第二王女ハール決戦~鋼の城の奥底で

作者:椎名遥

 東京焦土地帯における第九王子サフィーロとの決戦は、ケルベロス達の勝利に終わった。
 長きにわたってデウスエクスの支配下にあった東京焦土地帯は人の手に取り戻され、磨羯宮ブレイザブリクはケルベロス達の管理下に置かれたことで、その奥に秘められたエインヘリアルの本星に繋がるアスガルドゲートの探索も進められていくことになるだろう。
 一方、エインヘリアルがそれを座視するはずも無く、遠からず奪還するための軍勢が地球に襲来することは想像に難くない。
 ――そして、動きを見せるのは彼らだけではなく。

「大阪城の攻性植物勢力に大規模な動きがみられました。皆さん、急いで迎撃の準備をお願いします」
 集まったケルベロス達を前に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は深々と一礼する。
「ブレイザブリクを落とし、東京焦土地帯を開放することができたことはご存じかと思います。そして、予想されるエインヘリアルによる再奪還の軍勢を警戒して情報を集めていたのですが――このタイミングで、大阪城方面の情報を収集していたアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)さん達から、大阪城の攻性植物勢力が軍勢を整えて侵攻の準備をしているという情報がもたらされました」
 本来であれば、長年戦い続けた仇敵であるエインヘリアルと攻性植物が共同歩調をとる可能性は低いが……近年は、ケルベロスを共通の敵として対立関係が緩和している状況にある。
 そして、大阪城の勢力には、攻性植物のみならずダモクレスやドラゴン、そして『エインヘリアルの第二王女ハール』もいる。
 先日、軍勢を率いて襲来した『第八王子ホーフンド』の一件でも、援軍を派遣するなどの動きを見せていたハールの存在を考えるならば、この攻性植物勢力の動きがエインヘリアルと無関係と言う可能性は低いだろう。
「複数の調査の結果、大阪城側の準備はまだ十分に整っておらず、隙がある事が判明しました。ですので――皆様にお願いするのは、この隙を突いて複数のルートから大阪城勢力に打撃を与え、エインヘリアルとの共同作戦を行えないようにすることです」
 共同作戦、と言っても最終的な目標が違う以上、完全な協力体制を作ることは難しい。
 ――故に、狙うのはその仲介役。
「攻性植物とエインヘリアルの連携に大きな役割を果たしていると思われる『第二王女ハール』を討つことができれば、当面の合同作戦は行えなくなると思われます」
 仮に撃破できなかったとしても、攻性植物勢力からハールへの信頼を大きく下げることができれば、同様の結果を期待することもできるだろう。
 また、状況次第では、ハール王女を攻性植物勢力の手で排除させる事も可能になるかもしれない。
 無論、容易く行えることではないが――その場合は、エインヘリアルと攻性植物との対立の激化が見込めるために、ケルベロス達の手で討つよりも状況がよくなる可能性もある。
「現在、ハールは大阪城を護る『要塞ヤルンヴィド』の守りについています」
 グランドロン城塞を失った後、大阪城の守りとしてダモクレスによって建造された要塞『ヤルンヴィド』。
 インスペクター・アルキタスを司令官とするこの要塞は、大阪城の攻性植物勢力にとっては最前線の防衛拠点になる。
 二勢力の仲介役となっているハールが最前線に配置されているのは、彼女の立場がこれまでの失態によって揺らいでいることをうかがわせる。
「ハールの戦力は、配下の軍勢をホーフンド王子の援軍に派遣して失っている為に、以前と比べてかなり小さいものとなっています」
 小さくなったとはいえ、フェーミナ騎士団や炎日騎士部隊を擁する戦力は決して侮れるものではなく、要塞にはハールの部隊とは別に無数のダモクレスの軍勢も駐屯している。
 その戦力に無策でぶつかれば、目的を果たすことなく押し返されるだけだろうが――。
「最前線だけあって要塞の戦力は大きいですが、その連携には無数の穴があります」
 そう、セリカは指を立てて微笑む。
「司令官であるインスペクター・アルキタスは、ハール王女の救援には積極的ではないために『救援を行わない正当な理由があれば』自分や要塞の防衛を優先して動きます」
 その為に、陽動となる攻撃を要塞に仕掛けることで、ハールへのダモクレスの援軍を防ぐことが期待できる。
 また、炎日騎士部隊はハールよりも要塞司令官のインスペクター・アルキタスの命令を優先するために、作戦次第では炎日騎士部隊をハールの守りから引きはがして混乱・弱体化させることも狙える。
 戦闘によって物理的に距離を取らせる方法と、心理的な間隙を生む策略。どちらか、あるいは両方を組み合わせて連携を分断できれば、要塞の奥に潜むハールを討つための道を開くことができるだろう。
「今回の作戦は、大きく分けて五つのチームに別れることになります」
 そう言って、セリカはホワイトボードに五つの項目を書き出す。
「要塞の中央に攻め込んで本隊と戦うチーム、ハール配下の有力な将である『戦鬼騎士サラシュリ』、『槍剣士アデル』、『策謀術士リリー・ルビー』の対処を行うチーム、そして第二王女ハールを討ち取るチームです」
 本隊と戦うチームは言わずもがな。十分な戦力を送り込まなければハールへの援軍が発生してしまうために、目的を達成することが難しくなるだろう。
 そして、
「戦鬼騎士サラシュリは戦闘狂で脳筋であり、指揮能力などは皆無ですが、高い戦闘力を備えています」
 炎日騎士部隊を率いて要塞の最前線で警戒活動を行っているサラシュリは、指揮能力こそ補佐役のフェーミナ騎士団騎士が補っているもののその戦闘力は高く、自由に動かれれば思わぬ被害を受けることになりかねない。
 基本的には敵を排除するよう命令されているものの、陽動や挑発にはまると命令を忘れて動くために、要塞外に釣りだすなど有利な状況に誘い込むことは難しくないだろう。
「副団長の唯一の生き残りである槍剣士アデルは、要塞内のフェーミナ騎士団を統括しています」
 フェーミナ騎士団と炎日騎士部隊の混成部隊を纏め、要塞内の警備を行っているアデルを放置すれば、要塞内に侵入したとしても速やかに迎撃部隊を送り込まれることになる。
 一方で、大規模な襲撃に対しては、騎士団の死者を出来るだけ減らす為に自ら先頭にたって戦う騎士道をもっているため、それを利用することで彼女を前線に誘い出すこともできるだろう。
 そして、アデル以外に全体の指揮をとれるものがいない為、彼女を前線に出すことができれば、要塞内部への潜入は容易になるだろう。
「ハールの腹心で、アスガルドの情報工作も担当している策謀術士リリー・ルビーは、ある意味ではハールに並ぶほどの重要な存在です」
 二勢力の交渉、連携の実務を担当しているリリーが残っていれば、ハールを撃破しても、比較的短い時間でエインヘリアルと攻性植物とのパイプが復活する可能性が残る。
 一方で、今回ハールをとり逃したとしても、リリーを討つことができていれば、実務を行う担当者が居なくなって連携が円滑に進まなくなる可能性も出てくる。
 直属のフェーミナ騎士団魔術兵と共に、自分に与えられた執務室で本国との調整などの仕事を行っているリリーの戦力は低く、発見することができれば撃破はそう難しいことではない。
 自らの身の安全を最優先にして行動するリリーを発見することは難しいが……彼女の行動を予測して、罠を張る事が出来れば、撃破できるチャンスが大きくなるだろう。
「そして、ハールはケルベロスの襲撃があっても、要塞の奥に隠れ自ら前線に立つ事はありません」
 ケルベロスに多くの配下が敗北していることから、配下がケルベロスに勝利すると期待するよりも大阪城からの援軍が来るまで耐えることを優先するハール。
 その隠れ場所は最も警戒が厳しい要塞の奥だが、より警戒が厳しい方に向かえば居場所を見つけ出すこと自体は難しく無い。
 無論、そこにたどり着くまでの、そしてたどり着いた後に撃破するための戦力は必要になるだろうが――。
「それでも、ハールは討たなければなりません」
 そう言って、セリカは一度目を閉じて息を吸う。
 エインヘリアルが襲来する八王子も、攻性植物の本拠地である大阪城も、日本の大都市圏に隣接しているために、同時大規模侵攻が発生した場合は住民たちに大きな被害が出ることになる。
 それを防ぐために、この地に生きる人々の未来を守るために。
「ホーフンド、サフィーロと連戦が続いていますけれど……もうひと頑張り、お願いします――勝ちましょう!」


参加者
ホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)
藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)
ランスルー・ライクウィンド(風のように駆け抜ける・e85795)
 

■リプレイ

「ここまではうまくいってる、かな?」
 隠密気流を身に纏い、気付かれないように物陰から要塞の様子をうかがって、エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)はそっと首を傾げる。
 要塞中央へとしかけた攻撃で司令官の注意を引きつけ、要塞内の強敵を挑発して誘い出し、開かれたままの門を突破してケルベロス達が突入した。
 結果、今や閉ざされていた要塞の門は開き、突入したケルベロスを追って多くの警備の騎士が持ち場を離れている。
「頃合いだな」
「ああ」
 視線を交わして頷き合うと、藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)とランスルー・ライクウィンド(風のように駆け抜ける・e85795)は得物に手をかけて立ち上がる。
 この作戦の目的は、陽動を仕掛けて相手の動きを乱し、その隙に自分達が突入して要塞の奥に隠れるハールを討ち取ること。
 故に、大事なのはタイミング。
 相手が十分陽動に引きつけられるだけの時間をかけて。
 けれど、相手が動揺から立ち直るよりも早く。
「エインヘリアル王女の城を攻める、セントール騎士としては存外の誉れだ――さて、行こうか」
 風のように、ランスルーは駆け抜ける。
「な!?」
「くっ、まだいたのか!?」
 その姿に気付き、門の周囲に残っていた炎日騎士部隊から無数の攻撃が放たれるも――動揺の色濃い攻撃では、ランスルーの足を止めるには至らない。
 冷気をかわし、矢を切り払い。
 なおも放たれる炎をエマのバスターフレイムが相殺し、
「数々の裏切りを繰り返してきたハール王女、そしてその騎士団。いよいよその報いを受けるときが来たよ」
「受けろ!」
 勢いを弱めた炎を突き抜け、人馬形態で駆け抜けた勢いのままにランスルーが振るう刃は、受け止めた騎士を体ごと浮かせて跳ね飛ばす。
 そうして――、
「いいタイミングだね」
「合わせるよ!」
 跳ね飛ばされた先、他の仲間と纏まるように飛ばされた騎士を中心にして、ホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)とフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)の呼び出す魔法の霜が展開される。
 触れるものを凍てつかせ、地面に貼り付ける魔法の霜。
 その領域に包まれ、一人、また一人と騎士団は倒れゆき――、
「ぐ……ま、だだ!」
「――いや、終わりだ」
 なおも呪縛を振り払い立ち上がろうとする騎士を、九十九の刃が打ち倒す。
「怪我した人はいないね?」
「うん、大丈夫ー」
 仲間達を見回して怪我が無いことを確認するエマに、ホリィは頷きを返して要塞へと向き直る。
 今の戦いは前哨戦。
 ここからの戦いこそが、自分達にとって本命の戦い。
「おいポンコツバイク、いざとなったらよろしく頼むぞ」
「――」
 と、軽く装甲を叩くフェルディスに、彼女のライドキャリバー『エルデラント』も軽く唸りを返し。
 ふっと苦笑すると、フェルディスは仲間達と共に要塞へと歩き出す。


「さてっ、と」
 要塞内へと踏み入ると。ケルベロス達は油断なく周囲へと視線を巡らせる。
 今も周囲から聞こえてくる戦いの響きは、先に突入した仲間達が戦いを繰り広げている証。
 そして、
「ここからは別行動だね。リリーはキミ達に任せた!」
 と、リリー撃破に向かう仲間達に、フェルディスは元気に手を振る。
 このタイミングで要塞内に突入したケルベロス達の目的は、二つ。
 第二王女ハールと腹心の策謀術士リリー・ルビー。
 どちらも逃せば後の禍根となりかねない存在であるけれど――今考えるべきは自分の役目を果たすこと。
 離れて行く仲間達にひとしきり手を振ると、くるりと振り返りながら周囲の様子をうかがって。
「ボク達の目的はみんなを奥まで送り届けること! では頑張って参りましょう!」
「ああ、いくぜ!」
 びしっと要塞の奥を指さすフェルディスに、ランスルーも応えて剣を構え。
 そうして彼らは走り出す。
 要塞の奥深くに潜むハールに、その刃を届かせるために。
 そして、
「頑張って、サーキュラー」
「ファイトだ、エルデラント!」
 ホリィのボクスドラゴン『サーキュラー』とエルデラントの射撃と、要塞内を守る騎士の射撃が通路を挟んでぶつかり合う。
 ブレス、銃弾、炎に雷撃。
 さらには九十九のビハインド『藤林・璃珠』がポルターガイストで飛ばす瓦礫も交えて、無数の攻撃が交錯し、ぶつかり合い、
「まだまだ行くよ!」
 その拮抗を、フェルディスとランスルーの放つ冷気の嵐と刃が押し返す。
 単純な人数としてみれば、彼らは決して多いとは言えない。
 だが、エルデラント、サーキュラー、そして璃珠。
 メンバーの半数を超えるサーヴァントの存在によって、手数においては十分な量が確保されているのだ。
 通路を覆いつくさんばかりの射撃が、騎士の手を封じ、足を縫い留め。
「ローリー・ポーリー、捕まえて。カボチャのパイはないけれど、女の子達にそうしたように、優しく強く捕まえて――今の内に通してもらうよ。アレをアスガルドには持って行かせない」
 詠唱と共にホリィが自分の足元をこつりと蹴れば、そこより現れるのは青い炎を纏った巨大な腕の幻影。
 熱を伴わず、むしろ寒々とした印象を与える青い炎とともに、浮かび上がった腕が宙を走り、騎士を捕らえる。
 優しく、しかし逃れる隙を残さずに、掴んだ腕が騎士の生命力を奪い去って消滅させ――、
「――ちっ」
 消滅する騎士の姿に息をつく間もなく、新手の騎士から放たれた矢を九十九が切り払う。
「覚悟はしていたが、面倒な」
 ダモクレスが作り上げた要塞の構造はわからずとも、その最深部にハールがいるというならば向かうことは難しく無い。
 より奥の方へ、より警備が厳重な方へと向かえば、それでたどり着ける。
 もっとも、そう動く以上、戦闘が多くなることは避けられない。
 ケルベロスの襲撃に対して戦闘態勢に入っている要塞内では、隠密気流も効果は発揮できず。
 また、例え効果があったとしても、自分達の役目が後に続く仲間達の力を温存させるための露払いである以上、戦闘を避けるわけにはいかない。
「まあ、相手の数が少ないのが救いか」
「うん、そうだね」
 新手を切り伏せ、次の相手が出てこないことを確認して苦笑する九十九に、エマも頷きを返す。
 ダモクレスの援軍、アデルの指揮。今、自分達が有利に動けているのは、仲間達の戦いでそれらを封じることができているから。
(「絶対勝つよ!」)
 ぐっと拳を握り、エマは思いを強めて先を急ぐ。
 周囲を伺い、通路を走り。
 出会い、戦い、打ち倒し。
 そして――、
「これ以上は進ませんぞ、ケルベロス!」
「――わっ!?」
 どれだけ戦い、進んだのか。
 角を曲がった直後。一斉に撃ち込まれた攻撃を、フェルディスは咄嗟に飛びのき回避する。
「待ち伏せか!?」
「うーん……多分、違うかな?」
 角に隠れて様子をうかがうランスルーに、同じように隠れながらホリィは首を振る。
 通路の先、広場のように広がった空間に集まっている8人の騎士。
 その姿だけなら待ち伏せにも見えるけれど――、
「あれは、最終防衛ラインだね」
 余裕のない表情も、打って出ようとしない動きも、その背後に誰も通せないという覚悟の証。
 その決意を持った8人の騎士は、連戦の消耗を背負った状態で戦うには厳しい相手ではあるけれど、
「朗報だな」
「そうだね」
 得物を握りなおす九十九に、頷きを返すエマ。
 ここが最終防衛ラインだというならば、この先でこれ以上の戦力が出てくることは無いだろう。
 そして、相手が決死の覚悟で自分達を止めようとするということは、この先に守りたい何か――ハールが居るということでもある。
 故に。
「いくぞ、ここが勝負どころだ!」


 サーヴァント達の射撃が騎士の攻撃とぶつかり合い、相殺して弾幕を揺らがせ。
 九十九が走らせる鎖が守護の魔法陣を描き出す中を、ランスルーが駆け抜ける。
「進ませんと言ったぞ、ケルベロス!」
「俺達を退けても、もはやどこにも寄る辺はあるまい!」
「その実績さえあれば、ハール様はまだ終わらん!」
 迎撃する騎士の斧をランスルーの剣が受け止め、捌き、返す刃は斧の柄に受けられるも、
「もらったッ。煉獄の炎が身体を蝕みます。死をもって罪を償え!」
 重なるように切り下ろすフェルディスの刃が、柄もろともに騎士を切り裂く。
 その傷口からは、罪を焼く煉獄のように炎が噴き出しその身を焼き滅ぼして、
「まず一人――とっ!」
 直後、横から撃ち込まれる矢を受け止め、半ば跳ね飛ばされるようにフェルディスは飛び退き。
 追撃をかけようと踏み出す騎士の足元で、ホリィが仕掛けた無数の見えない地雷が一斉に爆発を起こす。
 その爆発で騎士の足が鈍ったのは僅かな間。
 一瞬の後には無数に矢が追撃をかけてくるけれど――それだけで十分。
 飛ばされ、体勢を崩したたフェルディスを九十九が受け止めて。
 続けて撃ち込まれる矢をエマが手にした切り払いつつ、もう片手に持ったネジを振って呼び出す蒸気がフェルディスを包み込んで傷を癒す。
「剣を振ってネジ振って、はぁー忙しい!」
 過去の記憶の無いエマにとって、アスガルド動乱の恨みは無いけれど。
 白百合騎士団に蒼玉衛士団と、定命化後に重ねてきた因縁は確かに存在している。
「けど、負けないよ。白百合騎士団のほうが手強かったんだから!」
 そうして見据えるエマの視線の先で、ホリィの戦術超鋼拳と騎士の斧がぶつかり合う。
 受け止め、しかしどちらも退くことなく、作り出されるのは鍔迫り合いの如き状況。
「大阪城の援軍が来ないの、気づいてる?」
「それは――むしろ好都合だ。助けを受けずに退けてこそ、ハール様の実績は高まるのだから」
「……情報が伝わってるわけじゃないみたいだね」
 力を籠め、言葉を交わし、隙と精神の揺らぎを探り合い。
 数舜後、両社が同時に飛びのくと同時、撃ち込まれるランスルーのクリスタライズシュートと騎士の矢がぶつかり合い、相殺し合う。
 だが、ケルベロスの繰り出す矢はそれだけではなく。
 ランスルーの射撃に並走し、さらに深く踏み込むフェルディスのスターゲイザーが騎士を打ち倒し。
 飛び退くフェルディスと入れ替わり、踏み込む九十九の刃が撃ち込まれる炎を切り払い、騎士の剣と火花を散らす。
 個人の技量も、集団の連携も、勝るのはケルベロス達。
 一人、また一人と騎士を倒すたび、戦況はケルベロスへと傾いてゆく。
 ――けれど、
「くっ」
 幾度目かの交錯か、わずかに距離をとるのが遅れたホリィを、横薙ぎに振るわれた斧が跳ね飛ばす。
 多数のサーヴァントによって、ケルベロス達の手数は高まっている。
 けれど、それは耐久面においては脆さが残るということと引き換えのもの。
 体勢を崩し、動きを鈍らせたホリィに撃ち込まれる無数の氷の嵐。
 その嵐は、とっさに割り込んだ九十九がうけとめるも……彼もまた体力に長けているわけでもない。
 巻き起こる吹雪は九十九を包みこみ、姿を覆い隠し――、
「藤林一刀流……春風の太刀!」
 リン、と鍔鳴りの音と共に、春を思わせる穏やかな風が吹雪を払って吹き抜ける。
 そこに立つのは、傷を負いながらも健在な九十九の姿。
「やれ、璃珠!」
「――!」
 声に応えて璃珠が杖を掲げれば、放たれた暖色の光が騎士を縛り上げて金縛りに捕らえる。
 連戦と決戦と、続く戦いに消耗は限界に近いけれど――倒れるのは、今ではない。
「もうちょっと、あと少しだけ頑張って!」
 エマのスターサンクチュアリが仲間達を包んで、もう一歩を踏み出す力を与え。
 サーヴァント達の射撃に続け、踏み込むフェルディスとホリィの戦術超鋼拳がそれぞれ騎士を打ち倒し。
 残る一人となった騎士へと、ランスルーが駆ける。
 すでに戦況は明白――それでも、おびえることなく剣を構える騎士の姿に、ランスルーは小さく笑みを浮かべる。
(「この期に及んでも忠義に殉じるか……そうだよな、騎士はそうでなきゃ!」)
「我が名はセントールの騎士、ランスルー・ライクウィンド! フェーミナ騎士団よ、いざ参る!」
「来い、ケルベロス! わが命に代えても、ここは通さん!」
 勝負は一瞬。
 二つの刃が交錯し、ランスルーの肩から血がしぶき――。
 胴を薙がれ、崩れ落ちる騎士へと敬意をこめて黙礼を贈ると、ランスルーは剣を掲げる。
「俺達の、勝ちだ!」


「……っ、はっ」
 騎士の最期を見届けると、ランスルーは壁に背を預けて大きく息をつく。
 彼も、他の仲間達も、すでに心身共に限界は近い。
 周囲の気配を探りながら呼吸を整える九十九も、クタっと座り込んでサーキュラーを撫でるホリィも。
 戦闘不能こそ出ていないものの、ここまでの戦いの中で積み重なった負傷と疲労は、無視できないほどに大きくなっている。
「ここらが潮時、かな?」
「ハールまで行けなかったのは残念だけど……そっちは、みんなに任せるしかないね」
 汗を拭いながら首を傾げるフェルディスに、エマは残念そうに頷きを返すと、後続の仲間達に手を振って合図を送る。
 無理をすれば、もう少し戦うことはできるかもしれないが――それで戦力になれるほど、ハールは甘く無いだろう。
 ならば、決戦の舞台までの道をつけたことで良しとするべきなのだろう。
 それに――まだ、戦いは終わっていないのだから。
「ちっ――道は拓いた、急げ!」
「ハール王女の事、後で教えてね」
 仲間達の背後、入口側から走り迫る騎士の影を見て取ると、九十九とホリィは得物を構えて前に出る。
 ここが敵の要塞の最奥近くである以上、行くも帰るも戦いは避けられない。
「頑張ってね、幽さん!」
 奥へ向かう友人に手を振ると、エマもボルトを手にして身構える。
 希望は仲間に託した。
 少しの休憩で、多少なりとも呼吸は整えられた。
 ならば、後は自分達の最善を尽くすのみ。
「もうひと頑張りだね! 行くよ、ポンコツバイク!」
 空元気もまた元気と、フェルディスはエルデラントを軽く叩いて笑みを浮かべ。
 ランスルーも、フラグと親指を立ててハールに向かう仲間達に笑いかける。
「ハールは目の前だ、ここは俺たちに任せて先に行け!」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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