悲しみのアネモネ

作者:芦原クロ

 植物園では、最盛期を迎えたアネモネが見頃となり、咲き誇っていた。
 オレンジ、桃、青、紫、赤、白……と、花色が豊富だ。
 一重咲きが多いアネモネだが、この植物園には一重咲きだけでは無く、半八重咲きや、八重咲きなど異なる花形が揃っている。
 愛情表現の贈り物として良く選ばれるのは、愛や恋を連想させる、赤いアネモネ。
 どの色も華やかで美しいが、来園者の目を一番に惹くのは赤いアネモネだ。
 逆に、ネガティブな花言葉を持つ、紫色のアネモネは、どことなく儚げに見える。
 どこからか漂って来た謎の花粉のようなものが、1本の、紫色のアネモネにとりついた。
 たちまち、攻性植物化して巨大化し、動き出す。
 異形は来園者たちに襲い掛かり、あっという間に返り血にまみれ、殺戮の限りを尽くした。

「紫色のアネモネか……花言葉は、悲しみ。あなたを信じて待つ、というのも有ったな」
「攻性植物化した悲しみから、解き放ってあげたいです」
 霧山・シロウ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0315)の言葉に、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が続く。
 シロウはその言葉に頷いてから、ケルベロスたちに真剣な視線を送る。
「カロン・レインズさんの調査のお陰で、攻性植物の発生が、予知で確認出来た。急ぎ現場に向かって、攻性植物を撃破して欲しい。放っておけば、多くの命が失われてしまう」

 敵は1体のみで、配下は居ない。
 警察などが一般人の避難誘導を迅速におこなってくれるので、ケルベロスたちは降下後、攻性植物を迎撃すれば良いようだ。
 戦闘に集中していれば、敵の意識も、ケルベロスだけに向けられる。
 アネモネの展示スペースはやや広めで、少し気を付けていれば他の植物を傷つけずに、戦える場となるだろう。

「あんたさん達なら無事に討伐出来ると、信じてるぜ。カロン・レインズさんの言う通り、どうか、攻性植物化した悲しみから解き放ってやってくれ」
 信頼を露わにし、頭を下げて頼んだ。


参加者
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)
佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)

■リプレイ


「すっごい! おっきい!」
 巨大化した異形を見た、瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)の第一声。
 瞳を輝かせ、大興奮している千紘をちらりと見てから、ざっと植物園の中を見回す、空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)。
 美しい花々や珍しい植物の展示スペースがいくつも有り、普段なら園内は癒される場所となっているのだろう。
「綺麗な植物園だな。そんな所を攻性植物なんぞに荒らされるわけにはいかないな」
 静かに、異形を睥睨する熾彩。
「元々は綺麗な花だったろうに、こんな姿になってしまって……」
 異形と化した花は毒々しく、禍々しい悪意に満ちている。
 悲しげな瞳で異形を見、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は胸を痛めた。
「花言葉って人間が勝手につけたものでしょ? 花からしたらたまったもんじゃないわね」
 佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)は強気に言い放ち、気落ちしているようにも見えるカロンの肩を叩く。
「でも、悲しみから解き放つっていうのは賛成よ」
 共に頑張ろう、と。励ますようなレイの言葉に、カロンは役目を強く意識し、頷いた。
「動きがドラゴンちっくで、巨大アネモネめちゃカッコイイ、うぇーい♪」
 千紘はまだ興奮冷めやらぬ表情で、異形に接近しようとする。
 彼女の腕を、友人のラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)が掴んで引き戻した。
 そこでようやく、千紘は討伐が目的だということを思い出し、敵をもっと近くでじっと見ていたい気持ちを我慢する。
 ラギアが腕を離すと、千紘は素早く後方へ飛び、敵との距離を充分に保った。


「僕はBS付与を目的に、攻撃だけします」
 基本的に回復は行わないことを仲間たちに伝え、一筋の煌めく軌跡と共に、飛び蹴りを食らわせる、カロン。フォーマルハウトは作った武器で攻撃。
「自分は守り手として、負傷が大きい人や、集中して狙われている人を最優先で庇うっすよ」
 もちろん、戦闘で周辺には被害を出さないように気を配るつもりの、シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)。
 槍を構えたかと思いきや、瞬時に突撃し、凄まじいスピードに敵も圧倒される。
「植物園と植物を早く解放して、攻性植物の動きを抑えるっす! ディフェンダーとして、皆さんをかばいながら戦うっす!」
 仲間をいつでも庇える位置につき、セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は痛烈な一撃を食らわせる。
 敵の構造的弱点を見抜いた攻撃は、仲間たちのダメージアップの補助が目的だ。
「庇いやBS付与は心強いぜ、宜しく頼むよ」
 ゴーグルを目に装着し、レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)が放つ、炎を纏った蹴撃。
 他の植物を巻き込まないよう、細心の注意を払って立ち回っている、レヴィン。
 炎は敵だけを包み、敵は怒りと苦悶に満ちた咆哮を響かせる。
「悪いな、おまえを元に戻す方法を俺は知らない」
 ラギアは咆哮に応えるかのように、言葉を紡いだ。
 鋭い目つきで敵を見据え、覇気を纏って。
「禍々しい悲しみという呪いごと、払ってやるから覚悟してくれ」
 仄かに冷気を纏う、鴨頭草の剛斧を光り輝く呪力と共に振るい、叩き潰す。
 ラギアが威力の高い攻撃を最優先したのは、他の花々へのダメージを回避する為、戦闘を一刻も早く終わらせたいからだ。
「頼れる仲間がいっぱいね、あたしもあたしのやるべきことをしっかりこなしちゃうんだから! 先輩も頼りにしてるからねっ」
 レイは敵の禍々しさに、少しだけ怯みそうになる。
 だが、今同じ戦場に立つ仲間の存在の、心強さに気を持ち直して。
 シャムロックにも声を掛け、拳銃を構えるレイ。
「そのいち、得意のクイックドロウで武器封じよー。弾倉が空になるまで撃ちまくりよ!」
 レイは敵だけを狙ってトリガーを引き、猛スピードでターゲットを撃ち抜く。
 細めのツルがいくつか吹き飛び、敵の怒りの叫びが大地を揺らす。
「おおっと、やらせはしませんよ。BS耐性をペタペタと張り付けて仲間を援護♪」
 仲間を守護する紙兵を大量散布し、敵の攻撃に備える、千紘。
 千紘の読み通り、敵は連携が途絶えた隙を狙って大地を侵食させ、人数の多い前衛陣を生き埋めにする。
「ジャマーの催眠とは厄介だな」
 熾彩は長剣で守護星座を地面に描き、その光で前衛陣を守護した。
 シャムロックとセットは宣言通り、仲間のラギアとレヴィンを護る。
 フォーマルハウトはカロンの指示通り、近くに居たディフェンダーのシャムロックを庇い、それぞれ庇った相手の代わりに催眠を受けた。
「ん? 今日は大人しいって? 女の顔は一つでなくてよ♪」
 千紘は仲間の回復に専念し、耐性が複数掛かっていたお陰で、前衛陣の催眠を完全に掻き消した。


 回復役は補助と回復を。
 千紘1人では回しきれないサポートを熾彩が、他の仲間たちもそれぞれ補う。
「催眠がかかったり体力が低い仲間がいたらキュアするわね。催眠ふらふらは危ないもの!」
 レイも時には回復に専念し、フォーマルハウトは千紘を庇い続ける。
 カロンは攻めの姿勢を崩さず、敵に付与したBSを増加しようと、ジグザグの効果を与え、敵を追い詰めてゆく。
 見切りに注意しながら攻撃の属性を切り替え、敵の弱点をあぶりだそうとする、シャムロック。
 ラギアは体力が半減した仲間に敵の意識が集中せぬよう、高威力の攻撃で叩き斬り、敵の注意を引いて回復の時間を稼ぐ。
「ただでさえ大阪城と市街地を占拠してるっすのに、まだまだ広がろうとするのはよくないっす……」
 セットが呟いた瞬間、敵が灼熱の光線を放つ。
 周囲の花々への被害を抑える為、セットはあえて避けず、可憐な花たちを護った。
「オレに回復はしなくて大丈夫っす! 相手も弱ってるしガンガン攻めるっす!」
 セットの頼もしい言葉が、仲間たちを鼓舞する。
「……視えた、そこだー!」
 銀色の銃を構え、精神を集中する、レヴィン。
 ゴーグルの奥の両目で、しっかりと敵に狙いを定め、確実に敵を射抜いた。
「あたしの美しいカモシカのような足で飛び蹴りかましてやるわっ。スターゲイザーで脛とか狙おうかしら! あればだけど」
 太いツル目掛け、宙から飛び蹴りを叩き込む、レイ。
(「アネモネの花は、無力で守られるだけの子供の頃を思い出す」)
 ラギアは立ち塞がる全てを見据え、切り拓こう、と。武器を一際強く握る。
「久しぶりだからって遅れるなよ!」
「ラギアちゃんとコンビネーションひさしぶり、燃える、キメちゃいます☆」
 千紘へ声を掛け、ラギアは敵の正面から殴りかかる。
 同時に千紘は、敵の死角となる側面へ回り込み、敵の足元から紅色のサンゴのようなものを広げる。
「迅雷尾でバリバリドカーン! 千紘の美技に痺れてくださいな♪」
 花々が被害を被らないように注意しつつ、紅色の逆さ雷で敵を焼き焦がす。
「一気に削り取るぞ」
 超硬化した手や足で敵を殴り、炎の息を浴びせるラギア。
 2人の華麗な連携攻撃に、仲間たちも後に続く。
「さぁ、派手にいくっすよ!」
 半人半馬のシャムロックが蹄を鳴らし、獰猛な嵐のように駆け抜け、すれ違った敵の傷を広げる。
「いいわね! 先輩に乗りたくなってきたじゃない!」
 レイの突拍子も無い発言に力が抜け、一瞬転びそうになったシャムロックだったが、体勢を立て直している内に、敵の異変に気づく。
「理力が特に効いている感じっすね、効果的なグラビティで攻めるっすよ! あと少しで倒せそうっす!」
 敵はのけ反り、全身を震わせ、苦鳴をあげている。
 すかさず、シャムロックは声を張り上げ、メンバーに伝達した。
「理力っすねー! わかったっすー!」
 セットが炸裂させる、炎を纏った蹴撃。
 順を譲り、行動を起こさない友人のカロンを心配し、セットが眼差しを僅かに向ければ、カロンは真上を見ていた。
「……理力。承知した。他の植物を傷付けないように気を付ける」
 背中から光線の如き光を発し、敵を光で射抜く、熾彩。
「夜の空を見てごらん」
 夜空に煌めく星のように強い光が収束し、その周りに、線状になった星が弧を描くようにして、集まる。
 自分たちが見ている星は何万年も前の姿だけど。
 それでも星空の景色に、何の偽りがあると言えるだろうか? と。
 カロンの信じる心が動力源となっているかのように、頭上の光は美しく、鮮明に輝き、敵を照らす。
「――星が綺麗だとは思わない?」
 まばゆい程のキレイな光に全身を包まれ、敵は魅入ってしまったのか、なにも発すること無く、完全に消滅した。


「ラギアちゃん、お疲れ様ー! やっぱり、本物のドラゴンはカッコいい♪」
 ハイタッチをラギアと交わす、千紘。
 破損箇所や、侵食された大地をヒールで修復したり、掃除や片付けを行なっている間に、一般人の避難も解除された。
 花や植物に傷は無く、無事に守り切ることが出来、植物園に平和が戻る。
「販売所に行ってみよう。2つ花束が欲しいんだ。1つは彼女に花束をプレゼントしよう!」
 レヴィンは明るく元気に、販売所へ向かう。
「ねーねー、花束2つってもう1つは誰にあげるの? もしかして別の彼女とか? オトナね!」
「なにぃ!? 違うぞ、もう1つは……自宅用っていうかなんていうか」
 レイが興味津々に尋ねると、レヴィンは即否定し、説明を続かせる。
「まぁ、オレと同居人はどちらかと言えば花より団子だけど、たまには……いいだろ?」
「このアネモネって花、あたしみたいじゃない! 小さくてかわいいけど高貴な色でつい目立っちゃう。あたしもアネモネも罪な花ね~」
 尋ねておきながら、ころっと花に意識を持ってゆかれる、レイ。
「って、聞いてねーな!? ……花言葉は色によって違うみたいだけど、色々な色がある方が賑やかだ。もちろん、紫も入れてもらおう!」
 レヴィンは明るさゆえか気にせず、自宅用の花の捧げ先を脳裏に浮かべる。今は亡き、少女の姿。
「折角だからな、アネモネを買っていこう。贈る相手などはいないから……花瓶に生けて飾る用に」
 様々な色を数本選び、購入する熾彩。
 彩り豊かな花々は、装飾の役割を存分に発揮するだろう。
「お部屋で育てよっと。青いお花、ひとつちょーだい」
 レイも購入し、ラッピングは自分でやってみるほうを選択した。
「ふおおぅ、本当にたくさんの色があるのです。ちっちゃいのも綺麗ですね、つんつん」
 千紘はアネモネを見て回り、ラギアがのんびりと付き合う。
「ラギアちゃん、花束つくろー♪ 今日は気合い入ってたけど、アネモネに恨みでもありますの?」
「アネモネにはいい思い出がある。子供の頃、咲いていたアネモネを摘もうとして崖から真っ逆さまに落ちた」
「崖を転げ落ちるって、面白そうな大事件ね。変態め」
 花束を作りつつ、会話を交えて楽しそうにラギアを揶揄する、千紘。
「そのあと、姉さんが手厚く看病してくれた」
「最後まで聞いたらシスコンでした。だめだ、こりゃ」
 それが姉と過ごした最後の日であり、唯一、残る記憶だとは言わず。
 ラギアは千紘を見つめ、姉の面影を重ねる。
 前向きで無茶苦茶なところが特に、姉に似ていると、和やかな気持ちになるラギア。
「花言葉に対抗して、花束言葉を考えました」
 全ての花の色を束にしてラッピングし、千紘は弾けんばかりの笑顔で、ラギアに捧げる。
「いろんな色がある世界は広くて面白い♪ いい花束言葉でしょ?」
「アネモネに新しい思い出が増えた。そうだな、世界は広い……瀧尾さんは世界の広さを思い出させてくれる。花束をありがと」
 ラギアは赤色のアネモネを一輪、千紘の髪に差し、似合うというように頷く。

「植物園を見学するっす」
 セットは、植物園の花を眺めているカロンに付き合い、共に散策する。
「折角ですから、アネモネの展示スペースを覗いてみたいっすよ」
 シャムロックは展示スペースから動かず、アネモネに夢中だ。
「そんなに見てるってことはー、シャムロックさんも贈りたい相手がいるんっすね?」
「……残念ながら、花を贈るような相手は自分には居ないっすが。いつかそんな人が出来た時の為に、花言葉のひとつくらいは覚えて帰りたいっすね」
 セットが気づき、シャムロックに問うが、返って来たのは寂しいものだった。
 だが哀れみを誘わないのは、シャムロックの明るく陽気な喋り方のお陰だろう。
 居心地の悪い雰囲気にもならず、むしろ花言葉を覚えるという前向きな姿勢に、セットは素直に感心した。
「後は、プリザーブドフラワー用に紫色のアネモネの切り花を一輪買って帰るっすー」
 作るのに手間は掛かるが、花の美しさを数年間も長く保てる、プリザーブドフラワー。
「信じて待つのは、悪いことではないっす。今はなくて悲しくとも、未来に希望があることっすから!」
 セットは満足げに、購入した一輪の花を眺める。
(「たとえ束の間の平穏だとしても、今は悲しむ必要は無いんだ」)
 カロンがセットの言葉を聞き、フォーマルハウトとのびのび過ごしつつ、思案する。
「自分でラッピングって難しいわね……あーもう! 頭もリボンもぐっちゃぐちゃよー!?」
 混乱したレイの声が、響いた。
「お店の人には頼みたくないんですね」
 カロンが声を掛けると、意地が有るのか、レイは深々と頷く。
「レイさん、リボンが逆さまっすよ」
 シャムロックが楽しそうに交ざり、ぎこちない形で結ばれたリボンを指摘する。
「ラッピングペーパーもクシャクシャっす。新しいのと交換してもらえないか訊いてみるっすー」
 セットはスタッフに交渉を持ちかけ、花束に合うラッピングペーパーを入手。
 ああでもない、こうでもない、と。
 和気あいあいと手伝いながら言葉を交わして、時間は掛かったが、仲間のお陰で、レイはなんとか花束を完成させることが出来たのだった。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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