手に手に香薫蝋燭を~クロードの誕生日~

作者:星野ユキヒロ


●四月の終わりのある日
「知り合いのセラピストが手作りアロマキャンドルの体験会をするから、お手伝いに行くアルヨ。飛び入り参加も歓迎らしいから、興味がある人がいれば来て欲しいネ」
 その日ヘリポートに居合わせたケルベロス達に、クロード・ウォン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0291)はそんな話を持ち掛けた。
 かねてよりアロマテラピーが趣味だと公表しているクロードは、時々こうやって講習会の手伝いをする日もあるらしい。今回は広めのカルチャーセンターでアロマキャンドルの作り方を教える催しが行われるという。

●アロマキャンドルを作ってみませんか?
「専門的な難しいところはセラピストに任せて、皆さんは楽しく好きな色をつけたりして作り方覚えて帰ってくれたらいいアルネ」
 ニコニコとした笑顔の彼は、ゆったりしたチャイナ服の懐から地図付きのチラシを取り出して手渡してきた。
 クロードの配ったチラシにはこうある。

『大事な人とのひと時に、頑張る自分へのご褒美に。癒しの香りと揺らめく灯りをご家庭で……♪ 手作り体験後も楽しめる、アロマキャンドル作りをしてみませんか? 作り方は簡単、好きな香りとカラーを選んで、自分だけの素敵なキャンドルを一緒に作っていきましょう♪』

「ケルベロスの皆さんの毎日の頑張りで平和が保たれているヨ。だから皆さんがリラックスするお手伝いができたらウォンさんにとっても喜ばしいネ。センターのカフェのハーブティーもとてもいい香りだから、おすすめしちゃうヨ」


■リプレイ


 その日、カルチャーセンターの開け放たれた窓からは様々な香りが漂って出ていた。「手作りアロマキャンドル体験会」の札が掲げてある一室は、入れ代わり立ち代わり盛況のようだ。
 そんな中、扉から部屋に入ってきた【蔦屋敷】の三人はスタッフの中に見知った顔を見つけると、笑顔で声をかける。
「ウォンさん、お誕生日おめでとうございます」
「お誕生日おめでとうございますー! ゆったりまったりな素敵な時間、楽しませていただきますー、クロードさんも素敵な時間を過ごせますように!」
「誕生日おめでとう、ウォン。ボク、アロマキャンドル作りなんて初めてだよ。貴重な体験へのお誘いどうもありがとう」
 エルム、環に続いて、アンセルムがスタッフとして働いているクロードに向けて、丁寧にあいさつをした。
「謝々大家(みなさんありがとう)。来てくれてとっても嬉しいネ。是非楽しんでいってほしいヨ。わからないことがあったら何でも聞いてくれるヨロシ」
 三人が席に着くと、簡素な机の上にいろいろな道具や材料、アロマオイルなどがたくさん並べられていた。
「僕もキャンドル作るの初めてなんですよね。こうやって作るんだ……面白いです」
 ほかの参加者がキャンドルを作る様子を眺めて、エルムは考えを巡らせた。
「さて、香り香り……。あまり甘ったるい香りは僕には合わないかな。ああそうだ。少しリラックスしたい時のものにしようか。ラベンダーとサンダルウッド入れよう。少しだけ柑橘系も混ぜて」
 真剣に考えすぎてつい素が出てしまっているエルムは考えをその都度口に出しながら迷う。
「ラベンダーは何にでも合うから良いチョイスだと思うヨ。柑橘系はグレープフルーツが扱いやすいと思うネ」
「ならそれにしましょう。見た目はそうですね……。下のほうが淡い紫で、上に行くにつれて白くなるように……と。あ、容器も選ばないとですね。どうしようかなぁ……。ふんわり丸くて……この可愛いガラスの入れ物にします。二人はどんなのを作るんでしょうか」
 前もって用意されていた、いろいろな色のクレヨンを削り入れて細かく切った蝋の中から期せずして自分の瞳と髪の色によく似たものを選んで皿に取り、入れ物を選んだエルムは二人の様子をうかがう。
「香りは選択肢が多くて悩ましいですねー。甘ったるいのは考え物ですけど、ある程度の甘さは欲しい気持ち……。ゼラニウムとかになるのかな。女の子らしい香りにしたいけど、おすすめありますか?」
 まだまだ学生っぽい雰囲気のある環は、自分に合った香りのイメージを試行錯誤しながら選んでいる。
「ゼラニウムはちょっと主張強く香る傾向があるのコトだから少なめにして、ネロリとブレンドすると甘さがでるヨ」
「それ良さそうですね、色はせっかくだし、薄めのピンクで女の子っぽくしよーっと」
 心を決めたらしい環の隣でアンセルムはまだ悩んでいる。
「さて、ボクのキャンドルの香りはどうしよう。居間とかでのんびりしたい時に少し香るぐらいの薄い香りがいいんだけど……女の人ならともかく、ローズ系はボクには向かないよね。ベルガモットとか、そのあたりが良いのかな? このあたりは詳しくないし、キャンドルの色もあわせてアドバイスを貰いたいな」
「それなら、ベルガモットにバージニアシダーとブラックプルースをブレンドして森っぽい香りにするのはどうカ? 腕の中のお嬢さんも森林浴の気分で喜ぶと思うヨ。 色も森林のイメージで緑と茶色のグラデーションにしてみると良いアルネ。ベルガモットの香りがさしずめ松明花の灯火といったところヨ」
 アドバイスを貰ったアンセルムは腕に抱えた蔦の少女人形の可愛らしい顔を覗き込み、それ良いかも、と微笑んだ。
「せっかくだから容器もおしゃれにしたいな。使い終わった後捨てちゃうのはもったいないしね」
 そう言うとアンセルムは少し凝った作りのガラスの器を選んだ。
 全員が材料を選び終わったので、溶かした蝋をそれぞれの手順に従って流し込み、キャンドルを作っていく。溶けた蝋を固めるのに時間をかけて冷ます必要があるのでまたあとで取りに来てほしいとクロードに言われて三人は一旦部屋を後にした。


 【蔦屋敷】の三人がキャンドル作りに奮闘している間ににぎやかに入ってきたケルベロスがもう一組。吾連と千、いつも仲良しどらごにあんずの二人である。二人は先だってクロードへのお祝いの言葉は済ませていたので、忙しそうな彼のところではなく別のセラピストにいるテーブルに向かった。こちらのテーブルも色とりどりの蝋や道具が広げられ、複数の参加者たちがセラピストのアドバイスを仰ぎながらキャンドル作りに勤しんでいた。
「どんな色と香りにするか悩むな。考えるだけでわくわくである」
「改めて考えると植物ってすごい力を持ってるなあ、人を元気にしたり、生活を助けてくれたり。今日は楽しんで作ろう!」
 わんこーでとにゃんこーでの元気でかわいい二人はずらりと並ぶオイルの瓶を「お洗濯の時に嗅いだことある匂いだね」「ぶあー苦臭いのだ!」「直接嗅ぐのは危ないよ」などとわいわい言いながらあーでもないこーでもないと話し合いながら選ぶ。
「決めたのだ! 千の香りは元気出るっていうグレープフルーツにするぞ!」
「元気を出したいならホワイトグレープフルーツがおすすめですね。どちらもダイエットに効果がある香りだけれど、ピンクグレープフルーツなら食欲抑制の効果がありますよ」
「ふお!? むむう、確かに千最近食べ過ぎだが……でもおいしいものを前にして背を向けることなど千にはつらすぎる……ホワイトのほうにしますのだ!」
 セラピストの教えてくれるアロマ情報にうんうんとたっぷり悩んだ千は、改めてホワイトグレープルーツの香りに決めた。
「色は黄色から空色のグラデーションである! うむ、見ただけで元気になりそうではないか! 吾連はどんなのにした? 教えて!」
「俺の香りはレモングラスに決まり! 爽やかな香りがすごく好みだし、確か虫除け効果もあるらしいんだよね」
「ほほう、虫よけ効果? れもんぐらすはすごいのだ……!」
「レモングラスは虫除け以外にも、頭脳を明晰にしたり、眠気覚ましにも効果がありますよ」
「へえ! そうなんだ。書院で手伝いするときにもってこいかも! じゃあそれにします! キャンドルの色は黄と緑のマーブルで自然らしさを出して……」
 マーブルキャンドルの作り方はほかのキャンドルの作り方とはやや異なって、型に同じ色が隣り合わないように蝋の破片を張り付けてから溶かした蝋を注ぐやり方で作るという。吾連は細心の注意を払いながら蝋を型に流し込んだ。
「そだ、カービングできるかな? そこの道具がそうかなっておもうのだが……」
「固まってからならできますので、時間をおいてまたお声がけください」
「むむ、そうなのか。じゃあ、またやりに来るのである!」
 どらごにあんずの二人もまた、名札を書いて部屋を後にした。


 【蔦屋敷】の三人は蝋が固まるまで、カルチャーセンター併設のカフェで談笑していた。話題は自然とキャンドル作りと出来上がりの期待の話になる。 作っている最中にもそれぞれが選んだ香りを試しに嗅いでみたり、相談しあいながら色を決めていたのでお互いのチョイスがどんなものだったかは大体把握していた。
「ウィスタリアのは綺麗な色を選んでいたね。お部屋のインテリアにも良さそうだ」
「エルムさんのキャンドル、薄紫とラベンダーで癒し感がすごいことになってましたね。油断したら寝ちゃいそう」
「柑橘系を混ぜたから、ドロドロに眠るほど過剰に落ち着いちゃうってことはなさそうって言ってましたね。環さんのは可愛くて女性らしくて良いと思いましたよ」
 アンセルムと環に褒められて、エルムも環のキャンドルにコメントする。
「環のキャンドルは甘い香りがしていたね……ああいう可愛い感じのは女の子の特権だよね」
「そうですかねー、けど確かにアンちゃんのは甘さ控えめですっきり落ち着く感じでしたねー。使い終わった後のことまで考えるとはさすがです」
「アンセルムさんのはスッキリ素敵でした。リフレッシュできそうでしたね。出来上がりが楽しみです」
 女の子らしくてかわいい仕上がりとの総評をもらった環と、スッキリしているとの商標をもらったアンセルム。
 こういう時どういうのを選ぶかは性格が出る、などという話をしながら三人は運ばれてきたハーブティーに口を付けた。
「どちらも二人らしくて素敵でしたよー。あ、このハーブティーも良い香りです。結構すっぱいかも」
 環の注文は鮮やかなローズヒップ。アンセルムは花香るカモミール。エルムはすっきりしたルイボスだ。
「戦いに明け暮れる日々だし、たまにはこういう日があってもいいね」
「確かに、そうですね」
 ハーブティーでたっぷりリラックスした三人は、出来上がったキャンドルを手に手にセンターを後にした。


「ぬーん、早くカービングしたいのだ」
「まだ固まってないんだから我慢我慢。ちょっと柔らかめの状態でやるって言ってたし、すぐだよ」
 吾連と千、どらごにあんずの二人もまたカフェで時間を潰していた。ふたりともハーブティーでは物足りないのでオレンジジュースとコーラだ。
「今日作ったキャンドル、キャンドルランタンに入れてキャンプに使ってみたいんだよね。だから形はシンプルな円柱にしたんだ」
 吾連が溶けた氷をストローでかき混ぜながらキャンドルの使い道の話をする。
「キャンプの時に使うのか! 長持ちしそうだし、それを聞くと確かに虫除けの効果があるのはいいな! マーブル模様もきっと綺麗なはず!」
 そう言いながら千が見た窓の外には、すでに夏の気配がかすかにしてきている。
「キャンプかあ……キャンプ行きたいね。家族や友達みんなでさ」
「その時は千が作ったキャンドルも持って行って使うのだ! さっぱりさわやかな空気の中でキャンプ料理を食べるのだ!」
「食欲抑制の香りにしたんじゃなかったっけ?」
「それじゃないやつにしたのだー!!」
 夏になったらキャンプの他には何がしたい? など話は尽きず、キャンドルが固まるのに足りそうな時間がたったので再び二人は部屋に戻ってきた。
「あ、俺のできてる! 使う日が楽しみだなあ」
「ふおー、吾連のマーブル、やっぱり綺麗なのだ。千も負けないのだ。千のは目で楽しむキャンドルなのだ。香りと見た目で元気になる感じ。あんまり難しいのは大変だけど、頑張るぞ! 可愛くしたいからパンダさん彫ってみよ! 先生! 千でもパンダさんできるですのか!?」
 専用の彫刻刀を借りて、千はキャンドルカービングを始める。どうしたいのかをスタッフに伝え、やり方を教わり、鼻の頭に汗を浮かべ、危なっかしい手つきで吾連をはらはらさせながらも真剣に彫っていく……。
 吾連もまた、真剣な千に負けないくらい真剣な顔で固唾をのんで見守った……。
「……むふー、なかなかやる気出そうなパンダさんですのだ」
 難しそうなところはスタッフにやってもらいながらも、千はかわいいパンダのカービングを完成させた。
「わぁ! パンダだ! いい顔してる! 香りも色も、元気いっぱいになれそうなキャンドルだね!」
「……溶けたときのことは気にしちゃダメであるな」
「溶けちゃっても思い出には残るよ。今日作ったことも含めてね」
「そうだな、今日も使うときも素敵な思い出になるはず!」
 どらごにあんずの二人もまた、手に手にキャンドルを携えて笑いながら帰っていった。

 思い出の炎はそれぞれの心の中に。そんな一日の一つに作ったキャンドルは、それぞれの幸せの色をしていた。

作者:星野ユキヒロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月6日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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