ミッション破壊作戦～風を感じ雲を見て雨を知る

■リプレイ

●記憶が薄れて行く島
　島には異形の植物が繁茂し、吸い込めば肺が腐ってしまいそうな毒ガスが漂う、もととはまるで違う世界のように作り替えられているように見えた。もとと変わらないのは空と海、そして島の輪郭線ぐらいだろうか。
「全部、攻性植物がやったことでしょうか」
　ヘリオンを飛び出して降下を開始した、帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）は攻性植物の侵略を許してしまった悔しさにグラディウスを握り絞める。
　放置すれば島の外へと侵略は広がっていく。
　被害が島内に留められているのは、多くのケルベロスたちが侵略を食い止めているから。
　降下を開始してしばらく。
　地表との距離が狭まるにつれて、魔空回廊を防護するバリアはどんどん大きく見えてくる。
　――そんなことをしても無駄だよ。またすぐに元通りになる。
　そんな声が聞こえるような気がしたが、翔は心惑わされない。
「僕は諦めません。自然とは、多くの命の共生によって成り立ちます！　動物も、植物も、共に生きてこその自然なんです！」
　食べたり食べられたり、傷つけ合う関係があったとしても、それはずっと昔から定められていたこと。
　定めが形作られるには理由があり、歴史がある。
「それを後からやって来て、もとからある営みをないがしろにして、自分だけが繁栄しようとするなんて……てめぇは、単なる害獣だ！」
　美味しいところばかり食い散らかし、世界の寿命を縮め、食い尽くして己の繁栄さえ得られれば、素知らぬ顔で別の世界に飛び去って、同じことを繰り返す、蝗の如き害獣。そんな惨状が起こっているような気がして、翔は決意を新たにする。
「害獣は駆除してやる！　そして、死んでいったこの島の生き物や本当の植物に懺悔しやがれ！」
　間近では、巨大な壁にしか見えない、バリアを目掛けて、翔はきつく握ったグラディウスを振り下ろした。
　瞬間、朝の空に閃光が広がる。
　もとからいた動物はもう絶滅してしまっているかも知れない。続いて怒りを孕んだ衝撃波が大気を揺さぶった。
　これがこの日の初撃だった。
　グラディウスとバリアの接触を起点に発生した火球は急速に膨張して数秒後にはその形を維持できずに崩れ始める。上昇しようとする火焔と地面に向かって落ちて行く火焔がブロッコリーの如き形状を作り出す。

　姫神・メイ（見習い探偵・e67439）は全てを焼き尽くさんとする炎が広がる様を見つめていた。
「森は攻性植物たちだけの物ではないのよ――」
　人間だけのものでも無いが、かつての住人は、少なくとも、自然のバランスを理解して、共生していた。
　人間の営みが終了した後、この野崎島で増えた鹿が食べられる植物を食べ尽くして、生存に厳しい環境になったことからも推測できる。
「自然の動物たちだけが平穏に暮らす、それが理想の島の成り立ちよ」
　そのように環境が変わった野崎島でも、植物と動物の力関係は再び拮抗して、新たな調和ができあがっていた。しかし今、島に蔓延る、攻性植物リィ・サシティションは毒ガスによって、動物を皆殺し、もとからある植物をも駆逐するように勢力を広げている。
「――元の自然を取り戻すために、私は負けられないわ」
　メイの鋭い声がこだますると同時に、グラディウスを突きつけられて、この日二度目の爆発が発生する。
「？！　どういうことかしら？」
　防護バリアの上部に鋭い物で叩かれた鶏卵の如き孔が空いているのに気づいた、アリアナ・スカベンジャー（グランドロンの心霊治療士・e85750）は、閃光が目に入ったことによる錯覚かと、もう一度よく見返した。
　間違いない。孔が確かにできている。
　孔の内部に向かって、メイの攻撃の余波による、稲妻が樹枝状に伸び、バリアの内壁で反射を繰り返し、その輝きを増しているように見える。ミッション破壊作戦が初めてであるアリアナにとって、これがよくあることかそうでは無いかは判断できなかったが、バリアが大きなダメージを受けていることだけは直感できた。
「ここは蝶が舞い、鳥が鳴く、ご機嫌な自然の楽園だったそうじゃないか！」
　現在、野崎島は、『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』として、人類の大切な資産と認識されている。
　資料によると沖ノ神嶋神社周辺に広がる原生林は珍しい昆虫や鳥、哺乳類も生息していたと言う。
「なにもかもを、攻性植物がぶち壊してるなんて状況はいっとう気に食わないよ！」
　現在分かっているのは、島の獣は悉く死に絶えていて、植物が異常繁茂しているということ。
「幾ら花好きのアタシでも、動物殺す悪い花はゴメンだね！」
　その現象を引き起こしているのが、『オーズ兵器』の進化型とみられる、リィ・サシティションであること。
「今こそ、根こそぎ引っこ抜いて駆除してやろうじゃないか！」
　満身の力を込めて、アリアナは構えたグラディウスをバリアの破断面付近に振り下ろす。
　凄まじい衝撃、続けて体が軽くなる感覚と共に、目の前で澄んだ音を立てながらバリアが裂けて行く様が見えた。
　上空からは、魔空回廊がある場所に、溶岩を噴き上げる活火山の火口が開いているように見える。
「無人島、か」
　空鳴・熾彩（ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238）は言葉を句切った。
「であれば、たしかに人間への被害は軽微かもしれない」
　瞼を閉じて、静かに、言葉を続ける。
　実際に、人間に害が及ばなければ、危険なことであっても、余力がなければ対応が後になることもある。
　見て見ぬ振りは罪であるが、監視さえ続ければ、力を持つ者の役目は果たしていると言える。
　危険な前兆を見いだしてから動いても、それで充分なはずだ。
「あくまで、これまでは、だが」
　今日、グラディウスを行使できるのは、自分で最後になる。
「毒ガスが海を越えて人が住んでいる所まで広がる可能性は無視できないし、そもそもこの島自体の環境汚染も見過ごせない」
　殺された動物たちをもとに戻すことは出来ないけれど、この島での戦いを、これで終わりに出来れば、新たな被害の発生を食い止め、未来に起こりうる危険を無くすことができる。
「排除してやろう。これは、未来への責任だ」
　熾彩は確りと構えたグラディウスの重みに、いまここで出せる全ての力を乗せ、橙と黒と赤が入り交じり煌々と輝くバリアに叩き付ける。
　ドン！
　熱せられた硬い容器が内部の膨張に耐えかねて爆発するような轟音が響き渡り、魔空回廊とバリアは大量の爆煙を撒き散らして粉々に砕け散った。

●撤退
「どうやら、砕け散ったようですね」
　魔空回廊破壊成功の様子を地上から目にした、翔とメイとアリアナは撤退の段取りをする手を止め、数秒の短い間、呆気にとられたように上を見つめた。
「意外にあっけないものよね」
　身につけたグラディウスの感触を確かめながら、メイはぼそりと呟く。
　空は一瞬にして濃密な爆煙（スモーク）に覆われて、周囲は真夜中のように暗くなっていた。
「まるで火山の噴火ね――」
　少し間を於いて、高空にまで飛ばされた岩が、笛のような高い音を響かせながら落下してくる中、散開気味に集まっている３人を見つけた熾彩が合流する。
「岩はもうしばらくの間、落ちて来そうだな」
「とりあえず野首海岸を目指して、そこから野崎港を目指してゆくわね」
　熾彩は余波で相当量の岩が空中に巻き上げられていること告げる。
「当分、止みそうにはないか」
「気をつけてゆくしかなさそうだな」
　一行は頷き合うと、グラディウスの所在の最終確認してから、撤退を開始する。
　植物の異常繁茂が伝えられているものの、島には嘗て住人が整備した道路や港が残されているため、それらを利用すれば迷うこともないはずだ。
　他、降ってくる岩や礫については各自の運と責任おいて注意を払うこととした。
　果たして一行は、撤退ルートを決めたアリアナを先頭に撤退を続ける。
　ミッション攻略中のケルベロスとの遭遇を期待出来そうな場所は野崎港の周辺。
　無難さで選ぶなら、野首海岸を経由する島を横断する道を利用するのが良いだろう。
　わかりやすい道は敵との遭遇率も上がるが、此方からも敵を見つけやすい。先頭を行くアリアナがスモークの先に赤い唇のような気配に樹がすいたのは野首海岸に至る手前の丘だった。
「敵よ！」
　すぐに警告を飛ばしたが敵――リィ・サシティションの攻撃の方が早かった。ヒュンと風が抜けるような気配と同時、鋭い物が肩に突き刺さる激痛が走った。突き刺さったままの棘を抜こうとするも、棘の先に返りがついているのか簡単には抜けないようだ、無理に引き抜こうとすると凄まじい激痛が襲い来る。
「困ったことになったわね……」
　何とかして間合いを空けたいと思った瞬間、頭上のスモークがふわりと光って、其処から姿を現した翔の飛び蹴りが決まる。弾みで触手が切断された好機にアリアナは後ろに下がり自らを癒す。
「貴方の時間ごと、凍結させてあげるわ」
　メイは鋭く言い放ち、精製した弾丸を発射する。
　物質時間の凍結を体現する様に冷気を散らしながら弾丸は飛翔し、一瞬の後、真冬のような寒気が押し来る。強力な破壊力を秘める氷の一撃。爆ぜ散る氷片に体を穿たれて、リィ・サシティションの巨体は霜に覆われて行く。
　次いで熾彩は宙に跳び上がる。纏った流星の煌めきが齎す力に落下の勢いを乗せて、赤の巨大な花弁、その大きな頭部に見える中心部に蹴りを叩きつけた。
　劣勢ではないのだが、不思議と戦いのテンポが速く感じられ、実際に時間もどんどん経過していた。
「もうひと頑張りしておくれ」
　体温を感じる程に濃密なエクトプラズムによる疑似肉体が、メイの傷を覆い尽くす。
「あの棘は、思ったよりもきついわね」
　もしダメージの耐性が無ければ、早々に落ちていたかも知れないと思いながら、メイは進路に立ち塞がる敵を睨み据える。
「私の眼は、欺けないわよ……」
　探偵の経験によって培われた鋭い視線は、リィ・サシティションの胸の内にある畏れを増幅させて、その動きを鈍らせる。
　直後、噴射される猛毒のガス。
　ガスの放出は止まらず、薄くなってきたスモークと入れ替わる様に急速な広がりをみせる。
　それは前衛の２人に、まず強烈な毒を齎すが、これまでスモークの副作用でハッキリとは見えなかった敵の傷らだらけの身体をも白日の下に曝すこととなる。
　効果を現した毒に、熾彩の口から鮮血が噴き出すのが見えた。身体が、自分のものではないように重く感じられて、視界が揺らぐ。しかし神経は逆に研ぎ澄まされており、敵の急所はハッキリと知覚できていて、その動きはスローモーションのようにゆっくりと見えている。
　今なら、どんな敵でも仕留められるような気がした。
　瞬きの刹那に奥歯が軋むほどに噛みしめ、力を振り絞って、熾彩は前に躍り出る。
　集中力は途切れない。
　敵の動きは遅いまま、自分の動きは何倍も速いように感じられる。
「これで、終わりだな――」
　クラッシャーは圧倒的な攻撃力が最大の武器だ。
　その武器を振るうのは今しか無い。血の気を失ったように白くなった腕で日本刀を握り絞め、熾彩は緩やかな弧を描く斬撃を繰り出す。それは精密に急所をなぞり、その何倍にも膨張した威力は悲鳴を上げさせる間を与えることなく、リィ・サシティションの生命を奪い去った。
　毒ガスの放出が止まった。
　世界中の音が無くなった錯覚を感じる中、前方から、海岸に波が打ち寄せるような音が聞こえてくる。

　お互いの無事を確認すると、再び駆け始める一行。
　足取りが少し重く感じるのは、毒を吸い過ぎたせいか、戦いの疲れからかは分からない。
　リィ・サシティションと戦った場所はなだらかな丘の稜線にあたる部分で、緩やかな斜面を下ればそこはもう、野首海岸であった。
　スモークはかなり薄まっていて、海岸から港を目指す道のそこかしこに、白骨に毛皮だけを纏ったような鹿の遺体が投げ出されている様が見えた。
「ずっと前に死んでしまっていたのね」
「そのようだな」
　駆け続けながら、メイは唇を噛みしめ、応じるように熾彩が瞼を閉じる。
　魔空回廊は破壊したといっても、この島はまだ完全に解放されたわけでは無い。
　完全に解放されるまでは、簡素な弔いもできない。
　間も無く、別の敵群を撃破した、ミッション攻略中のケルベロスのパーティと出会って、翔は魔空回廊の破壊成功を告げる。
「ありがとう！　これで野崎島にも平和が戻って来るね」
「本当にお疲れ様でした」
　労いの声に、翔もアリアナもメイも熾彩も笑顔を作って応じるが、心の中では雨が降っているような気がした。
（「いつかちゃんと弔らないと……な」）
　そう、何百もの鹿の死体が転がっていた丘の稜線の辺りを振り返る。
　海岸には、海からの、気持ちの良い風が次々と吹き寄せて来ていた。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年5月18日 難度：普通 参加：4人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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