明日の自分になるために

作者:椎名遥


 夕暮れ時の海岸線。
 五月とは言えど、海から吹く風は時に冷気を帯びて吹き抜けて。
 しばらく続いていた陽気に衣を緩めていた人々も、夕暮れ時となって一層冷えた海風に追われ、少し足早に家路を急いで歩いてゆく。
「ふむ……」
 そんな人々を見送りながら、ふとウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は海へと視線を向ける。
 視線の先にあるのは、夕日に照らされて赤く染まる水平線。
 そして、水平線のさらに先。見ることが叶わない程に遠くにあるのは――竜十字島。
 太平洋に浮かぶその島は、かつてはドラゴン勢力がゲートを開き拠点としていた人工島。
 そして、ケルベロスとドラゴンが雌雄を決する戦いの舞台となった地でもある。
 その戦いが繰り広げられたのは、昨年の5月。
「……あれから一年、か」
 昨日のようにも、遠い昔のようにも思える戦いを振り返り、ウィゼは小さく息をつき、
(「一年前と比べて、今の自分は変わったじゃろうか?」)
 ふと、そんな思いが胸をよぎる。
 一年前も今も、自分は変わらず自分であると胸を張って言えるけれど。
 一年前と比べれば、格段に強くなったし、多くのことを知ったし、それ以外にもいくつもの経験を積んでいる。
 一年間で、自分は変わることなく、変わりながら、成長してきた。
 なら、一年後、五年後、十年後の自分はどうなって、何をやっているだろうか。
 遠い、けれど今と地続きの未来に、ウィゼは静かに思いを馳せ――、
「――まあ、それも今を切り抜けてからの話じゃがな」
 表情を引き締め、振り返った先。
 沈みゆく夕日を背にして、人気の消えた道の中央に佇むのは一つの人影。
「そなたは――」
 一見するならば、大きなリボンと三つ編みの髪が印象的な少女の姿。
 けれど、少女の片目片足を覆うモザイクが、手にした巨大な鍵が、彼女が人間ではないことを物語る。
 デウスエクス『ドリームイーター』。
「あなたの胸のその想い。未来を見る夢、歩き出す希望、綺麗でまぶしくて暖かで――」
 歌うような言葉とともに、少女が手にした鍵が宙を舞い。
 同時に、夕日を受けて長く伸びる少女の影が、揺らぐ。
 大きく伸び、歪み、泡立ち、形を変えて――、
「――っ!」
 咄嗟に飛びのき、距離をとるウィゼ。
 同時に、影から生まれた無数の腕が津波のようにウィゼへと襲い掛かる。
「――だから、ちょうだい。その夢を。わたしが未来を見るために」


「ウィゼさんに危険が迫っています。皆さん、急いで現場へ向かってください」
 緊張した面持ちで、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は口早に集まったケルベロス達へと呼びかける。
「今から数分後、ウィゼさんが襲撃される未来が予知されました。現在も」
 説明と並行し、今も取れる限りの連絡手段を使って連絡を取ろうとしているものの、未だウィゼへと危険を知らせることは叶わないままであり――それ故に、予知を変えることはできないでいる。
 それが偶然の結果なのか、それとも何らかの介入によるものなのかはわからない。
 だが、確かなことは一つ。
「このままでは、ウィゼさんは一人で襲撃者と対峙することとなり……命を落とします」
 もはや、予知を変えて襲撃を避けるだけの時間は無い。
 ――故に、
「今からヘリオンを飛ばして現場へ向かいます。それでも襲撃には間に合わないかもしれませんが……決着までには必ず間に合わせますので、皆さんはそこから先をお願いします」
 襲撃の未来は避けられずとも、その結末はまだ変えられる。
 戦力をそろえ、作戦を練り、最速で現地へと。
 出来る限りの最善を積み重ね、最良の結果を掴むために。
 手早く移動の準備をこなしながら、セリカは口早に情報を伝えてゆく。
「襲撃してくるのは『夢霧・否叶望 (むぎり・ひかの)』と名乗るドリームイーターです」
 片目と片足がモザイクに覆われた、少女の姿をしたドリームイーターである否叶望。
 その欠損したものは『将来の夢』。
 目と足がモザイクに覆われているのも、『未来を夢見る目』と『夢へと歩き出す足』としての象徴なのだろう。
「戦場となるのは、海岸沿いの道になります」
 夕方とはいえ、まだ明るい戦場の周囲に人の気配は無い。
 それが偶然なのか、それとも否叶望が何かした結果なのかはわからないものの、周囲の人々を気にしなくていいのはケルベロス達にとっても好都合。
 また、ウィゼに執着している否叶望は、劣勢になったとしても逃げることもないだろう。
 故に、ケルベロス達がやるべきことは至って単純。
 全力で戦い、仲間を助けてデウスエクスを倒すのみ。
「単独で行動している否叶望ですが、それだけに高い実力を備えています」
 足を引き、動きを鈍らせる影の腕。
 視界を歪ませ、悪夢を見せる魔力球。
 そして、宙を舞い心を抉る巨大な鍵。
 いずれも侮ることができない力を秘めており、少女のような見た目に惑わされれば思わぬ不覚をとる可能性すらあるかもしれない。
 それでも、負けるわけにはいかない。
 ここで退けば、ウィゼだけにとどまらず、多くの人々が否叶望の犠牲になるだろう。
 『将来の夢』は、多くの人々が抱く思いなのだから。
「――行きましょう、皆さん!」


参加者
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)

■リプレイ

 夕暮れ時の海岸線に、轟音が響く。
 押し寄せる影の腕を、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は百節と化した棍で薙ぎ払い。
 続けて突き出す棍は、飛来する鍵とぶつかり弾かれる。
「暴れないで。あなたの夢を私にちょうだい」
「ふむ、ちょうだいと言われてもあたしの夢はあたしの未来を描くのであって、お主の未来を描くわけではないからのう」
 再度押し寄せる影の腕をかわし、ウィゼはそっと息をつく。
 影の腕、魔力球、巨大な鍵。
 今は凌げているが、このまま戦い続ければ……。
(「とはいえ、みすみす奪われるわけにはいかないのじゃ」)
 浮かんだ予想を追いやって、ウィゼは手にした棒を握りなおす。
「1対1では分が悪いがあたしは未来がまだ先に繋がっておると、信じておるのじゃ。諦める訳にはいかないのじゃ」
 劣勢にあってなお得物を構えるウィゼを、否叶望は眩しそうに、羨ましそうに見つめ、
「綺麗……お願いだから、それをちょうだい」
「――やらせねえよ」
 宙を走る鍵を砲弾が跳ね飛ばし、同時に周囲を鮮やかな爆風が包み込む。
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889) の轟竜砲。
 柄倉・清春(大菩薩峠・e85251) のブレイブマイン。
 そして、
「そこまでだ夢喰い。ここからは我らが相手になる」
 爆風を突き抜け、踏み込む影が三つ。
 白く変じた髪をなびかせ、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)の虚剣『ヴォイドギア』が流星の煌めきを宿して閃き。
 後ろへ逃げる否叶望にパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)が追いすがる。
「フッ!」
 鋭い呼気と共に突き出す腕は、逃すことなく否叶望を捉え。
 組み付き、叩きつける――その寸前、
「――ット」
 突き込まれる鍵によって技の成立には至らない。
 だが、
「いい位置だ」
 入れ替わりに、ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224) の白い日本刀が美しい軌跡を描いて振るわれる。
「間に合いましたか」
「ああ。助かったのじゃ」
 安堵の息をつきながらイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が呼び出す光の蝶が、ウィゼを包み込んで癒しと加護を与え。
 助けが来てくれると信じていたウィゼも、ほっと笑顔を浮かべる。
 窮地は脱した。戦力も十分。
 ならば、ここからは逆転劇の時間だ。
「護りは任せてください。決して倒れさせませんから――」
「うむ。大活躍を、見せようかの」
 頷きを返し、一度息を吐くとウィゼは得物を構え直し。
 ウィゼと並び、竜人は否叶望を見据える。
 ハル、ペル、パトリシア。熟練のケルベロスの連携を凌ぎ、押し返す程の力を見せるドリームイーター『夢霧・否叶望』。
 その欠落したものは将来の夢。
「……将来の夢が欠落してるってのは思春期だなあ」
「夢……誰の心の中にもきっと輝いているのよね」
 肩をすくめる竜人に、頷くエリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)。
 大きいもの、小さいもの。
 近いもの、遠いもの。
 いろいろな夢と共に、人は生きている。
「でも、自分の夢をかなえるために……誰かの命を犠牲にするのは許されない」
「ああ。そこを悩むのが人生だってのが分かんねえならさっさとお帰り願おうかね」
 髑髏の仮面を被ると竜人は武器を構え、エリザベスは黄金の果実を掲げる。
「あなたの事、止めさせて貰うね」


 エリザベスの掲げる黄金の輝きとイッパイアッテナの呼び出すドローンが仲間達に守りの加護を運ぶ中、拳を構えてウィゼが駆ける。
「では、改めて――行こうかのう!」
 撃ち込まれる魔力球を、体勢を低くして潜り抜け。
 同時に、飛び上がったパトリシアが電光石火の蹴撃を放つ。
 咄嗟に鍵をかざして防御するも、防御を突き抜ける衝撃が否叶望をよろめかせ。
 生まれた隙を逃すことなく、ウィゼの拳が突き刺さり。
「夢が他人から貰えると思ってる甘ったれた精神が気に食わねえ。殺す!」
 そのまま叩き潰すとばかりに、跳躍した竜人が振るう竜の右腕と、迎撃の鍵がぶつかり合う。
 轟音が響き、衝撃を散らし。
 振り抜く鍵が竜人を弾き飛ばすも、入れ替わりに踏み込み、同時に閃くハルの水銀剣とペルの白刃がその身に十字の軌跡を刻み込む。
「奪った夢などお前のでなく他人の夢だろうに、自分の未来には興味無いのか? ん?」
「だから夢を集めるの。奪って集めて、モザイクを晴らして――その時こそ、私は未来が見れるんだから」
 切り結びつつ、試すように問いかけるペルに、夢見るような口調で答える否叶望。
「ま、ドリームイーターの本能的なことに物言いしても無駄だな」
「ウィゼさんを狙うあたり、見る目はあるようですが」
 魔力球を受け止め、後ろへ飛び退くとペルはイッパイアッテナと並び息をつく。
 夢を見るために、夢を奪う。
 『将来の夢』を欠落しているからこそ、その歪な不完全さに本人は気付ず止まれない。
(「……ククク、面白えわな」)
 その姿に、清春は小さく笑みを漏らす。
 夢を見る目を失って、夢に辿り着くための脚を亡くして。
 取り戻すために夢を奪い続けて。
 ――そして、夢を取り戻せた時。自分が道化だったと気付くだろう。
(「気づいた時の絶望の貌……見てえな。あんな綺麗な顔が歪むのは特に、よ」)
 無論、負けるつもりも逃がすつもりもない以上、それを見ることはかなわない。
 過った思いは苦笑気味に吐き出す息と共に追いやると、清春は腕を伸ばす。
 綺麗な夢の持ち合わせは無いけれど、それはそれで好都合。
「焦がれるほど綺麗な夢を持ってる奴を狙うんなら、オレは後ろでやることやりゃーいいわな」
 送り込むオーラがペルの傷を癒して、力を取り戻させ。
「おお!」
 ウィゼの双龍百節棍と鍵がぶつかり合って無数の火花を散らす。
 一瞬で五合、十合と攻撃を交わし――打ち合いを制するのはウィゼ。
 突き出す棍が否叶望を捉えて跳ね飛ばし、追撃をかけるペルへと反撃の魔力球が撃ち込まれて。
 切り払い踏み込むペルの呪怨斬月は、後ろに飛んだ否叶望を掠めるにとどまり。
 続けて竜人が撃ち込む轟竜砲も、鍵に切り払われる。
 ――だが、それは竜人の読み通り。
「当てろよ。外したら指さして笑ってやるからな」
「任せろ」
 砲弾に並走し、低い体勢から突き上げるハルのスターゲイザーが、回避も防御も許さず否叶望の体を宙へと浮かせ――直後、自らも跳躍したパトリシアがその身を捉えて叩きつける。
 撃ち込まれる衝撃が否叶望をよろめかせ、同時に、密着から撃ち込まれた魔力球を受けてパトリシアもまたよろめき。
「まだだよ!」
「やらせません」
 その負傷と呪縛を、エリザベスのエナジープロテクションとイッパイアッテナの気力溜めが拭い去る。
 そうして、戦いは続く。
 攻めと守りを入れ替えながら、幾度となく攻撃を交わして。
「ふむ」
 魔力弾を切り払い、ハルは小さく呟く。
 ケルベロス8人を相手に、一歩も引かずに渡り合う否叶望の実力は間違いなく高い。
 それでも誰も倒れることなく戦えているのは、メディックの清春に加えて、ディフェンダーのイッパイアッテナとジャマーのエリザベスの3人が回復支援に回っているからこそ。
 一方で、攻め手が薄くなった分、押し切ることもできないでいるが――、
「ハル、ペルちゃん、お待たせ!」
 声と共に閃く斧刃が、無数にひしめく影の腕を切り払う。
 仲間への支援から攻め手へと、動きを転じたエリザベスが加われば状況は変わる。
「切り込む。合わせろ、エリザ」
「うん!」
 ハルとエリザベス。
 師弟にして兄妹のような二人が、視線をかわし、呼吸を合わせ。
 舞うように繰り出すハルの剣とエリザベスの斧が、魔力球を切り裂き、鍵を打ち落とし、否叶望の身へと刃を届かせて。
 二人を振り払わんと、鍵が大きく弧を描いて宙を走り――、
「そら、そこだ」
 それが届くよりも早く。
 清春の声に合わせ、彼のビハインド『きゃり子』が飛ばす瓦礫と竜人の蹴撃が鍵を弾いて逸らし。
「行け、ペル!」
「ああ」
 生まれた空隙へと、ペルが踏み込む。
 身を沈め、視界から外れるように、素早く、静かに。
 一瞬後には気付かれ、身構えられるも――その一瞬が命取り。
「罪を濯ぎ、落とし断て」
 創造されるのは、白き魔力で構成されたギロチン。
 蜃気楼のように歪み、見え辛いギロチンの刃が、意識の死角をついて頭上から落とされて断刃の執行を刻み付ける。
 旅団『Shangri-La』で共に過ごし、闘技場最強という夢を共有する5人の仲間達の連携。
 そして、
「もう一息です。ここが正念場ですな」
 魔力球を受け止めつつ、イッパイアッテナの窮言葉が仲間達の傷を癒し、精神を研ぎ澄ませば。
 より鋭さを増したウィゼの双龍百節棍とパトリシアの旋刃脚が、否叶望を捉えて跳ね飛ばす。
 戦いの天秤は、確実にケルベロスへと傾き始めている。
 ――しかし、
「邪魔、しないで!」
 叫びと共に否叶望が腕を振り、地面から影の腕が呼び出される。
 これまで戦いの中で見せてきたそれよりもひときわ強く、大量に。
 視界を埋め尽くすかのような勢いで襲い掛かる影の津波を、竜人のテレビウム『マンデリン』と、イッパイアッテナのミミック『相箱のザラキ』が受け止め、迎撃するも――圧倒的な数で襲い掛かる腕を止めることはかなわず、わずかに勢いを鈍らせるのみ。
 だが、それで十分。
「上等だ――かかって来な挑戦者、咬み千切ってやるからよ!」
「文字通り未来を切り開こうか。食らえ」
 わずかに勢いを鈍らせ、密度の薄れた影の群れへ、竜人とペルが駆ける。
 竜の物へと変えた竜人の右腕が振るわれ、雪さえも退く凍気と共にペルの白いパイルバンカーが突き出され。
 薙ぎ払い、打ち貫き、叩き潰し。
 なおも組みつき足を引こうとする腕の呪縛を、イッパイアッテナの送り込むオーラが祓い清めて、その先へ。
 最後の距離を一息に詰め、打ち込む腕は鍵に受け止められるも、
「……くっ」
「どうするよ? ああ、竜が相手だ。逃げても誰も咎めねえぜ?」
 気圧されたように声を漏らす否叶望に、竜人は笑いかける。
 顕現したのは見るもの全てを圧倒する竜の黒腕。
 恐れる者ならば逃げだし、戦う者ならば挑みたくなる威圧感と共に、その腕は突き付ける。
 竜を屠ってみせろと、英雄になってみせろと。
 恐怖と羨望。二つの感情が否叶望の瞳の中で揺らぎ、混じり、そして――、
「逃げ、ない!」
「上等!」
「なら、お代は高くつくよー?」
 その答えに、仮面の下で竜人は歯を剥き出しにして笑みを浮かべ。
 同時に、清春が笑みと共に行使するのは、火の気を絶つ――転じて災禍を絶つ調伏術。
 借りる力は仏にあらず、悪鬼羅刹の類なり。
 三伏の術が竜人の傷を癒して背を後押しし。
 突き出す竜の腕と白の杭が突き刺さり、よろめく否叶望に地面から生まれた無数の鎖が絡みつく。
「地の底へ……」
 それは、エリザベスが具現化したデウスエクスへの怨念の鎖。
 生命力を奪い、動きを封じる呪いの鎖に拘束された否叶望に、ハルは剣を突き付ける。
「かつての夢は焼け落ちて、新たな希望も叶う事はない。だがそれがどうした? それを理由に他者の望みを奪いたいと私は思わない」
 故郷と共に失った夢と希望。
 それに眩しさを感じることはあっても――それが大切なものであると知っているからこそ。
「それを奪おうとする者を私は赦さない」
 振り抜く境界剣『久遠』が否叶望を切り裂き、その呪縛を倍加させ。
 直後、走りこんだパトリシアが否叶望を捉えて高々と飛び上がる。
「48arts,No.39! デッドウェイトアンカー!」
 それは、彼女が得意とする48の技の一つ。
 空中で相手の体を振り回し、太腿へと押し付け。
 高々と振り上げた太腿は、着地と同時に勢いよく地面を踏みしめる。
 所謂『ココナッツクラッシュ』をベースにした技であり――グラビティで強化されたその衝撃は、相手がデウスエクスであろうともその身を貫き動きを縛る。
「嫌、こんなの……未来が見えないまま、死ぬなんて」
「残念ながら、コレはワタシにとってただの仕事ナノダワ、ドリームイーター」
 崩れ落ち、呟きを漏らす否叶望に、パトリシアは首を振る。
「だからせめて、最期は彼女に任せマショウ。それダケがワタシにデキる、タダヒトツの譲歩ヨ」
 パトリシアの向けた視線に小さく頷いて進み出ると、ウィゼは否叶望の手をそっと握る。
「否叶望おねえ、お主は完全に未来を失った訳ではないのじゃろう?」
「……え」
「未来が無ければこうしてあたしの前に現れたりはしないからのう。モザイクを晴らした未来を夢みたからこそ、あたしの前に現れたのじゃろう」
「そう、なのかな?」
 瞬きする否叶望に、ウィゼは頷きを返す。
(「モザイクを晴らす術は他にもあるはずなのに……」)
 戦い、倒し、最期の時でなければ手を取ることもかなわない姿に、イッパイアッテナは悲し気に首を振る。
 ドリームイーターとモザイクの全てが解明されているわけではない。
 そこに、もしかしたらと可能性を思ってしまうけれど……。
 今選ぶことができるのは、この決着だけ。
 だから、せめて、救いのある夢を。
「お主はここで終わるが……少しだけ、一緒に夢を見ようではないか」
 そっと笑い、ワイルドスペースを通して呼び出す残霊と共にウィゼが作り出すのは無数の料理。
 チョコにケーキにプディングに、女子力満載の料理の数々。
「さあ、召し上がれ!」
「……うん、いただきます」
 ウィゼが差し出すお菓子を受け取って、並んで座ったウィゼと一緒にそっと口に運んで。
「……ふふっ、おいしい」
「うむ。それは何より」
 笑って消えてゆく否叶望を、ウィゼは笑顔で見送るのだった。


「ふう……助かったのじゃ」
「ええ。皆さん、無事で何よりです」
 ほっと息をついて笑うウィゼに、イッパイアッテナも安堵の笑みを返し、
「お疲れサマデシタ」
 周囲にヒールをかけつつ、パトリシアも頷きを返す。
「ああ。無事に終わった、もう心配はない」
 セリカに成功の連絡を入れると、ハルは表情を和らげて振り返る。
「さて、じゃあ竜人の珈琲でも飲みに行こうか」
「あ、私はビターな珈琲を」
「なら、さっさと片付けて打ち上げと行くか」
 ハルの言葉にエリザベスも手を上げて。そんな二人に軽く笑って応じつつ、清春と共に竜人は瓦礫を拾い上げ。
 周辺にヒールをかけつつ、ペルはそっと苦笑する。
「しかし夢、夢か…。我はまだまだ若いしな、将来の夢は子供らしく『お嫁さんになるー!』とでも言った方がいいのか?」
「さァ、て、どうかねえ」
 悪戯っぽい顔で視線を向けるペルに、軽く肩をすくめると竜人は空を見上げる。
 夕日は沈み、空は夜へと変わってゆき。
 日はまた昇り、朝が来る。
 その時には、少しなりたい自分に近づけていることを願いながら、彼等は歩き出すのだった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。