●アルテラシオン
華やかな爆風が咲いた。
海の彼方に沈まんとする夕陽の光、空も海も白い街並みも甘やかなオレンジ色に輝かせる夕暮れの輝きに、極光を思わす幻想的な彩を添える爆風。両腕に煌く金の腕輪の力でそれを齎した女は恍惚の吐息で、ああ、と喘いだ。
美しさにでもなく、爆風の高揚が己の力を高めたことにでもなく、
『識らなかったわ。恋しいひとのために力を揮うことが、これ程の歓喜をくれるだなんて』
眩い光にも似た歓喜、恋の歓びに呑まれて溺れる想いで女は笑む。
己が残虐を楽しむためだけに力を揮っていた愉悦とは、まったく異なる歓喜。
美しい白漆喰や明るい色合いの石積みの壁に甘い夕陽色を映した店々、色濃い影が落ちる石畳の路、それらを鮮やかな爆炎に呑み込むたび己の裡の歓喜は輝きを増し、恋しいひとの糧となれる至福が指の先まで満ちていく。
『私は変わるの、もう身勝手なことはしない。力も何もかもすべて、あなたのためのもの』
宝石の眠りから解き放たれて恋をした。
この星で思いのままに力を揮えと、思いのままに命を蹂躙しろと言われた。
それが皆の糧に、皆の護りになるのだと。
彼女を彩る薔薇色は踊り子めいた装いに見えても星霊甲冑(ステラクロス)、両腕に煌く金の腕輪で爆破の魔法や破壊を操る女は、地中海沿岸の街並みを模した地に良く映えた。
美しい外観で調えられたそこは、海辺の地につくられたショッピングモール。
人影が見えないことを少しばかり女は不思議に思ったが、多くの気配を感じるほうへ足を向けた。建物に隠れている者もいるだろう。爆発と爆炎であたりを彩りながら、より多くの命を蹂躙すべく、女は石畳の路をゆく。
夕空に星を見つければ限りなく嬉しげな笑みを咲かせ、またひとつ爆発も咲かせた。
砕け散った黒大理石のプレートに刻まれていた言葉は、アルテラシオン。
流麗なスペイン語で綴られていたそれは――変化を意味する、言葉。
●エストレーヤ
――永遠に変わらないのなら、それは死んでいるのと同じこと。
「そう言ったのって誰だったかな。けどある意味真理だよね。生きていくのは変わっていくことだってのは、然して人生経験を積んでいない僕にも分かるよ」
生きていくうちに自然と変わることも。
生きていくために望んで変わることもあるだろう。
地中海沿岸の街並みを模した、海辺の地のショッピングモール。今回の事件を予知されたそこの『変化』は後者だったと天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は語る。
昨春までは誰もに飽きられすっかり客足が遠のいていたモールは、思い切った全面改装で地中海沿岸の街並みを模した美しい外観を調えたことで客足を取り戻した。
「だけど、どうやらその改装の時に何か問題があったらしくてね。通常時には深夜近くまで営業してるんだけど、システムの臨時メンテナンスで偶々夕方に営業終了……って時にこのエインヘリアルが現れるってわけ」
敵は永久コギトエルゴスム化の刑から解き放たれた凶悪犯罪者。
彼女が刑から解き放たれたのは、その凶暴性を地球のひとびとの虐殺で発揮して、恐怖と憎悪を齎すことで、他のエインヘリアルの定命化を遅らせるのを期待されてのこと。
だが、事前の避難勧告は行えない。
事前にひとびとを避難させれば敵の出現場所が変わり、事件阻止が叶わなくなるためだ。
敵が姿を現すのは、ショッピングモールの最も奥にある広場。
「営業終了でお客さん達は皆モールのエントランスから出ていくところだし、全面改装時に従業員用の施設や通路なんかは全部地下に移されたから、ショップの店員やメンテナンスのスタッフもほぼ地下にいる」
ゆえに、敵の出現後すぐに人命が失われることはないが、当然それも時間の問題だ。
「あなた達の到着は、予知の光景で黒大理石のプレートが砕け散ったあたり。ヘリオンから直接敵の居場所へと降下してもらうから、速攻で戦闘を仕掛けてやって。その時点ではまだ人的被害はないし、あなた達の到着と同時に警察が避難誘導を開始する手はずになってる」
モールの被害は後でヒールできると割り切って、敵の意識が他へ向かぬよう猛攻を。
今回は敵の撃破に全力を尽くすことが人的被害をゼロにする最善の手段なのだ、と遥夏は繰り返した。殺界形成などはグラビティ同様に一手を費やす術であるし、警察の避難誘導に従うひとびとの移動速度がそれで速まるわけでもない。
「僕のおすすめは、敵を広場に押し戻すように戦うことかな。広場には地下施設もないから一般人のことを考えるとそこが一番安全だと思う」
押し戻すために有効な手段のひとつはハウリングフィストを命中させることだろう。
これは『敵を吹き飛ばす』グラビティであるからだ。
「敵の得物は両腕の金の腕輪。これは爆破スイッチと同じ力を持っているね。そして結構な火力がある敵だけど、ポジションはメディック。絶対に油断しないで」
攻撃には破魔が、回復には浄化が乗る。
侮ってかかれば苦戦は必至、勝機を失う可能性もある。
最後に、と遥夏が言を継いだ。
彼女は自分が捨て駒であることを理解している。『変わる』前の、己の残虐な愉悦のみを追い求めていたであろう彼女なら当然反発しただろうけど。
「恋しいひとのためになるならそれでいい。そう思える恋をしたんだろうね」
さあ、空を翔けていこうか。地中海沿岸の街並みを模した地へ。
恋をして変わった、女のもとへ。
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(羽化・e00040) |
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) |
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
火岬・律(迷蝶・e05593) |
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691) |
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290) |
●アルテラシオン
夕空から跳んだ刹那、奇跡を見た。
昼ならば青い空と海に鮮やかに映えるだろう地中海沿岸を思わす白い街並みは、甘やかな夕暮れの輝きに蕩けるよう照り映える。なれど美しい景観を更に彩るのは派手な爆煙や炎に凄惨な破壊の痕、これで現時点ではまだ人的被害がゼロというのがまさに奇跡だ。
現着時の状況を最も正確かつ的確に把握していたキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は一瞬前まで精緻なモザイク画を描いていただろう石畳の路へと着地すると同時、その耳許のオニキスに劣らず煌く黒大理石のかけらが舞う世界を馳せた。
目指すは薔薇色を纏う女性エインヘリアル、
「広場からまっすぐエントランスに向かってるンだ、ならまっすぐ戻って貰わなきゃネ!」
「まっすぐか。路に迷うことがないのはいいな」
己が身に纏う巻層雲めく淡い光が夕陽に七彩を映せば、胸に萌すは幼い己の世界を変えた彩光。解き放たれる心地でキソラが打ち込む超音速の拳が彼女を吹き飛ばせば、間髪容れずティアン・バ(羽化・e00040)も夕風を突き抜けた。だがその拳が触れたのは『見えない』何か。途端に生じた爆発は拳の力を相殺するもの、
「押し留める――のではなく、押し戻すという話でしたね」
「そういうこと。押し留めるのは、広場に押し戻した後だ」
然れど、後衛から狙い澄ました火岬・律(迷蝶・e05593)が一息で彼我の距離を殺して、超音速の拳で確実に標的を吹き飛ばす。ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)も意味を為さぬ策を放棄し、盾を構える拳に光を凝らせ、中衛の機動力を活かして突進した。
予知情報のとおり会敵時点で彼女の視界内に一般人の人影はない。つまりこちらも避難の様子の視認は不可能、ならば彼女に無辜のひとびとの姿を一切見せぬよう猛攻あるのみだ。戦いの流れを意図的に調整しようとすればラギアは掴んだ機を投げ捨ててしまうだけ。
彼が吹き飛ばした女性を更に追うのはシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)、夕暮れに白銀の軌跡を引く流星となって翔けるが、
「ここから先は通行止め! 通りたかったら、わたし達を倒してからにするんだね!」
『思ったより速く嗅ぎつけるのねケルベロス。ええ、そうさせてもらうわ!』
腕の一振りで流星の煌きごと石畳に叩き落とされ、飛び蹴りってわたしが飛ぶのであって敵を飛ばすものじゃないよねと噛みしめる。ハウリングフィストと違って、こっちは彼我の力量や状況、時の運次第なのかな――と思考するより速く、敵の腕輪が煌いた。
連続で轟く爆音、壮絶にして膨大な炎熱が前衛陣と街並みを呑むが、
「聴いていたとおり、癒し手なのが不思議なくらいの火力だな……!」
「ですよね、僕の足止めは広場に着いてからにします!」
炎の裡からまっさきに飛び出したのはシルを庇った茜色のライドキャリバー、自前の炎も纏う愛機の突撃が敵を僅かに傾がせた隙をつき、嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)が気侭に跳ねる光を凝らせた拳で吹き飛ばす。敵の出現と自分達の現着のタイムラグを再認識して、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)も星々の囁きを音速の壁を超える爆音に変え、拳を振り抜いた。夕暮れに舞う敵影を追いつつ、割り切れと言われた意味を理解する。
モールへの被害を軽減するにはより深い痛手を負う覚悟で身体の芯に爆弾を抱き込むほか無いが、爆ぜるのは『見えない爆弾』なのだ。
完全に出遅れたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は、シル以外に心を繋がぬ身では皆と隙なき連携は望めぬと痛感し、敵前に立ちはだからんとして己の傲慢をも悟る。
敵は女性とはいえエインヘリアル、自陣で最も上背のあるラギアでも彼女の胸に及ばず、彼女自身を凌ぐ偉丈夫も馴染みの存在。体格で圧することなど叶わぬと察すれば、
「ならばやはり、猛攻で圧するしかないのだな……!」
叩きつけるは縛霊手の裡から滾る獄炎、癒しを阻む呪詛。
逢魔が時、昼と夜の端境。
煌々と空を灼く赤橙のもと、正確に敵影を捉えた律は迷わず跳んだ。未だ人命が失われていないのはこの地の『変化』が招いた奇跡。それを手放さぬため流星の蹴撃を打ち込めば、砂中の星に触れたゆびさきを天へ掲げたティアンが涙の門を開く。夕暮れの輝きに共鳴する癒しの光が溢れれば槐が狗尾草の花穂に実る黄金の輝きを重ね、光の裡からキソラも跳ぶ。
黄昏を翔けるに相応しい靴、達人の技量で揮う蹴撃が敵に氷を奔らせれば、
――琴ちゃん、力を貸して!!
黄龍とも鳳凰とも想う少女の輝きそのものの闘気を拳に凝らせ、シルが氷を抉り込みつつ標的を吹き飛ばした。痛撃に表情を歪めながらも薔薇色の舞装束めく星霊甲冑を翻す相手が着地したのは広場の外縁、途端、暴風を纏ったラギアが彼女を強襲する。
氷刃から迸る衝撃波は護りを裂き敵を後退させるべく彼が編み出したもの、女が広場へと押し戻された瞬間には、カルナの魔術が完成していた。
第八王子は皆の前で亡き妻への愛を宣言し、第九王子も最期に愛妃の名を呼んだと聴く。エインヘリアルにも恋情や愛情は存在するのだ。無論、個体差はあるにしても。
「もっと違う形で、あなたの恋の成就が叶えば良かったのに」
『あなた達は色恋まで嗅ぎつけるの? 成就なんて笑わせないで』
――唯あのひとを恋うるだけで、私はこの上なく幸せなの。
彼女の言葉を胸に刻み、その腕輪が煌くより速く、カルナは氷晶の嵐を召喚する。
夕暮れを眩い朱金の煌きで彩りながら、標的の逃げ場を三重に封じる氷晶の乱舞。
●パシオン・イ・ロクーラ
黄昏から宵へ渡る頃合に、この地はより美しい姿を見せただろう。何事もなかったなら。
――それをこの『眼』で見ることが叶えば、私はこの星への恋をいっそう深めたろうか。
地雷の爆発で抉れる広場、涙の門から降る癒し、目蓋の裡に混沌の水を秘めたまま戦況を感じて、戦友達の残霊を招いた槐は煌く星を叩き込む。弾ける煌きは儚くとも、槐が対象を吹き飛ばすために編み出した術は女を更なる広場の奥へ送る。
『ここから出すつもりはないってことね』
「ああ。私も皆も、そのつもりだ」
加護を燈せば敵の破魔を誘えるかと思ったが、少なくとも祝福の矢や黄金の果実の加護が気を惹いた様子はない。だが範囲攻撃の効率ゆえに彼女はまず槐たち前衛陣を攻め立てた。
敵の最大火力である遠隔爆破を躱すための備えも耐えるための備えも持たぬ攻撃手二人、特に仲間と呼吸が合わず隙を見出しやすいレーグルは格好の獲物だ。痛撃を喰らった振りで敵の油断を誘うつもりだったラギアには相手の狙いを惹きつける手段がない。
重い爆音、レーグルの腹を背まで抉るはずだった爆破を引き受け、
「止まる必要はないぞ、キソラ」
「もっちろん! ティアンちゃんがいてくれるからネ!」
己を護る搗色で大きく威を殺したキソラが爆煙の中から跳べば、夕風に舞った彼の鮮血が落ちるよりも速くティアンが踊らせた癒しの木の葉が彼を抱擁する。贈られたのは癒し手の浄化のみならず搦め手を強める力、挑むように笑んだまま敵の懐へ跳び込んで、自由さえも捧げられる恋をした女を振り仰ぐ。
己とはまるで逆、なれど想うことで世界が変わるのは、識っているから。
「想いの強さじゃ負けねぇと、示すしかねぇだろ?」
魔法の葉を絡めた指先を突きつけた瞬間、二重に彼女の癒しを阻む雨が降った。
然れど敵の攻勢は一向に緩まない。敵火力を削ぐ術は自陣に一切なく、勢いを鈍らす術も確実性に欠けるライドキャリバーの掃射のみ。戦術や命中率の関係で降魔拳士は旋刃脚を、鹵獲術士は石化の魔法を揮わずにいると察した律が双眸を薄め、
「ならば、こちらで」
『……っ!!』
己が裡深くに沈めた怒りを変じた雷の麻痺で打ち据えたなら、忌々しげに眉を顰めた女が両腕を舞わせた瞬間、腕輪の煌きとともに極光めく爆風が咲いた。縛めの過半が霧散するも癒しは治癒阻害に大きく殺される。
だが、彼女が癒し手であるがゆえに浄化も孕むこの術が、元来は力を高めるものであると明確に意識していたのはカルナのみ。
「その加護、砕かせてもらいますね!」
「確かに、今以上の威力で来られると厳しいな」
極光めいた彩風、彼女の薔薇色を踊らせるその彩を水面のごとき己のローブに映しつつ、三重の破魔を乗せた超音速の拳でカルナが標的を吹き飛ばし、癒し手の破魔をも乗せた拳でティアンも彼女を追撃した。ティアンの癒しと護り手達で戦線を支えているが、攻撃手達に破壊耐性がないのが痛い。
尾を試すか逡巡したレーグルは、そうもいかぬなと首を振る。竜の尾で薙ぎ払えば足払い程度は望めるかもしれないが、彼も持つ超音速の拳ほど的確な成果は得られまい。それに。
「試す余裕が生じると想定した時点で、我は彼女を侮ってしまったのだな」
「難しいよね。思いどおりにならないのは、恋も戦いも同じだもん……!」
被害を割り切るのと、意義が薄く、範囲攻撃ゆえ大きく威力の劣る技を試すことで戦いが長引き、その結果被害が拡大するのとでは全く違う。今後のための検証というなら論外だ。彼の気咬弾に続けてシルが左手を翻せば、約束の指輪が強く煌いた。
膨れあがる輝きは、この胸に燈る友情が恋情に変わったときのよう。
強く熱く、抑えようもなく、どうしようもなく眩い、光。
掌から顕現したのは幻影竜、なれど迸る炎に鳳凰を想い、シルの熱情が敵を呑んだなら、返るのはこちらも凄絶な熱を孕んだ爆炎の海。苛烈なそれは恋の劫火にも思え、前衛を襲う炎を突き抜けたラギアは、懐で青く光るシグナルに愛おしさと狂おしさを綯い交ぜに笑む。愛しいぬくもりを大切にしたいのに、痛いと言われるまで抱きしめていたい。
「これぞ恋だ。恋とは狂気で理不尽なものだよな」
一角竜が揮う剛斧が敵の護りを裂けば、機を繋がれたのは灰の娘。
「ラギアもそうなのか。誰でも皆、そんな恋をすることがあるのかもしれないな」
ならば『彼』にも、きっと。
ティアンを愛しみたい、大切にしたいという想いが。
抱き潰したい、縊り殺したいという想いが、すべて偽りなく存在したのだろう。
嘗ては『彼』への恋に殉じたいとあれほど希ったのに、確かな変化を経て自分は今ここに在る。天へ翳すは故郷の皆だと思っていた御業を手放して握った銃、祝砲を撃つ心地で開く涙の門から光を招く。いのちをつなぐ、ちから。
生ある限り、望もうと、望むまいと、変わっていくこと。
――それでもいいと思ったことさえ、変化していくかもしれない、いのちの航路。
●クレプスクロ
嘗てあれほど恋焦がれた女性へ。
今はどうか幸いであれと穏やかに願う己がいる。
鮮烈な初恋の記憶を、初恋の女性を、眼前の女性に重ねずにはおれないけれど、
「この大輪の花は、狂い咲くままに此処で手折らねば」
「ええ。萎れさせるよりは、満開のまま……!」
相手の浄化のたび揮う竜の鎚、爆炎の火の粉が煌き花吹雪のごとく乱れ咲く夕暮れを律が轟竜砲で貫けば、正確無比な狙いで砕かれた膝ごと、カルナの氷晶の嵐が彼女の下肢を深く縛めてゆく。凍気が己が胸をも刺す気がするのは、冷たく白い靄があるのみだった、空虚な心を思い起こすから。
けれど今抱くのは、皆との出逢いと想い出で鮮やかに彩られた、こころ。
「成程、花だな。私も世界に、この星に恋をした時、心が花開くように感じたから」
爆裂と炎熱の海からシルを護りつつ、槐は狗尾草の花穂から黄金の輝きを咲き誇らせた。惑星プラブータで幾ら鍛錬すれど限界に届かぬ己に絶望していた不死の少女はもういない。嘗ての価値観から解き放たれ、世界はただ槐を魅了するばかり。
デウスエクスからケルベロスへ。
生まれ変わったオウガの少女の光に己が癒しも重ね、
「そう言えば、毎日生まれ変わるって、言ってたな」
「だからこそ、明日は勝ちとるモノってことだよネ、今も!」
そう紡ぐティアンが指す相手を察したキソラの顔には晴れやかな笑み。
幾つも捨てて幾つも識って、望み、掴んで、手放さないという自由に気づいた、変化。
――アイツにとってももそうであればイイ、ナンて望めるのもまた。
これからもそうであるかは判らずとも、迷わず閃かす蹴撃が冴ゆる達人の技で氷を引く。鋭く砕けるそれを敵に抉り込むのもまた氷刃、雪竜の鱗を研いだナイフをラギアが薔薇色の女に踊らせれば、幻影竜やライドキャリバーが燈した炎がいっそう鮮やかに燃えあがる。
彼女の恋そのもの、そう思ったから、
「その恋は、あなたによく似合っているよ」
『――!! なかなかいい男ね、あなたも』
心から笑いかければ、彼女にも笑みが咲いた。
あまりに無邪気な、少女のごとき笑みにカルナの胸が痛むけれど、
「恋とは、それほどのものなのですか……!」
過去を失ったがゆえに恋をよく識らぬ彼はそれでも攻め手を緩めず、杖から戻った白梟を解き放った。羽ばたく翼に春緑の翼を重ね見る。戦場であの天使の少女に背を預けるだけで力が湧く。笑顔を見るだけで嬉しくなる。その想いの名を、カルナはまだ、識らない。
敵を急襲する白梟、その主に機を繋がれたシルが魔力を織り上げる。
一人では飛べずとも、二人でなら。指輪を意識すれば、背に蒼き翼が咲いて。
――炎よ、水よ。風よ、大地よ。
――暁と宵を告げる光と闇よ。
「六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!!」
口をつきかけた言葉は呑み込んだ。命中精度を犠牲にして威力を高めた六芒精霊収束砲を敵へ届かせてくれるのは、自分の恋でなく、律とカルナの足止めだ。
眩く迸る魔力砲を追って馳せるは竜の武人、
「心の在り方さえ変える想いを抱けることは、生涯にたったひとつの恩寵だ」
『私がそれに、気づいていないとでも思う?』
孵化することも孵化させることも叶わぬ卵を懐に秘めて、レーグルは超音速の拳で彼女を吹き飛ばした。だが次の瞬間、彼の左胸を捉えた敵の置き土産が凄絶な威力で爆ぜる。
皆へ心を繋ぎ、機を繋げられていれば、彼女に反撃の機を与えることはなかった。
僅かでも相手を侮った時点で、己は最後まで彼女と向き合う機を失ったのだと識った。
夕暮れに色濃く艶めく血肉の雨を、白い被衣が軽やかに潜り抜ける。
嘗て鮮血に焦がれていただろう女は、恋の歓喜に焦がれている。
嘗て復讐に焦がれていた己は――。
気で織り上げた白き衣を纏った律が彼女の懐へ滑り込んだ。標的を逃さぬ、女舞。
「眩むまま、踊り狂う他になければ、何れ辿り着くのは破滅だ」
『構わないわ。孤独な宝石のままの永遠よりは、恋の恍惚のままに爆ぜるほうがいい』
だろうなと呟いた時には、青褪めた白い手が彼女の命を断ち切っていた。
静かな微笑みで見送る律の眼前で、女のすべてが光の粒子を咲かせ、弾けて、消える。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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