮮やかな蹴撃を打ち込んでいた。
 蹈鞴を踏みながらも、罪人は剣撃を返す、が。冬真が盾となり防御。直後には迅が手を翳し、藤紫に燦めくオーラを与えて傷を祓っていく。
 罪人はそれを見ても、愉快げだった。
「快い剣戟になりそうだ。何ものも動かない停滞より、素晴らしいだろう」
「あなたにとっては、そうだとしても」
 と、静やかに声音を返すのは伊礼・慧子(花無き臺・e41144)。
「ひとには停滞が……たまの休息が必要なのです。長らく封印されていたのであればそれを厭うのもまた道理ですが」
 それでも世界は貴方を中心に回ってはいません、と。
 否を突きつけるよう、すらりと抜いた双剣を燦めかすと──頷き声を継ぐのは月原・煌介(白砂月閃・e09504)。
「それに……静謐と孤独には、だからこそ得られる安寧と豊穣がある」
 それは月の──夜の司る聖域なのだと。
「わからないなら……それでいい。俺達は、必ず護り抜く」
 その意志を体現するよう、月明りを満たして仲間の護りと成すと──。
「……メイセン」
「了解しました」
 と、ふわりと魔力にこがねの髪を靡かすのはメイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367)。
 足元に二重の魔法円を展開すると、艶めく杖先より光を閃かせて。弾ける衝撃で巨体を穿ちながら──ビハインドのマルゾも飛翔させていた。
 ニタリと笑うマルゾは、よろめく巨躯へ嫌がらせをするように。業風を吹かせて脚を執拗に浚ってゆく。
 罪人が更に傾げば、そこへ慧子が奔り抜け連撃。影色の流麗な剣閃を描き膚を深々と抉っていった。

●静寂
「……滾りのない静寂は、寂しいものじゃないか」
 訪れた一瞬の無音も厭うように、罪人は苦悶混じりの声を響かせる。
「それは無為だ」
「──私は、そうは思いません」
 翠髪を仄かに揺らし、風音は小さく首を振っていた。
「静かで美しい景観、それを心穏やかに愛でること。そのひと時が生み出すものは、人々の心に必ずあると信じます」
「ええ。賑やかなのは確かに楽しい事でしょうが──それでも、あなたの望む賑わいは求めておりません」
 ただそれだけのこと、と。
 志苑は二刀を構えて夜の間を駆け抜けて。
「ですのでどうか御退場願います」
 優美に、端麗に、廻りながら幾重もの斬撃を描く。『桜花霜天散華』──はらりと白雪の桜を踊らせながら、鮮烈な連撃で血の花を咲かせゆく。
 それでも罪人が抵抗の姿勢を取れば、冬真は目を伏せて。
「静かな場所で愛しい人と過ごす、その心地よさも、温もりも。……君に語ったところで伝わらないのだろうな」
 ──ならば終わらせようか。
 紡いで一閃、眩き刺突で胸部を貫く。
 苦渋を零しながらも罪人は刃を暴れさせた。が、メイセンが身を以て受ければ、有理が女神を讃う詩篇を諳んじて。
 ──三相統べる月神の灯よ。
 古代語魔法『月神の揺籠』。加護を白光へ顕し生命を賦活する。
「これであと、少し」
「オレに任せてくれ!」
 同時、迅が赤毛にそよぐ花を淡く輝かせて『時読の藤花』。刹那の未来の可能性を視せることで希望を繋ぎ、癒やしと心を澄ます祝福を与えた。
 並行して雷へ視線を送り、敵へ走り出させる。
 その一連に澱みがないのも、雷と共に戦うことに慣れてきたからだろう。迅はそのままさらに目線を動かして。
「一緒に攻撃、してくれるか」
「ええ。シャティレ」
 応えた風音が碧竜のシャティレを飛翔させれば、有理もまた黒竜のリムを羽撃かせ。新緑と夜色のブレスで雷の突進に衝撃を重ねた。
 直後には風音自身も高らかに唄う。
 ──嘆きの歌を紡ぎし音よ、光の鉾となりて彼の者を貫け!
 美しくも烈しい旋律は『雷神の荘厳なる哀歌』。音を光の鉾に具現し巨躯を突き通す。
 罪人は膝をつきながらも、反抗の意志を籠めていた。
「……認めない。静寂に……無に沈む、なんて」
「静けさとは、無ではなく少しずつの変化だと、私は思います」
 歩み寄りながら、慧子は刀身に妖力を揺らめかせて。
「少しずつの変化でも、気づかないうちに大きな変化になっていたりするものです」
 戦況もそうですよね、と。
 傾いた形勢を識らしめてみせるように。陽炎の耀く斬撃で肉も骨も鋭く断ってゆく。
 血煙の中で、罪人はそれでも剣を振り回す、が。
「当たらないぜ」
 迅が不敵に笑んで、蒼く耀く魔弾を放てば──煌介も杖先に光を明滅させていた。
「月光に聖別されし雷よ……今こそ、敵を滅せ」
 瞬間、空に架かる月彩の間から、清冽な輝きを湛えた稲妻が巨躯へ墜ちてゆく。
 倒れゆく罪人へ、メイセンは魔力の円環より幻龍を立ち昇らせて。
「あなたが如何な志を抱いていようとも──美しい月夜の静寂に騒ぎ立てる者こそ、無粋でしょう」
 ──どうぞ消えて亡くなりなさい。
 吼えた龍より赫く焔を放射して、罪人を散らせていった。

●月彩
 澄んだ月光が降りる丘。
 静けさが戻ると、冬真は有理を優しく抱き寄せていた。
「大丈夫、怪我はない?」
「平気。冬真こそ、怪我は無い?」
 腕の中に収まりながら有理が返せば、冬真も優しく頷いて。景観にヒールをかけ、避難していた人々にも無事を伝えて平和を取り戻す。
 そうして平穏が帰れば──冬真は有理の手を取っていた。
「泉があるようだから見に行こうか」
「うん、きっと綺麗だろうな」
 柔く応えて有理が握り返すと、二人は木々に囲まれた畔へゆっくり歩む。
 辿り着いたそこは──艷やかな水面が清らかで。穏やかな風に、映り込む月灯りが仄かに揺れていた。
「空に浮かぶ月も美しいけれど、泉に映る月も綺麗だね」
 冬真が言えば、有理も頷いて。その幻想的な眺めに暫し見惚れる。
 そんな背中を、冬真はそっと抱きしめた。
「有理、寒くないかな?」
「ん──冬真がいてくれるから、大丈夫」
 温もりに有理が返すと、冬真もうん、と応えて。
 二人で過ごす幸せを噛みしめながら、彼女を後ろから覗き込む。月も綺麗だけれど──もっと美しいのは腕の中にいる最愛の妻だと。
 身を預けたまま、有理が自然と微笑みを零せば……その優しい笑顔と月明りに輝く琥珀色の瞳に、冬真は吸い込まれそうな思いだった。
 それは有理もまた同じ。
 夜空にも似た深い瞳の奥から届く愛情が、何より嬉しくて。
 今宵のように幾度も幾度も一緒に夜を過ごしてきたけれど、彼への愛しさは日に日に増していくばかりなのだ。
 そんな彼女を、冬真は見つめる。
 彼女への愛はいつも心にあって──否、それどころか共に過ごせば過ごす程、ますます愛しくなっていくから。
 そのまま惹かれるように、そっと口付けを。
 ──僕の最愛のひと。これからも、ずっと共に。
 有理は瞳を閉じ、それを受け止める。
 これからもずっと、私の愛は貴方だけに捧ぐと──溶け合う温もりへ、誓いを新たに抱きながら。

 僚友の皆へ、奮戦を称えて感謝の意を伝えた迅は──丘に静謐が満ちると、景色をぐるりと見回していた。
「折角だし、散歩していきたいな」
 するとそれにGood、とアイコンを表示した雷が前進。追って歩きつつ、迅はその先に居る風音へ声を掛けた。
「一緒に行かないか?」
「ええ。私も、向こうを散策しようと思っていたところですから」
 と、風音は穏やかに頷き同道。
 するとシャティレも羽ばたいて。雷が速度を出せばついてゆき、ゆっくりになれば横に並び……暫し戯れながら進み始める。
 それに微笑みながら、風音も歩みを続けて。
 花の絨毯へ辿り着くと、ゆっくり視界を巡らせた。
 静風にさらさらと花弁が揺れて、月色の漣を見せる。その景色に目元を和らげて。
「本当に素敵な場所ですね」
「ああ。こんな夜だと、草も花もいつもとまた違って見えるな」
 迅も頷き、花を眺めながら一歩一歩進んでいく。そうすると月灯りの反射が角度を変えたように、草花がきらきらと艶めいて見えた。
 花だけでなく、丘の翠も木々も、全てが月色の輝きに縁取られていて。
 雷がその只中で停まっていると、シャティレもまた降り立って、風音の傍で揺蕩う草花を見つめている。
「夜風も心地よくて、何より月明かりが美しくて──」
 風音は空を仰いでまん丸の月を視界に収める。
 その輝きと、輝きを浴びた景色が──護るべきものを護れた証拠だから。迅も澄んだ夜気を胸に吸い込み深呼吸。
「護れてよかったな」
「ええ」
 風音は目を閉じて、自然の息吹を感じながら頷いた。この静けさの中に、確かに息づくものが沢山あるから。
「数多の命の穏やかな時間、これからも護りたいですね」
 誓いを胸に、また散策の歩みを続けていく。

「約束を、反故にしたこと……改めて、謝らせて欲しい」
 月灯りの下、煌介は隣り立つメイセンへと静かに言葉をかけていた。
 それは親しい竜女の複雑な悲恋を見届けた、その戦いの事。
 行かせてくれたことへの礼もまた、煌介は丁寧に述べる。言葉を聞いたメイセンは、穏やかに首を振っていた。
「寧ろこちらも、送り出した方ですから。謝罪は不要です」
 言って微笑む。
 ありがとう、と。想いに返した煌介は、それから言葉を丁寧に紡いで。事件の外郭のみを語って聞かせた。
「愛は……儚く、複雑だと……深く、思った」
 そっと吐息を零す。
 その素直な声音に、メイセンはそうですねと、呟いて。
「愛は不変ではありません。故に、悪い方へ転がれば儚く、複雑と思えるのでしょうね」
「そう、かもしれない」
 煌介は言いながらも、月光に手を伸べていた。
「でも、だから今……永遠を感じるし──愛を護ると、強く誓う」
 瞳はメイセンを見つめながら。
 その瞬間に、一刻の永遠を見るように。
 メイセンは──仄かに表情を和らげて煌介の手を取る。そこに永遠を思ってくれる、その心は何より嬉しいけれど。
「愛は育むもの。私は不変の永遠ではなく、ささやかな変革を共に重ねていきたいと思っていますよ」
 この瞬間の永劫より先にも、きっと未来は続いていくからと。
 煌介は頷き、優しく強く、言葉を返す。
 また好きになるよ、と。
 それから二人はどちらからともなく歩き出した。
 薄っすらとした月色を着込んで、輝きを帯びる景色。そよぐ草や葉、しなやかな枝や力強い幹。清廉な光を纏う植物を眺めて。
 煌介は時折立ち止まり、花弁に触れて優しく瑞々しい精気を慈しむ。
「綺麗、だね」
「ええ、とても」
 メイセンも、自然の幻景に瞳を細めて。
 未来へ繋がる静かな一時を、二人は共に過ごしていく。

 雲もない空は、澄明な月の灯りを煌々と地上に届ける。
 その輝かしい夜天を、慧子は見上げていた。
「春のお月見というのも良いですね」
 触れる空気に感じるのは、冷たさよりも優しさで。絹のような肌触りの夜風の中を、気まぐれに進むのは快い。
 そんな心地で見つめる月が何より綺麗だから、感嘆も一入だ。
「あれが暗夜の宝石だったなんて信じられないですが。不思議な力でこう見えるのでしょうか……?」
 宇宙に浮かぶあの球が、単なる天体でなかったことは記憶に新しい。故に見つめるほどに興味を惹いて、妖しい魔力すら感じてしまうようで。
 ただその美しさだけは否定できないから──傾斜に腰掛けて、慧子はのんびりとそれを観察した。
「無事に済んで、良かったですね」
 ふと、呟きが零れる。夜の匂いを感じる程に、今の自分が生きているということを強く意識するようで。
 ──次の戦いの後も、こんな時間を過ごせればいい。
 そんなことを思いながら。
 静謐の中で神への祈りを上げると……慧子はまた瞳に月を映していた。

 耳朶に触れるのは、幽かな風の響きと花の揺れる音。
 そこに趣深い夜の情緒を感じるようで。志苑はそっと視線を一周させて、抱いた心を確認するように呟いた。
「やはり、静かな場所に騒音は不要ですね」
 短い時間、騒がせてしまう事にはなったけれど。
 ──皆様が平穏な時を過ごせますように。
 想いと共に、志苑もまた此のひとときを楽しもうと歩み出していく。
 丘を眺め、花を見つめながら……立ち止まったのは林の間に広がる泉。小さくも、独立した幻想世界のようなそこは──水面にもう一つの月を抱いていた。
「……とても、綺麗ですね」
 仄かな水音にも溶けるような声音で、志苑は言葉を零す。
 そこに映る月は、風で揺らぐ波に合わせ形を変えて。木々や葉に光を反射させて、光源がなくとも廻りを良く視認させてくれた。
 だからそこだけが外より僅かに明るくて。
「此の光を、見られて良かったです」
 良い夜に巡り合えた事、そしてこの場を護る事が出来た事も本当に良かったと。衒わぬ心で思いながら、また次の場所へ歩んで。
 思い思いに過ごす人々を眺めながら──志苑は静かに、けれど少しだけ軽い足取りで、夜の景色を楽しんでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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