第二王女ハール決戦~戦のまにまに

作者:沙羅衝

「みんな、集まってくれて、有難うな。そんで、まえの第九王子サフィーロとの決戦も良うやってくれたで」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)は、集まってくれたケルベロスに、笑顔でその労をねぎらった。
 ケルベロス達は、前回の戦いでブレイザブリクを完全に支配下に入れることに成功した。そして、エインヘリアルの本星に繋がるアスガルドゲートの探索が開始されたのだ。
「当然、エインヘリアルが大人しくしてるわけが無いわな。フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)ちゃんの予測とかから、ホーフンド王子勢力から『サフィーロ王子の裏切りによるブレイザブリクの失陥』という報告もされてる。せやから、ブレイザブリクを奪取する為の軍勢を起こすのは間違いないやろ」
 それもそうであろう。何もしてこないわけがない。ケルベロス達は各々が思うように頷く。
「で、追加情報や。大阪城の攻性植物勢力が、軍勢を整えて侵攻の準備をしとるらしい。アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)ちゃんの調査によると、エインヘリアルのブレイザブリク侵攻に合わせて、大阪城からも侵攻を行うっちゅう合同作戦っぽい。
 エインヘリアルと攻性植物はずっと戦ってるわけやけど、最近うちらを共通の敵としてる事により、その対立は緩和してきとるからな……。それに、大阪城のハール王女は、ホーフンド王子に援軍を出したりもしてるわけや。正直、この合同作戦は可能性が高いっちゅうことになる」
「敵の敵は味方……、ね」
 ひとりのケルベロスの反応に、そういうこっちゃと絹は頷き、また、説明を続けた。
「でもや、うちらも色々調べとる。どうやら、大阪城側の準備はまだ整ってへんらしい、っちゅうことも分かった。せやから皆には、複数のルートから大阪城勢力に攻撃を仕掛けて欲しいっちゅうのが、今回の依頼や。その共同作成が実行されんうちに、相手がもたもたしてるうちに、ぶっ叩くんや」
 敵はまだ統率が取れていないという事だった。ならば、その隙を付く。そういう作戦である。
「まず、大きな敵は『エインヘリアルの第二王女・ハール』。これは、間違いないわな。撃破できたら合同作戦もしばらくはできへんやろ。もし撃破できへんくても、攻性植物勢力の『ハール王女への信用』は大きく下がる。ちゅうことは、これもまた、合同作戦を邪魔する事にも繋がる。やって損は無いわけや。それにその結果、もし攻性植物勢力がハール王女を処断したらエインヘリアルと攻性植物はしっかりと対立する事になるやろ。ほな、こっちにとっても願ったり叶ったりやな。場合によったら、ハール王女を攻性植物勢力の手で排除させる……なんて事もできるかもしれへんで」
 元々エインヘリアルと攻性植物は敵同士である。そうなった場合は、合同作戦どころでは無いはずだ。
「あと、このハールちゃんは、うちらがめっちゃ邪魔してるから、どうやら最前線の防衛拠点の守護を自ら任されているみたいや。まあ、有力な王女を最前線に据えるなんて、普通は考えられへんけども、それだけ、エインヘリアルからしたら失態続きの駄目王女扱いってとこやろな……。ほんで前、自分の軍勢をホーフンド王子の援軍に送ってしもたわけや。戦力もかなーり削られてる」
 ハール王女の心境やいかに……。と言ったところであろう。ケルベロスは、ほんの少しだけ、彼女の立場を考え、それぞれに反応を返した。
「で、その最前線の防衛拠点『要塞ヤルンヴィド』はダモクレス勢力の城塞なんよ。せやから、ハールちゃんの部隊とは別に、ダモクレスの軍勢もおるってことは、頭に入れといて」
「ということは、そのダモクレスとハール王女の分断が必要?」
「そうなる。分断する方法は二つ。戦闘によって物理的に距離を取らせる方法と、心理的な間隙を生む策略がある。両方の組み合わせもありやろ」
 絹は、全体の作戦を伝えるために、タブレットをもう一度確認しながら説明する。確かに今のハール王女の立場を先程の情報と合わせて鑑みると、隙はありそうだ。
「ほなま、とりあえず作戦の概要と、敵の詳細やけど、うちらは大阪城を護る『要塞ヤルンヴィド』に乗り込むことになる。さっき言った様に、ハールちゃんの他に敵はおるで。
 まずこの要塞の司令官であるインスペクター・アルキタス。別情報やけど、第八王子強襲戦で戦った、氷月のハティ、炎日騎士スコルは、この要塞の指揮官やったみたいやな。要塞の防衛部隊の、炎日騎士部隊はハール軍に加わってるみたいやけど、どっちかっちゅうと、このインスペクター・アルキタスの命令のほうが優先されるらしいわ」
 絹の説明に、ケルベロス達は情報を整理し始める。
「ハールちゃんは要塞の西側の3分の一を担当してて、護衛で、フェーミナ騎士団騎士、フェーミナ騎士団員に護られてる。
 で、その他に要塞にいるハール配下の有力な敵は、戦鬼騎士サラシュリ、槍剣士アデル、策謀術士リリー・ルビーの3体。それぞれがそれぞれの立場でそこにおるで。
 戦鬼騎士サラシュリは、戦闘狂で脳筋で指揮能力などは皆無やけど、戦闘能力は高い。
 炎日騎士部隊を率いてて、最前線で警戒活動をしとるで。サラシュリに指揮能力が無いから、3名のフェーミナ騎士団騎士が補佐にあたっているようやな。
 槍剣士アデルは、3人いた副団長の1人で唯一の生き残りになる。多くの戦いや戦争に従軍して生き延びた古強者でもあるな。
 指揮能力は低くないんやけど、多くの敗戦で自信を失っとって、行動が消極的で防御的になってるみたいやな。あと、主君のハールの行動に疑問を持ち始めているみたいやから、忠誠も揺らいでる。でも、部下の騎士団員達を無事にアスガルドに帰還させる為に、ハールに従ってるらしいわ。現在の騎士団は、フェーミナ騎士団騎士を小隊長にして、フェーミナ騎士団員と炎日騎士部隊の混成部隊5名が付き従う『小隊』ごとに役割分担をしながら、要塞の防衛を行ってるらしい。
 策謀術士リリー・ルビーは、ハールの腹心で、アスガルドの情報工作も担当しとる。ハールを撃破しても、リリーが残ってたら、比較的短い時間でエインヘリアルと攻性植物とのパイプが復活する可能性があるで。逆に、ハールを撃破できなかった場合でも、リリーを撃破しとったら、実務を行う担当者が居なくなるから、連携が円滑に進まなくなる可能性も出てくる。
 いまは、直属のフェーミナ騎士団魔術兵と共に、自分に与えられた執務室で本国との調整などの仕事を行ってるみたいや。自らの身の安全を最優先にして行動するから、発見して撃破するのは難しいかもしれへんねんけど、配下が文官で戦闘に不慣れやからな。見つけれたら、撃破は難しく無いやろ。策謀術士リリーの行動を予測して、逆に罠を張る事が出来たら、撃破できるチャンスがでてくるで。
 あと、ハールちゃんは基本的に、ケルベロスの襲撃があっても、自ら前線に立つ事はない。要塞と大阪城の距離は近いからな。大阪城からの援軍が来るまで耐えるのが良策やと考えとるんやろう。
 槍剣士アデル達には迎撃を命じてるわけやけど、時間を稼げれば全滅してもやむをえないくらいの命令のようや。ま、さんざんこれまで邪魔したからなあ、うちらの事はあなどってへんってところかもしれんな。
 んで、彼女がいるのは要塞の奥のほうって所まで分かってる。そこまでの情報やねんけども、より警戒が厳しい所が居場所になる。逆算すればええ。上手いことやれば、彼女の撃破も不可能やないで」
 確かにハールの情勢は不安定のようだ。チャンスと言えばチャンスと言うことになる。
「要塞司令官のインスペクター・アルキタスは、要塞の中央と東側の担当になる。基本的には『量産型ダモクレス』による数の暴力や。当然うちらが襲撃すれば、応戦してくるで。
 王女の救援には積極的ではないんやけど、救援を行わないちゅう正当な理由が無い場合は、やむをえず救援をしてくるみたいやな。インスペクター・アルキタスが、王女に援軍を出さない程度に要塞の中央や東側に対する攻撃を仕掛ける事が重要になるやろう。ええ塩梅でな。
 後、中央を激しく攻撃した場合、要塞司令官の権限で、炎日騎士部隊を中央に援軍に来るように指令を出す可能性がある。そうすると、王女のほうは当然手薄になるわな。そんな感じで、戦場は複数あるけど、それぞれが色んな因果関係繋がっとる。そこを、うまいこと突けたらええな」
 ケルベロス達は絹の説明を反芻し、どう動くべきか考えた。単純に正面から挑むだけではなく、効果的な策を躍らせる程、それぞれの戦場の情勢が変わってくるからだ。
「まあ、ハールちゃんとの因縁っちゅうかな、それも長くなってきた。もうそろそろ終止符打ってあげよか!」


参加者
黒鋼・鉄子(アイアンメイド・e03201)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
上野・零(焼却・e05125)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
ジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーごさい・e79329)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ

●決意と共に
「さあてさてさて、敵さんは此方の狙いも知らずに突っ込んで行くようだねー」
 ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)は、一塊に集まった炎日騎士部隊が、アデルを打倒する為に要塞に入ったケルベロス達を追っていく様子を見て、そう呟いた。
 此処は『要塞ヤルンヴィド』の入り口である。姿を隠すための気流を纏っているそれぞれのケルベロス達も、その炎日騎士の様子を確認している。
「どうやら、うまく行きそうですね。と我々も……動き出す様子ですか」
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が、他の班の動きをみて言う。
 他の班とは、ハールを狙う為に集結したケルベロス達だ。
「策謀術士リリー・ルビー、か……。見つけれれば御の字。出来うるなら、早急に見つけて撃破したいが……」
 ただ、上野・零(焼却・e05125)の言う様に、此方の班の目的はリリー・ルビーだった。目的は違うが、要塞内に突入するにはハール強襲班と行動を共にする事になったのだった。目的はハールらがいる要塞の西である。
「……私達も続こう」
 空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)は、そう言って動き出す。どうやら、ハール強襲班の一つが切り込み隊となってくれるとの事だった。出来るだけ目的の敵の為に、消耗する人数は少ないほうが良いからという配慮からだ。
「さて、どんな子でしょうね? 是非探し出してみたいですね。……ふふ」
 ハール強襲班が動き出し、そして此方も続いて行く。ジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーごさい・e79329)は、今回の作戦をもう一度頭に入れながら、リリーを見つけた時の事を考えていた。
「残りは雑魚のようだな。それに、数がいる感じじゃあ無い」
 狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)が見る先には、要塞内部に突入するハール打倒を目指している班のうち、一つの班が先陣を駆け抜けていく姿。既に残っている敵はそれほど多くは無い。そして、そのチームが残敵を一掃していった。
『お見事なものでございます』
 黒鋼・鉄子(アイアンメイド・e03201)はその動きに、少し会釈を返し、仲間を振り返る。すると、全員が頷き返してくれた。此処からは別行動となる。それぞれの目的の為に、動いて行くのだ。
『では、我々はこのあたりで……。御武運をお祈りしております』
 鉄子はそう言い、彼らとは別の方向へと進み始め、仲間達もそれに続く。
「ここからは別行動だね。リリーはキミ達に任せた!」
 フェルディス・プローレットが、去り際にそう声を掛け、元気良く手を振ってくれた。
「はい。……行ってきます」
 そんなフェルディスの様子に、殿を務めていた死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が少しだけ立ち止まり、それだけを言う。そして黒衣を翻し、速やかにその場から離れる。
 お互いにそれ以上の言葉は要らない。お互いの作戦の成功の為に、自分達の役割を果たすのだ。
 こうして、これから益々激しくなるであろう戦場を、後にしていったのだった。

●目的と判断のはざまで
『やはり、アイズフォンは無効のようでございます』
 鉄子は仮面の中で、通話が出来ない事を知り、仲間に知らせる。ケルベロス達は槍剣士アデル達と情報を交換し合おうという作戦も立てていた。とは言え、アイズフォンは駄目元であったのだが、やらないよりはやってみたほうが良いだろうという判断からだった。
「……じゃあ、予定通り11分で合流に向かうという事になるね」
 零が言う11分とは、そのアデルを狙う班との作戦である。ケルベロス達はリリー捜索の為の時間を区切った。
「あちらの班がうまく行っていれば良し……ですね」
 赤煙の言葉を最後に、ケルベロス達はリリーが潜んでいそうな場所を捜索し始めた。敵に見つからないように、出来るだけ言葉を発せず、予め決めていたハンドサインでやり取りを行いながら。
「駄目だね。中々見つからない」
 ナクラは、ナノナノの『ニーカ』と共に探しながらも手がかりが得られず、刃蓙理に小声で話しかけた。
「まず見つけるのは……魔術兵の方です。……その付近に必ずいる筈……」
 リリーには、文官のフェーミナ騎士団魔術兵がいるはずだ。その兵を探すという事も一つの手であるはずだ。
「何か話に聞いてるイメージだと、リリーっていうのは保身命っていうか。見た目よりかなりサバイバーだよな。でもって、上司に恵まれないと即死亡フラグってか……。ストレスフルで早死にしそー」
 ナクラがそう呟いた時、熾彩がすっと手でサインを送ってきた。
(「敵ですね。ただ、あれは……」)
 物陰から様子を見ているジルダリアは、思考の隅にある敵の姿と目の前にいる敵の姿を比べる。見えたのはフェーミナ騎士団だ。
(「違いますね。やり過ごしましょう……」)
 ジルダリアは他のメンバーにそうハンドサインを送ろうとする。しかし、
 彼女の背後でドサリという音と共に、フェーミナ騎士の一人が絶命して倒れた。
「……隠密気流もこう四方から敵が来るようだと、あまり役に立ってないみたいだな」
 いち早く近づいてくる敵をジグと赤煙が、葬り去ったのだ。
「その様ですね。ここは敵の中枢。要塞内だからと言った所でしょうか……」
 隠密気流は非戦闘時に役に立つ能力である。そして此処は既に戦場である。ケルベロス達は隠れながら行動してはいるが、想定していた以上の敵に遭遇しては、撃破していく必要があった。
 それ故、思ったよりも素早い捜索を行うことが出来ないでいた。それでも、諦めずに捜索を続ける。
「書物や電子媒体もなし……」
 刃蓙理が一つの部屋に侵入し、情報を探すが、めぼしい物を見つけることが出来ないでいた。
「メモらしき物もありませんね。『晩ご飯はカレーがいいな』とか『今晩、消灯後に裏の公園で逢いませんか』とか書かれてたら、一気に脱力しちゃいそうだったのですが……」
 残念な表情のジルダリア。そして、赤煙が問う。
「時間はいかがですかな?」
『10分と11秒、12秒、13秒……でございます』
 鉄子が正確に時間を読み上げる。もう時間が無い。
「どうする? 言ってたあれ、やってみる? 今敵はいないし、カメラもないみたいだけど?」
 ナクラが刃蓙理に尋ねる。予め作戦を立てていた。そして、それを知っているケルベロス達が様子を確認する為に、周囲に注意を払う。頷く刃蓙理。そして息を思いっきり吸って叫んだ。
『リリー・ルビー様、ならびにフェーミナ魔術兵の方々、アデル様の命令により安全の確保に参りました!』
 そして、耳を澄ませ、反応が無いかを注力して探る。
「反応は、無い様だな」
 だが、何かが動く様子を感じる事は出来なかった。熾彩がそう言って頷く。
『11分経過にございます』
 鉄子が無常にも時を告げる。約束の時だ。
「……残念だけど。臨機応変に行かなければ行けないね」
 零が、切り替えるように言う。
 目的はリリーの捜索であったが、他チームとの約束もある。ここで此方がその通りに動かなければ、連絡手段がない今、全体の作戦に影響が出てしまう可能性もあるのだ。
「まだ、何も終わっていません……参りましょう」
 赤煙がそう言って皆を促して行く。
 こうして、リリー捜索班は、捜索を切り上げてこの場所に背を向けたのだった。

●為すべきこと
 ケルベロス達は、足早に、そして敵に見つからないように注意を払いながら、要塞内を進んで行く。アデル打倒を目指している班の場所へと向かうのだ。(「彼女にはハール王女を見捨てる選択肢もあるようですが……さて。忠義を貫くというなら敵ながら天晴れなのですが……」)
 刃蓙理は捜索を断念したリリーの事を考えていた。このまま取り逃がすという可能性もあるからだ。
 だが、一つの声が、彼女の思考を止める。
『皆様、ご奉仕の時間でございます』
 そう言った鉄子は、走る速度を目一杯に速めた。そのまま最高速で疾走しながら腕に装着している弩に素早く矢を番える。戦闘の音が激化している事をいち早く感じたのだろう。
 他のケルベロスたちも、この瞬間リリーの捜索をきっぱりと諦め一直線に突き進む。まだ為すべきことがあるからだ。
 そして、目指す戦場が見えた。
「これはいけません。……ですが」
「……手遅れではない、かな?」
「その通りです」
 赤煙が唸り、彼の言葉を零が返した。
「こういった情況もまた、血が騒ぎますね。……んふふふ」
 ジルダリアが、周囲に冷たい空気を纏い始める。
「見たかんじ、回復のほうは俺だけで、皆は……」
「うん。このまま行きますね。迷うことは?」
 ナクラの言葉の先を読み解き、刃蓙理が、最終確認だけをする。
「問題ないな」
「無い。いくぜ!」
 熾彩とジグがグラビティの集中を極限まで高めた。

『……凍て付き、眠れ』
 熾彩が織り成した言葉は言霊となり、巨大なランスを持ったエインヘリアル『槍剣士アデル』に向かい放たれた。
「新手か!?」
 しかし、熾彩の殺気にいち早く気がついたのか、冷気が襲った地点には、彼女は存在しなかった。
 だが、そこに隙ができる。
『この一矢が死に至るものであることを知りなさい――――ガルド流冥弩術”冥土送り”』
『冷たき北風よ、唸り逆巻き……かの者を氷の帷に閉じ込め給え。』
 鉄子の氷結の螺旋を込めた矢を、ジルダリアの創り出した永久凍土の凍える北風のような突風が後押しし、アデルの腰に突き刺さる。
「ぐ……」
 かなりのダメージに加え、ジルダリアの氷の力による瞬時なる凍結の力が発動している。
「喰らえ!!」
 其処に上空からジグが飛び込んでいく。チェーンソー剣『骸音・【死神熱破】』をただ勢いのままに叩き付ける。
 ガイィイィイン!!
「舐めるなよ……!!」
 ジグの回転する刃と、アデルの巨槍がぶつかり合い、勢い良く火花と音が弾ける。
「雑魚……じゃねえな。おもしれえ!」
 ジグは心底楽しそうな表情を浮かべて、その場を譲るべく体を翻す。
『くらって泣いとけ……Sludge Bomb。』
 ケルベロス達の攻撃はまだ終わらない。刃蓙理がアデルを中心に、ヘドロの球体を墜とし爆散させた。威力は低いが、ひとたび喰らえば、体内を侵食し、行動力を奪って行くのだ。
「小賢しい!」
 アデルは忌々しげに頭を振り、ケルベロス達を睨む。
「とは言え、まだ、何も終わっていません」
 そこにすっと現れたのは赤煙だった。
『喝ッ!!』
 掌からアデルに自身の『気』を送り込む。彼女自身の『気』に逆に干渉することで、それまでかかっていた力を崩して行くのだ。
 そして、続けざまにここが勝機と見た、今までアデルと対していたケルベロス達も、最後の力を振り絞って立ち上がり、攻撃を仕掛けていく。
 ケルベロス達の多重攻撃に、ここまで奮闘していたであろう槍騎士も、前後不覚の状態となる。
「……悪いが……、君には此処で消えてもらう」
 そしてあわせて零の声が木魂する。
「何だと!?」
 朦朧とするアデルが見ている方向には、全身から蒸気が立ち昇っている零の姿だ。彼は皮膚と髪を除いた部位を全て地獄へと換えているのだ。
『―――これが地獄だ』
 瞬時にして彼が駆け抜けると、アデルの体は地獄の炎で包まれたのだった。
 その時、一つの旋律が、戦場を包んだ。
『Another night slowly closes in――』
 ナクラによる歌唱である。その唄は、寒さや恐怖から震える心を支え、何処でも、そして何時でも共に居る事を謡っていた。その力は一人のケルベロスに注がれたのだ。
「さあ、いってらっしゃい。俺たちは、決して此処を退かないから、大丈夫」
 仲間たちに伝えたのは勇気という名の、一歩突き進む為の力だ。あわせて、ニーカがバリアを中間達に張り巡らせる。
「……この、私……が!?」
 負けるのか? と続けようとしているのだろうが、もう余り声になっていない。彼女はそう言いながらも膝をつき、己の現状を否定する。
 すると瀬戸・玲子が銃口を向ける。
「……すぐにハールもそちらに逝くよ。君は、仕える主を間違えた。仲間を信じた私たちの……勝ちだよ」
 最期の引き金を引く玲子。その音は、戦いに終わりを告げる音となったのだった。

 アデルを撃破したあと、ケルベロス達は再びリリー捜索に向かっていった。アデルを討った何人かのケルベロスもまたリリー捜索を手伝ってくれたが、結局最後まで、リリーを見つける事は出来なかった。
『全員、この要塞から撤退とのことです』
 他の班からの情報を、鉄子が仲間達に伝える。
「ま、最低限、かな」
「でも、戻ってきたのは、正解だったのだろう」
 ナクラの言葉に、熾彩がそう返した。熾彩が言う様に、あの状態のままだと、アデルを討ち取る事は難しかった可能性が高かった。
「彼女のこれからの動きは気になりますが、一つのチームを救えたという事は、成果でもありますからな」
「ええ。それに、次の機会がありますよ」
 赤煙とジルダリアが顔を合わせて頷く。少しほっとした表情でもあった。
「次は、必ずだな」
 ジグもまた、拳を握りながら決意を新たにする。
「……出口だね。兎に角、無事に帰って来れたって事です。……それは、喜ばしい事ですから」
 零が見た先には、明るい光。この要塞に入ってきた場所であった。
 話によると、一緒に入ってきたハールも、討ち取れたそうだ。
 ケルベロス達は、一緒に入ってきた入り口を見て、その彼らの事を少し思い出し、我が事のように嬉しさを感じた。

 その光からは外気を感じる事が出来た。
 リリー・ルビーの捜索は、残念ながら達成する事はできなかった。
 だが、あちらが終わっていないように、此方もまだ終わっていない。
 生きている限り、次の場は訪れる。
 ケルベロス達はその事を確認しながら、新鮮な空気を目一杯吸い込んだ。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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