第九王子サフィーロ決戦~軍師の一分

作者:土師三良

●軍議のビジョン
「状況はよくないな」
 鬨の声と剣戟の音が聞こえてくる中、羽扇を手にしたエインヘリアルが呟いた。
 一見、頼りなげな顔をした少年である。だが、実際は頼れる存在なのだろう。周りにいる側近たちの眼差しがそれを物語っている。
 その側近の一人が口を開いた。
「知将の布陣には一分の隙もございません。敵ながら見事というしかありませんね」
「……否」
 と、少年の姿のエインヘリアル――藍軍師アクリウムは否定した。
「隙を作らぬことなど不可能だ。ただ、優秀な軍師はそれをうまく覆い隠す。敵からも、味方からもな」
 駒が乗った地形図に羽扇を這わせるアクリウム。
「たとえば……そう、ここだ。布陣の妙で補っているが、戦力は少ない。ここを突破することができれば……」
『布陣の妙』どころではなかった。アクリウムでなければ、その間隙を見抜くことはできなかっただろう。
「だが、ここに大戦力を向ければ知将はすぐ対応してくるだろう。とすれば、本隊はこのまま正面から当たらせる。ここには僕自身を含めた精鋭で攻撃をしかけて……挟撃する形になれば……」
 それはほぼ完璧な作戦かもしれない。
 ケルベロスという存在を無視すれば。

●音々子かく語りき
「第八王子強襲戦はケルベロス側の大勝利に終わりました! ひゃっほぉぉぉーい!」
 ヘリポートで歓声を響かせたのはヘリオライダーの根占・音々子。
 そのハイテンション振りを前にして、ケルベロスたちは思わず後退りした。しかし、音々子は気付いていないらしく、更にテンションを上げた。
「いえ、大勝利じゃなくて、大々々勝利ですねー! だって、チキン王子のホーフンドを退却させただけじゃないんですよ。『サフィーロ王子が裏切った』というニセ情報をエインヘリル軍に信じさせることができたんでーす。その結果、エインヘリアル軍はサフィーロを敵と見做し、ブレイザブリクを奪還するための準備を始めたようです。毎度おなじみ、アスガルドのお家騒動でございまーす!」
 そこまで語ったところで、音々子は表情を険しいものに変えた。
「ところがですねー、皆さんのこの素晴らしい成果にちゃっかりと便乗しやがる奴らが出てきたんですよー。そう、死神どもの死翼騎士団です」
 この好機を活かすべく、死翼騎士団は総力を挙げてブレイザブリク攻略の軍を起こした。
 一方、サフィーロもまた総力を挙げ、迎撃に打って出た。ブレイザブリクの防衛を『紅妃カーネリア』に託して。
 それは本国からの増援を前提にした作戦だったのだが、裏切り者と見做されたサフィーロに増援が送られるはずもない。そのため、現時点では死翼騎士団が優勢になっているという。
「サフィーロが追い込まれるのは結構な話ですが、ブレイザブリクが死神の手に落ちるのを見過ごすわけにはいきませんよね。やっぱり、ザフィーロの撃破もブレイザブリクの制圧もケルベロスの皆さんがやるべきだと思うんですよー。なので、サフィーロ軍と死翼騎士団に介入しちゃってください! 死翼騎士団はこっちの勝利に便乗しやがったんですから、今度はこっちが死翼騎士団に便乗しちゃいましょー!」
 介入と言っても、戦場には数百から千体以上のエインヘリアルや死神が入り乱れているので、正面から挑むことはできない。
 よって、ケルベロスが選べる手段は一つだけ――暗殺だ。
 少数精鋭の部隊で戦場に潜入し、機を狙って、サフィーロ軍の将を討つ。ただでさえ劣勢な状況で指揮官を失えば、サフィーロ軍は死翼騎士団の攻撃に持ち堪えられなくなるだろう。
「問題はその後ですねー。死翼騎士団は敵を撃破した勢いでブレイザブリクの制圧に向かうでしょうから、交渉等で阻止してください。奴らはケルベロスとの全面抗争を望んでいるわけではありませんので、上手く納得させれば、軍を引いてくれる可能性が高いです。さて、暗殺のターゲットについてですが……」
 死翼騎士団は四方向から攻め寄せているため、サフィーロも軍を四つに分けて迎撃している。
 このチームが赴くのは、サフィーロ軍の『藍軍師アクリウム』と死翼騎士団の『知将』が対峙している戦場。前者を暗殺し、その後に後者を説得して撤退させねばならない。
「敵を『知将』と呼ぶのは癪かもしれませんが、本名が判らないので、我慢してください。で、そいつは頭脳派のくせして布陣にミスったらしく、手薄なポイントを生み出してしまったらしいんですよー。そのポイントを目指してアクリウムが密かに進軍中なんですけど、少数の兵しか連れてないんです。暗殺にはもってこいのシチュエーションですよね。知将のミスが幸いしましたー」
『本当にミスなのか?』と首を捻るケルベロスもいたが、音々子は疑念を抱いていないらしく――、
「この作戦が成功すれば、焦土地帯の奪還にもエインヘリアルのゲート攻略にもグッと大きく近付くはずです! 気合い入れていきましょー!」
 ――またもやテンションを上げ、大声で奮起を促した。


参加者
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●序代の巻
「はぁー」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)の溜息は大きかったが、一緒に歩いていた仲間たちの耳には届かなかった。
 もっと大きな音――腹が鳴る音にかき消されたからだ。
 その音を発したのもエヴァリーナである。
「イーペン飯店、甘味処ねこめ、パスタ・デ・マッカーベ、江戸前握りのうえさま…」
 大食家のサキュバスがぶつぶつと呟き始めると、彼女の義姉たるレプリカントのアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が問いかけた。
「なにを言ってるの?」
「ここに来るまでに見かけた食べ物屋さんの名前だよ」
 それらの店の半分は廃屋と化していた。残りの半分は、かつて店があったという名残り(看板の残骸など)しかなかった。
 食べ物屋に限ったことではない。もう何年も前から人の営みは絶えている。
 ここは東京焦土地帯なのだから。
「いつ来ても陰鬱な気分になっちゃう場所よねぇ」
『荒廃』という言葉ではまだ足りないほどに変わり果てた市街地をサキュバスのパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)が見回した。
「いつになったら、ここに美味しい食べ物屋さんが戻ってこれるようになるのかなぁ……あ?」
 鼻をひくつかせながら、エヴァリーナがヴァルキュリアの豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)に目を向けた。
「美味しそうな匂いがする。姶玖亜ちゃん、なにか食べ物を持ってきたの?」
「うん。南瓜を使った焼き饅頭さ」
 膨らんだコートのポケットを姶玖亜は軽く叩いてみせた。そこに焼き饅頭の箱なり袋なりが収まっているらしい。
「でも、分けてあげることはできないよ。これは知将への手土産だからね」
「知将に土産を渡す前に……蒼玉衛士団の藍軍師アクリウムとかいう敵を……倒さなくちゃいけないけどね……」
 小さな攻性植物の髪留めをつけたフローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)が訥々と言った。
「そう、倒さなくちゃいけない」
 黒豹の獣人型ウェイアライダーである玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が頷き、横手を見た。
「俺たちだけの力でな」
 陣内の目が捉えたのは、彼らから距離を取って行軍している八人のケルベロス。ヘリオライダーの石田・芹架の招集に応じた別のチームだ。
 陣内が言うところの『俺たち』にはそのチームも含まれている。
 含まれていないのは、死翼騎士団の知将たちだ。
「知将と手を結び、ともにアクリウムを討つ――そんな方針で臨むこともできたけど、私たちもあちらのチームもそれを選ばなかった」
 芹架のチームとハンドサインでやりとりをしながら(毎度のごとく、アイズフォンの類はジャミングされて使用不能になっていた)、アウレリアが誰にともなく言った。
「その判断は間違ってないと思いたいわね」
「間違ってなどいまセン」
 と、断言したのはレプリカントのエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)だ。
「音々子殿が予知した通リ、アクリウムが少数で行動しているのナラ、知将の手を借りるまでもありませんかラネ。もっトモ、どのような状況であレ、手を借りたくない相手でスガ……」
「なにせ、『知将』だもんな」
 人派ドラゴニアンのハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)が肩をすくめた。そのすぐ横をちょこちょこと歩いているのはオルトロスのチビ助だ。
「名前からして、なにか企んでそうだ」
「にゃあ」
 皆の頭上を行く名無しのウイングキャットが体を妙な具合に反らせた。ハインツの肩をすくめる仕草を真似たつもりらしい。
「奴が名前負けしてないのなら、知謀で勝負するのは無駄かもな」
 ウイングキャットの主人である陣内が言った。その言葉だけ聞くと弱気に思えるかもしれないが、敗北宣言ではないことはあきらかだ。
 すぐにニヤリと笑い、知将への対抗策を口にしたのだから。
「だから、奴の想定を上回る速さと力で『ここまでやるとは!』と思わせるのがいいと思う」
「想定を上回る……速さと力……」
 フローライトが復唱し、頭の中で咀嚼した。
 そして、自分の言葉にまとめた。
「つまり……アクリウムを……速攻で倒せばいいんだね」」

●破軍の巻
 青い甲冑を纏ったエインヘリアルの一団が行く。
 皆、進行方向のみならず、時には左右に、時には背後に、時には空にまで警戒の眼差しを向けているが、まだ気付いていないようだ。
 ビルの陰からケルベロスたちが見ていることに。
「……きっと、あれがアクリウムだねぇ」
 一団の中心にいるエインヘリアルをエヴァリーナが指し示した。
「あらあら。可愛い坊やだこと」
 パトリシアが感想を述べた。『坊や』と言っても、チーム最年長(三十三歳)の彼女よりも遙かに年上であるはずだが、『可愛い』のは事実だった。童顔であるため、容貌魁偉な衛士たちの中では浮いて見える。しかも、他の衛士のように武器を携えていない。手にしているのは優美な羽扇だ。
「何者だ、貴様ら! 知将の部下か!」
 突然、衛士の一人が声を張り上げた。
 もっとも、彼や他の衛士の視線の先にいるのはパトリシアたちではない。
 芹架のチームである。
 防具特徴の『隠密気流』などを用いて、こちらのチームとは別方向から敵に接近していたのだが、見つかってしまったのだ。
 もちろん、見つかったからといって怯んだりはせず――、
「みんな、突っ切るぞ!」
 ――ピンクの髪のワイルドブリンガーの叫びに背を押されるようにして、衛士たちに突き進んでいく。
「感謝、感謝。本当にありがとう」
 芹架のチームの面々に向かって、姶玖亜が片合掌で拝む真似をした。もう片方の手でリボルバー銃を抜きながら。
「複数のチームでことに臨む利点の一つがこれだよね」
「ああ」
 と、ハインツが頷いた。
「敵がどちらかのチームだけに気を取られやがるんだよな」
「でハ、敵があちらに気を取られている隙に――」
 にわかに騒がしくなった戦場を冷静極まりない目で見やりながら、エトヴァが氷結輪を構えた。左右の手に一つずつ。右手のそれにはヤドリギと花の精緻な彫刻が施されている。
「――叩かせてもらいましょウカ」
「ええ。横っ面をガツンとね」
 パトリシアがビルの陰から飛び出した。盛大な爆音と土煙を伴っているが、それはライドキャリバーがともに走っているからだ。
「遠慮なく暴れなさい、相棒」
 紅の縛霊手を装着した手で同色のライドキャリバーのボディを軽く叩くパトリシア。
 その横を巨影が追い抜いた。エトヴァが二つの氷結輪で生み出したヨトゥンヘイムゴーレムである。
「アクリウム殿ぉ! あちらからも伏兵が!」
「むう! 知将の罠か!」
「い、いえ、彼奴らは……」
「げえっ!? ケルベロス!」
 と、慌てふためく敵陣にゴーレムが突入し、氷の拳で何人かの衛士をまとめて薙ぎ払った。
 その間に他のケルベロスたちも行動を起こしている。
「雷雲よ、皆に力を! 奔れ、研ぎ澄ませ――」
 ハインツが掌を突き上げ、小さな球状の雷雲を空に放った。
「――ブリッツ!」
 銅鑼を思わせる雷鳴が轟き、何条もの稲妻がチームの前衛陣を打った。
「力が漲るわね……」
 静かに呟きながら、前衛陣の一人であるアウレリアが黒鉄のリボルバー銃のトリガーを引いた。銃声のほうは静かとはいかない。しかも、一発分では終わらなかった。複数の敵めがけて弾丸をばらまく制圧射撃だったのだから。
 標的となったのは、アクリウムを守るようにして並んでいた衛士たち。銃撃を受けてのけぞり、血飛沫を上げながらも、なんとか迎撃態勢を取ろうとしている。
 だが、そうはさせじとライドキャリバーがガトリング砲を連射した。
 戦場に響く銃声の連奏。
 それに加わるべく、姶玖亜もリボルバー銃でファニングを披露した。全弾、衛士たちに命中。しかし、姶玖亜の表情は不満げだ。
「うーん。アクリウムを狙ったんだけど、庇われちゃったか」
「いつまでも庇いきれるもんじゃないけどね。だって、ほら――」
 エヴァリーナがファミリアロッドを勢いよく突き出し、衛士たちにファイアーボールをぶつけた。その炎が消えぬうちにチビ助が円らながらも禍々しい神器の瞳で敵を睨みつけ、新たな炎を生み出していく。
「――向こうのチームも猛烈な勢いで攻め込んできてるから」
 エヴァリーナの言うとおりだった。
 芹架のチームが最前の衛士たちを打ち倒し、アクリウムへと肉薄している。
 アクリウムの盾となっていた衛士たちがそちらにも対応しようとしたが――、
「Brechen……」
 ――狼のウェアライダーの祈りに応じて召喚された精霊に翻弄され、混乱に陥った。
 それによって生じた戦列の間隙を二発の竜砲弾が走り抜けた。アクリウムに向かって。
「さあ、挟み撃ちよ。逃げ場はどこにもないからね!」
 撃ち手の一人である青髪のヴァルキュリアの叫びに竜砲弾の爆発音が重なった。
「死翼騎士団を挟撃するつもりだったのに……自分たちのほうが……ケルベロスに挟撃されちゃったね」
 芹架のチームの雄姿を見やりつつ、エヴァリーナの前面にマインドシールドを展開するフローライト。
「怯むな! 敵は少数! 落ち着いてかかれば、どうということはない!」
 算を乱す衛士たちをアクリウムが叱咤した。だが、落ち着けと言っている当人もまた落ち着いていないように見える。
「机上では大局を見れるが、戦場ではテンパってしまうタイプの軍師サマなのかな?」
 アクリウムに挑発の言葉を投げながら、ガネーシャパズルを操作する陣内。パズルに嵌め込まれたステンドグラスが天使の姿を描き出すと、そこから光の蝶が飛び立ち、パトリシアの肩に触れて命中率を上昇させた。
「いやいや、軍師というだけあって、指揮能力は低くないと思うわよ」
 元・軍人として忖度なき評価を下しながら、パトリシアは縛霊手から紙兵を噴出させた。
「並の将校なら、この段階で戦列が瓦解してるはずよ。取り返しのつかないレベルでね。だって、私たちも――」
「――並のケルベロスではないのですカラ」
 真顔で後を引き取り、エトヴァがマルチプルミサイルを発射した。
「アクリウム殿の仰るとおり、怯んではいかん!」
「我らはここで負けるわけにはいかないのだ!」
「知将という敵も控えているのだからな!」
 ミサイルの爆炎に焼かれ、爆風によろめきながらも、衛士たちは必死に武器を振り、ゾディアックミラージュ等のグラビティを放った。激しい攻撃だが、そのすべてが狙った相手に命中したわけではない。パトリシアが、ハインツが、ウイングキャットが、ライドキャリバーが盾となったからだ。
「フローラたちだって……負けるわけには……いかない」
 フローライトが髪留めの攻性植物を『日光浴形態(サンベェジング・フォーム)』に変形させて癒しの光を放射し、盾役たちの傷を癒した。
「そうそう。負けられないんだよねぇ」
 エヴァリーナがまたファミリアロッドを突き出した。今度の射出物はファイアーボールではなく、殺神ウイルスだ。
「君たちをここから追い出さないと、美味しい食べ物屋さんが戻ってこれないんだから」

●急駛の巻
「うわぁ!?」
 羽扇を取り落とし、前のめりに倒れるアクリウム。
 アウレリアの夫(にして、エヴァリーナの兄)のアルベルトが背後から不意打ちを食らわせたのである。常人には不可能な瞬間移動めいた不意打ち。そんなことができたのは彼がビハインドだからだ。
「生前よりも動きが冴えているかも」
 悲しい軽口を叩きつつ、アウレリアがクイックドロウで追撃した。
「先程までなラ、この攻撃モ――」
 銃弾を撃ち込まれたアクリウムをエトヴァが見据えた。もちろん、ただ見つめているわけではない。『Doppelgaenger(ドッペルゲンガー)』なるグラビティを発動させたのである。
「――衛士たちに防がれていたかもしれませンネ」
「ぐっ……」
 アクリウムが呻いた。自身と同じ姿をした幻影に苦しめられているのだ。それが『Doppelgaenger』のもたらしたもの。
 続いて、猟犬の群れが彼に襲いかかってきた。今度のそれは幻影ではない。エヴァリーナが己の血を媒介にして生み出した『血盟の猟犬(クリムゾン・ハウンド)』。
 エトヴァが言ったように、先程までなら、衛士たちが身を挺してアクリウムを守っていただろう。
 しかし、衛士はもういない。
 一人残らず倒されてしまったのだ。
「兵なき軍師ってのは悲しいもんだな」
 ハインツがライオットシールド『Heiligtum:zwei』をアクリウムの首めがけて投擲した。
「ぐっ……」
 即席のギロチンのごとき攻撃を受け、再び呻きを発するアクリウム。
 それでも最後(なのだろう、おそらく)の力を振り絞って立ち上がったが、急降下してきたウイングキャットに顔面を引っかかれ、体勢を崩して吐血した。
「ケ、ケルベロス……なんと忌々しい連中であることか……」
 血ばかりでなく、怨嗟の言葉も漏れ出した。
「貴様らが横槍を入れてこなければ……我が軍は必ず知将を打ち倒して……いや、待てよ?」
 アクリウムは豁然と目を見開いた。
 気付いたのだろう。
 なにかを見落としていたことに。
「もしや、知将はこうなることを見越した上で……」
「反省会や感想戦はあの世でやってくれないか?」
 陣内がアクリウムの述懐を断ち切り、グラビティ『油雨(アバーミ)』を発動させた。
 局地的な火の雨が満身創痍の軍師に降り注いでいく。
「こちとら、いつまでもおまえに構ってる暇はないんだ」
「知将に用があるからね」
 と、姶玖亜が言葉を添えた。
 その間に芹架のチームのドラゴニアンやあのワイルドブリンガーが続け様に追撃。
 そして、フローライトが滑り込むようにしてアクリウムに突進し――、
「顎が……お留守」
 ――スターゲイザーで顎を蹴り上げ、とどめを刺した。

 盛大な鬨の声が彼方から聞こえてきた。
「知将の軍が動いたようね」
「はイ」
 アウリレアの言葉にエトヴァが頷く。
「きっと、蒼玉衛士団の側が敗れるでショウ。アクリウムに代わって指揮を取れる者がいるとは思えませんかラ」
「なにやら、知将にいいように利用されたような気がしないでもないが……」
 陣内が腰を屈め、足下に落ちていた物を拾い上げた。
 アクリウムが持っていた羽扇である。
 血と土で汚れた上に羽が何本も抜け落ちたそれを見ながら、ハインツが尋ねた。
「そんな物、どうするつもりだ?」
「アクリウムを倒した証として、知将に見せるのさ。こういうシチュエーションでは首級を持って行くほうが格好がつくのかもしれないが、そうもいかないからな」
 陣内は、アクリウムが倒れ伏している場所に目をやった。
 いや、正確には『倒れ伏していた場所』だ。
 そこにはあるのはアクリウムの甲冑とマントだけ。
 亡骸は光の粒子群に変じて消え去っていた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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