命を喰らう白華

作者:雷紋寺音弥

●忍び寄る悪意
 聳え立つ白い巨塔。誰もいない裏庭を、車椅子に乗って散歩するのは一人の少女。
「ふぅ……。やっぱり、ここは落ち着くなぁ……」
 この時間、裏庭に出る者がいないことを、少女は今までの経験から知っていた。時刻は早朝。まだ、大半の患者達は眠っており、誰も邪魔する者はいない。
 黙って部屋を抜け出したことが知れたら、看護士に怒られるだろうか。まあ、その時はその時だと、少女は軽く考えていた。
「もうすぐ、この木も花が咲きそうだね。その頃には、私も退院できるかな?」
 苦笑しながら、少女は胸に手を当てながら呟いた。医者の話では、リハビリは順調に進んでおり、自分の足で歩けるようになるのも時間の問題とのことだった。
 このまま頑張れば、庭の花壇に植えられている草木が満開の花を咲かせる頃には、自分も退院できるはず。そんな希望を胸に、少女は軽く拳を握り締めて空を仰ぐ。どこからともなく飛んで来た小さな花粉が、目の前の木に付着したことにも気が付かず。
「さて、そろそろ戻ろうかな。あまり出歩くと、心配され……えっ!?」
 突然、目の前の木が枝を振り上げて襲い掛かり、悲鳴を上げる暇さえ与えず、少女を体内に飲み込んだ。後に残されたのは、空っぽになった車椅子。そして、恐るべき攻性植物と化した、庭木のハクモクレンだった。

●病める少女を救え!
「招集に応じてくれ、感謝する。除・神月(猛拳・e16846)が懸念していた通り、病院の花壇に植わっていた植物が攻性植物と化して、人を襲う事件が予知された」
 このままでは、遠からず病院にも深刻な被害が出る。そうなる前に攻性植物を撃破して欲しいと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、事の詳細について説明を始めた。
「敵の攻性植物は、病院の裏庭に植わっていたハクモクレンが変化したものだ。何らかの胞子を受け入れて攻性植物化したもので、病院に入院中だった少女を体内に取り込んでいる」
 放っておけば、少女は攻性植物の養分とされ、そのまま命を奪われてしまう。だが、彼女は攻性植物と一体化しており、普通に倒したのでは攻性植物と一緒に死んでしまう。
「取り込まれた少女を助けるには、敵の攻性植物にヒールをかけながら、回復不能なダメージを蓄積させて倒す手段が有効だ。今までも同様の方法で、救出された者は多いからな」
 もっとも、今回の敵は少しばかり癖があるので、それを上手く利用できないと救出は難しいと、クロートはケルベロス達に念を押した。攻性植物と化したハクモクレンは敵の生命力を吸収する術を持っており、それを使って自らの体力を回復させることもあるという。
 作戦の内容から考えると、一見して楽そうな相手ではある。なにしろ、こちらがヒールをかけずとも、相手が勝手に回復してくれるのだ。ならば、攻撃に特化して攻めれば楽勝かと思われたが、しかし実際はそう甘くないとクロートは続けた。
「敵は耐久力が低め、攻撃力が高めの、完全な攻撃特化型だ。調子に乗って攻撃を続ければ、あっという間に撃破してしまい、中の少女まで死んでしまうからな。かといって、回復ばかりしていても、今度は敵の攻撃力の前に、こちらが追い込まれてしまい兼ねないぞ」
 低耐久、高火力な相手を回復させながら戦うには、時に敵の行動も利用しつつ、自軍の回復を密にする必要があるだろう。必要な回復が疎かになったり、過剰な回復が続いたりすれば、その分だけ無駄な行動が多くなって少女の救出が遠のくか、あるいは純粋にこちらが敗北する危険が増してしまう。
「正直、かなり面倒な相手だぜ。だが、しっかりと作戦を練って挑めば、普段よりは楽に戦えるかもしれないな」
 どちらにせよ、退院を間近に控えた少女を攻性植物の餌食になどさせるわけにはいかない。そう言って、クロートは改めて、ケルベロス達に依頼した。


参加者
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
除・神月(猛拳・e16846)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)

■リプレイ

●静寂を破る者
 早朝の病院。人の殆ど訪れることのない裏庭は、思っていた以上に静かだった。
 時折、小鳥の囀る声が聞こえる以外に、大した音も聞こえない。だが、そんな場所に降り立ったのは、今までも幾度となく強敵を退けて来た歴戦のケルベロス達。
 病魔が発生したわけでもなければ、病院には些か相応しくない雰囲気だった。もっとも、彼女達が出動したということは、それ即ちデウスエクスが現れたということ。目の前に生い茂るハクモクレンの木は、今や危険な攻性植物となり、内部に療養中の少女を取り込んでいた。
「さて……いつもに比べ、人数が少しばかり少ないですが……」
 その分、個々の立ち回りが重要になると、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は仲間達へ念を押す。そんな彼女の言葉に、除・神月(猛拳・e16846)は不敵な笑みを浮かべつつ拳を構えた。
「せっかくリハビリ頑張ってきてんだろーシ、ここで悪い終わりにはさせたくねーよナァ」
「問題ない。私はいつも通り、私の仕事をするだけだ」
 真理に代わり、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が答えた。今回の相手は、攻撃力こそ高いが耐久力は低い。考えようによっては、スタンドアローンでの戦いを得意とする者達による、少数精鋭での戦闘の方が安全かもしれない。
「捕われちゃった女の子を助けるなら、ふわりも頑張るの!」
 あくまでマイペースを崩さない盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)だが、このような戦いにおいては、彼女のような性格の方が、むしろ戦いの流れを崩さず安定させられるというもの。ある意味、頼もしい存在と言えるだろう。
「ウゥ……ォォォ……」
 新たな獲物を求め、ハクモクレンが動き出した。少女の体力や、ここが病院であることを考えると、あまり戦いを長引かせるのは得策ではない。
 一発の攻撃でガッツリ削り、その後に纏めて回復させる。緩急の求められる難易度の高いミッションに、4人のケルベロス達は臆することなく挑んで行った。

●侵食する恐怖
 その体内に少女を取り込んだハクモクレン。攻性植物と化したそれの能力は、今までにケルベロス達が戦って来たデウスエクスの中でも、随分と尖ったものだった。
 攻撃に特化し、自ら相手の体力を奪う術を持つが、しかし決定的に体力がない。それらを、猛毒の散布と自己回復で補っているのは、まるで病気を抱えた少女の姿をそのまま写し取ったかのようにも思われる。
 だが、それだからといって同情するつもりなど、ケルベロス達には欠片もなかった。ここで下手に手心を加えれば、それだけ少女の救出が遠のき、病院にも被害が出るかもしれないからだ。
「まずは先手で仕掛けるですよ……」
 ライドキャリバーのプライド・ワンに炎を纏わせ突撃させつつ、真理は自らも砲台で攻性植物を攻撃した。植物だけに、炎系のグラビティには弱かったのか、たちまち炎が燃え移り、枝や葉が燃え始めたのだが。
「おい、炎は止めないか! 中にいる少女を焼き殺す気なのか!?」
 稲妻の障壁を展開しつつも、エメラルドが叫んだ。猛毒や火炎による削りは、確かに通常の戦闘では有効だが、しかし今回のような戦いではむしろ悪手だ。毒や炎によるダメージは徐々に体力を削ることはできても、回復不能なダメージとしては蓄積しない。故に、無駄に攻性植物を消耗させて捕らわれた人間の救出を困難にするだけでなく、場合によっては悲惨な事故に繋がりかねないからだ。
「……ちっ、仕方ねーナ! とりあえず、まずはアイツのパワーを削ぐゼ!」
「ふわりもお手伝いするの。あんまり痛いのは好きじゃないの」
 神月が銃を抜いて牽制弾を放ち、ふわりもまた念を使って敵の肉体を爆破することで、枝を吹き飛ばして攻撃力を削ぐ。が、それらの猛攻に何ら怯むこともなく、攻性植物と化したハクモクレンは、猛毒の花弁を一面に散布して来た。
「……っ! どうやら、壁を張っておいて正解だったようだな」
 口元を抑えつつも、エメラルドは自分の判断が正しかったことを改めて感じていた。この攻性植物、元の攻撃力が高いだけあって、毒の威力もかなり高い。一撃で相当な体力を削られるため、油断していると瞬く間にこちら側が敵の攻撃による撃破圏内へと持っていかれ兼ねない。
「やれやれ……コイツは、もしかしなくても、自分のことだけで手一杯かもナ……」
 少女の救出を優先するなら、他人のことまで構っている余裕はない。ならば、せめてお荷物にならないよう頑張ろうと、神月は銃を片手に拳を握り。
「まだ、戦いは始まったばかりなの。ここで諦めたら、女の子が可哀想なの」
 状況が不利でも諦めない。猛毒に身体を蝕まれながらも、ふわりもまた気力を振り絞り、攻性植物と対峙した。

●生への渇望
 高火力、低耐久といった、手加減をするのが難しい相手に対し、個々の得意技で攻めるケルベロス達。しかし、初動のミスは後を引き、彼女達は当初の予想に反して凄まじい消耗戦を強いられていた。
 一度でも炎が燃え広がってしまえば、それを鎮火するのは容易ではない。それは攻性植物だけでなく、ケルベロス達にとっても同じこと。時間が経過すればする程に数を増やし、勢いを増して行く炎の前に、ケルベロス達はいつしか満足な攻撃ができなくなってしまっていた。
 ただでさえ、耐久力に乏しい敵だ。こちらが手加減しようにも、炎の勢いは留まるところを知らず、一気に攻性植物を瀕死状態へと持って行ってしまう。それを回復するために複数名の手を使ってしまえば、今度は敵への回復だけで手一杯となり、味方のフォローができなくなる。
 唯一の救いは、敵が自ら体勢を立て直す術を持っていたことだ。幸か不幸か、それにより炎はなんとか鎮火されていたが、しかし今度は今まで積み上げて来た下準備も全て失われ、ケルベロス達は消耗した身に、攻性植物の強烈な攻撃を直に受けざるを得なくなってしまった。
「……申し訳ないです。私が軽率だったばかりに……」
「謝罪は後回しだ。それよりも、今はこの状況をなんとかしなくては……」
 真理の言葉を遮り、エメラルドが歯噛みしつつ言った。プライド・ワンは既に消滅し、味方の盾となれるのは真理だけだ。その彼女でさえ消耗が激しく、おまけに敵の弱体化はリセットされて進んでいない。
「なんとか、ここまで頑張れたけど……そろそろ、限界かもしれないの」
 珍しく、ふわりも弱気になっていた。今まで敵に与え、蓄積させてきたダメージは、このまま倒してギリギリ少女を救えるか否かといったところ。少しでも計算が狂えば、そこで終わり。だが、あまり慎重になり過ぎれば、今度は仲間の誰かが重傷を負う危険に晒される。
「こーなったら、後は賭けだナ……。一か八か、やれるだけやってやるゼ!」
 それでも、最後まで諦めることなく、神月は痛みを堪えて立ち上がった。彼女もまた、決して無事とはいえぬ傷を負っていたが、もう一発程度は敵を殴るだけの力を残している。
「ウ……ァァァ……ォォ……」
 焼け焦げた枝葉を振るいながら、攻性植物が迫って来た。敵の狙いは、神月だ。その枝を身体に突き刺すことで、奪われた生命力を吸収しようというのだ。
「いかん! 避けろ!」
 敵の枝が迫っているのにも関わらず、微動だにしない神月を見て、エメラルドが叫んだ。しかし、そんな彼女の叫び声が聞こえているのかいないのか、神月はその場を動こうとはせず。
「……がはっ!!」
 繰り出された攻性植物の枝が、神月の腹へ深々と突き刺さる。先端を鋭く変化させた枝は、まるで剣か槍の如く神月の腹に突き刺さり、そのまま彼女の背中まで突き抜けていた。
「きゃっ! す、すっごく痛そうなの……」
 鮮血に染まった枝と、それに貫かれた神月の姿を見て、ふわりが思わず目を伏せた。もし、あれが自分だったらと思うと、ぞっとする。見ているだけで痛々しく、すぐさま回復を施そうと神月を抱き締めようとしたのだが。
「……心配すんなッテ……この程度じゃ、死んだりしねーヨ……」
 痛みを堪えながら、神月はニヤリと笑ってふわりを制した。その回復は、他の連中をフォローするためか、あるいは攻性植物を回復させるために取っておけと言わんばかりに。
「で、ですが、このままでは……」
「だから、心配いらねーって言ってんだロ? 自分の傷くらい、あたしは自分の拳でなんとかするっつーノ!」
 同じく心配する真理に向かって叫び、神月は拳を握り締める。その間にも、突き刺さった枝から生命力が奪われて行くが、それもまた神月は計算ずくだ。
「……ったく、そんなに死にたくねーのカ? そうだよナ? てめーだって、生きてるんだもんナ……」
 突き刺さった枝を左手で掴み、右の拳に力を込める。枝を抜くのではない。敢えて抜けないようにして、こちらの攻撃の射程から逃れられないようにするためだ。
「けど、そいつを主張していいのは、生きようと頑張って来たやつだけダ。辛いリハビリに耐えて来たやつを取り込んで、最後に美味しいとこだけいただこうなんて、セコイやつが主張していい権利じゃねーゼ!」
 そちらが命を吸い取るなら、こちらはそれを奪い返すまで。降魔の力を宿した拳を構え、神月はそれを躊躇うことなく、攻性植物へと叩き付ける。正に、全身全霊を込めた一撃。凄まじい衝撃に枝が折れ、攻性植物は病院の壁まで吹き飛んだ。
「今だ! 後一往復で、アイツはもう限界だゼ!」
 腹の枝を引き抜き、神月が叫んだ。もう一回だけ回復させれば、その後は一気に畳み掛けられる。そのことが、残る者達へ最後の希望を抱かせた。
「わかりました。今、助けてみせるですよ……!」
 ここでしくじってなるものか。通電により生命力を活性化させることで、真理が一時的に攻性植物を回復させる。回復量は後方支援を担当する者に劣るものの、攻性植物を延命させるのには十分であり。
「本当は、早く終わらせてあげないといけないのに……ごめんなさいなの!」
 残る枝葉を、ふわりが複雑な軌道を描きながらナイフで断ち、その身に数多の傷を刻み付けて行く。
「ウ……ゥゥ……」
 主要な枝の大半を失い、攻性植物は見るからに弱体化していた。穿たれた幹の割れ目から、取り込まれた少女が姿を見せている。ここまで来れば、もう一撃強烈な攻撃を浴びせることで、確実に救出できるはず。
「勝負あったな。この戦い……私達の勝ちだ!」
 勝利を確信し、エメラルドが槍を構えながら光の翼を展開した。本来であれば、あくまで飛行のための手段に過ぎないもの。だが、その翼を肥大化させることで、彼女はそこから放たれる力を、攻撃に転用する術を知っていた。
「我はヴァルキュリア、高潔なる光翼の騎士。死を看取り勇者を導く戦天使! 我が光翼の一撃、存分に受けるが良い!」
 降り注ぐ光の流星。それらは攻性植物と化したハクモクレンの枝を、幹を、次々に崩壊させて行き。
「……ッ! オ……ォォォ……」
 最後に、葉の一枚さえ残さず消滅させたところで、後には取り込まれていた少女だけが残されていた。

●もう一度、その足で
 戦いの終わった裏庭にて。無事に少女を救出したケルベロス達は、彼女の身柄を病院の医師達に預けていた。
「あの子は大丈夫でしょうか……」
「身体も弱っていたし、ちょっと心配なの……」
 裏庭から運び出される少女を、真理とふわりが心配そうに見つめている。庭園や車椅子はヒールで修復できたが、しかし攻性植物に取り込まれていた少女は、退院間近とはいえ入院患者。
 こんな目に遭わされて、衰弱していない方がおかしかった。命が助かっただけ、儲けものと考える者もいるかもしれないが、あの身体で再び立ち上がることができるだろうか。
「彼女は再入院か……。退院の日を伸ばしてしまったのは、申し訳ないな」
「まあ、そこは心配いらねーだロ。今までも、辛いリハビリを頑張って来れたんダ。ちょいと入院が長引いた程度じゃ、あの子は諦めねー気がするゼ」
 俯きながら呟くエメラルドの背を叩きながら、神月が豪快に笑って言った。
 今回の件で衰弱した少女は、再びリハビリのやり直しになるかもしれない。それでも、彼女は攻性植物に取り込まれながら、最後まで『生きたい』という願望を捨てなかった。
 それだけのガッツがあれば、きっと今回の件も乗り越えられるはず。いつになるかは分からないが、彼女は再び自分の足で、立って歩ける日が来るはずだと。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月28日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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