忘れた過去は繰り返される

作者:ほむらもやし

●予知
 石川県金沢市にある古いゲームセンター。そこが閉店する噂が流れて沢山の中高年が大勢訪れていた。
「こんなに賑わったのは何十年ぶりかなあ」
 今年83歳になる店主がしみじみと呟いた。
 店内には未だ1980年代のゲームが数多く稼働していて、壁面には店が賑わっていた頃に開催していたイラストコンテスト歴代優勝作品が並ぶ。
「おやおや、おじいさん繁盛しているじゃありませんか」
「おかげさまで――」
 ブシュッ!
「この指を抜いてから、3秒後にあなたは死にます。その3秒の間に……って、勝手に死んでんじゃねえ!!」
 首から血を零し、おじいさんは笑顔のまま倒れ、思い通りにならなかったことに身長3メートル近くのおばあさんは狂ったように怒り始めた。
「デウスエクスだ!!」
「にげろ!!」
「死に、たわばっ!!」
 昔を懐かしむ人で賑わっていたゲームセンターは、その最後の最後になって、実際の世紀末には起こらなかった創作伝説の如き地獄に変わるのだった。

●ヘリポートにて
 廃業前の賑わいを見せていたゲームセンターで人々が虐殺される。
 恐としい未来を予知したと、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、険しい表情を見せ、虐殺の阻止と、エインヘリアルの殲滅を依頼する。
 なお今回のエインヘリアルは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしい。
 早急に撃破しなければ、被害は拡大し、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる可能性もある。
 現場は金沢城に近い市街地。
「今から向かえば、エインヘリアルが入店する前に到着できる」
 エインヘリアルが入店前に戦闘に持ち込めれば、予知された殺害は食い止められる。
 時間帯は昼間だが、学校などは休みの時期で外出している人も殆どいないので、積極的に戦いを仕掛けても差し支えない。また戦いの場に飛び込んでくる一般人もいない。
「考え足らずな敵に見えるけど、鍛え上げられた筋肉に裏付けられた戦闘力は、強力だから用心して下さい」
 エインヘリアルにしては珍しく拳で戦い、近接戦闘が得意だが、遠距離の攻撃も可能だ。
「おばあさんにしては大柄すぎますしね……本気でなりすましたつもりだったのでしょうか?」
 ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は、首を傾げると、手にした水を飲み干し、気合いを入れた。


参加者
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)
 

■リプレイ

●戦いの定め
 依頼を受けて到着した一行が目にしたのは休日にしては異様に人気の無い街並みと、そんな中にあってそこだけが賑わっている風に見えるゲームセンターであった。
「間に合ったのね。今のうちにできることはあるかな?」
「今からお店に入って事情を説明する時間は――なさそうです」
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)の声に、肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)が応じたその時やけに大きな人影が近づいて来る。
 近寄ってきた人影の見た目エプロンをつけたおばあさんだったが、腰を傾けた状態にもかかわらず、ゲームセンターの前で陣取る一行の二倍ほどの身長がある。
「おや、このお店だけは随分にぎわっているのですね。何ごとでしょう?」
「おい、お前!」
 眉間に皺を寄せた、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)が鋭い口調で声を掛ける。
「ん~どうしましたか?」
「……これは一応ツッコんでおいた方が良いのか?」
「おやおや、なんのことでしょう?」
 身体が大きいおばあさんもいるかも知れない。万に一つの可能性も潰しておきたい。
「貴様のような婆さんがいるか、罪人のエインへリアルだな?」
「格好は面白いが、戦力としては笑えないレベルなのだろうね?」
 確信を深めた双牙に続けて、千歳緑・豊(喜懼・e09097)が続ける。
 これで相手からボロを出せば、遠慮無く仕掛けられる。
「くそう。なぜ分かった? ぶっ殺してやらあ!!」
 思い通りにことが進まずに激昂したおばあさんのエインへリアルは、豊を目掛けて腕を突き出す。
 瞬間、間に割り込んできた、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が、巨大な腕を受け止める。
「あなたの好きにはさせない! 民衆を身勝手な遊びの犠牲になどさせはしない!」
「きえ~い!!」
 吠えるエインへリアル。瞬間、イッパイアッテナの脇腹に何かが触れる感触がして、身体の内側が沸騰し膨れ上がるような感触が来る。エインへリアルが伸ばした指先が急所を突いている。
「くっ、これは――」
「これで大丈夫ですよ。やはり接近戦で変な技を使ってくるのですね」
 鬼灯が繰り出した、清らかな緑のオーラが満ちて、奇妙な身体の疼きも霧散した。
「やさしいおばあさんのふりをするなんて、すっごくみっともないよね」
 氷花はアイシクル・インパクトと名付けたパイルバンカーに凍気を纏わせる。
「何だと?!」
 もともとおばあさんのような格好をしているのだから、そこを非難されても困るのだが、良い意味での見た目に相応しい振る舞いは大事かもしれない。言葉を交わす刹那に凍気は苛烈さを増す。
「お年寄りとはいえ、人々に危害を加えるなら、容赦無用で倒してしまわないとね」
 明確な意志で唸りを上げる杭。雪をも退かせる凍気を纏った杭を連続して叩き込まれて、エインへリアルは堪らずに身体を後ろに引いた。
「通りは危ないですから、通りには出ないで下さい!」
 ゲームセンターの店内はゲームの音楽や効果音で満ちていて、イッパイアッテナが呼びかけるまでは、外で戦い始まっていることには、誰も気がついていなかった。
「まさか一方的な殺戮しか楽しめないなんて、子供じみた趣味はしていないよね?」
 豊と、機を合わせるようにして、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)が放った大量の弾丸が地面で爆ぜる。着弾に追われるようにしてエインへリアルは横に跳躍を繰り返して避ける。
 弾丸に跳ね上げられた石礫が飛び散ってフィルムの貼られたゲームセンターの窓面に蜘蛛の巣の如き模様のひび割れを刻んで行く。
「見た目によらず素早いばあさんだね」
 目にも止まらぬ速さで薬莢の排出と弾丸の装填をすると、熱を帯びた銃身を構え直し立ち位置を変える。
 一定の距離を保ちながら並行に動くエインへリアル。そこに流星の輝きと共に突っ込んできた双牙の飛び蹴りが炸裂する。
「おっと、それは喰らわないよ」
「どうして避ける。格闘が得意なのだろう? 相手をしてもらうぞ」
 半歩退いて間合いを調整しつつ、エインヘリアルは一対一では自分のほうが強いことを誇示するように、豊と双牙に対して尊大な態度で返す。
 これで少しは足しになりますか? と、鬼灯がメタリックバーストを発動する。
 鬼灯から湧き上がるメタリックバーストの銀光に背中押された豊と双牙の中で新たな感覚が目覚める。
「なかなか手強いのね。でも負けないよ」
 状況は互角、氷花は緊張からか、ぎゅっと拳を握り絞めて駆け出す。間も無くローラダッシュの火花が噴き上がり、脚は炎に包まれる。
「これで、炎に包まれてしまえー!」
 確実性という意味では正直自信が無いところもあるが、当たれば大きいし、今慎重を期して守勢になる必要も無い。エインへリアルの背後が道路であることのみ確認して、氷花は滑るような動きから大振りの蹴りを叩き付ける。それは吸い込まれる様エインへリアルの腰に命中し、炎は瞬く間に燃え広がって行く。
 怒り狂ったような叫びと共に、エインへリアルは高速のパンチを繰り出してくる。
 躱しきれない。そう覚悟した刹那、風景が灰色になり、自分の動きと迫り来る巨大な拳がまるでスローモーションのようにゆっくり動いているように見えた。
 見えてはいても自分が早く動けるわけでは無いが、迫る拳と自分の間に飛び込んでくるイッパイアッテナの背中が見えて、瞬間、時間の流れが元に戻る。
「あた、あたたたたた!!」
 吹き飛ばされたイッパイアッテナの背中越しに氷花にも拳の衝撃が伝わってくる。受け身の態勢ではあっても、エインへリアルの拳の連打の直撃を受けて無事である筈が無い。
 ミミック『相箱のザラキ』がまるでイッパイアッテナを助けようとする様にエインヘリアルの肩にかぶりつく。
「なんだぁ?」
 夢中でイッパイアッテナを殴りつけていたエインヘリアルが間の抜けた声を上げた瞬間、頭にズドンと衝撃が来る。双牙の飛び蹴りが側頭部に決まっていた。
「少々お痛が過ぎるようだな」
「ぎぃやああああ!!! 痛え、脳が痛えよおおお!!」
「それは傷つけられる痛みだね。君の番が巡って来たんだよ」
 戦いの流れが一挙に変わったと直感した豊も攻勢を強める、地獄の炎でできた獣を召喚しエインへリアルをターゲットに定める。
 牙を剥く炎の犬は悲鳴を上げるエインへリアルに纏わり付き、その動きの一つ一つに妨害する。
「くそっ、来るなやめろ――」
 直後、追い払えない炎の犬に苛立ちを募らせるエインへリアルにナオミが蹴り飛ばした星形のオーラが命中して小さな星を散らした。
 一方、鬼灯はウィッチオペレーションを駆使して、傷ついたイッパイアッテナを癒していた。
「これで暫くは大丈夫でしょう」
「鬼灯さん、ありがとうございます! この身が壊れるまで守り続ける所存です」
「頼もしいですが、無茶はしないで下さい。イッパイアッテナさんだけが傷ついてもいい――なんてことは無いでしょう」
「その通りだよ。イッパイアッテナ君。目指すはパーフェクトのクリアだ」
 戦いの終わりは見えてきているけれど、気を緩めずに最後まで行こうと豊が呼びかけ、氷花が輪舞を舞うかの様な優雅な動きでエインへリアルを切り刻み、深いダメージを重ねる。
 ゲームセンターのひび割れた窓からはゲームの音が漏れ聞こえるが、中で遊んでいる気配は無い。お客は店の奥、裏口の方から避難を開始終えているようで、店内に飛び込まれても被害は物質的なものに留まるだろう。
 周りを見渡しても人影は無い。一般人は皆、デウスエクスの恐ろしさを知っている。
「だいぶお疲れのようですが、最期までお相手しましょう」
「また、あんたか……三途の川を渡るのも独りぼっちじゃあさびしいからのう」
 何度殴りつけられても、すぐに回復して戻って来る、6人のケルベロスの中で一番小柄なイッパイアッテナに、おばあさんのような口調に戻ったエインへリアルは親しみを込めて目を細めた。
 こういう流れが一番危ない気がすると、双牙は感じた。
 死にかけていてもデウスエクスの瞬間的な攻撃力は無傷の時と変わらない。
 双牙は全身に地獄の炎を漲らせると間合いを詰める。
 そして身長で2倍、体積で言えば4倍、はありそうなエインへリアルの巨体を担ぎ上げる。
「おやこれはいったい?」
「……紅蓮の炎に巻かれて爆ぜろ ――ヴォルカニック・ジャイロ!」
 炎と共にエアプレーンスピンの如き回転で空中に投げられたエインへリアルの身体がいっそう強く燃え上がる。
 機を合わせて、イッパイアッテナもミミックと共に跳び上がり、フェアリーレイピアを振るう。
「これで終わりにしましょう」
 炎に包まれたエインヘリアルの周囲に深紅の薔薇の幻が次々と浮かび、斬撃が閃く度に幻想の世界に咲く薔薇と共に身体が切り刻まれて行く。
 地面に落下する刹那にも、容赦も油断も無い攻撃が殺到する。
「もう大丈夫ですよ」
 鬼灯の言葉に乗せられた力は風の如くに戦場を満たして、氷花の輪舞いから繰り出される斬撃に裂かれて、おばあさんのエインへリアルは遂に倒れた。
 直後、勝ち鬨の如き、犬の遠声を聞いて豊は戦いが終わったと確信した。
「終わったようだね」

●戦い終わって
 ゲームセンター店内。
 通りに面した窓は蜂の巣を描いたように破損していたが、ゲーム機や記念のイラストなどは無事だった。
「どうもありがとうございます。おかげさまで、お客様は皆、避難できました」
 店内は無人に見えたが、カウンターの中に隠れていた店主のおじいさんがひとり残っていた。
「おじいさんも無事で何よりです。本当は避難していて欲しかったですけど」
 少し厳しい顔をするイッパイアッテナだったが、おじいさんなりの考えがあってことと察して、それ以上追及することはしない。
「窓だけなら、ヒールも余裕よね」
 そう言いながら、氷花がヒールを掛けると、ひび割れと穴だらけで、今にも崩れ落ちそうだった窓は呆気ないほど簡単に元に戻った。
 路上の弾痕や流れ弾による破損へのヒールを終えると、折角来たのだから遊んでみたくなってくる。
「わざと照明を暗めにしているのだな」
 もっぱら家庭用のゲーム機を楽しむという豊にとっては、初めてかも知れないゲームセンター。今風の明るいゲームセンターとは違う、若かった頃に気後れして入れなかった当時の雰囲気を肌で感じることができた。
「クレーンゲームか――これは財布を溶かす恐ろしいものだな」
 双牙は残り少なくなった紙幣を、両替機に入れる自分の手が他人の手のように見えた。
「だいぶ突っ込まれたようですね」
「そうだな――」
 思いがけない声に双牙が振り向けば、其処には飲み物を持っている鬼灯がいた。
「ひと休みしませんか、あちらでイラストもたくさん見られますよ」
 戦いの緊張から解き放たれたばかりで、まだ調子が出ないだけなのかも知れないと、イラストを見に行く双牙。
「僕が生まれる前のゲームばかりみたいですが、凄いですね」
 鬼灯の目に止まったイラストは、30~40年ほど前のドット絵で描かれたゲームから想像力を発揮して描かれたもので画力のみならず、ゲームへの愛情を感じる素晴らしいものだった。
「え~なにこれ。ずるい」
 レーザーガンで地面に掘った穴に敵を落としながら財宝を集めるゲームをしていた氷花がガックリと頭を下げる。どうやらひどい罠に引っかかったらしい。
 どこからともなく染みついた煙草のヤニのような匂いがする。
 豊もイッパイアッテナもそれぞれに50円硬貨を手に、様々なゲームを移動しながらプレイしているようだ。
「僕もイラストを投稿させてもらっていいでしょうか?」
「大歓迎じゃとも、何年ぶりかのう……」
 そう、おじいさんは鬼灯の描き始めた、皆が遊ぶ様子の絵を見て目を細める。
「ゲーマーはのう、寂しがり屋じゃから、付き合うのは好きじゃけれど……体力がのう」
 そこに、避難していたお客たちが、ゲームセンターの無事を確かめようと、次々と戻って来る。
 金沢の街を撫ぜて行く風は、もう暖かい春の風。
 今や兼六園ではツツジが満開を迎え、菊桜は今が見頃。水辺にはカキツバタの鮮やかな紫がある。
 新緑の鮮やかさで目立たなくなっていても、花は咲いている。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月8日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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