プラスチック・ケトル

作者:baron

 雨の中、ブクブクブクと音を立てて倉庫から湯気が上がった。
 ボン! と扉が弾け飛び、周囲の雨を蒸発させながら水蒸気が上がる。
『サーチ開始……』
 中から現れたのは、プラスチックで作られた容れ物だった。
 プラスチックが解けているのか、嫌な臭いをさせながら移動を始める。
『グラビティの集積地を発見。採集を開始します』
 そいつは周囲の建物には目もくれず、時間を掛けて人気らしいスイーツ店に直行。
 並んでいる人々や、中にいる人々を虐殺するために向かったのである。


「古民家に保存されていた壊れた家電がダモクレス化して人々を襲う予知がありました」
 セリカ・リュミエールが地図とカタログを手に説明を始める。
「周囲は郊外で幸いにも被害は出ていませんが、放置すれば危険なことになってしまうでしょう。その前にダモクレスの撃破をお願いします」
 そういって地図をテーブルの上に置き、詳細を説明し始めた。
「敵は量産品のプラスチック・ケトルがダモクレス化しています。能力は炎で焙り、熱湯を浴びせ、蒸気を散布して広範囲を攻撃するようです。火力は高いのですが、あまりタフではないようですね」
「まあ元がプラスチックで、しかも量産品じゃねえ」
 スイッチ一つでお湯を沸かせる便利なケトルだが、量産品のプラスチック製は安価な分だけ欠点がある。
 壊れ易くプラスチックそのものが溶け易いのだ。
 この敵もそんな本体に影響されたのか、特化系の攻撃タイプらしい。
「罪もない人々を虐殺しようとするデウスエクスは放置できません。対処をお願いしますね」
「俺たちに任せときな」
「さっさと倒してコーヒーブレイクと参りますわ」
 セリカが出発の準備に向かうとケルベロス達は相談を始めるのであった。


参加者
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ


 一口に郊外と言っても差はかなりある。
 田舎町といっても良い程の町並みもあれば、中心部から遠いので地価が安いだけの場所などだ。
「候補は幾つかありますが、確実なのはこの辺りですね」
 フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)はネットの情報を元に敵がやって来るルートを絞った。
 有名なケーキショップを背にして、人が居ない方向へと向き直る。
「……人が多いなら、それだけケーキへの期待も高まるけれど、できる限り巻き込みたくないわね」
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)は噂のケーキショップを眺めた。
 周囲の寂しさとは裏腹に人が行列するほどの人気があるようだ。
 美味しい店だと期待はできそうだが今は戦いの前、このままにはできないだろう。
「私たちはケルベロスよ。今から戦闘が起きるから急いで避難を!」
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は声をかけた後で周囲に結界を張る準備を整える。
 いま張ると大変な事になるので、みんなが居なくなってからだろうか。
 そこで皆で避難誘導を始める。
「……いいみたいね。私たちも仕事に掛かるわよ」
「そうですね。協力して封鎖てしまいましょう」
 キリクライシャは拡声器で避難を呼びかけた後でテープを取り出すと、フローネと共に道を封鎖することにした。
 そして仲間たちと共に、建物の中から飛び出て来た人々を誘導していく。
「……ええ、ちょっとだけだから。少しでも早く戻れるよう、協力、お願いしたいわ」
「我々が居れば問題はないんじゃないかなぁ。何かあっても倒してしまうからねぇ」
 キリクライシャの脇でディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)は戦闘用の重甲冑を用意し、ロボめいた姿勢でポーズを決める。
 それだけではない、親に抱えられて去っていく子供たちに手を振ったのである。
「じゃあ結界を張るわよ」
 氷花が殺意の結界を張って締めを行った。
 これで戻って来る物は居なくなるだろう。

 そして一同はコの字型の陣形を取りつつ、道のどちらから相手が来ても対応できるようにしておいた。
 暫くして道の一つから蒸気が立ち上るのが見える。
「ようやく来たようだね。久しぶりの仕事だ。張り切っていこうか」
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)は先ほどから降っている雨を気にしながら進み出る。
 せっかく新調した師団カラーのコートが濡れるのは好ましくないし、色々あって濡れるのは好きではないようだ。
「ふむ。確かにボディが溶けえ居るのか。便利だとは聞いていたが、やはり欠点も多いのだね。そこまで再現してくれるとは」
「こういう製品はピンからキリまであるのだねぇ」
 豊はレプリカントでディミックはグランドロン……二人の紳士は廃棄家電について話し合った。
 これがサロンであってもおかしくない風情である。
「熱湯を作れるけど、すぐに壊れてしまう道具かぁ。残念ながら、使いどころが限られているなら、捨てられるのも仕方ないのかも」
「何となく親近感がわくので、出来るだけ鉄のヤカンを使って欲しい気もするが。お手軽(物理)感ではプラスチックに勝てないからねぇ」
 氷花が前に進むと、ディミックは一緒に連れ立って皆の前に歩き出した。
 熱伝導の問題で金属のボディは色々と問題があるかもしれないが、まあ彼女たちを庇う時に抱き上げたりしなければよいだろう。
「しかし、いつまで経っても廃品利用ダモクレスはなくならないね。……今回は喋りがまともなのだけ、幾分かマシではあるが」
「ダモクレスが計算しているなら、まあコストパフォーマンスが良いのでしょう」
 豊の言葉に感想を述べつつローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)は逆に後方に下がった。
 道を塞ぐ最後の壁になると同時に、後方から仲間を治療する為である。
「しかしここまで下がって、コレか。少し、頭の痛くなりそうな異臭ですね。あまり長引かせたくはありませんが、万全に進めましょう」
 そういってローゼスは戦場を見渡し、戦いに向けて気合を入れ直したのである。

 ダモクレスはケルベロス達の近くまで来て、その速度を落とした。
 だが方向転換を行うことなく、盛んに再計算を行っている。
『グラビティの分散を確認。進路の転換を再検討……ネガティブ」
 他の方向に移動し、去っていく人々を襲おうと思ったのかもしれない。
 だが目の前にケルベロスが居る状態で、背を見せれば危険なだけだ。
 それこそ奇襲を受けて瞬時に倒される可能性すらあり得る。
「元よりここから貴様が行ける場所は何処にも無い。覚悟して打ちのめされよ!」
『戦闘行動を開始しします。迎撃開始』
 ローゼスが宣戦布告すると、みなが動き出すよりも早く戦闘準備を終えた。
 どうやら特化型だけに判断速度は速いようである。威力は強くて行動が早いのは面倒だが、その分だけ脆いので戦い易いのが救いだろうか?
『カウントキャンセル。即時攻撃、ファイア!』
「……行くわよリオン」
 ダモクレスは急加熱を掛けながら接近し、キリクライシャはテレビウムのバーミリオンと共に迎撃する。
 見ればディミックも飛び出しており、単体攻撃なこともあり上手く防ぐことに成功したようだ。
「動きを止めます」
 フローネは黒いパワードスーツを経由してハンマーを担ぎ、砲撃形態として放った。
 衝撃波をダモクレスの周囲に叩き込むと、もうもうと上がっていた蒸気が霧散する。
「さて。確かに熱いが私なら耐えられないほどじゃないなあ。とはいえ炎は厄介だね。延焼しないようにしておこうかな」
 ディミックは黄金の輝きを広げ、その加護で蒸気の熱さを遮った。
 さすがに一枚くらいでは突破されるかもしれないが、そこは仲間たちと力を合わせ幾重にも防壁を張ればいいだろう。
「炎には氷で! この一撃で、凍結させてあげるよ!」
 氷花は魔力で凍気を集めて、氷の杭を作り上げた。
 そしてダモクレスのボディにドカンを穴をあける。その瞬間に氷を作り上げた魔力を解いで敵の中で凍気を炸裂させるのだ。
「……後は状況に合わせてかしらね」
「火力も中々ですからね。駆ける者達にセントールの加護を! 炎は尽く追いつく事なし!」
 キリクライシャも黄金の輝きを広げ、仲間の傷を癒すと同時に結界を張った。
 同様にローゼスは星剣を抜いて射手座の加護を祈り、やはり仲間たちと共に結界を築く。
 この手の結界や防壁は確率で発動するものなので、何度も攻撃されると普通に突破されるからだ。
 逆に確率で発動するという事は、何枚も張ればどれがが防ぐという算段である。

 これに対しダモクレスは正面突破を敢行。
 周囲の一部が大爆発する。
『近接攻撃。マルチロック』
「くっ」
 シュシュシュという周囲の一部が吹き飛び、蒸気の大爆発からディミックが現れる。
 キリクライシャ達も同様に出現し、蒸気の大爆発に耐えきった。
「大丈夫な様です。この隙に攻撃しますね」
 フローネは後方からブースターを吹かして接近し、一足飛びに蹴りを放つ。
 パワードブーツの後がプラスチックボディに刻まれたのである。
「負荷も掛かってないようなので申し訳ありませんが、自前でお願いできますか?」
「構わないよ。先ほどはみなで治療した分、余裕があるからねぇ」
 治療役のローゼスは結界の範囲を広げるという事で、ディミックは掌を損傷個所にかざして治療を開始した。
 暖かな光が周囲を照らし、彼の損傷を修復していく。
「援護しよう。構わないから飛び込んでも問題ないよ」
「了解! 熱の力なら、こっちも負けてないよー!」
 豊は銃を引き抜くと次々と球を放ち、ダモクレスの態勢を揺るがした。
 そうやって蒸気の逃れる先を調整し、安全になった場所を氷花が駆け抜けていく。
 そしてすれ違いざまに炎をまとった蹴りを放って燃やそうとしたのだ。
「……回復の補助は私もやるわ」
「助かります。星の光よ、その加護を我らに!」
 キリクライシャが治療を兼ねてエネルギーで出来た防壁を張ると、ローゼスは後衛にも射手座の加護を求めた。
 剣を掲げて星の光を呼び込む姿は、治療しているというより今から走り出す宣言に見えなくもない。
 あえて言うならば、これから本格的に戦うぞ……という意思の顕れだったのかもしれないが。

 やがて時間が過ぎると、火力特化のダモクレスはケルベロス達の体力を削っていく。
 だがそれは同時に特化型ゆえに脆い敵の体力もまたすり減っていくという事だ。
「あと少しといったところかな? ターゲットを抑え込め」
 仲間たちの攻撃で敵が地面に転がった。
 豊はすかさず炎の獣を操って食らいつかせる。
「……そろそろ最後ならこうしちゃいましょうか」
 キリクライシャが指揮者の様に指先を振るうと、水晶の破片が周囲を切り裂いた。
 群れ為す煌きはダモクレスを切り裂き、そこへ輝く刃が差し込まれる。
「高々溶けたるケトルなど何するものぞ。無用の長物は何ら危険なく処分されよう」
 それはローゼスが星剣を差し込み、むうん! と力任せに放り上げたのだ。
『相対位置補正、ターゲットロック』
「……せっかく雨が止んできたのに、お湯で攻撃なんて」
「ならば私が何とかしようかな」
 放り投げられたままダモクレスは熱湯攻撃を開始。
 仲間のカバーに向かったキリクライシャだが、先んじたのはディミックの方である。
「ただ硬く。ただ重く。父のように。……金剛石の一撃、喰らいなさい!」
 フローネは父の形見である巨大なハンマーに、紫水晶で作られたシールドを重ね硬化した。
 輝くダイヤモンドの周囲を紫の意思が覆った戦槌が、渾身の一撃をもって振り下ろされ余波がグラビティ・ウェイブとなって走り抜ける。
「トドメは任せたよ」
 ディミックは内部機構よりグラビティを放ち、武装を経由して光に変換する。先行がまるでビームのようにプラスチックを貫いていく。
 そこへ仲間が駆け寄り、最後の攻撃を行うのが見えた。
「任せて。水飛沫すら切り裂いて、虹を咲かせてあげるわよ!」
 氷花は夜を思わせる黒い刃を閃かせ、ダモクレスを両断していった。
 残っているお湯も被る前に切り裂きながらバックダッシュを掛け、濡れないように飛びのいたのである。

「……まったく酷い目に合ったわね」
「まあこんなこともあるだろう。被害が出なくて幸いだ」
 キリクライシャはタオルで体や服を拭いた。
 戦闘モードを解除して、ディミックはメカメカしい戦闘甲冑を解除する。
「クリーニングが必要な人はいるかな?」
「酷い臭いですししね、お願いします。ううむ。まあクリーニングがあれば大丈夫でしょうが」
 豊が声を掛けるとローゼスが手を挙げる。
 汚れは落ちているのは目で見えるが、さすがに臭いはそうはいかないので何となく気にはなる物だ。
「ヒールも終わったし、お茶でもしていきましょうか」
「そうね。紅茶でも飲みながらプリンを頂こうかしら」
 親から受け継いだ装備を綺麗にし終わると、フローネは仲間たちに声をかけた。
 氷花は頷きつつケーキショップの前に移動して、看板メニューを覗き込んだ。
 ひとまず定番のプリンとい言ったが、季節のケーキも美味しいかもしれない。
「……人気店のアップルパイはアメリカンスタイル? 良かったちゃんと酸っぱい林檎を使ってるのね。……季節の果物のパイにしてパイの研究もいいわね」
 キリクライシャもメニューを覗くと、砂糖をまぶして食べるアップルパイだった。
 このタイプは林檎が野菜同然だった時期に、甘味を出すためにやったもので、日本の林檎でやると甘すぎるのだ。
「今の季節だと苺かな? 私は苺のタルトにしようかなあ」
 ディミックもお茶会に付き合うことにして仲間たちが選び終わるのを待つ。
 幸いにもというか、どのみち避難したテ人が戻ってくるまで時間が掛かる物だ。
 そのくらい待っても問題ないだろう。
「私も紅茶にするが、食後はコーヒーで頼むよ」
 戻って来た店員に豊は幾つかの注文をした。
 外の席で煙草を吹かしながら休むつもりなので、その時はコーヒーの方が面白いと思ったのだ。
「こちらは紅茶のまま、食べ比べセットの残りを頼むね。睡眠が不要なせいか……カフェインの効能よりも香りのよい紅茶のほうが体に合うみたいだよ」
 ディミックは苺タルトと苺パイの食べ比べセットを頼み、せっかくなので同じ紅茶でどのくらい差があるのかを試してみる事にする。
「……両方頼むというのも良いわね。季節のパイと……自家製ジャムの食べ比べセットをお願い。……美味しければお土産買いたいので」
 キリクライシャはアップルパイを愉しんだ後、ついでとばかりに思い付いたことを全部実行することにした。
 ジャムを食べてから紅茶を飲むロシア・スタイルと、紅茶にジャムを混ぜる東欧スタイルの両方で飲み比べる。
 ……体重? 今日はいっぱい動いたので問題ないと、リオンだって言ってるわ。
「食べ比べに飲み比べ。また今度来れば良いと思うけれど、面白いと思った間に試すのが良いのでしょうか」
 フローネは仲間たちの様子を見ながら、ココロというものはこういうこだわりなのだろうかと、自分も試してみることにした。
 さて、食べ比べと飲み比べ。どっちを試すのが良いでしょうか? それとも……。
「あ、私も両方お願いするわね」
 プリンを食べ終わった氷花は季節のケーキを、小さな盛り合わせで幾つか頼んでいた。
 ついでに紅茶の飲み比べを始め、全部試すことにしたらしい。
「私も気になりますが、一張羅の匂いが気になるのでお先に切り上げるとしましょうか。最後に紅茶をもう一杯、もう少しワインを足してください」
 ローゼスはワイン入り紅茶だか、それとも紅茶入りワインだか判らない一杯を所望。
 銘柄当てを始めるあたり、やはり紅茶入りワインだろうと仲間たちは話し合った。
 こうしてダモクレスとの戦いは、にぎやかに終わりを告げたのである。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月25日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。