第二王女ハール決戦~黒鉄の要塞

作者:坂本ピエロギ

 第九王子サフィーロの撃破により、ケルベロスに制圧された磨羯宮ブレイザブリク。
 これを奪還せんとするエインヘリアルに合わせ、大阪城の攻性植物が動き始めたことが、この度アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)らの調査で判明した。
「すなわち、エインヘリアルと攻性植物による合同侵攻作戦が行われようとしています」
 ムッカ・フェローチェはそう言って、作戦概要の説明を始めた。
 これまで長年にわたり敵対関係にあった両勢力が、歩調を合わせて地球侵攻の準備を開始する――この動きは、裏で糸を引く『ある人物』の働きによるところが大きい。
「その人物こそ、エインヘリアルの第二王女ハールです」
 ハールは先の第八王子強襲戦においてもホーフンド王子の軍勢に工作を行うなどし、今も密かに母星アスガルドと連絡を取り合っている。両種族のパイプ役を独占することで、自分の立場を強化しようと考えているのだろう。
 つまりこのままでは、両勢力による侵攻が始まるのは時間の問題といえる。
 そうなれば、戦場となるのは八王子と大阪だ。いずれも大都市圏に隣接した地域であり、甚大な被害が生じることは免れ得ない。
「ですが大阪城側はいまだ準備が整っておらず、隙があることが判明しています。皆さんには複数のルートから彼らに攻撃を仕掛け、この侵攻を阻止して欲しいのです」
 目標は第二王女ハールの排除。
 具体的にはハールを撃破するか、または彼女を失脚させることによって、攻性植物内での発言力を失わせることが成功条件となる。
「ハールはこれまで数多くの失態を積み重ねたことにより、ある場所の防衛任務に回されています。これより皆さんにはその場所を強襲し、彼女を排除してもらいます」
 ムッカによると、『その場所』は大阪城を守る最前線の防衛拠点だという。
 第四王女レリの死とともに失われたグランドロン城塞に代わり、ダモクレス勢力によって築かれた新たなる砦。
 その名を、要塞ヤルンヴィドという。

「まずはヤルンヴィドの概要と、駐屯する軍勢から説明しますね」
 ヤルンヴィドは、東西中央の3区域に分かれている。
 ハールが防衛するのは西区域。東と中央の2区域は、ヤルンヴィドの司令官である女性型ダモクレス『インスペクター・アルキタス』が防衛を担っている。
「要塞に駐屯する軍勢は、大きく3つに分けられます」
 ひとつは要塞の中央と東を防衛する、インスペクター麾下の量産型ダモクレス。
 司令官であるインスペクターの命令に従う軍勢で、単体では弱敵だがひたすら数が多い。個々の能力ではなく、数の暴力で轢殺するタイプの敵だ。
 次にハール麾下のフェーミナ騎士団。
 騎士、団員の2種からなり、ハール勢力の主要指揮官を護衛するほか、小隊(騎士を隊長とし、団員と炎日騎士部隊による5名の混成部隊)単位で要塞の防衛も行っている。
 そしてエインヘリアル炎日騎士部隊。
 通常時はフェーミナ騎士団と共に砦の防衛にあたり、ハールの軍に組み込まれているが、緊急時にはインスペクターの命令を優先して行動する。もしも敵本隊が展開している中央が危機的状況に陥るなどすれば、司令官のいる中央の防衛に引き抜かれるだろう。
「王女ハールがいるのは、要塞西側の最も守りの固い場所。駐屯する軍勢が混乱するほど、彼女のもとへ到達することは容易となるでしょう」
 この作戦を成功へ導くには、ダモクレスの部隊とハールを分断する作戦が肝要となる。
 戦闘によって物理的に距離を取らせる方法か、心理的な間隙を生む策略か。
 あるいは、その双方を組み合わせるか――そこはケルベロスの腕の見せ所となるだろう。

 次にムッカは各勢力を指揮する敵の説明に移る。
「ヤルンヴィドの主要な敵は、全部で5体います。司令官のインスペクター・アルキタス、第二王女ハール、そして配下の3将であるサラシュリとアデル、リリー・ルビーです」
 まずはインスペクターと、彼女が率いる敵本隊。
 要塞の中央にいるインスペクターは、配下の量産型ダモクレスを大量配備し、管轄区域である中央と東の防衛を固めている。積極的にハールを救援することはせず、襲撃を受ければ自身の守りを優先するだろう。
「インスペクターは量産型の性能試験を兼ねて迎撃を行うため、ハールへの援軍をシャットアウトすることは難しくありません。大人数の攻撃によって追い詰めれば、炎日騎士部隊を防衛部隊から引き抜くことも可能でしょう」
 次に、ハールに仕える3将の戦鬼騎士サラシュリ。
 彼女はフェーミナ騎士団の騎士3名を補佐に、炎日騎士部隊を率いて要塞の最前線で警戒活動を行っている。
 指揮能力はなく性格も単純だが、それらを帳消しにして余りある戦闘力を有する強敵だ。挑発で誘い出すのは難しくないが、撃破には複数チームの連携が必須となるだろう。
 次に、3将の槍剣士アデル。
 彼女はフェーミナ騎士団と炎日騎士部隊の小隊による防衛部隊を指揮し、ヤルンヴィドの防衛を担っている。彼女や配下のフェーミナ騎士団は本国では戦犯扱いされる立場のため、手柄を立てて配下を国に返してやりたい一心でハールに仕えているようだ。
「アデルは大規模な襲撃を受けた場合は、騎士団の死者を減らすために、自ら先頭に立って戦う性格の持ち主です。彼女を前線に引き出せば、要塞への潜入は容易になるでしょう」
 次に、3将の策謀術士リリー・ルビー。
 ハールの腹心で、アスガルドとの調整や情報工作を担当する将だ。
「戦闘能力こそ低いリリーですが、その政治手腕は侮れません。仮にハールを撃破しても、彼女が生き残っていれば比較的短い時間でエインヘリアルと攻性植物とのパイプが復活する可能性があります」
 リリーは直属の魔法兵と執務室に籠っているが、襲撃を察知すれば自身の安全を最優先に行動する。発見するには、彼女の行動を予測して罠を張らねばならない。配下の魔法兵達は文官で戦いにも不慣れなので、一旦戦闘にもちこめればリリーの撃破は容易だ。
 そして、第二王女ハール。
 彼女は護衛と共に要塞の奥に隠れており、迎撃に出て来ることはない。
 配下であるアデルらに迎撃を命じはするが、それはあくまで攻性植物の援軍が来るまでの時間稼ぎ。その役目さえ果たせれば、全滅もやむなしと考えているようだ。
「警備の厳重な場所を辿れば、ハールの居場所を掴むことは難しくないでしょう。ですが、彼女はエインヘリアルの王族。やり合うには相応の戦力が必要です」
 多くの戦力を集中させるか、緻密な作戦で追い詰めるか。
 はっきりしているのは、いずれの作戦においても、綿密な連携と意思疎通が必要不可欠ということだ。
「東京都民と大阪市民の命を守るためにも、ハールを討たねばなりません。サフィーロとの決戦に勝利したばかりですが、今こそ彼女との因縁に決着をつけましょう」
 そう言って、ムッカは作戦の説明を終えた。


参加者
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
朧・遊鬼(火車・e36891)
田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)

■リプレイ

●一
 攻性植物との地球同時侵攻を策謀する、第二王女ハール。
 その目論みを打ち砕くため、いまケルベロス達は大阪の地を疾駆していた。
 ハール撃破のチームと別れて陽動班24名が目指すのは、要塞ヤルンヴィドの中央区域。目標は司令官インスペクター率いる敵本隊の陽動だ。
「さあ皆さん、張り切っていきましょー!」
 小さな拳を突き上げて、先頭を行くのは朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)。
 中後衛の仲間と共に隠密気流を発動した環は、前方にそびえる中央区域を凝視しながら、一直線に駆けていく。ハールへの援軍を阻止すべく、全身に気合を漲らせて。
「グラニテさん、今日も頼りにしてますよ!」
「んっ。増援、びしっと止めて見せるぞー!」
 グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)は割り込みヴォイスを活性化し、同行する2チームを見やった。絆を結んだ旅団仲間のオウガに、降魔拳士の青年。いずれも表情が分かるくらいには近い距離から、ぶんぶんと手を振る。
「よろしくなー! 頑張ろうなー!」
「ダモクレス相手に大暴れ、そして破壊工作か。おじさん血が騒いじゃうよ」
 いっぽう、帽子を目深に被るスウ・ティー(爆弾魔・e01099)は、玩具を前にした少年のように黒い瞳を輝かせる。
 その目が見据える先には、要塞周辺に展開するデウスエクスの群れがあった。
「攻性植物化した機械……警戒中の索敵ユニットかな」
「ええ。大阪城潜入調査で確認された『オーズボーグ』と呼ばれる個体のようです」
 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)は物陰に身を隠し、敵の様子を伺う。
 植物と機械が融合した箱型の体には、ロケット砲やシールドに加え、撮影用機材と思しき装置を付けている。あれで周囲を監視しているのだろう。
(「全チームの進路上に数体ずつか。隠密での突破は無理そぉだな」)
(「仕方ないですね、片付けちゃいましょう!」)
 朧・遊鬼(火車・e36891)の横で、環がブラックスライムを装着した。
 警戒中の敵に見つかれば、隠密気流の効果は消えてしまう。環は他班の人形遣いと合図を交わしながら、奇襲の用意を整えていった。
「ここからは時間との勝負だね……」
 クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)はケルベロスチェインを展開し、戦いの準備に入った。
 ――どうか、みんな無事で帰れますように。
 そんな彼女の思いに応えるように、新調した番犬鎖は頼もしい重みを伝えながら、守護の魔法陣を描き始める。
「さあ、やろう。私達の仕事を、全力で!」
 その一言が、合図。
 クラリスの鎖が魔法陣を描くと同時、奇襲は開始された。
 グラビティの発動を感知し、振り向くオーズボーグ。だが番犬の刃はそれより早い。
「まずはその動き、止めてもらいますよ!」
「敵は4体、一気に仕留めましょう!」
 光の麻酔弾を発射する田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)。直撃を受けた後衛の1体を、環がケイオスランサーの刺突で葬り去る。
「先手必勝、いただくよっと」
 不発式の機雷を礫に、前衛の2体へ制圧射撃を浴びせるスウ。その後方では、グラニテが叩き込むグラインドファイアを浴び、中衛の1体が一歩早く爆散していた。
「みんな気をつけてなー! 敵本隊が気付いたみたいだー!」
「急ぎましょう。すぐに増援が来ます」
 かごめのスパイラルアームが、遊鬼のグラインドファイアが、前衛2体を撃破した直後、敵襲を告げる警報が中央区域に鳴り響く。
『ケルベロスと思しき敵性存在を多数確認』
『アパタイト・アーミーは戦闘強制ユニットを護衛とし、量産型を連れて迎撃に当たれ』
「他の班も大丈夫ですね。いざ、敵を蹂躙しましょう」
 ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)は星辰の剣を掲げて星座の加護を高め、戦闘準備を完了。彼の赤い瞳が映すのは、前方から迫る敵の迎撃部隊だ。
「叩き潰してやる、ダモクレス!」
 感情の荒ぶる口調で、猫の尻尾をピンと立てる環。
 進撃する番犬達を阻止せんと、隊列を組んだ敵本隊が襲い掛かってきた。

●二
「敵影多数、かなりの数です。気をつけて」
 迫り来る敵の軍勢を凝視し、かごめは敵の内訳を告げる。
 指揮官と思しき緑色の二足歩行ユニットが率いるのは、顔面にバイザーをはめた女性型のダモクレスが3体と、寄生操作型の量産機が40体。
 配下はいずれも、人間の死体を用いた外付け型のタイプだった。
『量産型を放て』
 バズーカ砲を構え、指揮官機のアパタイト・アーミーが護衛達に言う。
『戦闘データが必要だ。全て壊して構わん』
「惨いことを……許しません!」
 怒りに燃えるマリアのライジングダークが、戦闘開始を告げた。それと同時、機械に換装された四肢を回転させ、量産型が雪崩をうってケルベロスの隊列へ迫る。
「皆さんの助けになりますよう」
 絶望の黒光を浴びた盾役の量産型が次々に爆散するも、その勢いは衰えない。
 環は指揮官のバズーカからグラニテを庇うと、緑に光る球体兵器を拡散。射程内に収めた量産型の群れを、残らず電磁波で包み込んだ。
「私の縄張りにようこそです!」
 妨害に優れる量産型の群れが、攻撃が当たる傍から弾け飛ぶ。
 環の射程を逃れた量産型のスパイラルアームが殺到、防御を削がれるローゼスとかごめ。クラリスはキュアウインドで彼らを癒しながら、要塞の周囲を伺った。
(「オーズボーグが、どんどん湧いてきてる……」)
 敵側は新手の奇襲を警戒しているのか、網目のような警戒網を中央周辺に巡らせ始めた。襲撃してくる気配こそないが、撮影レンズはしっかり向けてくる。
 迎撃部隊の全滅は想定内なのだろう。死ぬまでに少しでも実戦データを得て、ケルベロスの戦力を削げれば上々――それが司令官インスペクターの意向に違いない。
 上等だ、とクラリスは思う。
「ちょっとやそっとの攻撃じゃ、私達は壊されないんだから!」
「目標、敵前衛。マルチプルミサイル発射」
 息を合わせて放つかごめのミサイルが炸裂し、ガントレットを構える護衛達が麻痺で倒れこむ。すかさずスウが敵後衛へ投擲するのは、絶対零度の手榴弾。回復支援の態勢を取った量産型が、炸裂する手榴弾を浴びて粉微塵に吹き飛んだ。
「よーし、行くぞー!」
 グラニテは前衛に残った量産型を射程に収め、エレメンタルボルトの力を解放した。
 ボルトの属性は『無色』。
 これから何色にでもなれる、無限の可能性を秘めた属性は、濁りない力で一切の容赦なく暴れ狂い、量産型を残らず粉砕していく。
「敵の要塞はいまだ先。消耗を抑えましょう」
「うむ。これで終わりの筈もないだろうしな」
 ローゼスが描く星座の守護を受けた遊鬼は、ひび割れたアスファルトに氷結輪の力を注ぎながらヤルンヴィドを見た。すでに中央区域の随所には、敵の防衛部隊が集結しつつある。徹底的に守りを固め、拠点を死守する気のようだ。
(「リリー・ルビーが逃げて来る様子はなさそうだな……」)
 遊鬼はかぶりを振ると、ナノナノのルーナに仲間の治療を命じて、地面に『魔法の霜』の領域を展開する。
「さぁ、俺と遊ぼうではないか……逃がさぬぞ?」
 狙いに優れる後衛から放つ一撃は、しぶとく残った回避能力の高い量産型を残らず粉砕、氷の粒へと変えていった。
 残るは指揮官と護衛のみ。
 戦闘開始から、10分が経過しようとしていた。

●三
 ケルベロスの攻撃が、指揮官機と護衛に襲い掛かる。
「トラウマに苦しめっ!」
 環は惨殺ナイフを掲げ、負傷の深い護衛を刀身に映した。
 残る4体は全て高火力の前衛だ。回復を放棄しガントレットを構える護衛めがけ、マリアが神鎖抑制閃弾を発射。麻酔弾が直撃し、護衛の頭部を粉砕する。
「これで、残り3や!」
「スパイラルアーム、起動」
 かごめは回転機械腕で指揮官機と切り結びながら、ちらりと要塞に視線を送る。
 司令官インスペクターが姿を見せる気配はない。要塞の奥で指揮を執ることで、万が一のリスクを排除する気なのだろう。
「私達が大阪城勢力の情報を掴めたのはハールのおかげ。ご存知ですか?」
『ターゲットロック。発射』
 用意したブラフをちらつかせるも、指揮官機は砲撃で応じるのみだ。かごめはすぐに作戦を切り替え、機械腕の刺突で指揮官の装甲を剥いでいく。
「指揮官は私が押さえます。皆さん、ダメージの大きい護衛を先に!」
「ひとつ、ふたつ。繋いで、結んで」
 クラリスの指先から生まれるのは、『星空の裁縫師』の小さな光。光は輝く線となって、ローゼスの傷を瞬く間に塞いだ。
 息を合わせ、ローゼスがメインブースターを起動。ゾディアックソードの切っ先を護衛の1体に定め、高速機動の態勢を取る。
「誇りと栄誉を賭して、その首頂戴する」
 刹那、一陣の赤い風が戦場を駆け抜けた。
 『Aimatinos thyella』。加速から繰り出す一撃が、護衛の首を一閃のもとに刎ねる。
「おじさんの悪巧みに付き合って頂戴よ」
 追撃で護衛と指揮官にジグザグの傷を刻むのは、スウがばら撒く透明化機雷の爆発だ。
 なおも武器を構え抗戦を続けようとする敵へ、グラニテと遊鬼が立て続けに迫る。
「わたしが歩んできた世界。たしかこんな感じでなー、それでそんな感じでー……」
「逃がさんと言うたぞ」
 グラニテの描き出した銀世界の幻想が、指揮官機を消滅させた。
 続けて遊鬼のマジックミサイルが護衛の頭部へと直撃し、これを葬り去る。
「んっ。迎撃部隊、撃破完了だー!」
 戦闘の勝利を高らかに告げるグラニテ。程なくして迎撃部隊を全て撃破したケルベロスは再びヤルンヴィドへの進撃を再開した。
 今や中央区域は固く門を閉ざしている。不気味な白い顔が並ぶ要塞の随所にはダモクレスの防衛部隊が展開し、外にはオーズボーグが警戒網を張り巡らせ、蟻の一匹すらも通さない厳戒態勢だ。
「迎撃が来ない……籠城する気かな」
「別働隊の奇襲を警戒してるんだろうね。いいねえ、ガード硬いとやる気出ちゃうなあ」
 番犬鎖の魔法陣で前衛を癒すクラリスに、気力溜めを飛ばして答えるスウ。
 そんな一行の前方で、外壁の砲台が重い音を立てて動き始めた。
 インスペクターはヤルンヴィドの防衛を優先したらしい。それは即ち、ハールへの増援を放棄することと同義だ。メインブースターをふかしたローゼスは要塞の奥を睨みつけ、未だ姿を見せない司令官に言葉を投げる。
「貴様等には、今暫しの間だけ踊っていて貰おうか」
 標的たる敵部隊や砲台までは、かなりの距離がある。近距離攻撃は届くまい。蹂躙すべきは点よりも面……破壊光線による攻撃か。
(「ここからが本番ですね」)
 すべき事はただひとつ。敵本隊をここで食い止めること、それのみだ。
 すなわち、3チームで要塞への一撃離脱を繰り返し、1秒でも長く足止めする。
 命を賭して戦う仲間達が、ハールとの決着をつけるまで――!
「侵攻、破壊、威圧せよ!」
 加速するブースター。轟く砲撃。
 要塞ヤルンヴィドを挟んで、ケルベロスとダモクレスが戦の火花を散らす。

●四
「突撃! 突撃!!」
「みんなー、いくぞー!」
 ローゼスに守られながらエアシューズで疾駆するグラニテが、砲弾の雨を潜って突撃。
 摩擦熱を帯びた蹴りで砲手の量産型を粉砕、ヤルンヴィドの空気を衝撃で揺さぶる。
「どうした! この程度かダモクレス!」
 体の芯まで響く着弾の衝撃に耐えながら、ローゼスは戦場を駆けた。
 ブースターで加速し、サジタリウスコールを発射。滅びの光に貫かれた量産型が爆散し、迎撃の間隙が生じる瞬間を、環とかごめは見逃さない。
「いやっほー! ぶっ壊してやるよ!」
「攻撃を合わせます。叩き込んでやりましょう」
 要塞の支援兵器をケイオスランサーで粉砕し、背徳感と高揚感に小躍りする環。その隣で氷結輪を射出して指揮官機の1体を切り刻むと、かごめは仲間達へ合図を送る。
「皆さん、そろそろ頃合いです」
「ひとつ、ふたつ。繋いで、結んで――よし完了、行こう!」
 砲弾を防ぐかごめを『星空の裁縫師』で癒し、敵の射程から外れたクラリスと仲間達は、間を置かず再攻撃の準備を開始した。
 隠れて近づき、射程に収めた要塞を攻撃し、再び隠れては接近して攻撃。
 一糸乱れぬ連携で波状攻撃を浴びせる3つのチームに、足並みの乱れは全くない。鈍重な獲物をついばむ猛禽のごとく、情け容赦のない砲火でヤルンヴィドの敵兵を、設備を、手当たり次第に破壊していく。
「皆さん。外壁に異変があると連絡が」
 同行チームからの連絡をマリアが伝えてきたのは、その時だった。
 彼女が指さしたのは、要塞の外壁にある顔面だ。スウはそれを凝視するなり、愛用の爆破スイッチを手の内で遊ばせて笑う。
「……へえ。面白そうだねぇ」
 直感が告げていた。この要塞、まだ何か秘密がある。
「隠しごとは暴きたくなるのが、人情ってやつだよね」
 スウは顔面付近の砲弾が炸裂する外壁一帯へ、ありったけの機雷をばら撒いていく。
 ケルベロスの攻撃が集中し、少しずつ剥がれていく外壁。
 亀裂を巻き込むように黒太陽の光を照射するマリア。そこへ遊鬼が放つは青い鬼火だ。
「さて、鬼の言うた色を持っておらぬ者の末路を教えてやろう」
「派手にやっていいってさ。とことん征こうじゃないか」
 指揮官機を巻き込み炎上する外壁を、スウの機雷が取り囲む。
 そして――スイッチオン。
「さあ、でかい花火をあげようか」
 爆炎が咲き乱れ、砕け散った外壁の顔面へ、更なる砲火が殺到する。
 ゆっくりと晴れる煙幕。その向こうに見えたものに、マリアとスウは息をのんだ。
「あの顔面模様……まさか!?」
「なるほど。大した玩具を隠したもんだ」
 顔面の亀裂から露出するのは、グラビティで動く機械だった。それはヤルンヴィド外壁の一部が、巨大なダモクレスであることを示すもの。
 傷ついた顔面が妖しげな光を放つと同時、秘密を暴かれた怒りとでも言わんばかりに、砲台が立て続けに轟音を響かせる。
「おや、もっと派手な花火を御所望かい? 腕が鳴るねえ」
 スウは愉快そうに笑みを浮かべ、仲間達と攻撃を再開。
 敵本隊を相手に、更なる戦闘を続行するのだった。

●五
 それから暫し攻防が続いた頃、騒ぎは要塞の西側で起こった。
「皆さん、別動隊が脱出しました!」
 環の耳が拾ったのは、紛れもない仲間達の足音と声。
 戦いは終わったのだ。果たしてハールは討てたのか。リリーは、他の将達は……。
 聞きたいことは山ほどあった。しかし今は最優先すべきことがある。マリアとクラリスは戦闘不能者がいないことを確認し、ただちに離脱準備を整えた。
「潮時です。退却しましょう」
「そうだね。私達も要塞の事を報告しよう」
 こうしてケルベロス達は敵本隊の攻撃を振り切ると、ヤルンヴィドから退却していく。
 皆で戦って掴んだものが、揺るがぬ勝利である事を信じながら――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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