紅武者ナガト

作者:紫村雪乃


 吹く風に、すでに緑葉ばかりとなった桜の枝が揺れる。
 季節は初夏。さわさわと葉が鳴る爽やかな景色には、まだ燃ゆる夏にはいたらない涼やかな空気が満ちていた。
 その路は、桜が見渡す限り続いている。花見の頃には、大勢の花見客でごった返す路だ。花が散った後も、まだ春の冴えた風が吹き抜けていくようで、人々は惜しむようにその路を散策をしている。
 と──。
 その長く続く道の先に、不意に異様な影が現れた。
 人間ではない。それは人では有りえぬ背丈を持った、巨躯の姿だったから。エインヘリアルである。
 が、そのエインヘリアル、他の者とは少なからず趣を異にしていた。その身にまとった鎧において。
 エインヘリアルがまとっているのは西洋風の鎧が多い。しかるに、このエインヘリアルが身につけているのは和風のそれであった。
 兜に面頬、袖に篭手、胴に草摺り。血で染め上げたような深紅のそれは、戦国武者の鎧を思わせた。
 赤備え。戦国最強と恐れられた武田騎馬武者の鎧である。
「久しぶりだ。楽しませてもらうぞ」
 言って、エインヘリアルは人々に歩み寄っていった。
「逃げるなら、逃げろ。逃がしはせんがな」
 エインヘリアルの腰から白光が噴いた。刃を奔らせ、血潮をしぶかせる。
 逃げる間もあらばこそ。次々と人々は斃れ、血の海に沈みゆく。その深紅の世界の中で、同じ深紅の鎧をまとった罪人だけが悪鬼のように刃を振るい続けていた。


「エインヘリアルによる人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「このエインヘリアルの名はナガト。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者です。放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルの撃破をお願いします」
「ナガトの武器は?」
 問うたのは機理原・真理(フォートレスガール・e08508)という名の女性であった。
「巨大な剣です。グラビティはバスタードソードのそれ。威力は桁違いですが」
「アスガルドで凶悪犯罪を起こしていたような危険なエインヘリアルを野放しにするわけにはいかない」
 真理は決然としていった。


参加者
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
ルティア・ノート(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e28501)
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)

■リプレイ


 夏の色をおびはじめた陽光が、桜の並ぶ道を白く照らしていた。
 が、吹く風は春の名残を留めているかのように涼やかだ。これから起こるであろう惨劇もしらぬかのように。
 その濃緑の景色を、ルティア・ノート(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e28501)は陰から見回していた。
「赤い戦国武者の鎧ですか。たしかに、エインヘリアルにしては珍しいですね」
 ルティアは、その楚々ある美貌にかすかな微笑をにじませた。碧瞳ーー左瞳が紅珠のように赤く光っているのは地獄化しているからでーーが好奇心で輝いている。彼女は地球の文化には詳しくなく、それ故に興味津々であった。
「赤い日本風の鎧…赤備え、か」
 空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)が呟いた。その凛々しい姿からは窺い知れないが、この十七歳の少女、実は長い間病魔におかされ、寝たきりの生活だったのである。
「赤備え?」
 ルティアが首を傾げた。
「ああ。赤で染められた鎧で統一された武者集団。真田や伊井などあるが、最も有名なのは武田騎馬武者だろうな」
 武田騎馬軍団。戦国時代の武将である武田信玄を主とする甲斐武田家の家臣兵団であった。
「戦国最強の武者と同じ鎧を着たエインヘリアルですか。それは、ええ、強そうですね! 相手にとって不足なし!」
 躍り上がるようにして叫んだのは十歳をわずかに過ぎたばかりの少女であった。可愛らしい顔に、思いの外豊満な肉体をしている。
 風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)。オウガの少女であった。
 その古都樹は戦慄している。恐怖ではなかった。強敵との戦いの予感に喜び、おののいているのである。
 その古都樹の戦慄は知らず、エインヘリアルーーナガトは殺戮にむけて歩みをすすめていた。が、ふと彼は足を止めた。
 迎え撃たんとするケルベロスたちの気配に気づいたからではない。走り向かってくるバイクを目に留めたからだ。
 それは一輪バイクであった。乗っているのは二人の女である。
 前に座っているのは、どこか妖精じみた美少女であった。後部に座しているのは冷然とした娘である。
 少女の名は盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)、娘のそれは機理原・真理(フォートレスガール・e08508)というのであるがーーふわりの頬が赤く染まっていた。感じているのである。バイクの振動により、股間が刺激されて。
 これにはさすがにナガトも戸惑ったようだ。訝しげに目を細めると、
「なんだ、お前らは?」
「ケルベロスです」
 真理がこたえた。するとナガトはニンマリと嗤った。
「ずいぶんと早いお出ましだな。よかろう。相手をしてやる」
 いいながらナガトは巨剣を抜いた。するとふわりが身悶えした。
「真っ赤な鎧、格好良いのー! 外国の人の鎧も良いけど、ふわりはこういう鎧も好きなの♪」
 ふわりが微笑みかけた。この場合、そのような台詞を吐くことのてきるふわりの神経を何と評してよいか。
「喜べ。お前も真紅にそめてやろう」
 ナガトが横殴りに巨剣を振るった。無造作にみえる一撃だが、岩すら断ち切る一閃がふわりと真理、ライドキャリバーを薙いでいる。いやーー。
 実際に切り裂かれたのは真理とライドキャリバーであった。真理がふわりをかばったのである。
「だめなのー!」
 ふわりの腕が刃へと変じた。彼女の腕を覆うワイルドスペースが液状化、武装現象を起こしたのである。
 刹那、吐息を交えた斬撃をふわりは放った。漆黒の一閃が巨体を穿つ。
 疾風の如き一撃にナガトが揺らぐと──わずかに遅れて駆けつけたルティアは、彼女の身の丈よりも巨大で武骨な剣を天を衝くかのように振りかぶった。
「させません。わたしたちが相手です! コード申請。使用許可受諾」
 巨剣に幾重にも魔法陣がからみついた。聖剣の権能が一時的にではあるが巨剣にやどったのである。
 その時、涼やかな声が流れた。暗雲を吹き払う清風のような歌声だ。聖母のように歌っているのは可憐な娘であった。が、同時に娘からは楚々たる色香が漂い出していた。深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)である。
 星憐は暢気な声を発した。
「酔狂なエインヘリアルもいるんですねぇ。でも怖れてはいられませんからぁ、頑張って倒しちゃいましょう~」
「……不滅の刃、受けてみなさい!」
 ルティアが真一文字に巨剣を振り下ろした。より鋭さを増したそれを、かろうじて反射的にナガトが同じく巨剣で受け止める。
 不死たるデウスエクスの剣と神殺しの聖剣が噛み合った。規格外の破壊力が席巻し、世界が震撼。さしものナガトもがくりと膝を折った。


「やるな」
 立ち上がりつつ、ナガトはルティアの剣をはねあげた。そのまま自身の剣を振り上げた。
「させません!」
 ナガトの顔に溌剌とした声が叩きつけられた。
「何っ」
 ナガトの目は少女の姿をとらえている。古都樹だ。ナガトと同じように刀を大上段に振りかぶっている。
 刀の銘は灯桜羅刹。流麗な刃紋をもつ大太刀であった。
 ナガトが瞠目した。
 刹那的である。古都樹は一気に灯桜羅刹を地に叩きつけた。
 渾身の一撃が地を砕く。放出された破壊力が地を割りながら疾り、ナガトの足下へ。
「あっ」
 ナガトが気づいた時は遅かった。地が崩落し、ナガトは身を泳がせた。
「ちっ」
 ナガトは踏みこらえた。その隙をライドキャリバーは見逃さない。炎をまとい、紅蓮の流星と化して突っ込んでいく。
 ガシッ!
 ライドキャリバーの車体をナガトが巨剣をもって受け止めた。恐るべき膂力である。
 がっしとナガトはライドキャリバーをひっ掴んだ。振り上げ、地に叩きつける。
「くっ」
 沈着冷静なはずの真理の顔がわずかに歪んだ。噴き上がる怒りを超人的な克己心で抑えているのである。
 その間、彼女の頭脳はめまぐるしく回転していた。わずか三秒でナガトの弱点を看破してのけている。真理の一撃がナガトの鎧を砕いた。
「良い腕だ」
 真紅の鎧の砕片を散らしながら、しかしナガトはニヤリと嗤った。いつの間にか、その両手には二振りの巨剣が握られている。
「死んでもらうぞ」
 ナガトの右剣が縦に疾った。そして左剣は横薙ぎに。まともに食らえばケルベロスとてただではすまない斬撃だ。
 二つの刃が真理の肉を裂く寸前のことであった。光の楯が真理の眼前に現出、ナガトの刃を受け止めた。
 ナガトの二剣は光の楯を砕き、真理を斬った。が、無論のこと、威力は弱められている。
「ありがとうございます」
 真理が礼を述べると、熾彩は何でもないというように小さく頷いた。
「礼は無用だ」
 熾彩の手から蒼い光の尾をひいて氷結輪が飛んだ。ナガトが刃で払う。
「左ががら空きです!」
 真理が叫んだ。彼女はナガトの動きも読んでいる。
 次の瞬間、緑色の鞭のようなものがしなった。
 植物だ。それは真理の腕にからみついていた。先端が顎門のように変形、ナガトの腕に喰らいつく。
「おのれ!」
 苦悶しつつ、しかしナガトは攻性植物を掴んだ。ぐい、と引く。
 化け物じみた力に真理が引きずり寄せられた。待ち受けているのは一振りの巨剣である。
 横一文字に白光が疾った。斬り捨てられた真理が地に転がる。
「とどめを刺してやろう」
 ナガトが真理に躍りかかった。


 戛然!
 空に雷火のごとき光が散った。二つの刃が噛み合ったのである。ナガトの巨剣とルティアの鉄塊剣が。
「ほう」
 ナガトの口から感嘆の声がもれた。彼の一撃を受け止め得る者は多くない。
 刹那である。ナガトは背後に気配を感じた。
 愕然としてナガトは振り返った。そこにはーー。
 ふわりがいた。夢見るようなうっとりした目でナガトを見上げている。
 その瞬間、ナガトは何故ふわりの接近を感得し得なかったのかを悟った。ふわりは殺気を放っていなかったのだ。彼女が抱いているのは敵であるはずのナガトに対する深い愛情であった。
 抱くようにふわりはナイフを振るった。稲妻の形に変形した刃が、ナガトの左腕の傷をさらに切り開く。
「ふふふ」
 刃についた鮮血を、ふわりはちろりと濡れた舌で舐めあげた。寒気のするほど淫蕩な眺めである。
「狙い撃ちです!」
 ワイルドウェポンを狙撃銃形態へと変形。星憐の狙撃は鮮やかに。唸り飛んだ弾丸を、しかしナガトはかわしてのけた。
 が、そこに隙があった。その隙をついて古都樹が肉迫。たった一歩の跳躍でナガトの懐に飛び込んだ。
 上と下。ナガトの視線と古都樹のそれがからみあう。
 空に火花が散った。凄絶の殺気に空間が軋む。
 この場合、古都樹は笑っていた。楽しくてはたまらぬ童女の笑みだ。
 古都樹は殴りつけた。力任せの単純な一撃だ。
 古都樹の拳がナガトの腹に突き刺さった。ミサイルの破壊力に匹敵する熱量が爆発、さすがにたまらずナガトは身を折った。
 ナガトの鋼鉄の腹筋はひしゃげた。口から血反吐を撒き散らし、膝をつく。
「番犬如きが、よくもやってくれる」
 血混じりの唾を吐き捨て、ぬっと紅武者は鬼神のように立ち上がった。


 うっ、と息をつめたのは誰であったか。熱風の如き殺気がケルベロスたちに吹きつけている。
 古都樹はしかし、むしろ前に出た。放ったのは迅雷の刺突である。
 誰が想像し得ただろうか。古都樹の神速の突きがはじかれようとは。
 巨剣を楯としてつかった後、ナガトは古都樹の眼前に躍り出てきていた。巨躯からは信じられぬ速さで巨剣を振るう。
「その躰を真っ赤に染め上げてやろう!」
 ナガトが薙ぎ払った。豪宕の一撃に、古都樹の身が血煙に包まれる。
「あっ」
 熾彩の口から小さな声がもれた。仲間が血まみれになったことに動揺したのである。気丈に振る舞ってはいても、やはり熾彩は十七歳の少女であった。
 が、その動揺とは別に、熾彩の身体は自動的に動いている。するすると竜種の身をナガトの背後へとまわりこませた。
「今度は背ががら空きだ」
 熾彩の手先に耀くのは超硬質化された爪。瞬く間に迫ると、熾彩は刃のような爪をナガトの背に突き立てた。
 バキリッ、と呪的防護ごとナガトの肉体を貫いた。
「ぐあっ」
 ナガトの口から黒血とともに絶叫が迸りでた。
 が、戦意が消えた様子はない。手を引き抜きざま跳び退った熾彩を追って刃を疾らせる。
 そうして薙ぎつけられた斬撃は確かに強烈。熾彩ですら避けることはかなわない。
 鈍く光る刃が熾彩の首を刎ねーー。
 紅蓮の花が開いた。爆発の衝撃にナガトの身が揺れる。わずかに遅れて、地に吹き飛ばされた巨剣が突き刺さった。
「な、何っ」
 学生として振り向いたナガトは見た。腕を突き出した姿勢で佇む星憐を。
 その腕の先端からは糸のような煙が立ち上っている。まるで砲口のように。ふわりと同じように、星憐の腕もまた武装現象を起こしているのだった。
「あとはお願いしますね~」
 おっとりと星憐は手を振った。頷いたルティアが駆ける。
 ナガトはすでに瀕死の状態。けれど攻めるための手を、最後まで弱める気はないから──ルティアは金色の光の尾をひいて間合いをつめた。
 迎え討つナガトの瞳は既に死を覚悟した色。さらには無手だ。が、それでも自らの運命を認めぬよう、うっそりと身構えていた。
「まだだ。まだ死なぬ」
「いいえ。あなたは、もう終わりです。わたしたちが終わらせます!」
 ルティアは細腕を伸ばして鉄塊剣を掲げた。その刃に地獄の炎を纏わせて。
 斬るべき敵を斬ることへは迷いはない。だから刃を振り下ろすと冥き炎を噴き上がらせて、ナガトの肉を断ち切ると同時に灼き滅ぼした。


 初夏の風の中。ケルベロスたちは周囲の修復をしていた。
「被害がなくてよかったですね~」
 星憐が嬉しそうにいった。真理が頷く。
 辺りは戦闘の余波で惨憺たる有り様だ。が、失われた命はない。
「もうすぐ元の景色に戻りますね」
 古都樹は周囲を見回した。
「そうだな」
 と、こたえた熾彩は吐息を零した。まだ体力が完全ではないのだ。
 それでも戦って良かったと熾彩は思っている。命を救うことができて。
 病魔におかされていた熾彩にはわかる。生きていることは、やはり素晴らしいのだ。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月19日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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