ドーナツ・ドーナツ・ドーナツ!

作者:絲上ゆいこ

●おやつどき
「許せん……許せんのだ……」
 憤りを通り越した、悲しみ。
 憂いに揺れる瞳から、大粒の涙がほろほろと零れ落ちる。
 ショーケースの向こう側に並んだ、動物を模したデコレーション、クリームがたっぷりと詰まった生地。
 ――立ち並ぶドーナツ達は、実に華やかで可愛らしい装飾がなされていた。
 その姿は。
 その形は。
 ほろほろと鳥頭から零れ落ちる涙は、留まる事は無い。
「おやつのドーナツは、シンプルであるべきであろうに……、このような、このような下劣で下品な装飾……。しかも穴の空いていないドーナツ……? こんなもの、こんなもの……」
 ――滅ぼすしか、無いだろう。
 鳥頭が吠えた瞬間。
 大きな音を立てて、ショーケースが爆ぜ割れた。

●サクサクカリカリドーナツ
「大変、大変ですよ!」
「大変、大変なのよ!」
 リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)と遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)がぱたぱたと競うように駆けて来て、ぴしっと足を止めた。
「わるいビルシャナがどーなつ屋さんを襲うそうですよ!」
 一大事です、と両拳を握りしめたリリウムは、ぴょんと跳ねた毛を揺らして力説する。
「そのビルシャナは今とっても人気の可愛いドーナツ屋さんが、素朴なドーナツを提供しない事が許せないらしいのよ」
 リリウムと同じポーズの冥加も言葉を次いで。
 だから、と顔を上げた二人は。
「今日はどーなつ屋さんになってもらい」「ます!」「たいの!」
 同時に言葉を紡ぐのであった。
 ――3時のおやつは絶対にサクサクカリカリの素朴なドーナツしか認められないしふかふかのパンドーナツも許せんしクリームやチョコレートなどマジで許せん絶対殺す明王は、放っておくと可愛い動物を模したドーナツや甘いハニーグレーズにチョコやクリームたっぷりのドーナツを提供するカフェへと現れ、怒りのままに力やパワーなどでカフェをメチャクチャにしてしまう。
 しかし。
 そのカフェの店員や客にケルベロスがそっくり成り代わっておくことで、一般人への被害を抑えよう、というのが二人の提案した作戦であった。
「ビルシャナは洗脳した10人程の一般人さんを従えています、いつものようにビルシャナの主張を覆す程インパクトのある主張が出来れば、戦わずに戦意を失わせる事が出来るかもしれません!」
 一般人達は戦意を失わなければ、ビルシャナのサーヴァントのような扱いとなりビルシャナの盾として戦闘に参加するようだ。
 ビルシャナを倒せば元に戻るが、配下が多ければその分やりにくくはなるだろう。
 リリウムはヘリオライダーに渡されたカンペを完璧に読みきると、できました、の顔で尾を揺らして。
「配下になってしまった一般人達は正気を失ってしまっているわ。どれ程正論を言ったって聞き入れてくれないの。……だからこそ、理屈よりインパクトで正気に戻してあげると良いのよ!」
 ビルシャナになってしまった者は、もう救う事は出来ない。
 しかしこれから被害者となってしまう者達を、救う事は出来る。
 冥加が頑張りましょう、とドーナツ屋のエプロンを取り出し。
「それに店員さんになれば、どーなつ食べ放題ですよ!」
 自信満々で胸を張って、リリウムは言った。
 うーん、それはどうかな。


参加者
深月・雨音(小熊猫・e00887)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
ドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
美津羽・光流(水妖・e29827)

■リプレイ


「ほーん、色々あンじゃのォ」
 可愛らしいドーナツが立ち並ぶガラスケース、その前でドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)は眉を寄せて思案顔。
「オススメはどれじゃろか」
「個人的にはカレードーナツですが、今月の限定ならばこちらですね」
 制服姿のアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)が、営業スマイルと共に次々にご紹介。
「ンじゃ、それと限定ドーナツをコレと、コレと……」
 はたと顔を上げたドミニクは首を傾ぎ。
「……これ、土産用にも包んで貰えるじゃろか?」
「勿論」
 なんて、アトリは手早くドーナツを包みだす。
「はいはーい、店員、さーん」
 そこに響く何処か眠たげな声。
 羊めいたテレビウム――地デジにもドーナツが見えるように抱き上げたオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)は、ケースの一番端から端を指差して。
「これ、ぜんぶ、一つずつおねがいします、ね」
「お持ち帰りですか?」
「ここで食べ、ます……!」
 オリヴンは甘いものだったらいくらでも食べられる。
 あとはお家に直ぐ帰れて、お昼寝があればもっと最高なんだけれど。今日はお仕事ですからね。
「それではお席までお持ちいたしますね」
「はーい」
 踵を返したオリヴンの背を見送って、トレイにドーナツを並べながらアトリは息を零す。
「しかし、慣れない事は進んでやるものじゃないね」
 プラカップに可愛いウサちゃんを書き添えながらの小さなぼやき。――言葉の割には、筆が乗っているようだけど。
「おいしいにゃー」「おいしいですー」
 ふかふかの尾が2つ並んで、ゆらゆら揺れる。
 口いっぱいにドーナツを頬張った深月・雨音(小熊猫・e00887)はとろけそうな笑顔。
 その横でリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)は、跳ねた毛も左右に揺らしながらもぐもぐ。
「二人共、いい食べっぷりだね」
 珈琲カップを唇に寄せたアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)が、大きな瞳を細めて笑って。
「こうやってどーなつを食べるのも作戦ですからね!」
 きちんと飲み込んでから、元気に応じたリリウム。
「それにとっても美味しいから、沢山食べられちゃうにゃ」
「本当ね!」
 普段はこんなに贅沢な食事が出来る生活をしていない雨音は、冥加の言葉に頷き大満足スマイル。
 そのまま全種制覇せんと、もぐもぐのもっぐもぐ。
「うん、うん。皆、気合充分みたいだね」
 アンゼリカがくすくすと笑ってドーナツに手を伸ばすと、神妙な面持ちでドーナツを頬張ったリリウムはきりりと前を見て。
「はい! 今日はどーなつの平和を守るのです!」
「そうにゃ、食べ放題のお仕事にゃ」
「はーい、追加のドーナツよ」
 そこに炎のように紅い髪を一つに纏めて、制服に身を包んだパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)が山盛りのトレイを4人の前へと差し出すと。
「わーいどーなつです!」「にゃっ!」
 先程までの神妙な表情はどこへやら、リリウムと雨音は新たなドーナツの出現にぴかぴか瞳を瞬かせ。
「こっちのは季節限定よ、これは玉子餡が入っていて――」
 丁寧な説明をする素敵な店員さんのように。
 言葉を紡いだパトリシアがドーナツを半分に割って見せると、そのまま自分でパクリ。
「うん、美味しいわ」
「にゃ!? 雨音も食べたいにゃ!」「わたしも食べます!」
 店員さんが食べた事で、目を丸くした雨音とリリウムが慌ててドーナツに手を伸ばし。
「おやおや。……私も黄金騎使の名に懸け、めいっぱい堪能しなければならないようだね……!」
 アンゼリカも少し変なスイッチが入っちゃった様子で力強く宣言。
 両手にドーナツを構えて食いしん坊スタイルだ。
 ――お持ち帰り用の美味しいドーナツのリサーチだって必要だしね。
「待ち待ち、お客さんが良い食いっぷりやから、たっぷりこしらえとるしそんな慌てんで大丈夫やで」
 フードファイトを始める番犬達を窘めるように、厨房の奥から現れた美津羽・光流(水妖・e29827)の持つトレイの上には、可愛い動物ドーナツが並んでいる。
 小さなひよこドーナツは、ホワイトチョコで仕上げた玉子の殻を被せて。
 シュードーナツには苺とクリームをたっぷり。
 菓子作りを得意とする、光流渾身の手抜き無しの最強ドーナツ布陣。
 皆の食べる速度よりも、作る速度が上回れば良いだけだ。
 光流の戦いは始まったばかり――。
 待って、今日戦うのは其方じゃないです。
「んむ!?」
 慌てすぎて喉を詰めた様子のリリウムに、苦笑してから肩を竦めた光流は牛乳を一杯。
「リリウム先輩焦らんでちゃんと水分も取るんやで、それが出来たらアホ毛ドーナツをこしらえたるわ」
「んむぐー」
「あらまあ、他の皆も落ち着いて食べるのよ?」
「はーい」「そうじゃのう」
 壊滅的な料理の腕前のパトリシアでも、飲み物を注ぐ事位は出来る。
 おかわりの飲み物を皆に注ぎながら、もう1つドーナツをつまむ。
 美味しい。


 扉が開かれ、入店ベルがころころと音を立てた。
「この店のドーナツを、貰えるかな?」
 揺れる鶏冠、くりくりとした瞳。――10人ほどの信者を引き連れた、その鳥こそ。
 3時のおやつは絶対にサクサクカリカリの素朴なドーナツしか認められないしふかふかのパンドーナツも許せんしクリームやチョコレートなどマジで許せん絶対殺す明王、その人である。
「いらっしゃいませー」
「こちらのケースから選んで頂けるかしら?」
 動じた様子も無くアトリが営業スマイルで応じるとパトリシアがケースを示すと、一瞥した鳥がその瞳を憂いに揺らし。
「この店は……」
「わあ……! この羊さん模様のドーナツ、すっごくかわいい、です……!」
 何か言いかけた鳥が言葉を紡ぎ切る前に、ふかもこのドーナツを掲げた、嬉しそうなオリヴンの声が重ねられた。
 半分にすると、中からカスタードがとろり。
「せやろ、俺の渾身の羊さんドーナツや」
 素朴なドーナツを沢山積んだ大皿を持った光流が、肩を竦めて笑って。
「クリームたっぷりで、やっぱり見た目も楽しいのもいいです、ね」
 ぱくっと幸せそうにオリヴンが頬張ると、地デジがうんうんと頷いた。
「解るわあ、でもな。素朴なドーナツも美味いんよなあ」
 言葉紡ぐ光流の大皿に盛られたドーナツを、一つ拝借したパトリシアが素朴なドーナツを一口。
「そうね、どちらも良いモノよ。うふふ、流石ね。美味しいわ」
「ぼく、そういう素朴なドーナツも、だいすき、です」
 オリヴンも一つ分けて貰うと、地デジとはんぶんこ。
「せや、そっちのお客さんもひとつどや?」
 なんて。
 ケース前に立ち尽くす信者達に、光流は皿を差し出して。
 その素朴なドーナツの見た目にほうと息を零した信者達は、ありがとう、と受け取り――。
「うっ!」
 齧った瞬間。
 呻いて胸を掻き毟ると、その場に倒れ伏した。
「――中にたっぷり詰まったクリームが、美味いやろ?」
 ニンマリ笑う光流。
 なんと素朴に見えたドーナツの中には、様々な詰め物がされていたのだ!
「謀りおったな、なんと惨い事を! 素朴ドーナツ以外のドーナツ等我らにとって毒同然……!」
「アラーーッ! そうなの!? 勿体ないわねえっ! 素朴ドーナツしか食べないの!?」
 吼える鳥。
 パトリシアは驚いた手振りで、天神橋筋商店街あたりの大阪のおばちゃんと同じ動きをした。
 ドーナツを咀嚼して飲み込んだオリヴンが、目元だけきりりとした表情。
「空より広く、海より深い包容力がドーナツにはあると、おもうのです……!」
「そじゃのォ。自由なンもドーナツの良さじゃ。……色々足したり工夫しても美味ェってなったからの今じゃろ?」
 ドミニクも春の可愛い新作ドーナツを齧りながら同意を示し、鳥を一瞥。
「他人様にテメェの好みばっか押し付けるモンじゃねーわ」
「そうです! どーなつの魅力はおいしいだけじゃないのです!」
 口いっぱいにドーナツが入っていたので、今のままで喋れなかったリリウムはちゃんと飲み込んで牛乳も飲みました。
 カフェオレも頂いたので、もう一口飲んでから。
「沢山並んだ、色んなどーなつを選ぶ楽しみ……。そう、おいしいだけじゃなくって楽しいのもどーなつの魅力なのですーっ!」
 ぴしーっと格好いいポーズ。
 鳥に詰め寄りながら、途中でドミニクのトレイに入っていたまだ食べてないイチゴドーナツを奪うリリウム。
 仕方無いなあと肩を竦めたドミニクは、穴の開いていないドーナツを持ち上げて。
「ほれ、素朴で真ん中に風穴の開いたドーナツも良いがの。中にたっぷりクリームが詰まったドーナツも美味いし、ちゃんとドーナツじゃ」
「そう、です。形も、可愛いものも、カラフルなのも……自由自在、有痛無碍。それがドーナツなの、です!」
 ドミニクの言葉に続いて、オリヴンが宣言する。
 思わず言葉を失った鳥の前に、ぴょーいと飛び出した雨音が耳をぴんと立てて。
「ていうかにゃ。ドーナツは見た目がどう変わってもドーナツじゃないかにゃ?」
 てこてこ歩く彼女の動きに合わせて、信者も首を傾ぐ。
「考えてもみるにゃ。仮にあんたに好きな女の子が出来たら、彼女が違う服を着て靴を履くだけで、あんたがもう好きじゃなくなるかにゃ?」
 信者の一人にずずい、と近づいて顔を寄せる雨音。
「それともあんたは、全裸の彼女じゃなきゃだめかにゃ? へんたいさんにゃ?」
 彼女のルビが、何故かドーナツと聞こえる。
 これぞ巧みな雨音の話術。
「それよりも大好きな彼女を、好きなモノでトッピングすれば一粒で二度美味しくないかにゃ~?」
「――見た目が変わる事は、アレンジ・アクセントに過ぎない。大好きな彼女そのものに代わりはないだろう?」
 アトリの言葉も、彼女のルビがドーナツになっている。
「外皮カリカリ、中にギッシリ詰め込まれたこのカレードーナツも。満遍なくコーティングされたこのグレーズドドーナツだって大本を辿れば素朴なドーナツそのものだよ」
 ゆるゆると首を揺すったアトリ。
 余り意味は分からないがすごい自信だ。
「そう。これを頂く事は、即ち彼女をそのまま愛する事と同義。それを食わず嫌いで完結しようだなんて、勿体ない話だと思わないかい?」
 アトリの言葉に重ねるように、カウンターの上に並んだドーナツに手をつけるパトリシアが不敵に笑って言葉を次ぐ。
「それに見てみなさいよ、このぴよちゃんドーナツ。イースター時期限定なのよ! ぴよぴよなのよ! 限定よ!」
「かわいいね」
 言いながらぴよちゃんに頭からかぶり付くパトリシア。
 相槌と共にぴよちゃんを一つ手にしたアトリは、カウンターに片手を付いてひらりと客席側へと飛び出しながらドーナツ投擲。
 真っ直ぐぴよちゃんは信者の口にホールインワン。
 崩れ落ちる信者。
「この卵型のドーナツも可愛いでしょう? デコレーションによって味にバリエーションがあるのよ」
 パトリシアが説明を重ねると、一口齧り。アトリが同じくドーナツを手に素早い投擲。
「これは生地がイチゴ味」
 スポーン。
「こっちのは抹茶ね」
 スポーン。
 アトリのスタイリッシュ投擲によって、デコレーションドーナツを口に押し込まれて倒れ行く信者達。
「そうそう、今日の自分の一番のオススメはこれだよ」
 呆然とする信者達へと一気に踏み込んだアトリがすり抜け様に耳元で囁き、すり抜け様にカレードーナツを捻り込んだ。
「ひっ……」
 その様子に逃げ出そうとした信者の一人は、踵を返し――。
「……ところで、この新作春ドーナツめっちゃ美味ェぞ」
 振り向いた先に居たのは、ドミニクの姿であった。
 そのまま信者の口へと、綺麗に押し込まれるドーナツ。
「今しか食えンけェ。騙されたと思うて食うてみィ?」
 瞳より光が失われ、膝を付く信者。
 地を蹴って、壁を蹴って。
「そこのあんた、ドーナツのほかに好きなものはなんかにゃ?」
 降り落ちてくるように、雨音が死んじゃに訊ねる。
「きっと、苺にゃ! ドーナツも好きなものも同時に食べられて、嬉しいし財布にも優しいドーナツを喰らうにゃ~っ」
 同時にズボーン。
 素早く腕を差し込んだ雨音が、もう一人の逃げ出そうとした信者の口へとシュードーナツをシュートした。
「ほらほら、苺とクリームたっぷりも悪くないにゃ~?」
「……こうして色々な種類のドーナツがあるからこそ、ドーナツが気になる人が出てきて、いつか貴方たちの好きなドーナツに辿り着く人が出て来ると思うの、です……!」
 惨状にも負けず、オリヴンがしみじみと言葉を紡ぎ。
「貴方たちのやってる事は、いずれ現れる仲間を仲間ハズレにしてる事になるんです、よ……!」
 ぴしーっと指を立てた。
「そうだ、サクサクカリカリが美味しさの1つなことは認めよう!」
 その横に立ち、格好良いポーズを取るのはアンゼリカ。
 朗々と宣言する黄金騎使の両手には、素朴なドーナツとふかふかクリームドーナツが一つづつ握られている。
「だがしかし、口に飛び込ませるとろけるふわふわドーナツの味! 疲れた時に身を癒す甘さ! 目を楽しませるデコレーション!」
 ふかふかクリームドーナツを齧るアンゼリカ。
 甘くておいし~い!
「全てがドーナツを楽しむ者の幸せだ。色々あるからこそ、ドーナツは至高なのだ! シンプルなだけで思考を止めるな、馬鹿者!」
 素朴ドーナツも齧って飲み込んだアンゼリカが、オリヴンと合わせてぴしーっと指を指す。
 その横で地デジも同じポーズをぴしっとキメて。
「ぐ、ぬぬ……」
 呻く鳥。
 素朴ドーナツ以外を口にする事で倒れた信者達で、店内は死屍累々。
 勝敗は決したかの様に、見えた。


「許さん、……許さんぞ! 認めん! 私は認めんぞ! 3時のおやつは絶対にサクサクカリカリの素朴なドーナツしか認められないしふかふかのパンドーナツも許せんしクリームやチョコレートなどマジで許せん絶対殺す明王の名にかけて、そのようなドーナツ決して認めん!」
 逆上したかのように鳥が吠えて、翼を大きく広げた瞬間。
 エンジンの唸り声が響き渡り、店内へと飛び込んできたのはパトリシアのキャリバーであった。
 放たれた羽根を受け止めたキャリバーは、店内を駆けて――。
「うふふ、ナイスタイミング。――頼んだわよ、相棒!」
 赤い髪を靡かせて乗り込んだパトリシアは火を灯さぬ煙草を咥え、リボルバー銃を引き抜いて鳥へと紅蓮を爆ぜさせる。
「ぐ、がっ!」
「喚くな、暴れるな、大人しゅうせェ。――今その体に風穴開けたらァ」
 合わせて放たれるは神の速度。ドミニクの撃ち放った弾は、確かに鳥の四肢を貫く。
「全部だめっていうのは、もったいない、よ」
 強かに撃ちこまれ蹈鞴を踏んだ鳥へと向かって、オリヴンはきゅっと踏み込み。
 上半身を捻って――纏った銀色を鋼の如く硬めた彼は、拳を叩き込んだ!
「キヌサヤ!」
 店の奥からはたと翼をはためかせた黒翼猫。
 アトリはその風の優しさにちいさく笑んで、舞うような足取りで空を蹴る。
 駆ける影の刃は鳥を貫き裂き。
「いや、名前長っ、サカド位で充分やろ??」
 地デジがぴょいぴょいと鋏を振って応援をする横を、踏み込む光流。
「んじゃ、先輩。お先失礼するで」
 刀を掌中で返した光流が、真っ直ぐに刃を構えると。
「まってください! わたしだってひっさつします!」
「はいはい、――気に食わんドーナツを消そうちゅうんやから、消える覚悟もあるんやろ?」
 ドーナツを飲み込んだリリウムが、仔犬めいた動きで巨大な槌を引き絞り跳ね。
「ひっさーつっ! どーなつはんまーっっ!」
 ただ振り落とされる巨大な槌、傷口を抉るように薙がれた光流の刃が鳥を裂いた。
 逃げ出すように転がった鳥は、縞々の尾を翼で跳ね避け。
「邪魔だ、クソ狸!」
「……だれが狸にゃっ!? 頭が固い鳥は、こうにゃ! こうにゃっ!」
 ている・ですとろーい。
 雨音のレッサーパンダの誇りを籠めた尾往復ビンタが、容赦なく炸裂!
「――ドーナツの上にドーナツを作らず。ドーナツに貴賤無しッ! 思い知るが良い!」
 斯くしてアンゼリカの咆哮と共にわるい鳥は蹴り倒され、平和は取り戻されたのであった。
「……終わったわね」
 細く息を吐いて煙草に火を点けたパトリシアは、珈琲メーカーのボタンを押す。
 うふふ。だって、この後は食べ放題でしょう?


「ん……」
 信者だった者達が目を覚ますと、ドーナツの包みが膝の上に置かれていた。
「おめざめですかー?」「災難だったにゃー」
 チョコドーナツを齧るリリウムと雨音が、声をかけて。
「本当に災難じゃったのォ。それは土産やけェ、家に帰って喰うてみ。美味ェぞ」
 ドミニクがぽんと彼等の服の埃を払ってやると、その一人がオリヴンとぱちりと目があった。
「おかわりしたいくらい、おいしいです、よ」
 もくもくとすごい量を食べているオリヴンに、目をぱちくりとさせる一般人さん。
「はいはい、おかわりもあるでー」
 終わったというのに未だに働かされている光流。
「こっちのドーナツも包んで貰えるかい?」
「うん、お土産用でいいんだよね」
「勿論!」
 持ち帰り後の甘い時間に眦を緩めたアンゼリカ。
 なんだかんだと店員さんを継続しつつドーナツを詰めるアトリは、その横にタップリ自分用カレードーナツもご用意している。
「一件落着ね!」「そうねえ」
 冥加とパトリシアが珈琲を啜った。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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