翠に薫る

作者:崎田航輝

 春風に快い暖かさが交じる季節。
 高台に茶畑を望む長閑な街では、新茶の時期を迎えて──青空に映えるほどの鮮やかな緑が遠方に広がっている。
 麓に伸びる道には、そんな茶を仕入れた茶屋がいくつも立ち並んで。芳ばしい香りに人々を引き付けていた。
 中でも人気の店は深い緑のひさしが目を引く一軒。今の時節には一層客足が伸びて賑わいを形成している。
 その茶屋で供される品は勿論、抹茶に煎茶、ほうじ茶に始まる種々の緑茶や──華やかな香りが特徴的な紅茶。白茶や青茶、海外の茶も揃えられて飲み比べも人気だ。
 そんなお茶の供に、甘味のメニューもまた豊富。
 茶をたっぷり使った抹茶スイーツがよりどりみどりで──ロールケーキに宇治金時のかき氷、抹茶ティラミスに翠が美しいパウンドケーキ。
 くず餅を始めとする和菓子も取り揃えられていて……訪れる人々は甘さに香ばしさに、茶の風味を存分に味わっていた。
 と、そんな茶屋へ赴く人の流れの中に、踏み込む巨躯の男が一人。
「甘い香りに芳ばしい香り──中々魅力的じゃないか」
 それは道を悠々と歩んで、感心するように声を零す鎧兜の罪人──エインヘリアル。
 けれど、と、差していた剣を握りしめると。
「僕が欲しいのは、死の匂いだ」
 無二の絶望が生む、代えがたいもの。それこそが一番の趣きだよ、と。
 嗤いを浮かべながら罪人は刃を振り上げて、人々を見下ろしていた。
 人々は悲鳴を上げて逃げるが、既に遅い。罪人は紅い血を求めるように、愉快げに刃を振り下ろした。

「今頃は、新茶の季節らしいですね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
 何でもとある街の一角に茶屋があって──春も後半を迎え始めるこの季節、一層人気になっているという。
「そしてそんな場所へ……エインヘリアルが現れることが予知されたんです」
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人ということだろう。
 これを放置しておけば人々の命が危うい。
「そこで皆さんには撃破へ向かってほしいのです」
 現場は店の前に伸びる道。
 長く幅もあるので、戦いには苦労しないだろう。
「今回は警察の協力で人々も事前に避難します。皆さんが到着する頃には人々も丁度逃げ終わっていることでしょう」
 こちらは到着後、戦いに集中すればいいと言った。
 それによって、景観の被害も抑えられるだろうから──。
「無事勝利できた暁には、皆さんもお茶屋さんに寄っていってみてはいかがでしょうか」
 煎茶やほうじ茶といった日本の緑茶から、種々の紅茶や、中国茶なども揃っている。
 お供の甘味は、和菓子や抹茶スイーツ。お土産も含め品数も豊富なので楽しめるでしょうと言った。
「そんな憩いの為にも、ぜひ撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)

■リプレイ

●春翠
 遠景を彩る翠が、風に薫りを乗せる。
 蒼空とのコントラストと鼻先を擽る芳しさ。路へ降りた兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)はその景色を眺めて快さげに伸びをしていた。
「お茶の季節ですか、良いですね……」
「こんな場所でのんびりとお茶をするのも、偶には良いかもね」
 と、カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)も深呼吸。香りを深く感じながら頷いている。
 歩みながら、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)も藍夜色の瞳を柔く細めて同じ気持ち。
 心では、一昨年もヒール依頼で堪能したことを思い出していた。
「この香り、やはりいいものだな」
「うん。なのになんで、邪魔しようとか思っちゃうんだろか」
 ほんとにもー、と。
 困り眉で前を見るのはヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)。道の先に、一人の巨躯の姿を捉えていた。
 それは武骨な鎧に身を包んだ罪人、エインヘリアル。
 芳香を愉しむように歩むその姿に──ティユ・キューブ(虹星・e21021)はやんわりと肩を竦めてみせている。
「やれやれ。店からしたらわざわざこちらに来なくてもってものだよね」
 存外そういうのも好きな手合いなのかもしれないが、と。
 呟きながら、ティユはしかし罪人の心にあるのがそれだけではないのだと識っている。此方に気づいた巨躯は、何よりも求めるものを見つけたというように剣を抜いていた。
「これは幸運。僕の一番好きな死の匂いが、楽しめそうだ」
「茶屋の魅力がわかるとは珍しい……と思った傍からそれですか」
 深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は静やかに息をついて、細指を拳へとゆっくり握り込む。
 呆れと宣戦と、鋭い戦意の顕れ。
「全く、死の匂いは自分のものでも嗅いでいればいい」
「そうだね。客は客らしく。でなければ、お引き取り願おうか」
 刹那、ティユも頷き細身の槌を踊らせた。瞬間、閃いた星屑が雨の如く注いで巨躯の足元を穿っていく。
 ルティエがそこへ髪を靡かせて疾駆。銀の残像を残しながら肉迫し、拳を振り抜いて顎へ苛烈な打突を叩き込んだ。
 反応も出来ず罪人がふらつくと、その隙にヴィは剣撃を放って。敵の刃を削るように鈍磨させて攻撃力を奪い去る。
 その間に、リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は蒼の匣竜、響をわしゃー、と撫でてあげて。
「ひびちゃん、頑張って働くのだぞ♪」
 応えた響は翔び立つと加護の燿きをマルティナへ注いだ。同時にリーズレット自身も敵へ手を伸ばして。
 ──見えなき鎖よ。
 『黒影縛鎖』──不可視の拘束で動きを鈍らせる。
 直後に機を合わせたマルティナがレイピアで鮮やかな一閃。花が散るような衝撃波を炸裂させていた。
 よろめきながらも罪人が剣を振るうが、マルティナが刃で防御。余波で傷を受けても、その頃にはカシスが術力を湛えた杖を握っていた。
「雷の障壁よ、仲間を護る力となってくれ」
 虚空に線を描くように、杖先を踊らせる。
 するとその軌跡を辿るように、天に顕れた雷雲から稲妻が奔って。その輝きが皆を守る壁となって癒やしを与えていた。
 ルティエの匣竜、紅蓮が後方の仲間にも加護の焔を授ければ、防備は万全。
 罪人が連撃を狙ってきても──既に笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)がそこへと手を翳していた。
「させないよ。これで、吹き飛んじゃえー!」
 瞬間、音が失せるかの如く空気が爆縮される。
 固められた大気は同時に熱を奪われ、極低温へと冷やされて。一気に炸裂することで衝撃と氷晶を散らせて巨体を吹き飛ばした。
 転げた罪人はすぐに体勢を直そうと試みる、が。
「その素早い動きも、封じてあげますよ!」
 直前に紅葉が跳躍。
 春空に秋を薫らすような爽籟を吹かせて。その気流に乗るように蹴撃を加えていく。
「今です……!」
「うん、行くね」
 揺らいだ巨体へ、ステップするよう踏み込むのは氷花。
「貴方を、真っ赤に染め上げてあげるよ!」
 狂的な迄の笑みで、漆黒のナイフを踊らせて『血祭りの輪舞』。継ぎ目のない流麗な剣撃の応酬で巨躯の全身を抉り裂いていった。

●春風
 罪人は地に手をついて、浅い息を零していた。
「……中々、血を流してくれないね」
 この薫りにも飽きてきたというのに、と。視線は自然の景色へ向いている。
 その言葉にマルティナは目元を微かに伏せていた。
「この香ばしい香りよりも血の匂い、か……なんと無粋な」
「そんな凶行、許さないからな!」
 と、リーズレットはぴしりと言ってみせると歯車仕掛けの鎌を握って。
「私が欲しいのは、お菓子の甘い香りだ! 至福の場所を脅かそうとするなら言語道断──成敗だ!」
 蒸気駆動で廻転させ投擲。巨躯の膚を斬り裂いていく。
 マルティナがそこへ連続剣撃を繋げると──紅葉もふわりと身軽に宙返り。焔を蹴り出して巨体を紅に包み込んでいた。
「……攻撃、来ます!」
「任せて」
 罪人が唸りながらも剣を振り回すと、紅葉に応えたヴィが前へ。剣と甲冑で受けきりダメージを抑えてゆく。
 それでも無傷ではないが──直後にはカシスが雷光を瞬かせて。
「すぐに治してあげるね」
 稲妻で負傷部位を焼き切ると、宙へ踊らせた雷の針と糸を奔らせて縫合。暖かな光で包み込むことで痕跡ごと癒やしきっていた。
「これで大丈夫だよ」
「ありがとう」
 返したヴィは剣へ焔を纏い反撃の剣閃を奔らせる。
 血潮を散らす罪人は、苦痛に声を洩らした。
「まだだ……僕は、死と絶望を……」
「絶望もお前だけが目の当たりにしていればいい」
 ──罪人なら罪を償い地獄の底にすっこんでろ。
 鋒の声音で、ルティエは地獄を纏わせた刃を振るう。『紅月牙狼・雷梅香』──紅の飛電として放たれた地獄は大狼の姿を成し、巨体の腕を食い破っていった。
 膝をつく罪人を逃さず、ティユは匣竜のペルルを宙へ泳がせて。
「頼むよ」
 応じたペルルが罪人をシャボンに閉じ込めると、ティユは虹を刷く真珠色の髪を揺らがせて──星の輝きを纏い、自身を光の槍へ変遷。『星纏一槍』と成って巨躯を貫いた。
 吹き飛ぶ罪人へ、氷花は一瞬の猶予も与えない。靴の厚底をクッションに跳躍すると、身の丈に劣らぬパイルバンカーを掲げて。
「この凍気で、貴方を氷漬けにしてあげるよ!」
 空気が軋む程の冷気を生成すると、杭として発射。巨体を貫通させて内外を氷に蝕んだ。
「最後は、お願いするね」
「判りました……!」
 落下する巨躯へ向かうのは、紅葉だ。
「私でも、やればできるのです!」
 思いと共に、意志の力を鋭利な魔力の塊にして。跳び蹴りで放ったその一撃で、罪人の命を霧散させた。

●春薫
 風に甘い匂いが薫りゆく。
 戦いの痕を癒やした番犬達は、人々へ無事を伝えて平和を取り戻している。茶屋も営業が再開され活気も帰ってきていた。
 番犬達も歩み出す中──ルティエも早速茶屋の一軒へ。
 趣きある店内で座ると、お品書きを広げている。
「どれも美味しそうで目移りしちゃう……」
 鮮やかな茶と甘味の写真に、縹の瞳は悩ましげに右左。
 それでもうん、と決めて。
「んーと、ほうじ茶と抹茶のティラミスをお願いします!」
 品がやってくると──陶の湯呑みから昇る優しい芳香を感じて。ゆっくりと、ほうじ茶の深い芳しさを味わった。
 その風味に癒されながら、ティラミスを掬って口に入れる。
「ふふ、これ美味しい」
 滑らかなチーズとクリームの層に、上品な抹茶の苦味が良く合って。尻尾がゆるりと上機嫌に揺れていた。
 そしてこんな甘味を味わうと、想うのは彼のこと。
「お土産、買って帰らなきゃ」
 彼にも楽しんでほしいから、と。
 食後にほうじ茶と、抹茶たっぷりのロールケーキを手に入れて。軽い足取りで、ルティエは帰路についていった。

「お待ちかねの、ご褒美の時間だな!」
 青空の下、リーズレットは嬉しげに。マルティナの手を取ると、くいくい引っ張って歩み出していた。
「さぁマルティナさん、二人のトコに行こう!」
「ああ」
 穏やかに笑みつつ、マルティナも歩調を合わせる。
 と、茶屋の前に見えるのは癒月・和の姿。ぴこりと耳を揺らす彼女へ、マルティナは軽く手を振った。
「こちらの仕事は済んだぞ。行こう」
「うん、誘ってくれてありがとな。薊は向こうにおるから」
 応える和が茶屋の中を見れば、そこで頷きを返すのは黒澤・薊。
「皆の分を席をとっておいたので……此方に」
 と、三人を案内して──【蒼霞】の面々で卓を囲う形を取る。
 座ったリーズレットは、外に通りかかる巫山・幽子にも声を掛けた。
「幽子さんも良ければ一緒にどう? 皆で食べたら美味しいぞ!」
「ご一緒しても宜しければ……」
 幽子がぺこりと頭を下げて近くの席につくと、リーズレットはお品書きを開く。
「皆、お疲れ様ー! さぁ、何を食べようか?」
「色々あるんやねぇ──煎茶にほうじ茶に紅茶……中国茶まで!」
 これはたのしまないとやね、と。
 ハーブメインの喫茶を営むからこそ興味深げに、和は覗き込む。リーズレットはそんな和や薊へ目を遣って。
「何を頼むんだ?」
「パウンドケーキか、他の抹茶スイーツのどれかにしようかと……。ただ、宇治金時がオススメとも聞いたので……」
 と、薊が店員に聞いた話を伝えると、マルティナがそれならばと目を向ける。
「皆で別のものを頼んで、シェアをするか?」
「ええね。異論あらへんよ」
 というわけで、和が笑んで宇治金時を選ぶと、薊はティラミスを注文。マルティナとリーズレットは飲み物を抹茶にして、それぞれパウンドケーキと、葛桜にどら焼きといった餡子たっぷりの和菓子を頼んだ。
 そして品がやってくると、早速皆で実食。
 リーズレットはまずは葛桜を一口。ぷるりとした食感と共に、濃密なこし餡の甘味を存分に楽しむ。
「んー、依頼の後の甘いものは格別だよな!」
「ああ」
 マルティナもパウンドケーキを口にして頷いていた。
 ふんわりした口当たりに、優しい甘さが美味で。濃い緑が美しい抹茶を一口含むと、こくのある風味と渋みが甘味と良く合った。
「うむ、紅茶の香りも良いが、この日本茶の香りも独特の苦みもやはり良い……スイーツと一緒だと美味しさも引き立つのだな。奥が深い」
「本当、抹茶の時期だねぇ」
 と、和は宇治金時を食べて実感するよう呟く。
 ふわふわの氷に染みた抹茶は練乳と相性抜群。つるりとした白玉と粒あんも加われば、飽きが来ず食べ続けられた。
 薊もティラミスを食べて、ん、と仄かに瞳を細める。蕩けるカスタードが、まぶされた抹茶の芳醇な香りで上品さを増していた。
 皆と食べるスイーツがいつもより少しだけ美味しく感じる。だからそんな思いを胸に……切り分けたティラミスを皆へ差し出した。
「良ければ、シェアを」
「では頂いていいか?」
 マルティナははむりと食べて、美味しいな、と柔く笑む。薊もパウンドケーキを頂き、和やリーズレットとも分け合った。
 幽子もお団子を一緒に食べて、食事を終えると一礼。
「とても、美味しかったです……」
「よし、後はお土産だ!」
 帰りしなには、リーズレットが和菓子や抹茶スイーツを買って。和も中国茶やほうじ茶の茶葉を幾つか見繕う。
 そうして満足の心持ちで店を出た皆は──翠の畑を眺めつつ、春風の中を歩み出した。

 ヴィは香坂・雪斗と合流して、ぱちん。二人でハイタッチしていた。
「おつかれさま!」
「お疲れ様! 無事に終わってよかったね」
 雪斗がほわりと笑むと、ヴィも頷いて。
 風景を楽しみながら、一緒に歩き出す。
「この時期のお茶は良いものだよね」
「そうやね。戦いの疲れをお茶屋さんで癒せるなんて贅沢やなぁ」
 雪斗が期待の声で言うと、ヴィもうんと穏やかに応えて。茶屋に上がって一緒に席につき、お品書きを広げた。
「飲み物は……俺はあったかい緑茶をもらおうかな? 雪斗は何にする?」
「んー、シンプルなのもええけど──フレーバー付きの緑茶も気になる!」
 というわけで雪斗は白桃フレーバーの緑茶を選ぶ。
「お菓子も色々あって迷うねぇ」
 と、甘味にも楽しく悩みつつ。雪斗は抹茶ティラミスを、ヴィは抹茶のロールケーキを注文した。
 品が並ぶと二人で手を合わせ頂く。
 ヴィは澄んだ緑茶のふくよかな芳香と風味を楽しんで。
「新茶なんだね。いい香りだ」
「こっちも、ええ香り──」
 雪斗が啜る茶は、淡い甘やかさが上品で美味。
 ヴィもそんな香りも感じつつ、ロールケーキを口へ。練り込まれた抹茶の渋さが、果実を含んだ生クリームと良く合った。
「これおいしいよ?」
 と、ヴィが指し出すと、雪斗はあむりと一口。柔和に笑むと今度は自分のティラミスを差し出した。
 それを頂いたヴィは、甘い口溶けと濃い抹茶のコントラストが美味で微笑む。
「こっちもおいしい」
「ふふ、どっちも美味しいねぇ」
 ヴィくんと一緒やと一段と、と。雪斗の言葉にヴィは頷いて。
「新緑の季節にこうして二人で楽しい時間をすごせるなんて幸せだな」
「うん。幸せなことやねぇ」
 雪斗も心から肯いた。季節の移ろいを楽しめれば、また次の季節も楽しみになるから。
 二人は笑み合って──緩やかな時間を続けていく。

 ここまで来て茶屋に行かないなんて嘘だから、と。
 ティユはペルルを肩に乗せて茶屋への道を征く。
 と──そこにどんと立ちはだかるのが惣闇の髪の少女、白羽・佐楡葉。
「へい彼女、ワイと茶ぁしばかへんか」
「変な言葉覚えてないで、ほら行こう」
 すたすたとティユが横を過ぎ去ると、佐楡葉はちょっと泣いた……けれどそれはさておき。二人は共に茶屋へ入って座る。
「折角なので私は抹茶を。それと、抹茶のお汁粉なるものも」
「じゃあ僕は煎茶。合わせはくず餅を」
 と、それぞれに注文すると、やって来た品を口に運んだ。
 半透明が美しいくず餅は、ぷるぷるとした食感が楽しく、たっぷりのきな粉が黒蜜に絡んで濃密。
 香り高い煎茶に、ティユがほうと寛いだ吐息をすると……佐楡葉もお汁粉を啜る。白あんベースの上品な甘味は、抹茶にも良く合って──。
「はい、白玉ですよ」
 掬ったそれを、一緒に注文した甘い抹茶ラテと共にペルルにあげる。嬉しげに囀ってつまむペルルを、ティユは眺めていた。
「白羽、結構ペルルに甘いよね。いや有難いんだけれども」
「まぁほら、人のサーヴァントだからお世話考えず無限に甘やかして良いってなると、つい……」
 言いつつ、佐楡葉はまたお品書きに目をやっている。
「しかし、これだけ美味しいと一杯だけで済ますのは勿体なく思ってきましたね」
「確かに。追加しつつ飲み比べしてみようか」
「よっしゃ、満腹になる勢いまで付き合って頂きますよ」
 というわけで緑茶にほうじ茶、甘味もたまに挟みつつ。
 まだまだ始まったばかりと──眺めも楽しみながら、二人は茶の時間を楽しんでいった。

 暖かな風に背を押され、香りに導かれるように茶屋へ。
 景色も望める席について、カシスは品を選び始めている。
「茶屋というだけあって、お茶がとても豊富だね」
「そうだね、どれにしようかなぁ」
 と、隣でお品書きを見つめているのは氷花。スイーツも枚挙に暇無く、どれも美味に違いないと思えば悩ましげだ。
 その傍の席についた紅葉も、迷いつつ……それでも外の春陽に仄かに目を細めると、冷たいメニューへと視線を移していた。
「ウーロン茶とか欲しいです。今日は動き疲れたので、私は冷たいウーロン茶で」
「いいね、ウーロン茶か」
 カシスも一度紅紫の瞳をその写真へ向ける。
 言わずと知れた中国茶で、その本場を味わってみたい気持ちもあったけれど──。
「今日は日本のお茶が飲みたいから、俺は煎茶を頂こうかな」
「それじゃあ、私は紅茶にしよう」
 と、氷花が選ぶのは世界三大紅茶が一つ、ダージリンティー。その五月摘みの新しい茶葉が味わえるということで、抹茶ショコラと共に注文した。
 品が運ばれてくると、三人はその豊かな香りにそれぞれに表情を和らげる。
 カシスの煎茶は明るい翠色が美しく、熱湯より幾分低温で煮出されたもの。繊細な芳香が鼻孔を擽り、癖のない渋みが心地よい一杯だ。
「美味しいな──」
 呟きつつ、カシスは一緒に頼んだ大福も頂く。餡の甘さがちょうどよく、茶を飲む度に苦味と溶け合って美味だ。
「こうしてみると、やっぱり日本の味っていいね」
「そうだね。抹茶、美味しいし」
 と、ショコラを口に運ぶのは氷花。
 それは一口サイズの生チョコで、中は柔らかいガナッシュ、外はココアパウダーの代わりに抹茶がかかって綺麗な緑になっている。その風味とカカオの芳香が相性良く、どんどん食が進んだ。
 紅茶も特有の華やかな香りが快く、勿論ショコラとの組み合わせは抜群だ。
「ショコラ、一つ食べる?」
「良いんですか? では……」
 と、紅葉もそれをはむりと食べつつ、グラスを傾ける。
 冷やされた烏龍茶はなんと言っても爽やか。
 発酵具合が比較的強い茶葉でもあるのだろう、苦味と共に花のような香りも交えた一杯で、戦いの疲れを濯いでくれるような美味だった。
 ふぅ、と紅葉は清楚に息をつく。
「癒されますね……」
「折角の機会だし、もう少し寛いでいこうか」
 カシスが言えば、氷花も頷いて。
「じゃあ、スイーツ頼んで皆で分けようよ」
 するとそれに二人も頷いて……ゆるりと、憩いの時間を送っていった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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