さよならサマーセール!~ラシードの誕生日

作者:東間

●八月某日
 夏の間、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)の朝はまあまあ早い。外が恐ろしい暑さになる前に日課のジョギングをと、この時期は普段より早起きになる為だ。
 そんな“まあまあ早い朝”に、ここ数ヶ月は保護した子猫の影響で“なかなか賑やかな”が付くようになった。
 アラームが鳴り始めると、子猫が負けじとニャーニャーキャアキャア。猫語でめいっぱい話しかけながら前脚で顔をフニプニしてきて、喉からはグーグードルゥンドゥルルンとエンジン音。そしてなぜか自分の頭を毛繕いしようとしてくる為、ラシードは「起きてる、起きてるから」と日本語で言いながら、フワフワの体をひょいっと片手で持ち上げる。
 ――と、今日も“まあまあ早く、なかなか賑やかな朝”を迎えたラシードは、猫語で何か話しながら後をついてくる子猫を踏まないよう、足元に気を付けながら洗面所に立っていた。
 そして。
 事件は起きた。

●さよならサマーセール!
「愛用の電気シェーバーが壊れたんだ」
 どうしてだか真剣な表情での報告に、花房・光(戦花・en0150)と壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)も取り敢えずそれらしい雰囲気で顔を見合わせた。
 もしかして母国からわざわざ持ってきた、大切な思い出が詰まった特別な電気シェーバーだった――? 言葉に詰まる二人に、ラシードは長めの溜息をついてから言う。
「一番の原因は俺が落とした事なんだけど。まさか猫パンチがあんなにヒットするとは思わないじゃないか」
「え、猫パンチ?」
「そう。どうしてか電気シェーバーを敵認定しているんだ。髭剃りを始めると尻尾をぼんぼんにして猫パンチしようとしてくる。掃除機は完全スルーなのに」
 高速で何発も叩き込まれた猫パンチ。そのパワーと当たりどころが“丁度良かった”為、床にゴトンッ! と落としてしまったらしい。
 結果電気シェーバーはウンともスンとも言わなくなった。保護して数ヶ月経つ子猫(名前はマックス、白靴下をはいた灰色猫)は物凄くキリッとしていたのだとか。
「……もしかして電気シェーバーに嫉妬しているんじゃありませんか?」
「あー、ありそう。物凄くありそうだ。敵を倒したと思ってるのかなぁ」
 ラシードは継吾にうんうんと頷いた後、そういうわけでこの家電量販店に行ってこようと思う、とスマートフォンで開いていた店の広告画面を見せてくる。
 そこは定期的に――というよりも、何かしら理由をつけてセールをやっているユニークな家電量販店で、今は『さよなら八月、こんにちは九月! 夏の終りにはセールが似合う! あの品この品ドドーンと大放出スペシャル~!!』と銘打ってのサマーセールをやっているようだ。
「しかも今月誕生日のひとは会員になるとお買い物ポイントが更に5%アップ」
「それはお買い得ですね」
「そう。だから、電気シェーバー以外にもいいものがあったら買ってこようと思ってね。猫ウケのいいおもちゃとか。一番は商品が入っていたダンボールになる気もするんだけど」
 ついでだしとアメリカの家族に“日本の家電で何か欲しいのある?”と訊ねたところ、なかなかアツイ返信が届いたらしい。だから店で一日過ごす事になりそうだと、ラシードは冗談めかして笑った。

 家電、ゲーム、最新の健康器具まで。
 セール対象品は店内にある殆ど。逆に対象外を見つける方が難しい。
 飲食店はどれも味と値段に自信あり。どうぞたっぷり休憩していって!
 ――そんなサービス満点の店が、お客様の訪れを待っている。


■リプレイ

 明るい照明。清潔かつ広々とした屋内。
 目を引くフォントとカラーリングのポップ。
 並ぶ家電は大きな物から小さな物まで!
「へえ……色々ありそうだね」
 感心したように呟いたウリルの隣で、リュシエンヌは頷きながら目を丸くする。
 一歩入ったそこから家電が出迎える店内はショッピングモールのような賑やかさ。あちこち目移りするからキョロキョロせずにいられないし、見れば見るほど圧倒されていく。
「うりるさん……なんだかどのフロアもピカピカで眩しい……っ」
「そんなに手を強く握らなくても、家電はルルを襲ったりしないよ」
 離れる事なく並ぶ品々を見ていたウリルは、繋いだ手をきゅっと握る妻へ揶揄うように笑いかけた。わかってるけど。リュシエンヌは少しだけ頬を赤くして、だって、と一点を見た。
「あそこの新型掃除機、ちっちゃい戦車みたいよ?」
「確かに」
 わざとサンプルゴミをちらかしたそこを行く様の頼もしさも、小さいながら戦車級。
 目を引く物は他にもあった。つい目的外の品まで買ってしまいそうだけど、今日の目的は決まっていた筈。目的の家電は確か――。
「うりるさん、ルルね冷蔵庫が見たいの……お家の冷蔵庫。ちょびっと冷凍庫が小さいかなって最近思って……暑いから?」
 並んで歩きながら問うように首を傾げた妻に、ウリルはそうだったと思い出した。
 ウルヴェーラ家の冷凍庫はアイスでぎゅうぎゅうだけど、週末の買出しでリュシエンヌ希望の大きな肉以外もストックするなら大容量タイプがいい。ハッシュドポテト、マッシュポテト――アイスもたくさんストックしたい?
 愛しいひとの料理の手間が、少しでも省けるのなら。
 ウリルは微笑みながら頷き返し、リュシエンヌと共にエレベーターの前へ。冷蔵庫は、と案内を見てお目当ての階に着くと数多の冷蔵庫がずらずら、ずらり。壮観ともいえる光景にリュシエンヌは瞳をキラッとさせ、両手をグーにずんずんと売り場へ繰り出した。
「うりるさん、戦闘開始なのっ」
 日々の生活を更に潤し幸せにする為、特に冷凍庫が大容量の物を。
 意気込むその後ろを、ウリルはほんの少しだけ遅れて追いかける。
「ん、いいけど……ちゃんとサイズは測ってきた?」
 はた。
「……さいず……」
「やっぱりな、そうだろうと思ったよ」
 項垂れたリュシエンヌは、片手にメモをひらひらさせるウリルを見て「そのメモは……!」と双眸を輝かせた。二人の暮らしを幸せにするには色々な物が必要だけど、一番幸せをくれるのは“できる旦那さま”!

「ラシードもねこと暮らしてるの、そう」
「“も”?」
 こくり。頷いたティアンは指を二本立てた。猫と同居仲間――否。ラシードにとって二匹の猫と暮らすティアンは猫先輩。猫達の気に入るおもちゃが見つかるといいと思って、と呟き、灰色の目を背も年も上の猫後輩に向ける。
「一緒に探さないか」
「よろしくお願いします」
 表情をキリッとさせたラシードにティアンは「うん」と頷いて――その数分後。親子程に年の離れた二人は、ペット用エリアで自分の所の猫トークを繰り広げながら玩具を物色していた。
「ティアンの所の2匹はどちらも割と、狩れるタイプのおもちゃがすき。ボールとか、ねずみのおもちゃとか。ラシードの所のマックスはどんな感じ?」
「ふわふわ感の強い猫じゃらしや、程よい弾力と硬さのあるサンドバッグ的なぬいぐるみが好きだなぁ」
 フガフガ言いながらキックしてるという噂のマックスは、やはり電気シェーバーを敵認定しているらしく、朝の身支度タイムは男と猫両方にとって戦いの時間だった様子。敵が顔に近い所を動くから危ないと思っているのなら。
「ふふ、随分懐かれてるじゃないか」
「じゃあこれは幸せな悩みってやつかな」
「多分、そう。ということで」
 困ったような、けれど悪く思っていない笑みを浮かべた男へ渡したのは“おいわい”というやつで。自宅用と一緒に買いたてのそれは、猫の狩人心を擽るだろう電池で震えるタイプの玩具だ。
「誕生日おめでとう、ラシード。新しい電気シェーバーは敵認定されないといいな」
「ありがとう。健闘を祈っててくれ……!」

 家電量販店でセール。それを聞いたイブは英世と日々過ごす家を思い浮かべ、“なかった物”に思い至った。
 そして当日。英世と共にやって来た家電量販店は、夏最後のセールという事もあってか非常に賑わっていた。特に目的を決めていない客、決めている客――後者である英世がイヴを隣に店内マップを眺める間も、店内を流れるBGMに家電から流れる音声、問い合わせに答えるスタッフと、自分たち以外の客の声に様々な音が重なってまるでテーマパークのよう。
「今回の目当てはジューサーだったね」
「はい」
 調理家電は上の階。電子レンジやオーブンが並ぶフロアには、ジューサーのみのコーナーもあるだろう。
 他の客と共にエレベーターの到着を待つ事暫し。音をたてて開いたそこから大勢が出て、出てきた数と同じくらいの人数が中へと入っていく。その中にしっかり入り込んだ英世とイヴは順に光っていくフロア数字を黙って見て――。
「そうだ、イヴくん」
「はい……?」
「他にも気になる家電があれば言うようにね」
 セールという折角の機会だ、遠慮や我慢といった二文字は勿体ない。調理家電コーナーを中心に回ろうと囁いた英世にイヴはこくりと頷いて――ポーン、とやわらかな音の後、開いたドアから調理家電フロアへと。
 天井からぶら下がる案内板を何度か確認しながら歩く英世の隣、イヴは並ぶように歩いていたのだが、すれ違う他の客とぶつからないよう避ける回数が少なくない。人の多い所では迷子も多いだろう。
 もし、そうなったら。
 イヴは英世の腕にぎゅっとしがみついた。恥ずかしさで少し顔が熱くなった気がする。それでも“英世に触れている”という事が少し嬉しくもあって――英世も、愛しい人に甘えてもらえるという何とも言えない嬉しさを感じていた。
「私から、離れないようにね?」
「……これからも……英世さんから離れるつもりはありません……よ?」
 甘えて本心が零れ出たからか、また顔が熱くなったイヴに英世は笑む。選ぶ基準は、主に使う事になる彼女の手に合った物。共に見本品を見る間うっかり中の機構を推測し語りたくなるが、今の英世にとってイヴとの生活が何よりも大切だ。彼女の表情を見れば、うっかりの可能性は自然と消えていく。
 そしてイヴにとっても、目当ての物を共に選ぶこの一時が心から“楽しい”と感じ、満たされるものだった。

 8月生まれはポイントUPと聞いた時、光流は「やったで」と拳を握った。お得になるのは大変いい事な上に、ウォーレンとの暮らしが豊かになる。
「で、何買おか」
「えとね、ドラム式洗濯機が欲しいかなって。乾燥機と一緒になってて、雨が続いても安心なんだってー」
「あー、いつもは川で洗ってるんやけど確かに雨が続くとホネやからな」
「そうなの?!」
「冗談やて。ちゃんと家の洗濯機使うてるさかい心配あらへんて」
「なんだ、冗談かー」
 光流さんなら本当にしているかもってちょっと思うもの、と笑う姿に、光流は“同居前は本当に川で洗っていた”という事は秘密にしながら洗濯機エリアあっちやてと手を引いて行く。
 ドラム式洗濯機と決めているものの、ドラム式だけでもなかなかバラエティ豊かな品揃え。これ全部セール対象? とウォーレンは少し驚きながら一つ一つ見て――悩んだ。
「どうしようか?」
「んー、これは乾燥まで自動でやってくれるのがウリやねんな。その分汚れ落ちは劣る、一長一短やな。……ちょっと休憩しよか」
 あ、だったら。ウォーレンはエレベーターの方を見る。欲しいのはドラム式洗濯機だけど、冷蔵庫やオーブンも見てみたいのだ。光流は構へんけどと同じくエレベーターの方を見て首を傾げた。
「今の気に入ってへんかった?」
「新調したいというよりね、一緒に白物家電を見るのって、すごく夫婦っぽいなって……思って……」
 言ってからウォーレンは言わなきゃよかったかもと思った。だって言ってからこんなに急に恥ずかしくなるなど思わなくて――頬を赤くしたのを見て、光流もつられてドキドキしてしまう。
 本当だ。今、自分たちはとても夫婦っぽい。だがしかし落ち着かねば。
 平常心平常心。すーはー、おほんっ。
「……ほな、手を繋いでいこか」
「そ、そうだね」
 手を繋ぐくらいは問題ないだろう。ああ、しかしこれは自分も真っ赤に違いない。
 しかし体温上昇は悪い事ばかりでなく。空調が効いていて寒いくらいだったウォーレンは、繋いだ手の温かさで少し落ち着きを取り戻し何か使ってる? と興味津々で。
「……扇風機売り場に行ってみようか、ミハル?」
「……不意打ちで可愛いことしたらアカンて。心臓止まりそうや」
「そこまで?! どうしよう光流さんしっかりー」
「じょ、冗談やて冗談……!」

 季節が変われば衣が変わり、エトヴァとジェミの愛猫・みけ太郎も衣替え――換毛期の季節に突入する。となれば、秋めいてきつつある今、備えなくてはならない。昔の人も言っていた。備えあれば何とやら。部屋をこまめに掃除して――。
「……ア、ジェミ、ジェミ」
「ん?」
 袖を引いたエトヴァの視線は実演中の円形ロボット掃除機に釘付け。掃除っぷりをじーっと目で追うその後をジェミも追い、わ、と目を丸くした。細かい紙屑や毛糸といったゴミのサンプルがバラバラに散らかっているのに、丸い掃除機はウィィィとゴミまで移動してシュシュシュと掃除している。
 商品説明の真っ最中であるスタッフは手ぶらでリモコンらしい物は持っていない。
 つまり。
「本当に自動でお掃除してる」
 しかも次のゴミスポットまで自ら移動している。聞こえる説明によれば、掃除を終えると自ら保管兼充電場所まで戻るらしい。賢い上にお掃除上手。エトヴァは感嘆と称賛の言葉をこぼし、ジェミ、と掴んだままの袖を引いた。
「うちに一台、どう思いますカ……?」
 きっとみけ太郎の抜け毛をしっかり吸引して――いや、それだけではない。
「いい! いいと思うよ!」
 想像してしまう。あの掃除機が家にやって来たら、『我が、天空の玉座である!』と、移動式掃除機に乗って上機嫌なみけ太郎の姿を。ウィィィ……と部屋の中に消えたり出てきたり、真っ直ぐ廊下を行ったり来たり。
 ――若干、掃除機の用途と違ってくるかもしれないけれど。
「とても喜ばれると思うよ! 僕らがヘリオンデバイスで飛べるなら、三毛猫も空を飛ぶ時代が来たのかもしれないし」
「……? 三毛猫が空を飛ぶ……浪漫が溢れていますネ」
 楽しそうに瞳輝かせて語るジェミにエトヴァもにこりと笑みを返した。
 色々とある中から一つを選んで――。
「ジェミはほしいものがアル?」
「欲しいもの……じゃあ、台所家電も覗いてみる?」
「アア、俺も見たいナ」
「じゃ、決まり!」
 探す基準は一緒に暮らしが豊かになりそうなものを。多種ある中からどれにするかは、喫茶店経営者であるエトヴァとしっかり相談して。それから。
「気持ち良さそうな猫用ブラシも、どうでしょウ?」
「賛成! あ、これなんてどう?」
 指先でサンプルに触れ、いや、やっぱりこっちかななんて相談を重ねて選べばミッションは無事終了。
「ふふ、みけ太郎サン、喜んでくれるといいなデス」
「今回はお土産もあるし、ご機嫌良くお帰りなさいしてくれるはずだよ」
 ――多分!

 髭が濃く見えるのは気のせいか。ラシード曰く久々に全部剃刀で剃ったとの事なので、気のせいじゃないかもしれない。しかし――ははぁん、ネコがねぇ。
「もう伸ばしてネコ用玩具に進化しとけ」
「いやサイガ、俺の髭はこれがベストなんだ」
 誰基準。目で問うとドヤッと示された左手薬指の煌めきに、サイガは再び「ははぁん」。
「つーかネコ? どんなだよ」
「ん? こんな猫」
 スマホに子猫の写真が保存されているとは。何だかんだ言いながら楽しくやってるみてーじゃねぇの。からかうように言うと「子供が増えた気分だ」と笑顔が返る。
「でも猫というか犬みたいな性格で。色々と手探り状態さ」
「ま、俺くれーのネコソムリエになりゃ写真から感情も分かっちゃいますよね。あーやっぱ新しい玩具欲しい顔だわコレ」
「え。じゃあノーパソ裏から覗いていた時のコレは俺で遊ぶ気満々の……?」
「そりゃ将来有望だな」
 小さな猟犬もとい猟猫の誕生を祝し、地球の番犬であり大先輩たる自分から、ラシード髭に似た猫じゃらしを贈ってやるとしよう。猫ソムリエなので玩具チョイスも当然素早い。パッと見てパッと取る。
「電動だぞ。良かったなオイ」
「嬉しいけどこの玩具、凄いにょろにょろしてないか」
「? そーいうモンだからだろ」
 箱の隅にある掃除用の字に気付くのは会計を終えてからずっとずっと後の事。
 今は、
「あー。まだ暑ぃしくっちゃべってたら喉渇いたよなー」
「じゃあ上に行こう」
 俺はアイスが食べたいといそいそエレベーターに向かう背中を、じ、と見る。髭本体にはどさくさで誕生日祝いに飯でも奢るとして――猫も、『見て選ぶ』生物だと何かで知った。だとしたら。
(「ま、賢い奴かもな」)

 客にスタッフにと行き交い届く人の声は快活で、機械音声は畏まっている。掌サイズから見上げる程まで。行儀よく並ぶ家電はどれもぴかぴかだ。シズネをわくわくさせる家電量販店という場所は、なぜだか動物園や水族館らと似た心地になる。
(「わ、わ……!」)
 どれも気になるあまり梟のように首を回して、目をぴかぴかさせてあちこち見る隣では、パンも焼ける炊飯器や愛猫達が可愛く撮れる一眼レフカメラ等にとラウルも目をきらきら。多彩な品揃えは探検気分で“楽しい”が尽きない。
「次は何を買おうか? ……あれ、シズネ?」
 何だか静かだなと隣に視線をやれば、橙の目は輪っか型家電に釘付け状態。“ここをくぐって御覧なさい”とぐいぐい惹きつけるそれは羽のない扇風機で、ラウルも実物を見るのは初めてだ。
「どこから風が出てくるんだろうね?」
「サイシンでハイテクだ……!」
 羽なしから吹く心地よい風に二人の髪はふわふわり。半ば方針状態だったシズネの目は輪っかの内側に広がる世界を見つめ――仕組みに首を傾げていたラウルは、ぽわんと浮かんだイメージに一瞬囚われる。
 見事なドーナツの形をぴょんっと輪くぐりする愛猫達(と猫化したシズネ)。
 ――あ、すごくかわいい。
「シズネ、コレも買おう! って、あれっ? いない?」
「隊長! オレこの野生のロボット欲しい!!」
 前方からタターッとやって来るのはシズネで間違いない。得意げに掲げている黒い円盤はフリスビー――ではなく、毎年進化を続けている有能な円盤形お掃除ロボだ!
「ど、どこから捕まえてきたの!?」
「あっち! コイツ輪っかの向こうで動いてたから捕まえてきた!」
 へへんと胸を張ったシズネが指さした先には、性能を見せる為のコンパクトな専用エリアがぽつん。残っているカラフルな紙屑が、あそこでウィィンと“動いてた”事を裏付ける。つまり野生のようで野生じゃないお掃除ロボだ。
「なあなあラウル、コイツにしよう」
「お掃除ロボットがいいの?」
「ん!」
 羽なし扇風機はくぐりたさが凄いけれど、ラウルが夢中な間に捕獲したロボットは喋って光って、しかも自分で動いて掃除するという凄いヤツだ。コイツは、動いて散らかす自分より賢い。
 だったら、動いて散らかすオレの後ろをついてくるんじゃあ?
 獣耳をぴこりさせてちょっと考え込むシズネの前で、ラウルの頭にはお掃除ロボに乗る愛猫達(と猫化したシズネ)が浮かんで――いたかもしれない。

 猫グッズを物色する41歳の手元を明るい空色が楽しそうに覗き込む。
「いつからかわいこちゃん囲いこんでンの、紹介しろよこの色男」
「びっくりしたキソラか!」
「はは、悪ィね。で? 可愛いのは聞かなくても分かるがどんなコよ」
 写真と動画どっちがいい? え、動画もあンの。ある。交わした会話の後キソラはじゃあ、と選び、スマホ画面に表示された『マックス』を見て幼子を見るように目を細めて笑った。
「やんちゃっぽいなあ」
「当たり。それによく喋る」
 玩具の好みは“ふわふわ”や“弾力と硬さのあるもの”で寝る場所はもふもふ派。キソラはアレコレ訊ねて軽口を交えてと過ごしながら、気になった玩具を片っ端から勧めていいった。カゴの中はすぐ流行物や鉄板系で賑やかになり、同時に見えた種類の多さには感心せずにいられない。
「コレなんかでっけぇ猫も釣れそうよなあ……」
「ノルウェージャンとか?」
「あーいやいや猫は飼ってねぇケド、猫は」
 猫は? と問う赤色にキソラは笑って答えを伏せ――ああ、そうそ。ポケットから取り出した小袋をラシードに押し付け、きょとん顔へニッと笑いかけた。
「コレは買うなよ。誕生日オメデト?」
「え、ありがとう……! 開けても?」
「ドーゾドーゾ」
 もしもの時の必需品、記名式猫型迷子札。その重要性を本で学んだというラシードは、家族からの頼まれものは完遂したらしい。
「じゃあセンパイ、今度引っ越す事になった迷える青年にオススメ家電教えてヨ」
「お、いいとも」
 予算は、引越し先は?
 単身赴任の日々で得た情報に真夏の大セールも加わって、お得感は増すばかり。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月14日
難度:易しい
参加:13人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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